Hatena::ブログ(Diary)

月のひつじ

2017-11-27

48年前の腕時計 〜満員御礼〜

腕時計というのは、どう転ぼうとも腕に取り付ける小道具でしかなく、むろん、それゆえ、くすぐられるカタチだけども、デザインの基軸となる部分では、未来が閉ざされたガジェット、と思う。

手首に巻く、という所から出られないワケで…。

その大きな制約が逆に進化でなく深化方向に向かうしかないのは、ちょうど鎖国していた頃の日本の工芸品の深化っぷりに似もする。

フォークやスプーンがバリエーションは有りながらも基本デザインの飛翔のしようがない、だから未来が閉ざされたデザインと断言できるのと同様…、腕時計もまた進化の袋小路にあるモノなんだろう。

別に、それでどってコトはないけど、ただ、そのように思ってやると、より愛着も深まる。


いまボクがとても気にいっているのは48年前のアンティック。

26日の講演も、これで時間を計ってた。


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SEIKOの自動巻き。

厚みが薄くヤヤ小ぶり。

しかし、一見でも二見でも48年の昔を感じない。

いっそ、

「最近発売されたもんだぜ」

って〜なホラを平然とふけるほどに、今の腕時計と変わらない。

だからアンティックを意識できない。

それが良いとも云えるし、ペケとも思えるし、けども何十年も止まっていた針が、手にした途端にコチコチと動きだしてる事実の厚みが、嬉しい。

電池時計じゃ、こ〜はいかない。頼もしい。


講演にわざわざ足を運んでくださった皆さんには、感謝申しあげます。

満席で、ホールの外のでっかいモニターで視聴の方もあったようで、嬉しい限り。


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けどもまた一方で、まだまだボク自身が知らない明治岡山もあるワケで、たとえば今回も解説した「戦捷記念図書館」(現在の県立図書館はこれがスタート)の、8角形の瀟洒丸屋根には、時計がついていた。

盤面が1メートルを越えていたかも知れない大型のもの。

当時は既に精巧舎(SEIKO)は自前の時計を売り出して、だから国産が存在しているんだけども、さぁ、この屋根時計のメーカーが国産だか輸入物なのだか、判らない。

ネジをどう巻いていたか、毎日巻いてたのか、そうでないのか、皆目判らない。

また、そのための屋根裏が当然に存在したろうけど、そこがどのような構造かも判らない。

なにより、それが明治38年末から昭和20年6月の空襲まで、長期に渡って時を刻んでいた事実の厚みに、感じいって…、久しい。


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その判らないトコロが、興味の照射点なもんだから…、くどく執拗に調べては、おしゃべりを繰り返す次第。

明治・大正・昭和の合間、図書館の大時計は何度メンテナンスしたろうか? 

そんなことを空想するのが癖になって、久しい。


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講演の相棒はこたびは…、指時計をつけた。

指に巻く時計という存在に笑い、

「きっと指が太くなるぜ」

と、また笑う。


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講演時の写真はいずれも、K妃殿下撮影。

2人のゲストと共に、複数の良き仲間たちと過ごせたのが何より、嬉しく頼もしい。


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※ 講演にかけつけてくれた造型作家の丸屋君よりのギフト

焼き物だ。この小ささと、けっしてかわいいだけの表情を見せないネコの、誇り高きな眼の彩色が素晴らしい。

2017-11-22

グリム童話の誕生

今季は何だか寒さ到来が早い。

怪我でグズグズし、手入れ出来なかった庭のパッション・フルーツ。

南洋の植物ゆえ冬のアウトドアでは、この寒さをこえられない。

見れば、急激に色褪せし出している。

講演の後にしようとも思ったけど、もはや限界だろう。

本朝早くより庭にくりだし、枝葉を落としてやり、土中の根をカットし、小ぶりにして鉢ごと室内へ入れる準備。


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けど途中で雨が降り出し、作業はそこまで。

明日にでも室内に入れてやろう。


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※ これはパッション・フルーツではなく、パッション・フルーツのツルとツルがからみあって育ったフウセンカズラ

半年ほど前の深夜に某BARで遭遇のドクターから頂戴したもの。それなりに育ったけど、これは冬を越すのかなぁ、外で…。

アフリカが原産とかいうしなぁ。


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それから書類をまとめ、午後1番で久々にN女子大へ。

銀杏のイエローが雨にうたれつつ、冬の唄を小さく歌ってるようで良い感じ。

古い校舎の深閑とした清廉も心地良い。

U教授の部屋で膝つめあわせて打ち合わせ。


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次いで数時間後、路面電車で移動し、神社で打ち合わせ。

こういう"愉しい"時間はアッという間に過ぎるね…。


我が顔の傷をみやって

「思ったより酷くないよ」

と、学校でも神社でも同じコトバ。

「ま〜、元よりさほどよろしくないフェィスなんで」

と、応えて苦笑。

(大きく笑うと唇が痛い…)


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途中、イオン岡山に寄り、スパイスをまとめ買い。

(厳密に区分すれば、これは塩の類種だ)

どういうワケか、置いてる店が少ない。

あれこれ試してみたけれど、これがベスト。

キャベツの千切りに実にマッチする。

かかせない。


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夜になりかけた頃のバスからの濡れた光景が、妙にファンタジーっぽかった。


帰宅し、唇に化膿止めのオクスリをば塗布し、小澤俊夫の『グリム童話の誕生』を拾い読む。

読み始めて早や数日。ものすごい情報量に当初は困惑したけど、日本の昔話の収集家にしてグリム研究の第一人者の本。

ヴィルフェルムとヤーコブが昔話をがんばって集めたように、小澤もこの兄弟の残した航跡をがんばって拾い集めてらっしゃる。

だから情報量の質が厚い。

"メルヘン"ではなく"メルヒェン"と記し通して、心意気も熱い。


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後年、『ドイツ語辞典』を創りはじめたグリム兄弟は、"F"の項目まで書いて没し、その後、弟子たちに意志が継がれて、第1次、第2次大戦が済んでも終わらず、完了したのが123年後の何と1964年…。

ベルリンの壁が壊されて再統一され、1991年に記念のお札がドイツで発行され、グリム兄弟の肖像が使われてるのを見て、

「そうかメルヒェンの父だもんな〜」

などと思ってたけど、ドイツでは、その『ドイツ語辞典』編纂の経緯と業績を高く評価…、ということらしい。

なにしろ東西に分裂していた長く暗い時期にあっても、唯一、東と西に分断されたドイツ語編纂所(ベルリンとゲッティンゲン)だけは電話オッケ〜手紙オッケ〜という特例であったらしく、いわばグリム兄弟は国家再統一のシンボルだったワケなのだ。

そういうことをこの本で学びつつある。

木の葉の下に埋もれた細い枝を見つけるような作業を何十年もコツコツやってこの本を作った、その根気にもまた。


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だいぶんと前、amazon プライムで観た映画に『ヘンゼルとグレーテル』があって、SFファンタジーの特撮モノ。青年になったヘンゼルとグレーテルが魔物どもと闘う話。

戦いのさなか、時折りヘンゼルが自分で注射をうつシーンが出てきて、

「何だろな?」

と、思ってたら、幼少時、お菓子の家に幽閉されている間、お菓子ばっかり食べてたもんだから糖尿病を患って…、それでインスリン注射という設定になってて、これには笑わされた。

ま〜、映画そのものはたいしたこっちゃ〜ないけど。

しかし、その注射針が実に昔っぽく、太くって、実に痛そうで…、なんだかそこにオリジナルのグリムが、むろんグリムの話に注射など登場はしないけども、テーストの真味が潜んでるような気がしないでもなかった。


さ〜てと、一気に打ち合わせを済ませ、数日後に講演。

わたしなりの、情報収集を開陳という次第で、どうなるコトか…。

26日の日曜-午後2時より岡山シティミュージアムにて。

よろしくどうぞ。

2017-11-17

11/26の講演についてチョット


やはり年齢のせいかしら?

顔と脚…、7割方はオッケ〜だけど、いまだ全治に至らない。

右脚は腱がつって折り曲げると痛い。

上唇は引きつったままだし、下唇は痛みと腫れが、まだ続いてる。

もっとも悲しいのは鼻と唇の間に拭えない傷ができたこと。美顔がハナタレジジイのようなご面相になっちまい、昨日は病院で、

「気になるようならウチには美容整形の科もあるよ」

院長センセイにニッコリ微笑まれた。

我が事ながらいたましい。


検眼し直して調整した新たなメガネが出来上がり、先日取りに出向いたら、その店が同地に移転して15周年だかで、記念のワインをくれた。

こういう不意打ちは何だか嬉しい。


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嬉し次いでと、すぐそばのマクドナルドに寄った。

買って持ち帰って食べるのは3年か4年ぶりなような気がする。

ま〜1つにはガブリと囓りつけられるかのテスト素材としての趣きもあったけど、あんのじょう、まだ口を全開に出来ない…。

困ったこっちゃ。

おまけに、ビッグマックを美味いと思えない。

モグモグ食べたのみで感動がなかった。

嗜好が変わったんだろか? ちょっと気になった。

とくにレタスがよろしくない。マクドナルドレタスの問題ではなく、こちらの舌の問題に違いないが…、味気ない。

いっそレタスでなくキャベツの千切りだったらどうかしら? などと思う。

ちなみにマクドナルドはセットは買わない。ビッグマックバニラ・シェイクを単品で買う。19歳の頃にそう買っていらい、1つおぼえ、いまだに続けてる。


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さてと、そ〜こ〜してる内、26日の講演が近づいてる。

こたびの御2人のゲストとも、まだ打ち合わせが進んでいない。

御両名、ボクが独り相撲の負傷をおったのは知ってるから、大目にみて下さってるとは思うけど、焦れったいでしょな〜。


こたびの講演では、亜公園に関しての新発見というか、新事実も2点ばかし…、披露する。

うち1点は、顔面負傷で外に出られずの最初の頃に、手元の資料を較べたり裏返したりとケッコ〜根つめ、煮つめて精査してるさい、

「あれれ?」

って〜な具合でフイに点と点が結ばれ、隠れていた事実の輪郭が浮いて、それで、

「おっ、ほ〜!」

確証として知り得たコトガラだから、ま〜、これは文字通り、ケガの功名と云うんだろうな。

ケガしなかったら、ひょっとしてまだ気づかずにいたかも知れないし、

「転んでもタダで起きない…」

これはその実証例かも知れない。


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※ 詳細なチラシはココをクリック



ちなみに26日まで岡山ティミュージアムでは「岡山鉄道」展を開催中で、当方の模型数点も展示されているから、お越しになれば併せて見学も…、よろしいぞ。

開催側からいえば、だから26日は閉館後のお片付けがとても大変というコトでもあるんだけど、ま〜、そんなことはどうでもよろしい。

イチバンの心配は、いまだ口を全開できないし、上唇の部分が引きつったままなので…、

「さしすせそ」

発音がしにくく、ケッコ〜しゃべるのに苦労してること。

講演でおしゃべり進まずというのは…、まずいワ。

これから1週間ほどで治ればイイんですけど、な。

2017-11-11

西行と富士山 〜ちょっと岡山プラス〜


昨日、概ねでこれ以上は通院しなくともよくって後は自宅療養で…、というコトにまでこぎ着けた転倒事故の後始末。

まだ口を全開に出来ないし、下唇半分が腫れているし、両足も痛むけど…、通院に終止符がうたれるのは嬉しい。(ホントは次週もう1回あるけど)

何といっても、断酒してたのを解禁出来たのがメチャ悦ばしい。

良いね〜、オチャケは。


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と、以上とはま〜るで関係もなく、またぞろ大昔に思いを馳せたので一筆。


西行、の名を知らない人はあんまりいない。

でも、いつの時代の僧だったか何をしたヒトだったか、となると、ボクもせいぜいが彼に、

鬼の、人の、骨を取り集めて人に作りなす例、信ずべき人のおろ語り侍(はべ)りしかば、そのままにして、ひろき野に出て骨をあみ連らねてつくりて侍りしは--------

メアリー・シェリーのはるか前に人造人間の創作があるのを、澁澤龍彦か誰かのエッセーで記憶している程度だった。

西行のは、鬼とヒトの合体だから、シェリー創作によるフランケンシュタイン怪物より空想の歩幅が大きい。

それで憶えてた。


あるいは、芭蕉が『奥の細道』の何章だかで、自身の句ではなく、

終宵(よもすがら)嵐に波をはこばせて 月をたれたる汐越(しおこし)の松

この西行の句をもって他に云うことはない…、と自身の句を提出せずに章を閉じてみせ、かつて同書に接したボクは、

「ふ〜〜〜ん?!」

そういうワザもあるんだな…、などと思ったりさせられたりもして、憶えてた。



西行は平安末期から鎌倉時代初期をいきた人。

芭蕉をして引用させるほどに後の江戸時代の句界じゃヒーローだったよう、思える。

公家に産まれながら23歳で出家。全国を放浪しては和歌を残した。

諸国を遍歴しつつ物思いするという最初の事例のような人だったから、後にそういう漂白の旅に出るコトを"西行"というようになったそうだが、彼は何故、公家のラクチンな生活を捨ててそのような道を選んだか?

失恋出家の原因との説があって、もしそうなら、かなり一途でナィーブな真面目青年だったんだろう。


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いまから831年前、このヒトが文治2年(1186)に記したものに、

風になびく富士の煙りの空にきえ ゆくえも知れぬ我が思ひかな

というのがあって、しばしまったく気づかずに、やはりナィーブなヒトだなぁと感想したきりだったけど、「富士の煙り」というのは、噴煙じゃなかろうか…、治癒しつつある唇を舐め舐め、そう感づいた。

「おっ、こりゃ発見」

と、富士山噴火史を調べるに、規模の大きいのが、864年、937年、999年、1033年、1083年にあった。

864年と937年のは大地震を伴う巨大噴火で、とんでもない量の溶岩がドドンパ〜と溶出し、広範囲がメチャになり、これで今の地形が作られた。青木ヶ原樹海などがそれだ。

想像するに、当時、富士山一帯は焼けて黒々とし、タマゴが腐敗したような硫黄臭に満ちた、黄ばんだ岩々ゴロゴロの異界であったろう。


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西行が旅した1186年は、1083年大噴火の100年後だけど、おそらく…、終息しつつも、まだ富士山不安定なアンバイだったんじゃなかろうか?

阿蘇山みたいにズ〜ッと絶えず白煙があがって、近寄れば異臭が立ちこめていたと、そう解釈していいかと思う。

だってね、そうでなくば西行とて"富士の煙"と書かないでしょ。


だから彼がいきた頃は、富士山は当然に行楽できるようなものでなく、いつ怒り出すか判らない危険な山という気分が、その頃はズ〜ッと常態化していたんじゃなかろうか。

我が国イチバンのと誇る山ではなく、怖れの最大対象としての魔の山でもあったと。

それあってはるか昔より、富士(大昔はアサマとよんでいた。いまは浅間と書いてセンゲンとよむ)は信仰の対象でもあった。

富士山本宮浅間大社を含む一帯が、「富士山−信仰の対象と芸術の源泉」として世界遺産に登録されたのはついこの前だ。

864年、937年と大噴火を繰り返すたび、鎮護のため浅間神社は「社格」がアップした。

社格」は明治時代まであった制度で、祭事のたびに国から経費が出る仕掛け。その"格"によって支給額が違う…。

日本の神さんというのは、厄介な存在を逆に祀り上げて平穏を願う対象にしちゃうという、なかなか気転効いた気配りで成り立ってるコトが多い。例の菅原道真=天満宮がそうだね。怨霊化した道真の鎮めとしての天満宮…、学問の神さんに"成り下がった"のは江戸時代からだ。


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※ 富士山本宮浅間大社

九州のアサマと関東のアサマがなぜ同じ名なのかは、かつて寺田寅彦弥生以前には広くアイヌがこの国に分布し、それは火山を意味する彼らの言葉という説を発表してるけど歴史の学会では物理学者地震専門家でもあったね)が何を云うかと無視しちゃって今に至ってるようだけど、ね…。ちなみに「天災は忘れた頃にやってくる」という名言はこのヒトが発したもの)


ともあれともあれ西行は、その煙の不気味な不穏に、旅の、明日を知れぬ不安とを重ね、さらに、それゆえにほのかな気負いを混ぜて、

「ゆくえも知れぬ我が思ひ」

と詠ってみたんじゃなかろうか。

ボブ・ディランに先んじた、「Like A Rolling Stone…」な心情がここにあるわけだ。


旅館があるワケじゃない。

毎日の食事は道中の民家への托鉢に頼るしかない。

時に丸1日、何も食べられず、川の上澄みを飲んで川辺で眠って疲れた足をさする…、というコトもあったんじゃなかろうか…。

くじけそうな気分の数歩前という暗澹を、彼は黒だか白だかの煙をあげる富士山に重ね見たような気がしないではない。


富士山を迂回してトホトホ歩いたのは、東大寺再建の寄付を募るために奥州藤原氏の元に出向くためだった。

東大寺は1181年の平重衛の焼き討ちでボロボロ。大仏殿は焼け落ち、大仏もかなりが溶けて、

「ひで〜ことするなぁ」

満身創痍でゼ〜ゼ〜喘いで…、復興のさなかだ。

それで多数の僧が全国に勧進し、寄付を募ってるというワケだ。西行もその1人だった。

だからこの旅にかぎっていえば、漂白のそれではない。おぼろで微かにも目的があったワケだ。けども1人旅、不安が背中に張りついている。


僧は皆な、フトコロに勧進帳東大寺復興のために働いてますという証明書みたいなもの)をいれ、手には杓を持ち、胸元の鉦鼓(しょうこ)を鳴らし、

「尺布、寸鉄、一木、半銭、なにとぞ大仏再興に御寄進を」

奉加を乞うのだった。

このときは、西行もそのスタイルでの旅だったろう。


同時期、この岡山には重源(ちょうげん-俊乗坊)が復興資材の調達にやってきた。

再建計画の大物というか中心人物、今でいう最高運営責任者(CEO)だね。


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重源上人坐像レプリカ(大阪府立狭山池博物館所蔵。原品は新大仏寺所蔵で重要文化財


彼は龍ノ口山のすぐふもと、今は湯追(ゆば)温泉の真後ろに位置する浄土寺を基点にした。

(上之町や中之町といった今の岡山市街はまだなく、界隈の中心となるのは龍ノ口山の南側、旭川の東側だった)

同寺からは東大寺の刻印のある瓦などが出土してる。

おそらく重源は1人ではないだろう。複数の僧を伴い、その内の誰かを"支店長"にしたはずだ。

支店長を置き、彼は山口方面へ出立した。仏殿に必要な40mに近い巨木は当時をして既にその界隈にしかないんで…。


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この寺は湯迫温泉の背の高い建物に阻まれて、まるで存在そのものがないホドに…、そばの道路からもまったく見えない。


何故いまそこに湯追温泉(現在の施設は背後のお寺とは何の関係もない)があるのかといえば、重源ないし"支店長"が、"医療施設"として大規模な湯治場を作ったから。

湯につかって肩をほぐした方々がナンボか包んで寄進をするだろう。その寺銭でもって伊部界隈で瓦を焼かせ、奈良に送り出してたわけだ。

銭でなくとも、例えば藤蔓(つる)のようなモノでも歓迎だ。

重機もトラックもないし、ましてロープなどどこにも売っていない。

建造のための巨木は50頭を越える牛が引く。それで長く頑丈な蔓が大量に必要だった。焼け野原奈良では調達出来ない資材だった。

浄土寺界隈を真面目に発掘調査をすりゃ、けっこうなお風呂の遺構が出てくるはずだけど、残念ながら手つかずだ。(源泉と思われる遺構というか井戸は見学できる)

重源という人物は立派な僧侶というより、どこかガムシャラな土木系営業部長の感がないことはない。

寄進しない場合はアンタは地獄に堕ちます…」

そんな脅しに近いというか、脅しそのものでもって仏殿再建に邁進、"営業活動"した形跡が窺える。

ま〜、こういう押しが強く、束ねるパワーのある人物がいなきゃ、費用やら資材を集めるのは容易じゃなかったろう…、心細さをうたったナィーブな西行法師とはそこら辺りが違う。


長いから…、つづきにする。(^_^;

2017-11-06

観られなかった「竹生島」

転倒で顔面激突…、から6日。

両足の出血部は色が変わり、痛みはかなり緩和。

鼻に大きなカサブタが出来、顔の腫れはひいたものの、まだ唇は腫れている。

一時は3倍くらいのでっかいタラコみたいだったけど、今は2倍のタラコという感じ。

カッコ悪さは2倍も3倍も同じだから、通院以外は外に出ない。というか出られない。


上下唇が歯に強く圧迫したもんだから、歯で唇が切れまくり、一部は欠損して…、これが腫れの主因ながら、満足に食事がとれないのがイタイ。

アレ食べたいコレ食べたいながら、かすかな塩分でも過敏に反応し、泣きたいくらい沁みて痛いから…、やってらんない。

これを書いてるさなか、ちょっと舌を動かしてみただけでピリピリピリッ。

そんなんだからこの数日で数キロ痩せた。


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※ 琵琶湖竹生島


通院しつつ、メガネ屋さんへも出向く。

新調してまだ1年と経たぬメガネをば…、また新調。

大出血の結果としての大出費。

やってらんない。

けど、メガネの縁で眼の周りが出血したけど、レンズ部が眼球を守ってくれたのはマチガイなく、壊れたメガネのレンズ面の傷部分とメダマの位置関係を思うと、ざじずぜゾッ…。

メガネ屋の担当者がチラチラとこちらの腫れぼったい顔を盗み見てたのは…、ま〜許してあげよう。


しかし、も〜自転車に乗らネ〜、とはならない。

かつて昔にバイクに乗ってるさいHONDA車にはね飛ばされて路上を転がったさいは、その後にPTSDが大発生で、それで今に至るもバイクには乗れないというコトになったけど、自転車は幸いかな心的外傷後ストレス障害っぽい症状がない。

より慎重になって乗っかるまでだ。

でもそれも、顔面が治癒するまでお預け。

打ち合わせやら…、ヒトに会わなきゃいけない制限時間がダンダン縮まってるんで気になるけど、不細工な顔を晒す気にはなれないし、弱ったもんだ。

けどま〜弱りつつも、次の講演で用立てる模型の製作作業のみはチビチビ進めてはいる。


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※ 現在の竹生島カワウの大発生が20年ほど前から激烈で、ほとんどの樹木が糞害で死滅しているそうな…。


かなり残念だったのは、この3日の昼に後楽園能舞台であった『岡山後楽能-竹生島』を観に行けなかったこと。

琵琶湖の中にあって弁財天を祀る神社が今も現存する、小さな島(竹生島と書いてチクブジマと読む)を舞台に、醍醐天皇臣下弁財天(天女)と龍神が織りなすストーリー。

湖中から登場する龍神を舞台上でどう表現するのか、ほぼラストで登場の竜宮城はどう舞台上で見せるのか? 『ブレードランナー2049』のCGのようにはいかないぞ…、などと、この能は未だ観たことがないんで興味シンシン観世流のきびきびとした幽玄芝居を楽しみにしてたけど…、腫れあがった顔じゃ〜、とても。

ざ・ん・ね・ん・む・ね・ん・だ・ッ・た


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明日の火曜の夜は堀まゆみさんと貴ちゃんのライブもあるんだけど…、こちらもパスでまったくもって申し訳ない。

2017-11-01

ブレードランナー2049

イオンシネマでなく、あえてメルパで観る。

世代の映画館。

"ブレードランナー"的な感覚でその方が好もしいし、ここはお酒など持ち込んで飲食したってイイ空気があるんで、イオンに較べて自由度が高い。

何といってもシートを指定せずともいい。はじめてそこで席を決める現場感覚がヨヨイの良いよい、だ。

と、それにしても…、客が入ってなかったねェ。


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初見の感想。

ハリソン・フォードがデッカードではなく…、あくまでもハリソン・フォードだった。

そのことに別に驚きはしないけど、歳月の流れを思わないではいられない。どのような役を演じようがジョン・ウエインがそうなったようにハリソン・フォードもまた押しも押されぬ…、というポジションに立ってしまったようなのだ。

さらには、これはどうしようもないコトだけども、1982年のオリジナル『ブレードランナー』に色褪せをおぼえないワケでもないのだった。

近年のボクの中で『2001年宇宙の旅』が退色しつつあるのと同様、経年による"薄れ"を感じて、これに少々アワ喰うのだった。

この2本の作品の価値が下がるという次第ではなく、テーマの深淵が浅くなる次第でもなく、ただただ時間による風化浸食を感じるワケなのだ。

これが人間のことなら、年齢を増して貫禄が出ちゃったり、顔のシワの中にその人のヒストリーが沁みて、結果、良い味になったりもするもんだけど、映画は残念にも歳をとらないから、逆にとらない分、味が薄れてくんだね。


だからボクは、『ブレードランナー2049』を眺めながら同時に1982年の『ブレードランナー』を重ね観てる自分の鑑賞法は、これはペケでしょう…、とは判りつつ、そこから離れられない次第でもあって、この続編の誕生に微かな拍手をおくりつつも、口惜しいような、汐が引いていく寂しさをたえず憶えているのだった。

だけどもまた一方で転じみるに、"強力わかもと"と"何か変なものが落っこちてるぜ"でほぼパーフェクトに打ちのめされた、未来のホンモノ感覚というか、その感触をこたびは望めなかった。

ビル一面の"強力わかもと"はその無名性がゆえポップカルチャーの最前衛に飛び出す破壊力を持ってたけども、こたびの街中の"SONY"の文字の躍りは、いかにも映画の出資者でございの厚顔がにじみ、かなり鼻白む。

喧伝されるホドにビジュアルはすごく、ない。


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音楽は文句なく素晴らしい。

ヴァンゲリスの前作を彷彿させつつ決して亜流とならず、踏襲と新展開の歯車がガチリと整合し、かつ強弱の振幅が巧妙で、とても良かった。


しかし、いかんせん…、2時間43分はながい。

前半のワクワクはその長さゆえ失速、後半にはもう、ない。

猿の惑星』やら『マトリックス』やらのシリーズご同様な、神格化された1個人と、それを頂点に2極化された(正しくは、ヒトと旧世代レプリカントと新世代レプリカントの3極か)闘争劇に収斂されていく物語展開が、ど〜にもありきたり。つまらなく、ブラックな衣装のレプリカント多数が徒党を組んでるシーンに、

ブレードランナーよ、おまえもか」

総じて申せば、鮮度が薄かった。


さて映画の話から一転…。


翌朝、自転車で転倒しちまった。

段差に気づかず…、あとのマツリ。

顔面から地面に落ちたようで、新調してまだ1年と経たぬメガネが壊れ、顔面はちょっとしたハロウィン

午後になって大きめの病院に出向いて治療を受け、あちゃこちゃレントゲンなどとって骨折やらヒビ割れを探してもらい、幸いそれはクリアなれど、鼻と口が腫れあがって…、なんとストローでお水が吸えない。

唇から顎にかけてが1番にひどい傷ということは、どうやら唇が最初に地面に激突した様子…。鼻と上唇の合間の皮膚は完全に欠損という有り様。

これはしばらくナンギ…、本日はお鍋を囲った小さな会合を予定していたけど、お鍋どころじゃ〜ない。

関係各位に延期の連絡を入れ、ちょっと放心。

「しばらくヒトマエに出られんぞ」

という心配よりも、現状では口を全開できずでゴハンが食べられない。

ブレードランナー2049』では訪ね寄った主人公をデッカードが一方的に投打した挙げ句に、「いっぱい呑むか」と気分換えるシーンがあったけど、あれほど殴られた後じゃ〜、口の中は大出血で大変、いっぱいどころじゃないぜ…、我が転倒とそのシーンをだぶらせて、

「ぃてててて」

暗澹を噛みしめてる。トホホ。


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※ 転倒し帰宅した直後の自撮り。