Hatena::ブログ(Diary)

月のひつじ

2018-05-18

NOH-能-BOY Part4 鉄輪

西城秀樹さんと星由里子さんとマーコッド・キダーさん。御三方とも20年早いようで…、残念。

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この前ご近所の神社めぐりをしたせいではないけど…、久々に、能を。神社が舞台な曲を。前回はコチラ参照。


『鉄輪』。

ちょっと前までは『鐵輪』と旧字体で書かれていた。カナワと読む。

男に捨てられた女。その情念話。

幸いかなDVDが販売されていて、映像観賞しても凄さが伝わる。

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どう凄いかといえば、主人公たる女が情念の炎で身狂って、安倍晴明に目的は阻まれるものの、いやそれゆえに怨みを背負って鬼と化して舞台から去る…、というその顛末だ。

道成寺』のように、鬼と化した女が最後であきらめ川に投身し、いわば成仏するという予定調和じゃない。

『鉄輪』は、1人の女が鬼となり、鬼のまま闇にまみれる。

晴明の呪術で本懐遂げられず、舞台としての山中の貴船神社から一時去るのみで、消滅したのではなく、怨念妄執は温存して山中に消えるという、その消息っぷりが怖いんだ。

映画のようにいえば、これはパート2につながる結末。しかし、能にパート2はない。解決してはいない妄執の行方を不明のままに能舞台が閉じられるんで、そこがとても怖くて素晴らしい。


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いったい、どこで拍手してよいか皆目判らない…、進行と終了も凄いし、これが600年以上も前の作品と思えば、2重に凄みが増す。

いやだからこそ、DVDでなく実際の舞台を眼にしたいワケだ。

( DVDは、観世喜正が女を演じ、貴船神社の杜人(とじ)を野村萬斎が演じて歯切れが良い。安倍晴明役は萬斎でなく福王和幸


この物語での季節は判らない。

けども厳冬の時期がよいよう思える。魔は夏に限らない。むしろ厳寒のみぎりを山中の神社に向かう凍えきった鬼気こそが、のぞましいよう思う。

時間は夜中の2時過ぎ、いわゆる丑三つ時、舞台設定は真っ暗闇の神社の中。


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※ 実際の貴船神社参道


ま〜、今でこそ貴船神社と界隈は川の上にかかった鮎料理の座敷とかで京都の観光スポットだけど、明治以前のそこは白昼はともあれ夜ともなれば深閑として真っ暗。月明かりがなけりゃ、自分の指先さえ見えない真闇に佇む神社だ。

そんな場所に夜中の2時にただ1人、邪念をもって出向くというのが、この物語の凄まじさであって…。

だから、現在のLED照明装置で照らされての舞台じゃ〜いけない。

蝋燭のほのかな薄明かりの中にあるべき芝居だし、可能なら能楽堂の暖房を切っての観賞がいい。このDVDでは一部に電気照明があるようだけど概ねはロウソクのみで演じられ、これが見どころ。


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じっさい、まだ鬼にはなっていない夫人が真夜中2時の山中の寺に向かうシーンをDVDで観るに、それは橋掛かり上で10数分続くが、前シテ(観世清正演じる女)の所作は暗中を手探りしつつ寺へと向かうという暗中恐怖な構成だと判る。


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鬼になりきっていない女の心の情動が、その10分ほどに揺らいでは明滅している。真っ暗闇の山中だよ。彼女は眼で足元を見てるワケでない。妄執が眼となって神社に向かってるんだ。

それを蝋燭の灯りのみで観たいな〜、この岡山で直かに。

(前にも書いたけど、新造される山陽放送のビル内に能楽堂が造られる予定だよ)

いや、あのね…、DVDのカメラって感度が良すぎなの。蝋燭の光で人間が見る以上に映ってしまって、何のコトはない、いくら舞台設定を暗くしてもカメラレンズが明るくしちゃって、ちょっとダイナシ…、もったいない。とはいえDVDで鑑賞できるんだから文句いってるバ〜イじゃなし。


電灯は明治以後のもの。それ以前の能は夜間の場合、蝋燭が唯一の照明だから…、『鉄輪』の余韻は相当に大きかったろう。

暗中模索で神社にやって来た女は、そこで彼女の到来を待っていた安倍晴明の祈祷でもって一切を阻まれる…。彼女の極めて個人的狂おしさは晴明の登場によって、いわば社会的規模でもって駄目と烙印される悲劇へと増長し、鬼女とならざるを得ないカタチへと収斂していく…。

この曲はあくまでも女を捨てた男性側の原理に基づいちゃ〜いるが、女の気分に則して接するや、その口惜しさは尋常でない…。

「巡り逢ふべき時節を待つべしや、まづこの度は帰るべし」

と、これが舞台上での最後のセリフ。怨みの黒い炎にたぎりつつ山中に消えていくんだ。

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600年前、本作が創られ上演されたさいは…、上演後の周辺は真っ暗なんだし、観覧者は、舞台から去った鬼女がそこいらに秘そむような恐怖を味わいつつビクビクしつつ街灯のない闇の中、ある者は徒歩で、ある者は牛車で、家路についたんじゃ〜なかろうか。

観賞者ではなく体感者となるワケだ。室町期の当時、身辺の女性を弄んだ男はきっとイッパイいたろうし…。

だから帰路にいたる過程でヴァーチャル体験でなくリアル感覚として、能の闇に蚕食されるワケだ。


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※ 現在の貴船神社ライトアップで怖くない。


貴船神社の由来を読むと、同社は、万物エネルギーである"氣"が生じる根源の地、「氣生根(きふね)」であったらしい。

女が鬼女に堕ちたのもまた、その"氣"が生じたもの…、"氣"は「負」の側にも強く働くエネルギーというコトになるのかしら? うまいところに眼をつけたもんだ、『鉄輪』は。

安倍晴明の祈祷はその場での鎮めにはなったけど魔の消滅にまでは至らずで、結局、最大ポイントは、貴船神社という「フィールド」の濃さを影で物語っているとも… いえなくはない。

昨今の靖国神社への奇妙な傾倒傾斜にみられる通り、神社という空間が日本人にどう作用するかという点でも、この曲、底が深い。

最近の『スターウォーズ』がテーマにしてるダークサイドの何チャラってのもこの「鉄輪」的領域に属するものかもしれないけど…、スターウォーズのはちょっとチャラいんで、ここでは一緒にしない。もうちょっとガンバッて脚本を練らないと…、600年前の作品にカナワない。

ちなみに作者が誰だか不明。


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2017-11-06

観られなかった「竹生島」

転倒で顔面激突…、から6日。

両足の出血部は色が変わり、痛みはかなり緩和。

鼻に大きなカサブタが出来、顔の腫れはひいたものの、まだ唇は腫れている。

一時は3倍くらいのでっかいタラコみたいだったけど、今は2倍のタラコという感じ。

カッコ悪さは2倍も3倍も同じだから、通院以外は外に出ない。というか出られない。


上下唇が歯に強く圧迫したもんだから、歯で唇が切れまくり、一部は欠損して…、これが腫れの主因ながら、満足に食事がとれないのがイタイ。

アレ食べたいコレ食べたいながら、かすかな塩分でも過敏に反応し、泣きたいくらい沁みて痛いから…、やってらんない。

これを書いてるさなか、ちょっと舌を動かしてみただけでピリピリピリッ。

そんなんだからこの数日で数キロ痩せた。


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※ 琵琶湖竹生島


通院しつつ、メガネ屋さんへも出向く。

新調してまだ1年と経たぬメガネをば…、また新調。

大出血の結果としての大出費。

やってらんない。

けど、メガネの縁で眼の周りが出血したけど、レンズ部が眼球を守ってくれたのはマチガイなく、壊れたメガネのレンズ面の傷部分とメダマの位置関係を思うと、ざじずぜゾッ…。

メガネ屋の担当者がチラチラとこちらの腫れぼったい顔を盗み見てたのは…、ま〜許してあげよう。


しかし、も〜自転車に乗らネ〜、とはならない。

かつて昔にバイクに乗ってるさいHONDA車にはね飛ばされて路上を転がったさいは、その後にPTSDが大発生で、それで今に至るもバイクには乗れないというコトになったけど、自転車は幸いかな心的外傷後ストレス障害っぽい症状がない。

より慎重になって乗っかるまでだ。

でもそれも、顔面が治癒するまでお預け。

打ち合わせやら…、ヒトに会わなきゃいけない制限時間がダンダン縮まってるんで気になるけど、不細工な顔を晒す気にはなれないし、弱ったもんだ。

けどま〜弱りつつも、次の講演で用立てる模型の製作作業のみはチビチビ進めてはいる。


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※ 現在の竹生島カワウの大発生が20年ほど前から激烈で、ほとんどの樹木が糞害で死滅しているそうな…。


かなり残念だったのは、この3日の昼に後楽園能舞台であった『岡山後楽能-竹生島』を観に行けなかったこと。

琵琶湖の中にあって弁財天を祀る神社が今も現存する、小さな島(竹生島と書いてチクブジマと読む)を舞台に、醍醐天皇臣下弁財天(天女)と龍神が織りなすストーリー。

湖中から登場する龍神を舞台上でどう表現するのか、ほぼラストで登場の竜宮城はどう舞台上で見せるのか? 『ブレードランナー2049』のCGのようにはいかないぞ…、などと、この能は未だ観たことがないんで興味シンシン観世流のきびきびとした幽玄芝居を楽しみにしてたけど…、腫れあがった顔じゃ〜、とても。

ざ・ん・ね・ん・む・ね・ん・だ・ッ・た


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明日の火曜の夜は堀まゆみさんと貴ちゃんのライブもあるんだけど…、こちらもパスでまったくもって申し訳ない。

2017-08-27

NOH-能-BOY ~Part3 半能を観る~


半能とは、半分の能のこと。

ベチャリいえば、美味しい部分のみを上演するという仕掛け。

後楽園『幻想庭園』で、この半能が催され、幸いかなチケットが手に入ったんで、体験をした。

半能は、能への入門仕様といってもいいけど、事前の知識も若干に必要。これだけを観て、「能、観たヨ〜」とは云いがたい…。


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後楽園能舞台は昭和20年6月29日の空襲で焼けた。

我が敬愛の岡山演劇界の重鎮・古市はその炎上を旭川をはさんだ対岸で見ているけれど、その時彼女は小学校低学年。炎が能舞台とは判っていなかったろう。

むしろ彼女の眼には彼女が立っているすぐそばで燃え上がった岡山神社に注がれる。

ま〜、この詳細はまたいつか…。

今ある舞台は、戦後かなりが経って落ち着きが返り、何とか予算が捻出されて復元されたもの。

画家・池田遙邨(いけだようそん)の筆で舞台鏡板の松も描かれた。堂々とした大木だ。

これは2度と焼かれたくは、ない。


D


陽がかげり、徐々に暗くなってくさなかでスタートした舞台。

いい雰囲気。

ただ、まだ暑さあり。

都合よくも席は扇風機のすぐそば…。風を受けつつ、息つめて眺め入った。

演目は「葵上」。

"あおいのうえ"は能界の定番だ。

どこを演ずるのかと思ってたら、法師と鬼の対決シーンだった。


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かつて三島由紀夫は『近代能楽集』でもってこの「葵上」を現代の物語に編み直したけど、元よりオリジナルもまた、『源氏物語』の1遍「葵の上」の独自解釈編み直しというのが出自だ。

(表記として、"の"があれば、それは『源氏物語』で、なければ能を指す)

いまもってこの曲の作家は不明。

世阿弥が演じた頃には舞台上に牛車(むろん造りものだったろうけど)が出ていたらしいが、今はシテのセリフの中にのみ、それは活きてる。

しかし、とんでもなくブッ飛んだ作品でいまだ色褪せがない。

ない、どころか…、まだまだ、研ぎに研いだ作りという意味で、これを容易に越えられない。


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タイトルの葵上は人名。光源氏の正妻だけど、舞台上では病いに臥した女性として、ただ着物(小袖)が置かれるのみ。御本人は登場しないのが特徴。

その一枚の着物イコール葵上、という抽象でもって、彼女に激烈嫉妬のまま死んだかつての源氏の恋人・六条御息所(ろくじょうみやすみどころ・没時は天皇のワイフ)が悪霊と化し、葵上を呪い殺そうとするのを法師の力で沈静させ成仏させようというハナシ。

(後半の展開が「道成寺」に似ているところアリ)

この怨みの根ッコには、京の都での自分の乗る牛車と葵のそれとの、「道を譲れ、譲らない」の争いがあって…、葵方の実力行使で六条の牛車は大勢の京都町衆の見ている前で大破するという事件が、ある。

六条は、恥をかかされたワケだ。

この恥辱と葵への嫉妬が二層の車輪となっての悪行だ。

葵上が寝込んでるのは、すでに悪霊が大きく影響しているワケだ。

だからハナシとしては実に単純。

けどもその単純に高圧をかけにかけて、いわば1ケの石炭をダイヤに転じさせているのが、『葵上』という能舞台だ。

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※ 檜書店 『葵上』より


こたびの舞台は観世流と金春流の方々によるもの。

セリフは古語なので意味が大部分ストレートには判らないけど、高い緊張感がみなぎって、情念の在処はクッキリ鮮明。

魅せられた。

ワキ(山伏姿の法師)とシテ(鬼女)の闘争。ワキは眼で確認しないまま6mばかし、何度か後ろ足で早い速度で後退する。1歩マチガったら舞台から落っこちる…、その緊張感。

一方で、舞台右の地謡方はじめ背後の方々は微動だにしない。小首一つ揺らさない。

その対比による"静と動"の姿が、眩いくらいに何とも美しかった。

とはいえ半能…。美味しいところを見せられはしたけど、フルコースのメインディッシュのみを食べたみたい。

物足りなさを感じないワケでない。


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能舞台の開場前。後楽園内の古木でネコがねころがってた。

樹木に実にうまくおさまって平然とし、カメラ(iPhoneですが)を向けても悠々と不良っぽい眼を宙にそよがせて、アリスのチェシャ猫みたいな、なかなかの堂々だったんで、紹介しておく。


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開演前。園内を散策してると大量のデッカイ鯉。こちらネコと違い食料欲しさにシッポを振ってます〜の図。なかなか浅ましい感じだったんで、紹介しておく。


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2017-08-21

NOH-能-BOY ~Part2 晩春~

小津安二郎の『晩春』(昭和24年作品)に、能のシーンがある。

この映画が語られる時には、ほぼ必ずそこが言及される。

イチバンに怖いシーンといってよろしい。

能が怖いのではなく、主演の原節子の表情変化がとにかく素晴らしく…、ヘタなホラー映画よりはるかに怖い。

舞台上の演目は『杜若(かきつばた』。

これは鬼に変じるものでなくって、花の妖精(?)と1人の僧のオハナシでいわゆる夢幻能、怖いものではないのだけど、春爛漫なファンタジー的舞台と客席中の1人の女性の心の変容が一種の無残の対比として描かれる。


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昭和24年当時の娘さんは、27歳で未婚というのは親にとっても世間にとっても違和ある年齢だったんだろう。

そこを原節子演じる主人公は、未婚のまま、父との同居こそが最高と心底明るく笑って譲らない。

しかし、父に再婚のハナシが持ち上がり。その能の席に再婚予定の女性がいることで、表情に"鬼"がでる。

本来、舞台上の能にそれは出てくるものだけど、ここでは客席の中の原節子に出るから、怖い。


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ヤモメの父親との同居継続を強く望んでいる彼女の中には、永遠の子供でありたい、父親コンプレックス、甘え、近親相姦的ラブ、…、などなど観た人ごとに感想は色々あら〜ナ、なのじゃ〜あるけど、ボクには、能を観賞しつつにその表情を演出した小津安二郎の巧さに関心が向かう。

むろん、演出に応えて演技した原節子がダントツにすごいワケだけど、息をのむ。ここはちょっとスチール写真では判らない…。

家族愛というか父への愛、そこに他者が入ってくる事への拒絶、さらには自身が結婚する事、すなわち新たな家族構成に組み込まれる事への恐怖…、それがダブルスな葛藤になって逆巻き、能楽堂の中で修羅が表情となる。


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親子で能を観賞したあと、

「ゴハンを食べてくか?」

との父親の申し出を無視し、

「用があるから…」

と同じ方向に向かって歩きつつ距離を置き、やがて次第に足早になる娘を、父が眼で追うカタチとなってくシーンもまた、すこぶる印象深い。

普通こういうシーンならば、右と左、まったく違う向きにと演出しそうなものを、小津は同じ方向に歩む2人をとらえた。

スクリーンの中で徐々に開いていく距離感が、何とも疼かされる。

舗装されていない道路から彼女は脇にあるジャリ道へと父親から離れ、そこを歩むのだけど、よく考えてみるに、それは線路が敷かれようとしている場所なのだと思える…。

(敗戦して4年めの映画ゆえ、日本中が復興のさなかだからね)


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なので、住まっている場所の変化がその砂利道で顕され、結婚という命題ゆえの変化の兆しとその怖れが、2重構造で組み入れられている…、とそう解釈してもいい。

父の思惑。娘の葛藤。

そこには、やがて敷かれるであろう2本の鉄路が暗示されても、いよう。

同じ方向に向きつつ、ぴったり寄り添いつつ、2本は重なることが出来ない。

あるいは同時に、このシーンでは、能舞台の"橋掛かり"が示されているのじゃなかろうか。

装置としての橋掛かりは、現実から夢幻への入口であり出口…。


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※ the能ドットコムより転載


娘を持つ父親の気分の、その深淵。

父への娘の、その深淵。

橋掛かりを同一方向に歩みつつ、両者は別次元へと向かうという、これぞ映画の深淵…。

事実、この歩行シーンから以後、映画は父と娘の狭間に隙間が出来たのをクッキリと描きはじめる。

能という舞台装置と演出法を、映画という表現方法に小津はうまく昇華させたよう、思える。


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最後の最後のシーン。原節子が嫁いでいった夜の父親の笠智衆の告白とグッタリなうな垂れで、ことの顛末が種明かしされる次第ながら、で余計に印象深く映画は終わるわけだけど、残滓のような後味が何時までも残るのは、昭和24年での社会通念と今のそれとの差異から来るものなのだろうか?

あるいはこの映画の主役2人をシテとワキに例えるなら、そのラストシーンでもってシテである原節子が実はシテを演じたつもりがホントはワキだったみたいな、能という舞台芸能を大いに援用したあげくに映画表現に組み入れたどころか、そこから映画でしか不能な表現にまで運びあげた小津の卓越ゆえなのか…、それが残滓めく後味なのか…、ここは何度か観直してみなっきゃ〜いけないようだ。


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ただ小津は、同じ年に公開となった黒澤明の『野良犬』のようには戦後を描いていない。

主人公親子は物資のない庶民ではなくハイソサエティーに属する生活をおくり、そこを描写するから、「ゴハンを食べてくか?」と、外食のようなコトが平然とおきる。

そも、戦争に負けてたった4年の時世で能観賞できる身分…、での物語。

が、けれどもまた、それも当時の姿の1部なのじゃ〜あろう。庶民ではない生活を描いちゃいけないワケはない。

むしろより注意深くに眺めるに、小津は随所で、横文字を出す。

たとえば、江ノ島近くの誰もいない湾岸道路に設置されたコカコーラの英文看板や道路標識。

たとえば、復興リニューアルの銀座のモダンな建物と横文字看板。


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それらをなぜ彼は丹念に映し出したのか?

シーンとして頻繁に挿入したのか?

たぶん、黒澤とは真反対のカタチでもって小津は、戦後の日本を、英語というカタチで異なる文化慣習に浸食されるのを描写したんだろう。

その光景は日本ではない。が、しかしマチガイなく日本でもあるワケだ。


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巻頭の女性たちの茶の湯のシーンでの丹念なお辞儀と、茶菓子のヨウカンひときれへの礼節、あるいは能のシーンでの和の味わい。

が一方で主人公の原節子はパンを好みジャムをつけるという新たな慣習に馴染みつつもある。

映画が造られた昭和24年の日本は連合国(GHQ)の占領下(1945〜1952)。

当時は配給制で食料事情はよろしくない。ジャムは嗜好品で主に米国からの援助物資として入ってた。

その従姉妹にいたっては、オリジナルのケーキを焼いて、立ち食いし、「バニラ」の量に言及したりもする。


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「鬼畜欧米」とか叫んで和一色の閉じた日本が戦後わずか4年で早や欧米化している様相を、批判でもなく批評でもなく、淡々に描き出して、そこもまたやはり秀逸な"記録"といってもイイような気がしないでもない。

コカコーラの看板が示す通り、黒船来航時以上の大きな津波が津々浦々で生じている…。


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多くの見解は、「この映画は古き良き日本人の姿を描く」というコトになってるフシがあるけど、たぶん、そうではあるまい。

小津作品は『東京物語』が白眉といわれるが、ボクは『晩春』こそと思って久しい。

父と娘の物語ながら、和と洋(とくに米国的な)の物語ともいえる。

占領されているという気配はこの映画からは窺えない。お江戸から一気に明治になっての大変化を日本人全体が平然と呑めたように、焼け野原から復興への変化もまた同様に平然と呑んで順応しているそこに…、何だか共通のヘンテコな日本の隷属隷従な特有性みたいなものがあるのを、小津は気づいていたのかもしれない。

2017-08-11

NOH-能-BOY ~Part1 道成寺~


数日前の朝3時頃。台風一過の雲の切れ間、南西の夜空に部分月蝕中の月。

岡山や香川の1部でのみ見えたそうで…、ラッキーというか、そうですかというか、見上げた直後は妙なアンバイに雲がかかってやがら〜、くらいにしか思えなかった。

黄色でも金色でもなく、白に近いサバ色のかけた月は、その夜はちょっと大きめに見えてたな。

悪天の中の月は、月蝕であれなかれ、いささかの"幽玄"を感じないわけではない。


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幽玄といえば…、能が念頭に浮く。

能に初めて接したのは、はるか昔。

学外授業の1つとして能と狂言に連れ出され、正直申せば、退屈しきって逃げ出したかったというのが実体だった。

狂言『附子(ぶす)』は、毒薬イコール水飴という滑稽味にひかれたものの、面を付けずの公開練習というかワークショップとして見せられた能(何という曲だったかもおぼえてない)は退屈で退屈で、まるでガマン大会の場にいたようだった。


それから数多歳月が流れ、理解が変容して、

「能はとんでもなくスゲ〜、のぅ!」

となったのは50を越えてだから、ま〜、遅れてるというか、始末が悪い。


この岡山能舞台後楽園にしかない。

それも年に1〜2回催しがあるかないか程度な場所に住まっては、能もまた縁遠いというワケ(近年、吉備津彦神社でちょっと催しがあったけど)でもあったけど、いざやそれに魅惑をおぼえると、地方都市住まいは、

「損してるな〜」

などと思わないでもない。

「遠方では時計が遅れる」

とアインシュタインが理論づけた通り、遅延を意識しないわけでもない。


幸いかな、数年先、山陽放送の新社屋に能楽堂が出来るので、空気の色合いがやっと変色するだろうけど、それはまだチョット先。

今は、数少ない市販のDVDだか、後楽園でのそれを観賞して感じ入るっきゃ〜ない。


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能は動きをたのしむものじゃない。

むしろ動かないのを観るもの。

ま〜、それは極端な云い方だけど、動かないことのエネルギーが凄まじいという点では数多の演劇を圧倒し凌駕する。

動かないことで"動き"を示す…、高度な抽象への絞り込みがすごい…。

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※ シテ・梅若六郎 DVD道成寺」より


例えば『道成寺』中盤の「乱拍子」。

小鼓とシテだけの1対1の音と所作の競演は、世界のどこを探したってこれほど密度高きな抽象表現はない。(導入部では笛も入る)

見る側の立ち位置からは、そこの理論を知らないかぎり、これはもう退屈の極み…、であったりもするはず。

シテは扇を手にし、30分以上をかけゆっくり舞台を1周し、その間、小鼓のポンに同期して、ただ足の先がわずかに上がったり下がったりするだけ(セリフもある)なんだから、

「ワケわかんね〜」

そう呟く以前にウトウト寝ちゃったり…、出来ちゃう。


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けども一方、演じる両者といえば、これは極度な緊張だ。

呼吸、気合い、間合い、以心、伝心、気迫…、ジャズ・ミュージシャンのライブ一発な打ち合わせなしのセッション以上の、とんでもない"対話"と"対峙"であって、そこの事情を判れば、見る側もまたえらい緊張にくるまれる。

寝てる場合じゃ〜、なくなる。

しかもよくよくに眺めれば、地唄方を含め舞台上の20名近い楽士たちもまたまったく、微動だにしない…。

シテと小鼓以外全員が息を殺し、個々の雑念を失せさせ、正座すまま、ただオブジェと化している。

結果、舞台上では主題が透明で鋭角なカタチとして研がれていく。


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小鼓の大倉源次朗。途方もない集中と気迫に圧倒されまする…

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ジャズは空気を音で埋めていくけど、「乱拍子」では音はただ、鼓と、ヨー、ホーの掛け声のみ。静寂の間合いで埋めていく。

その気迫のさなか、面をつけたシテは決定的に動作を殺し、扇を宙に掲げるまま、ただもう足の先に神経を集中させ、微かに微かにと"幽玄"を所作する。

いわば、月蝕を見せる…、ワケなんだ。

道成寺』の場合、シテは通常の2倍の装束を身につけ(鐘の中に入っての着替えが必要なので)、さらに面をつけての演技。

重量に耐え、息苦しさに耐えての二重苦での、"動かない"所作、"型"。

それが凄い。

女性の一途ゆえの妄執の念を、激しく舞うのではなく、動きを捨てることで逆手に念の深淵をみせる。これはキツイ。寿命が縮まる演技の極み…。おそらくシテはとんでもなく汗をかいているはず…。

けど、その汗を見ている側は感じない。

静かな動きゆえ逆に情念が濾過され、エスプレッソな一滴一滴の抽出の濃さに達するのをただ見詰める…。

だから役者を見ているのではなく、情念の炎と化した女の様相を凝視するわけだ。


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たとえばキャンプでボクらは焚き火するけど、1本の薪が火に入り、くすぶり、少しづつ燃焼をはじめて赤くなり、やがてどこかの時点でパッと白熱して明るく燃え上がる様子をジ〜〜ッと眺めていたりするが、なんだか、それに近い…。

ただもう痺れたような無我で焚き火を眺めている気分と、「乱拍子」の情念の燃焼を一緒にするのはよろしくないけど、隔絶された情の上昇感で一致する。


その達しの瞬間に「急の舞」へと変化がおき、ついで「鐘入り」のクライマックスにいたって見ている側は一気に物語の奈落に連れ込まれる。

動かないことで女の怨念の昂ぶりを見せ、ついにそれが爆発するや、激しい舞となって、精神が肉体を呑み込んで狂乱させる、その激変…。観客は演じているのを眺めているのではなく、知らず気づくと、情念に悶える女そのものに同化させられるワケだ。

こんなパフォーマンスは…、他にない。


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あえていえば、能は見るものでなく、演じるものなのだろう。

かつての江戸時代、全国津々浦々の殿さんたちの多くが能を自身で舞ったというコトは、彼らはそこに彼らなりの緊張の場を見いだしていたというコトにもなろう。

見せる喜びよりも、ヤッて、曲の緊張に身を置く悦びだ。

茶の湯と同じく、弛緩してちゃ〜ハナシにならない。極めていく様相を感じるコトにこそ"生"を感じていたろう。

殿さん方が「道成寺」のような大掛かりで、ちょっとタイミングを間違うと大怪我をするような大作を演じたとはまったく思わないけど、特権にアグラをかいての遊びという意識じゃ〜なくって、能舞台での緊張に得もいわれない何かを見いだしていたコトは確かだろう。

家康をボクは好みとしないけど、諸般の殿さんの"調教"として、能をチョイスしたのは得策だったとは、思う。

結果として、"調教"されるのではなく、レベルはともかく、自ら選択して没入する"芸"としての能を温存させることになったんだから、な。

花の外(ほか)には松ばかり 花の外には松ばかり 暮れそめて鐘や響くらん

岡山の場合は、たとえば池田綱政は正徳4年(1714)、後楽園能舞台にて、体調を崩すほどに集中して舞ったようで、殿さんの日常が書かれた『日次帳』(池田文庫)に、

「おふらつきあり…」

とキッチリ書かれていたりもする。

70年代あたりのロック・シーンで、時に熱狂し忘我し陶酔してギターを破壊したミュージシャンがいたのと同じく、綱政もまた、能表現において自分自身を拡大させ越えようとしていたんじゃなかろうか…。


D


先に記した通り、岡山でも近い将来、蝋燭能みたいなのが観られるようになる。

多目的なホールばっかりじゃ〜ダメなんだ。

能しか使えない、そんな限定な容れ物こそが望まれる。

650年以上の永きに渡って連綿と、この日本にのみある、日本が日本として自慢すべきなライブハウスが能舞台というもんだ。