おまえにハートブレイク☆オーバードライブ

2004-05-06

輸入権問題と「何か大きな意志」

輸入権シンポジウムは大盛況でした。開場時間を一時間早く勘違いしていたのが幸いして、着いたら高橋健太郎さん、小野島大さん、石川真一さん、『ミュージック・マガジン』編集部・斉木小太郎さんらがビルの入り口あたりで立ち話しているところに出くわし、唯一の知り合いである斉木さんに呼び止められ他の方に紹介していただく。ちょっと雑談に参加していたら(といっても聞いていただけ)、高橋さんが「取材の方は先に入ってていいですよ」というのでくっついていく。

まだ一時間前だというのに、地下3階(くらい?)までの階段は開場待ちの人ですでに埋め尽くされていて、横を通り抜けながら申し訳ない気持ちになる。すまん、いちおう取材なので見逃してくれ。

受付で名刺を渡すのに並んでいたら、すぐ前にいる人が「スヌーザー田中です」というのが耳に入った。おお、田中“タナソー”宗一郎だ。タナソー氏のいたことを強調するのには訳がある。後述。

シンポの内容については、『音楽配信メモ』で配布されているファイルと、ccfa.infoさんにより早くも起こされたテキストなどを見聞きしてもらうとして、まだ他の方のまとめやリポートを読めていないので、とりあえず一点だけ。ぼくが個人的にいちばん引っかかっているのは、

「んで、誰が得するわけ?」

ということである。

山形浩生氏が朝日新聞にいち早く寄せた「ヘンじゃないか輸入権」で「これって関係者すべてが損する構図としか思えないんだが、この法案を作った人はそれが見えないんだろうか? 」と結論していたように、目先の利益の確保に走るあまり、長期的なスパンで考えたら音楽文化の土壌に生えるペンペン草すら摘むがごときで、レコード産業は華麗なる自殺に突き進んでいるようにしか見えない。

しかし、ここまでゴリゴリに推し進めようとしている人たち(その数が指摘されるとおりごくわずかだとしても)がいるってことは、彼らにとってはそこまで――ペンペン草を根こそぎにしても見合うだけの「得」がぜったいあるに違いないのだ。だって、このお話はそもそも「利権」のまわりをグルグル回っているのだから。


このたびの輸入権案は、改正施行される「日米租税条約」とあたかも連動しているかのような印象で、それについて高橋健太郎氏は、シンポに先立って次のようにコメントしている。

7月から発効する日米租税条約によって、外資レコード会社の日本現地法人が得たライセンス収入は日本国内の課税対象外になるという。五大メジャー洋楽国内盤にはだいたい20〜25パーセントのライセンス料が乗っている。2500円のCDなら600円ぐらいか。それがそのまま吸い上げられ、主にアメリカに税収をもらたすようになるわけだ。そんなおいしい話を前に、輸入盤との競争を減らし、国内盤が高価格のまま維持される環境作りのための法案が通るというのは、何ともよく考えられたシナリオではないか。日本人のアタマで考えついたのか?と言いたくなったりさえする。

http://blog.livedoor.jp/memorylab/archives/432213.html

日米租税条約については次の記事がわかりやすい。

先日流出した、RIAA(全米レコード協会)が文化庁に送りつけたパブリック・コメントの存在も考え合わせると(高橋氏のこのコラムが書かれた時点では未発覚。和訳はこちら→「RIAAのパブリックコメント訳してみた」)、事態はますますアヤシゲな様相を呈することになる。ともあれ、仮にこの「よく考えられたシナリオ」が事実だとすると、「考えた張本人」がいるわけだが、それは誰かというお話。

最後ちかく、タナソー氏が開場から、「何か大きな意志が介在しているのだろうか」と質問していたのだけれど、この「何か大きな意志」の主体がつまり、その誰かということになるだろう。そこまでいくと「陰謀論」めくとパネリストの方々は口を濁していたけれど、たしかにそんなふうに見えることは否定できない。

陰謀論」的には、米5大メジャーレコード会社RIAAアメリカ政府が結託して日本のレコード産業市場をコントロールしようと目論んでいるように見えるのだが、もしそうだとしても、『音楽配信メモ』の津田大介氏が質問していたように、「日本の偉いさんたちはともかく、米5大メジャーの首脳陣がそこまでバカとはちょっと考えられない、そこがどうしても腑に落ちない」わけだ。米5大メジャーがわざわざペンペン草まで刈るような愚かしいマネをどうしてするのか。そんなことをして何のメリットがあるのか。

これに対して、民主党の川内博史衆議院議員は「今回の法案がとおれば、米5大メジャーに輸入をコントロールする権利が与えられるわけだけれども、その権利を行使するしないは彼らの自由である。つまり、彼らにとっては切り札になる」、佐々木敦氏は「選択する権利をユーザーから奪い、メジャーの側に与えるのがこの法案の本質じゃないか」との見解を示していた。

終了後、この問題を追っている弁護士の小倉秀夫氏(ブログこちら)にちょっと話をうかがったところ、小倉さんは、この輸入権案と日米租税条約とはあんまり関係がないんじゃないかという。改正された日米租税条約で免除されるのは現地法人の源泉徴収であって、源泉徴収というのはフリー稼業の人ならよく知っているように、天引きされはするけどあとで申告すれば還付されるわけだから、アメリカにとって有利な条約改正には違いないとしても、べつに5大メジャーがウハウハ儲かるわけではないということ。

このあたりは不勉強でもうちょっと調べないと確信をもっていうことができないが、輸入権と日米租税条約が何かしら関連しているとすれば、それは、日本が推し進めているコンテンツビジネス振興政策を介してのことなのではないか。コンテンツビジネス振興っていうのは、日本アニメ立国作戦みたいなアレのことだ。東大との産学連携がちょっと前に話題になったヤツね。

日米租税条約の改正は日本にとっては近視眼的には不利なことなんだけど、日米間のこの条約を、日本は、アジア諸国間とにおける租税条約のモデルにしようと目論んでいるらしく(先の読売新聞の記事参照)、将来的にアメリカ型の知的財産商売を実現するための布石と見ることができそう。そもそも、この輸入権コンテンツビジネス振興の旗を振っているのはおなじ人物だったりするし。


さて、日米租税条約と輸入権の関係が意外と薄いかも、ということになると、で、誰が得をするのか、アメリカは畑のペンペン草まで刈り除草剤を撒くほどバカなのか、という疑問が再び浮上するわけだけれど、アメリカってじつはバカなんじゃないかと思ったりしないでもないのだ。

このような動きの背後に「何か大きな意志」のようなものがあるかに見える、となればどうしても、そこには合理的なプランが確然とあるはずだと考えてしまうのが人の常で、ぼくも先に書いたとおり最初は「ぜったい誰か得するヤツがいるに違いないのだ」と考えていたのだが、ちょっと前にアメリカにおけるタバコ排斥運動を調べたとき、大量の資料と格闘した末、こう結論したことを思い出した。

「こいつら、なんも考えてねえ」

ご存じのように、アメリカさんのタバコ嫌いは筋金入りで、タバコというものをこの世から抹殺せんと陰に日向に活躍しており、日本もこれに追従している。タバコを規制するための一見、合理的な根拠――ニコチンの中毒性だとかガンとの因果関係だとか副流煙の害だとか自己管理能力だとかメジャータバコ企業の陰謀だとか――が並べ立てられてはいるものの、しかし、それらをすべて検討したうえでもなお、その過剰というしかない情熱のあり方への疑念は残ってしまう。言い換えるなら、タバコ排斥運動の背後にあるように見える「何か大きな意志」は、合理的と呼べる判断力にしたがって動いてなんかいやしないのだ。

音楽産業が市場のコントロールにかける情熱も――この並行輸入問題にしろ、P2Pなどコピー問題にしろ――、どこかしら、タバコ排斥運動のそれに似た不合理さを喚起させないではない。

何か大きな意志」の主体は、もしかしたら、とんでもなくすっとこどっこいな野郎なのかもしれない。


(文中の発言の引用メモによるもので正確ではありません。文責はわたくし栗原にありますのでよろしく)

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