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女のコファシズム−あふたーあうしゅびっつ このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-05-26

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「純潔〜Only〜」

一曲目の「Thanks!」からシーケンスだな。

トランスシンセリード・反復フレーズとか

鼓みたいな音が入ってたり。

 

「愛の船」

出だしから曲のスケールの壮大さを醸し出してる。歌詞との呼応。

Bメロ特に伸び伸びしてる。唄ってて気持ちいいのじゃないかなと思う。

ハモリ作りこんでて、効果的だ。

 

「ここで キスして」

これはメロ作りやっぱうまいなあって。つんく♂テクニーク。

つんくさんのいいマイナー調曲は絶対単調でない。メロ作りに

手を抜かないというか。メロの構成がうまい

それから既存の概念への挑戦、というと大げさだけど

例えば、この曲では、サビがパコッと前後半に分かれて、

大きく見たらそれは、やっぱり一つのサビなのだが、サビの中で

部分と部分が関係しあってる様、印象を与える。

これを「サビa」と「サビb」みたいに構成解釈すると少し平凡な気味だが

やっぱすごい。

aとbの出だし同じコードで、それが符牒になってる。

いわば、ありふれた、どこにでもあるような曲で

俄然輝きを放つつんくさん、というような。

 

しかし変な曲である。色々な要素が入ってて捉えどころがない。

演歌のオブリ(合いの手)入れてたり

節回し、唄い方も、サビの終わりなんかに顕著だけども

やっぱそっちの方法であるといえる。

といっても、演歌の発生、いわゆる歌謡曲の発生に関わってくるそれ

そして、その後、というものの知識に乏しいので、何ともいいがたいのだが。

要は、これが今の業界スタンダードなんだと言われたら、

そうですか、としか言えないわけです。

関連して、現行のポップカルチャーの特性から言えば、

死んだと言われてた(と思う)演歌は、ここにおいて不死になる、

つまり、ポップカルチャーは貪欲で、演歌が形式としてそこでは

生き続けることになる。

 

1番と2番二人唄い分けてて、対照が面白い。

みきてぃベタッとつんく歌唱を更にデフォルメしたような唄い方

あややは生来の柔軟で豪快。

シングルパッケージでは制限があって絶対できないこと、というものを

見せてもらった。

 

イチャイチャ Summer」

スライドギター入れて爽やか気分。

カッティングがスラップが16ビートで演出します。

まあこれは狙いまくってて、とりあえず笑っとけというような。

唄録りのとき絶対二人ケラケラ笑ってるわ、なんて想像が容易い。

左chのギターエレアコかな。めずらしく感じる。

どうでもいいがits経由だと「イチャイチャ♡Summer」という表示だ。

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門外漢だけど俺これでPV作りたい。

○○グランドホテルみたいな地方のありきたりの大き目な宿の

畳敷き何十畳スケールの大広間で、舞台があるでしょ、宴会やって

余興でやっすいショーが繰り広げられるような舞台

あそこでさあ、そういうショーの一環で二人が出てきて

この曲唄うのよ。ライトとか切れてるとこあったり、ボロい

舞台で、もうほんとそのホテル専属のデュオというような形で

何もかも安っぽいの。カラオケマイクで。GAMの二人が。

その映像想像したらすごく面白かったので、チャンス下さい。

 

このアルバムでコンセプトPVアルバムみたいなの作ったら

きっと面白いよ。

 

「愛情オアシス

タンゴ風のイディオムかなあ。リズムとか、旋律とか、バンドネオンとか

ストリングスとか。でもエンディングアラビアンフレーズ出てきたりする。

サビのメロディ好きな人多いんじゃないかと推測する。

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ユイチ先生は緩急含め、時間のコントロールの参考になります。

そこに空間的な構造がベクトル違いで交差してくる。

一つ、ベースがブイみたいになってるよな。

イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、ブリッジ、と見事に

区切られてる。それでいてバラバラでない。

音数も必要最小限にまとめられてるように感じる。

 

「・・・H」

パンチのある一曲。サビ様の二つの部分で動力稼ぐというような。

サビの相対化。

メロディーズより情緒的なエロで、エロい

 

「甘い誘惑」

タイトル曲。二人のMCから。

8ビート。ダイチさんの得意だろう。

 

Thanks!(誘惑Remix)」

ボッサ風味。最近大人しい田中直さん。

 

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ギターアルバムかってぐらい、ギターが出てくる印象。

ツインギターとかハーモニーとか。

 

あややは「ハモリ好き」みたいなこと言ってたのを目にしたような

気がするが、思ってたよりアンバランスみきてぃガンガン唄ってて

ちょっと驚いた。

 

[]

アイドルという概念に対するハロヲタについて、考えた。

 

アイドル新古典主義

従来の「アイドル概念、「アイドル」像、共有されていると考えられるそれらを保護せんとする主義主張。

 

原理主義

旧来のアイドル概念を強固に主張し、そこにおいては死する事もいとわない。原理を守る現実的な手段としてまれに「消費者の権利」やテロ(それら原理を脅かす現実的な物事に対する物理的排除)を持ち出す場合がある。

 

 

右派

時代は移り状況は変れども、やはり「アイドル」の本質は常に変らないと考える。「アイドル」であることがその「アイドル」自身を現実的に保護、維持しうることから、この主張をとるというプラグマティックな側面もある。

 

 

左派

当の「アイドル概念を適宜刷新改変捏造したりする。そのためそこで扱われる「アイドル概念の同一性については諸説あるだろう。その行動の一例として、「アイドル概念にそぐわないアイドルからは離れ、新しい別の「アイドル」へと移行できる場合がある。

 

 

 

・大ハロプロ主義

ハロプロは従来のアイドル概念と本質的に一線を画す、と考える主義主張。元々アイドルファンではない(あるいはアイドルファンの素養をもたない)場合もある。例えば、ハロプロアイドルに目覚めたと判断されることに不満なんだ、と叫びたかったりする。

原理主義→他のアイドルには全く興味ありません。ハロプロハロプロですから。

神秘主義へつながる場合もある。

つんくさんを過度に神聖視する場合がある。

 

 

右派→いわゆるアイドルとは違うからなあ、ハロプロは。その場合ハロプロの特殊として「物語」を持ち出す場合がある。

極右になると他のアイドルファンと対決せんとする場合がある。ハロプロが勝利する日まで我々は戦う。

 

 

左派主語と述語を転倒させる。「ハロプロ」が「アイドル」なのではなく、「アイドル」が「ハロプロ」なのである。包含関係の逆転。

 

 

 

アイドルニューヒューマニズム

アイドルとの関係人間主義的に引き受けんとする立場現代社会におけるアイドルとそれを享受する者の関係とは。よりよいあり方とは。

 

 

自然主義

あーもーアイドルについてなんて考える必要ないです。面倒くさい。→「大衆」*1への転落の危機もある。

 

 

アイドルアナーキズム

 

萌え派→

アイドルは「萌え」です。「萌え」の動物。「萌え」を食べて生きる。ハロプロ萌えの特殊として「物語」を援用的に持ち出す場合がある。

 

 

物語派→

アイドルを「物語」で読む。ASAYAN的。大きな物語(ここでは例えば人間の成長など)派と小さな物語(個々の有意なイベントなど)派に分かれる。

 

 

統合派→

物語一元論、萌え一元論、へと一極化する、もしくは積極的に折衷する。あるいは二元論として統合的連関的に関係づける。

 

 

快楽還元主義→

♂と♀の関係生物的、生理的、文化的などの様々なレベルでの快楽還元し、生産→解消することを信条とする、というか快楽ですから、信条なんてない場合もある。

 

 

推し一元主義→

神秘主義

推しメン」と同化する。精神的に合一する。曼荼羅の中心に「推しメン=我」がある。我推す故に我あり。

派閥主義

「推す」という行為の政治的側面をいかんなく発揮する場合もある。政治的道具としての「推し」。

 

 

 

脱構築主義

アイドル概念脱構築する。つまり旧来の「アイドル概念における価値の序列やら位置やらを壊さんとする方法主義。ポストモダン的。

趣味派→

アイドル、その鑑賞は純然たる趣味です。読書スポーツ音楽鑑賞、アイドル乗馬、みたいな。履歴書趣味特技欄に「アイドル」って書いてもいいだろ!

・まれに、ただのひねくれもの・天邪鬼、マゾヒスト革命家などの資質を持つ場合がある。

 

 

文化系

アイドルは文化です。

サブカル路線など。違う批評軸、価値軸から「アイドル」を取り込んでいく。

 

 

体育会系

コンサスポーツだ、根性だ。思いこんだら。

 

 

 

*1:この場合、「個人」の対極として要請される「大衆」。個人の集合を意味しない。そこでは個人における「責任」が拡散してしまって、見えない