タイプするサル

2017-09-29

[] 政治家 市川雄二

世はすごい政局で大変です。すごすぎて選挙されても投票する政治家がいなくて困りました。

なので、私が政治家ならこうするという案をここに書こうと思います。

国の基本機能を見直す

私が国の基本機能と考える項目は以下の4つです。

  1. 法治の徹底
  2. 富の再配分
  3. 雇用
  4. 政治
  5. 教育
  6. 医療、高齢社会、少子化
  7. 安全保障

それぞれの項目について具体的に見ていく前に触れるべきことがあります。

それは世界での極右政党の台頭です。原因は先進国内での格差拡大と難民移民問題であり、これらは重要な課題ですが、極右思想は解決にはならない、むしろ戦争への道だということが世界大戦からの教訓のはずです。

特定の人種や民族を起点とする思想に反対し、これが国の基礎であることから出発します。

このための政策の1つとして、選挙制度を見直します。少数の意見を取り込むことの難しい小選挙区制は廃止します。また国政において選挙区への利権誘導をなくすため全国区制に移行します。

法治の徹底

平和憲法を解釈で自衛隊、集団的自衛権まで拡大解釈し、財政法が禁止する赤字国債を時限立法で永遠発行し続けるこの国はまともな法治国家とは言えません。法治国家となるために、司法の権限を大きく強化します。

具体的には、内閣法制局は最高裁判所所管に移します。

また、従来、法案成立には衆議院と参議院での可決が基本ですが、これに司法の整合性チェックを加えます。

また、行政に対して指導する「司法指導」を導入し、例えば、「一票の格差」など行政に対する司法の違憲判定を出した場合、その是正に期日を設け、対処させる権限を与えます。

自衛隊が合憲か否かに関しては長い既成事実があり、今更上記のように司法に移した法制局に新解釈を出させても解釈が増えるだけなので、自衛隊が合憲か違憲か国民投票を行います。

違憲が多数を占めた場合、さらに、自衛隊の解散か改憲かを国民投票します。

富の再配分

富は集中しやすいことは歴史の事実なのでそれを緩和することは民主国家の責務です。

富の再配分を実現するために、3つの柱を設けます。

  1. 累進課税の徹底
  2. 赤字国債の廃止
  3. 保護政策の撤廃

累進課税は通常利益に対してかける税になるので景気変動を受けやすく、その不安定性から消費税へのシフトが進んでいますが、これを累進課税である法人税、所得税に戻します。不安定性は単年度予算の弊害で、景気周期を考慮した複数年度予算を導入することで安定化を図ります。

赤字国債は富裕層に税で利子を払う逆累進性を持つ歳入です。現在、財政法で原則禁止されていますが、時限立法で20年継続されています。完全に廃止します。憲法改正の折には完全禁止を明記します。

また、既存の赤字国債の利子と償還に関しては世代別償還税を導入して発行時に有権者だった者が利子と償還を負担することを徹底し次の世代への負担を一切発生させません。

保護政策は富の再配分の一環として重要な政策でしたが、結果として、所管部署を必要とする「大きな政府」となり、汚職、既得権益の温床となりました。

障害者の保護、関税による国内産業保護以外のすべての保護政策を廃止して保護政策はベーシックインカムに移行します。生活保護、年金制度、雇用保険制度も廃止です。

国家公務員法を改正し、不要になる部署にはスピンアウトを促し、最終的には解雇します。

すべてを廃止というのは農業保護も文化保護も含みます。ただし農業保護に関しては食の安全性を重視し、関税政策を適用します。

文化保護については後に付記をつけます。

私自身はベーシックインカムを必要最低限に抑える「小さな政府」を良しとしますが、福利厚生として大きなベーシックインカムを望むかどうかは有権者の選択に任せます。赤字国債を禁止するので、大きなベーシックインカムを望めば租税も大きくなります。

雇用

正社員制度、定年制を廃止します。企業健康保険、厚生年金の義務も廃止します。

国内雇用に関しては適材適所を実現すべく流動性を高めます。


政治

既に説明した選挙制度の見直しのほか、能力の劣った国会議員を生み出している比例代表制を廃止します。利権調整としての政党政治を段階的に廃止します。

職業としての政治家の魅力のなさと比例代表制から、国会議員の能力が著しく落ちています。

「政治役(えき)」を導入し、政治家になる意思のない方でも組織のトップとして顕著な実績を収められた方に一定期間、政治に取り組んでいただきます。


教育

教育は国の要です。

現在の集団エスカレータ式の教育は才能発掘や若者の早期活躍を阻害し、また理解が遅れた人に生涯に渡る劣等感を植え付けます。

学年制度を廃止し、ある課目はできる生徒にはその科目はどこまでも先へ、またその生徒に苦手な課目があれば基本を習得するかアプローチを変えるか先に進まず学習する制度に改革します。

教授役(えき)を導入し、学識素養を持つ一般社会人から任期を数年で就任していただきます。授業を担当する生涯教師は廃止です。

大学も教育に専念します。研究機関としての大学は廃止します。

研究推進については後に付記をつけます。

医療、高齢社会、少子化

健康保険は廃止し、税に統合します。

労働年齢の向上を目標として、乳幼児から労働年齢層までの医療を充実させます。

隠居生活に入った方々の病に対しては回復とホスピスを柱とします。延命医療は民間医療とし、国の保険の適用外とすることで歳出の医療費率を抑えます。

少子化対策としては大規模な移民政策を取ります。日本の第二の開国です。

安全保障

日米同盟を緩やかに解消し、世界政府樹立を目指します。国連に世界政府の可能性があるかないか見極めつつ、オプションも模索します。

自衛軍に関しては、近隣諸国との関係に依存するので原理的な方針は挙げません。

付記

日本には数々の保護に値する文化や推進に値する研究があります。これらについては税による保護ではなくパトロン/スポンサーシップを奨励します。

具体的には所得税、法人税に関して、一定比率を税ではなく文化、研究に関する寄付金として納めることを可能にします。これにより納税者は文化、研究に関して自らの「税」の裁量権を得ます。

2017-07-11

[] AlphaGoはハサまない

「囲碁の未来サミット」終了直後に、DeepMind社からAlphaGo vs AlphaGoの50局が公開されました。

一説によると1手2分の「長い」碁のようです。対柯洁戦では一手1分の感じでしたから、AlphaGoが倍の時間をかけて打った対局と言えます。


最初、50局の中で頻繁に星に三々入りすることが人間には異様に映ります。

引き続き、棋譜を見ているうちに、不思議な感じがしてきました。

AlphaGoはカカリにハサまないんじゃないだろうか?

というわけで、全局通して「隅に先着して相手がカカってハサむ」ことが何回あったか調べてみました。

(中国流に内側からカカるとか、カカリのあと、カカリ側が先着してハサむというパターンは除外しています)

結果は7回です。200回(50局×4隅)のうちたった7回。

AlphaGo先生から声が聞こえてきそうです。

「ハサミは場合の手」

7回の中で同じ形が出てくるので、AlphaGo vs AlphaGo 50局の中で現れたハサミの定石は以下の4つになります。


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きつくハサまないのが特徴に見えます。


AlphaGoは小目の場合、一間高ガカリにはツケヒキ、小ゲイマガカリにはケイマに受けることが多く、「秀策のコスミ」ならぬ「AlphaGoのケイマ」と言えるかもしれません。


プロ棋士のこれまでの解説は、

  • 大ゴミは黒の負担。地を取り合うだけでは勝てない
  • ハサめば局面は複雑化する
  • 戦えば、先着の利が働く可能性が高い

ということでした。大ゴミの現代にあっては「秀策のコスミ」は緩く、勝てないと。


ところが、AlphaGoは「ハサミは場合の手」としてこの戦略をほとんど取りません。

みなさん、AlphaGo先生を見習って新格言「ハサミは場合の手」を意識して囲碁ライフを楽しんでみませんか?


(と素直に言えないので、AlphaGoの構造に不具合があるのではないかとあれこれ考えています)

2017-01-12

[]「・・・」というヘボな下手の碁の演劇

(タイトルは若干煽りです^^)


点の階という演劇ユニットの公演「・・・」を観劇しました。


劇の舞台は火葬場の控室です。


「点転」という囲碁などの元になったとされる架空の競技を巡って、4人の登場人物が碁界にありがちなチグハグなやり取りを続けます。棋譜は作品なのか事実の記述なのか、碁の起源は、その宗教性、守破離的関係、著作権…いずれも揉めそうなテーマです。


点転の「師匠」と呼ばれる女性の火葬の日に、点転の傍観者、生みの親、熱狂者、意図せず点転に初めて触れた人がそれぞれの想い、疑問、意味を互いに問いかけます。それぞれが意味のわからなさに不条理を感じて。


劇を観て最初は、囲碁関係者の悩みのパロディかと思いました。みんな色々想いの違いを感じてますから。

でも、意味を問い続ける姿に次第に登場人物それぞれが対局しているんじゃないかと観始めます。

生きることも盤上の悩みも似ているよなぁと。


ところがですねぇ。


感想ツイートもして、たまの都会出だからと呑み食いもして、電車に揺られるうち、ふと印象的なラストを思い出しました。

この劇では窓から見えると想定される白煙と、決して強調はされてない喪服がキーだったんじゃないかと感じました。


点転ではどうか全く知りませんが、囲碁では白は上手、黒は下手を意味します。

となると、登場人物は、それぞれの想いをぶつけて対局していたのではなくて、盤上で噛み合わない碁形を互いに非難する黒石を観ていたのではないかと。

互いに存在を問い合うような黒石。それはきっと、達人の碁ではなくヘボな素人の碁に違いありません!


AlphaGo以来、プロ棋士さえ達人と言えるのかどうか問われる世の中になってきましたが、人も盤上の黒石も意味を求めて自らの存在の意味を問いながら日々凌いでいく。


「・・・」とは私にとってそういう物語でした。


リンク点の階公式webサイト

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