中年式

 子どもにはこどもの日があり、青年には成人の日がある。老人には敬老の日があるのに、中年には何もない。


 まあ、さしてこれからに期待をされず、特に敬われる理由もないから、当然だ。何となくダラダラと、いつともなくゲル状になってただれ落ちるのが、中年という状態である。


 中には、中年になること、あるいは中年と見られることを病的なくらいに嫌がる人もいる。無駄な抵抗はよしなさい、というのだ。


アンチエイジング」とかいう言葉があるそうだが、そういうことを言い出した時点で、すでに喪失感が漂う。だいたい、エイジングしきった人に失礼だろう、その言い方は。


 諦めの悪い人もいるから、いっそ中年式でも設けて、ハイ、この日からあなたは中年、と決めてしまったらどうだろう。


 成人式はスーツや和服で出る人が多い。
 しかし、中年になったらスーツなんて普段着みたいなものだし、和服だって今さらである。


 ここはやはり、男はピンクのポロシャツにクリーム色のスラックスかなんかで、セカンドバッグを小脇に抱えて出席するのがよいと思う。


 女は――よくわからないが、とりあえず手首に輪ゴムまいて、こめかみに膏薬でも張って出てきたら、それっぽいのではないか。
 シュミーズ一枚で尻をボリボリ掻きながらやって来る、なんていうも、パンチが効いていてよい。すでに何かを乗り越えた人なのだろう。


 最近の風潮で、式典の間のマナーは悪い。
 市長や知事が挨拶しているのに、男はくだらない駄洒落やセクハラまがいの言辞、女はどこそこの夫婦仲が悪いらしい、なんて話でガヤガヤガヤガヤ。
 携帯電話で大声でこれみよがしに仕事の話をして、私はこんなに忙しいんですヨ、頼りにされてるんですヨ、と誇示するのも、それらしくて、いい。


 中には、式典を妨害しようとする輩までいるが、何しろアナタ、中年ともなればその道のプロになってるから、その悪質さは成人式の比ではないだろう。下手すりゃ、血の雨が降る。


 午後には、かつての「青年の主張」のように(若い人は知らないんだろうな)、「中年の主張」をNHKで放送する。
 渋谷のNHKホールで、全国8ブロックを勝ち上がってきた出場者達が、観客に向かって、ぼとぼと愚痴をこぼすのである。

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「今日の嘘八百」


嘘七百二十三 人類は兄弟のようなものだ。骨肉の争いは終わらない。