大和但馬屋日記

この日記について

2017年03月31日金曜日 MAD CATZも倒産

iPhoneの畫面がまた割れた。キリがないな!

プレミアムフライデーなるものが實施されたのでいつもより長めの殘業をしてゐる。

ゲーム周邊機器メーカーのMAD CATZ倒産したと。e-sportsの大會スポンサーなどで羽振りが良かつた印象だがさうでもなかつたのか。同社の製品には縁が無かつたので、物として良かつたのか否かなども知らないままだ。前世代機まではアーケードスティックの改造やツインスティックの自作も厭はなかつた自分ですら今世代のXBOX ONENintendo Switch用の外部コントローラーの必要性を強くは感じてゐないので世間的にサードパーティーの周辺機器市場が滿足に成立するレベルにあるとも思へないが、そんな自分の狹い視野の外ではイースポーツでウハウハな世界があると何となく思つてゐたので結構驚いてゐる。あ、「今世代機に外部コントローラーの必要性を感じてない」と言ふ中に總額で十万圓を超えたステアリングコントローラーと三ペダルとH型シフトレバーと専用シートは含みませんよ惡しからず。

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2017年03月30日木曜日 サクラサクラダダンデライオン

春から始まる新番組、「サクラクエスト」と「サクラダリセット」が地域によつては同時間帯に連續して放送されるので紛らはしいといふ話がある。前者はミニ獨立國の王樣になった若者が街與しに奮闘する話で、後者は特殊能力者が集められたサクラダといふ街で若者が何やら奮闘する話なので、もうついでに特殊能力を持つ王樣一家(姓がサクラダ)の若い兄弟姉妹が次期王樣を決める總選擧の爲に何やら奮闘する「城下町のダンデライオン」を併せて再放送すれば良いと思つた。

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2017年03月29日水曜日 終るものたち

「初音ミク -Project DIVA-」などを開發したディンゴ倒産、といふニュースがネットを驅け巡つた。「DIVA」でディンゴが關はつたのはPSP版の二作のみなのではあるが、ディンゴが無ければ「DIVA」も「mirai」も今ある形で觸れられてゐた事にはならなかつた筈なので殘念だ。

「DIVA」二作は仕事としても少し手傳ひさせてもらつた。PSPの制約の中で工夫してステージを作るのは樂しかった。どうやつたらミラーボールがキラキラして見えるか、とかね。

二話切りした後ネットの盛上りに半信半疑で追付いたら面白くてごめんなさいした「けものフレンズ」。第十一話で不穏な終り方をして迎へた最終話、ヒトのフレンズであるかばんちやんがセルリアンによって元のけもの=ヒトに戻るまでは普通に豫想した後、自分はそこでかばんちやんがヒトの原形としてのみらいさんになつて、かつてジャパリパークを作つた人類の代表として色々種明し的なことを語り出したりしたら嫌だなあなどと勝手に思つてゐたのだけど、流石にそんな詰らない話を書く人たちではなかつた。かなり本氣で「冬の宮殿で今明かされる黒歴史月光蝶である」といふ展開を危惧したのだが杞憂で良かった。「けものフレンズ」は「ターンA」以後の物語だ。さらば二十世紀

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2017年03月28日火曜日 のけもの

忙しさに疲れた心を「けものフレンズ」で癒される日々ではあるが最終囘の放送がAT-Xではやや遅いのでネットを斷たねばならぬのだ。

とりあへず「VOEZ」を遊び倒す。

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2017年03月27日月曜日 忙しい

さて、仕事が山ほど降つて來た。仕事の振りして日記を書けない程に。

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2017年03月26日日曜日 イカとF1

スプラトゥーン2」先行試射會に參加。WiiUからswitchにプラットフォームが代つて、一番變つたのがコントローラー。前作「スプラトゥーン」がWiiUゲームパッドに特化したゲームとして仕上つてゐたのに較べると、Switchで遊ぶ「2」はどうしても操作面で見劣りがする。コントローラーが物理的に輕すぎてジャイロによる照準が安定しないことについてはまだ馴れでどうにかなるとして、手許のサブ畫面に常時表示されてゐたマップがボタンによる表示切換式になつたのは想像以上に致命的だつた。致命的といふのは大袈裟でなく、うつかりボタンを押してマップを出して狼狽へてゐる間に殺される。これは困る。マップに影響するタイプのスペシャル攻撃やスーパージャンプを使ふのに馴れるのは難しさうだ。

ゲーム自體はいつもの「スプラトゥーン」のマップやブキが變つただけなのでまた樂しめばよい。敢へていふなら今囘の試射會に用意された三つのマップがどれも似た構成で、戰略的にあまり違つた味が感じられないのが氣になつた。バランスを重視しすぎて特徴を感じないといふか。どれもこれも可動ギミックを無くしたアンチョビットみたいな印象。前作の試射はたしか舊デカラインとBバスパークとハコフグ倉庫だつたと思ふが今考へてもそれぞれに特徴があつて良かつた。まあ本編で尖つたマップは幾らでも用意されてゐるだらうから氣に病むことはないと思ふが。

目下の心配は家の通信環境が極めて不安定なこと。有線LANアダプタは用意するとしても、あまり意味がないかもしれない。

さて、午後はF1開幕戰オーストラリアGP。マシンが大幅に變つてコーナリングスピードがとんでもなく速くなつて、ラップタイムも縮まつた。これがレースにどう影響したかといふと、オーバーテイクが難しくなつた樣だ。コーナーの脱出速度が上つたのはいいけど、車體が大きくなつた分空氣抵抗も増したのでストレートエンドでのスピードが飽和して、DRSを使つてもあまり効き目がないといふことにもなつてゐる。

そんな状況で退窟なレースにならないかと心配したが、ベッテルハミルトンがタイヤ戰略も絡めた上でコース上で對等の毆り合ひを繰廣げて、フェラーリのベッテルが優勝したのだから退窟どころか大變面白いレースだつた。これほど内容の濃いレースが觀られるのであれば規格變更は大成功といへるので、今後のレースにも期待したい。

特にトラブルも失敗もなくメルセデスが力負けしたといふのが衝撃的だし、かといつて車作りそのものに失敗してシーズンの敗けが確定した訣でも全くないのだから、面白くない筈がなからう。

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2017年03月25日土曜日 豐橋探訪

父の實家で北條家の疑似體驗を樂しんだ後は當然映畫を觀返したくなるものだが、「この世界の片隅に」の近場での上映は生憎昨日で軒竝み終了してしまつてゐた。仕方がないので豐橋市まで自轉車を輪行して、驛からやや離れた處に在る映畫館まで走つて十四囘目の觀賞。ほとんど家の造りばかり見てた。小林さん夫妻が轉がりこんで來てからの北條家はさぞや手狹だつたに違ひない。ラストシーンの茶の間に全員居るところはあんなドタバタできるスペースはなからうな、と思ふ。あそこだけ欽ドンの様な舞臺劇のセットとして見る感じだ。

映畫を終へて外に出て、後は特に用もないので豐橋市内を自轉車で走つてみた。

道路に挾まれた、幅の狹い建物が延々連なつてゐる團地の様なものがある。「水上ビル」とあるから川か用水路を暗渠にしてその上に建てたものらしい。それにしても何でわざわざ水の上に。面白い街造りをするものだ。そして豐橋といへば豐橋鐵道。驛前から渥美半島へ向ふ專用軌道線と、市内を横斷する併用軌道線が出てゐる。併用軌道、即ち路面電車に沿つて自轉車を轉がしてみた。

十數分走ると終點。途中には分岐もあり、そこを曲る電車の擧動に驚いた。まるで信地旋囘の樣だ。後で調べたら日本の鐵道の最小旋囘半徑のカーブださうだ。道理で。他にも民家の間に捻じ込む樣に造られた退避線などもあり、樂しいことこの上ない。

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終點の傍らに車輛基地があリ、中で「パト電」なるものの整備が行はれてゐた。これがあれか、機動強襲室の豐橋支部か。

D

VR動画

終點から暫く併走してみた。豐橋は色々と面白い街なのでまた來よう。

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2017年03月24日金曜日 何か降つて來た

コミュ力があつて物作りへの情熱があつて自分の仕事に自信が滿ち溢れてゐる優秀な人の下で働くスタッフが二年の間に三人も潰されてゐる現場の次彈に自分が装塡された。

まあ持前の鈍感さと空氣の讀めなさで人間關係をやり過しつつ作業を淡々と進めるだけである。この職場で偉くなれる訣でもないから氣持は樂だ。

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2017年03月23日木曜日 アメリカ樣々

XBOX ONEの、XBOX360用タイトル後方互換で「デイトナUSA」が遊べる樣になつた。ハンドルコントローラにも對應してゐる。流石にフォースフィードバックとHパターンシフトには對應しないけど。

單なるレガシータイトルとしてでなく最新機種で遊び續けられるのは有難い。アメりカの人らが遊び續けてくれてる御蔭だから足を向けて寝られないよね。

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2017年03月22日水曜日 ローマ字御廢止の儀

英語教育初等教育化に際してローマ字表記法に揺れがあつて教へにくいので統一して欲しいといふ聲が教育現場から上つてゐるとか何とか。そもそもローマ字教育といふものが必要なのか。

實用面で言ヘば、外國語の文中に日本語が現れた際にどう書かれるべきかといふのが第一義で、副次的には所謂ローマ字入カを行ふ爲に覺えておくと便利くらゐのものであらう。後者のローマ字入力のことは一旦さて措いて、外國語の中に表れるアルファべット表記の日本語がローマ字か否かってことをまづ考へた方がいい氣がした。日本人はローマ字を先に學ぶからローマ字だと認識してゐるが、例へば英語の中のローマ字の樣な表記はローマ字か。

そもそも何故ローマ字なるものが初等教育の中に當り前の様に鎭座してゐるかといふと、戰後の國語改革の目標として「漢字の廢止」があつたからである。現代かなづかいにより表記を「發音通り」に改め、當用漢字表によつて漢字を簡略化しつつ數を減らしたその先には、漢字の全面的な廢止と日本語のローマ字表記化が視野に入ってゐた。その爲の布石として初等教育にローマ字が組込まれたのである。

しかし後にその破壞的な國語改革はほんの僅かながら後退し、少なくとも漢字の廢止やローマ字表記への指向はなくなつた。この時點で「ローマ字教育」を行ふ意義は失はれたのに、「覺えておくと何となく便利」といふだけのぼんやりした理由でカリキュラムに未だ殘つてゐる、それだけのものにすぎない。言ふまでもなく、日本人が日本語をローマ字で書かねばならぬ理由などないのだ。

初等教育で英語を教へるといふのであれば、その時についでに日本語の慣例的なアルファべット表記のしかたを學べば良い話であつて、先に「ローマ字」なるものを教へる必要などない筈なのだ。むしろ、アルファベットを用ゐる印歐諸語を學ぶにあたつて、ローマ字など先に知つておかない方が良からう。よく云はれる「日本人はLとRの區別がつかない」なんて話も、先にローマ字なんかを教はるからさうなつてしまふのだとしか思はれない。國際社會において英語なり外國語の習得が必要だといふなら最初からそれに觸れさせた方が良いにきまつてゐるではないか。つまるところ「ローマ字など不要」と言つて過言ではない。

ローマ字入力の爲に知つておくと便利? そんなものへの配慮など丸めて屑籠にでも捨てるがよい。キーボードタイピングスキルなど、「日本語のローマ字教育」の存在の必然性とは全く別の話である筈なのだ。

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2017年03月21日火曜日 「VOEZ」漬け

ニンテンドースイッチ用「VOEZ」をひたすら遊ぶ。何しろ曲數がとんでもなく多いので遊んでも遊び切れなくて樂しい。

「PRETTY DOG」といふ曲がちよつと癖の強い歌で心に引掛かつた。青柳舞さんといふアーティストの提供曲。ガーリッシュな曲だけど何やら忌野清志郎が歌つてさうな感じでもある。青柳舞さんを覺えておきたい。

音ゲーは樂曲に對して分析的に深く觸れられる機會のひとつなので、かういふ出遭ひもあるのが面白いね。

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2017年03月20日月曜日 振返ることはできるが後戻りできない男

カーラジオから「照ノ富士」といふ四股名が聞こえてくる度に戰ふ人間發電所の姿ばかりが腦裏に浮んで困る。

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2017年03月19日日曜日 北條家體驗

北條家體驗

父の實家でいつも通り呆けてゐたら、大變なことに氣が付いてしまつたのである。この家、北條さん家によう似とる。

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この世界の片隅に」の北條家の建物が右端の納屋部分を除けば平屋なのに對してこちらの家は二階建てなので根本的に異なるといへばさうなのだが、大きな違ひはむしろその程度で、一階部分の基本的な間取りは驚く程よく似てゐる。

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後の改装で變つてしまつた部分も多いが、昔は玄關に竈もあつたといふし、その突當りが臺所になつてゐるのも同じ。臺所への上り口が家の出入口を兼ねてゐる北條家と違つて、玄關の土間の左手が家への上り口になつてゐるが、この障子の向うに北條家なら書齊の本棚があるわけだ。

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屋内、向つて左の四畳間が北條家なら板の間の書齊、右の六畳間がすずさんの主な居場所だつた大部屋で、右奥の佛壇の位置まで同じ。床の間と押入は竝びが逆である。冩眞を撮つてゐる背後が北條家の茶の間、實際を考へるとかなり狹いが昔の人の體格と生活樣式ならそんなものか。

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改めて外觀。縁側の突當りが便所になつてゐる。北條家はここが曲り角になつてゐて便所はそのさらに奥にある。庭の廣さも同程度とみてよからう。北條家は玄關のさらに右に納屋がある。納屋の二階に上る梯子の様な階段に似たものが、この家の四畳間の方にある。

基本的な間取りが同じなので、何といつても人のサイズ感のリアリティがこれまでと段違ひに思ヘる。今まさに縁側に坐つて落し紙を丸めるすずさんの姿が自分の目に映つてゐるのである。

VRともARとも違ふ作品世界への耽溺を思ふ存分樂しんだ。

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2017年03月18日土曜日 此岸から彼岸へ

連休に絡めて、兩親を車に乘せて大阪から笠岡まで運転した。

笠岡の三洋汽船の老朽化した船着場が廢止され、少し位置をずらした場所に移轉新築されてゐた。地域のオープニングセレモニーをやるらしく準備に追はれてゐたが、建物は綺麗になっても中の人は變らないので適度にのんびりとグダグダな運營なのがいい味である。建物の設計は如何にも當世風だが、人の動線はあまり考へられてをらず、客捌きにはやや難がある。浮棧橋は前のをそのまま、場所だけ移動して使はれてゐるから棧橋まで降りてしまへば景色は以前と殆ど導らないから面白い。

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待合室の空撮冩眞が見事だつた。笠岡上空からの超望遠冩眞。近い樣だが眞鍋島まで直行しても三十分はかかる。その先の島影は香川縣。右側は廣島縣。ここは岡山縣の片隅。この島傳ひに向うからやつて來て右の方に在る福山市に飛んで行つたコルセアだかへルキャットだかの姿を、幼い父は目にしたのであらう。

さて今囘の歸省の目的は彼岸の墓參りと野良仕事。チェーンソーを振囘して遊んだ。

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2017年03月17日金曜日 言文一致の果ての歪み

言文一致の果ての歪み

百三十年くらゐ昔に言文一致運動といふものがあつた。それまで口語文語に分れて久しかつた日本語の、文語を排して書き言葉を話し言葉に一致させようといふ運動によつて書き言葉も口語體で書かれる樣になつた。それ自體の是非はさておき、まあ概ね好評裏に受け容れられたその一方で、思はぬ副作用が顕れた。それは、口語體か文語體かは文體の違ひでしかないのに、「文字すらも書かれた通りに讀むベきである」といふ、まあさうなるのも當然ではあるが實はあまり根拠のない誤解を生じたのだ。

誤解のままに書かれた通りに讀まうとしたら、そのままでは讀めないものだから、それまで根付いてゐた假名遣を書き換へてしまつたのが「現代かなづかい」といふものだ。文體を「發明」した後は假名遣まで發明できると思つてしまつた訣だ。この名前が「現代かなづかひ」でも「現代かなずかい」でもないといふ二重基準を含んでしまつてきまりが惡いものだから何十年も後に改訂したのが現行の「現代仮名遣い」だ。表題から「づ」の字を隠してごまかしたのだ。

言文一致運動と現代假名遣が「書かれた通りに讀むべし」といふ誤誘導を起した結果、自分の經驗で言ふと例へば江戸東京博物館で「蒙古襲來繪詞」に描かれた「てつはう」を「て」「つ」「は」「う」と讀むビデオに出くはしたり、高校の日本史の教師が「死なう團事件」を「し」「な」「う」「だんじけん」と讀んでしまふのを聞いてさういふものだと思つてしまつたりするし、「今日からマ王*1」のオープニング主題歌「果てしなく遠い空に」の様な珍妙な歌ひ方を耳にする羽目にもなる。この歌は多分、本人達は一語一語を丁寧に歌つてゐるつもりなのだらうが、結果として目茶苦茶なものになつてゐる。

吉田玲子氏の脚本に現れる「そらー、合格だよ、ご、う、か、く!*2」や「後退します! こ、う、た、い!*3」といつた臺詞囘しも、この言文一致の逆方向への援用が元になつてゐるといへる。それが惡いとはあまり言ひたくはないが、不自然な力により生じた歪みであることは認識しておきたい。

「ご、う、か、く」や「こ、う、た、い」が變だと思ひながら「でもそれが正しいのだらう」と安易に納得してしまふ人は多からうが、皆知つてゐる通り「合格」は「ごーかく」「後退」は「こーたい」と讀むもので、「う」と書くからといつてその通りに讀むものではない。言文一致とは「書かれた通りに讀む」ことでは決してないのだ。

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2017年03月16日木曜日 「NAM-1975」プレイ

ニンテンドースイッチ「アケアカNEOGEO NAM-1975」。NEOGEO投入初期にリリースされた、べトナム戰爭を題材としたシューティングゲーム。「カべール」とか「銃武者羅」系統の、照準と自キャラの兩方を操作するタイプで、ちよつと難しいゲームだ。アーケードでコインを投入して遊ぶには難易度が高すぎて、稼動當時は殆ど手を出せなかつた。家庭用のNEOGEOで遊ぶ爲に調整されたせゐか、アーケードのMVSで「NAM-1975」を遊んでゐた人はあまり居なかった様に思ふ。MVS/NEOGEO人氣に本格的に火が點いたのはやつぱり「餓狼傳説」からだらうなあ。

そんな訣で殆ど初めてに等しい「NAM-1975」だけど、遊んでみるとやつぱり難しい。難しいけど面白い。難しいか易しいかと面白いか詰らないかに關係はあつたりなかつたり、物によつて千差万別だから一概には言へないが、このゲームは難しいが面白い。難しいから面白い、訣ではないとは思ふ。もうちよい遊び易くても罰は當るまい。

一面をやつとこさクリアして、二面に進むと民間人の金髪白人女性を人質にとつた敵が現れた。べトナム戰爭を題材にしてこのシチュエーションはどうなの、この邊は二十年以上前のゲームだねえと思ひつつ敵を倒して人質を救出した。どうせボーナス得點になるだけだらうと高を括つてゐたらまさかの展開。

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女性が武器を手にしてプレイヤーの兵と共闘を始めた。不死身つぽいのでまさに「グラディウス」のオプション状態。まああれほど攻撃力が高い訣ではないが、遊んでゐるこちらの心理面では心強いことこの上ない。てかこんなに強くて何故捕まつてたのか。

昔のゲームで面白いプレイ體驗をさせてもらつた。實に樂しい。

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2017年03月15日水曜日 そんなんだからニコ二号なのだ

痛車のGTカーで目を慣らされた自分らに較べれば歐州ではやはりピンク色のF1マシンに騒然としてゐる樣で、しかしフォースインディアの周りのチームやドライバーがそれを揶揄するツイートなどをしてゐるのを見ると殘念な氣持ちになる。昨年までフォースインディアに居たニコ・ヒュルケンべルクなんか酷いもので「皆判つたろ?これが僕がこのチームを離れた理由だよ」なんて阿呆なことを言つてゐる。

あのさ、御宅の移つた先のチームはワ一クスだからまだマシとはいへ、それでもスポンサーが無くて苦勞してゐるクチでせうよ。今時マシンにロゴ貼るだけぢやなくて一臺丸毎企業色に染めてくれる新規スポンサーが現れるなんて滅多にないことだよ? レッドブルメルセデスといつたオーナーチーム以外ではフェラーリマールボロウィリアムズのマルティニくらゐで、マクラーレンですらスポンサーが無いんだよ。なのにさういふのを指さして嗤ふ神經が解らないし、何よりたぶん、ニコは今年ポイントでペレスを上囘ることはないんぢやないかな? とも思ふ。昨年同じチームに居てさうだつた樣に。流石にニコの發言には昨年の成績に絡めた批判が集まつてゐるので、ニコは成績でそれを撥ね返すしかなくなつた。まあ精々頑張れ。

車メーカー以外はレッドブルの様な道樂企業がオーナースポンサーにでもならなきや存續も難しいといふのが今のF1なんだから、このピンクのマシンは歡迎するしかないよ、F1にそれだけの價値を未だ認めてくれるBWTといふ企業への敬意とともに。ヒュルケンべルクみたいな幼稚なガキはギャフンと言はせてやれ。

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2017年03月14日火曜日 ピンクのF1

フォースインディアが今年のマシンのカラーリングを變更、ピンク一色のF1マシンの畫像を見て「まだエイプリルフールぢやないよな?」とカレンダーを見直した。BWTといふ歐州の、日本で言へばクリタと同種の淨水産業の企業のイメージカラーださうだ。初見の違和感を通り過ぎればマシンのデザインとのマッチングは良好で、恰好いいカラーリングだと思つた。

ピンク色のF1マシンなんて記憶にはないし、グリッド上が色彩豐かで華やかになるなのは結構なことだ。

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2017年03月13日月曜日 ドイツは世界一なのに

ハースF1チームがTwitterで公開した今年のF1グランプリの全サーキットレイアウト圖が移り變るGIFアニメーションを見て、何かが足りないと思つたらアゼルバイジャンバクー市街地サーキットとドイツのサーキット(ホッケンハイムリンクニュルブルクリンクのどちらも)が入つてゐなかつた。バクーは單なる入れ忘れの樣だが、問題はドイツ。今年からは本當にドイツGPがないのである。

榮枯盛衰は世の常であるからどこかのグランプリが開催されなくなることはあるだらうが、前のシーズンでチャンピオンを獲つたのがドイツ國籍のチームとドライバーだといふ事實を前に關係者が事態をどう捉へてゐるのかが氣になるよ。バーニーが居なくなつて多少は變るのかね。

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2017年03月12日日曜日 自轉車整備

ロードバイクのペダルを踏込む度に異音が鳴るので整備することにした。かういふ時は大方ペダルが駄目になつてゐるものだから新しいのを買っておいた。ペダルを換へるその前に、クランクを外してBB周りも一度バラして掃除する。

乗り始めて三年近く、一度もバラしたことのないBB周りは果してドロドロであつた。やはりクロモリバイクなので中はどうしても錆びる。左右の大きなロックナットが緩んでゐた訣ではないが、綺麗にして締め直しておいた。クランク固定ボルトを締め方向に少し舐めてしまつたので、次にバラす時は上のグレードに換へよう。105かなあ。

で、ペダルを換へようとしたが、どうやつてもペダルが外れない。ペダルレンチも6mmアーレンキーも全く刃が立たない。手持ちの工具では如何ともし難いので一旦諦めることにする。

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2017年03月11日土曜日 すずさんの夢と現實

すずさんの夢と現實

職場で若い同僚に聲を掛けられた。普段滅多に話をしない相手だが、どこかから自分が何度も「この世界の片隅に」を觀てゐることを聞きつけて來たらしかつた。彼はどうしても納屋での一件が納得いかないのだといふ。さういふ人は多からう。自分の中ではある程度のいい加減な結着をつけたつもりのことであつたが彼には巧く説明できなかつた。その時は原作を持出したりもしてしまつたのだけど、これもあまり良くなかつた。それで改めて色々考へて、映畫の内容だけで納得できる筋道が見えてきた。讀む人など一人も居なくたつて構はないが、自分の爲に認めておく。

随分前に、「この世界の片隅に」は「居場所」の物語であると書いた。しかしこんなのは「ガルパンは戰車道の物語である」と言つてゐるのと變らない。間違つてはゐないが見たままを述ベてゐるだけである。居場所を語る爲に重要なものが別にあつて、それを敢へて言葉で表はすなら「夢」と「現實」だ。この樣に表はしてしまふと途轍もなく陳腐にも思へるが、他にいい言葉も見つからないのでこの切り口で物語を見返さう。

すずさんにとつての夢

その一
先づ最初のエピソード。すずさんは自ら體驗した筈のちよつとした事件をすみちやんに見せる爲の繪物語にしながらかう振返る。「あの日のことも晝間見た夢ぢやつたんに違ひない」。
その二
續いて干潟を歩いて渡るエピソード。すずさんは晝寝の途中で目を覺まし、寝惚けた眼で座敷童に會ふ。その不思議な體驗も繪物語の一枚となる。
その三
長じてすずさんは呉に嫁入りすることになる。妹のすみちやんが「あんまり近いんは夢がないけえ」といつて箸を長く持ち直すのにツッコミを入れつつ、自らが夢にも見たこともない様な遠くの街へ嫁ぐことになる。「うちやあそんとにボーッとしとつたんぢやらうか、いつの間にかうなつてしもうたんぢやらうか」と心の内で呟きながら。
その四
婚家で祝言を済ませ、初夜を乘越え、家事や隣組の付合ひに忙殺され、婚家から戻つてきた義姉に半ばいびられる様に追出されて廣島の生家に里歸りした晩、うたた寝を母に起こされたすずさんは「焦つたあ、呉へ嫁に行つた夢を見とつた」と言つて家族をズッコケさせる。

序盤のここまでに、執拗なまでに強調されてゐるのが「夢」といふ言葉であり、自らの體驗をも「夢」で片付けてしまひがちなすずさんといふ女性の性向である。それは單に「繪を描くのが好きで夢見がちな少女である浦野すず」などといつたありがちな設定上のキャラ付けに留まらない、すずさんの持つ世界觀をも表してゐる。

この「呉へ嫁に行つた夢を見とつた」といふのをただのギャグとして流すのもよいが、そも幼少時の周作少年との邂逅さへもすずさんにとつては「夢ぢやつたんに違ひない」のであり、すずさんの目に映る周作さんも、寝泊まりする家も、どこまでも「夢」なのだ。すずさんはありもしないことを夢想するのではなく、自分を取巻く状況が夢であると捉へてゐる。それを象徴するのが中盤の三つのシーン、リンさんとの出遭ひと周作さんとのデート、そして哲と過す納屋での一夜である。

夢から覺めるすずさん

買物歸りに道に迷つて遊廓に足を踏入れたすずさんは、途方に暮れてゐるところに聲を掛けてきたリンさんに「ここは龍宮城かなんかかね?」と問ひ掛ける。その日の體驗をかひつまんで話した周作さんに誘はれてデートに連出された日の晩、橋の上ですずさんは「知つとる人に會うたら夢から覺めるとでも考へとるんぢやらうか、うちやあ」と語り、その夢が「今覺めるんは面白うない」と心の内を覗かせる。

ここがかなり重要で、すずさんにとつては未だに呉での暮しは「いつか覺めるであらう夢の中」なのである。周作さんはそのすずさんの胸の内を聞き、「過ぎた事、選ばんかった道、みな覺めて終つた夢と變らんな」と呼應する。一見、ここで二人の會話は通じ合つたかの樣に見える。しかしそれは落し穴だ。

二人の距離が縮まり、その結晶として二人の間に子が出來たかもしれないといふ予感が幻と消えたのと同じくして、ここで意見の一致をみたと思つた二人の互ひに對する思ひも、實は決定的にすれ違つてゐたことが判る。水原哲の來訪によつて。

デートの時にすずさんは「水兵さんになつた昔馴染」に出遭ふことを恐れてみせた。その水兵が向うから乘込んできた。すずさんは哲に對して、子供の頃にもとつたことのない様な亂暴な態度で接した。それが周作さんの目にはどう映つたかといへば、すずさんの言葉の通り、夢から覺めて、現實に戻つたすずさんの姿がそこに在つた樣にしか見えなかつたらう。龍宮城を去り、玉手箱を開けて變り果てたすずさんを見た、そんな思ひを抱いたのではないか。

だから周作さんはすずさんをすずさんの現實に返さうと思つたのだ。自分などこの人の夢の缺片にすぎないのだから。デートの日の遣り取りこそが、二人の間の溝そのものだつたのだ。戰地に赴くこともないナイーブ文官の周作さんはさういふ風に感じてしまつた。姉の爲に防空壕の柱の使ひ方にまで氣を遣ふ彼の優しさが、ここでは最惡な方向に働いてしまつた。

では一方のすずさんの方はどうか。自分を夢から覺ます筈の水原哲に迫られて、確かに目ははつきりと覺めたのだ。實母に頰を抓られても覺めなかつた長い夢が、今ここで。「うちはかういふ日を待ちよつた氣がする。かうしてあんたが來てくれて、こんなに傍に居つてのに、うちは、ああ、ほんまに、うちはあん人に腹が立つて仕方がない!」すずさんが夢と思つてゐたもの、置かれた現實、それらがやつとすずさんの中で定まつたのだ。

夢と信じた現實と、現實にならなかつた夢

さて、氣の毒なのは水原哲である。兵學校に入つた兄が事故死して、その代りの當り前として海軍の志願兵となり、幼馴染のすずさんに告白しそびれて、乘艦青葉と共に死線を潜り拔け、這々の體で母港に歸り、不本意な嫁入りをしたであらうすずさんを取戻すべく入湯上陸にかこつけて來てみれば、その自分の行動がきつかけですずさんの夢を覺ましてしまひ、はつきりと振られてしまふのだから。

地に足のつかない夢であつた筈の呉での嫁入り生活こそが現實であったと、すずさんの中での認識が反轉したのが納屋での顚末であつた。しかし勿論、すずさんだつてそんなことは本當は分つてゐた筈で、これまた陳腐な表現だが現實逃避をしてゐたにすぎない。ただ、それが「理想としての夢に逃げる」のではなく「現實を夢だと思ふ」といふ處が普通と違つてゐて、周作さんはそこを取違へたのか、逆に正確に見拔いたのか、ともかくすずさんを「現實」に返さうとした。しかし今やそれが「現實」ではなかつたことを悟つたすずさんは、その周作さんの身勝手な取違へに對して猛烈に腹を立てたのだろう。

その後、鬼イちやんの合同葬の歸りの汽車の中で始まつた他愛のない喧嘩によつてすずさんの現實は地に足がついた、樣に見えた。しかしそれは後の出來事によつて再び大きく搖らぐことになる。

六月二十二日から八月十五日まで

物語の様相が變つた後のこと。

何が夢で何が現實か。自らの生きる意味すら見失ひ、呉と廣島のどちらが夢であるかの區別もできず、戰闘機が飛び交ふ中に飛んでゐられる筈もない鷺の姿を追ひ、義姉の徑子さんの言葉に絆されてやつと呉を居場所と定め、幻の鷺を見送つた先の山の向うに不氣味な雲が立上る樣を眺め、その下へ果敢にも救援に向ふ隣組の人達の姿に自らを奮ひ立たせ、今更の様に臨戰體制となる。六月二十二日の出來事からたつた五十日程の間の事である。

竝の神經でも度重なる空襲に衰弱してもをかしくはない。まして身の周りに大きすぎる喪失のあつたすずさんが、正氣で居られる訣もない。電單を丸めて伸ばして落し紙を作りながら「何でも使うて暮し續けるんがうちらの戰ひですけえ」と口にしたすずさんは、鷺を追うた日に比べれば落着いて見えても、まだ静かに歪んだままなのだ。それは安易に「戰時體制に丸め込まれた」といふのとは斷じて違ふ。假令監督がさう話してゐたとしても違ふ。

これを「戰時中の人は皆さういふものなんだよ」なんて一般論で片付けてしまふのなら、その日までの五十日間のすずさんの身に起きたことは何だつたのかといふ話で、それならばすずさんなど居ても居なくても關係なくて、それでは駄目なのだ。この映畫はすずさんの目を通して見た終戰前後の時代を描いたドキュメンタリー「ではない」。その時代に生きたかもしれないすずさんといふ一人の女性を描いた作品なのだから。

現實のすずさん

六月二十二日の空襲を機に、夢から覺めてゐた筈のすずさんは自我を失ふ。最早夢も現實も綯ひ交ぜとなり、生きてゐるのか生かされてゐるのがも解らず、ただ死んでゐないだけといふ心持ちのまま、それでも正氣に縋つて焼夷弾を消し止めて、それすらも「何が良かつたんかさつぱり分らん」と言ふ程に壞れて歪んでゐる。これ程の精神状態を指して、一般論で「當時の女性」を論ずることに意味があるだらうか。世で語られてゐる樣に玉音放送を聞いたすずさんの激昴と畑での慟哭について、合理的な説明が出來るとでもいふのだらうか。自分にはさうとは思はれない。敢へて言ふなら、納屋で見せた周作さんへの怒りと「戦爭を終らせた者」に對して湧き起つた怒りが同じ處に根差してゐたのだらう、といふことくらゐである。夢と現實を取り違へてゐたことと、身勝手に自分にさうさせたことへの怒り。夢を夢と思つたまま死にたかつたといふ嘆き。すずさんは映畫のカメラ役ではない。映畫で描かれた時代の代表者でもない。超然と透徹した目で時代を觀察してゐる訣でもない。市井に生きる一人の人間が夢と現實の間を激しく搖さぶられるその樣が描かれてゐるのだ。

戰後となり、進駐軍が上陸した頃にはすずさんの中で夢と現實の折合ひも再び(初めて?)つけられ、生きて目の前に立つ哲の姿を夢の側へと押し込める樣にして物語は終幕へと向ふ。

最後に見たバケモンの姿が夢なのかどうかといふ處でうまく煙に巻かれてしまふが、その後の周作さんとの遣り取りで「呉は自分で選んだ居場所ですけえ」と語るすずさんにとつて、もはや呉は覺めたら面白うない夢でも龍宮城でもない。かつて夢と思つた街は紛れもない現實としてすずさんに迎へられるのである。

消された「現實」

さて長々と「夢と現實」について書いた。表立つて言葉にされる「居場所」そのものについて、すずさんがどう捉へてゐたかを窺ひ知るにはこの切り口しかないのではないかといふのが、十數回作品を觀賞した後に得た自分なりの筋道である。

ただ一つだけ、この切り口で觀た時に不自然な點がこの映畫にはある。「夢」と「現實」が對になつて具體的に語られてゐる筈のデートの晩の橋の上での遣り取りで、周作さんはかう言つてゐる筈なのだ。「すずさん、あんたを選んだんは儂にとつて最良の現實ぢや」と。原作漫畫での周作さんはさう言つてゐる。映畫ではこれが「最良の選擇ぢや」に變更された。その爲に、先に書いたすずさんと周作さんそれぞれの夢と現實の取り違へについて、随分と見通しが惡くなつてしまつた。

監督が何故ここを變へることにしたのか。他の何よりも、自分にとつてはこの改變が最も重要かつ不可解である。しかし不可解であるが故に、この讀取り方は自分だけのものとしておくことが出來るのだと思ふとそれはそれでゼイタクな氣がするのである。

「この世界の片隅に」について、長いこと色々考へて來たけど、ここらで一區切りにしようと思ふ。心の片隅にはもうすずさんが棲みついてしまつてゐるのだし、これを最後に忘れるとか言及しないとかではないけれども、思ひ殘すことのない程度には書きたいことを書いてしまつた。

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2017年03月10日金曜日 ポータブルアンプを買はう

職場で同僚からFiio E11Kといふポータブルアンプを借りて使つてみた。「VOEZ」を氣持良く遊ぶといふ目的を十分以上に果してくれるので、これと同モデルのA3を買へば良いといふことで購入決定。

あとは畫面にタッチしたまま激しく左右にスライドする譜面があつて本體ごと動いてしまふので、滑り止めの制震マットを敷いてプレイすることにしよう。

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2017年03月09日木曜日 「VOEZ」潰け

ずつと「VOEZ」を遊んでゐる。難易度の低い譜面から順にフルコンボを取つて次を選ぶといふ進め方でボチボチと。本體にへッドホンを差して遊んでゐるが少しパンチ不足なのでへッドホンアンプが欲しくなつた。

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2017年03月08日水曜日 スイッチはいいぞ

ニンテンドースイッチの遊び散らかせるゲーミングタブレット感が良い。まあ3DSと何が違ふかといふと時代なりのレスポンスの良さくらゐで、3DSには立體視があるといふ絶對的な優位があるから兩方手放せない。

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2017年03月07日火曜日 VOEZと書いてボイズと讀む

ニンテンドースイッチ用「VOEZ」、流れてくるノートをタップした時の效果音は存在してゐた。曲選択後の開始畫面にスピーカー型のアイコンがあつて、それをオンにすると成功判定時に鈴の音シャンシャン鳴る。デフォルトがオフになつてゐる爲にアイコンがグレイアウトされてゐて氣が付かなかつた。なんでデフォルトがオフなのか。音ゲーたるものプレイヤーが音樂の一翼を擔はなくてどうするかといふ話。

これさへあればリズムゲームとして不滿はないので後は樂しむのみだ。ノートが指を避けたりするのも他の音ゲーなら怒るところだけど、「VOEZ」ならば許せてしまふ。そのくらゐ譜面の遊びが樂しいのだ。

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2017年03月06日月曜日 四半世紀ぶり

ニンテンドースイッチ「そるだむ開花宣言」は二十五年前のアーケードゲーム「ソルダム」の復刻作品。特に移植版なども無かつたのでアーケード稼動當時に少し遊んで以來のプレイで、正直ルールもよく憶えてゐなかつた。

一見「コラムス」系の色合せパズルかと思ひきや、どちらかといふと「テトリス」に近い横ライン合せゲーム。ただしオセロのルールで色を變へて横一列を同色に揃へないとラインは消せない。このオセロルールによつて「テトリス」では爲し得ない全畫面一齊消去の樣な快感を得られるのが本作の獨特なゲーム性になつてゐる。

一方で、オセロルールと多色ブロックの相性はあまり良いとはいへず、色合せは特定の一色のみをターゲットに狙ふしかなく、他の色で待ちを作るなどのテクニックはほぼ皆無。この邊りで「ぷよぷよ」の樣な奥深さを獲得し損ねた感は否めない。とはいへルールを把握すれば面白いゲームであるには違ひない。本作の世界觀のベースとなつてゐる「ロッドランド」の方も遊びたいのだけどね。

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2017年03月05日日曜日 スイッチオン

ニンテンドースイッチで遊ぶ。購入した八本は次の通り。

所謂フルプライスの新作ゲームは「ゼルダ」だけで殘りは昔のゲームの移植か復刻かリメイクのが五本にただの低價格ゲームが一本にスマホ音ゲーが一本。まあ、何であれ一遍に遊び切れない分量のソフトがあつて良い。

で、スマホ用音ゲーの移植であるところの「VOEZ」がいい感じなので何曲か通しで遊んでみた。チュートリアルを見るだけで百曲超の曲が全部解禁されて驚いた。少しづつ解禁していく様な邪魔くさい前世紀の「ゲーム性」を入れてこないのは大變好感。安價な値段でこんなに曲數が入つてゐていいのかしらとも思ふ。曲の質もなかなか良い。

しかし譜面をタップした時の音のフィードバックが何もなく、ミスしてもコンボ表示がリセットされるだけで進行には何の惡影響もないのでリズムゲームに最も必要な「樂曲への參加感」が皆無に等しく、さてこれを音ゲーと稱してよいのかどうかすら躊躇つてしまふ程である。リズムに乘れてゐるかどうかが體感できないリズムゲームといふのは全く理解に苦しむ。譜面それ自體を使つた視覺的な遊びと樂曲との組合せは見事なもので、それだけで一種ミュージックビデオとして成立する程のものだけに惜しい。面白いのに今一つ氣持良くないといふ不思議なゲームだ。

「ゼルダ」は重たいので導入だけ觸つて、あとは大體「ショックトルーパーズ」ばかり遊んでゐた。

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2017年03月04日土曜日 片渕監督作品二本

ニンテンドースイッチが届いた。届いたからにはソフトが必要なので早速ストアを開いて御祝儀で八本購入。本體で遊べる様になるまでの手續きは今世代の機械としては手輕な方かな。ニンテンドーアカウントと連携させるだけで問題なく使へる。

しかしソフトが落ちてくるまでは出來ることもないので茶屋へ出動。「この世界の片隅に」と「マイマイ新子と千年の魔法」を觀た。

片渕監督作品二本

この世界の片隅に」は十三囘目。前の日にULTIRA上映は終つてしまつて小さい箱の上映しかなく觀客の入りも少なかつたが初見と思はれる年配の家族が居て、大いに笑つて泣いてゐた。この映畫はそれがいい。通路の向ひのULTIRA箱で9.1chセンシャラウンドがええ音鳴らしとるせゐでこちらの日常シーンに戰爭の足音が響いてくる演出に感じられるのが、初見客にあらぬ誤解を招きさうで冷や冷やした。それは戰爭ぢやなくて戰車道の足音だからね。それにしても二〇一七年の三月にもなつて「ガルパン」と「この世界の片隅に」が同じ映畫館で觀られるつて、どういふ状況だ。兩方合せたら丁度四十回くらゐは觀てゐる計算か。

そして「マイマイ新子と千年の魔法」。作品自體は三囘目、それと別に二コ生でチラ見したことがあるが映畫館で觀るのはこれが初めて。やはり劇場で集中して觀るのは格別で、今まで見落してゐたものや聞えてゐなかつた臺詞がしつかり見聞きできて、今一つ呑込めてゐなかつた部分がほぼ解消した。やつと作品を十二分に樂しめたと思ふ。

家で觀てゐると、さう惡い音響でもないつもりなのだが押しの強い樂曲に臺詞がところどころかき消されて理解の妨げになつてゐた。特に新子の母の「家出するならちやんとしなさい」「米一升あげるから」といふ呑氣な叫びが今まで聞えなくて、その爲に後半の展開を些か唐突に感じてゐたのだつた。円盤が昨今の風潮に乘つて日本語字幕を收録してくれてゐたら良かつたが、外國語字幕ばかりが充實してゐて勿體なかつた。「マイマイ新子」は劇場で觀るが良い。

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2017年03月03日金曜日 電流火花が體を走る

ニンテンドースイッチが發賣されて、早速職場で体驗。「1-2-switch」はまあ、さういふもんよねと。髭剃りのそれらしさはなかなかいい感じなので髭を剃つたことのない人には良い疑似体驗ができるのではなからうか。俺は電氣シェーバー派ではないけれど。

自分の分は明日家に届く豫定。

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2017年03月02日木曜日 何でも使うて暮し續けるんがうちらの戰ひですけえ

今頃になつてAT-Xでもすずさんの聲をよく聞く樣になつた。その「この世界の片隅に」のCMに使はれてゐる豫告編の「何でも使うて暮し續けにやならんのですけえ、うちらは」といふ臺詞は本編ではもつと過激な言葉に變へられてゐる。そして、變ヘられる前の言葉も變へられた後のそれも、原作漫畫には見られない映畫だけのものである。原作に可能な限り忠實にあらうとした監督が付け加へたもの。しつかり考へて受取めるべきもの。

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2017年03月01日水曜日 人氣ゲームの海賊版

ゲームの話を殆ど書いてないが毎日遊んではゐるのだ、「スーパーマリオラン」とか「さよなら! ハコボーイ!」とか「セガ3D復刻アーカイブス3」の「コラムス」とか。

今日は3DS用「かいぞくポップ」を購入。面白い。昔の「ポンピングワールド」や「スーパーパン」を遊ぶのと同じくらゐ面白い。ハドソンの「キャノンボール」は遊んだことがないけれどあれよりはきつと數段面白い。要するにまんま「それ系」のゲームである。「かいぞくポップ」だから面白いといふ要素は殆どない。3DSの中にゲームボーイの樣な架空のゲーム機を構築してその中で遊ぶといふ體裁の爲に画面が小さくて遊びにくいので怒りすら沸いてくるが、ゲーム自體が面白いのだからしやうがない。そんな感じ。

「かいぞくポップ」ならではの新機軸としては重力の働く方向が上下左右に頻繋に變化するといふのがあつて、それだけならウザいだけだが變化した方向に「落下」してゐる間は泡を體當りで消したり上から踏んだりできる。「床」に接地しない樣上手く踏んで跳ね續けてゐれば長時間その状態を維持できるので、無敵で得點稼ぎができてゐることになる。粗削りといふか強引な仕様ではあるが、ここは評價したいところ。これ絶對、方向變化時に爲すすべなく死ぬ事故が多發したから後付けで足した要素に極まつてるよね。

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