YAMDAS現更新履歴

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2018-09-04

[][] はてなについて今思うこと(は特にない)  はてなについて今思うこと(は特にない)を含むブックマーク

微塵の愛情もなかったし、未練もなかったが、捨てるだけの張合いもなかった。

坂口安吾「白痴」

以前から、ワタシがはてなについて何か批判的なことを書くと、はてなブックマークで「愛のある批判」といったぶくまコメントがつくのが少し不思議だった。

その人がそう感じるのなら、それに文句をつけることもないと思っていたが、やはり当人が思うところと距離があるのも問題かもしれない。かつてはともかく、今はてな並びにそのサービスに対して愛はない。そして、それは別に今始まった話ではない。

『情報共有の未来』の中で100箇所以上出てくる「はてな」という単語が、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』では1箇所たりとも出てこないのは、つまりはそういうことである。

5年ほど前、当時はてなの社員だった方に、話をしにはてなに遊びに来ませんかと雑談の中で打診されたことがあるが、「御社とは距離を置きたいので」とお断りした。その方もそうだが、ワタシがお会いしたことのある社員の人も大方既にはてなを離れており、今も残るのは大西さんなどごくわずかで、個人的なつながりはとっくにないに等しい(モーリさんは、はてなに入られるずっと前から知っているので別枠)。

あとこの会社の創業者に対しても、角川インターネット講座への寄稿をめぐる不愉快な経験により、個人的な信頼は失われている。それだってもう三年前の話だ。その経緯については、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』に収録した「ラストスタンド」の章のあとがきに書かせてもらった。

だから、もうとっくに義理も期待もない。ワタシがはてなについて筆誅に類することを書いたとしても、「愛のある批判」といったフォローは必要ないし、はてなの側も遠慮なく対抗措置をとってくれてかまわない。

今は、はてなダイアリーからはてなブログへの移転が成功裡に済むことを願うばかりである。それが済めば、はてなのサービスにコメントすることも特になくなるのではないか。

[] 2018年に刊行されたルー・リード関連書籍の紹介  2018年に刊行されたルー・リード関連書籍の紹介を含むブックマーク

ルー・リードの初期の未発表の詩集が4月に刊行された話はここでも紹介済だが、その後もルー・リードに関連する書籍がいくつも出ているので、まとめておきたい。

ここでもアルバムについて本を書く「33 1/3シリーズ」が100冊を超えていたとして三年前に紹介した 33 1/3 シリーズにおいて、エズラ・ファーマン(Ezra Furman)がルーの代表作『Transformer』をタイトルに冠した本を書いている。

Transformer (33 1/3)

Transformer (33 1/3)

TRANSFORMER-UPGRADED VERS

TRANSFORMER-UPGRADED VERS

エズラ・ファーマン自身バイセクシャルを公表している人で、ルーは特別な存在なのだろう。

これは変わった本である。映画ではスパイク・リー作品への出演、テレビドラマでは『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の主人公の甥のクリス役で知られるマイケル・インペリオリが、1970年代のニューヨークでルー・リードと友達になる少年が主人公の小説を書いている。

The Perfume Burned His Eyes

The Perfume Burned His Eyes

The Perfume Burned His Eyes

The Perfume Burned His Eyes

ジョイス・キャロル・オーツやリディア・ランチが推薦の言葉を寄せてますね。

ルー・リードのインタビューをまとめた My Week Beats Your Year: Encounters with Lou Reed という本が今月刊行されるとのこと。だが、Amazon で検索しても(日本、本国とも)ヒットしないんだよなぁ。

ルー・リードといえばインタビュアーに対する当たりの強い人として知られるので、緊張感と辛辣さに満ちた本かもしれませんな。

さて、実は今、牛歩を歩みでジェレミー・リード『ワイルド・サイドの歩き方 ルー・リード伝』(asin:4907435614)を読んでいるところだが、著者の独断が鼻につく上に不十分な記述が散見される本で、正直読んでいてところどころイラっとくる。なんでこれをルー本人が評価したのかよく分からない。

しかも、ピーター・ドゲット『ルー・リード ワイルド・サイドを歩け』(asin:488682174X)と同じ情報源を訳しながら、訳が悪くなっている箇所もある。

これが決定的な伝記になるのはシャクなので、Anthony DeCurtis による伝記本『Lou Reed: A Life』の邦訳が出てくれることを期待してしまう。

Lou Reed: A Life (English Edition)

Lou Reed: A Life (English Edition)

[] レディ・バード  レディ・バードを含むブックマーク

以下は、やはりブログ休止中に観た映画の感想など。

やはり、これも故郷の映画館で国内時差を使い観れた映画である。途中トラブルがあったらしく、上映がしばらく止まるという多分人生初の体験ができた(いや、前にもあったかな?)。

レディ・バード』は、(自称/他称の違いはあるにせよ)「バード」が「バード」でなくなるまでの物語という意味で、グレタ・ガーウィグ版『個人的な体験』ともいえる。というか、よく考えると『フランシス・ハ』と大枠同じ話に思えたりもするが、映画として好きなのは本作のほうである。

カリフォルニア州サクラメントという、ロサンゼルスやサンフランシスコのような大都会ではない保守的な街に住む、貧困層ではないが父親が失業問題を抱え、母親にプレッシャーがかかる裕福でない家庭に育った主人公の、保守的な街では少し浮いているがエキセントリックまではいかない中途半端な感じをニュアンスに富んだ演出で魅力的なものにしている。

[] ミッション:インポッシブル/フォールアウト  ミッション:インポッシブル/フォールアウトを含むブックマーク

本作について、とにかくトム・クルーズがやりたいアクションを優先して撮影し、後から脚本のつじつまを合わせたという無茶な話を聞いていたので、そうした整合性は期待しなかったが、前作『ローグ・ネイション』からの継続性と『オデュッセイア』という枠でなんとかつなぎとめていた感じである。『ゴースト・プロトコル』には劣るが、そういう比較をしてもしょうがない気になるアクションの連続だった。

本作でトム・クルーズが挑む、彼をかっこよく見せるよりも危険に晒すことが優先されているような、年齢を超越したアクションを見るにつけ、昔柳下毅一郎さんが、アーノルド・シュワルツェネッガーの主演作の傾向を評して、シュワルツェネッガーは深刻なアイデンティティクライシスの問題を抱えているのではないか、と書いていたのを思い出した。

当時、柳下さんの文章を読んだワタシは、いやぁ、シュワちゃんが大暴れするのに設定上のギャップがあったほうが際立つという計算で出演作を選んでいるだけなんじゃない? と思ったものだが、危険極まりないアクションにスタントなしで挑むトム・クルーズの没頭は、一種の自殺願望のあらわれではないだろうか? とすら思ったのである。

昔からアクターアスリートと評したくなる人ではあるが、他の人がツイッターに書いていた表現を借りると、「このアクションは、むしろ CG であってくれ」とまで思ってしまう本作は尋常ではない。このシリーズにおける主人公の右腕役となった感のあるサイモン・ペッグが、「もう少し現実というものを味わってみるもの良いのかなと思うこともあります」と語るのも、そうした危険を感じているから……でないならよいのだけど。

[] カメラを止めるな!  カメラを止めるな!を含むブックマーク

とにかく面白いと評判になっていた映画だけどなかなか観ることができず、これが福岡に住んでたら(東京と同時期にキャナルシティ博多で上映を開始していたので)とっくに観れたはずなのにと恨めしく思っていたが、8月半ばになってようやく観れた。

念のため、以下ネタバレ注意、と書いておく。

とにかくできるだけ事前情報を入れないように神経をとがらせて、ツイッターの言及やブログエントリをシャットアウトし、また同時に期待値を高めすぎないように自己抑制したおかげで、こういう映画だったのか! と大満足でした。ポン!

……なのだけど、実は情報シャットアウトには失敗していたのである。よりにもよって、上映直前にツイッターのタイムラインを眺めてたら、三谷幸喜の『ラヂオの時間』(asin:B000BN9ADO)と比較する人のツイートをうっかり見てしまったために、中盤以降の展開がほぼ読めてしまったのは痛恨だった。

本作については原作/原案問題が勃発してしまったため、「パクリ」とかしょうもない言葉がタイトルに載ったニュース記事を見て腹立たしい思いをしたが、創造性は優れた過去の上に築かれる。本作を観て『ラヂオの時間』を連想する人もいるだろうし、それを言うならウディ・アレンの『ブロードウェイと銃弾』(asin:B0076S5KU4)を連想する人もいるかもしれない。

本作は低予算ながら、そうした過去からの優れた継承があり、何より映画への深い愛情を感じる素晴らしい作品だった。そういう映画を観れて、ワタシはただ嬉しい。それで十分である。

2018-09-03

[][] はてなダイアリーの終焉と本ブログの対応について  はてなダイアリーの終焉と本ブログの対応についてを含むブックマーク

遂にこの日が来てしまったのか……というのが率直な感想である。

株式会社はてなには、これだけのユーザベースが残るサービスを軽んじないでいただきたいと切に願う。

ネット界の限界集落はてなダイアリーに残る著名ユーザをまとめてみる - YAMDAS現更新履歴

今年前半にこう書いたが、残念ながらその切なる願いがかなうことはなく、はてなダイアリーの利用者は、強制移住かダムの底に沈められるかのいずれかの選択を迫られることとなった。

何しろ2003年7月に使い始めて早15年、長らく使ってきたサービスなので、個人的にはとても残念には思うし、そんならはてな匿名ダイアリーも閉鎖しろよ、と完全な八つ当たりをぶつけたくもなるが、その経済的合理性を理解するくらいにはワタシも大人である。まぁ、「ネット界の限界集落はてなダイアリー」なんて失礼なことを書いているヤツが文句言う資格はないか。

以下の、サービス・システム開発本部長の大西さんのコメントには素直に敬意を払いたい。

5年前に「はてな エンジニアブロガー祭り」というイベントに登壇し、「はてなダイアリーはやめません」と発言したこともありました。前言を翻してしまうことになり、申し訳ありません。長く開発に携わってきたはてなダイアリーは、私にとっても思い入れのあるサービスです。それ故、はてなブログへの統合という判断は、苦渋の決断でした。

2019年春「はてなダイアリー」終了のお知らせと「はてなブログ」への移行のお願い - はてなダイアリー日記

さて、今後の方針について書きたいが、その前に本ブログの位置づけについて少し書いておく。

本ブログは、「YAMDAS現更新履歴」というブログ名、そしてページトップの但し書きを見ても分かるように、本サイトである YAMDAS Project の更新履歴ページとして始まったものである。

飽くまで本サイトの更新履歴ページであり、これはブログではないとすら何度か書いていたくらいだが、そのうち本サイトを更新しなくても、それからはみ出る書きたいトピックがあればここを独立して更新するようにもなり、そのうち面倒でここをブログと認めるようになった。本サイトの更新告知であれ、そうでない場合であれ、一度に最大5つのエントリを一気に投下するスタイルで長らくきている。

現在、本サイト並びに本ブログは無期限更新停止状態である。それならば、このはてなダイアリーはそのまま放置し(=ダムの底に沈め)、また別途必要時に新たにブログを作るのが正しい在り方だと最初考えた。

しかし、はてなダイアリーを放置してもそのまま残るらしいが、新規エントリの追加や既存エントリの修正ができないのは当然として、過去エントリ全体をプライベート化などいざというときにできない操作も出てくるだろう。そして、現在はてなダイアリープラスを利用することで得られている Amazon アフィリエイトの収入が途絶えることにもなろう。これは痛い。

そうなると、やはり、素直にはてなブログに移行(=強制移住)し、有料コースを利用するのがよさそうだ。その値段にはケチなワタシ的には大いに不満はあるけれども、それなら独自に WordPress なりを立てて移住するのも、その手間と管理にかかる負担を考えるだけでものぐさなワタシはげんなりしてしまうので現実的でない。

ただ今のところインポートの集中の問題があるようだし、こちらも急ぐつもりはないので、来年3月あたりの移転を目標として、それまでははてなダイアリーを使い続けようと思う。上にも書いた通り、現在は無期限更新停止状態という扱いだが、これから告知することが出てくる予定なので、そのときはぼちぼちここを更新させてもらうつもりである。

キャス・サンスティーンの #Republic の邦訳『#リパブリック: インターネットは民主主義になにをもたらすのか』が出たぞ! キャス・サンスティーンの #Republic の邦訳『#リパブリック: インターネットは民主主義になにをもたらすのか』が出たぞ!を含むブックマーク

2017年は実はキャス・サンスティーンの年だったと昨年末に書いたが、邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2017年版)で邦訳を待望した、#Republic の邦訳が出ている。

原題は『#Republic: Divided Democracy in the Age of Social Media』で、副題は直訳すると「ソーシャルメディア時代における分断された民主主義」なので、邦訳の副題「インターネットは民主主義になにをもたらすのか」はちょっと違うというか、「ソーシャルメディア」と「分断」をちゃんと入れてくれと言いたくなる。が、おそらくは『インターネットは民主主義の敵か』を意識しているのだと思う、とフォローしておこう。

インターネットは民主主義の敵か

インターネットは民主主義の敵か

『インターネットは民主主義の敵か』の原題は『Republic.com』で、その続編である『Republic.com 2.0』が出たのが2007年で、『#Republic』はその10年後の2017年に出ている。

つまりは、今回の『#リパブリック』は『インターネットは民主主義の敵か』の続々編というわけである。思えば、エコーチェンバー、サイバーカスケード、サイバーバルカン化などの言葉は『インターネットは民主主義の敵か』を契機に広まったわけで、サンスティーンの影響力は大きい。当時からインターネットと民主主義の関係を、危機感をもってしっかり論じた人となると、サンスティーンとローレンス・レッシグくらいだったのではないか。

あと、2001年に「ドットコム」、2007年に「〇〇 2.0」、そして2017年に「ハッシュタグ」と、一般層に膾炙したぐらいにこの手のテック系タームを書籍の題名に使うあたり、素直にうまいなぁと思う。

そのサンスティーンだが、来年には別の本の邦訳が出るそうで、本当にこの人はは多作ですな。

[] ファントム・スレッド  ファントム・スレッドを含むブックマーク

ここからは、ブログ休止中に観た映画の感想など。

ポール・トーマス・アンダーソンの新作なので、観なきゃと思いながら観に行けなかった映画だったのだが、帰省した際に、故郷に唯一残るアートシアター系映画館で国内時差(?)を利用して観ることができた(昨年は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』や『パターソン』をそうやって観ている)。

2018年に観た映画の中で、映画としての格調が段違いだった。そこらへんの映画と比べるのがおこがましいくらいの格の、しかもかなり怖い作品である。

ただ、本作を許せない人もいるだろうな、とも思った。本作はジョナサン・デミに捧げられていて、それは本作制作中に彼が亡くなったという時期的な意味合いが大きかったと思うのだが(多分)、そうした意味で(ロバート・アルトマンなどに感謝が捧げられていた)『レイチェルの結婚』を思い出したが、デミ当人が本作を観ていたら、「俺の映画の女性とは違う……」と言ったかもしれないね。

ところで、この映画では主人公が車を走らせる場面は妙に騒々しく演出されていて、それこそ『時計じかけのオレンジ』を思い出したくらいだが、これはなんでだろう。

[] 30年後の同窓会  30年後の同窓会を含むブックマーク

30年後の同窓会 [Blu-ray]

30年後の同窓会 [Blu-ray]

これも帰省時に(『ファントム・スレッド』を観た翌日に)観に行った。

リチャード・リンクレイターが『さらば冬のかもめ』の続編を作りたいと言ってたのは知っていたが、これだったんだね。ただ本作は正式な続編ではなく、主要三人の人物設定が近いという精神的な続編ということだが。

さらば冬のかもめ』自体は、昨年 BS プレミアムで初めて観たのだが、今我々日本人が観るとちょっと微妙なところもあって、ちょっとピンとこないところもあった。

しかし、逆に言えば、それが当時受けたのは、『さらば冬のかもめ』が1970年代のアメリカ、具体的にはベトナム戦争後の痛みをうまく表現していたからだろう。そうした意味で、本作はおっさんたちのほのぼのロードムービーなどではなく、イラク戦争後のアメリカの痛みを確かに表現している。

やはり主役三人の演技がそれぞれ味わい深かった。

[] スターリンの葬送狂騒曲  スターリンの葬送狂騒曲を含むブックマーク

公開前から楽しみにしていた映画だが、期待通りの出来だった。原作(asin:4796877347)は例によって未読である。

スティーヴ・ブシェミのコメディアンぶりが堪能できるし、当時のソ連における粛清の恐怖がブラックユーモアのドタバタ劇に昇華されている。個人的には、『危険な動物たち』以来20年ぶり(!)の本格的な映画出演となるマイケル・ペイリンが、顔見せ程度の出演かと思いきや、しっかりパイソン的な笑いに貢献していて嬉しかったな。

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2018-06-25

Hagexさんを偲ぶ…… Hagexさんを偲ぶ……を含むブックマーク

ワタシ的には例外的な事態だが、このエントリは泥酔した状態で書いている。

今もなお信じられないとしか言いようがない。当たり前だが、こんな文章を書く日が来ようなんて想像したこともない。

ネットウォッチ勉強会「かもめ」#2「100万PVブログ達成への道」「ブログトラブル110番」開催後に、講師の Hagex さんが刺殺されてしまった。

なんてことだ……ずっと茫然自失に近い状態である。

Hagex さんとは発言小町などのネットウォッチという共通の趣味を最初のきっかけにして、以降ずっと交流があったのだが、実際にお会いしたのは、2014年11月に開催された第十九回文学フリマでの会場でお目にかかった一度だけである。

そのときも大した会話は交わしていない。今覚えているのは、Hagex さんの実家と当時ワタシが住んでいたところが同じ選挙区なんですね、とどうしようもなく他愛もないことだったりする。

Hagex さんと一番の縁は、なんといっても角川インターネット講座の第5巻『ネットコミュニティの設計と力 つながる私たちの時代』への寄稿である。これについては「ラストスタンド」という文章に書いているが、第1章が yomoyomo、第2章が Hagex というかなり異人感のある並びを実現できたことを誇りに思う。

Hagex 名義の単著は『2ch、発言小町、はてな、ヤフトピ ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』だけとなってしまったが、彼の真価はそれだけに収まるものではない。今は、長らく当たり前のように享受してきた毎日更新される彼のブログで新しい文章を読むことができないのが悲しい。

最初事件の報に接したとき、ワタシが連想したのは村崎百郎の事件だった。が、現時点では加害者の動機や背景に何があるのか今は分からない。

どこまで書いていいのかわからないが、「弁護士を通じて記事を削除しろ、法的措置を取るというメールがしばしば来る」「差出人の背景を辿っていくと反社と繋がりがあることがわかったこともあった」「メンタルヘルスの必要がある読者からメールが来ることもある」と話していた。

hagexさん以外考えられない。 - はてこはときどき外に出る

これだけ物騒な話題にクビを突っ込んできた人なのだから、どの線で取り返しのつかない災厄を引き寄せてしまったのか断定できない。今回の訃報を受けた報道経由で彼の本業を知り、一層可能性が拡がってしまったあたりが Hagex さんらしい、ともいえるだろうか。

いずれにしろ、その凶行の舞台が、彼の出身地であり、「修羅の国」などと揶揄される福岡だったのは、その地に20年住んだワタシ的にはなんとも言えない気持ちになる。

ワタシもこの意見に同意する。そして、それは9年前に yomoyomo 名義で公の場で話をするのは、これが最後と明言したワタシ自身にとっても切実な問題だったりする。今回の事件は、現代の赤報隊事件とも言えるかもしれないのだよ。

5年ぐらい前になるだろうか、発言小町という共通の遊び場があり、ワタシは雨宮まみさんと Hagex さん(当時は Facebook をやってた)と3人でキャッキャやってた記憶がある。雨宮さんが2016年に亡くなり、そして今度は Hagex さんだ。なんてことなんだよ……

昨年の12月から『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』のプロモーションのため、このブログを再開していたが、そろそろ潮時だろう。また無期限活動停止状態に戻ることとする。新しいプロジェクトにとりかかるプランはあるので、また戻ってこれると思うが、ひとまずお別れである。

[][] OpenStreetMapオープンソースコミュニティの最優先事項であるべきか  OpenStreetMapはオープンソースコミュニティの最優先事項であるべきかを含むブックマーク

ソースコードの反逆―Linux開発の軌跡とオープンソース革命』(asin:4756141005)の著者……と言っても今は通じないかもしれないが、グリン・ムーディが OpenStreetMap についての文章を書いている。

Google Maps があるのになんで OpenStreetMap が必要なのかというのは以前から定期的に話題になるが、この文章はオープンソースコミュニティにフォーカスする形で、その重要性を説いている。

つまりは、オープンソースにはオープンな地理データセットであり、この分野を Google に依存するのは危険というわけだ。

OpenStreetMap2014年に開始10周年を迎えており、ということは来年15周年になる。ワタシが「OpenStreetMapへの期待と課題」という文章を書いたのが10年近く前というのに自分自身そんな経つんだと驚いてしまうが、それだけ息長く続いているプロジェクトではあるが、残念ながら Google Maps と互角に渡り合うとは言えない状況のままである。ワタシも過去寄付などしているが、このプロジェクトの意義というか重要性を心に留めるべきなのだろう。

そういえば昨年『ブレードランナー 2049』のエンドロールにOpenStreetMapの名前があった話を紹介したが、そのような利用例もこれから増えるのかな。

ネタ元は Slashdot

Craigslistの創業者クレイグ・ニューマークがニューヨーク市立大学に22億円(!)を超える寄付 Craigslistの創業者クレイグ・ニューマークがニューヨーク市立大学に22億円(!)を超える寄付を含むブックマーク

craigslist の創業者クレイグ・ニューマークが2000万ドル、本文執筆時点での為替レートだと22億円を超えるお金をニューヨーク市立大学に寄付するとのこと。

すごい話だが、面白いと思ったのは、寄付した先が CUNY Graduate School of Journalism、つまりはジャーナリズム学校なんですね。

これはある意味皮肉とも言える。Craigslist は無料でコミュニティサービスを提供することで、新聞社の貴重な収入源だった案内広告を殺したとしてアメリカの新聞業界から激しく嫌われていたからだ。

クレイ・シャーキーなら「社会は新聞を必要としない。必要なのはジャーナリズムだ」と断言するだろうし、クレイグ・ニューマークにしてもこの寄付は罪滅ぼしといった後ろ向きなものではなく、健全なジャーナリズムの発展が社会に必要と考えたからだろうが。

もう一つ感慨深いのは、Craigslist 並びにクレイグ・ニューマークの地味なイメージと寄付額の乖離。なにしろ Craigslist は、2004年の時点で梅田望夫さんに「頑固一徹のCraigslist」と、Web 2.0 の狂騒にまったく浮かれない一途さに半ば呆れられていた存在である。

eBay からの資金提供(確かその後袂を分かったんじゃなかったっけ?)により、クレイグ・ニューマークがそれなりの恩恵を受けていたのは知っているが、2000万ドルも寄付できるくらいになっていたとはね。

日本語圏ではまったく話題になっていないが、これはすごいニュースじゃないかね。日本のネット起業家でこういう多額の寄付をした人っているかね?

ネタ元は Scripting News

ジェームス・ブライドルの新刊『新たな暗黒時代:テクノロジーと未来の終焉』がキャッチーで面白そうだ ジェームス・ブライドルの新刊『新たな暗黒時代:テクノロジーと未来の終焉』がキャッチーで面白そうだを含むブックマーク

ジェームス・ブライドル(James Bridle)というと、New Aesthetic(新しい美学)という言葉を発明した人として有名だろうか……といっても知らん人が大半だろうから、谷口暁彦氏の引用でもって説明とさせてもらう。

New Aestheticは、イギリスのアーティスト・編集者であるジェームズ・ブライドルが提唱したタームですが、そこでコンピューターの画像解析で認識されないように、荒いドット模様の迷彩が施された戦闘機や、監視カメラに顔認識をさせないメークといったようなものをNew Aestheticの例としてあげています。これらの例はいずれも、僕らの身の周りに、僕らのためではなく、コンピューターの知覚のためにデザインされているものが入ってきているという状況を示しています。新しい自然環境としてのコンピューターやネットワークがあり、そこで僕らのためにデザインされていない、あたかも自然の造形のようなものが、意識的、無意識的にかかわらずコンピューターと人間の共同作業のような形で生まれてきているというのが興味深いです。

ポスト・インターネットとは? ──ネット化が生み出した現代アートの最前線?メディア・アーティスト・谷口暁彦氏 | ウェブ電通報

その彼が初の著書を出すとのこと。それが『New Dark Age: Technology and the End of the Future(新たな暗黒時代:テクノロジーと未来の終焉)』というタイトルで、ワタシの興味を惹いた。

New Dark Age: Technology and the End of the Future

New Dark Age: Technology and the End of the Future

以前から彼はインターネットの問題について書いていたが、この情報過多の時代に人間はもはやテクノロジーを制御できず、新たな暗黒時代に生きているのではないかという問題意識をもった本である。

インターネットのプラットフォームを握るテック系大企業の脅威についての本が昨年からいくつも書かれているが、もはや我々が新たな暗黒時代に生きているとまで言うかね。ブルース・スターリング邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2018年版)で新刊を紹介した Adam Greenfield などが推薦の言葉を寄せている。

ネタ元は kottke.org

[] 万引き家族  万引き家族を含むブックマーク

カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞おめでとう、と思ったらなんだかその後なんだかヘンな感じで話題になってしまってしまい、それが要らぬ雑音となった印象である。

是枝裕和監督の作品を映画館で観るのは、『海よりもまだ深く』に引き続きになるのだが、本作はよかった。公開前から難癖をつけた人たちは、いくらなんでもタイトルに釣られすぎだろうよ。

本作も家族をテーマにした映画であり、子役の演技がよいというのも他の是枝裕和の作品と共通する。ただ画の撮り方が以前の作品よりもはっきり優れているように思った。本作の場合、主人公となる一家の暮らしぶりにリアリティがないといけないわけで、その点あの元々広くない部屋にごちゃごちゃ年季の入ったモノがあって狭苦しくなった感じ、美術が良い仕事をしている。

上述の通り、本作は家族をテーマとしているのだが、そこに一種のトリックがあって、この家族の「絆」のあり方が徐々に暴かれていく仕掛けになっている。樹木希林の台詞にあるように、この家族は長続きしないことが分かっている。それを構成する者たちもそれぞれ、その生き方の持続可能性のなさを半ば承知しながらも、想像力の欠如や安易に流れるなどして「普通」も「正しさ」を選ぶことがもはや許されない。

是枝裕和は(当然ながら)それを肯定することなく、「普通」に「正しく」生きるべきと当然のように考えているワタシのような観客から不可視になっている「見捨てられた人たち」を描いているのだ。そしてその見捨てられた人たちによる偽りの家族を描きながら、それぞれのズルさというか裏もちゃんと描いている。特にリリー・フランキー演じる父親の一面の倫理観のなさが息子によって暴かれる仕掛けになっている。

役者では、やはり安藤サクラがよかった。彼女は黒沢清『贖罪』でも良い役者だと思ったが、本作はそれとはまったく違った母親の演技だった。

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