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2009-12-08

第1回ウェブ学会シンポジウムの後に考えた集合知の行方 第1回ウェブ学会シンポジウムの後に考えた集合知の行方を含むブックマーク

第1回ウェブ学会シンポジウムが開催された。

個人的にはいろいろ刺激になるところがあったが、江渡浩一郎さんの「Wikiとコラボレーションの過去・未来」において、集団的知性(Collective Intelligence)と群衆の知恵(Wisdom of Crowds)の二つが「集合知」として混同されているという話にはっとした。前者がエリート主義的な傾向があるのに対して、後者は反エリート主義的な傾向があり、確かに両者は同じように扱ってはまずい。

その後江渡さんは、アメリカでの Goverment 2.0 の動き、電子政府の実現にクラウドコンピューティングを活用し、政府はできるだけデータを公開して、政策の実現には市民が直接的に関与する話を踏まえ、集合知による政府(「Wiki政府」)の話をされていた。

午後のセッションでは東浩紀津田大介、濱野智史による「民主主義2.0」ディスカッションがあったのだが、正直三者の誰にも特に肩入れする気になれなかった(鈴木健さんの発表は面白かった)。そうしていると切込隊長の以下の tweet にまたはっとした。

民主主義は集合知じゃないよw RT @masakiishitani #webgakkai 民主主義はそもそも集合知だったはず、ただ投票に強く依存してきた

http://twitter.com/kirik/status/6421591811

集合知はモデルも数学的にある程度確立している概念のはずで、そこから導き出すと制度的には民主主義より専門化社会や官僚制が正しいという結論になる RT @****** @kirik 民主主義は集合知じゃないよw @masakiishitani #webgakkai

http://twitter.com/kirik/status/6422421199

はっとはしたがうまく咀嚼できずにモヤモヤしていると、偶然山形浩生『「みんなの意見」は案外正しい』文庫版の解説を書いているのを知り、読んでみたら切込隊長の tweet に対応する箇所があって三度はっとした(以下、強調は引用者)。

 そしてそこに実は気をつけるべき点がある。集合知とか「みんなの意見」というと、何かそういう意見や知識が自然に実体的に存在するような印象を持ちやすい。でも実は「みんなの意見」は、かなり高度な手法でだれかが作り上げるものだ。自然に生まれる合意のようなものではない。その意味で、個人的にはこの種の集合知を民主主義とつなげて論じるありがちな議論に、少し疑問を抱いている。

 たとえば「集合的にベストな意思決定は意見の相違や異議から生まれるのであって、決して合意や妥協から生まれるのではない」(p.18)と本書は言う。意見集約には投票すべきなのだそうだ。でも、何でも投票で片付けて少数意見を切り捨てるのが民主主義ではないのも当然だろう。妥協と合意のない政治などあり得ない。その意味で著者の言う集合知や「みんなの意見」は、実は究極のところで民主主義とは似て非なるものなのかもしれない。その「意見」が集約され、作り上げられるプロセスには、ものすごく警戒が必要なはずなのだ。

みんなの意見の意義と限界:『「みんなの意見」は案外正しい』解説

なんか自分の浅い理解が振り出しに戻った感じがしたし、ここまで読まれた方にはワタシが『「みんなの意見」は案外正しい』を読んでないのもバレてしまったが、何より自分の集合知についての理解の浅さ、適当に言葉を使ってきたことに情けなくなった。

まずはちゃんと『「みんなの意見」は案外正しい』を読むところから始めたものか。文庫になったことだし。

mine-Dmine-D 2009/12/08 14:18 こんにちは。
山形氏の
>>でも実は「みんなの意見」は、かなり高度な手法でだれかが作り上げるものだ。
という部分は、きちんと論証されてるんでしょうか。気になりますね。例えばゴールドコープの金鉱脈探索の過程において、具体的に誰かが意見をまとめ上げ、最終的な決定権を握っていたりしていたんでしょうか。

okdtokdt 2009/12/12 18:27 ええと。

社会合意形成(ソーシャルコンセンサス)と、民主主義と、民主主義を執行する機関の組織のありかた論と、日本の実態はそれぞれなものなので、ごっちゃに論じるべきではないと思います。

また、代表制民主主義の制度と「投票」の集約性をごっちゃにしてはいけないですね。「群衆の知恵」の文脈で語るときには、メカニズムの話なのか、現実社会の投票母体についての指摘、あるいはその結果を云々したいのか、ともあれはっきりさせないと無駄に言葉あそびで終わります。

「民主主義は集合知じゃないよ」は、文脈を見てもどの部分を指しているのかを指定せずに語っているので、衝撃的な一言なのでキャッチーではありますが、それでもうかつに同意も否定もしにくいのではないでしょうか。

あと、Collective Intelligence とWisdom of Crowdsをまとめて集合知と取り扱っちゃってるじゃん、という話ですが、ここも3つの問題を同時に話してしまっている。その3者のどれでも、他の2つのコンセプトの上位概念にしうるのですが(機会があれば詳しく述べます)、そこをどうするかで論点は全然変わってきます。

論旨からすれば、Wisdom of Crowdを上位概念とし、Collective Intelligenceと集合知を一緒にするなというだけで十分なような気がします。つまり、「誰か知りませんか」方式で知恵を集めるのはone to (any)oneで結論を出してるから、知の集合による判断ではないよねということを指摘すればほぼ完了です。

ただ、実際に運用されているCollective Intelligenceは、スパイ組織の時代からOKwaveに至るまで、他者のレビューやフォークソノミーにさらされることによりソーシャルフィルタリング(モデレーション)をかけられるようになっており、その成果として出される「知恵」は「集合知」を引き出す結果につながりがちであることも指摘しておきたいと思います。

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