Hatena::ブログ(Diary)

月のひつじ

2018-10-21

明治お肉史 part.1

今回は11/17の講演内容に触れようとも思ったけど、チョット浮気。

明治の頃のお肉についてを。


ご承知の通り、明治になって日本は牛食するようになった。

ヒンドゥー教徒ジャイナ教の方が多数のインドなどの国が牛食を、イスラムの方々が豚食を今も基本的に忌避するのとは違い、明治になった日本は海の向こうからやって来た慣習にアンガイ容易にのっかった。

西洋人の振る舞いをコピーした。

日本の牛食のスタートは横浜だけど、といって、彼ら西洋人が日本の農家から牛を仕入れたかといえば、そうでない。

西洋人が当初日本で食べたのは彼らの船に積んで持ち込んだ肉であって、仕入れの先は隣国・清の港だ。

(腐敗防止には氷を使った。ボストン氷といい、はるかボストン港より横浜港まで運ばれた。当然に遠距離ゆえ溶解率も高くて高価だが、やがて医療目的でこれは日本でも販売され、やがて明治20年代にはかき氷に転用される)


大昔、卑弥呼の時代にこの国に牛はいない。馬もいなかった。

魏志倭人伝』は卑弥呼の都に牛馬がいないコトを奇異な光景として記述した。

やがて大陸から運ばれ、家畜として定着をする。平安の頃には牛車に使うなど、あたりまえに存在するものになる。


江戸の時代、日本の農家は、なるほど牛を飼っているし、売買の対象でもある。

けども、それは喰らうものじゃない。

農業にとって牛は労働力として大事なものだから、母屋に住まわせている。

田畑では酷使するものの、夜は、1つ屋根の下、半ば家族的なポジションに牛を置いてるんだ。

だから、それを食べるために売ってくれ〜には、ひどく拒絶した。

ましてや肉食はご法度、いけませんというコトになってもいたから、山くじら(猪肉)や鶏(かしわ)は食べても、牛肉は心理的にも生理的にも食卓に登るものじゃなかった。

肉提供の最大の抵抗者は、牛を飼育している農家だった。


元治元年(明治元年の7年前-1864)に幕府は、洋人の食に対応するため、横浜居留地海岸通に屠牛場を設ける。

しかし、上記の通りのありさまで近隣から牛を入手出来ずで、屠るとは知らせずに神戸界隈から牛を買い取って運んだという。

今のABE政権もそうだけど――いわば外圧に晒されるままに国民を騙す。牛を供給できるカタチにもっていったワケだ。


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けどもま〜、好事家多し……。

一方で日本人は知らないモノへの興味の眼圧も高いんだ。

西洋人を真似てオコボレを頂戴するように居留地で食べてみりゃ、これがメチャに旨かった。

外圧どころか、旨味を知った舌が一変し、今度は内圧となって、「もっと喰いて〜」の声をあげさせた。

その声とほぼ同時期での開国だ。欧米文化こそがイチバンじゃ〜んという短絡で急峻な大波がドバ〜ッとやって来た。

政府自ら、西洋化の体裁を整えるようにして、「牛食は滋養豊富ナリ」と推奨するに至る。

結果としては「神戸のウシはうまい」という、いわばブランドとしての地域特性が牛肉に加わわりもする。

いわば、180度の大転換、ビッグバンが生じたワケだ。


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その明治元年横浜創業した串焼き屋「太田なわのれん」は、炭火の七輪に浅い鉄鍋をかけ、牛肉ぶつ切りを味噌で煮、さらにネギを入れて肉の臭みを消すという方法を産んだ。

店先にのれんを掲げ、「うしなべ」と書いた。

これが牛鍋の最初の事例ではないけれども、文字として登場させたのは、この「太田なわのれん」だったようである。

そう……、ギュウナベではなく、ウシナベと云ったんだ。

で、アレヨアレヨという間に、鍋で牛肉を食べさせる店が横浜から東京へと増えてった。

肉を薄切りするスライサーなんかナイ時代だし、屠牛場も増えはしたが、鮮度という一点は曇ってる。

それで味噌で煮て匂いを消すが、ほぼ定番化した。


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けども、ウシナベという単語は広まらなかったようだ。

明治5年に仮名垣魯文が『安愚楽鍋』を刊行した。

これは東京で大流行の牛鍋屋に出入りするピープルを滑稽な筆致で描き出した怪作で、今となっては当時の生活を知る良い参考書でもあるのだけど、ウシナベという表記は少ししか出てこない。

なんでも縮めちゃって云う江戸の気風がそうするのか、東京ではウシヤと云っていたようだ。

牛店、あるいは牛鍋店と書いてウシヤとルビづけされている。

時にナベウシなる表現もある。

断髪令が発布されたのは明治4年だけど、明治5年の同書の挿絵をみると、髷を結った者、ザンギリにした者、いずれもが七輪に小さな鍋をかけている――。

ご飯は添えない。酒と鍋だ。


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記述を読むに、店の呼称より、もっぱら東京ピープルの関心は、肉の鮮度のようである。

「濱(はま)で屠(し)めたのをニンジンと湯煮にしたのを食べちゃア、実にこんなうまいもんはない」

と同書に、ある。

横浜から東京への距離が、まだ汽車のない時代の物流速度が、そのあたりに潜んでる。

同時に、これは味噌煮でないことも判る。

湯煮た後、醤油をかけたか、あるいは醤油で煮たか、味噌ダレだったか、いささか定かではないけども、少し年数が経って、ルポライターの先駆者とも云われる明治のヒト篠田鉱造の『明治百話』には、

 明治二十年頃の四谷三河屋(牛肉屋)へ、月四回は欠かさず、掛取りや注文取りの帰りがけに押しあがって、杯一を極めるのが、番頭の約得、三河屋のおかみさんはよく知っていまさァ、ある日押登るなり、女中に向かって「姉やん、鍋に御酒だ。ソレからせいぶんを持って来てくンな」と吩咐けたら女中は怪訝な顔をして、帳場へ往ったものだ。おかみさんも解らないので、こりゃ解らないのが本統さ「何でございます。せいぶんと抑しゃいましたのは」と、ワザワザ問い合せに来たので、大笑いだった「ナニサ、玉子のことだよ。せいぶんをつけるからさ、この山の手では流行らねい言葉かい」と言ったもんだ。

※ 岩波文庫・下巻「集金人の約得」より抜粋。


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ここでは生タマゴの活用が新規なものとして描写されている。

たぶん、明治20年頃にはもう味噌煮でなくても大丈夫な、鮮度を持った牛肉が市中に出廻っているのだろう。

ナマタマゴを使うことは、明治20年代になってやっと始まったらしきコトもこれで判る。


我が岡山で牛肉を食べさせた第1号は、可真町(千日前付近の旧名)の『肉久』と云われる。

肉久と書いて、ニクキュウと読む。

開業は明治8年頃で、珍しくもこの店では椅子に腰掛けるカタチで座敷ではない。それで「座敷スキ」と後に呼ばれもした。

牛肉にネギやその他を含め、タマゴ1ケがついて1人前5銭。

「すきやき」の名と、ネギ以外の諸々を一緒に煮る方法は関西がスタートなので、『肉久』はその関西スタイルだったろう。

この店を紹介しているのは当時出版された『岡山商工往来』だけど、当時の様子を描く別の本では、上之町(現在の天神町)の『和久七』が第1号と書かれていたりもして、どっちが1番だか2番だかよく判らない。

『和久七』は今は実に瀟洒で感じの良い写真館『島村写場』になっていて、2階のスタジオでパチリと写真を撮影してもらえるけど、同家には、明治の『和久七』時代の鉄鍋が現存する。


ウシナベ→ウシヤ→ギュウナベ

この名前の変遷を、ボクは面白がってる。

この岡山じゃ、そこはど〜だったろう?

というのが『亜公園』の中にも牛鍋屋があったんだ。

『和久七』から直ぐそばだ。いわば競合店だよ。

ご両者、鍋を当時、どう云ってたか、ウシナベかスキヤキか、そこを想像してるワケだんわ。


それともう1つ――牛丼のみがギュウドンといってウシドンじゃないのに、豚丼や鶏丼はなぜブタドンにトリドンなのか?

音読み、訓読みのこの分別化がわからない。

さらには、「親子丼」や「他人丼」や「木の葉丼」といったやや美しくって優しげな響きある単語を編み出した方々の俊才っぷりにも興味をもつ。

親子丼」をオヤコドンブリじゃなくオヤコドンと命名したのは、どうも明治17年頃の神戸を起源とするようだけど、ふ〜〜む。

どうでもヨロシイことだけど、ちょっと、どうでもヨクもない。


〜続く〜

2018-09-21

聊斎志異

雨中の午後、カサさして、今月29日の「ちゅうぎんまえジャズナイト」のための、地域への挨拶とお願い。

市の文化担当者さんと共に、複数の町内会長やら地域企業を順次に巡る。

全国津々浦々の屋外ライブイベントは、きっと似たような挨拶やお願いを裏方がやっているんだろう。地域の方々の協力なくしては屋外イベントは成立しない。

でもって、お天気が常に問題。だんとつ協調から遠い。

だから、当日だけは降ってくれるな…、との思いが募る。身勝手だけど、ま〜、これだけはしかたないのだテルテルボーイズ。


挨拶廻り後、会場となる中国銀行本店前近場の「倉敷ぎょうざ」で餃子1パックをば買う。

程よいニンニク加減がわが好み。焼き立てをハフハフと口の中で転がしつつビールで流し込むのが好き。

雨中行軍の自分へのご褒美じゃ〜ん、なんて〜コトは思わない。自腹きってご褒美もあるまい。

本場中国では餃子といえば水餃子だけど、個人的には何といっても焼き餃子

麺に炒飯に焼き餃子。この3点でもって我が中華は完結しちまうのだッチュウカ。


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その中国で生まれた…、『聊斎志異』を複数、持っている。

およそ400年前の作家・蒲松齢(ほ・しょうれい)の作品集。聊斎(りょうさい)は彼の書斎をいい、聞いた話やらを書きとめつつ創案で膨らませ、その書斎で綴ったもの。


大きな活字で読みやすいけど全話をギュ〜ギュ〜詰めにしちゃってるからとっても重い大判のは書棚に置き、お手軽サイズな文庫版を別室ベッドの横に置く。あっちでも、こっちでも…、読めるように。なので複数。

実際は500話を越えてるんだっけ?

日本で流通しているのはその内の半分くらいの翻訳かなぁ?

小篇の数は忘れたけど、1分内で1話読めるのが多数なのがいい。

餃子のギョの字は拾えないけど、人がいて、怪異あって、ヘンテコな展開となれども、それを実に淡々と僅かな文字数で記してあるだけ…、といったら過言だけど、その淡々っぷりがいい。

就眠直前に適当にページを開いて、そこにある小篇を1つか2つ読んで、お・や・す・み、だ。


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いっとき杉浦茂にハマってた頃は、彼の『聊斎志異』にも眼を通したけど、とても残念なことに杉浦ワールドと聊斎志異ワールドは、同じ異界ハナシだというのに相性が悪かった。

上中下の3巻描き下ろしの予定が2冊は出たけど下巻がとうとう出版されなかったところにも、不首尾がうかがえる。

惜しい話だけど、しかたない。『聊斎志異』の奔放と杉浦の奔放は方角が違うものだった。原作を杉浦的に翻案しようとすればするほど、両方の魅力が崩れてった…、という感じだった。


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その点では諸星大二郎は天晴、『西遊記』なども含め中国の古典の奇っ怪をよく咀嚼して、実に味わい深い。

たぶん、そのコマ運びの突き放し方がうまいんだと思うが、彼の中国もの、『西遊妖猿伝』を含め、『諸怪志異』も『碁娘伝』も『太公望伝』も…、ベッドの横に置いてる方が、安眠しやすい。これもまたページを選ばず、開いたところを眺めてる内にトロリンコ、お・や・す・み、だ。


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ま〜、そういう本をベッドに置いてると、時折り、影響が夢に出る。

弓の名人がいて、その人の警護でボクを含め複数が彼を取り囲んで、遠方まで旅してる。

途中で敵の弓矢が飛んでくるのを、コルクを分厚く表面に張ったカサでふせぐ。

名人を中心に置いて我らがカサをさして、守るワケだ。

飛んでくる音はしない。ただカサに弓が刺さる感覚のみ。

夢なのに、コルク張りのカサが実にうまく描写される。

けど、押しくら饅頭みたいになって、歩きにくいったらない。

そのうえ、密集してるから暑い。

7〜8人で亀の甲羅の役をやってるワケでボクはその内の1人だ。

「あと6里だ」

誰かがいう。ということは後24キロも…、その状態で歩かんとイカン。

それはいかん。やってらんない。

と、うまく場面変わって、お城の中で弓の名人から、「ごくろうさん」とか云われるシーンになる。

コルクのカサには弓矢がいっぱい刺さってる。

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と、また場面というか印象が変わって、なにやら長老みたいなのが、

「それらの矢は我が方が賜ったもの。だからこの国では矢は作らなくていい、流用して使うべし。で、1本は警護の者が取って持ち帰ってヨシ、イワシを干したのと一緒に玄関に吊って家宝にせ〜」

ワケわからんことを云い、その横手イワシ販売の屋台が出てる。

それでオシマイ。

実に『聊斎志異』的な小咄だと、目覚めてニッタリ笑う。

が、すぐに、も少しパンチが効いたオチが欲しいなぁ、などと残念だったりもする。

けど、そうやって覚えてるのはごくごく時たま。

たいがい目覚めた途端、消えてっちゃう。

ま〜、そこが中国幻想譚の影響っぽいところ。淡いはかなさというもんだ。

消えることを惜しんでもしかたない。


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ハイ、ぎょうざ。写真でちょっとおすそわけ。

1パック40ケだからね…。2夜、愉しめるよ。

2018-08-26

似た顔

ときに、とてもよく似た顔を見ることがある。

最近だと、『刑事フォイル』のサム運転手と、『007 スペクター』のヒロインが劇的なほどに似ていて、あとで調べてみるまでボクは同じ女優じゃな…、そう思い込んだりもした。

前歯中央の歯と歯の間に隙間があるところ、目元とその視線、プローポーションなどなど…、あまりに似てるんで、同じ俳優じゃな、と喜んでしまったワケなのだ。

映画『影武者』で家康や信長の間者どもがたいそう訝しみつつも、ついに「まちげ〜ねぇ、ありゃ信玄公よっ」断言したように、相似としてではなく、本人だ〜ァな見極め確定だったワケだ。

しかし残念にも、違う役者だ。

妙な気分をちょびっと味わったことはいうまでもない。


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※ 『刑事フォイル』のハニーサックル・ウィークス

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※ 『スペクター』のレア・セドゥ。


かつて平安時代の中頃、能因という歌人がいた。いわゆる中古三十六歌仙の1人だ。

能因法師と書かれることが多い。公家に産まれ、どこかの時点で出家した。

出家したといっても、公家は公家だから、基本は「あそび」の人であったろうと思う。そも、宮中の女流歌人の伊勢に憧れ、かつて彼女が住んだ摂津に転居したというアンバイだから、日々、歌詠みして過ごせる楽勝の趣味的人生だったような気がしないでもない。

けれどまた、このヒトが思わぬカタチで「努力」していた点で、滑稽というか、愛嬌あるヒトと思えて、それで印象を濃くして久しい。


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※ 佐竹本三十六歌仙絵巻より。伊勢。


彼の歌、

「都をば 霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関」

は高名だが、ちょいと後に、

「都にありながらこの歌をいださむことを念なしと思ひて、人にも知られず久しく籠もり居て、色をくろく日にあたりなしてあと、「みちのくにのかたへ修行のついでに詠みたり」とぞ披露し侍りける」

と、「古今著聞集」に暴露されている通り、実は陸奥(みちのく)の白河なんぞには出向かず、都に隠れて日焼けにいそしみ、さんざん色が黒くなった時点で、

「いや〜、大変でしたよ」

公家仲間らの前にあらわれて、上の歌を披露したという逸話が、なんとも愛嬌あって、ボクは好きなのだ。


京都方面から陸奥を旅したというなら、おそらく1ヶ月ほどは、留守ということになろう。その1ヶ月を自宅に隠れ、行ったように見せるためにこっそり庭で日焼けに努める…、その姿カタチが愛嬌だ。

行ったコトにして、歌にハクをつけてるわけだから、これは大変な「努力」といっておかしくはない。

だから当然に、ご近所の方は、

「あれ? 今の能因さん? でも、旅に出てらっしゃるハズ、他人の空似かしら」

チラッとは彼を目撃し、そのたんびに、似てあらざる人を思ったんじゃなかろうか。まさか本人在宅とは考えもしないんで…。

それに色が黒かった。色の白さこそが公家たるを証す大事ポイント、白い顔をさらに白粉で塗る入念さだ。

色黒の公家というのは、ありえない。

「やっぱ、他人よ」

ここでは、別人だろうと確定的に見極められたワケだ。


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※ 白河神社参道。福島県白河観光情報HPより


この可笑しみを歌舞伎にしちゃったのが岡本綺堂だ。

大正9年に帝国劇場で初演された彼の作品は、ずばりタイトルが『能因法師』だった。

現在は岩波文庫の『修善寺物語』に収録されているから容易に読める。

自分の歌にハクづけるために日焼けにいそしむ能因は、お仲間の1人に在宅がばれ、そこからドタバタがはじまり、やはり歌で有名になろうとしている加賀なる女性とその連れたる愛人までやってきて、悲恋を題材にした歌が出来たので、そのハクをつけるために愛人に別れて欲しい、そうでなければ悲恋の歌が嘘っぽくなる…、と能因を上廻る可笑しなことを云い出して、いよいよ舞台は大笑いな座となるというハナシだ。


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岡本綺堂のこの1編でも、「似た人」というのが主題を盛り上げる道具になっているのは云うまでもないことだけど、能因の「苦労」あって、彼の歌は今も残っていると思えば、ま〜、平安時代の公家とその周辺というのは、かなり可笑しく、かつ可怪しい。

実の生活よりも、1つの歌にかけた、文字通り、”賭けた”、エネルギーのその使用法が、どうにも愛おしい。


そういう、ど〜でもイイことを、マ〜ちゃんこと茂成氏ともっと笑いつつ話したかった。

先週土曜に贈った本はここで紹介のものとは別なものだったが、マ〜ちゃんはたぶん読まないままに逝ってしまったろう。

南無三こんなに早くとは夢々思っていなかった。

残念でならないが、しばし、彼が残してくれた滑稽な話をば思い出し、クスクス笑おうと思う。

なので今回は能因法師を…。

諧謔を好む人だったゆえ、哀悼しつつたむけとして。


が、以上を書きつつ、ちょっと考えてしまうのだった。能因法師ははたして最後まで隠れ通す気がホントにあったのかと…。

途中でバレることを前提に、どこかの時点でバレるように行動し、自身を笑いの矢面に立たせるコトで話題作りを兼ねさせて、逆に歌の秀逸を目立たせようとしたかも…、と勘ぐった。

行かなかったことで逆に、作者能因と遠い国たる陸奥を際立たせたと。

「都をば 霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く 白河の関」

そうであるなら、この心眼的ポエジーを世に出すために、能因さんはケッコ〜戦略を練ったような気がしないではない。

暴露されることも含めて、大いに笑われようが歌のヒットがためなら何でもヤッちゃうぞな、迫力を感じないでもない。

であるなら、笑われようが飄々として動じないスケールを持ったヒトとも思える。笑いをとるコトで自身の作品に他者を引きつける、いわば捨て身的大転換の戦術を遂行できた人物として評価を変えなきゃイケナイ。

もちろんまったく裏腹に、「ものくさ太郎」みたいなテッテ〜した横着ものだった可能性もまた捨てきれない…。

心情として我が身とを重ねると、こっちの方こそ似てくるワケもあって、親近感も増すます募りマスと。

2018-08-16

中国文学十二話

あの大雨以来の雨。久々に庭木に向けてホースを伸ばしたり巻いたりから開放された。

おしめり程度ながら、若干の涼を感じないでもなかった。

お盆さなかの昨日までは暑かったね〜。

その暑熱の中、墓参り。

日中より朝がラクだろうと、午前9時にお墓に出向いたけど、なんのなんの…、早や強烈に暑く、蠟燭に点火しお供えたら、な〜〜んとアッという間に半分溶けちゃった。

あまりのコトに写真撮るのも忘れた、ワ。

別に怪異でも何でもなく、ただも〜ひたすらの暑さが石を熱くして蝋を溶かせただけのコトながら、とろけるチーズみたいな蠟燭にゃ、おでれ〜た。


かつてその昔、大雲寺に「岡山模型」というのがあって、そこの女主人が県北は奈義の日本原高原・自衛隊駐屯地に戦車見学にいったさい、鉄板の塊たる戦車がどれくらい熱くなるものか…、隊員が生卵1つをエンジンを止めた戦車のデッキ部に割り落として見せてくれたが、たちまちに煮え、透明の白身が瞬時で真っ白になったというハナシをしてくれたコトがある。

今は搭載の電子機器冷却にクーラーが内蔵されているけど、乗員用のクーラーというのは依然としてないようだから…、戦車というのは「住まう」場所じゃない…。女主人いわく、

「夏場の戦車は手袋なしじゃ〜触れんし、中は蒸し風呂なんて〜もんじゃぁナイ。ありゃ蓋したフライパンじゃ」

フイにそんな、遠い昔の声を思い出したりもした。


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ともあれ、墓所の暑さと熱さで喉カ〜ラカラ。

そこからほど近い所にコメダ珈琲東岡山店というのが出来たばかりだから、都合よし。

アイスコーヒーで喉湿らそう。

既に汗いっぱいかいたから、コーヒーはノー・シュガーを好むが、ちょっと糖分をと思いシュガー入りを。11時までモーニングというから、ゆで卵のをオーダーしたら、さすがお盆だ、早朝から来客多しでタマゴが直ぐには茹で上がらないという。しかたない、小倉餡のトーストをチョイス。

ところがま〜、運ばれてきたアイスコーヒーの甘いのなんの。

近年これほどの甘汁を吸ったコトなし。くわえてオグラアン。

甘味ダブルス。というかオグラアンすら霞むコーヒーの甘さ。

名古屋ビトは朝からこんなアミャ〜のか…。

脳、溶けないか?

またぞろ怪異をおぼえた。

「加糖にしますか?」

以後、同店で問われたら、「NO! NO! NO!」三連チャンで応えるっきゃ〜ない。

しかし次は、みそかつパンじゃな…。


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怪異といえば、仙人やらオバケやらの怪異談。やはり中国が本場かな…。

本場というのもおかしいけど、はるか大昔からオモシロイのがあるし、そこから想を得て、国木田独歩や芥川龍之介などなどが新たな小説を作ったりもして、なかなか奥深い。

けど奥深いというのは、それだけ永きに渡ってアレコレな話が創られているというコトでもあって、そこに分け入るには、ちょっとしたガイドがあった方がいい。

キリスト登場前の紀元前1000年頃の「詩経」から紀元後1300年代の「西遊記」やら「水滸伝」までだけでも、も〜2300年をかるく越えるから、ハンパでない。


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※ 「邯鄲夢の枕」より。茶店で横になる主人公の盧生。今から変な夢世界に落ちるという場面。唐の時代の喫茶店は憩いの場ゆえ横になってもイイという文化事情もチラリと判るの図。


明治33年に生まれ1968年に没した、奥野信太郎という人がいる。

慶應義塾大学の文学教授だった人で、昭和30年代にNHKのFM放送で12回に渡り「朝の講座」という番組の中で「中国文学十二話」というのをやったそうな。

没後にこの放送の速記録が本にまとめられた。

これがガイドブックとして、素晴らしいんだ。

時折り引き返すみたいにボクも読む。

3000年を越える時空の中に綺羅星めく生じた数多の作品とその背景をば、この先生は実にうまく案内してくれ、かつ、そこに見解を含み入れ、硬くなく、柔らか過ぎず、芯のある良い湯加減というアンバイでもって誘ってくれる。

という次第で、本日の読書は『中国文学十二話』。

はるか前、何かのおりウッカリ表紙に油染みをつくってしまったけど、これもま〜、この本の味わいとして…、ワンポイント。甘いコーヒーをこぼしたワケじゃない。


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しかしまた奥野先生は、実は奥野先生そのものがオモシロくもある。

なにしろこの先生ときたら、戦前は外務省北京在勤特別研究員というチョットないポジションにつき、戦中は中国の人に中国文学を教え、戦後は日本で中国文学一筋だったにも関わらず、えらい学者でござ〜いの証明書みたいな論文はほとんど書かなかった。

昭和30年代頃は、このヒトは随筆家として知られ、また酒場でのハナシがメチャに面白いヒトだった。

専門である中国文学のことは随筆の中や酒場で雑談的に披露されるだけだった。なので学者仲間や門下生は酒場にノートを持ち込み、先生の話す文学的エピソードを「うわ、おもれ〜」とメモってた。

そんなんだから、学問における出世をめざすような人には奇異で奇っ怪な存在、

「なんで論文書かないの?」

ズイブンに惜しんだようだ。

けど本人は平気。学内に籠もったベンキョ〜の虫より、かつて神仙と遊んだ中国の詩人めく酒を傾け大いに談笑磊落するをよしとした。

NHKの講座も、講座終了後にNHKは本にまとめたく、大先生に依頼してはいたけど氏は自身の語った速記録を受け取ったものの、結局、書き起こさないままこの世を去った。

それでこの本は弟子というか門下生の村松暎がまとめた。

村松によれば、大先生は放送時、原稿もメモもなくほぼ’即興だったというから、やはりスゴイ。

どうスゴイかは、読んで知って欲しいが、長大な中国文学とその歴史を奥野信太郎はあったかい血として体内に循環させ、講義や酒場で多くを魅了させたと同様にマイクの前に立っていたようなのだ。


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この奥野大先生をしてガ〜ンと云わせたヒトが、かつてあったそうな。

彼は学生になった頃にどこかのお寺さんで森鴎外が話すのをライブで聴いたことがあり、その席で鴎外は寺の、とある碑文の解説を頼まれ、しばし一読後、『春秋左伝』の中の一節を原文のままにスラスラと口にし、ややこしい碑文の中にその『左伝』を典拠とする部分があることを一同に、これまたスイスイ〜っと告げたんで、それでガ〜ンだったという。

上には上があるというコトだろうか…。時代に応じたスーパースターが出てくるのは当然として、何か、明治の日本はその輩出量が大きいよう思えるのは、それほどに明治が苛烈な時でアレコレの摩擦係数が高いから研がれるモノもヒトも多かったと短絡に解釈したいような…、気がしないではない。むろん、奥野信太郎も含め。


ちなみに最晩年頃の奥野や教授になった村松暎に学んだヒトに、草森紳一がいる。

あのおびただしい多岐に渡った探求と随筆的書籍の数々は、門下生としての本領発揮という次第だったか。

後年、草森は昨品社の「日本の名随筆 別巻95」の『明治』を編んださい、「板垣退助の涙」という一文を自ら寄せ、明治期の演説と70年代学園紛争でのアジテーション演説を比べ、かたや漢文調が入って大袈裟だけどリズムがあって情念を煽るに適していたが、70年代のそれは漢文調(脈)がないから、ただの怒号でしかなかった…、と奥野信太郎同様おもしろいところをついて読ませてくれた。

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2018-08-06

ありそうでないハレー伝

この前、マイ・マザーの部屋にいたらTVのクイズ番組で、司会のタレントが、

「ニュートンといえばリンゴですが…」

そう切り出したんで、

「まだ、そんなコト云ってるんかぁ〜ン」

鼻で笑って、つい悪態をついてもみるのだった。

米国でもヨーロッパでも、もう14〜5年前から、リンゴに言及されることはないらしきだから、したがって14〜5周の周回遅れな感じをおぼえたわけなんだ。


それは後世に創られた美談的創作として認識が進んでいるようで、いまだニュートンのリンゴがテレビで語られたりするのは、どうも我が国だけのような感もなきしにあらず。

いわば真顔で、義経はモンゴルに渡ってジンギスカンになったんだぞ〜、みたいなコトを云っているに等しい。

なるほどニュートンのウールズソープの家の庭にリンゴの木はあるけれど、その落下が、決定的な何かを示唆するものではなく、関係も証拠づけられないんだから、当然にその言及はなされないというのは、まぁ自明のこと。

昨今はもっぱら、アイザック・ニュートンとエドモンド・ハレーと、敵対するカタチでのロバート・フックの人間関係で語られていることの方が多いようだ。

もちろん、この関係はすこぶる面白い。誰もが知る「細胞」という単語をつくったフックも、ニュートンら同様にスーパースターながら、この関係においては悪役だ…。


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※ ニュートン肖像画。荒ぶる金髪(かつら?)がおよそ250年後の英国ロックシーンの到来を物語るヘア・スタイルかどうかは知らん…。


けど一方、TV画面に文句云いつつも、ボクとて、リンゴの話に愛着がないワケでもない。

ウィリアム・テルの、息子の頭上のリンゴに向けての矢と同じく、良く出来たハナシ。内心はかなりお気に入りであったりもする。

着想が素晴らしく、この”作家”の技量に感服もする。

たぶん1番によかったのは、ミカンとかトマトではなく、リンゴを持ち出したことだろう。

リンゴの形と重さの感触は誰もが知るところで、それが重力という存在の頃合いにうまくフィットしているとも思える。スイカだとハナシが重すぎ、ココナツは硬すぎる。かといってメロンだと…、甘すぎる。

メタファーとしての「禁断の果実」とか「善悪の知識の実」とかいうのもからめたろう。カトリック教会に批判的だったニュートンのハナシゆえリンゴが1番に象徴的でもあったろう。彼は教会には批判者だけど熱烈なキリスト教徒で、イエスの復活の日を数式で見極めるというような試みにも熱中したヒトだった。


けどまた逆に、リンゴに関して云うと、そのサイズと重みに重力というのが規定され拘束されちゃうようなペケなアンバイもこの逸話にはあるワケで、ま〜、そのようなことで誤解されても困ります〜〜という「公平な科学的見解」もあってアチャラの国々ではリンゴ話を止めにしたのかもしれない。


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しかし、アイザック・ニュートンにしろエドモンド・ハレーにしろ意外や日本には伝記本がない。

ハレーはかの彗星で、ニュートンはリンゴで、共に誰もが名を知る有名人だけど、その業績じゃなくって人物の履歴となる伝記が翻訳されてない。変だね〜〜。

記述としてまったくないワケでもなく、彼らの業績を記した本にその付随的エピソードは紹介されるけど、単体の伝記書籍は探しにくい。


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※ 竹内先生の本は判り良い。初歩の初歩を知るに最適。

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※ ハレー肖像画。荒ぶらないけどニュートンより長い黒髪かつら(たぶん)がちょいとクール。


引力を受けて運動する物体はどういう軌道を描くのか?

この問題を数式で解いたニュートンに対し、ハレーは驚愕歓喜し、強く出版を進める。

英国王立協会から出版がきまる。

けど協会では前年だかに出した超豪華な「魚類誌」がさっぱり売れずで大赤字を抱え、ハレー達協会員の給料さえ出せなくなって、その本を支給することで給料とするという大赤貧だ。

そこをハレーが頑張って、ニュートンの本「プリンキピア」を協会から出させた。

ハレーが出資、自腹をきったらしい。

彼はどうやって印刷費を工面したか? 支給されていた『魚類誌』を売ったとして、どれっくらいのマネーと交換できたのか…? 彼の奥さんはそのことでエラク苦労したんじゃないのか…?

そんな下世話を知りたいんだけどねぇ。

そこを物語ってくれる伝記本が出てね〜〜の。

なんで?


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※「魚類誌」は、稀に今でもオークションに出品されたりする。

最低落札額が£ 8,872.93というから…、だいたい1億2千万円以上用意しておけば、手袋なしで自室でページをめくる楽しみを味わえる。むろん、ハレーが生きてた頃は数万円くらいの、ま〜、それでも当時としてはとんでもなく高い本だったはずだけど。

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※ 展示中の「魚類誌」と、欲しそうなヒト。


云うまでもなく、ハレーは彗星の発見者じゃない。

過去の古文献を丹念に調べ上げ、目撃例としてあった幾つかの彗星が実は同じものというコトをニュートンの引力の法則に基づいて計算し合致させ、軌道を導いて次の到来も示した。

嘘だと思うなら50数年先の某年某月が来るのを待ちんしゃい…、そう「予言」して世を去った。

で、その通りに彗星が現れた。ハレーの計算は立証され、そこでやっと彗星に名がつけられた…。


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※ セーガン先生の良書。


台風だの大雨だのの天気図でおなじみの風向きを表す線と矢羽根記号は、実はそのハレーが発明したものだし、彼は海中に大きな瓶(かめ)を沈め、空気を送る管をそれに連結させて自身が乗り込み、3時間以上海中生活を送って、これを事業化。港湾界隈に沈んだ船の金属パーツなどを回収する仕事を成功させたりと、後のヴェルヌも驚く冒険をやってるユニークさ。

彼の伝記を読みたいじゃないか。


かつて英国王立協会にあったロバート・フックの肖像画は現存しない。

協会に復帰したニュートンが焼いちゃったというのがモッパラな噂。

やはり荒ぶる金髪…。


ハナシ次いでの余談ながら–––––––。

理科大のK先生から、本1冊、

「これオモシロイ」

とのことで借り受ける。


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※ 『宇宙に命はあるのか』小野雅裕/著


ややタイトルと中身が乖離しているけど、内容良し。ジュール・ヴェルヌのことから昨今の宇宙に向けての技術者の話など開拓史的なノリで綴られ、映画『ドリーム』を観たさいと似たワクワクした知る喜びをあじわえた。

しかし、表紙はいけない。

偏狭なナショナリズムすら感じて、かえって損してるような気がしないでもない。それに、本がこっちを挑み見てるようで愉快でない。

こういうのって、ちょっと不思議。絵の人物が視線をそらしてりゃ、ここでブ〜たれるコトもないんだけどね、視線が強すぎ野望ギラギラなんだよね。

眼がいやらしいんだ、この絵は。

自分の本ならマジックでサングラス書き加えてもいいけど借り物ゆえ、ねぇ。

その点、ハレーの肖像画はいいね。こっち見てるけど穏やか。こっちに眼をやってるけどコッチに興味を示していない。

だから逆に、「先生っ、ボクいますよ〜ここに」とこちらがこの絵を注視しちゃうんだ。

アップでハレー先生をば…。チョイとモナリザっぽい蠱惑あり。

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2018-07-18

冷血


真備や倉敷方面がメチャになって以来、毎朝、我が宅の上空近くを自衛隊のヘリコプターが4〜5機、東から西へと飛んでいた。

どこかの基地から支援に出向いている。

夕刻の5時頃、今度は西から東へ戻っていく。

それが日にちを増すに連れ、少しづつ機数が減って、今朝は1機も飛行しなかった。

ある種の段階が過ぎたというコトだ…。むろん、ハッピーエンドを意味しない。


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※ 真備の模型店「エラヤ」の惨状。朝日新聞ネット版のスクリーンショット


フィリップ・シーモア・ホフマンの遺作となった『カポーティ』は、彼がアカデミーの男優賞をとったり、作品賞など5部門でノミネートされたりと話題の作品だったけど、今ひとつという気がしないワケでもなかった。

むろんホフマンがアカデミー賞に輝いたのはアッタリマエくらいに思うし、『ツイスター』での竜巻観測員や、『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』でのCIA局員で、彼にはアカデミー賞の助演男優賞をあげていいと僕は思ってたから、おそすぎるくらいだった。

けど、『カポーティ』は映画としては、あまり刺さってこなかった。

『冷血』を書き上げるためのトルーマン・カポーティーの苦悩が、今ひとつストレートに伝わってこなかった。


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まったくの赤の他人である田舎の善良な家族全員を惨殺した2人の若者は逮捕され、やがて死刑に処せられるが、その過程でカポーティは徹底した取材を行い、獄中の彼らにも接していく。

その行いの残忍に戦慄し、罰は当然の報いと思いつつも、同時にまた、牢の中のその若者に人間をみる。一種の救済を願わなくもないという心も動く。

しかし、既に全米で名の知れた『ティファニーで朝食を』の原作者で有名人でもあるけどカポーティは一作家に過ぎない。牢内での犯人との面会という特権は得ても、彼には何も出来ない。

この題材を作品化させたい気分は、時に、牢中の犯人に嘘もつくことにもなる。筆が進むに連れて周辺の期待も高まる。刑死を前提に書く以上、さらには2人の若者の早い死刑を望むというようなことにもなる。

だからカポーティはゆらぎ、ゆすられ、ぶれる。

そして刑執行の日、面会した直後、刑場で吊られる若者をみる。

自ら、ノンフィクション・ノベルと名付けた手法による『冷血』はその後に書き上げられ、1966年に出版されて以来1500万部を越える超メガヒット作となる。

この作品ではカポーティは自身の主観を排しに排す。

けど…、カポーティ自身は、この”事件”から足を抜け出せない。殺害された家族、処刑され彼の眼の前で吊られて痙攣を起こしながらやがて動かなくなった2人の犯罪者の死が、彼から離れない。それでいて自分という作家は本にまとめてしまった…。被害家族の死と犯人らの死を下敷きに彼は巨額の印税を受け取る身になり…、タイトル『冷血』は自身に跳ね返っている。


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ま〜、そういう経緯を知って、だいぶんと前、この映画を見たわけだけども…、刺さってくるものの感じが薄かった。

100くらい感じたかったのに、40くらいしか、情動しなかった。

これには、カポーティーという実の人物の繊細を、充分に僕がまだ皮膚感として理解していないからだろう。

だからこの映画は、まずそこの部分、彼が尋常でない繊細を持った男であるのを承知の上に承知を重ねて観るべきなのだ。

そうでなくば、彼が『冷血』以後は長編をただの1冊とも書き上げられなくなる事実もまた見えてこない。

しかし、ごく最近、再見しようかなという気になっている。


オウム事件の犯罪者たち7名の一斉死刑があった前夜に、その執行の最終決定者たる上川陽子法務大臣が首相らとパーティし、笑顔でピースしちゃってる。

この衝撃が大きかった。

人7名を一気に死刑にするゴーサインを出した人が、執行の前夜、平然とピースだかヴィクトリーサインだかで指を突き出し、カメラに向かって笑ってる。

驚いた。

巷じゃ、その議員パーティが大水害の警報が出てるさなかだったゆえ、その事で非難されるようだけど、死刑を明日執行しようという法務大臣やら首相がお酒のんで楽しくピースしちゃってる、その心情の置きどころに戦慄した。

冷血が、ここにいる。


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※ スクリーンショット


僕は必ずしも死刑反対を唱える側にいない。が、そうであっても、オウム事件の一斉処刑は余韻をひく。腑に落ちないままに幕を下ろされた感も濃ゆく、不快が残滓する。

もし自分がゴーサインを出す立場にいたなら、たぶんゴーサインを出せない。仮りに出せても、刑の前夜は落ち着かない。カポーティではないけど、ゆれて、ぶれて、ぐらついているはず。

ところがこの上川という大臣は、大量死を決め、その前夜に笑顔でピースだ…。

ありえないでしょう、その振る舞いは。

いっそ、この厚顔かつ冷血な人物を題材にした映画を造ったがいい。そう思うくらいに気分が悪い凄惨な光景だった。


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先月に亡くなった加藤剛が犯人役だった松竹の『砂の器』(1974)は、松本清張の原作から複数の因子を外し、ハンセン病にテーマを絞ったことで視界を明快にし、さらに芥川也寸志のオリジナル交響曲で加藤演じる気鋭の音楽家の”心のカタチ”を耳に聞かせてくれて全体の輪郭を際立たせてたけど、刑事役の丹波哲郎が調査に調査を重ねたあげくに確信を積みあげ、逮捕理由を警察署内での会議で披露するシーンは圧巻だった。

丹波は声が次第に枯れ涙声になるのを懸命にこらえている。

犯行に及んだ犯人の生い立ちと被害者の善良のその歯車の軋みに同化して、ついに大勢の署員の前で落涙する。予期しない涙だった。あの『大霊界』のヒトが犯罪者たる人物の心情に触れ、泣いている。

思えば、『カポーティ』のホフマンもそうだった。死刑直前の面会シーンだ。演じるうちに感極まった。メーキング映像によれば、予定外の涙ゆえ、ふさわしくなくカットすべきとの意見もあったようだ。


そんな情動を…、こたびの死刑執行の責任者たちからは、皆目、感じられない。笑顔のピースには心のコの字も顕われない。

これほど寒々しい光景もそうない。

けどまた一方で自分はどうなの? そう跳ね返ってくる。

なので『カポーティ』の再見を…、思ったんだ。

でもまだ、たぶん…、繊細の目が荒すぎて電圧が足りない。

2018-06-26

不器用に造るが宣い 〜三遊亭円朝〜


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土曜にTetsuya Ota Piano Trioのライブ。久々の会場係。

上写真はリハーサルでのヒトコマ。

片付け後、BARへ。退院直後のママさんに慰労のいっぱい。思わぬ出会いもあって数杯に。


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日曜に桂そうばと小鯛の落語会。

先々週あたりから三遊亭円朝を拾い読んでるさなかでの落語会。なんだか不思議のタイミング。

そうばは聴くたび成長を感じる。いつも思うが”枕”がうまい。今回はじめて彼の創作も聴く。期待継続中。ただ「代書」はちょっと力が入りすぎた感。

小鯛は、2年前に聴いたさいは小骨ばかりで身が薄い…、と感じたけど、今回の「青菜」はま〜、少し肉がついた感あり。ある種の速度感も維持され、「おや?」ってなトコロもあって、やっと小鯛の名にふさわしい個体になってきたなとも…、思わないでもない。


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月曜に某イベントの時間打ち合わせ。まだ先の事ながらそこは要め。

午後数時間、関連の資料探索に費やすも、出てこず。しかたない。これは日をあらためるコトに…。

以後、寝っ転がって円朝の続きを読むうち、ウトウト甘睡にひたる。


江戸の末期から明治初頭を駆けた三遊亭円朝は三遊亭圓朝と書いた方が、時代気分に手が届くような錯覚があって良いのだけど、ここでは円朝で統一。


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円朝が創作し演じた題目のほとんどは当時の誰かに速記され、たびたび本にまとめられたから、言葉遣いがそのまま炯々とした文になって踊る。

だから明治の時代、文学を志した方々は皆さん、それを読んで驚いた。

説明としての言葉とセリフとしての言葉が溶け合い熱しあって、蔦のように高々に登ってく…。皆さん、激しく揺すぶられ、影響された。


陰々寂寞世間がしんとすると、いつも変わらず根津の清水のもとからこまげたの音高くカランコロンカランコロン…


上は「怪談牡丹燈籠」の一部だけど、擬音までが1つの文に溶け込んでるから、さぁ大変。

坪内逍遥、二葉亭四迷、山田美妙、などなど…、皆っ、その口述を範とし、自身の作品に反映させた。”言文一致体”なる手法用語もここに登場をする。

文章大革命といって過言でない。

いわばテキストという乾燥物がテキスタイルな柔らかげな織物になった。

文章という代物がここではじめてライブ感を得たわけだ。グル〜ヴィ〜なうねりとスィングで、ジャズ&ロックしはじめたワケだ。

先例がないわけでもない。例えば坂本龍馬が土佐のお姉さんに出した手紙などには、口語へのアプローチがあって今眺めても随分に鮮烈だけど、当時はま〜、メチャな文章として定形外の外に置かれてたし、龍馬とてそれを意識していたハズもない…。けども、円朝は肉声がテキスト化される事をキチリと意識しての創作だった。カランコロン…の擬音に、この幽霊には足があるとの暗示の含め入れに成功した。


円朝は怪談モノや人情モノと共に日常のちょいとしたスケッチを高座で話すことも多であったから、事物の細部がくっきり見える。

例えば、手燭(てしょく)、懐提灯(別称は小田原提灯)、行灯(あんどん)、弓張提灯、ぶら提灯、雪洞(ぼんぼり)、などなどの灯り道具だけでも、その呼称と用例が当時を立体物として立ち上がらせてくれる。


暗ぅなりましたんで、小田原ぁ、取り出し灯(ひ)をいれましてね


と、あれば懐から小さい提灯を出したというコトだ。小田原提灯は灯りとしては広範囲を照らすものでないが、携帯することを前提に折りたたみ式なのだった。なので当然に小さいというコトも知れる。


また、話し言葉1つでもって心情の根ッコまでが透けてくる。

ま〜、そのあたりの感触を、明治の事物混ざりの空気を、気っ風を、学習したいわけで拾い読んでる次第。

円朝は創作にあたっては、ほぼ必ず取材した。題材とした土地を歩き、そこに住まう人に話も聞いた。そのあたりの真摯は森まゆみの『円朝ざんまい』に詳しい。彼女自身が円朝の足跡を追歩しての労作。良いガイド本にまとまって素晴らしい。

”考察本”としては矢野誠一の『三遊亭圓朝の明治』に教わるところも大だけど、いささか望遠レンズでの光景が過ぎ、森まゆみのような体温は伝わらない。


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ボクがはじめて円朝の作品に触れたのは、10数年前、6代目三遊亭圓生の4〜5枚組CD『真景累ケ淵』で、これは弓之町のY理容室のY氏から、「怖いですよ〜」と頂戴したものだった。いや、じっさい怖かったの何の…、鳥肌だって髪の毛ェ抜けちゃってぇ、え〜、それでY理容室に行かずとも済むようになりまして。


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森まゆみは円朝のセリフ、

『言葉は国の手形さ』

を心の内に深く刻まれているようだが、確かにそうだろう、合点がいく。


下記は「指物師名人長二」の部分。眼でかじるもよし、声に出して読むもよし。静謐な佇まいながら堅牢な美しさシミジミ。


 誰(たれ)いふとなく長二のことを不器用長二と申しますから、何所(どこ)か仕事に下手なところがあるのかと思ひますに、左様(そう)ではありません。仕事によっては師匠の清兵衛より優れた所があります。是(これ)は長二が他の職人に仕事を指図するに、何でも不器用に造るが宣(よ)い、見かけが器用に出来た物に永持(ながもち)をする物はない。永持をしない物は道具にならないから、表面(うわべ)は不細工に見えても、十百年(とっぴゃくねん)の後まで毀(こは)れないやうに拵(こしら)えなけりゃ本当の職人ではない。早く造りあげて早く銭を取りたいと思ふような卑しい了簡(りょうけん)で拵へた道具は、何所にか卑しい細工が出て、立派な座敷の道具にはならない。是は指物ばかりではない。画(え)でも彫物でも芸人でも同じ事で、銭を取りたいといふ野卑な根性や、他(ひと)に褒められたいといふおべっかがあっては美(い)い事は出来ないから、其様(そん)な了簡を打棄(うっちゃ)って、魂を籠めて不器用に拵えて見ろ、屹度(きっと)美い物が出来上がるから、不器用にやんなさいと毎度申しますで、遂に不器用長二と渾名をされる様になつたのだと申すことで。

2018-06-11

闇の奥

30年ぶりくらいに読み返す。むろん寝転んで。

以前もそうだったけど、1行1行に突起があって、ツルツル〜っとお蕎麦みたいに啜れない。持ってるのが、旧漢字が多い中野好夫訳の岩波バージョンなので、余計に。

けどま〜、結果として、そこがヨロシイのかと。


誰の言及だったか忘れたけど、

「本の価値は読み手がどんな意識状況であったかで決まる…」

という。その通りだ。どんなに優れた本でも読み手側がシンクロナイズ出来ない以上は”優れもの”にならない。

不幸な一例がこの『闇の奥』だった、ボクの場合。

旧漢字が続々と衝突的にやって来るもんだから、そこは不明のまま飛ばし読み、難破ぎみにページの字ズラを追うのがやっとで、いわば表層を舐めるに終始で旨味を味わうどころじゃなかった。

思えば惜しいことをした。


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次にもう一度接したのは、映画『地獄の黙示録』を観た後だった。1980年か81年だ。だから今回は、正確には38年ぶりの再読。


本作を原作にアフリカをベトナムに変えて『地獄の黙示録』は撮られ、なるほど中盤過ぎでの白い濃霧や、黒人操舵手が矢で射殺される所とか、「ホラー(恐怖)だ、ホラーだ…」の高名なあのセリフにまで運ばれる流れは近似るものの、コンラッドの小説とコッポラの映画は、同じ卓上のものであったとしても呑み込むや別の胃袋に入ってった…、って〜感じの別腹もんだ。


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※ 『地獄の黙示録』より


結尾を、呪詛新生的な意味合いでの”王殺し”で結んだ点で、コッポラ映画はコンラッドのそれとは大きく乖離した。コンラッドはラストでもって思いもかけなかった女の中の”闇”を描写して…、小説を閉じた。

けども主人公が踏み込んでいく先が湿潤で熟れた熱帯雨林という環境は同じ。人間の前に立ちはだかる自然の形相とそこで恐怖と狂気を兆す人間の脆弱、主人公そのものも結局は定位置のさだまらない揺れの中にあるのも共通。


旧漢字とやや読みにくい文体…。この文体はコンラッドが心のヒダの一枚一枚を描写しようとしてのものだから文句云う筋合いのものじゃない。

今はやっと旧漢字に馴染みが出て読めなくもなく、それが内容に合致して相乗効果、岩波バージョンはスポンジが水を吸うような浸透力を持つ。人間存在そのものへの問いと答えらしき…、死ぬまぎわでのクルツ(映画ではカーツ大佐)の独白への、ガツ〜ンとしたワサビ的な翻訳。そこの味をやっと今回…、味わったかな…、というお粗末っぷり。


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※ ジョゼフ・コンラッド 1857~1924 『闇の奥』は42歳の時の小説。


『闇の奥』を派生モデルに、やや類似的映画なんぞが今は多々あって、衝撃という点でさすがにこのコンラッド作品も色褪せを感じないワケでもないけど、古典風味は増量中。芥川龍之介が『かちかち山』に記した、

「獣性の獣性を亡ぼす争ひに、歓喜する人間…」

というフレーズのように、獣性と知性と理性、それらの扇情でない相克は微動だにしない。そも初版が1899年というその早さの先鋭に、驚きが持続する。1899年は明治22年だけど、当時に読んだヒトは、心理描写の酷烈に、微かな心のゆらぎも文章化出来るんだ…、と驚愕しっ放しだったろう、たぶん。


『フィッツカラルド』という映画を思い出す。

南米のジャングルの奥深くにオペラハウスを造って、オペラ歌手のエンリコ・カルーソーを招こうとするケッタイな人物をクラウス・キンスキーが大好演だった。アマゾンでのあまりに過酷な撮影で脇役だったミック・ジャガーやらやらがグッタリして降板というトラブル続きだったような按配も含めて、否応もなく『闇の奥』が彷彿される。

ジャングルを切り開き、2本の河を跨ぐために巨大な蒸気船を陸路山の中へと運んでまでして…、なんでオペラなんぞを見聞しようというのか…、そこの正常と狂気のはざまの、モヤ〜っとした霧のような感触と濃い湿気の感覚。そんな場所であって『フィッツカラルド』の主人公はスーツで通す。『闇の奥』にも同じようなスーツ男がいたな…。どんな場所にも自分のスタイルを持ち込む意固地な偏執もまた、興味深い。いっそそのスーツに獣性を見る。


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しかし…、光ではなく闇に魅了される心理は、何なのでしょうなぁ?

暗闇でドッキリが好きなワケでもないけど、暗闇の中での諸々な輪郭の抽出に探究心が燃えるんだろうか? それとも”闇”そのものへの恋慕があるんだろか?

いみじくも、コッポラは後に『ドラキュラ』を映画化したし、『フィッツカラルド』でカンヌの監督賞をとったヴェルナー・ヘルツォークもまた『ノスフェラトゥ』でドラキュラを撮ってる。

じゃ、我々には何があるかって…、『鉄輪』があるではないか。相反する文化と文明の衝突を描いてるワケではないにしろ、この能には、ヒトの業としての”闇の奥”が横たわっていておっかないワ。というか、『鉄輪』では光はまったく描かれず、ただもうこれは”闇の内”の物語。輪郭の抽出さえ拒むような雰囲気のラストで女が鬼女と化すどころか、より超大な悪鬼におそらく変貌するだろうの予兆が…、怖いったらありゃしない。

2018-04-01

時の声


陽気の到来が…、あくまで感じとしてのコトだけど、2週間ほど早っぽい気がする。

室内で越冬中の2本のパッションフルーツも早や数週前にツルを延ばし、若い葉を作りだし、どっか巻きついて落ち着きたいよ〜、と訴えている。

ま〜、これは四六時中エアコンを廻し、ニンゲン様より暖かい環境に置いたからも原因だけど、皮膚の感じとして春が早い…、ように思えてしかたない。


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午後。

眩い陽射しの中、生け垣のベニカナメモチを剪定する。

枝葉がよくおごってる。

英語圏ではレッドロビンというらしいが、この辺りでは紅カナメの名が通る。

今やどこにでも見られる生け垣樹の定番だけど、20年ほど前はあんまり日本じゃ見かけなかったと思う。

急速に増えたのはホームセンターなどの園芸コーナーの販売促進の功あってのものだろう。実際わが宅もそれで導入したわけだし…。

夏場の害虫駆除をのぞけば、廉価で、成長早く、冬夏の寒暖にも強く、なかなか頼もしい樹木だ。なのでレッドロビンというより、ロビンウッドとシャレたい感もチラリンコ。


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剪定道具は電動バリカン。

これは俗称でヘッジトリマーが正しいが、ま〜、どうでもよろしい。

剪定バサミでチョキチョキに較べ、ブゥゥ〜ン、バリバリバリ…、いささか樹木には乱暴な感もあるけど、便利じゃ〜ある。

今回は今年初めての剪定。7月とか8月に2度めの散髪ということになるんだろう。


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散髪後。整髪剤なし。


早めに作業を終えたので、寝っ転がって久々に、バラードの『時の声』を読む。

この短編集、とりわけブック・タイトルの「時の声」は、何度読み返しても不明がプクプク浮き上がる。

字づらの表層を読むのではなく、感覚で読むべきな作品だ。

だから"読み込もう"とすると拒まれる。

流れるままにイメージを浮かせたがいい。

が、そうであってやはり、そのプクプクが乱反射する。

接するたび、味が違い、微妙に光景が違う。

だから…、繰り返し読んじゃ〜、沁みびたる。


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ハッピーな話じゃない。

なにしろ宇宙が破滅しかけている頃の話。

私的解釈で云うなら、膨張宇宙が収縮に転じた世界でのヒトと生物の物語。

事象のいっさいがケッタイなことになっている。

時間が逆流しはじめている。

4時の後に3時が来て、前進でなく後退がやってくる。

時間そのものが眼前のカップ麺(今これを書きつつ食べちゃってるんで)みたいに眼に見える"存在"に可視されて、麺が延び、カップの熱さがさっきより低い…、って〜なアンバイを逆順に味わう。

その退行ゆえか、麻酔性昏睡状態でヒトの睡眠時間はやたらにながくなっている。

そこの描写にバラードの筆致がさえる。

(カップ麺は出てきませんので念のため)


お気軽に読もうとすると、イメージの擾乱に困惑する。

いまだ映画化されないのも頷ける。

とても映像化向きな作品でありつつ、映像の技量というか、映像作家のそれが、本作の真髄についていけないようで、『マトリックス』のようなアクション的割り切りが出来ない。単純にはとっかかれない。


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※ 原書


光子がざわめいている。周囲にきらめく音のスクリーンを見つめながら、イソギンチャクは着着と膨張を続けた。

――――――中略―――――――

一度知覚した音はすべて無視して、イソギンチャクは天井へと注意を向けた。天井は、蛍光灯からひっきりなしに送り出される音を受けて、それを楯のようにはね返していた。狭い天井から、ある声が、はっきりと、力強く、無数の倍音と織りまざって流れこんでくる。大陽が歌っているのだ…

※ 吉田誠一訳 創元推理文庫


このイソギンチャクの"自意識"は、宮崎駿のあのオームが幾重と伸ばす触角が感じるイメージに似て、きっと宮崎監督もこの『時の声』を読んだろう。肉化したのだろう…、そう空想したりする。


でも時に強硬なまでの割り切りが功を成すことだってある。

みなもと太郎の『風雲児たち』はきっとその1例。

徹底したギャグと画風で歴史を文字通りヒトコマに切り分け見せた手腕は、小説でもなく映画でもなくマンガ表現のエベレスト登頂だったと思える。

なので、そのうち誰かが映画として『時の声』にトライするだろう…、と希求しつつ久々の読了。そのあと甘い午睡。


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「再読」と云うね。文字通りで解説不要だ。

ボクの場合で恐縮だけど、頻繁に「再読」する。

1つには、即行で憶えられないというのもあるけど…、もうイッペン、さらにもうイッペン、と味わいなおして消化したいという気分あってのこと。

それで近頃はこれを自分の中では再読とは云わない。

「牛読」と云う。

口をモシャモシャの牛の反芻のようで、適語じゃなかろうか、ギュウドクは。

そも、反芻というのは、1度飲み干した食物を口にもどして噛みかえす動物たちの食性を指す「Rumination」の和訳で、

「先生のコトバをハンスウする」

というのは明治期に生じた流用なんだそうだから、「再読」よりボクには「牛読」がふさわしいのだ、感じとして。

読みつつ寝ちゃうのも、なんだか実の牛には悪いが…、カップ麺喰ったんでまた横になってゴロゴロしちゃおかと…、牛っぽいしィ。


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え〜っと、ちなみにカップ麺は、紙フタを全部取っ払わないのがクセなんだってば、モ〜。


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でもって、お汁は残こす〜プだけど、今回食べたのがおいしかったんでェ、けっこうオラ〜呑んじまったんだ、モ〜。

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ここの近江牛肉…。通販してみたいなぁ。でもサーロイン180gで3888円。買えないなぁ、永遠に〜(苦笑)。

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2018-03-23

幸せ在庫

某日。奉還町某所。

某教育関連プロジェクト・チームの年度末会合と打ち上げ。

会議後、馴染んだ顔ぶれでの乾杯。

「最近セイジ乱れちょるね〜」

笑みつつ苦々しいのをガジガジ噛む。


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※ 乾杯前にもう干しちゃってる方もありますが。


その会合前に駅前ビッグカメラでDVD1マイを購入。

近頃どうも、「在庫」としての映画がないと落ち着かない。

それで10本前後の、いわば未封切りなDVDを常駐させているワケながら、1本観ると当然に未封切りが1本減るから…、補充しておくという…、何だか手間なことになっちゃってる。

DVDはすでにあるけどBlu-ray版も買い増すという場合もあるんで、それの観賞は後に廻されるであろうから、え〜っと、ここはもう1マイ買っとくか…、というアンバイもあって、かなりバカっぽい。

Amazon プライムで無料で映画も観るけど、奇妙に落ち着かない。

映画が配信されるという今時のカタチに心が馴染まないというか、集中して観賞できない。

それは旧世代に属した感性なんだろうけど、映像という実体のないカタチがゆえ、せめてフィルムを想起するもの、すなわちVTR TAPEだのDVDだのの"固形物"がないと、雲をはむようでイカンのですわ。


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つい先日に発表の国連2018年版世界幸福度ランキング

公開された書類はPDFで172ページというボリューム。レポートの23ページめにランク一覧がある。書類はココ


1位  フィンランド

2位  ノルウェー

3位  デンマーク

4位  アイスランド

5位  スイス

6位  オランダ

7位  カナダ 

8位  ニュージランド

9位  スウェーデン

10位  オーストラリア


ドイツ15位。

英国19位。

フランス23位。

台湾26位。

などなど…。


今回の踏査では移民の幸福度も対象で、列挙した10位あたりまではいずれも好成績。フィンランドはそこでもトップでアイスランドやデンマークなども地元生まれのヒトと移民のヒトの幸せ感覚はほぼ一致する。

米国はトランプ政権になって順位をカクンと下げて18位。


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我が国はどうかしら?

かなり下に位置してる。

54位。

59位のロシアに近く、移民に関してはランク圏外。

中国を含めさらに下はあるけど…、先進国を気取りたいなら、54位の幸せでしかないコトをかなり真剣に考察しなきゃ〜いけない。


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たまさか椎名誠の『アイスランド 絶景と幸福の国へ』を読んで気づいたけど、幸福は物資量では計れません。

ま〜、だから、DVDの在庫が10本ばかりナイと落ち着かんというのは、たぶん物資に振り回されているニンゲンの証しでもあるんだろう。例えそれが趣味的情景でろうと、根っこには物質依存の病巣っぽいのがあるんだろう。

いかん。

けど…、如何ともしがたい。…などと語呂合わせってる場合でないけど、アイスランドは日本同様の火山大国。

といっても、火山の性質が違う。かたや岩盤硬きな大陸の端っこのいわば地底のガス抜き場としての比較的安定した噴火地帯、かたや地震頻繁で超絶に不安定の火山帯…。

平たく火山地帯だからペケというワケでもなさそうで、どう暮らしと向き合っているかがきっと大事なポイントなんだろう。

国連ランキングで眺めるに、2013年度の調査では日本は43位で、アイスランドは9位だった。

かたやランクが落ち、かたやアップなのである。


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TABIZINEのHPより転載。レイキャビック市街。模型ディオラマではなく実写。


椎名誠はこう記述する。

我々の国に住んでいる人は、おそらくいまの自分が幸せなのか不幸なのか本気で考えていないような気がする。考える尺度がわからないからだろう。

強いていえば「どっちだっていい、と思っている」ような気がする。だからその無知に乗じて政治家は好きなようなことができる。

アイスランドに出向き2ヶ月を過ごしてアイスランドを書こうとした椎名誠は…、同書のかなりのページで日本に触れる。

2ヶ月の日々で見えたのは哀しいまでの日本との差、だったんだろう。

そこはま〜、同書を買って読んでいただくのがベストと思える。


同国の警官は銃を持っていないそうだ。NATO加盟国ながら軍隊もない。

ソビエトに近いというワケで米国が大掛かりな基地を設けてたけど2005年に出てってもらった。当然に米国は戦略的云々で反撥したらしきだけど、そこを意志が貫いた。

さらには他国の流儀押しつけに左右されず、商業捕鯨をおこなって毅然としている。

原子力発電所もない。豊富な火山を逆手にとっての地熱発電(だから温泉も多数)で電力をまかなう。


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Discovery-icelandのHPより転載。露天温泉ブルーラグーンと水蒸気モクモクな隣接のスヴァルスエインギ地熱発電所。


税は高いが医療費無料。町にケッタイな広告看板はなく、家電回収業者の軽トラックのボリュームでっかいアナウンスもない。

この本を読むと…、24時間あいてる店なんか1軒もなく、珍しいモノを食べられるワケでもないけど、ささやかな生活の中で2本の足でスックと立って自身で躍れるアイスランドの人達がみえる。


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TABIZINEのHPより転載。レイキャビック市街。


そこでボクも…、DVD在庫10本前後アリやナシやの物質的度合いとは別に、自分で躍れるか、それともアレコレに刺激されて躍らされるか…、まずはそこを踏まえなきゃ〜、などと自問する。

国民愚弄の茶番な政治がまかり通るのは何故? やはりホントに愚衆ゆえにかとも。当然自分もそこにいる…、などとも。


前記したランクの11位は、意外やイガイや、イスラエル。

前回調査(2016)でも、その順位。

紛争の先端国といっていい。非難の矢面に立たされることも多。

それが何故に幸福度11位なのか?


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※ kurashi-no.jpより転載。テルアビブ市内。


同国では日曜〜木曜がワーキングデーで、金曜土曜はシャパネット(安息日)。

平日の仕事は概ね4時までで、その後は家族と過ごすのを常とする。

安息の2日間は鉄道もバスも動かない。(1部タクシーは別)

当然この2日間は家族の時間となる。

ユダヤ教徒が国民の75%を占め、安息日は車は運転しない。電気製品のスイッチを入れるというコトなども休止する…。

生活慣習とその優先順位がここではまったく違い、家族がイチバンのライフスタイルが定着している。

アイスランドとうって変わり、ここでは軍兵士が街中いたる所にいたり、ガザ地区への爆撃などなど…、批判的感触もなくはないにしろ外からのそのイメージと違い、住まっての日々として、そこイスラエルのヒトは充足してらっしゃる。当然にそれが数字として出てきて幸福度を押し上げている。

※ イスラエルの兵役は男子3年。女子1年半。パレスチナ解放地区への扱いに反対して兵役拒否をするヒトも一定の割合であるようで、その場合は禁固10日くらいの処罰といい、2年めも拒否すると禁固日も倍増らしい。


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※ kurashi-no.jpより転載。エルサレム市内。女子兵士は髪を切れ…、なんて〜拘束はないからご覧の通り。


仕事疲れで自殺…、というようなハナシはアイスランドのヒトもイスラエルのヒトにも、

「何それっ?」

でしかないようなのだ。椎名誠もそのことを書いている。

ましてや、

働けど働けど我が暮らしラクにならず…

と、我が国じゃ〜かなり前から自嘲するけど、ランキング上位の国々の方々には、やはり、

「何で?」

逆に訝しまれるようなアンバイで、

「自嘲する前に、楽にならない暮らしのその根本理由を考えないの? 是正しないの?」

そんな視線が、このランキングの順位には透けてるような気がしてしかたない。

2月に恵方巻食べちゃえば幸せが来る…、わけはない。


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※ 丸2日の雨天のさなか、今年のユスラウメが開花。

陽が照れば、1週間としないうちに満開となるだろな。この開花を毎年愉しみにしている…、これはごく個人的小さな幸せ。

2018-02-25

読む時間 ~イコライザー~

ひさびさ、国体町のカルチャーホテル。

瀟洒な庭というかグリーンがおごった塀を眺められる喫茶室の窓際で、午後の陽射しを外に感じつつ、

「おやま〜、もうそんなになりますかァ」

2年ぶりな方と打ち合わせ。

とある新規施設の企画サンプルとしての模型依頼。またしばし、新たなカタチと格闘することになる。というか、どう模型に映すか…、しばし難渋ということになる。


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しかしフッと懐かしくも思う。

かつて20数年前、このホテルの総支配人とは、2週に1度の割りで会合しては模型談義に花を咲かせたもんだ。彼は密かなれど熱心なモデラーで、第2次大戦中の戦車や飛行機がもっぱら、こちらはSF系な模型に焦点をあてがっていたけど、ウマがあい、話し込むほどに愉しさも増加したもんだった。

同ホテルも経営者が変わり、支配人も今は違うから、あくまでも懐古というワケだけど、こたびといい、妙に模型が接点になるホテル。カルチャーの名が意味深で微笑ましい。

入口界隈の静かな雰囲気は今も昔も好感。


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閑話休題。

ちびりっと前だけど、某女よりプレゼントあり。

『読む時間』

という大判の写真集。(創元社刊)


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世界あちゃこちゃでの本とヒトの姿をパチリ特写の、労作にして傑作。

全ページ美しい。

絵画のように "絵になってる" 写真続々で気分もゾクゾク。


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ローマの街角での1枚。ワガハイが馴染みに馴染むミニで読書中のストリート画家?

これじゃ〜降りられないだろう?、と思ってはいけない。反対側のドアから出るだけのハナシ。ミニは車幅もミニだ、楽勝。


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※ サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館にて。どっちが館員だろ?


この本を見つけて買ってくれた愛しのレイラじゃなかった某女のメキキにも、感謝。

しかし、ヒトはいろいろな場所で本や新聞なんぞに接してるもんだなぁ。


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そこで負けじと…? ベッドに寝っ転がった自分を自分でパチリ。

美しい写真には遠いけど…、思えばボクの読書は、その8割5分がベッドでのこの横たわり。

2〜3ページと進まぬ内に顔の上に本をドジャリ落として、気持ち良いウトウト気分を張っ叩かれるようなコト、しばし。


この数日の就眠前は、シャーロック・ホームズのパスティージュ。

女流作家ジューン・トムソン描く所のホームズとワトソンの冒険譚。


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これら文庫はもう10年ばかし前に読んで楽しんだものだけど、再読するや、ほぼパーフェクトに内容を忘れてる。

しかし、なぜか…、かなり出来の悪いとおぼしき1編だけは、読み進めるうちに記憶が戻り、犯人も結末も思いだす。

良作は忘れ、出来がヨロシクないのを憶えてるというのはケシカラン。

そう自分を叱咤しても知ったこっちゃ〜ない。

再読の哀れと享楽を同時に噛み加味しつつ、ページをめくっちゃ、またウ〜トウト。

睡眠導入剤としての本、大事。

(ちなみに出来が悪いと思ってる1篇は「高貴な依頼人」というタイトル)


デンゼル・ワシントン主演の映画に『イコライザー』というのがある。

本が大きな役割を演じてた…。


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超がつくほどに辣腕だった元CIA要員のデンゼルは引退し完全に身を隠し、名も変えて、今はホームセンターに務める。

このギャップがおもしろいけども、過去のCIA時代のしがらみを引きずっているのだろう、夜を眠れない。

悶々のあげく毎夜、近くの深夜食堂に出向いては、本を読んで闇をうっちゃる。

すでによほどの常連、マグカップに湯を入れたのをマスターが黙って持ってくるのは、すなわち不眠を重ねているというコトであって、デンゼルはそれに持参のティーパックを浸ける。

紅茶というより、おそらく日本茶をすすっていると見えるのは、彼のシンプルで規則正しい生活慣習の描写からの…、ボクの勝手な見立て。

やがて同店で、娼婦として客待ちしている未成年のウクライナ系らしき移民の女の子と交流がはじまる。

彼女はロシア・マフィアに雁字搦めにされた身の上。


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そのマフィアどもに手ひどい扱いを受けて彼女は入院。…そこで彼女の解放にデンゼルは立ち上がり、一気に痛快無比な活躍が…、という映画だけども、毎夜毎夜、食堂の片隅で本に接するデンゼルが、何とも"絵"になっていたな。

凶悪非道のマフィアや不正警官を叩きのめしたさいのみ、彼は本がなくとも眠れる…、というあたりの描写も良く、最近のデンゼル主演映画では、かなり高得点。

本では癒されない性質の苛烈がこの主人公には流れ、悪漢を倒したさいに見せる贖罪の詫びをからめたような眼の情動、時にその涙がらみの憐憫には、悪漢同様に法に則っといては生きていけなかった自身の過去を悪漢に見ているからで、だから…、スーパーヒーロー的ストーリーの映画ながら、その辺りの空気密度の歪みが高い。

一見は単純な映画にみせ、ホームセンターの店員がセンターの販売道具で戦うというところに眼がいっちゃうけど、実はかなり単純でない…。

少女役の女の子も、かつての『タクシー・ドライバー』のジョディ・フォスターに近似るピカッと光るところがあって好感だし、この2人がけっして恋愛方向に向かわない演出もヨロシかった。


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最初の出会いでの会話はヘミングウェイの『老人と海』。

巨大な魚と老人の格闘に人生の意味を語り、魚と老人は実は一体の表と裏のようなものだろうとの自説を開陳するデンゼルに聞き入る少女の眼が、険峻な老齢者のような殺伐とした色だったのが次第に初々しいものへと変化に…、着目。

同時に、『老人と海』の老人の心理を語りつつも、いまだ本が提示する世界に安住できないデンゼルの苦悶をも。

要は、知識としての本が彼の経験値にいまだ追っついていない…、という複雑な、人生の深淵をすでに見てしまった男の悲痛を描いてるようなところがこの映画にはあって、そこがまたチャーム・ポイントだ、きっと。


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「イコライザー」とは主に周波数の特性を補正する装置をいうけど、この映画タイトル『イコライザー』は含み幅が大きくて興味深い。

だから、本とのからみでもって、もう1話、続編があっても良いかとも思ったり。

そのためには、当然…、強靱で破綻のない本(脚本)が必需。

とま〜、そのようなオチをつけつつ…、何はともあれ、誰にも、"読む時間"は大事。


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※ ローマの街角で。スティーザ・マッカリーの写真の1部を引用。


ちなみに、写真集『読む時間』をプレゼントしてくれた某女はバスタブに浸かって文庫を読むそうな。残念、そこを見たことはないけど、ボクには出来ぬワザ。

同じ町内に住まう若い友人Takeshiも、たしか…、コミックスを風呂で読み耽るそうだから…、方々、器用と云わずばなるまい。

世が明治時代ならこんなドドイツも、有りかと…。


嗚呼チョッポン 

やれチャッポンなァ 

そっと〜 指で〜

めくりあげェ

髪は濡らせど 

紙しめらさず〜 ♪


※ 都々逸(どどいつ)の定型音数律は、七・七・七・五でなくっちゃ〜、ホントはいけねぇ。アタマの2行はお囃子、いわゆる"アンコ入り"として…。(^_^;

2017-12-12

話言葉と書き言葉


チョイと前の夕刻、宇野バスに揺られてたら中区役所前で2人組が乗ってきて前席に坐ったのだけど、聞き慣れない方言だった。

むろん盗聴という次第ではないけども、その会話の大半が意味不明だったから余計に気になった。

たぶん、どこかから出張されてきたんだろうけど、それで、遠い昔を思い出しもした。

大学に入った時、はじめて他県の人達の肉声に接したコトなどを…。


青森から来た人が2人いて、内1人は同じアパートに住まって大の親友になったけど、当時は学生が個人で電話など持ち合わせていない。

アパートの管理人室の赤電話での、呼び出しだ。

で、その青森の彼がお国のお母さんと会話してるのを横で聞いたことがあって、さ〜さ〜、それがもう異次元的、何を云ってるのか皆目サッパリ判らない。

まことに失礼じゃあったけど、そばで笑い転げてた…。


一方で、彼もまた、ボクの話言葉が「可笑しい」と笑う。

「ま〜、おたがいさん」

というアンバイではあったけど、でも、たとえば、文章での表現となると、お互い、そこでは岡山弁でなく、青森弁でもなく、地方色が抜けた共通認識可能な"書き言葉"になるんだった。


そのことがず〜〜っと気になっている。

ダブルスタンダードとして、話言葉と書き言葉をボクらは器用に扱ってるワケで、ちょっとした不思議をおぼえてたワケだ。

なので数年前、網野善彦の『日本の歴史をよみなおす』に、このダブルスタンダードのことが触れられているのを読んだ時には、なんだか嬉しくって、

「おっ、網野先生もそうか!」

と、ほくそ笑んだりした。

むろん、氏は歴史学者だから、書き言葉の変遷を克明に追ってカタカナの使用がどういう経緯であったかなどなどをあぶり出し、話言葉、口頭による日本語世界を、

「じつはきわめて多様な民族社会」

であって、

「日本の社会はいまも決して均質ではない」

と、結んでくんだけど、文章表現としての言葉の方にウエイトを置かれてるんで、ボクの抱えたクエスチョンへの直かの解答ではない。

けども、文章表現というカタチでもって方言という多様性を均一にし、そこではじめて相互理解可能な状態を生じさせたという見解は大きく頷けるんだった。


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この本ではじめて知ったけど、カタカナはその地方言語たる方言をそのまま記述するという用途が、当初にはあったようなのだ。

いささか万能なヒラガナに較べ、カタカナは当初から少数派というか、特殊例としての範疇で使われていたらしき…、なのだった。


ボクが学生だった頃と較べると、昨今はずいぶんと方言というカラーが薄まってる。

でしょ?

コンビニみたいに、均一度が進行してるワケだ。

なんか、少し、惜しいような気がしないでもない。

去年と、今年も、ジャズフェスのスタッフ仲間らとの談笑時、だんだん使わなくなった自分達の方言の数々を持ち出しては笑い転げたというコトがあったけど、さらに20年も経てば、いよいよに…、

「けっぱんじ〜た」

だの、

「ちばけな〜」

だの…、失われる可笑しみもまた多くなるんだろうな。


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※ なぜか同じ図版の表紙の…、別の本。