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yomunelの日記 Z

2018-08-10 (Fri)

5時過ぎランチ

明日から夏休み(5連休)。その休みの間の仕事が凝縮された一日が終わり、夜になってやっと今日のランチにありついた。同僚と中華屋に駆け込み、炭水化物責め。くちくなった腹をさすり、シチリアレモン味のパピコをチュバチュバしながら夏の夜をだらだら歩く。休み前夜の幸福感に包まれる。休みがいざ始まってしまえば、残り時間ばかりが気になり悲しくなってしまうから。前半は友人の(親の)山の家で遊び、後半、帰省(これは義務)の予定。時刻表や地図を眺めたり、たいして読めないだろうけど持っていく本を選んだりする時間が嬉しくってたまらない。ドリアン助川『線量計と奥の細道』(幻戯書房)、高橋源一郎『お釈迦さま以外はみんなバカ』 (インターナショナル新書) を読んだ。

2018-08-03 (Fri)

神のみそ汁

バタバタ振り回された長い一日を終え、保坂和志が猫を抱いている表紙の「波」8月号を読みながら帰る。最初の山下澄人による『ハレルヤ』のレビューがよくて、『ハレルヤ』読もうと思う。円城塔『文字渦』と華雪、『公園へ行かないか? 火曜日に』と藤野可織の組み合わせも絶妙。柴田元幸訳のバリー・ユアグロー「東京滞在記」、伊藤比呂美、ブレイディみかこの連載、津村記久子「やりなおし世界文学」はマキアベリの『君主論』、アンケート・わたしの選んだ「新潮文庫」5冊、編集長から等、頭からしっぽまで楽しく読んだ。好きなもの、仕事帰りに読むPR誌。

「Webでも考える人」はいつも読みどころが多いが、柴田元幸が海外文学情報を紹介する魅力的な連載「亀のみぞ知る」が新しく始まった。昔、同じような趣旨の『愛の見切り発車』(新潮社)を面白く読んだ記憶があるが、あれが出たのがもう20年近くも前になることにびっくり。1回目は、現役の作家が若いころに読んで衝撃を受けた本について短めの本を書くBookmarkedのシリーズの、ブライアン・エヴンソンがレイモンド・カーヴァーの『愛について語るときに我々の語ること』について書いた一冊が取り上げられている。

ブライアン・エヴンソンが大学の授業で初めてカーヴァーを読み衝撃を受け、この人の本をもっと読もうと書店に行ったら、『大聖堂』と『愛について語るときに我々の語ること』があり、『愛について……』のほうが2ドル安かったのでそっちを買った。あそこで『大聖堂』を読んでいたら、つまりあそこで『愛について……』を読まなかったら人生はだいぶ変わっていただろう、というエピソードが紹介されていていいなと思った。

たった2ドルのちがいで左右されることがある。昨年のちょうど今頃、滝口悠生の『茄子の輝き』がキター!と一人で盛り上がっていたことを思い出していた。その後、滝口悠生の著作をすべて読むことになるのだが、もし他のを先に読んでいたら(もちろんそれらもよかったのだけれど)、たぶんキテなかったと思う。タイミングのちょっとしたズレで、来るはずのものを見逃していたり、気付かなかったりすることのほうがずっと多いだろう。ほとんどそうかもしれない。縁ばかりは自分でコントロールできないからキタものは大切にしないと。

2018-07-30 (Mon)

シャイニングマンデーて……

ジャック・ニコルソンが歯を剥きだしている顔しか浮かばない。先週の台風を境に気温が下がり、今日なんかも暑いことは暑いが、これまでの凶暴な暑さにコーティングが施されたようなマイルドな暑さ。しかしまた暑くなるらしい。

梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)を読んだ。新書で出たのがすごくありがたかった。分量が少ないのもあるけど、もし『狂うひと』のような単行本だったらこんなに気軽に手に取れなかったと思う。原民喜の著作はボチボチ読んできたけれど、ざっくりした略歴ぐらいしか知識がなくて、正直なところ、原爆記念日が近づく夏の日に『原民喜全詩集』(岩波文庫)を読む私(オホホホ)、に酔っている部分があったような気がする。この新書を読み、酔いが醒めた。素面で読みたいと思った。

誰もそうかもしれないが、短編集(に限らず何でも)は、律儀に最初から順番に読んでいかないと気が済まないたちで、そうするとたいていあまり好きじゃないなーとか、全然面白くないというのも入っているので、よかった!と感動するものがあっても短編集トータルでみると薄い印象になってしまう。一周読み終えてノルマを達成したあとに、途中から、あるいは後ろから、あるいはお気に入り曲をリピートするように好きなところだけ何度も読み返すのが楽しい。だからアンソロジーが編まれるのかな。初読時は、タイトルに「全」なんて付いているのでノルマ感がすごかった『原民喜全詩集』(岩波文庫)と『原民喜戦後全小説』(講談社文芸文庫)をこんなふうに自由に読み直そうとカバンに入れている。

2018-07-25 (Wed)

好きになりたい

台風接近中。もうこれ以上日本列島を上から下から痛めつけないでほしい。こう暑さが続くと、暑さマジックにかかり、夏が終わり涼しくなりさえすれば、何でもできるし、何をやっても万事うまくいく気になってくる。私にできないことなんてあるかしら? 涼しくなれば、生産性もバリバリ向上するにちがいない。涼しくなるという点においてだけは、明るい未来が待っている。待ち遠しいよ、秋。

本の雑誌の穂村弘「続・棒パン日常」が、好きな人の好きな本を好きになりたいのに好きになりきれず、本屋で見かけるとまた買ってチャレンジしてしまうことについてだった。ほんとそれ!と思った。穂村さんは、好きになりきれない作家として、ブラッドベリ、久生十蘭、稲垣足穂を挙げている。

最近では、宇多田ヒカル効果でナボコフの『青白い炎』が爆売れとか、好きな人の好きな本が気になる人が多いってことだろう。趣旨はちょっとちがうけれど、女性自身に連載中の「ブルボン小林の有名人(あのひと)が好きって言うから…」も面白い(長嶋有のブログ、ムシバム2018も始まったよ)。でも、好きな人の好きな本というだけで期待値MAX、ハードルがぐいーんと上がるので、実際に読むと、うーんそれほどでも……となることがほとんど。あと、自分の好みをよく知る友人が「これ、あなたが絶対好きだと思う!」と薦める、というか押し付けられる本を好きになったためしがないのも、やっかいだ。

それでも好きな人(気になる人)が書評や書店の選書フェアで取り上げたり、ネットや著書の中で紹介する本を好きになりたくて読む。次から次へと、エンドレス。原田宗典の『〆太よ』は、まったく目に入っていなかったが、今週の書評欄で佐伯一麦が取り上げていたので、読みたいと思っている。

今週読んだ本。南伸坊『くろちゃんとツマと私』、温又柔『空港時光』、東江一紀『ねみみにみみず』。

2018-07-18 (Wed)

うな次郎

暑い暑い。フィンランドのサウナから出て湖に飛び込むように、キンキンに冷えた電車内に飛び込んでひと息つく。近ごろ、うなぎの話をしたらすぐに絶滅危惧種警察が目を三角にしてすっ飛んでくるのが怖い。私がわるうございました「うな次郎」ならいいですかそうですか。

芥川賞直木賞決まる。今回は特に興味がなかったが色々ゴタゴタがあって結局どうなったんだろうと途中からインタビューを覗いてみた。芥川賞の人が、不協和音を歌い終わった直後の調子の悪い時の平手さんみたいなヘアースタイルだった。

芥川直木賞の数日後に発表される講談社エッセイ賞のほうが楽しみなのだが、これは今年が最後だとのことでエッセイ好きとしてはとても残念。来年からは、エッセイ写真さしえブックデザインを含む各ジャンルで活躍する人たちを対象にする「野間出版文化賞」が新設される予定だそう。

以前、坪内祐三氏が日本エッセイストクラブ賞の候補になった際、講談社エッセイ賞が芥川賞なら日本エッセイストクラブ賞は野間新人賞だ、芥川賞選考委員が野間新人賞をとるだろうかと立腹して書いていた。講談社エッセイ賞のほうが格上ということのようだが、杉本秀太郎も野見山暁治も山田稔も日本エッセイストクラブ賞のほうを受賞しているので、どちらが格上とかはないと思うのだが。

これまで、堀江敏幸(なんだかんだ言いながらエッセイは読んじゃう)や吉田篤弘(小説より断然エッセイが好き)、ジェーン・スーの名前があるならこだまさんやブレイディさんとかもとったらいいなあと思っていたが、さてさて三十数年を締めくくるトリは誰になるのだろうか。それから、歴代の候補作と選評がすごい気になるのだけど、これも全部封印されちゃうんだろうなあ。川端康成文学賞も最近候補作が発表されなくなってさみしい。

暑いってだけで相当体力を奪われるのか一日中眠くて眠くてしかたがない。