香港電影放浪録

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2012-09-04

「女朋友。男朋友」 定義できない、大きな愛

| 23:08

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「撮影から1年経つけれど、この作品を思うと涙が出てしまう。これほど心に深く、長く根を下ろすと思わなかった。3人の感情と境遇、愛。たった一文字の言葉だけれど、3人の愛はとても大きくて、定義できない愛」(雑誌『VOUGUE』8月号・桂綸鎂=グイ・ルンメイ=インタビューより)


2012年7月15日、台湾電影節会場の台北市・中山堂。楊雅戞淵筌鵝Ε筺璽船А亡篤帖張孝全(ジョセフ・チャン)とともに観客との質疑応答に参加した桂綸鎂は、感極まって目を潤ませた。楊監督の長編第2作「女朋友。男朋友」は、1980年代後半から現在までの約30年、男女3人の苦しく、かけがえのない愛の物語である。


1985年夏。高雄の高校に通う林美寶(小美、桂綸鎂)、陳忠良(阿良、張孝全)、王心仁(阿仁、鳳小岳=リディアン・ボーン)。阿仁は小美に、小美は阿良に思いを寄せていた。小美は阿良に気持ちを伝えようとするが、いつもやんわりかわされてしまう。阿仁はその様子を見て、小美に「主題歌でなくてもいい。B面の1曲目でいいから、ずっとそばにいてくれないか」と告白。小美は受け入れるのだった。


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1990年秋。台北に移った3人は、民主化運動にのめり込んでいた。中正紀念堂での大規模集会。学生で埋め尽くされた広場に、並んで座り込む3人がいた。阿仁と交際中の小美だったが、阿良への思いを捨て切れていない。そんな時、高校の友人で同性愛者の許神龍(張書豪=チャン・シューハオ)から、「阿良も仲間だ」と聞かされる。小美はやっと気付く。阿良の視線が、ずっと阿仁を追っていたことを。


1997年秋。小美は神龍にせかされ、数年ぶりに阿良と電話で話す。ぎこちない会話。「今も一人だ」という阿良に、小美は「会いたい」と思わず漏らす。阿仁は別の女性と結婚して子供もいたが、小美と会うのをやめていなかった。阿良には男の恋人がいたが、恋人には妻と子供があった。「僕の苦しみを受け止めてくれるのは、世界でお前だけだ」。阿良と小美は別の相手に同じ言葉で、先の見えない関係にしばられていた。

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ある日、小美は阿仁と訪れた通院先で、偶然阿良に再会する。久しぶりに杯を交わし、カラオケではしゃぐ3人。突然阿仁携帯電話が鳴る。家族からだった。電話中の阿仁に小美は酔って絡み、その姿を阿良に見せ付ける。ついに阿良が爆発した。小美を引きはがし、怒鳴り上げる。「お前に自分の人生はないのか」。小美は歯を食いしばり、阿良のほおを張り上げる。小美を抱き止め、かばう阿仁。「友情なんてくそくらえだ」。阿良は涙を浮かべ、捨て台詞を残して立ち去った。


しばらくして、阿良が小美の職場に現れた。買い物に向かったスーパーでカートを押しながら、阿良は恋人の存在を打ち明ける。「『世界でお前だけ』と言われながら、今までこそこそ生きてきた。ある日鏡を見た時、ひどい姿の自分がいた。俺たちは相手を癒しているようで、自分を傷付けているだけじゃないか。お前にはこんな風に生きてほしくない」。涙を浮かべる阿良を、小美は黙って抱き寄せる。


そして小美はひとり、ある決断をする。自分を愛した阿仁へ。阿仁を愛した阿良へ。そして阿良を愛した自分へ。それはすべてを許し、包み、解放する、大きな、“定義できない”愛だった──。

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女朋友。男朋友」は、桂綸鎂、張孝全、鳳小岳の若い3人がめぐり合った奇跡でもある。俳優は常に表現を試みるものだが、3人は役を「生きていた」。桂綸鎂は監督に話したという。「人は誰もが原罪を背負っている。罪を克服しようと懸命に生きるのだ」と。そして阿良を「小美の人生で最も重要で、支えとなる人。愛情面で大切なだけでなく、精神的なよりどころでもある」と考えている。


そんな生真面目な小美、いや桂綸鎂を、阿良、いや張孝全の何が支えたのか。張孝全は「ずっと泣く演技を拒んできた。怖かった」と打ち明け、自己分析する。


「世の中にあるいろいろなことについて、確信を持ってこうだと信じられない性格。物事は起きるべくして起きる。たまたま自分の周りで起きると思う」


監督は張孝全について「彼の中の抑圧、欲望を解放する必要があった。最初はリラックスして演じればいいと思ったようだ。それではだめ。いろいろな人と話をさせ、阿良について考えさせた」と振り返る。


泣く演技がいやで、物事に確信が持てない。俳優の理想とされる姿と正反対ではないか。ではいったい、彼の何が「信じさせ」、引き寄せるのか。首を傾げつつ訪れた台北電影節で、張孝全の意外な姿を見た。彼は驚くほど愛想笑いをしない。リップサービスをしない。口数も少ない。自然体ともいえるが、無愛想ともいえる。


やっと気付いた。彼には嘘がないのだ。虚構=嘘を見せる職業なのに、本人に嘘がない。だからこそ信じられるのだ。支えになれるのだ。質疑応答で桂綸鎂が泣き出した時も、慰めるでもなく、フォローするでもなく、困ったような笑顔を見せるだけだった。小美の気持ちを知り、戸惑う阿良の顔が重なった。


女朋友。男朋友」は、小美の大きな愛に包まれ終わる。胸の奥に隠した傷がうずき、ほろにがい記憶がよみがえる愛。泣き疲れた後、温かいものが心に広がる愛。2012年夏。現在を生きる阿良は愛に包まれ、小美と阿仁を思い、遠く空を見つめている。


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女朋友。男朋友」(2012年、台湾

監督:楊雅戞淵筌鵝Ε筺璽船А

出演:桂綸鎂(グイ・ルンメイ)、張孝全(ジョセフ・チャン)、鳳小岳(リディアン・ボーン)、張書豪(チャン・シューハオ)

bsbs 2012/11/02 04:40 こちらの記事がアップされてから、何度も何度も読ませていただきました。文章のリズムの心地よさを味わいながら。愛について(監督がインタビューで語られていた「狭義の愛」と「広義の愛」の違いについてを)考えながら。張孝全についての論考にうなずきながら。

中国語もできないくせに、台湾で2回、本作を見てきました。

今現在、日本語で読める「女朋友。男朋友」評は多くありませんが、そんな中で、素晴らしい文章を読ませていただきありがとうございます。

yeungjiyeungji 2012/11/02 11:27 コメントありがとうございます。張孝全は初めて見た時からずっと、私にとって不思議な存在でした。この作品でやっと端緒をつかませてくれた気がします。それでもまだまだ分からない、不思議な人です。

たぶん見た人の数だけ、自分の「女朋友。男朋友」が生まれる作品なのかもしれません。見た回数だけ「定義できない」愛を考えることになる作品なのかもしれません。

最後に改めて。読んで下さってありがとうございました。

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