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2010-11-22

[] はっぴいえんどシュガー・ベイブピチカート・ファイヴとワタシの故郷  はっぴいえんどとシュガー・ベイブとピチカート・ファイヴとワタシの故郷を含むブックマーク

今日はワタシが生まれた長崎と関係する音楽の話をしたい。

以前坂本真綾の「DOWN TOWN」について書くついでに、シュガー・ベイブの Wikipedia ページを見ていたとき、彼らの実質的なデビューライブが長崎で行われたことを知って驚いた。

それは長門芳郎という人物が開催した「大震祭」というイベントで、シュガー・ベイブが出たのが「大震祭 Vol.4」ということは、それまでに少なくとも Vol.1 から Vol.3 までがあったことになる。

調べてみたが「大震祭」についての詳しい情報は分からなかった。ただ、「大震祭Vol.3」については同じページに情報があり、それがかのはっぴいえんどを招いて開かれたとのこと。

個人的にはこれを知ってめまいがした。はっぴいえんどシュガー・ベイブという今では伝説的なバンドが、長崎市公会堂、長崎NBCビデオ・ホールというワタシの実家から目と鼻の先でライブをやってたなんて! しかも Vol.4 は1973年の8月23日、ワタシが生まれるほんの少し前じゃないか。

俄然長門芳郎という長崎生まれの人物が気になって調べ始めた。はてなキーワードにある記述は他のページにある情報と同じだが、そのソースの一つであるライブハウス Tin Pan Alley のページを見てあっと驚いた。

ワタシも一度このライブハウスに行ったことがあったのだ。あれは2008年の3月にベンジャミンとバーJで飲んでいたときのこと、一仕事終えた風情のMさんが入ってきた。Tin Pan Alley で踊ってきたとのことで、結局踊り足りない彼に連れて行かれてこの店で70年代ソウルの演奏にあわせてワタシも(ぎこちなく)踊ったものである。

そのときはかのバンドと同じ名前をつけるなんて大それた……と思ったものだが、細野晴臣のマネージャも務めたことがある長門氏がスーパーバイザーの店ならば別におかしい話ではない。

Tin Pan Alley のサイトには、その細野晴臣のソロアルバム『泰安洋行』のタイトルが長崎の中華街新地にある中国雑貨の店の名前をズバリいただいたものである、そして彼とシュガーベイブとのかかわり、そして前述の「大震祭Vol.4」についてのなど長崎との関わりについての貴重な文章がある。

長門氏はブログも持っており、彼が責任編集を務めるミンツ・マガジンにもはっぴいえんどからシュガー・ベイブにいたる昔話があるので時間を見つけて読んでみたい。長崎市公会堂での大震祭 Vol.3 におけるはっぴいえんどのライブは『はっぴいえんどBOX』に収録されているそうだ。

泰安洋行(紙ジャケット仕様)

泰安洋行(紙ジャケット仕様)

SONGS 30th Anniversary Edition

SONGS 30th Anniversary Edition

長門芳郎について調べてもう一つ驚いたのは、70年代末から80年代末にかけて彼は南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーだったのだが、それだけでなくピチカート・ファイヴのマネージメントにも携わっていたこと。確かに手元の資料を見直すと、彼の名前がある! そういえばピチカートは最初細野晴臣の事務所に属しており、そのつながりだろう。

そこでふと思い当たったのだが、ピチカート・ファイヴと長崎のつながりは、実は長門芳郎だけではない。1994年までメンバーだった高浪慶太郎(高浪敬太郎)も長崎の生まれなのだ。

ピチカート・ファイヴというと小西康陽の才能ばかりに脚光が浴びるが、特に田島貴男がメインボーカルの時代は、楽曲提供の面で小西、田島、そして高浪の三人が拮抗していた。

ベリッシマ

ベリッシマ

女王陛下のピチカート・ファイヴ

女王陛下のピチカート・ファイヴ

女性上位時代

女性上位時代

高浪慶太郎は、長崎の人間であれば名前を出せば知らない人はいない眼鏡屋の生まれで、彼の実弟である高浪高彰は長崎雑貨の店たてまつるの主人だが、高浪慶太郎自身も近年故郷の長崎に居を構えている。

ワタシがそのことを意識したのは、バーJと並んでいきつけであるPで飲んでいたときのこと。このPは一応スナックという分類になるはずだが、実際にはロックバーに近い。映像の品揃えが半端なく、何よりマスターの音楽に関する知識が尋常でなくてワタシなど足元にも及ばないのだが、およそ一年ぐらい前に(大抵はここもベンジャミンと行くところを)珍しく一人で飲んでいたとき、マスターから「高浪さんもたまに来るよ」と言われ、自然と背筋が伸びたものである。

実は高浪氏は自身のブログで、長崎で音楽の匂いのする店としてこの店を真っ先に紹介しているのだが(あえてリンクしない)、それはともかく高浪氏の長崎の音楽探究から、今年『龍馬のハナ唄』というアルバムが生まれた。退屈なローカル性や臭い伝統主義を押し出すものではなく、「幕末のラウンジミュージック」という副題がぴったりな和洋混合はさすが元ピチカートというべきか。

「今回30年ぶりに長崎に戻ってきて、長崎を離れる前の自分とは違う視点で故郷を見ることができるようになったと思う。同じ九州でも福岡にはめんたいロックと呼ばれる独特の音楽土壌があり、ライブハウス「照和」というステージが多くのミュージシャンを生み出した。彼らには福岡発の音楽だという文化が根付いている。しかし長崎からは多くのミュージシャンが出ているにもかかわらず、独自の音の文化というものはない。別に長崎にこだわった音楽を作り出す必要はないが、いい意味で長崎の保守の部分と革新の部分のバランスを取った新しい長崎発の音楽文化の一翼を担えたら嬉しい」

CD「龍馬のハナ唄」話題に- 元「ピチカート・ファイヴ」高浪慶太郎さんが制作 - 長崎経済新聞

高浪慶太郎は、実弟とは違う形で、しかしとても氏らしい形で自らのルーツを辿り、作品に結実させたのだ。

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龍馬のハナ唄(赤盤)

龍馬のハナ唄(赤盤)

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