不妊症のあなたへ、希望をもって、大丈夫・・・

yoshi-blog2005-03-12

今日の日記は悩んだけど書くことに決めました。これを読んで同じ悩み、同じ問題でがんばっている人達にほんの少しでも勇気を与えられたら、このBlogを書いている意味があるんじゃないのかな?そんな風に思ったので、ありのままを書きたいと思います。文章は決して分かりにくいかもしれません。でも、今日から、今まで触れなかった、この分野の話を日記として書き続けます。今日はその大事なスタートにしたいと思います。

あなたは子供が好きですか?将来誰かの親になろうと思いますか?子供が欲しいですか?結婚して、すぐ子供は欲しいとは思ってないけど、いずれ将来は二人の子供がほしい・・・そういう欲求は結婚している夫婦にとってごく当たり前の願望だと思うのです。僕達自身も結婚して最初の数年は二人で遊びたいけど、いずれ子供は欲しいよね。そんな会話をしているごく普通の夫婦でした。変な話「できたらできたでいいかな?」そういう気持ちで時を重ねていたのです。僕自身、子供は嫌いじゃないし、自分に似る子供は欲しくないけど、いずれ父親になる日を夢見て生活を重ねている、そんな感じでした。

しばらく経って、じゃあ、そろそろ子供を作ろうか?そんな事を思って、しばらく愛の営みを重ねたのですが、なんか一向にそんな気配がない・・・別に意図的にできないようにしているわけでもないのに、そう思って念のため、嫁さんが病院に行って検査を受けてみた結果、とっても悲しくて、冷たい事実が一つ分かりました。

このままでは赤ちゃんはできない

検査の結果、嫁さんの体は、子供を産める環境ではないと言う事が分かりました。そうです、ホルモンのバランスが崩れていて排卵していなかったのです。原因は若い頃の過酷なダイエットが原因で急激に体重が増減したり、生理不順になっていて僕と付き合っている頃からも生理不順なのを改善するためにもピルを飲んでいたので、一瞬それが原因なのかな・・・二人ともそう思っていたんですが、実はもっと前の若い頃の問題だと知った時に僕はどうしようもない、なんともいえない気持ちになってしまったのです。

それから「一緒に直してがんばろう」そう思っていたけど、気になり始めると気にかかる言葉があります。

「子供まだなの?」

今まで僕にそう言った人は決して誤解をしないでほしい。別に言わないでくれるな・・・と言っているわけじゃない。本人もなんの思いもなく社交辞令的に聞いているのはよくわかってるし、何か理由があって聞いている言葉じゃない。だいたい結婚した人に聞く話題は絶対に「子供は?」という会話なのです。でも、その言葉を聴くたびに僕の心の中はものすごく悲しくなる。

「別に、好きでいないんじゃないんだよ!」

そんな事を思っていても、相手にはなんの悪気はない、だから僕はいつも決まってこう答えてました。

「うん。まだ自分がね。父親になる自信がないんだよ」

その言葉を言う度に心の中の何かを失うような気がして、すっごく落ち込んでいたりしたのです。でも、意外と本人はサバサバしていて、不妊治療をトライしてみよう。そういうチャレンジ精神に救われたと言うか、「本人ががんばらると言ってるんだから、自分が気持ちが萎えてどうするんだよ」と逆に励まされたりして、でも、どっかで自分だけは冷静に構えてなければ、そう思う事にしたのです。

「私はYoshiの子供が欲しいの」

そう言われて、ちょっと涙が出そうになりました。ウマくいえないけど、母親になろうとしている人は強い人なんだな・・・そう思った瞬間でもあったのです。ここから、長い道のりが始まりました。と言っても男の僕はただ、受身の状態でいるしかないのです。でも、変にあわてたり、変に挙動不審になっても余計に心配しちゃう。だかた、ぶっきらぼうになってもイイから、普通にしていよう。そう決めてました。治療と言っても、まずは自分の体の事を知る事から始まります。毎日基礎体温をつけて、検査して、ホルモンを調整する薬を飲んだりします。この薬は時には筋肉注射と言って腕の筋肉に直接注射するので1-2日痛みが残ります。そして、飲んでいる薬も色々変えてみて、「まずはこの薬を飲みましょう」としばらく飲んで、検査して「じゃあ次かこっちの薬を飲みましょう」と一つ一つ、自分の体に足りない物を調整していくのです。時には薬が自分の体に合わなくて、嘔吐したり、情緒不安定になったり、苦しむ姿を見ると

「もう、子供なんていらないよ。もうやめよ」

そういう言葉が喉元まで、出てくるけど逆に言えない。でも苦しむ姿を見て、何もできないんですよ。何もね。痛みを変わってあげることも、代わりに子供を産んであげる事も男にはなんもできないのです。「見守っている」という都合のいい言葉を言うしかできないんですよね。心のどっかで悲観的な自分が「もしダメだったとしても二人で生きていけばいいさ」と思えるようにしておかなくては、がんばれ!と思う自分と、ダメだった時を考える自分、二重人格の人格者を頭の中に生み出さなければ僕の方が逆に心が砕かれてしまいそうでした。とにかく凹むけど、本人の前では絶対そんな事できない。微妙なバランスの中で、生きていくしかないのです。

子供を作るためには、ふらっと、急にその気なっても生まれないんです。緻密な計算をして、今日この日だったら確立が高いという日を決める「タイミング法」っていうのがあります。病院に行って検査、問診をした後に排卵誘発剤とか飲んで「この日にしてください」とお医者様から言われます。でもそれは女性の体にあわせた日程であって、リアルな生活の予定なんてなんの考慮もされてないんです。だから

「今日は早く帰ってこれる?」

「わかんない、ちょっと仕事がおしてる」

「そっか・・・」

「なに?どした?」

「今日がいいって、先生に言われた」

そうなると、たとえ何時になろうとも、自分の体がそんな事を求めていなくても、その日にしないと、次のタイミングで生まれる保障なんてないのです。正直自分の精神状態が大丈夫な時は全然OKだけど、仕事で夜遅くに帰って、明日の仕事の心配をしている状況で、子供を作るなんて、義務感があった時もあったりして、タイミングどおりにできるのなんて、打率でいうと半分くらいで、それでも、自分も子供が欲しかったし、がんばるにはがんばったんです。1時過ぎに帰ってきて、そこで一回がんばって、だめだったら、朝もう一度がんばってとか、たまに頭の中で考えすぎと言うか、「今日ここでタイミングを逃すと・・・」という妙な恐怖感とかいうか、そんなの考えると逆に全然ダメだったりして、そんな感じでなんとかこなしたという感じでも、絶対成功するわけでもなく、ほどなくして、結果は無常にも出て、

「今月、ダメだった」

と言われます。本人もアッサリ言ってるつもりだけど、やぱり悲しい表情をしていて、基礎体温を測定しているのでダメだったのもすぐ分かります。毎月、それを繰り返し、ダメと言われるたびに、悲しそうな顔をしている嫁さんを見て

「しょうがないよ。次がんばろうね」

そう言うのが精一杯でした。そんな繰り返しで、1年くらい経ちました。嫁さんの通っている病院は近所の産婦人科だったので、不妊治療はそこそこっていう感じだったけど、先生も親切で親身になってくれていたのが幸いでした。でも、1年もこの状況が続くとさすがに専門医に見てもらった方がいいんじゃないのか?そんな気持ちにもなり、3ヶ月くらいから専門の病院に通い始めてました。もちろん通ったのは病院だけじゃなくて、今年の初詣には「赤ちゃんができますように」とお願いをしました。お寺でお守り買ったり、子宝に効くと言う温泉に入ったり、気休めかもしれないけど、本を買って勉強しては、何かにもすがっている季節がしばらく続いたのです。

今月も、いつもと変わらない月でした。でもいつもと違うのは

「なんか高温期が長いみたい」

「本当?」

「うん」

「妊娠検査薬で反応が出た」

「え?まじで・・・」

見せてもらうと薄っすらと検査薬が反応しています。でも、検査薬も99%の確立で正確と書いてあっても、僕らはホルモンを調節する薬を飲んでいるので、それが原因で反応する事もある、そう説明書に書いてあったのを見て信用はできませんでした。病院に連絡取ると、後数日は様子をみて高温期が高かったら診察に来てくださいと言われました。そこから、今日まで毎日不安と期待の入り混じる夜を繰り返しました。妊娠検査薬は反応している、でも今までダメだった。どうにかしてほしい。でもきっとだめなんだろうな・・・それの繰り返し。寝る時にいつも頭の中で考えてました、「検査結果がだめだったら、もう一度作らないでもいいんじゃない?」って言おうって。別に夫婦だけでもいいじゃん。この先子供がいなくても幸せになれるさ、いなきゃいけないわけじゃないんだしさ。そういう風に言ってみようかな?僕はもう心のどっかで「だめなのかもしれない」そんなネガティブな感情が支配している感じでした。嫁さんは逆にポジティブで、テレビとかで子供の話題があると自分はこうしたいとか、自分はこんな事したいと言い、町で楽しそうに遊んでいる子供を見ると目を細めています。そんな表情が胸の中でぐっときて、言いたい言葉を何度か飲み込んでいたのです。

そして、今日。

病院についてきて、そう言われたけどあえてやめました。「自動車の点検と重なっていてさ」と言い訳しました。理由は二つ。一緒に行って結果が悪かったら僕が泣いてしまいそうだから、それから検査結果が良くても僕が泣いてしまいそうだから、嫁さんは心の中で「絶対大丈夫」というある種の確信は持っていたようです。でも僕はそこまで持てませんでした・・・11時からの予約で、12時過ぎても連絡がありません。かといってこっちから催促のメールも出せない、時間だけが過ぎて、時計の針の進む音が耳の感に触るのです。

長い時間が過ぎました。携帯に一通のメールが来ました。

「Yoshiはパパになるよ」

メールを見た瞬間、一瞬、携帯のディスプレイが見えなくなって、あれ?って思った時には涙があふれてました。生まれて初めて滝のような涙が出てきました。長かった・・・ここまでくるのに、ずいぶん時間がかかりました。良かった。ほっとした。そして、なんとも言えない晴れ晴れとした気分になって、吉田栄作じゃないけど家の中で勝利の雄たけびを一人で上げている自分がそこにはいました。僕がどうのこうのというより、嫁さんが今までがんばってきた努力が報われて、本当に良かった。ただ、それだけでした・・・人って、こんなに涙流せるんだな・・・って思うほど、泣きました。一人で部屋で静かに泣きました。ぬぐっても、ぬぐってもしばらく止まりませんでした。ただ、携帯の文章を眺めながら、しばらく何もできませんでした。涙腺脆くないけど、本当に良かった。神様ありがとう・・・そう素直に思えた瞬間でした。

「まじで?おめでとう!!これからも二人でがんばろうな」

そうメールを書いて、彼女を迎えに行きました。

その後、お昼をちょっといいお店でお祝いがてらに食事して家路につき、お互いの親に報告しました。嫁さんのご両親はすでにおねえちゃんの子供がいるけど、自分の母親に電話したら、嫁さんと母親との会話で泣きながら話してました。僕の母親も自分の嫁が苦労しているのを知っていたので、感激の涙となったみたいです。

母さん、ありがとう。

そんな訳で、今日、僕らも待望の赤ちゃんができました。と言ってもまだ6週目、計算するとこのままウマく行けばクリスマスは3人で過ごす事ができそうです。でも、正直うれしい反面、不安も増えます。この先流産しない保障は何もないし、何かのトラブルを抱えた時にどうしようという不安はあります。とりあえず、男の子でも女の子でもいい、母子共に健康でいてくれるのなら、今の僕はそれ以外の望みはありません。

世の中には僕達と同じように欲しくてもなかなかできない夫婦もたくさんいると思います。でも、僕らも道のりは長かったけどやっと最初の一歩を踏み出す事ができました。実際苦労するのは男じゃなくて、女の方です。でも男のサポートなしには、お母さんになる事も、お父さんになる事もできないと思います。今回、何もできない中で、何ができるかと考えると男性は精神的なケアサポートに徹するしかないと思うのです。難しいかもしれないけど、こんな僕達もできているのです。他の人ができない訳がありません。

そして、不妊症に悩むあなたへ、時間はかかるかもしれないけど、1%でもチャンスがあるのならがんばってほしいです。僕も何度も挫折しそうになりました。でも、それでもここまでこれたのです。同じような悩みがあるからこそ、共有できる事もあると思います。そんな事をこれからもここでご紹介していけたらいいなあと思います。

今日の晩御飯にお赤飯を食べました。夜に嫁さんに僕の母親からメールが来てました。自分の両親も赤飯を炊いて、ビールで乾杯したそうです。とにもかくにも今日はうれしい日になった。この先大変だと思うけど、今は「おめでとさん」と髪をなでてあげるだけで精一杯です。とりあえず、ほっとした・・・