2013-05-20
■[訃報]共和汚職事件捜査など指揮…筧栄一氏が死去

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130520-OYT1T01087.htm?from=blist
島根県出身で、1953年の検事任官後、法務事務次官や東京高検検事長などを経て、90年に検事総長に就任。稲村利幸・元環境庁長官の巨額脱税事件や、ロッキード事件から16年ぶりに現職国会議員が逮捕された共和汚職事件などの捜査を指揮した。
筧氏の総長在任中に、私は、法務総合研修所が行っていた検事一般研修(当時はそのように呼ばれていました)で、当時勤務していたから徳島から上京し、研修の中で、研修員と筧総長など検察幹部との懇談の場が設けられました。私はまだ28歳程度の若者で、生意気にも筧総長に、今後、自分はどのような検事を目指すべきでしょうか、と質問したところ、筧総長が、今のままで頑張れば良いと思う、と、とても温かい感じで言われたことを、訃報に接して思い出しました。その後、私は検察庁をドロップアウトし、法曹界の裏街道をとぼとぼと歩むようになりましたが、テレビニュースで筧氏の生前の姿を見て、あの時の温かい感じを懐かしく思い出しました。期待に応えられなかったなと思いつつ、御冥福をお祈りします。
2013-04-10
■[不祥事]虚偽説明問題「東電担当者の勘違い」 第三者委検証報告

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2013031302000219.html
現地調査は、国会事故調の田中三彦元委員が、1号機の非常用冷却装置が地震で壊れた可能性があるのかどうかを調べようと計画した。これに対し、東電の担当者が昨年二月、「建屋内は真っ暗で危険」などと説明し、調査断念につながった。実際には薄明かりがあり、照明もあった。
検証委は報告書で、担当者は当時、事故調委員の強い意向から、現地調査が実施される可能性が十分あると認識しており、現地に行けばすぐに分かるうそをつくとは到底思えない、としている。
検証委の田中委員長は記者会見で「国会事故調関係者には守秘義務がある」と強調し、東電社員にしか聞き取り調査をしなかったことを説明。当時の録音を確認しなかったため、具体的なやりとりは分からなかったとしながら「東電からは社内メールの提供も受け、十分に結論を導けると判断した」と述べた。
「現地に行けばすぐに分かるうそをつくとは到底思えない」といっても、実態に反する説明が調査断念につながっているわけですから(「現地に行けばすぐに分かる」ことがない状態を作り出している)、これでは理由にも何にもならないでしょう。
守秘義務があるから聞けませんでした、当時の録音も確認できませんでした、聞き取りできたのは東電社員だけで東電から社内メールをもらいました、十分に結論を導けました、その結果がこれです、と言われて、納得できるのは、東電関係者か、よほどおめでたい脳天気な人でしょうね。「十分に結論を導けると判断した」なんてよく言うわ、と思う人は多いでしょう。
これでいくらもらったのか知りませんが、まったく無駄な、馬鹿げた、こういうものであってはいけないという見本のような第三者委員会でしょう。
2013-03-09
■[書籍][歴史・戦史]田中角栄 - 戦後日本の悲しき自画像 (中公新書)

- 作者: 早野透
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2012/10/24
- メディア: 新書
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昨秋に買って、ぽつりぽつりと読んでいたのですが、昨日、やっと読み終わりました。新書にしては分量が多い上、丹念に書き込まれていて(著者の意気込みの現れでしょう)、なかなか歯ごたえのある内容でしたが、中身が濃く、読んで良かったと思える内容でした。
私の記憶の中にある田中角栄は、今太閤、コンピューター付きブルドーザー(と当時は言われていました)などともてはやされて首相に就任したあたりから始まり(当時の私は小学校低学年でした)、その後、金脈問題で退陣、ロッキード事件で逮捕、闇将軍(と当時は言われていました)として君臨、突然の病気で倒れ政治生命を失い寂しく死去、という流れが、その時々の姿とともに思い出されます。今では信じられないような話ですが、刑事被告人でありながら、「親田中」の法務大臣を次々と送り込み、ある法務大臣とは、国会の議場で田中角栄が歩み寄って握手する(パフォーマンスだったのではないかと思いますが)ということもあるほどで、立花隆氏によると、指揮権発動による公訴取消の可能性が現実的に存在した、というのもうなずけるものがあります。
私自身が、法曹の道を目指し最初は検事の道を選択したのも、田中角栄的なものに対する敵愾心、社会を正しく維持したい、といった正義感の強い若者特有の心情に影響されるところがかなりあったように思います。
田中角栄の死後、約20年が経過し、この本を読んで感じたのは、副題で「戦後日本の悲しき自画像」とあるのが、正に田中角栄の人生そのものだったのではないか、ということでした。戦後の焦土から復興した日本にとって、様々な問題(特に金について)を抱えながらも生活を豊かにしてくれる田中角栄のような存在は何物にも変えがたく、また、日本中の至るところに大小様々な田中角栄的な人物が存在していたと言っても過言ではないでしょう。しかし、本書の中でも指摘されていますが、衣食住が足りてきて礼節が重視されるようになれば、田中角栄的なものに確実にメスが入れられることになってくる必然があり、ロッキード事件は、正にそういった存在ではなかったか、という気がします。「クリーン」を標榜してロッキード事件解明に政治生命を賭けた三木武夫首相の存在も、そのような文脈で見られるべきでしょう。
田中角栄は、こうして、戦後の昭和の時代を、波乱万丈で駆け抜けて逝きましたが、現在のような政治、経済での閉塞状態にあると、今、田中角栄のような人物がいれば、という声が大きくなるのもよくわかります。しかし、あのような人物は、戦後の、昭和の日本であるからこそ生み出されたもので、もう、あのような人物はで出ない(出せない)と思います。とは言え、田中角栄を知る人々(私を含め)は、今後も、田中角栄の幻影のようなものを、どこかで見ながら生きるのでしょう。
本書は、田中角栄のすぐそばにいて肉声を聞く機会が多かった元政治記者によるものだけに、従来はなかなか取り上げられていなかったような田中角栄の肉声、心情といったものが随所に盛り込まれている上、人間的な魅力、人としての器の大きさ(特に金の面での問題点、欠点にも目を向けつつ)も描かれていて、日本の戦後政治史を振り返りながら田中角栄の生涯をフォローできる、とても参考になる一冊であると思います。こういった分野に関心がある方にお勧めします。
あの、自信満々の表情でのだみ声を、生で再び聞いてみたいですね。
2013-01-24
■[セミナー・シンポ]サイバー犯罪と刑事捜査を考える 児童ポルノ単純所持規制の論点

http://kokucheese.com/event/index/69491/
うぐいすリボン主催:院内勉強会
サイバー犯罪と刑事捜査を考える 〜児童ポルノ単純所持規制の論点〜
日時:2013年2月20日(水) 18:00〜19:30
場所:参議院議員会館・講堂
内容:
元検察官の落合洋司 弁護士を講師に招き、児童ポルノの単純所持を禁止した場合に考えられる刑事訴訟法上の問題について講演をして頂きます。
国会では、これから児童ポルノ禁止法の改正審議が行われることが予想されます。
人身売買や子どもたちへの性的虐待を撲滅するために、効果的な取り締まりが必要とされる一方で、無関係の人が刑事捜査の対象となることで社会的信用を失ったり、冤罪事件が起きたりといったことがないための対策も必要です。
電子メールで児童ポルノ画像が送りつけられたからといって、家宅捜索を受けたりパソコンが押収されたりすることがないためには、どのような立法があり得るでしょうか。
上記のような講演会に、講師として出ることになりました。単純所持まで取締りの対象になった場合、対象がかなり広範囲に及ぶだけに、過剰な取締り、捜査権力の濫用など、様々な弊害も発生する可能性があります。反警察、反権力といったスローガン的な見方ではなく、現行の実務の現状を踏まえた場合、何が起き得るのか、ということを、冷静に検討しておく意味はあるでしょう。そういう観点で、準備してお話したいと考えています。
2013-01-21
■[裁判制度]取り調べ可視化を制度化 通信傍受拡大も検討 法制審が構想案

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130118/trl13011822480004-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130118/trl13011822480004-n2.htm
取り調べに依存しない捜査・公判の在り方を議論している法制審議会(法相の諮問機関)の「新時代の刑事司法制度特別部会」は18日、取り調べの録音・録画(可視化)を制度化することなどを盛り込んだ基本構想案を公表した。
構想案では「適正な取り調べを確保し、供述の任意性・信用性の判断に活用できる」と可視化の有用性を指摘。具体的な導入範囲としては(1)一部例外を除く裁判員裁判対象事件で原則全過程を可視化する(2)可視化の対象範囲は取調官の一定の裁量に委ねる−という2案を提示した。
容疑者らの防御手法にも言及。弁護側の請求に応じて検察側が保管する証拠の一覧表を開示する制度については「採否も含めて検討」、取り調べでの弁護人立ち会いについては「可視化の成果も踏まえ、当否も含めて将来的な検討課題にするのが相当」とした。
「取り調べに依存しない」という発想自体に限界を感じますが、読んでみると、こうした、有識者を集めて皆でおしゃべりをしながら検討する、その限界はこういうことなんだな、ということがわかるようなものでしたね。記事にもあるように、可視化については玉虫色の両論併記、肝心な点でも問題先送り続出で、結局、「私たちが考えても名案はありませんでした」と世間へアピールしているだけの、無意味な内容のものにしかなっていませんでした。こういうことになるなら、集まって時間をかけること自体が無意味でしょう。
やはり、私が前から繰り返し指摘しているように、国会内に特別委員会でも作り、政治主導で、新たな捜査・公判モデル(取り調べの方法やそれへの裁判所の関与、全面可視化の下で捜査機関に新たな捜査手法をどこまで与えるか、証拠能力の在り方をどう変革するか等々)を徹底的に検討し、幅広く意見を取り入れる努力はしつつも、あるべき理念に基づく正しい内容であるということになれば、瑣末な反対論を排除して一気に断行、実現するだけの決意をもって臨まなければ、永遠に、こういった茶飲み話に毛の生えた程度の議論の繰り返しになってしまうでしょう。こういった、馬鹿げたことは、もうやめてほしいものです。







