Hatena::ブログ(Diary)

月のひつじ

2018-01-30

映画画質

 

早や1月が終わりかけ。

ここ数年で1番に寒い1月でしたなっ、感触として。


過日、北風ピ〜プ〜冷たくふいてた午後。

駅前のビッグカメラ1階のTV売り場で、大型のそれらを眺めるにやたらに4K画質対応+HDR対応とかで…、ブルーレイ仕様の『ローグワン』と『トランスフォーマー』の最新作だかが流されてたけど、観ちゃ〜いられないねぇ。

TV画質が向上し過ぎて、そういう作りでない映画はどちらも造りモノ感ありあり。

映画の質感、だいなし。

背景も前景もクッキリ見え過ぎ、人間人形劇みたいで、すご〜く安っぽく見え、だんだん不快になっちゃった。


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それで、解毒として「映画画質」を眼に浸まそうと、すぐそばのメルパ岡山に出向いて、何でもいいや…、はじまってもう15分ほど経ってたけど『ジオストーム』なるSFをば、眺める。

途中から入り、終わり間際に、退出。

メルパ岡山は座席指定がないからお気軽。

でも『ジオストーム』はひどかったね。量産増殖中のCG映画の不良品って感じ。だからさっさと退出なんですが…、いや、そのCG部分は良く出来てる部類だけど、ドラマが甘〜いの。

弩級を謳いつつ、シュガー入れすぎな缶コーヒー的軽量。2時間半つきあったら糖尿になっちまうクラス。

エド・ハリスにアンディ・ガルシアといった大物が出てるというに、きっと彼らもこの映画にゃ不満だろうな。


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けどま〜、「映画画質」再確認の素材にゃなった。

いいなぁ、これだこれだって感じ。

程良き暗がりの中の適度な明暗のスクリーン。映画画質というより、環境を含めての、

「映画館画質」

だね。

もとより映画館での体感とテレヴィジョンでのそれはまったく別モノなハズ。館と菅の差異が検証されないまま「映像と音声」という括りで映画が放映されているから、思えば両者ともどもにお気の毒。

ま〜、それは置き、ともあれ、いまどきのTV装置はブリューゲルの絵を静止画で眺めるみたいな場合はヨロシイだろうけど、正直なところ、そのシャープさゆえに疲れまする。

リアル過剰で逆説にヴァーチャルっぽく、こんなの求めてたっけ? ってな感もジンワリ。今後さらに8Kだなんて…、いよいよ映画を観る装置じゃ〜なくなるっぽい感想、ポッと沸く。

2018-01-25

カッコ悪いのなんの 

今年イチバンの冷え込みっぽい本朝東京界隈は1970年以来…、48年ぶりにマイナスの4度ということらしいけど、ここ岡山も冷えびえ〜。

その寒気寒風の凍てつきをものともせずにペダルを廻し、朝の9時、シティミュージアムのM前館長がバイシクルでやって来る。

もちろん用あっての来訪ながら、我が自転車と館長のそれを眺めつつ、どう扱えば自転車はカッコ良いか、などなど…、早朝の濃い談義。

なかなか有意義


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それで一興。

今回は、カッコウ悪さについてを。

徒然に…。


岡山駅前の地階、一番街のスターバックス コーヒーの横を歩くと、よく眼にするのが…、窓際でラップトップを開いてるオトコの子。

岡山外のあなたの街や町にも、いるでしょ?

Macが多い。


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あれは何を、してるんだろ?

訝しむよりも、可笑しみと寒〜い感じがわく。

ボクはこれを、クール・ジャパンな光景と云う。

カッコ良い自分を演出なさっての行為と思うけど、正直…、自慰を見てるようで、ヨカ〜ない。


人間だれしも、カッコ悪いコトはしたくない。

けども、70年代に早川義夫が『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』というアルバムを出してたけど…、今も昔も同じで、カッコ良くやろうとの振る舞いが傍から見るとまっことカッコ悪いというコトがショッチュウ起こる。


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で、こういうのは常に我が事として思わなきゃ〜いけない。

色々な場所や状況などなど顧みると、そうすると…、何だかカッコ悪い自分が幾重と見える。

自分を客観視するのは難しいけど、たぶん、本人のみが気づいていないのがアレコレ多々いっぱい、あるだろう。

我が事を云うのも何だけど…、そも、"覚悟"せず、その場の情動でモノ云うところ、コトを起こしちゃうのがいけない。

一歩間違うとセクシャルハラスメントな嫌男(ケンオ)な空気すら、もたらす。アルコールが入るとその傾向度合いが高くもなる…。

よ・ろ・し・く・な・い


ちなみに、セクハラというような縮めコトバをボクは嫌いなんで、ここでは極力に省略造語を使わない。スマホ、キントレ、スタバネトウヨインフラだのだの…、縮めて得があるんかしら? エッセンスが凝縮されるんかしら?

ブレランと縮めるホドに長いか、『ブレードランナー』は…。

インスタグラムはグラムが重いか…?

せっかくの生麺を即席麺にすり替えるようで、カッコ悪くうつる。


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昨年に観た原田眞人監督の『関ヶ原』では、上記した、"覚悟"の上のカッコ良さという"気分"が隠れたテーマだったよう、思える。

同映画で描かれた主役級の人物はいずれも覚悟のヒトとおぼしい。

役所広司演じる下腹が異様にせせり出た家康も、対するオカダ・石田三成も、彼の配下となった女性の忍者・初芽もそうだった。

見てくれの家康は実に醜怪で奇っ怪ながら、そうであって、よ〜く考えると、アンガイと自己を貫くところが大なヒトで、まったく好きになれないキャラクターながら、ヒトのカタチとしては際立っていてそれで奇妙な魅力が放射されていた。あえてカッコ悪く振る舞うコトで逆説にカッコ良い領域に自身を持っていったヒト…、と解釈してもいい。

けども原田監督をしてうまく描けなかった"覚悟"は、敗北が判ってから逃走に至る石田三成の情動だ。

当時の風潮、当時のプライドの置き方で考えるなら、まず…、自刃だろうに、そうはせず、装束を変え、なぜ彼は戦場から逃げ出したか? それもただ1人で。

逃走の果てに再興があったと信じていたか?

まさか捕まることを前提にし、家康本陣の門前に引っくくられて坐らされ、そこを通る緒武将どもの本音の気持ちを知りたかった…、ワケはあるまい。

その部分の心のヒダヒダ、逃走に至る覚悟の深度が映像的にうまく顕わになったとはいいがたく、ボクにはただの迷走にしか見えてこず、袋小路刹那の遁走でもって三成の価値、強いていえば映画の価値もそこでカク〜ンと下がってしまうのだった。

捕縛後の三成が妙に毅然としているゆえ余計、筆の運びを違えたような…、カッコ悪さが残るんだ。

事実、史実としての三成はその逃走によって評価が確定しているようなところも大で、それゆえこの映画がそこの部分に何か新たな光をあたえるかもと期待したんだけど…。

DVDが -2/7予定- 出たら再見し、感想が変わる可能性もあるけど…)


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幸いかなボク自身は三成や家康の苛烈な状況を生きていないから、こうやってノウノウと書き進められるお気軽に甘んじてるけど…、ま〜、外野的には、それもまたカッコ悪りぃ〜振る舞いの典型か?

フィリップ・K・ディックが70年代に描いた、無縁な2人の人物が電脳的交錯でもってシンクロナイズして両者が破綻あるいは一方が大きく飛翔するというような状況に置かれて、ボクが三成と同期したら…、ボクは三成の心情を了解して自身もまた遁走するだろか? あるいは三成にボクが影響をあたえて、彼をしていっそう奇っ怪ながらカッコ悪くはない、あるいはもっとカッコ悪い行動にうつせたろうか…。

とま〜、勝手な空想をするのは、そうカッコ悪いことではなかろう。


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最近になってやっと観たアニメーショングスコーブドリの伝記』(2012年)は賢治の原作を大胆にアレンジしてかなり秀逸な描写が続いて高得点かと思いきや…、最後の最後、ブドリが自己犠牲でもって救済をもたらすクライマックスで小田和正の歌をながして全てをダイナシにしたのも、カッコ悪い実例とみた。

その"テーマ歌謡"でもって、映画全部がひっくり返り、眼もあてられない…。

自己犠牲という部分をあえてクローズアップせず、ブドリ君の日常を淡々と描き、その延長上でごくアタリマエの行為として彼がとった行動を描写していたから光明ありと思っていたのに、ベタベタベッチャリな歌詞でスッテンコロリン。


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この映画のナレーションは柄本さんだった…。変に感情移入しない淡々としたコトバの運びが素晴らしかった。

それでフッと懐かしくなって、某BARでの写真を探した。


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『不思議の国…』のチェシャ猫のような表情で故MIHOちゃんが肩にのっている。ボクの髪はまだ黒く、オーナーの頬っぺはふくよかでチャーミング。

撮ってくれたのは柄本さんの芝居を岡山で実現させたO森さんだったっけ。いささか記憶が薄い。

柄本さんは芝居を終えた直後で燃え尽きた感濃厚。役から本人に切り替えているさなかと思える。他者へのシンクロナイズから自分に戻ろうとしている表情だ。だから口数も少なかった…。

しかし、その姿、黙した彼はカッコウが良かった。役者の凄みをこの時ボクは知って、息をのみもした、

撮ってもう15年が経つ…。久しぶりに眺め、燃焼、持続、朦朧、沈静、覚醒…、そういった単語が舞い、それゆえこのアニメーションの歌での締めくくりを残念に思いかえした。


グスコーブドリの伝記』と同様なことは、例えば、山田洋次の『たそがれ清兵衛』にも云える。

ここでも最後の最後、井上陽水の歌声で奉じられる詩がいっさいをダイナシにした。

たぶん、これらは…、映画監督が音楽を過大に評価し、自身の作品のグレードアップと思っての器用か、あるいは、昨今の"実行委員会方式"での製作サイドの出資額によるパワーバランスな選択なんだろうが、内情はどうあれ、まったく、ダメ駄目ノーグッド。

それらミュージシャンの、"つまらないポエジー"が映画を破壊している。

叙情が歌手の情緒に流されてしまった。

なので、これはカッコ悪さの見本に価いする。


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DVDで『たそがれ清兵衛』を再見するさいは、井上陽水の曲が出てくる直前で観賞を、終えるがいい。

いまさら云うまでもなく音楽はボクにとっても大事な呼吸の1つだけど、使う用途によっては諸刃な危なっかし〜火種にもなる…。


で。なぜか今…、小山ルミの『さすらいのギター』。

D

こういうストレートで、淡いけどとてもエロい歌って、今はないねぇ。

これホントは、楽器のみのインストラルメンタル。フィンランドのザ・サウンズというバンドの1963年の曲。

原題は「Manchurian Beat」。マンシュリアン・ビート。

訳すなら、「満州の鼓動」といったところか…。

フィンランドバンドが何で満州なの? このタイトルじゃ売れないワ、との判断で邦題は意味さらに判らんチンな『さすらいのギター』。


D

それをさらに…、ガラリンコと違う内容な色っぽい歌詞を加えた1971年のカバーが小山ルミ。

ところがこれが意外や、なつかしく、逆にとても新しい。

とらえどころのない満州イメージより、ヴァージンロストのストレートな歌声がとてもヨロスィ〜し、邦題のギター云々は別にして…、エロい情景をあっけからんと歌って、いっそカッコ良さげ。


追伸:「グスコーブドリの伝記」をはじめて読んだのは中学生の頃と思うが、実は読み知るまで…、鳥の話と思い込んでた。

グスコーブ鳥


もう1つ追伸:片桐はいりさんに会えたかも知れないチャンスを逃した…。

 (>_<)

2018-01-20

庭先寒々

この前の講演からヒトツキちょっとが過ぎたけど、何か動き有りや?

S社のA記者から問い合わせ。

「この問い合わせこそヒット。動きじゃ〜ん」

笑って応対しつつ、明治の上之町界隈のこと、などなど…、やはりテキストだな、しゃべってばかりじゃダメじゃな…、小さくあせる。

対話後、小庭でユルユル喫煙。


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昨日今日とほんの少し気温がゆるんだっぽいが、冬庭は寒々しい。

日が射すと陰影がくっきりしてそれがまた余計、寒々しい。

夏秋は大いにおごって何度かトゲで痛いメにあって剪定もヤッカイな山椒の木も、トゲトゲしい骸骨のようで見るからに寒い。


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ささやかなビニール覆いも、半透明な寒色ゆえ寒々しい。

今冬は去年より寒い感が増量だから、庭先はあんまり眼にいれたくない。

とはいえ、どこに眼を転じようと冬は冬でしかないけど。


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ボンヤリしてるうち、中電工の車輌が3台やって来て、すぐそばで電線工事…。

何かを追加加工しはじめる。電線光ファイバーか鳥対策か何だか判らんけど、そうでなくともタコ足配線めいた混沌のビジュアルがさらに悪化するのは必然。


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葉のないユスラウメの後ろに屹立のツイン電柱途上国のそれのよう…。

昨年訪ねた吉備中央町重森三玲茶室の真ん前に居座った無粋な電柱を思い出す。いや、無粋とかでなく…、あれは犯罪に近似るよ、景観を殺していたもん。


無残やな 冬枯れいちがつ 眼に寒々(かんかん) 


いっそ雪でも降って下界を白銀に変えてくれたら束の間の新規を味わうだろうけど、ただ寒いばっかりじゃ荒涼が進むばかり。眼が楽しむ術がない…、と毎冬繰り返しおもう。


楽しむで思い出したけど、『フォースの覚醒』のディジー・リドリーの頬が『最後のジェダイ』ではふっくらしてたのが…、いけなかったな〜。

ドラマの連続性がそれで事切れちゃって、彼女のデビューに喜んでたので余計、残念。かすかな変化だけど気がかりな寒さをおぼえたもんだ。


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※ 『フォースの覚醒』時の絶妙な頬のライン。これが今作にないの…。物語が深刻になるんだから丸くなっちゃ〜いけないのに。


この前、K氏が星覗きの夜のことを教えてくれたけど、−8度くらいの低温になる八塔寺備前市の山中)界隈のアウトドアではiPhone電池がほぼ瞬時に消耗するらしい。

寒さに弱いんだな。ひょっとして北極南極では使えないのかも?


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※ 八塔寺付近。天体写真家・吉田隆行氏の「天体写真の世界」より転載


この先、車の未来はEV化に向けてまっしぐらなんだろうけど、だいじょうぶかな、EV車のバッテリー

寒冷地じゃ〜エンジンかからない、走行距離が伸びない、雪の渋滞でバッテリー消耗、エンジンストップでえらいコトに… などが頻繁に起きそうな予感。

ま〜、そんな技術的難所は数年も経てばきっと越えられるんだろうけど…、我がMINIはあと何年踏ん張れるかしら?


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このアナログの極地はいつまでも愛すべき対象じゃあるけど、この冬はオイル漏れ。

ごく僅かな滲み出ながら、塵も積もればでいつの間にやら駐車場の床に浸みちゃって一見大量出血の図。

これも…、寒い眺め。


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眼を転じれば…、ミス・ユニバースには会ってゴルフ談義にうつつを抜かせても、ノーベル平和賞NGO核兵器廃絶国際キャンペーン」のフィン事務局長の面会は断る政界トップの、卑小。

彼女たちの来日に合わせるように東欧に出かけ、北のミサイル脅威を訴える不可解。東欧諸国は北の1発どころか既に数千発のロシアン・ミサイルの脅威下にあるわけで、何をやっているのやら?

この冬イチバンのさむ〜い情景とおぼしく、実に貧寒。


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夏ともなれば「寒」の字に出番がないけど、冬場は「寒」が出ずっぱり。

ま〜、しかたない。冬があるから春を期待できるワケだし、その変化こそが大事とも思えるし、じっさい、ミニミニなハウスの中では、微かな暖を頼りに、

「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍んで…」

小さいのが待機中。


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2018-01-15

天体嗜好症

年始がらみのパーティなどなど、いわゆる宴会のコース料理。4000円から6000円といった価格帯が多いと思うが、集う人数が多くなるに連れて店の選択も狭まり、さてそうすると、若干の味の違い、カタチの違いはあれど、どの店も概ねで新年っぽいメニュー、同じパターン。宴会がかさむと、

「またかぁ〜」

食滞気分が濃くなっちまう。

集いはそれぞれが違う性質、違う方々との合流だから、そこはま〜ヨロシイけど、テーブル上のそそられる華やぎという点では、内心、飽・き・ま・す・な。


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※ 13日夜の某新年会でのお料理…。けっして悪くないし、市内中心でない沿線の店ながら若い店主がガンバッて良い印象、好感だけど…、え〜、まぁその…、申し訳ないが舌はあんまり動かない。


それで、やたら呑んでばっかぁ…、というコトになって、さらにイケない。

ま〜、これもお付き合いという気分まで捨てはしないけど、いっそ…、会費7000円も支払ったのに、各種サバ缶食べ較べ・2時間呑み放題・ド〜ンといってみよう…、というようなバカなメに遭遇したいとも密かに願望する。

最後に出たのが、

「シメサバ

というようなメに遭えば、それはそれで語り草になろう。


そんなパーティ系列なハナシではなく、ごくプライベートでのささやかシンプルな茶話会。

茶菓子にコーヒーティー。

毎年1月恒例な、K夫妻との我が部屋でのティー・パーティ


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K氏ときたら、ちかごろ休日となると夜毎に外出し、朝帰り頻繁のヒンシュクもの…、と云ったらウソになる。

行動はその通りながら、実は、星覗き。ヒンシュクなし。

天体望遠鏡を車に積み込み、暗さが確保できる場所、例えば備前市の八塔寺とかとかへ、イソイソ出向いちゃ、夜空にレンズを向けてらっしゃる。

で、下のような写真を撮る。


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※ K氏ことkuyama殿下撮影のM45星雲(プレアデス星団)。和名でいえばすばる座だ。


これを最初に見て…、正直、麺喰らったじゃなくって、ガツ〜ンな衝撃に近いメンくらいをおぼえた。

よもや、このような写真が撮れていようとは思ってなかったんで、

「うっそ〜!」

ビックリ・シャックリ・クリリンめだま。

「近年は廉価でも精度の良い望遠鏡やら装置があるんです」

とのこと。

そこでこたびの茶話会では、その辺りの消息をば聴き出すべく、根堀り葉堀りでアレコレ尋ねぬいちゃ〜、頭上に、

「!!」

ビックリマークを描いてた。

(廉価とはいえ、K氏も結局は装置一式に100万を超える大枚を費やしてるようで、やはり、!、ビックリマークですが)

夫妻の方は、こちとらのでっかいミレニアム・ファルコンにおったまげ〜ション、やはり、

「!!」

ビックリマークなのだったから、お相子だ。

かたやナチュラルなユニバース、かたやSF系ユニバースな模型、

「宇宙つながりでござんすなァ…」

などと北叟笑んで茶をすする。


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※ 8割方完成のM・ファルコン。残り2割は数ヶ月後にまた作業する…。熟成が進むのを待つワケだ。(むろん模型が熟成するわけはない。ボクの頭の中での模型との距離の熟れ頃合いという意味)


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※ K氏撮影のM33星雲。地球からの距離はおよそ300万光年


ワオッ! 300万光年の彼方…。

ということはこの写真は、300万年前の姿を今直視しているということなんだから…、星覗きというのは奇妙な時間旅行そのものだ、よね。

その300万光年の間には、写真に映ってる光点の1つか2つが消滅してたり大変化を起こしてたりもしてるワケで、でもそれが判るのは…、2018年の300万年先なんだから…、実にまったく言語道断な奇妙さだ。

写真に映る赤や青の光点はいわば1つ1つが太陽なのであって、その周辺には多数の惑星が周回していようから、光点の1つが消滅ということは当然それに付随の惑星たちにも大きなドラマがあるということだから、フ〜〜〜。溜息出ちゃうね。


いったい星の魅力というのは、何なのだろう?

その瞬きやら運行を思うと、地表上のアレコレな紛争やら闘争やらの政治的動きがまことにバカっぽく卑小に見えるのも自明だけど…、夜空の星々と空間には悠久の時間が潜んでいて、そこの消息に近寄りたいがためにヒトはついつい見上げちゃうのかしら…、などと若い頃に思ったこともあるけど、いまだよく判らない。

稲垣足穂はそこを「天体嗜好症」という造語で埋め合わせ、感覚言語の嚆矢とした。

うまいね、見事だ、素晴らしい。

けどもこれはあくまで感覚を文学的に表現したもの、感覚そのものを説明したものじゃない。


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だけども…、そもそも感覚は説明しなきゃ〜いけないか?

とある女の子を好きになったとして、その感覚を解説しなきゃ〜いけないとなると大問題。理論や論理で女の子を好きになったワケじゃないはずで。

それと同様、星を見上げる行為に解説やら註解は不要なり、だろう。

などと書きつつ、それでも何か、星を見上げるその行為の意味はまさぐってみたい。

『はるかな昔、遠い銀河系の彼方で…』

と、前置かれてスタートするスターウォーズ・シリーズを観ちゃうのも、その線上の、ボクなりの"星覗き"なのだろう。


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※ NGC4565と番号がふられている銀河。K氏撮影。

こういう写真たちを眺めると、どんな想像空想だって出来ちゃうね。


天体望遠鏡・追尾装置(赤道儀)・カメラ・モニター・パソコン…、次いでPhotoshop

今、天体観測ではPhotoshopはかかせないアプリケーションであるらしい。

骨まで凍える夜空の下で数分の露光を経て像が結ばれ、輝度や色調をPhotoshopで補正する。

ボクのような結論をいそぐ面倒がりには、ちょっと出来ないし、先夜ちょうどボクがとある夜会でチャカポコ呑んでるさいにも、彼は八塔寺のマイナス8度の低温の中、足先やら指先が凍えるのを堪えて写真を撮ってるんだから…、恐れ入る。

けども、手持ちの機材の中に天体画像が結ばれる刹那の気分は、

「やった〜!」

熱い歓喜そのものなんだろう、な。

Photoshopで補正するというのは、撮影者の意志というか主観を挿入するということでもあろうから、ただ撮影したというより、そこでアートに昇華させる力が強くはたらく…。

写真を完成させることで想像主になるワケだから、満足の度合いはたぶんに深そうだ。

が、それでいてやはり、被写体たる天体そのものは手が届かない遠方にある次第で、常にある種の物足りなさというかもどかしさというか…、もあろうかと思う。

ま〜、だから…、ミレニアム・ファルコンみたいな宇宙船が想像されて自在に天体間を行き来してみたい、みたいな願望もまた産まれるんだろな。

…などなど、なかなか形而上的優雅なおハナシをば進め、およそ3時間越えの茶話会を閉じる。


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※ 輝度が高すぎで明る過ぎの船体下部のLED照明…。

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※ 上2枚、内装の1部。


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※ NGC4565ノートリミング版。K氏撮影。


K夫妻はいつも良い刺激をボクにくれる。ところどころで脱線ぎみに政治情勢などな形而下的オカズをいれつつ、あっという間の数時間。毎年思うけどこのティーパーティの時間の進みは尋常でない。異様に早い。

時間は一定不変じゃ〜ないぞと毎回勘ぐるけど今回は、夫妻帰宅後、「宇宙時間の官能」というフレーズが点灯。

2018-01-09

なぜSW…


ジョン・ヤングが亡くなった。

享年87歳。

と書いても、ニール・ヤングは知ってるけど、誰?

概ねこの人物を知る人は少ない。

でも、ボクにはヒーローの1人だったから、

「また地上の星が消えた」

哀悼しつつ、寂しく思う。(没したのは5日)


彼は、ジェミニ計画時に2回宇宙に出、次いでアポロ計画でも2回、さらにスペースシャトルで2回と、60年代からなが〜くNASAで活躍した宇宙飛行士だ。

なぜヒーローかといえば、この人の反抗的振る舞いに好感していたから…。

巨大な体制の中の限りなく上層にいながら、ジョン・ヤングは名の通り、若さを、怒れる若者の気風を失わない人だった。

1965年ジェミニ3号でのフライトではこっそりサンドイッチを船内に持ち込んで喰い、当時の常識であった宇宙では練りハミガキのチューブみたいな液状食品でないとダメに反撥をみせてNASAを揺さぶった。

アポロ10号での月着陸への予行演習(月面に降りなかっただけで次の11号と同じ飛行行動)ではNASAが"科学的"に準備し推奨したビタミン補強としての船内食料の1つオレンジに対し、

「食すたびにガスがたまり、とても臭いオナラが出る。極小の閉じた空間で3人の男が10日以上を過ごすコトを考えろよ」

フライト後、医療関係者に盛大にイチャモンをつけた。

後のNASA用語のオレンジ警報(Orange Alert)はこれが語源というジョークもある。

スペースシャトル計画がはじまると、計画の卑小さを徹底して批難し糾弾した。

けども、シャトルの第1回めの試験飛行のさい、はたしてグライダーとして機能するのかしら? 危ね〜ぜ…、の声をよそに、彼はコロンビア号の船長として搭乗、見事に操縦して重責を担い、シャトル使用の道を開いた。


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この人の、ただの文句野郎ではない気質がボクは好きだった。

NASAを運営する方々や現場の方々にとって、たぶんジョン・ヤングは煙たい存在だったような気がしないでもない。

けども、例えば転じて『スタートレック』のカーク船長の振るまいを眺めれば、会社(軍)のいうコトを何でも素直に受け入れるのではないヒネクレが、カークをカークたらしめているのと同様、ジョン・ヤングはそのモノ言いによってヤングをヤングたらしめ、結果として組織を強固にする粘着材的存在だった…、とそう思えて、な〜かなかこの人、頼もしくカッコいいのだった。

神経質そうなその顔立ちも好感だったし、そこに濃い印象が残って、ボクの眼にはいわば"名優"の1人として映えていた。

あらため謹んで、冥福をいのりたい。


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※ 月面で星条旗に敬礼するジョン・ヤング船長(1972年4月のアポロ16号)


さてと…。

1月は各種パーティの月。大小の集いが幾つかだけど、それは置いて、ジョン・ヤングの訃報を知ったゆえ…、宇宙がらみで、今回はすすめる。


最近のこのブログを読んだか、

スターウォーズお好きなんですね〜」

先夜、某にそう云われ、むず痒くって苦笑した。


だって、ダースヴェーダー誕生篇たる99年から05年にかけての3本はDVDすら買わないほどに評価しちゃいないし、シリーズを通してフィーバーしているワケでもなく、平たく好いてるというには遠い。

だから、その指摘がむず痒ゆかった。


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なるほど、はるか前の第1作や2作目が公開された頃は過熱し、夢中になりましたァ。身辺にはSW関連なグッズも点在する。

けども回を増すごとトシを増すごと冷却が進んで、遠縁の子を眺めてるようなクールダウンした気分の方が、今は高い。

ジョン・ヤングじゃないけれど…、賛同でない批判の立ち位置に往々にして、いる。

だから苦笑した。


1977年 新たな希望      70点

1980年 帝国の逆襲      75点

1983年 ジェダイの帰還    45点

1999年 ファントム・メナス  5点

2002年 クローンの攻撃    5点

2005年 シスの復讐      3点

2015年 フォースの覚醒    55点

2017年 最後のジェダイ    50点


点づけるなら、ま〜、こんな感じ。(スピンオフ作品は省く)

SFとして評価できず、ファンタジーっぽいスペースオペラとしても評価できず、要はシリーズでなく単品で、せいぜい最初の2作があれば…、それで良いという程度なもんだ。


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工作を進めている模型とて、これはある種の卒業製作みたいな気分が濃ゆいし、ミレニアム・ファルコンという宇宙船が好きなのは、これがCGでなくって模型撮影されたアナログ時代のモノだから…、だろう。

マペットのぎこちない動きのヨーダがCGのヨーダよりはるかにチャーミングだったのと同様、スターウォーズにボクは手作りな感触を欲くしてるんだろうな。

撮影で使われたオリジナル模型の、その同寸のレプリカという点も、好もしい。

ま〜、もっとも…、そのサイズと重さゆえ、工作にナンギしてるワケだけど。


だから熱狂して映画館に出向いてるフアンではなく、とはいえ、ウダウダ書いてるところからして、嫌いでないコトもまた確かで…、スターウォーズはある種のバロメーターとして"機能"しているような気がしないではない。

若い頃に体感した熱の残滓が新作があるたび古傷が疼くように少しホットになるみたいな、そんな感もチラリ。


宇宙モノで…、大好きで〜す、と云えるのは、たとえば1954年の『宇宙戦争』あたりかな。

当然に映画館で観たワケでなく、中学3年の頃に自宅の白黒TVではじめて見て…、ビックラこいたよ、これには。


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火星からやって来たマーシャン・ウォー・マシーン(侵略戦闘船)のデザインが秀逸で完璧。

友好出来ると信じた牧師が瞬時に焼かれるシーンや、その後の圧倒的な戦力差の描写、パニックに陥ったヒロイン、原爆を使用して対峙したものの平然と浮遊するマーシャン・ウォー・マシーンの描写、暴徒と化した人間の悪性、追い詰められた人々が無力と判っていても教会にすがる描写などなどなど…、今観ても、どのシーンも素晴らしい。


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マーシャン・ウォー・マシーンが複数のワイヤーで吊られているのは画面上でハッキリ見えてしまってるんだけど、そこもまた良くって…、結局、それを見てるコチラは頭の中でワイヤーを消去しつつ観賞してるワケだ。

だから、映画に"参加"してると云ってイイ。

この"参加"が映画のツボかも知れない。

今時のCGは、その参加を拒んでただ見せてくれるだけでね…、つまんないのさ。

スターウォーズもそうだ。


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今、ミレニアム・ファルコンのでっかいのを工作しているのは、そうやってボクは、いまさらに"参加表明"を行っているようなもんだ。

むろんキットをキットのままに組み上げるみたいなツマンナイことは、しない。

改造し、追加し、頭の中のミレニアム・ファルコンをカタチとして掌握しきりたいワケなのさ。

映画のプロップ1つに哲学出来ちゃうホドの年齢に達して…、哀しいような悦ばしいようなゼッタイ的自己同一矛盾的おかしみもおぼえるけど、でも、ま〜、数歩さがってみれば、多くの方にはど〜〜でもイイこと、

スターウォーズお好きなんですね〜」

一言で括っちゃえるようなモンですけどな、こういうのは。

2018-01-04

始動

大晦日に恒例化した、4人での「ゆくとしくるとし」。

こたびは某郵便局長君とのスケジュールが合わずで3人に。

3者ともども『最後のジェダイ』を観ているので歯車の回転が速い。

共通見解は、

スターウォーズ的混乱」

そう、かつての『帝国の逆襲』で描かれたルークとダースヴェーダーの血縁関係暴露での、そのルーク・スカイウォーカーの、

「ノ〜〜〜〜!」

の叫びでもってこのシリーズは混沌世界に堕ちちゃったという見解。

そこをネタにキャラキャラ笑ってる内に2017年2018年に変化。


より濃くなった混沌の、予測不可能な年がスタート。


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あっ

という間に過ぎる三箇日。


やたら早起き。

朝からお屠蘇。というか燗酒。

銚子が3本4本…、良い具合良い調子にすすんで餅。

4つか5つ。


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赤らんだ顔を窓辺に寄せ、陽が射し、翳り、また射してくるのを眺める。

甘い午睡。

どこにも行かない。

詣でない。

何も買わない。

喰っちゃ〜寝・くっちゃ〜、ネ。

それが我が正月。


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そういう次第なので4日の、酒と餅のない朝はチョイ寂しい。

でも〜、メリとハリ。

お屠蘇と餅はまた来年につなげばヨロシイ。正月以外は餅は食べないので、いわば362日のガマンなり。

しかし、4日の早朝は三箇日にない冷え込みだな〜、と体感したらアンノジョウ、庭池が凍ってる。

県北やらの寒冷地じゃ、こんなのは薄氷に過ぎないけども、なんだかちょっと正月っぽい。


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今年は、自分の1部の振る舞いを反省しキモに命じて抑制し…、是正に努める。

と、自分に願かけ約束す。

自転車転倒の後遺症じゃ〜ないけれど、モノとヒト、わけても後者との…、距離の測量間合いを慎重に。

と、そういう次第。


さっ、ゆるゆる始動。

年末からテーブルを占拠したミレニアム・ファルコンに若干の工作。

改装と久々のコンプレッサー塗装。


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年明けから卓上は混沌の極み…。