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うえの善巳 近況

2007-03-11 リング・キィかカヴァードか?

 これもいろいろな意見があります。ここでは「音響学的になんちゃら」みたいなことではなく、あくまでひとりの「吹き手」としてのボクの「私見」として受け取ってください。

 結論からいえば、

「どっちでもいい」

そんな無責任な、と思われるかもしれませんが、実際問題、自分自身がごく最近にリング教からカヴァード教に改宗してしまい、結果「どっちでもいいや」と思ってるんだから仕方ない。150年共存しているリングキィとカヴァードキィの選択は、チマタ思われているように、リングが上級者向け、カヴァードは初心者向け、のような単純な構図では終わらず、それぞれにアドバンテージ・ディスアドバンテージがあります。音楽のジャンルやスタイルにより、「この場合はリングがベター、はたまたこっちはカヴァードのほうが…」というのがホンネ。

 難しい音響学的理論はおいといて、「吹く立場」からすると、リングキィを使うメリットは、四分音程含め替え指の可能性が増えることと、ハーフオープンを使う音程修正が可能なこと、そしてキィの操作に関わる、いい意味での「曖昧さ」があること。よく言われる、「リングのほうが音色が明るい」は、実際にはチューブの厚みや、歌口のカットに影響されることが多いようです。現代音楽のための特殊奏法はリングキィが前提のことがほとんどで、リングでないと演奏不可能なこともありますが、クラシックの一般的なレパートリィである近代までの作品では、そのようなことはありません。ボクの場合、高音域多用のラテン音楽では、替え指の多さからリングキィが便利。他に、アドリブでベンディングを多用したいスタイルのときに便利さを感じます。そうそう、2005年の秋に、コルカタのカタックダンサーである、スラボニ・ボナジーさんを招聘して共演したとき、彼女のテクストである「マヤの物語」という、ベンガルの農村に暮らす女性のストーリーによるカタックダンスに曲をつけたのですが、このときはインドのバンスリや、日本の尺八・能管をイメージして、バンブートーンやら、メリ・カリ・ムラ息・コロ・ヒシギやら、拡張奏法(というよりヨソん家のテク)をさんざん使いましたから、こういうのもリングキィのほうがなにかと便利ですね。でもここ最近は、オールドのフィリップ・ハンミッヒ、そしてその後はやはりオールドのヘインズ(当然カヴァード)を、いままで使ったモダンの楽器ではアリエナイほど気に入って吹いている。ホレてしまえばアバタもエクボ、(オープンホールが)なけりゃないなりに、何を吹くんでも別にこれで(カヴァード)いいんじゃない?の心境になりつつあります。キィをゆっくり上げることでのポルタメントもどきも出来るし。


 カヴァードキィ特有の音色はキィカップに余分な空間(フィンガーホール)を持たないことからくるものが大きいと思うのですが、音に「一種のピュア感」が… リングよりもあるような… そしてもうひとつは「エッヂ感」のあるレガートですよね。「スポン!」て音が変るカンジね。これはリングではどうやっても出ない、カヴァード独特の「味」のように感じます。ただこれはどのような場合でも「アドバンテージ」になるわけではなく、場合によってはリングキィの「ポルタメント感」のあるレガートがマッチベターにも感じますが… 音の移り変わりの部分を顕微鏡的に見れば、リングのほうが、弦楽器に幾分なりとも近い、と言えるかも。100分の1秒単位での、近似音程から目的の音程に納まるまで移行する過程がね。でもそれは逆に、ベームフルートならではの音の立ち上がり、エッヂのきいたレガートならカヴァードだ、ということにもなるかな。奏法上の問題を別としての、それぞれのキィデザインが音に及ぼす影響、という点だけからみても… 「音」って本当にさまざまな要素が微妙にミックスされて成り立ってるから、単純には決められないよね。今ドイツの木管がインラインリング、カヴァードの両方手元にありますが、音への効果はキィスタイルよりも、材質(片方は「枯れた」グレナディラ、もう一方は比較的新しいコーカスウッド)、歌口(かなり性格が違う)、ウォールの厚み(イェーガーは全管ごんぶと、フィリップは頭部管ヘヴィ・胴体ミディアム)等の差がもたらす違い=メイクスによる違いのほうがはるかに大きい。まぁこれは一般的な話しではないかもしれませんが。でも結局どっかで「割り切る」か、「思い込む」しかないのでは?

 ボクはフルートを始めた経緯がチト変わってますので、最初に手にした楽器がリングキィ、以降すべてリングだったのですが、今年の初めにメインに就任したオールドヘインズは2本めのカヴァードで、モダンジャズのフレーズ等にはこっちのほうが合うな、と思っています。アドリブ中のチョッ速のフレーズでは、音のエッジの立ち具合が、カヴァードのほうが合いますね。ボクの場合それよりも、男にしては手が小さいから、オフセットかインラインかの違いによる影響のほうが大きいみたい。リングであったとしてもオフセットのほうが有り難い。 


 マルセル・モイーズが終生使ったスペシャル・クェノンはカヴァードだった、は有名なハナシ。たしかにモイーズの古い録音を聴いていると、あのレガート感はカヴァードでないと出ない気がします。それにモイーズはいわゆる現代音楽を嫌っていましたから、リングの必要がある場面もなかったと想像します。他にもクラシックのプレイヤーの情報は割合ありますが、ジャズ系はあんまりですね。不世出の天才、エリック・ドルフィーは、レコード聴いているとどうもリングキィのようですね。(ジャケット写真ではどうもよく解らない。H足であることは解るのだけど)。現代のデイヴ・ヴァレンティン、ネスター・トレスら、アメリカのラテンジャズフルーティストもリングキィを使うひとが多いようです。バド・シャンクやフランク・ウェスはカヴァードですね。

 ボクはずっとリングだったから、新たに楽器を選ぶときにも、なんの疑問もなくリングを選んでいたのですが、最初に手にしたカヴァードであるフィリップ・ハンミッヒは90年前にフィリップ本人によって製作されたオールドで、今でこそドイツフルートであるフィリップ・ハンミッヒにもリングキィのモデルはありますが、当時はそんなものが有る筈もなく… ここだけのハナシ、サンキョウフルートの久蔵会長にこの楽器のレストア頼んだ際、「ついでにリングに改造できませんかぁ?」と訊いたらみごとに断られました。でも出来上がったフィリップをいろいろな空間で吹いてみての今となっては、久蔵会長のおっしゃる通りで、そげな無理しなくてよかったと思っています。この楽器の場合は、すべての要素がカヴァードのキィスタイルを前提として成立していますから。ドイツフルートのサウンドにはやっぱりカヴァードキィでないと。カヴァード特有のエッジ感が、この楽器の声にはどうしても必要なのです。また脱線しますが、昔はメルセデスフォルクスワーゲンでも、作る側は今みたいなレヴェルでのマーケティングなんかしなかっただろうし、基本的「作り手」の信念と理想でモノ作っていたんだと思う。だからその時代の「モノ」は今のモノより遥かに「重い」し「骨太」だし「堅い」。まあそれって「これが正しいんだからありがたく使えーどうせシロートには解んないんだよオラオラ」というオーボーでもあるのですが。ドイツのフルートも現在では、ベルンハルトはともかく、リヒャルト・フィリップともにリングキィをラインナップするようになったことは、時代を感じさせる部分でもあるし、ある意味悲しくもある。解らないヤツはほっとけよ、と言いたくなる。まぁ商売の都合もあるダロけどね。



 まあエラそうなことはあまり言えません。誰よりもムリする、しようとするのは他ならぬボクかもしれませんから。以前にもヘインズのリペアのエキスパートである、江藤さんという修理屋さんに、チィーとばかりピッチの低いボクのヘインズレギュラーの頭部管を、「少し切ってもらえませんか?」と頼んだら「吹き方が悪いっっ!!!」とエラく怒られたっけ…


 ご質問は、yocchy6456@hotmail.co.jp まで

































































m(_ _)m