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月のひつじ

2011-04-25

スペースカレー

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なんだか今ひとつ… 気ノリしない名なのだけど、2007年の6月にオフィシャルなものとして認証されたというコトだから、国際宇宙ステーション内で誰か日本の宇宙飛行士もきっと食べたには違いない。

ハウス食品ではこのレトルトを5ケを1セットとして、売ってる。

おねだん2625円。

安くはない…。

でも現実に宇宙に持ち込むには、当然に2625円では済まないワケで、聞くところによれば、スペースシャトルで宇宙へ人なりモノなりを運び上げるには500gあたり概ねで1万ドルの経費となるようだ。日本円で云えばざっと100万円ちょっと。安くはない…。

「スペースカレー」は1ケが200gなので、これを宇宙で頂戴するには40万円くらいがかかるワケだ…。

宇宙では湯を沸かしてその中で煮立てて3分間というワケではないから、レトルトパウチの形も機能も違う。だから、経費はもっと膨らむ。

だから思えば、宇宙食というのはズイブンと贅沢なもんだ。

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昔のSFとかだと、たとえば錠剤状なものを数ヶ飲み込めば、それで食事となる… みたいな描写もあったけど… そうはいかないや。

カレー味の錠剤なんぞはマッピラで、やはりカレーカレーとして味わいたいわな。

レトルトパウチはむろんアポロ計画で開発された代物だ。アポロ11号で採用されたといったコトが書かれるようだけど、実際にはジェミニ計画で試験され、アポロ8号の時点では本格的に使われてた。

とはいえ、暖めて食べてたワケではない。暖めて食べたのはスカイラブ計画からだ。

大塚食品ボンカレー人類史はじめての暖めタイプのレトルトだけど、これはそのスカイラブ計画よりもちょっと早い。

いまだボンカレーは宇宙に出たことはないし、出て食されたのはハウス食品の「スペースカレー」なのだけども、もし宇宙でボンカレーを食べると値段は40万円を超えるワケだ。カレーだけで40万円を超え、250gくらいなゴハンにかけようものなら、このゴハンはもっと高くって50万円くらいなもんだから… お夜食としてはズイブンに高くつく。

シャトルやステーション内での生活において1日あたり何グラムを飛行士たちが食べているかをボクは知らないけれど、朝・昼・夜の3食でかる〜く300万円というアンバイなのではなかろうか… と、思うと、やはり宇宙というのは人にとっては特別な場所なのだな〜とツクヅク思いしらされる。

地上にいるボクらは2625円で5ケもスペースカレーを買えちゃうのだから、その差はでっかい。

もっとも、いかにもといった銀色パッケージが… なんか好きではないけど。

(^_^;

ちなみに、お味はというと… ちょっとだけ辛めで… 悪くない。

2011-04-22

タミヤ ウェザリングマスター

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今年の2月だったか… タミヤのY氏とH氏に、

「是非に使ってみて」

と、いわれたのが同社の新製品「タミヤ ウェザリングマスター」だった。

ウェザリングというくらいだから当然に"汚し"を目的とした塗装道具だ

女性の化粧道具そっくりなパッケージ。

はたしてペーパーにも使えるかしら… 半信半疑で使ってみたらコレが実によかった。予想以上に紙にフィットする。

淡くも濃くも自在。思った以上によく伸び、人体への化粧に例えるなら、肌への喰い付きが実にイイ。ナチュラルな質感があって、作ろうとしているものによく馴染んでくれた。

模型ゆえ、毎日毎朝カガミに向かってお化粧をするワケではない。1つの模型に1回か2回使うだけだから、あんまり消費されない。

なので1セット買い求めると、ヘタすると数年はもっちゃうような感じもある。価格に比べ、ずいぶんとお得な感触もある。

こういう製品は諸手をあげて歓迎だ。

末永く販売をしていただきたい。

と。それにしても、タミヤには良いスタッフが大勢いる…。

薦めてくれたY氏にしろH氏にしろが、ただただ自社の製品ゆえに押してマスというペチャンコな営業のそれではなくって、彼らが実際にそれを使っての上でプッシュなのだから、プッシュの厚みと熱さが違う。こよなく模型を愛していて、彼ら自身が模型作りの苦労を知っているから、それがこのマテリアルとしての製品にも色濃く反映が見られる。

お化粧というのは、当然にあつく塗ればイイというもんではない。また、お化粧を致しましたと判るようでもイケナイわけで… その辺りの頃合いを含めて、推薦してくれた2人はよく判っている。

近年のボクは、諸々な製品(食品であったり模型であったり電化製品であったり)にあんまり感動を覚えなくなっているのだけど、

「おっ! これはイイじゃん」

と、感じさせてくれた数少なき例外がこの「タミヤ ウェザリングマスター」なのだった。

2011-04-15

黄金のスリッパ

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小さな集いに出向いて、クローラートランスポーターのことを少しおしゃべりした。

これのことを模型を交えて話すのは、明石天文科学館で解説して以来かしら。

なので、今回はそのクローラートランスポーターの話だ。

ごぞんじ、アポロ計画で作られ、今もスペースシャトルで使われている超絶的にでかいキャタピラ車がクローラートランスポーターだ。

キャタピラ車両といえば、たいがいは荒地を思いだす。デコやらボコなのを平気で乗り越えてく逞しさが浮かんでくる。

けれどもこの大型極まりないトランスポーターは、実際は荒地を走れない。

荒地はおろか、アスファルトの路面もダメなのだ。

クローラートランスポーターサターン5型ロケットが設計されて実際に作り出されたのと同時に開発された。

野球の内野の全域くらいな大きさの発射台と、53階建てのビルに相当する100mを越える高さの鉄骨ビル(総称としてモバイルランチャーという)と、それにつながったアポロサターンを、組み立て工場から6Km離れた発射場まで運ぶ装置として、これは1964年に作られた。

運搬車であると同時に超絶的にでっかいジャッキでもある。

発射台とアポロを、あるいは発射台とスペースシャトルを、4つのポイントで固定し、水平を保った状態でもって坂道も登る。

2.5cm平米に1.5トンもの重みがかかる。

f:id:yoshibey0219:20110415043602j:image:left基本の設計は1962年に描かれ、製造はオハイオ州のマリオン・パワー・ショベル社が担当し、2台作られた。

最終組み立てはケープカネヴェラルで行われ、1964年の7月に最初の走行試験があった。

ケネディが暗殺されて8ヶ月が経った時だ。

が、この走行試験で予期しないコトになる。

コンクリート舗装された真新しい発射場の路上で動かすや、路面を掘って壊した挙げ句に、自身の重みに耐えかねて4本の軸が全部折れてしまったんだ…。

可動する軸は重みで熱が発生し、それで軸そのものが砕けた…。

このため、アポロ計画そのものが頓挫しかける。

あの白と黒のツートーン・カラーでおなじみの、巨大な組み立て場(EVA)から発射場までロケットを運べないというコトになったワケだ。

方策としては、軸部分の構造を変えるか、材質の見直ししかない…。

そんじょそこいらの鉄や合金では、重みに耐えられない。尋常でない硬度が求められるコトになった。

それで、ジルコニウム合金に白羽の矢が向けられた。

当時はまだ大規模には作り出せなかった合金だけど、知られる限り、硬度は類例がない。

今の原子力発電所原子炉。その燃料棒の皮膜に用いる程に熱に強く硬い合金がジルコニウムだ。

これを使うコトでしか難局は切り抜けられないのだから、仕方ない。

実験室で生成されていた程度のものを、いきなり、実践の場に用いるというワケだから、新たな製造プラントが必要だ。

そんな次第ゆえ、予算はふくらんだ。

当初は630万ドル(当時)の予算だったのが、これで一挙にかかる経費がふくらんだ。

「ざっと… 倍にはなります」

と、いうことになって、なんでそんなバカなことになったのだと、予算を審議する議会でも非難ゴ〜ゴ〜。

でも、アポロ計画をこれで中止には出来ない…。

f:id:yoshibey0219:20110415035004j:image:left改良されたのはトランスポータだけではない。道路も見直される。

コンクリート舗装の路面は破棄され、新たに、重みそのものを緩和させるための路面が装備された。

1.2mの厚さで砂が敷かれ、次いでその上に、やはり1.2m厚で均一に砕かれた石灰岩が敷かれ、さらにその上に20cmの厚みで細かい川砂利が敷かれた。

これが重みを吸収すると同時に、キャタピラへの負荷を軽減させる。

さらに、その砂の巻き込みを抑制するためにトランスポーターキャタピラには可動中たえず粘性の高い油を噴射させる装置もつけられた。

キャタピラの手前にあるバーのようなものが、その装置だ。(写真の矢印部分)

まったくニュースにもならないけれど、だから、この一件で見直された走行道路は、常に整備が必要だ。

敷設された砂や石灰岩は常に新たなものに変えられているんだ。華やかじゃないけど、そんな道路工事が常に行われているんだ。

で。

結局、1300万ドル(当時の額面で50億円越え)かけて、やっとジルコニウム合金の軸足をもったトランスポーターが再生された。今度は壊れない。

これが2台あるから、マスコミは、

「黄金のスリッパが完成」

と、皮肉った。

けれども、結果として… これでよかったのだ。

1964年から今に至るまでの47年間も、クローラートランスポーターは現役として働き続け、さらに今後の新たな計画でも使われる予定なのだから、長寿で丈夫で長持ちの三拍子

逆説的な結果として、予算を縮小させているという意味で、文字通りの『黄金のスリッパ』となったワケだ。

2011-04-11

うそ大明神

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岡山県のほぼど真ん中に旭川ダムがあって、その巨大な貯水池の北のほとりに、三休(みやすみ)公園というのがある。

貯水の池を見下ろす山1つが桜で埋まっていて、1000本を越える量という。

シーズン中には2万人くらいの人がここへ出向く。

山の頂上まで車で登れるから便利といえば便利だけども、あまりに急斜な山だから眺望として確かにダムの水面は眺められるが、肝心の桜はといえば、その斜面が弊害となって、1000本も植わっているようにはチッとも見えない。

むしろ、三休公園に登らず、ふもとから山を見上げる方がよっぽどな豪奢を味わえる。

でだ。その公園の中に、「うそ鳥大明神」というのがある。

大明神というくらいだから神サンだ。

けど、歴史はメチャに浅い。

10年ほど前に、ここの1000本の桜が開花の前にツボミを全部、鳥に食べられちゃうという事件があった。

食べたのは、この地域に住まう"ウソ"という鳥だ。

その年はよほどに食べ物がなかったに違いない。

ツボミを食べられちゃうと当然に花は咲かない…。

なので、三休公園を管理する人間の側としては、来客者がいないのでは収入にもならずで大変に困ったのだった…。

で、ウソを駆除するとか、桜にカバーをかけるとか諸々な案が出た末で、"自然界との共存を願う"というカタチに落ち着いて、公園の高台に"うそ鳥大明神"なるを作ったそうなのだ。

"うそ"に引っかけた、いわばシャレに基点を置いたような神サンをデッチ上げたんだ。

f:id:yoshibey0219:20110411074911j:image:leftウソという実在の鳥との共存を願いつつ、そのウソに嘘をかけあわせ、

「今年も来年も、全部、ツボミを食べてください」

と、願(がん)かけたワケだ。

ウソ鳥に嘘をついて、ホントは食べて欲しくね〜ぞ! といってるワケだ。

…なかなか複雑な、いわば言霊(ことだま)な祈願だから、キリスト一途な方やイスラム世界の宗教概念に身を置いた人にはまったくワカラン概念だと思う。だいたい… 神サンを新たに創出するというのがワカランと思う…。

でも、多くの日本人はこれがストレートにワカルンだから、なんだかすごい。

で、以後、この大明神発行の願掛けの絵馬というか絵鳥には、『逆説なコトバ』が記されるというアンバイに収まったんだ。

幾つか、写真でお見せしましょ。

ね。

こんなアンバイ。

桜を見ずとも、この絵鳥の願掛けの数々を眺める方がよほどに… おもしろい。

基本としては、書いたコトの逆をお願いしているワケ。

でもだよ… 逆説として書いてるように見せかけ、実際は、そこに記したコトを本気で願ってるんではね〜のかしら… と訝しみを交えて思ったりすると、日本人の不思議な感性をまざまざと見せられているようで、それもまた脇腹をくすぐられるような面白味と感じられるんだ。

2011-04-06

ちっちゃい花吹雪

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昨年の春過ぎに小庭にゆすらうめの苗木を買ってきて植えた。

植えるや、まるで「ジャックと豆の木」の豆木のようによく育ち、枝が伸び、葉が茂った。

日当たりがよろしかったか、スックスックと大きくなって、秋口には実もつけた。

でも、本来ははんなりと甘いはずのものだけど、酸味がとても強い実になっちまったので、ちょっとガッカリだった。

それにしても、よくおごり、買って来た時には30cmほどの小さな棒切れみたいだったのに、実がなった頃には、ペッタンコな豆モチがプワ〜と何倍にも膨れたように、外周が2mをこえるような大きさになっていた。

その大きいのが、冬になると葉がすべて落ちて、ジャコメッティの針金細工めいた彫刻のようであり、オバケ屋敷のくち果てた骨だけの木みたいな、チ〜ッとも好まれる格好でなくなってしまった。

そうでなくとも冬は寒いから、その寒さを増量させるような痩せた姿に、

「これは植えるんじゃなかったな〜」

と、ついこの前、3月の中頃までそう思ってた。

それが、1週間ほど前のお天気の良い、ちょっと暖かみをおぼえる日に、ふいに芽生えた。

紅みをおびたツボミが随所にあらわれたかと思うや、翌々日には蕾から花が開きだし、次の次の日にはもう満開となった。

可憐味のある白い花たちがいっせいに開いて、ジャコメッティ針金の寒々しさを覆い隠した。

そして昨日には、もうその花が散りかけている。

f:id:yoshibey0219:20110406192253j:image:left昨日の岡山市はとっても良い天気で雲1つなく、ボクは午前中から午後にかけて、半年ぶりに国立医療センターに出向いてた。

某疾患がための定期検診だ。たっぷり血をぬかれ、オシッコをとられ、表がえされ裏がえさせられ、アチャラコチャラをまさぐられた。

国立にはおっ友達の医師が2人いる。2人とも同じBARで酒も飲む。ゆえに彼と彼女、それぞれの診察室を訪ね、

「よ〜っ」

と、赤いワインでもお届けしようかと思うたけど、思っただけで、おとなしく、患者らしく、うなだれ気味に、しおれ気味に、待合のシートに座って検査結果と診察を待った…。

で、それが済んで、帰宅して小庭のゆすらうめを見ると、出かけた時よりさらに花々が華々しい。

腕をせいいっぱい伸ばし、花弁めらがノビノビしてるような感触だ。

ちょいと枝を揺すってやると、桜が散るのと同様なカタチでハラハラヒラヒラ…、落下する。

ゆるい風に舞って小規模な花吹雪となる。

でもって、散る花々の下には薄い緑色の新葉が吹き出している。

「なんちゅう早さやねん!」

とボクは眼をはった。

本来、こんなに成長の早いものなのだろうか?

この分だと来週にはもう青々とした姿になっているような気がする。

なもんで… 車の後部座席に寝かしてた赤いワインを取り出し栓を抜いた。

車内にあったから、妙にぬくい…。

氷をいれた。さくらうめを眺めつつ、プチな1人花見だ。

2011-04-04

耳カキ

長年使い続けてた耳カキがなくなった。

どこへ行ったやら皆目わかんない。

もう、たぶん20年は使った品で、手に馴染み、耳に馴染んだ、いわば愛用品だ。

けっして1度も愛用してるとは思ったことがなかったけど、こうして手元から消えると、やはり、愛用の一語がボボ〜ンと浮いてくる。

いつも作業デスクの中にあって、仕事の手を休めるとボクはそれで耳をホリホリホリ… してた。

いわば、癖である。

f:id:yoshibey0219:20110404171348j:image:leftボクの耳は変な耳で、外側は大きくってゾウさんみたいで、そばに子ゾウがいたら耳を動かして風を送れるくらいなもんだけど、耳の穴が小さい。

イヤホンが入らない。

iPodiPhoneにもれなく付いてるイヤホンすら入らない。ちょいと耳の穴の入り口に引っかかるだけで中に入れられないから、すぐにポロリと落っこちる。

そんな小さな耳の穴に20年くらいおつき合い下さった耳カキはといえば、耳の中の薄い皮膚にすっかり馴染んで麿やかこの上なく、けっして痛みをおぼえない。絹の柔らかさと鉱物の硬さとが微妙にバランスよく調和していて、知らず、我が耳の掃除器としてそれは我が身体と一体化したようなアンバイなものになっていた。バー全体も飴色になっていて、ちょっと見ると高級品にも思える。

実際は、100円ほどのどこにでもあるシロモノなのだけど、使い続けた結果として、安心に裏打たれた風格を持ったよう感じる。

それが、あ〜た…。

消え失せちまった。

過去にも何度か、消失したかと思ったことがある。なにしろ、モノの出入りが繁華な作業デスクという、あまり環境がよろしくない場所に置かれているのだから、なくなる可能性は高いのだったけど、なくなったなと思った翌日にはひょっこり引き出しのスミにあったりもした…。

資料として開いて置いてた本の合間にチョコッと鎮座してたこともある。

が、今回は違った。

すでに消失して1週間は経つ。

ここ2週ほどは、小さなラヂオをテーブルに置き、震災の速報を聞きつつ作業をするという異例なコトをやってたし、それゆえに意識の集中もいつも通りではなくってデスクの上も乱雑になってた。

そのドサクサに我が耳カキはお隠れになったワケだ。

おそらく、工作の過程で切り貼りしてたパーツの不要部分と共にゴミ箱に運ばれたのではないかと考える。

なので、仕方ない。

新調した。

真新しい竹。柔らかげな丸いボンボリ。

やはり100円ほどのものだけど、やはりというか、あんのじょうというか、馴染んじゃいないから、今までのサジ加減でホリホリしたら耳が痛い。

だから、日常の中に微少な違和をおぼえる。

左右のゾウの耳が、「これは違うぞ〜」と抗議し、小さな波紋みたいなのを起こして律動しているのを感じる。

そんな次第で… 無自覚に出来ていたことが出来なくなっていることに新調と同時に気づかされ、こたびの震災で家もなにかもをなくした人は本当に本当にメチャに大変だぞと思いを馳せた。たかが1本の耳カキをなくしただけではないのだ…。

無数の"愛用"とその"心"が一瞬に流されてしまったと思うと、うなだれる他ない。

けれどまた、うなだれてるだけじゃダメなわけで、耳カキは新調し、それを使い出さなきゃいけない。それが耳に馴染むには時間がかかろうけれど、仕方がない。馴染めば、また"愛用"の一語も復活すると思わねば。