Hatena::ブログ(Diary)

東京レトロ

2010年10月12日

藤森照信先生からご推薦のお言葉をいただきました!

18:42

東大名誉教授・藤森照信先生より、当ブログ電子書籍版『懐古文化綜合誌ヨロヅ 特集 ペット・タウンズ』号のご推薦のお言葉いただきました!

東京下町にはかつて、不思議な表情をした看板建築が軒を連ねていた。彼らはその後どうなったのか。この一冊を見よ。」藤森照信

http://p.booklog.jp/book/6354

パブーにて100円(税込、半永久アップデート料込み)で発売中です。

f:id:yorodu:20100806211327j:image:left

2010年08月06日

当ブログが電子書籍になりました!

| 21:10

f:id:yorodu:20100806211327j:image


『懐古文化綜合誌ヨロヅ 特集ペット・タウンズ』のお知らせ


私が過去に撮影した、東京の失われた風景の写真をアップする、

このブログの写真を、この度「電子書籍」として販売することになりました。

現在ここでアップしている写真に、2010年現在の風景を撮影した写真を追加し、

全ての写真を定点観測として見ることができる構成になっています。


ビーチボーイズ不朽の名盤『ペット・サウンズ』のフォーマットをお借りして、

街の変貌ぶりの嘆きを写真特集として編集してみました。


今回、電子書籍として発行した最大の理由、

それは今後も同じ本にページを追加しつづけられるということです。

一度購入すれば、常に新しい(ページの増えた)状態に更新できるのです。


私が撮影した未アップの写真はまだまだ沢山あり、

そのほとんどが現在も東京に残っている建物の写真です。

これらの建物が現実の東京の街から姿を消した時、

その写真は、この『ペット・タウンズ』号に追加されます。

架空の街「ペット・タウンズ」の見えない境界線はいつも移動し続けるのです。

私が死ぬまで、私の撮影した写真を全てアップし終えるまで、半永久的に。


無料で10ページ分くらい立ち読みできますので、是非一度ご覧下さい。

感想などを書き込んでいただけると、作者としてはとても嬉しいです。


電子書籍パブー 『懐古文化綜合誌ヨロヅ 特集ペット・タウンズ』

http://p.booklog.jp/book/6354

2010年06月06日

谷中、根津あたりの面白い建築

| 02:04

f:id:yorodu:20090916201959j:image

1995年撮影。谷中方面から善光寺坂を下ったふもと辺りにあった電器店。銅板の緑と、タクシー「東京無線」のボディ色が見事にシンクロした一枚。

f:id:yorodu:20090916202332j:image

根津辺りには、看板建築の他に、近くにある東京大学向けの商売をしていた商店の建物があった。剥製店である。現在もあるアマガサ剥製店の旧店舗は、かつて根津赤札堂の裏の通りを更に一本裏に入ったあたりにひっそりと店を構えていた。入口にはシーラカンスを模したであろう古い看板がぶら下がり、建物は木造モルタルで、店の前は車一台が通るのも難しいくらいの細い路地だった。きっと東大等の学術用の剥製を製作していたのだろう。現在は弥生坂の上あたりに新しい建物で営業しているが、以前の建物には、戦前頃の博物学の匂いが漂った渋い建築だったのである。

2010年05月29日

大井町は良い建築の多い町(失礼)

| 20:03

f:id:yorodu:20090916202432j:image

大井町・ゼームス坂にあったヤオ理容店。1995年撮影。銅板貼りの看板建築で、ギリシャ神殿を思わせるような意匠が美しい。江戸東京たてもの園移築のため取り壊され、いずれ復元されて公開されると思われる。

京浜東北線東急大井町線大井町駅(品川区)から徒歩2分足らずのところにある「ゼームス坂」。もとは浅間坂(せんげんざか)という名前の急な坂だったそうだが、明治時代に坂下付近に住んでいたJ.M.ゼームスという英国人が私財を投じて緩やかな坂に改修したことから、その名がついたという。この坂には戦前からの商店建築が数多く残っていた。現在もかろうじていくつかの建物が現存しているが、私が撮影した1995年頃は、上記のヤオ理容店の他にモダンな牛乳店、ステーキハウス、クリーニング店などの建物がモルタルや銅板貼りの外見で残っていた。その貴重な写真を以下にご紹介する。

f:id:yorodu:20090916203512j:image

ゼームス坂を下りきったところにあった大山牛乳店、1995年撮影。一見すると無意味な感じだが、デザイン的には美しい右側のモルタル装飾が素晴らしい。戦後の竣工と思われる。いつの間にか空き地になっていた。

f:id:yorodu:20090916203641j:image

牛乳店の向かいにあったステーキハウスロッキーと持田クリーニング。現在、両方とも建て替えられた。この坂には銅板貼りの建築が多く、現在も八百屋、鶏肉屋、海苔問屋などの建物が現存している。

f:id:yorodu:20090916203348j:image

坂の中程にあった銅板貼り商店、こちらも現存せず。二階右側の庇部分に麻の葉と思われる装飾があるのに気づいただろうか。

2010年04月23日

(続)中央区はオモシロ建築の宝庫

| 21:01

f:id:yorodu:20090916201828j:image

1995年撮影。蛎殻町にあった洋風の空き屋。かつて何の商売をしていたのか、あるいは住宅だったのか。ここもいつの間にか駐車場になっていた。

中央区人形町、蛎殻町は、築地新富町と並んで戦前の商店建築が多く残る地域である。そして、他の街とはひと味違う個性的な建築が多い地域でもある。旅館、歯科医、着物屋、時計屋、印鑑店…老舗が多い地域ならではの風景が好きだった。その雰囲気は今も残っているが、今は消えてしまった貴重な風景を今回もご紹介したい。

f:id:yorodu:20090916201720j:image

1995年撮影。蛎殻町の路地裏にあった民家、外壁落下防止のためのネットが張られていた。中華のドンブリにある渦巻き模様の「雷文(らいもん)」が使われているのが分かる。

f:id:yorodu:20090916201816j:image

1995年撮影。人形町印鑑店、焼肉店などが建ち並んでいた一角。ここも新しい建物に変わってしまい、のちに場所を特定するのに苦労した。

f:id:yorodu:20090916202404j:image

1995年撮影。人形町の路地裏にあった小さな旅館も取り壊されて空き地となっている。

f:id:yorodu:20090916201751j:image

1995年撮影。手前の小川歯科医院は現存するが、右隣りの「銅長」という看板が付いた建物が消えた。銅板貼りで三階建てという珍しい建物だった。