ぴらぴら週記

週記だから、週に一度は書くのが目標。

孤島からビンを流す会をよろしく。 アンテナもある。 ぴらの間もある。

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2007 ぴら 01 ぴら 02 ぴら 03 ぴら 04 ぴら 05 ぴら
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2007-03-30

読了 00:50

Life: A User's Manual


Life: A User's Manualを読了した。去年の5月には読みはじめていたらしいから、10ヶ月くらいかかったらしい。大いなる徒労である。この小説の登場人物の企ては、ほとんどみじめな結果に終わっている。この小説全体が、徒労っぽい。そこに豊かさを感じてしまう。


ぴらぴらは無駄なことが大好きなのである。

2007-03-29

yoira2007-03-29

有向グラフ碁問題集(0) 22:47

有向グラフ碁に反響がほとんどみられないので、問題集を作って振興を図る。


時間無制限。25級。

n個の空点が、図のようにある向きに一列につながっている。どこに打つのが最善か。


ヒント:何色の有向グラフ碁でも答えは一緒です(ヒントなのか?)。ただし0色の場合は有向グラフ碁とは呼ばない。

2007-03-26

いろいろ 23:00

  • バイト。お昼は英会話の練習。帰り道は優雅に歩く練習。
  • そっけなくしてあげる方が向こうは楽なことはある。
  • 石狩漬が美味である。
  • Toshi Yoroizuka のケーキも美味である。
  • カードとケーキを言い間違えるのは、高度だと思う。
  • リコーダーの運指を試してみた(via こんさま)。小学校でよく使うリコーダーは、これとは異なる簡略版(Gとか書いてある)である。ぴらぴらの手元には、両方ある(もう片方にはBとか書いてある)。と、偉そうなことを言いつつも、高みには登れず。
  • もうすぐ読み終わる本があるので、そのことがここに追加されるかも知れない。

2007-03-24

有向グラフ碁 20:49

普通の囲碁で可能な操作を定めている原理を述べる。盤面を無向グラフとみなす。頂点の状態とは、空点であるか 黒石がおかれているか 白石がおかれているか ということである(他にも色があってよいが、色の種類は先に決めておく必要がある)。盤面は、いつも下記の原理を満たしていなくてはならない。

任意の頂点pについて、ある頂点qがあって、下記の性質すべてを満たすqからpへの歩道が存在する。

1. 点qは空点である。

2. 歩道のすべての点は、空点であるか、点pと同じ状態である。

あ、頂点p_{0}から頂点p_{n}への歩道というのは、点の列p_{0}, ... , p_{n} (n ¥ge 0) で、0¥le i < n なる任意のiについて、p_{i}p_{i+1}が隣接しているようなものだと思ってください。

この原理に反する石は、打つことを許されなかったり、盤面から排除されたりする。そういうふうに囲碁のルールはできている。どんな無向グラフでも囲碁ができることは、なんとなくわかる。(ただし、頂点集合が有限でない場合には、終わらないこともある(終わることもある)。)



ぴらぴらの提唱する有向グラフ碁の原理は下記の通りである。

任意の頂点pについて、ある頂点qがあって、下記の性質すべてを満たすqからpへの有向歩道が存在する。

1. 点qは空点である。

2. 有向歩道のすべての点は、空点であるか、点pと同じ状態である。

原理に反する石を排除するように、ルールを構成することは容易である(普通の囲碁と変わらない)。すなわち

  • 石が置かれた直後に、原理に反する石はすべて盤面から取り除かれる
  • 置いた直後に取り除かれるような石は置けない
    • ただし、自分が石を置くことによって相手の石と自分の石が同時に原理に反する場合、原理に反した自分以外の石を取り除くことによって自分の石すべてが原理を満たすようになるならば、置いてよい。

ゲームのルールというのは、許される操作がわかったら、あとは勝ち負けの決めかたがあればよい。普通の囲碁のルールを有向グラフに拡張しようとするとわけがわからなくなりそうであるけれども、世の中にはすぐれた人がいるもので、純碁という囲碁の定式化がある。これによれば、

  • 終局: 両パス終局
  • 勝負確認: 終局時点の盤上の石を数え、多い方の勝ち

ということである。


あとは、参加人数と石を打つ順番と盤面の形と石の初期配置だけ決めれば、ゲームになっている。お試しあれ。なお、好みによっては下記のルールを追加してもいいと思う。

  • 盤面を以前とまったく同じ状態にしてはならない。

念のために言っておくが、普通の碁は、この有向グラフ碁の特殊な場合に、ちょっと慣習的な補正を加えたものである。普通の碁盤の線を¥leftrightarrowだと思えばよい。囲碁を打つプログラムを考えるならば、有向グラフ碁について最初に考えると、他の人達とはひとあじ違うプログラムができるかも知れない。


謝辞: 「有向グラフには拡張できないの?」というツッコミをくれたこんさまであった。

2007-03-21

故郷 21:47

青梅に住んでいる人に物を渡す用事ができたので、場所を立川にしてもらって、そのまま北上して、懐かしい処を見てきた。「えのきどべんてん」というバス停があって、記憶の中では「えの/きど/べんてん」だったのに、今日見たら「榎戸弁天」に化けていて、おもしろかった。


ぴらぴらは、これまでに6回も東京都内で引越を繰り返している。いま住んでいる恵比寿は、7箇所め。今日行って見てきたのは、3番めと4番めだから、ちょうど中間あたり。時期にすると、幼稚園の2年目から、中3の春まで。もっとも多感な時期だったと言ってよい。ぴらぴらがぴらぴらとなる前のことである。


3番めの家は、小平市小川町。離れてから、もう12年。でもほとんど変わっていない。


ニヒルな幼稚園児だった。『死に至る病』を読めていたら、自分のことだと思ったに違いない。きょう、姫百合幼稚園を外から見てみたら、一番手前にある八角形の部屋が、例の火傷をした部屋だということが判った。痕がいまでもかすかに残っている。言われてようやく判るか判らないかという程度にだが。


その日は節分で、鬼が来るということであった。本当に来ると信じきっていたわけではなく、先生が「東大和の駅のあたりまで来たって」と言うのに多少の白々しさを感じていた。その八角形の部屋で、隠れるということになった。僕は、奥深くの机がしまってあるすき間に隠れて、何があっても出ていかないようにしようと決めていた。


しばらくすると、大騒ぎで、あとで判ったのであるが、このとき他のみんなは別の大広間に集められていたのである。僕は出ていかなかった。


さらにしばらくすると、取り残されたのではないかと不安になり、机のかたまりから外に出てみた。すると誰もいなかった。窓の近くまで歩いていって、ふと外を見ると鬼がいて、こちらを威嚇してくる。足がすくんで、しばらく立ち止まっていた。気づくと、ひざのあたりを電気ストーブの羽で焼いていた。誰にも言わずに我慢して家に帰ったら、水膨れが二本できていた。


このころから、隠遁願望があったようである。園庭のまんなかに、ロケットの形をした遊具があった。中は空洞で、螺旋階段がついていた。一番上のとがった部分も空洞で、そこまで登って隠れていることが多かった。


図書館に入り浸っていた。上宿図書館。今日も寄ってみた。足の向くままに進んでいくと、南洋一郎訳のシリーズ怪盗ルパンが今でもあった。嬉しかった。小学校に入るまでひらがなも書けなかったのに、幼稚園のころから文字はたくさん読んでいた。


住んでいたマンション。自転車に乗れるようになった場所を見つけた。乗れるようになった、と言っても、補助輪を外したその日のうちに乗りこなせるようになったので、練習したことがほとんどないのである。実は最初に一回、植木を急に回ろうとしてこけた。でも、二回目は大丈夫だった。その植木が、この3本のどれだったっけ、と思った。


自転車に乗るのは好きだったけれども、走ったり跳んだりするのは苦手だった。学芸大附属の小学校の受験に連れて行かれたとき、あまりにグラウンドが広く、これの端から端まで走らされるところを想像したら戦慄して、「来たくない、うぅ…」と思ったらめでたく不合格となった。


友達をつくって遊ぶのも苦手だった。引っ越して去る前日に、一緒に遊ぶこともあった子に、明日引っ越すんだ、と言ったら、「あ、そう」と言われた。名前を覚えるほど親しくはなかったから悲しくはなかったけれども、近所の子供並の関係を築けなかったことを残念に思った。


砂場で一人で遊んでいることが多かった。一度、さみしそうとや思ひけむ、小学校の3年生くらいの男の子たちが一緒に砂場あそびをしてくれた。


幼稚園時代の同い年の友達の名前は、ふたりしか思い出せない。ひとりは、名前だけしか覚えていない。地名と名字が類似していることに印象を受けた模様である。もうひとりは、大学に入ってからも一回会った。なんでも、センター試験で受ける科目(国語)を間違えてしまったそうで、でもおかげで近所の大学に通っているそうだ。


8階に住んでいた。隣に少し年上の女の子がいて、何度かベランダの仕切り越しに話をした。でも数える程の回数だった。たしか、アメリカから帰ったところと言ってて、ペダルを踏んで逆回転させるとブレーキがかかる自転車に乗せてもらった。名前も顔も思い出せない。


4番めの家は、小平市田町津田塾大学のある町である。ほとんど覚えているままで、なんにも変わってなかったので、さらっと見ておしまいにした。目に留まったものといえば、津田塾の門の前に、人待ち顔の男子学生が二人いたことくらいである。


このように人づきあいの悪いぴらぴらであったが、今でも戻ると、相当の感慨を覚える。振り返るとそこにあるはずの物がちゃんとある。もしここに家族や友人や、ひょっとして恋人がいたりなんかしたら、どれほど懐かしいことであろうか。どれほどの愛着を覚えることであろうか。

2007-03-19

かたちとなかみをむすぶもの 22:40

プログラムの質の高さと動作の正しさを結ぶものこそ、ロジックである。ふと思った。

2007-03-18

パレート効率性の定義について 23:24

パレート効率性の定義のきもは、別々の人にとっての効用が比較不能であるとしても、定義になっているところだと思う。幸福の尺度が共有されていなくても、集団の状況の善し悪しが判定できるというか。

C4meC4me 2007/03/19 10:42 一応、ゲーム理論を避けて通れない専門分野の身のモノとしてコメントします。
利得表の中の数字(効用)は、順位尺度だと思いましょう。
たとえ比較不能であっても、順位尺度である以上、自分の効用は認知可能(観察可能)です。そして、他人の効用は、実感を伴わないものの、何番目に納得のいく結果が得られたのかは、観察可能です。
このように考えると、パレート効率性は、観測可能な範囲において、自己満足の要素を多分に含んでいると解釈してはいかがでしょうか?

ぴらぴらぴらぴら 2007/03/19 22:32 んー。自己完結と言ってもいいと思いますけれど、自己満足と呼ぶべきでしょうか。
他人の効用も何番目に納得のいく結果が得られたのか正しく観察可能であるとすると、パレート効率的な状況は誰から見てもパレート効率的だし、そうでない状況は誰から見てもパレート効率的でない、ということになります(可能なパレート改善の候補は全員に見えてるとして)。
自己満足が他人の自己満足にもなる場合に、その自己満足は自己満足なのでしょうか。

2007-03-16

ふーむ。 22:14

CPU実験の発表会であった。


C言語だけでコンパイラを書き上げる腕力は、すばらしい。


さっき確かめたこと: 化学系の研究室は、ドアが廊下側に開くようになっている。賢いなり。

2007-03-15

偶成 00:19

山の奥には 穴があり

少し降りると 階段で

くだり切ったら 卵があって

卵の中には 象がいて

象の鼻づら 掃除機で

掃除しすぎて 眠くなり

起きた頃には 海の中

2007-03-12

自動販売機の新品 20:10

今日は、自動販売機を交換しているところを見かけた。自動販売機も新品はビニールで包装されている。へんな世の中である。


なんか疲れたので、ほとんど終日眠っていた。にゃ。

2007-03-08

精神の翼 22:18

しかし、高貴な者の危険をいうなら、それは善人となることより、むしろ鉄面皮な者、冷笑する者、否定する者となることだ。

ああ、わたしは自己の最高の希望を失った高貴な人々を知っていた。そのときかれらは一切の高い希望を誹謗する者と変わった。

そのとき、かれらは束の間の歓楽を追って、厚顔無恥に生き、その日暮らし以上の目標を立てることをやめた。

「精神もまた情欲の一種だ」──と、かれらは言った。こうしてかれらの精神の翼は破れた。ここに精神は這いまわり、噛みつき、汚す虫けらとなった。

かつてはかれらも英雄になろうとした。かれらは、いまでは放蕩者でしかない。かれらにとって、英雄は恨みと恐怖の対象だ。

しかし、わたしはわたしの愛と希望の名において、あなたに切願する。あなたの魂のなかの英雄を投げ捨てるな! あなたの最高の希望を聖なるものとして保ってくれ!──

ツァラトゥストラはこう言った

むむ。そうか。

2007-03-07

右と左がよくわからない 12:10

昔の日記(id:yoira:20051208)に書いたように、ぴらぴらは右と左がよくわからない。とうとう実害が出た。基板のピンの配置をさかさまだと思っていた。世界が引っくり返るとはこのことである…。

moritamamoritama 2007/03/08 16:49 右と左を間違えるのは,人間の体が左右対称だからなんだと思う.インド人に倣って,左手は「不浄」,右手は「浄」を意識してみるとか.(ってことは,インド人はこういう悩みは持たないんだろうか...?)

ぴらぴらぴらぴら 2007/03/08 20:10 ひぇ。インド〜。

2007-03-05

サーカディアンリズム 14:35

地下室に来てみると、ホワイトボードに「今は昼の12時ですか夜の12時ですか。(***@PM12:00)」と書いてある。ごめんよぅ。冷静にModelSimをまわす。

うろうろ 01:40

本郷キャンパス内を、あっちに行ったりこっちに来たり、うろうろ。どちらでも、いる意味が多少はあったけれども、リソースを十分割けていないせいで、パフォーマンスがあげられない無力感。


仕事っぽいことをしていても十分たのしいので、しばらく娯楽的なことに時間は使わないかも。


これまでぴらぴらは、ものごとの考え方には興味があったけれども、ものごとには興味があんまり無くて、固有名詞とはなるべく関わり合いにならないように気をつけてきた。この方針は、もうそろそろ転換するべき時期に来ているのかも知れない。そのとき偶然持った知識を使いまわす努力が飽和しつつあるので、細かい問題についての知識を蓄積しはじめてもいいかな、という意味である。

2007-03-03

どんなダイアリー計画 22:08

中目黒に「ドンナ」という看板がある。ひらがなで「どんな」と書いた方が面白いと思う。はてなダイアリーというのがあるのだから、どんなダイアリーがあっても良さそうだ。しかし、どんなダイアリーはどんなダイアリーなのだろうか。AはAなのだ。まさか。


月面データセンターもいいけど、どんなダイアリー早く作ってよ、とせかされた。

2007-03-02

月面データセンタ計画 22:58

この冬は、結局、東京では雪が降りませんでした。観測史上初めてじゃないかしら。ま、これから降るのかもしれないけれども。


こうして地球の気候が狂っていくこのごろ、どんな災害が地球表面に起きるかわかりません。近年、企業にとってデータが重要な財であることが認識されてきて、人里離れたデータセンタにバックアップを取っているところも多いと聞きます。けれども、地球の表面にある限り、どの地点であっても、自然災害に遭うリスクは0ではないし、また、人間に狙われて攻撃される危険性も、0ではありません。


その点、月面にデータセンタを作ればずっと安全です。大気は無いので異常気象とは無縁ですし、人為的な攻撃も、国家が関与しなければ、ほぼありえません。RTT(通信の往復時間)も3秒しかないので、バックアップ用には十分です。月面での太陽光発電は、雲のある地球上と違って、規則正しく発電可能時間が訪れるので、バッテリーを組み合わせれば、安定した電力供給が出来ます。


ただ、月面では、地球上よりもはるかに多い頻度で隕石が降ってきます。そのため、月面のデータセンタは、自己増殖オートマトンにして、勝手に材料を集めて自己増殖するようにしておくと、安心です。共食いしないように気をつけないと。


こんさまたちとお昼ごはんを食べながら、そんな話をしていました。

GusGus 2007/03/02 23:44 月面だと太陽から紫外線やら太陽風やらが降り注ぐので、メモリエラーがおきやすくなるかもしれませんね。
http://www.radiumsoftware.com/0607.html#060712
と思ったんですが空気シャワーがおきないから実はあまりエラーが起きない、ということもあるんでしょうかねぇ。
いずれにせよ激しく遮蔽したデータセンタがあればいいのかもしれません。

ぴらぴらぴらぴら 2007/03/03 22:04 うーん、太陽風って電荷が降ってくるのですね。嫌そうですねー。

GusGus 2007/03/03 22:47 一番頻度が高いのはどれでしょう。
それがハードディスクの故障だったら、
月面だと交換しにくくてがっかりですね。

arc@dmzarc@dmz 2007/03/07 17:57 月面に降り注ぐ電磁波嵐を超伝導体で効率よく発生させた人工的な磁場で跳ね返せるかも、という案を真面目に考えている人が、核融合研究所にいました。
今度のシンポジウム(3/21)で話すって言ってたから暇があったらおいでよー。

ぴらぴらぴらぴら 2007/03/08 20:11 あー。あそこ、プラズマのことばかり考えているひとがたくさんいそうだ。なるほど。

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