ひとりでは生きられない

死なせて
以前、働いた老人ホームに菊さんという人がいました。              
「この窓から私を投げて。私を殺して。」
「こんな体になって生きている意味はなか・・・早よ死なせて。」
菊さんの口癖でした。部屋に出入りする人に訴えます。
陶芸家として大活躍していた菊さん。作品発表の展示会の忙しい最中に、脳梗塞で倒れ半身マヒになり、1年の入院生活の後、ホームへ入所となりました。身近に身寄りはなく関東に姪子さんが1人いるだけで、面会者もありませんでした。
車椅子で動けるまでになっているのに、動く意欲がなく寝たきりの状態でした。
ご飯もベッド、排泄もオムツでいいとベッドから離れようとしません。
命の刺青
ある日、着替えを手伝っていて、肩に何か文字が書いてあるのに気がつきました。
「命」と刺青が彫ってあったのです。若いときに駆け落ちした相手が彫った、と菊さんが教えてくれました。新劇の女優だったことも話してくれました。同じ劇団同士の恋愛は禁止だったので二人で逃げたそうです。
「私は、炎のような女だったのよ」初めて菊さんから自分の事を話してくれました。
「あの人に出会えて幸せだった。いい男でね、今でも好いとう、」
と60年以上も昔の事なのに、顔を赤らめてのたまうのです。
それから数日後、菊さんの顔を覗きにいくと、待ってましたとばかりに手を掴まれました。
「昨日の夜、あの人のが会いにきてくれてね。」
「嬉しくて幸せで、抱きしめられて、さぁ・気持ちが最高潮・・・」
「オムツしている自分に気がついてね、慌てた、慌てた・・・オムツつけとるけんできん・・っていいよったら目が覚めた。」
「夢やったんやなっ〜 もうちょっと醒めんでほしかったとに・・・」と菊さん大笑い。
その残念そうな表情がおかしくて・・その部屋にいたみんなで爆笑しました。

次郎さん現る
少しずつ、ホームの生活にも慣れてきた菊さんでしたが、相変わらずベッドから離れようとしません。
その菊さんが、初めて食堂でご飯を食べたいといいだしました。お化粧をしてお気に入りの羽織をきて車椅子で食堂へ。入所して5ヶ月めのできごとです。
自分で「あそこへ」と場所を指定。何事がおきたんだろう、と遠くから成り行きをみていました。後ろの席に座っているおじいちゃんに、羽織の懐からみかんと煎餅をこそっと渡しています。二人とも言葉はかわさず、めで合図。なにやら意味深です。
お相手は、この頃入所したばかりの次郎さんです。さてさてこの恋の行方は・・・

 ★ これは所長の下村が「福祉のひろば」に連載しているものです。

はじめまして 

 宅老所よりあい は、福岡市中央区地行にある、高齢者福祉施設です。
 1991年11月、お年寄り2人とスタッフ3人で、一人のお年寄りの出掛ける場を作ろうと、お寺のお茶室で始まった「よりあい」。
 当時、築75年のお寺に隣接する家に移り、週に1回の宅老所をスタート。今年で、19年目を迎えました。

 制度の後ろ盾もなく、お金も人脈も土地もないところからの出発でしたが、運営資金は、バザー・物品販売などでたくさんの方々にご協力をいただきながら、やってきました。

 「ぼけや障がいがあっても、住み慣れたまちで普通に暮らし続けたい」 
 お年寄りのこのささやかな願いに、今の社会は応えることが出来るのでしょうか?

 このブログでは、私たちが日々、お年寄りから学んだこと、大切にしていきたいこと、よりあいの活動などなど、この場を借りて、皆さんにお伝えしていきたいと思っています。

 これから、中身を充実させていきたいと思います。
 どうぞ、よろしくお願いします。