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2018-12-10

[] 『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その17  『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その17を含むブックマーク

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』だが、以前にも感想を取り上げた @cetacea さんが改めてボーナストラックについて書かれているので取り上げさせてもらう。

これは著者として喜ぶべきかどうかという問題はある。ワタシ自身この文章を書いたことで本当にひどい目にあったというのもあるのだが、それはともかくウェブ連載を大方読んだ人にも、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』を買う理由を与えているとポジティブに考えたい。のだが、実際にはだから売れている、ということはまったくなさげなのが実情である。

あと個人的には、前著『情報共有の未来』も併せて購入してくださった方がいたのはすごく嬉しかった。

ここまで自分の文章を誉めてもらえると、最近ひたすら落ち込むことばかりだったので、ただただありがたく思う。

2018年のもっとも重要なAI研究論文トップ10を要約して紹介 2018年のもっとも重要なAI研究論文トップ10を要約して紹介を含むブックマーク

2018年に公開された AI 研究の論文でもっとも重要な10本を選定し、その要約をしてくれているありがたい文章なのだが、すべてについて以下の項目を挙げているのが親切だし、客観的である。

  • 元論文のAbstract
  • 執筆者による要約
  • 本論文の核となるアイデア
  • 本論文の重要な成果
  • AI コミュニティは本論文をどう評価しているか
  • 今後の研究領域は何か
  • どんなビジネスへの応用が可能か

ワタシなど恥ずかしながらここに挙がる論文をどれも読んでないのだが、これくらいなら目を通してみようという気にさせてくれる。

これを書いている Mariya Yao という人が只者ではないことが分かるが、Metamaven の CTO にして、今年 Applied Artificial Intelligence という本を共著しているのだね。邦訳は出るかな。

ネタ元は Four short links

半年ほど前に取り上げたジェームズ・ブライドルの本の邦訳『ニュー・ダーク・エイジ テクノロジーと未来についての10の考察』が出ていた 半年ほど前に取り上げたジェームズ・ブライドルの本の邦訳『ニュー・ダーク・エイジ テクノロジーと未来についての10の考察』が出ていたを含むブックマーク

半年ほど前にジェームス・ブライドルの新刊『新たな暗黒時代:テクノロジーと未来の終焉』がキャッチーで面白そうだと書いたのだが、熊谷朋哉さんのツイート経由で、その邦訳『ニュー・ダーク・エイジ テクノロジーと未来についての10の考察』が NTT 出版から出ているのを知った。

ワタシがブログで取り上げた時点で原著が出るのもまだだったはずで、NTT 出版はよほど早くから目をつけて版権を押さえていたのだろうな。

ニュー・ダーク・エイジ テクノロジーと未来についての10の考察 | ジェームズ・ブライドル, 久保田晃弘 |本 | 通販 | Amazon

[] マイクロソフトのEdgeがChromiumベースになることによりウェブから多様性が失われることを懸念するのでモジラ財団に寄付した  マイクロソフトのEdgeがChromiumベースになることによりウェブから多様性が失われることを懸念するのでモジラ財団に寄付したを含むブックマーク

先週、マイクロソフトが IE の後継として(ゴリ)押してきたブラウザ Edge が Chromium ベースになることが話題になった。

Chromium がオープンソースであることを考えると、これをオープンソースの勝利ととらえることもできるが、それよりも Google Chrome と合わせて、ブラウザ市場における Chromium ベースの支配が強まることになる。これについては、大喜びの声と多様性が失われるウェブへの懸念の両方があったが、個人的にはただただしさんと同意見である。

ブラウザの一極支配の問題というと、ワタシは jwz の文章「ネットスケープと aol/time-warner, パート2.」を思い出す。かなり長くなるが、以下引用させてもらう。

もしネットスケープ (または AOL、またはだれでも) が人気あるフリーのブラウザ製品を持っていたら、その製品はその企業にとってすさまじい価値を持っている。そしてそれは別に、人がデフォルトのホームページを変えられないほどグータラだなんてことのせいじゃない

 価値は、現実世界の多くの人がそのブラウザを使っているということで、これはつまりマイクロソフトが、相互運用性のメリットを考えてオープン規格にしたがわざるを得ないというところにある。

 要するにこういう仕組みだ。もしウェブサイトを運用している人が、顧客の70%があるブラウザを使って、30%が別のブラウザを使うと知っていたとしよう。この二つの競合の間の共通部分が標準規格になる (デファクトだろうとデジュレだろうとどうでもいいよ)。

 でももしウェブサイトを運営している人が、顧客の 99.9% が一つのブラウザしか使っていないと思ったら、そのサイトが別のものできちんと動くか確かめたりはしないだろう。そしてマイクロソフトが新しいおもちゃをくれたら、それで何かクローズドで独占的なものに囲い込まれているなんてことは気がつきさえしないだろう。

 この最終的な結果は、マイクロソフトが単独で標準規格を決めて、そしてすべての領域でますます競合しにくくなるということだ。

 これは AOL (ブラウザメーカーとしての)だけに関係することじゃなくて、マイクロソフトと競合することになるすべての人に関係あることだ(ということは成功しようと思うすべての人にってことだ。マイクロソフトは自分があらゆるビジネスに参入するつもりだから)。

 もしマイクロソフトが標準規格をコントロールするなら、気まぐれで変えられるし、これは競合相手にとってすさまじく強力な武器になる。

 もちろん AOL は、オープン規格の仕様と準拠についてはマイクロソフト並にひどい実績しか持っていない。だから、ぼくたちの多くにとっては実に自明なことを連中が理解できるとは思えない。つまり、オープン規格がインターネットの機能にとって

きわめて重要だってことを。これらすべてをそもそもに可能にしたのは、オープン規格なんだ。

netscape and aol/time-warner, part two-j

この文章が書かれて20年足らずで、そこで警戒の対象だったマイクロソフトがオープンソースの軍門に下るなんて当時はまったく想像すらできないというか歴史の皮肉を感じるが、当時とは違った形でブラウザ分野における独占の問題がまた頭をもたげているわけだ。

これはワタシ自身にとっても切実な問題である。というのも、ワタシは長年の Firefox ユーザだからだ。ひとつお断りしておくと、ワタシが Firefox を使い続けているのは、単にワタシが怠惰で病的なものぐさだからで、Firefox が他ブラウザより優れているだからというのはまったくない。

今では Firefox もすっかり斜陽だが、思えば jwz がこの文章を発表した当時、Mozilla の状況は現在よりもはるかに絶望的だった。それをここまで押し戻したのである。モジラ財団の奮起を期待して、少額ながら寄付をさせてもらった。

[] アメリカにパブリックドメインが帰ってくることを祝してインターネット・アーカイブに寄付した  アメリカにパブリックドメインが帰ってくることを祝してインターネット・アーカイブに寄付したを含むブックマーク

これを読んではじめて気づいたのだが、1998年に制定されたソニー・ボノ著作権延長法によって、アメリカで著作権の保護期間が20年延びて、20年が経とうとしているのだな。

つまり、2019年にアメリカには新たなパブリックドメインが加わることになる!

これを祝うイベントをインターネット・アーカイブとクリエイティブ・コモンズが共催するのだが、エルドレッド裁判で著作権保護期間延長と戦ったローレンス・レッシグはもちろん、作家のコリィ・ドクトロウ、ずばり『The Public Domain』という著書もあるジェームズ・ボイルなど、このブログでもおなじみの著名人が参加するとのこと。

しかし……これって、今年著作権保護期間の50年から70年に延長がなし崩し的に決定してしまった日本から見ると、なんだか皮肉な話だよね。

ともかく良い機会なので、パブリックドメインの流通に大きな役割を果たしているインターネット・アーカイブに少額ながら寄付させてもらった。

Free Culture

Free Culture

2018-12-03

[] 『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その16  『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その16を含むブックマーク

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』特別版がSTORES.jpで人気アイテム入りしている話は10月末に取り上げているが、本文執筆時点で未だに人気アイテムのトップなようで、本当に売れているのだろうか。

正直いぶかしく思うが、実際特別版を購入されている方はいるようで、ありがたいことである。

さて、個人的に驚き、嬉しく思ったのは武藤健志さんが『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』を読まれているのを知ったことだ。

それこそ武藤健志さんのウェブ日記を下手すれば20年近く前(当時はトップスタジオのサーバー上で公開されていたっけ)から読んでいたのである。正直、自分とはレベルが違う世界の人だとずっと思っていたので、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』を読んでくださっているのを知っただけで感無量、と書くと大げさだが、それに近い感覚がある。

KeN's GNU/Linux Diary にもちょろっと書名が出てくる。

[][] オープンソース・ハードウェア協会の新理事に『3Dプリンティングと著作権を考える』の著者が加わる  オープンソース・ハードウェア協会の新理事に『3Dプリンティングと著作権を考える』の著者が加わるを含むブックマーク

オープンソース・ハードウェア協会(Open Source Hardware Association)の理事選挙の結果発表だが、誰が何パーセント支持されたかまでオープンにしているのは偉いね。

さて、新理事の顔ぶれを見て、ワタシが知ってる人が入っているので紹介しておく。

エリック・パン(Eric Pan)は、ワタシも「メイカームーブメントの幼年期の終わりと失敗の語り方」で取り上げた高須正和さんの『メイカーズのエコシステム 新しいモノづくりがとまらない。』の読者なら見覚えがある人じゃないだろうか。Open Source Hardware Association に深圳人脈が入るのは自然なことだ。

あと一人、マイケル・ワインバーグ(Michael Weinberg)は、ワタシが訳した『3Dプリンティングと著作権を考える』の原著者である。

3Dプリンタもすっかり当たり前の存在になりつつあるが、そうした今現在も3Dプリンティングと著作権は考えておくべき問題だと思うので、これを機に読んでみてはいかがでしょう……と書くと宣伝かよ! と言われそうだが、もちろん宣伝ですよ!

3Dプリンティングと著作権を考える
Michael Weinberg, yomoyomo(翻訳)
達人出版会
発行日: 2013-05-28
対応フォーマット: EPUB, PDF

[][] 電子フロンティア財団とMcSweeney'sがタッグを組んだ『The End of Trust』が無料ダウンロード可能  電子フロンティア財団とMcSweeney'sがタッグを組んだ『The End of Trust』が無料ダウンロード可能を含むブックマーク

電子フロンティア財団と McSweeney's と組んで The End of Trust という本を出したとのことで、テーマはテクノロジーとプライバシーと監視という今時なものである。

寄稿者の名前を見ると、エドワード・スノーデン、コリィ・ドクトロウ、イーサン・ザッカーマン、ブルース・シュナイアーなど、ここでもおなじみの名前が並んでいる。

実は洋書を買わなくても、クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 4.0 国際(CC BY-NC-ND 4.0)自由にダウンロード可能なんですね。

既にブルース・シュナイアー先生が寄稿した文章の日本語訳が公開されているが、これを読むとシュナイアー先生が「プライバシーの不変の価値」を書いた頃から一貫していることが分かる。

[] 『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix(仮)』の刊行が楽しみだ  『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix(仮)』の刊行が楽しみだを含むブックマーク

ワタシにとって2018年の一番の変化は、Netflix でアメリカのドラマを見るようになったことだ(今メールを検索したところ、実際に Netflix と契約したのは2017年10月だが)。遅ればせながら、ようやくワタシもアメリカにおける「テレビドラマのルネサンス」の一端を享受できるようになったわけだ。

最初 Netflix と契約して、観れる映画の貧弱さに呆れたが、今はそれはない。というか、観たいドラマを追うだけでもういっぱいいっぱいだからだ。

そうした意味で、Netflix についての視聴者向けのガイド本が今までなかったことが意外なのだが、その需要を満たす本が出るようで、これは良いことだと思う。

 本書では、世界最大手の定額制動画配信サービスNetflixが製作・配信する、“これだけは絶対に観ておくべき”オリジナルドラマ・シリーズ11作品を8000字超えのボリュームでレビュー。エミー賞の獲得や130億ドルにのぼる破格の予算を投入するなど、評価と規模の両面において、ハリウッド映画にも引けを取らないネットフリックスのオリジナル作品だけを取り上げた初の書籍となっている。すでに作品に親しんでいる人には、映画鑑賞後のお楽しみであるパンフレットの代わりに、未見の人にとっては新たな作品との出会いの入り口となるだろう。

https://realsound.jp/tech/2018/11/post-285021.html

執筆者も宇野維正さんをはじめとして、真魚八重子さん(id:anutpanna)、伊藤聡さん(id:zoot32)、辰巳JUNKさんなどワタシが好きな書き手が多く参加しており、これは楽しみである(もうすぐはてなダイアリーも終わるので、特に意味なく id コールをしてしまった)。

ちなみにこの本で紹介されているドラマでワタシが既に見ているのは、「ストレンジャー・シングス 未知の世界」、「ブラック・ミラー」(ただし、3rd シーズン以降)、「ベター・コール・ソウル」、「マスター・オブ・ゼロ」、「The OA」、「13の理由」である。

どれも面白いのだけど、個人的には(『アナザー プラネット』のブリット・マーリングのドラマというので観た)「The OA」の最後にはさすがに呆然となったな。長谷川町蔵さんはあのドラマについてどんな文章を書くのだろう。

[] ヘレディタリー/継承  ヘレディタリー/継承を含むブックマーク

以下、作品の内容にも触れるので、未見の方はご注意ください。

すごく嫌な映画だった。存分に怖いのだけど、作品の質とは別にこの映画が好きになれない。そうした種類の映画である。

本作では特に音の演出がうまかったな。そう、あの音! あの音ってあまり行儀が良くないというか、ワタシなど少し生理的嫌悪感を催す種類の音なのだが、それをよくもうまく使いやがって。あの音が鳴っただけで登場人物がびくっとなるのだが、それもこの映画の嫌さに貢献している。

役者では、誰もが書くだろうが、家族の多くを死に追いやった精神疾患が子供たちに受け継がれる恐怖を抱える母親を演じるトニ・コレットの驚異の顔芸ぶりがすごかったな。

ホラー映画の系統としては『ローズマリーの赤ちゃん』に通じるのだけど、近年観たものとして『イット・フォローズ』『ゲット・アウト』なんかも連想した。

ただ最終的なオチは凡庸というか期待外れに思えた。それはエンディングに、本編に感じる禍々しさが足りないことにもつながっている。いずれにしても第一級に嫌な映画である。

D

2018-11-25

[][][] 映画『ボヘミアン・ラプソディ』、そして1991年のブライアン・メイのインタビュー記事を題材にたどる史実との相違  映画『ボヘミアン・ラプソディ』、そして1991年のブライアン・メイのインタビュー記事を題材にたどる史実との相違を含むブックマーク

映画『ボヘミアン・ラプソディ』については、最初批評家による低評価が伝わり、これはパスかなと思いかけたが、実際に観た観客の受けはそれとまったく違い大ヒットという話を聞き、音楽の原体験を聞かれると「1981年に聴いたYMOとクイーン」と答えてきた人間としてはやはり行くべきではないかと思い直し、どうせ観るなら最良の映像、音響ということで、満を持して IMAX 版を観てきた。

実際の史実と異なる点が多い、フレディ・マーキュリーのセクシャリティについて「ストレートウォッシュ」されている、といった批判は、まぁ、そうですねという感じだったが、ブライアン・メイが奏でる20世紀フォックスのファンファーレで始まり、ライブエイドにおける圧倒的なステージの再構成で終わるという、映画館に足を運ぶ人たちが観たいものをしっかり見せ聴かせるもので、本当に観てよかった。

特に最後のライヴエイドの場面は、フレディが歌うすべての歌詞が本作における答えになる作りで、そのあたりにちゃんと考慮した丁寧な日本語字幕にも好感を覚えた。

思えば、批評家受けはよくないが観客に愛されるという構図は、(ワタシは観てないけど)日本では今年公開の『グレイテスト・ショーマン』に似ているように思うし、何よりこの構図はクイーンというバンドそのものにも当てはまることに思い当たる。そうした意味で映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、クイーンらしい伝記映画と言えるのかもしれない。

そのように映画としては満足だったのだが、ワタシのようなクイーンの熱狂的なファンとまではいかない洋楽リスナーであっても、やはり史実との違いは気になるもので、昔 rockin' on で読んだブライアン・メイのインタビューを読み直したいと思った。

ただ1990年代前半の rockin' on は、気になるページだけ文字通り破り取った(!)極めて原始的なアーカイブしか残っていないので無理かと思ったが、帰宅後に自室の本棚を調べたら運よく件のインタビューが残っていた。せっかくなので、今回はそのインタビュー記事を紹介したいと思う。

そういうわけで、以下は映画を観た人だけが読むように、と一応注意させてもらいます。

インタビュー記事について

以下に取り上げるのは、rockin' on 1991年5月号に掲載されたブライアン・メイのインタビュー記事である。これは翻訳記事であり、初出は Q Magazine に1991年初頭に掲載されたものである。

この記事を取り上げるのは、当時の新譜であり、フレディ生前のラストアルバムである『Innuendo』のリリースに合わせた、ブライアン・メイがバンドの歴史を振り返る包括的なものであり、またこの時点でフレディは亡くなっておらず、故人の聖人化を免れているため、内容が比較的フラットだと考えるからである。

イニュエンドウ

イニュエンドウ

映画『ボヘミアン・ラプソディ』の日本公開に合わせて、この映画やクイーンというバンドについてウェブでもたくさん記事が書かれており、その中にはこのインタビュー記事の内容と合致しない内容もあったりするが、ワタシとしてはどちらが正しい/間違っていると言いたいのではなく(日本語にする際の誤訳もあるかもしれないし)、1991年のインタビュー記事にはこう書かれていたよということだけであるのをご理解いただきたい。

以下、引用におけるカッコ内の発言は、断りのない限りすべてブライアン・メイのものである。

スマイルとフレディ・マーキュリー

映画では、ブライアンとロジャー・テイラーが組んでいたバンド(スマイル)をフレディがフォローしており、ブライアンとロジャーにアプローチする。これは史実の通りだが、そのアプローチの仕方は実は映画の描き方とはかなり違ったりする。

その後間もなく暗礁に乗り上げることとなったが、その短い活動期間のうちにイーリング芸術大学芸術デザイン課卒フレディ・バルサラなる人物がこのバンドの非常に珍しいタイプのファンとなっていた。珍しいというのは、つまりフレディはバンドの演奏をしょっちゅう観に来てはいたが、いつも客席ですっくと立ち上がったと思うと歓声を贈るわけでもなく、もし自分がフロントマンだったら絶対にこうするなどとバンドに向かってがなり散らしていたからだ。

ワタシなど、このキテレツさこそフレディらしい! と思うのだが、まぁ、これをそのまま映像化するとヘンだよな(笑)。

ブライアンの発言を読んでも、フレディは映画で描かれるようにアイデンティティの問題を抱えていたのは確かだけど、同時に生来のカリスマだったのだなと思ってしまう。

「実際、フレディはスターのようなルックスがあったし、実際、スターのように振る舞ってたもんだよ。本当は全くの無一文だったくせしてさ」

またフレディとロジャーはバンド以外でも関わりがあった。

「ジミ・ヘンに熱を上げていてね。そのうちフレディとロジャーは手を組んでケンジントン公園で開かれる市で洋服の露店を始めたんだけど、その時でもヘンドリックスが死んだ日だけは店を閉めてたっけな。ま、とにかくあの露店をやっていたことで二人は、後々にグラム・ロックとなったムーヴメントのとっかかりにいたってことにはなるんだな(笑)(後略)」

そうした意味で、劇中かかるクリームの曲は、ジミヘンだったほうが良かったかもしれない。

クイーンを最初に見出したのは日本のファン?

日本のクイーンファンにとって映画に対する不満の一つに、日本絡みの場面がほぼ皆無なことがあるかもしれない(トレイラーであった、日本と思しきライブ場面が本編ではなかった気がするのだが、ワタシの見落としか?→見落としらしいです)。

またそれに関連して、映画公開前後に「クイーンを最初に見出したのは日本のファン」、「クイーンは本国よりも先に日本でスターになった」といった言説をツイッター上で見かけた。これはさすがに言い過ぎで、個人的にはそうした「日本age」はちょっとアレだと思う。

クイーンの日本における受容については東郷かおる子の証言に詳しいが、それを見ても初来日公演より前に「キラー・クイーン」というシングルヒット曲がちゃんと出ていることが分かる。第一、セカンドアルバムの時点で全英トップ10入りしているバンドを無名呼ばわりするのはおかしいだろう。

シアー・ハート・アタック

シアー・ハート・アタック

しかし、である。「クイーンを最初に見出したのは日本のファン」と言いたい気持ちも分からないでもない。日本におけるクイーンの人気が、他の国とは次元が違った熱狂的なものだったことは、以下のブライアンの発言からも分かる。

「そして日本で何かがパチンと外れたんだ。東京の空港の税関を通ってさ、いざ空港のラウンジに出てみると三千人もの少女達が僕達に向かって悲鳴を上げていたんだよ。突然、僕達はビートルズになっていたわけだ。そこを通り抜けるためには文字通り、担ぎ上げられながらその子達の頭上を通るしかなかったんだ。さすがにこっちも怯えたけどね。あれはもうロック・バンドっていう現象じゃなくて、完璧にアイドル歌手ノリになってたよ。とはいえね、あれを僕達も楽しんでいたということは正直に白状しなくちゃならないな(笑)」

ジョン・リードのマネージャー就任のいきさつ

英米の「バンドで成功掴もうぜ!」本には最初に必ず「有能なマネージャーを雇え」と書いている、という話を昔本で読んだ覚えがある。

70年代のクイーンは、その役割をジョン・リードが担ったわけだが、映画を見ていると、いきなりバンドがジョン・リードに見出されて、バンドの露出がとんとん拍子に進んだように見えるが、これは史実と異なる。

「アルバムを三枚も出した頃になると、皆は僕達がロールスロイスでも乗り回しているんだろうって想像していたようなんだけど、実際には莫大な負債を抱えていたんだぜ。それで会計士を問い詰めてみて初めてわかったのは、マネジメントと交わしていた契約はお金がほとんど僕達のところに流れてこないように仕組まれていたってことだったんだよ。さすがにこれで僕達の不満も一気に表出したよね。借金はおそろしいほどプレッシャーになっていたし。(後略)」

60年代、70年代のロック界隈でよく聞かれたマネージメントに騙され搾取されていた話だが、クイーンはその問題をどのように乗り越えたのか。

 そこでバンドはこの業界の中でも信頼の高いマネージャーの面々から助言を請おうという手段に訴える。それに当時はまた伝説的な敏腕、辣腕マネージャーが何人も顔を揃えていたこともあって、彼等はあのやたらに攻撃的でそれでいて抜け目のないピーター・グラント(レッド・ツェッペリン)やドン・アルデン(ELO)、より計算機型のジョン・リード(エルトン・ジョン)やハーヴィー・リスバーグ(10cc)まであらゆる人物にどうしたらいいものかと意見を聞きまくっていた。幸い誰もがバンドに同情を示し、それぞれが考えるところの解決策を説明したが、エルトン・ジョンがちょうど休暇を取っていたこともあってバンドはリードに全権を依頼することに決定した。リードはその代わりに彼等をスタジオに送り込み、弁護士らとこの契約に根本的なメスを入れている間は全てを忘れろと指示を出したのだった。

このジョン・リードの仕事は、ブライアンによると「素晴らしいほどに功を奏し」、「おかげでやっと作曲をする時間を捻出することができるようになった」とのことで、バンドが創作に集中できる環境ができたおかげで、『A Night at the Opera(オペラ座の夜)』というクイーンにとっての決定的なアルバムを出せたというわけである。映画を見ているだけでは、『オペラ座の夜』がまるでセカンドアルバムみたいでおかしいのだが、実際は上に書いた事情があったのである。

オペラ座の夜

オペラ座の夜

なお、映画の中では、ジョン・リードは1980年代に入りフレディに CBS とのソロ契約を持ち掛けたことで彼の怒りをかいクビになっているが、この記事によると、「バンドは初期の窮乏状態を救ってくれたマネージャー、ジョン・リードを友好的に解雇」したとのことで、それは確か1978年のはずだ。

ブライアンがロジャー作の"I'm in Love with My Car"を執拗にディスった背景

『オペラ座の夜』レコーディング時、ブライアンがロジャーが作った "I'm in Love with My Car" という曲をひどくバカにして口論になる場面が映画にある。この曲はメンバー間の対立の大きな要因となった印税問題にも象徴的な位置づけになっており、ブライアンがこの曲を執拗にディスっているのは、そのあたりの暗示でもあるはずだ。

「おまけに、お金のいさかいがもう絶えなかったんだ。まあ、作曲っていうのはいろんな形でひどい不正がまかり通っちゃったりするもんだからさ。特にB面曲なんかがそうなんだよね。例えばさ、"ボヘミアン・ラプソディ"のシングルが百万枚売れるとなるとロジャーまでもがそれと同等の印税をついでにもらったりしちゃうんだな。なぜかって言えばロジャーはB面曲の"アイム・イン・ラヴ・ウィズ・マイ・カー"を書いたからなんだ。これが原因でいさかいがもう何年も何年も続いたんだ」

レコード会社に発売を拒否されたシングル盤をフレディがラジオ局に持ち込んだが、"I'm in Love with My Car" がA面曲だと思われてしまうシーンが映画にあったが、それにしても1991年段階でもブライアンは怒ってますね(笑)。

余談だが、「ボヘミアン・ラプソディ」をシングルにするのを拒否する EMI の重役を演じているのが、映画『ウェインズ・ワールド』によって「ボヘミアン・ラプソディー」をアメリカでリバイバルヒットさせたマイク・マイヤーズというのは、この映画の密かな笑いどころだったりする。

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当時死の床にあったフレディも、この映像をものすごく気に入ったらしい。

悪名高きフレディのパーティライフ

フレディが催していたパーティは、彼のセクシャリティとも絡み、その過剰さが悪名高い。映画では比較的穏当なレベルで描写されていたが、以下の記述にその実際の一端が分かると思う。

(前略)アルバム『ジャズ』をぶち上げるに当たってはニュー・オーリーンズで英米のレコード会社社員のために盛大なパーティを開催、多数のトップレス・ウェイトレス、ふたなりストリッパー、小人、そしてせめて肺癌は避けられるという言い訳のつく、下の口から煙草を吸う女達などを接待として大量動員したのだった。そしてフレディは黒人に扮装した十数名の召使いを従えて豪壮に登場した。それは風刺や諧謔を意味していたのかもしれないが、そこまでくるともはや冗談という世界を遥かに超えていた。

この手のパーティではコカインも存分に振る舞われたらしいし、現在の感覚からすればかなりアウトで、さすがに映画では再現できないわな。

ジャズ

ジャズ

「ブレイク・フリー (自由への旅立ち) 」の放送禁止とトラブルについて

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映画では、「ブレイク・フリー (自由への旅立ち) 」の女装を披露した PV がアメリカの MTV で放送禁止になり、フレディは憤慨するが、これは史実の通り。そして、それ以外でもこの曲と女装のおかげでフレディは大変な目にあっている。

(前略)今度はブラジルで行われたコンサートでクイーンはおそろしいまでに自分達が政治について世間知らずであったことを露呈する羽目になった。"アイ・ウォント・トゥ・ブレイク・フリー"の演目でかつらをかぶり、巨大な尻のステージ衣装を身に着けてステージに登場したフレディは、観客からのヤジと空き缶と石までもが混ざった猛烈なシャワーを受けることとなった。咄嗟にフレディがかつらや衣装を外すとやがて観客もまた静まったのだが、ラテンのマッチョ的心情を侮辱してしまったのだろうかとバンドはその時考えたらしい。しかし、後々になって地元の人達に聞かされた話はそんな生やさしいものではなかった。何とクイーンの、それも特に"アイ・ウォント・トゥ・ブレイク・フリー"は常に政情不安に悩む南米では独裁主義に抵抗するという半ば神聖なメッセージをもった解放の歌として受け取られているというのだ。その曲をクイーン自身が茶化してしまうのは、それこそ屈辱的でとても耐えられないことだったのだ。

ザ・ワークス

ザ・ワークス

クイーンのメンバー間の対立の原因だった印税問題とその解決策について

映画におけるライヴ・エイド出演を決めるバンドの話し合いの場面で、ジョン・ディーコンがフレディにこれからは楽曲はすべてクイーン名義とし、印税はすべて平等に分配することをバンドの活動再開の条件として言い渡す。ライヴイベント出演の話し合いなのに、なんで最初に印税の話になるの? と疑問をもった人もいるかもしれないが、上で引用したブライアンの「お金のいさかい」話を読めば、そのあたりがバンドメンバーにとって最大の衝突ポイントだったことが分かる。

これはクイーンというバンドが、メンバー全員が優れたソングライターだったために生じた問題と言える。特にロジャーやジョンの曲がアルバムからのシングル曲になることが多くなった80年代にそれが強まったのではないか。

実は、楽曲をすべてクイーン名義にしたのはアルバム『The Miracle』以降なので、映画におけるジョンの発言は史実とは微妙に異なる。が、その前作『A Kind of Magic』においてもメンバー全員が2曲分担当し、残る1曲はバンド全員のクレジットにすることで均等化が図られているので、まぁ、許容範囲でしょうね。

この決定についてブライアンは、「もっと早くやったら、と本当に思うよ」「はっきり言って僕達が行なってきた全ての判断の中でこれ程賢明なものはないと思う」「でも、これを一度やってみるとね、突然、バンドがあらゆる側面で共同作業に精を出し始めるのに気付くんだよ」と極めてポジティブに語っている。

あと、フレディに印税のことをきっぱり言い渡すのがジョンなのはおかしなことではなくて、それはジョンについての以下のブライアンの発言からも分かる。

ジョンもね、いかにももの静かな古典的ベーシストではあるけれども、信じられないほど思い遣ってくれる一方で、わけがわからないほど無礼になる時もあって、そんな時、犠牲になった奴としては身悶えして死んじゃいたいくらいなんだぜ。ただ、ジョンは本当に変わっているけど、でもバンドのビジネス面のリーダーでもあるんだ。株式はくまなく研究しているし、契約書の落とし穴もわかっているからな。

以下は余談だが、ロジャーが「ディスコやんのかよ!」と反発してメンバーが揉める中でジョンが「地獄へ道づれ」のベースラインを弾きだして、メンバー全員が「おっ、これは……」となる場面、「ディスコやんのかよ!」と反発するくらいなのに、その前にベースライン聴いてなかったのかよ、とちょっとヘンだし、「おっ、これは……」の後に誰か「シックのパクリだよね?」と言い出さないかと思って、映画館でワタシ一人ちょっと笑ってしまった。

そんなことを言えば、八〇年に発売されたクイーンの<アナザー・ワン・バイツ・ザ・ダスト>も、少なくとも権利の一部は(引用者注:ナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズに)譲るべきだと、ぼくは思います。(ピーター・バラカン『魂(ソウル)のゆくえ』215ページ)

ザ・ゲーム

ザ・ゲーム

クイーンの歴史における「ライヴ・エイド」の位置づけについて

映画『ボヘミアン・ラプソディー』のクライマックスは、言うまでもなく「ライヴ・エイド」におけるステージである。映画においてこのステージを完全再現しているという宣伝文句は実は正しくないのだが、それはともかくバンドにとってライヴ・エイドでのステージは、実際大きな転機だった。

映画では、フレディの取り巻きのポールがライヴ・エイドの話を隠していたためクイーンの出演が決まらなかった筋書きになっているが、もちろん史実は異なる。

 そしてクイーンの面々も進んで認めるように彼等はボブ・ゲルドフに感謝をしなくてはならない。彼等のキャリアに再び脚光を呼び戻したあのライヴ・エイドに出ないかと最初にボブが打診してきた時、彼らは過去の破滅的で実のなかったチャリティー・ギグでの経験を思いあわせて躊躇していた。それをボブが無理矢理食いついて出演させたのだ。ボブはまず、マネージャー、ジム・ビーチの休暇用の別邸にまで押しかけるとクイーンのヴィデオでも語っているように「あのオカマあんちゃんに、とにかくこの世で起こったどんな出来事よりもこれほどデカイものはないんだって伝えておけよ」と談判し、ジムは言われた通りにバンドを説得することとなった。

映画『ボヘミアン・ラプソディー』の中でまともに登場するクイーン以外のミュージシャンがほぼボブ・ゲルドフだけというのも批判の対象になっているが、正直ボウイ役くらいは誰か当てると思ってたね。

そのゲルドフは、ライヴ・エイドにおけるクイーンのステージを以下のように評している。

「ま、個人の好き好きを全く超えたところでクイーンこそがあの日最高のバンドだったと絶対に思うよ」

「演奏は最高だったし、サウンドも最高だったし、ライヴ・エイドの、あの地球規模でのジューク・ボックスっていう発想を完璧に連中はわかってくれたと思う。しかも、あれはフレディにとってはこれ以上にないって言えるほどの恰好の舞台だったんだからね。あいつは世界中を相手にしても臆面もなくショー・アップできる奴なんだ」

まさにその通りだと思う。アメリカでの商業的な失敗とその後の停滞、大きな批判を浴びたサン・シティでのライブ問題など、バンドを取り巻く悪い空気を20分のステージで払拭したのは、フレディのショーマンシップだったわけだ。ゲルドフは「サウンドも最高だった」と言っているが、「触るな!」と書かれているのを無視して、スタッフが音量をこっそり上げたという映画における描写は本当のことらしい。

 実際、クイーンの面々もライヴ・エイドの成功には非常に感じ入ってしまったようで、ジョンの言葉を借りれば「ライヴ・エイドで僕達の世界はもう一回引っくり返ったんだ」ということだ。確かに、この出演はすさまじい宣伝ともなり、たちまちにして猛烈な勢いで旧譜セールスに火をつけ、86年のスタジアム・ツアーのきっかけともなったのだ。クイーンは再びウェンブリーとネブワースに凱旋し、ハンガリーのブタペストに足を伸ばすという快挙も成し遂げた。しかし、何より重要だったのはライヴ・エイドはバンド自身のやる気にまた活気を吹き込み、その姿勢をも心機一転させたということだ。

伝記映画がライヴ・エイドのステージで終わるのは、必然的なのである。

しかし、このインタビュー記事の終わりあたりの記述は、今読むとなんとも言えない気持ちになる。

(引用者注:ブライアンは)数日したらクイーンの面々とスイスのモントルーにある自分達のスタジオに入り、何ともう新作のレコーディングをするのだと言う。『イニュエンドゥ』がリリースされたばかりだというのにだ。何でもロジャーとフレディが新年に食事をした際、今現在のバンドのエネルギーがあまりにもありあまっていて絶対にこれを抑え込んでは駄目だという結論に達したのだという。

今になってみれば、彼らが新作が出たばかりなのに次のレコーディングを急いだのは、言うまでもなくフレディの命が残り少ないことをメンバー全員が自覚していたからだと分かる。

そのように生き急いだフレディがなしたことすべてが正しかったわけではないし、映画『ボヘミアン・ラプソディー』にしても、フレディのエイズに関する描写は事実を歪曲しているという批判もあるのも分かるが、見事にショーアップされた映画だったと思うし、それはフレディにふさわしいものだと思う。

本当は映画について書きたいことはまだいろいろ残っているのだが、もういい加減長くなってしまったので、ここまでとさせてもらう。

D

 
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