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月のひつじ

2018-06-16

塗るストッキング

岡山ティミュージアムで児島界隈の繊維産業の企画展があったさいの同時進行的な講義で、明治岡山での絹(シルク)事情を話したことがありますね。

現在の県立図書館のすぐ近く、明治の一時期、そこに岡山製糸という会社があったこと、蚕(かいこ)から糸を手繰る手法などをハナシの核に、第2次大戦時の欧米のシルク事情も拡散的に話した次第。


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※ 岡山製糸の工場模型。写真資料がなく想像復元ですので苦労しましたなぁ。

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※ 現在のマップで見る。ピンク色の部分→繰糸工葉や寮があった場所。旭川とお堀に接しているのは大量の水(沸かして使う)を必要とする作業だから。下は県庁。左の大きなのが県立図書館。


ご承知の通り、明治の開国で、絹糸の製造は外貨収入の大半を担う日本の基幹産業、数少ないMade in Japanとして誇れるものでもあったから、当時国をあげてガンバッた。

品質の維持とさらなる向上は、絹糸の細さと滑らかさをいっそう際立たせ、同様な絹糸を算出する清とか英国の追従を許さないレベルのものだった。

繭(まゆ)の選別が際立ち、クズ繭を使わない。クズ繭は紬(つむぎ)に使うが江戸時代では二流品に分別され、それで屑だった。そこが明治に活きた。要は切れ切れの糸しか取り出せない繭は屑扱いで使わなかった。そこが他国のものとは違った。撚り合わせはするものの、やや大袈裟にいえば、糸と糸をつなぎ合わせることをしなかった。

明治25年には輸出総量は540万斤に達し、内訳としては米国に61%、フランスに35%が出荷されている。(絹糸の1斤はおよそ600g)


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※ 繭。ちょっと驚くくらい白く軽い。1斤を得るには何千個もの繭が必要。


云うまでもなく、その品質の高さは…、多数の女子工員の隷属的労働が支えたものだった。高い技術力(お湯に浸けた蚕繭から糸を切らないよう取り出す)を持った女工員さんたちは高いノルマもかせられ、働きに働いて、苦痛を日常のものとして甘受させられつつも、寮生活ゴハンがたべられるし理容室も工場内にあるというアンバイで、実態として彼女達の労働こそが日本の収入を支えてるというコトはチョイと判らんような軟禁的搾取な男社会をば造っていた。

岡山製紙も、ま〜、その流れの中にある。60人の若い女工さんが住み込みで働いてた。(明治岡山には岡山紡績というのもあるが、それとは別なので注意のこと。岡山レキシ本で時にこれをゴッチャにしてるのもあるので…、要注意)

住み込みで働くのは…、1つにはバスも列車もないんで通勤出来ないというのがあるけど、電灯がまだ導入されていない事もあって、夜明けから日暮れるまでの明るい時間帯およそ十二時間くらいに大いに仕事してもらって効率をあげるというのが理由だった。下の写真では、窓を外して少しでも明るくしようとしているのが判ると思う…。ぁあ女工哀史…。


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彼女たちが紡いだ糸は米国に渡り、今度はそこで編まれてMade in USAとして製品になり、『スカーフ』や『絹の靴下』や『絹のストッキング』となって売り出された。

こういうのは素材が均一でないといけない。JAPANの絹糸はもってこいの素材だ。

わけても、『シルクのストッキング』は超がつくほどのヒット、大人気。

コットンのそれとは大違い。極薄で滑らか、それを身に着けることで、女性たちは過去に類例のない高みにまで登った自分自身を感じとった。2本脚がシルクのストッキングでもって、自分でもウットリなくらいに変身。すなわちそれが男性をひきつける魔力をもった小道具であるコトを知覚した。それに…、いささか高額なところもプライドを刺激した。

遠い東洋の端っこの島国でおびただしい人数の未成年者を含んだ女子工員たちが寮生活しつつ紡いだ糸…、というようなコトはどうでもよく、需要と供給はマッチしてクルクルクル回転し続けるハズだった。


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※ 未成年者らしき幼っぽい顔の女工さん達


元より刺繍文化のフランスでは日本の絹糸を用いて豪奢なハンカチを造り出し、それを今度は日本が買ってとってもありがたがるというようなコトも起きた。明治半ば頃の日本では輸入ハンカチと西洋傘はステータスな舶来物として、ほしいモノの筆頭にあった。

米国では鉄道網の発展に伴い、カタログ通販の「シアーズ・ローバック」が急成長。田舎町へもシルク・ストッキングを送りとどけ、また量産化でプライスダウンにも成功しつつあった。


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※ シアーズの通販カタログ。部分。


けども、亀裂した。

国家同士の軋轢が嵩み、米国日本製品の国内進出を阻みにかかる。

日本が政治的態度を改めない限り、絹糸は買わないし米国内に入れない…。石油も販売しない…。

そうやってるウチ、一線超えちゃった日本のハワイ攻撃で大破局

米国は当然に反撃を開始する。

ナチス・ドイツファシストイタリアに次いでジャパンも加えてのワースト3つ揃えとして敵対し、富裕な米国戦時体制となる。


たちまちに不足したのが、絹だった。

ストッキングのみに需要があったワケじゃない。実は戦争にも絹は用いられる。その最大需要は落下傘。ヨーロッパの戦線においては空挺部隊の活躍がめざましい。落下傘で大量の兵隊や物資を敵陣背後に投下する。

その落下傘の布地が絹なんだ。綿や麻じゃ引き裂ける。唯一、シルクのみが一人の男を高所から無事に落下させる素材なんだから、これが大量に要るわけだ。当時は空力学とかがそう解明されていないから、ヒト一人を空から無事に下ろすには大きな面積の、およそ今の学校の体育館の床面積ほどの布を必要とした。それが何万枚も必要だ。しかも使い捨て…。

映画『史上最大の作戦』で空挺隊の一人が協会の鐘楼にひっかかって、下に敵兵がいて難儀するという有名なシーンがあるけど、その時にジワジワ裂けていく落下傘の音が、まさに”絹を裂く”、それだ…。

その最大にして最良の絹を提供していた日本と敵対したんだから、当然に絹はなくなる。

それで米国内デパートなどでは、破けたストッキングや靴下でもいいから回収に協力してよ…、回収箱が設置され国をあげて再利用の努力をした。


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※ 米軍の宣伝告知

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※ 米国のデパート内の回収箱


さて、ここで問題がでた。

既に絹のテーストを堪能している女子一同にとって、シルク・ストッキングの入手難は致命的だ。恋人や夫が戦地に出向いてはいても、日常の自身の足をくるむストッキングがないというのは決定的にダメなことなんだ。欲しがりません勝つまでは…、の全体国家の日本と違い、戦時体制であれ米国英国はストッキングを履く自由まで奪われない。


そこで登場したのが、”塗るストッキング”だ。

疑似かつ代用ではあるけど、そういうのが売りにでた。愚かしいといえば事実その通りだけど、一度ストッキングを味わってしまった足は…、ストッキングなしでは不安で仕方ないという心理がこのケミカル製品を製品たらしめた。

ここで紹介する写真は講義のさいに用いたものだけど、聴講くださった皆さん一様にこれを知らなかった。


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※ 1940年米国婦人雑誌の広告

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※ 下の3枚は当時の雑誌『LIFE』の写真ページ。

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知る手がかりを得たいなら、数年前にNHKで放映された英国TVドラマ『刑事フォイル』を観ると、よい。

DVDも出てる。

第2時世界大戦中の英国の田舎町での刑事ドラマで、意外や、とても秀逸。当時の事物風俗をよく再現している。

街を歩く人々がいずれも段ボール製みたいなボックスタイプのショルダーバッグを肩から下げているのが、すぐに判ると思うが、それが何だか、今のたいがいの日本のヒトは判らないと思う。


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小さな親切で回答しておくが、これは政府支給した毒ガス防御のためのマスクが入ってるんだ。

翻訳吹き替えにチカラを入れたらしきNHKだけど、でも説明を一切しないからチョット駄目。当時の英国やらの生活文化の事情にまでは眼が向いてないんだろう。


その第1シーズンでの1エピソード「エース・パイロット」に、”塗るストッキング”がチャ〜ンと出て来る。休暇で帰ってくるパイロットの彼氏とのデートのために、それを足に”着けて”るというシーンがある。米国だけでなく英国もそうだったんだね。


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※ 『刑事フォイル』の1シーン。足に塗るストッキングの描写。女優さんの眉の濃さとカタチ、口紅の色合いなども…、時代をうまく描写してる。


戦争中の歴史を学ぶという意味では、こういう銃後の姿カタチを学ぶべきと…、ボクは思う。国民服にモンペで統一した全体主義国家とのレベル差も、これで知れる。

NHKはそういった風俗事情を説明しないから、テレビを観た多くの人には謎であったろうと、残念に思う。

意外やこの番組はアンガイと公平に当時を顧みていて、たとえば、イタリアナチス・ドイツに加担したと報じられた途端、英国の町中、昨日までは友達のように馴染んでいたイタリア出身の家族経営の喫茶店が同じ町の英国人から迫害され店に火を放たれるというような描写もある。


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しかし塗るストッキングはあくまでイミテーション、代用だ。

なにしろ、雨が降って濡れたりすると…、溶けちゃうし、”脱ぐ”ことも出来ずで、洗いおとすだけのミテクレ優先な代物だ。

なので、不満がくすぶり出す。政府に対して、絹を何とかしろ〜〜、クレームが寄せられだす。こういう庶民的内圧がイチバン政府としては怖い。

そこで米国政府は、絹に変わる素材の開発に力を入れた。むろん、女性のストッキング需要だけにではなく、落下傘素材のためにだが…。

その開発に成功したのがデュポン社だ。ナイロンというケミカルな新素材を生み出した。落下傘という仕掛けでは絹より効率が高い。それに廉価で量産できる。


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※ 開発されたナイロン・ストッキングの大宣伝

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こうして、落下傘の素材が変更になり、同時に国内(英国を含め)での女性の不満を解消すべくな、ガス抜き効果としてのナイロン・ストッキングが大々的に売りに出される。


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※ 発売初日の米国デパートの様子。最前列の左にオジサンもいるのは…、恐妻家ではなく、多めに買って転売しようと思ってるヤカラに違いね〜。ちなみにこれはまだ戦争中のヒトコマです。


戦時下の1943年にデビューしたかのスーパーマンの衣装は、今から顧みれば、それはナイロンそのものをアピールしたものだった。

大のオトナの男が身体にピッタリなタイツを履いてる滑稽は、けれど新素材誕生のブラボ〜!な凱旋的賛歌でもあった。

今どきの『アイアンマン』なんぞがロボティックな3次元曲線の金属素材で身をかためるのと同じで、時代が要請した装束なのだった。

その登場によって結局、JAPANの絹糸に依存しなくてもヘッチャラな国へステップアップしたわけだ、米国やらは。

2018-06-06

ミルキーソフト

さぁさぁ、やっと手に入れたんだから、報告だ。

不二家の塗るミルキー、『ミルキー ソフト』だよ。

この製品のことを知って2ヶ月。

でも、出歩くたび、スーパーの棚なんぞを探したけど、まったく遭遇しない。

もちろん、ペコちゃん求めて3千里…の旅、なんかしない。店頭にあれば買ってみよう程度なもんだ。

だけど、2ヶ月は長いじゃないか…。よほど品薄な少量生産か、販売にチカラを入れてないのか…。

それで、近所のディリー・ヤマザキに「発注」してみた。ご存知、ヤマザキ不二家は資本関係がある。不二家の親会社が山崎製パンだ。

だから、仕入れというか流通も多少は融通がきくだろう…、との目論見だ。

ビンゴ!

なんと、3ケ、入荷したという。

ダースでないところがコジンマリして、いい。

とはいえ、3ケも買うわけにいかない。

まずは味見なんだから、1ケでよろしい。

けどもそうして手にした喜びったら、3ケを超えて4ケ分に価いするぞ。

ありがとう〜、ディリー・ヤマザキ


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さぁ、味わうぞ。

ぜったいにうまいはずと、早朝に、日清チキンラーメンと一緒にパン一枚で味わってみたのだっちゃ。

たっぷり塗りたくる。というかノッける。

むろん、敬意を表して食パンヤマザキの。

ああ、ちなみに岡山駅2階の中央改札前のいつも大賑わいのパン屋さん”VIE DI FRANCE”も実はヤマザキだ。

ヤマザキのホームページから辿れば、オシャレな英語ホームページを見られるぞ。

ま〜、そんなことはどうでもいい。


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チキンラーメンミルキー味な食パンコラボレーション

いや、これはも〜、高貴な方々にも是非にオススメだよ。

チキンラーメンのややソルティ〜な濃さと善い意味でのモッサリな穀物感と、ペコちゃんミルキーの文字とおりなミルキ〜ウェイっぽさが、かつてザ・タイガースが歌ってた、「銀河ぁ〜に浮かべた〜、しろい〜〜小舟ぇ〜〜」ってな郷愁ぶくみの甘美な出会いとなって、お口の中で会合を喜びあうんだ。

そも、飴をペイント仕様にしちゃった点でコペルニクスもニッコリだけど、この滋味が焼いたパンに浸透してるんだからネ。甘味と穀味のコク味な出会い系銀河路線。これはノッたものでしか味わえない感無量な法悦って〜ヤツだ。


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いま、この国は、嘘の上に嘘を塗りたくって平然な厚顔がまかり通る劣悪で、未曽有な危機状況にまで荒廃が侵食していると思うけど、ミルキーソフトは塗りたくっても嘘でないね。いいね。

その上、豪奢に生タマゴだよ。

このトロケ黄身ぃ〜とトロケミルキ〜の相乗効果が、華の大輪。

ホントだよ。嘘と思うなら試してみんちゃい。


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2018-06-01

おりかえし

6月。

1年のおりかえし地点。

6月の花々は日差しより雨模様が似合う。


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だけど〜、コチラは、おりかえせない感ありアリの蟻地獄。

とある作業がすすまない。

すすんでないワケじゃないが蟻の歩み。講義室でチャプチャプしゃべる方が楽だなぁ…、とアタマを掻く。いずれはマトメなきゃいけないコトになってたワケで、それが本年という次第ながら…。

要はおしゃべりと違い、行と行の間をおちゃらけ出来ないのがしんどい。


で、また、こういう時に限ってトラブル発生で、対処に時間が奪われる。

自社ホームページがなんだか変なアンバイで、トップページがDavid Bowie関連の案内みたいなコトになっちゃって、いわゆる「サイト改ざん」に遭遇したぞ、弱ったぞ〜、慌てるやら塞ぐやらで、不法な書き込みモジュールの捜索で全ページのチェックやらやら…。

けど、わからない。

ぁ〜、おてあげだぁ〜、嘆き節を喉元で揺すらせ、専門業者にお願いするっきゃ〜ないか…、諦め気味な溜息ついた途端、フッと気づいた。

「.com」の期限切れ。

要は数年ごとにやらなきゃいけないドメイン更新手続きを忘れてたんだな、これが。

急転で一件落着。

数日ドタバタしたあげくの、ていたらく。あらためて溜息1つ2つ3つ。


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しかし、庭先の実際の蟻の動きをば眺めるに、実はアリさん、まことに早く動いてる。チョコマカちょこまか素早い。歩いてるというより小走りに近い。眼で追うと、わずか数秒で1メートルを超えて移動してる。だから蟻の歩みとヒトを比較するのは良くない…。

しかも、雨の中でもチョコマカ駆けてる。カッパも着ずに。


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6月の花たち

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ところで米国では、日本の軽自動車は公道を走れない。

これってアンガイ知られていない。

嘘と思うなら、映画『ダイハード4.0』を観たらいい。

テロリストどもに襲撃された電気会社の施設内で、ナンバープレートがない”カートカー”として置かれているのを眼にするだろう。

ま〜、顧みて米国映画を思えば、軽自動車が出てくるシーンはないよね。だから逆に『ダイハード4.0』での、存在に気づかされるワケだ。

要は、米国の安全基準に満たず、ゴルフ場内のコース移動みたいな使い方は出来るが、外に出て道を走ってはいけないというコトなんだ。

たしか1000CCだか1200C以下の排気量では車として認められないという”安全基準”だったと思う。

逆説的にガラパゴスな基準とも感じるけど…、他国のコトゆえ、だからいや、別に構わんけどね。


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我が1300CCのMINIは、ただいま車検中。

なワケでまたぞろ軽自動車を代車として使ってる。

しかも新車だ。

装備は至れりつくせりで…、すごいね、このガラパゴス進化は。

しかし外装のゴテゴテなデザインは…、はたしてデザインに値いするのか? ただの過剰だ。

ま〜、代車に文句をいってもシャ〜ないけどね。


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愛知の小笠原製粉の「キリンラーメン」が、”おとなの事情”で名称を変更するとのハナシ…。

たびたびでもないけど、何度か食べた。独特な実にあっぱれな庶民感覚のパッケージ。他にこのようなのがないから印象深い。

でも、キリンビールの「キリン」が穀物加工品なんぞに”キリン”を使う商標登録をしちゃって、小笠原製粉の首ネッコを締めたんだろうね〜。

小笠原製粉は1965年だかの販売開始から、ずっと、キリンラーメンの名を商標登録していなかったようだ。

裁判沙汰になって、法的には「キリン」の言い分が認められ、小笠原製粉は負けてるようだ。

法というのは、必ずしも正義の味方じゃないね。ABE問題での官僚らが

不起訴になったのも同じ…。

いずれたぶん、「キリン」は傘化企業のキリン共和フーズあたりから、『キリンラーメン』を売りだしたいんだろうね〜。

どうも、おとなの事情っぽくない。

巨人ガリバーが蟻を粉砕するようで、感じワル。

もっとおおらかであって欲しいけど、近頃の自動車の顔つき同様…、眼が吊り上がったオレがオレがの気配蔓延中。

2018-05-13

近所にいっぱいあるアル…

自宅から半径2Kmで円を描くと、コンビニエンス・ストアが8軒も入る。犬もあるけば何とかじゃないけど、多いね。

全県では5万5千軒あるそうで、さらに増加中。

しかし、それより多いものがある。

神社だよ…。

「神社本庁」によれば、祠みたいな小さいのも含めて15万社を超えるという。草木に埋もれちゃって調査出来ていないものまで入れちゃうと、正確な数はワカランというトンデモないことになっている。


そこで試しに、作業の手を休め、自宅近くのお馴染みさんの龍ノ口山界隈はどうだろ? チョイと調べてみる。

今やってる作業は資料を紐といちゃ〜部分を抜き取り、他資料と照合させてオッケ〜そうなら考察加えて新たなテキストに起こすという面倒なもんだから、肩はコルわ、眼はヒョチョヒョチョするわ、でも継続集中でなきゃ〜見逃してしまうポイント多々で…、もとより1点集中が苦手なんでイジイジが募る。

なので息抜き。

グーグルアースをば眺める。

龍ノ口山は最大高が257mという程度なもんじゃあるけれど、衝立のような景観効果があって悪くない。その南側の麓界隈に点在の寺社をば、チョイと調べてみたわけだ。


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※ 龍ノ口山全景。


さて、結果だ…。

旭川の方向から東への順、山裾の概ね直線で3Kmの範疇で、以下に列挙。


寺–––––––––

安養寺。最明院。浄土寺。この3寺。それにくわえ、今はもう機能していないけど、8世紀に建立されて礎石のみが残って公園になってる賞田廃寺跡。

4つだ。


神社–––––––

総社宮。高島神社。日吉神社(賞田)。日吉神社(湯迫)。稲荷八幡宮(土田)。若宮社。柿本神社。松尾御前神社。大神神社。梨本神社。宇像神社。木之山神社。八幡宮(四御神)。

さらには龍ノ口山からわずか200mほどの所にコンモリとした丘があって、そこにも、木野山神社、天津神社というのがある。

くわえて龍ノ口山の頂きに鎮座した龍之口八幡宮。

なんと16社。

旭川から祇園用水への取水路へと分岐する場所にポツンと置かれた水神宮っぽいのを入れると、17社。

ぁあ〜、なるほど、こりゃローソンもファミリーマートもヤマザキもセブンイレブンも負けるワイ。

いささかビックリもんだ。


以上は、本社、摂社、末社という格付けを平たくしての社(やしろ)の数。ほぼ同一の場所にあって、とっても小さいのも含む。

神さんが仏像というカタチで常駐のお寺と違い、ふだん神社に神さんは居ない。

社は屋代といい依代(よりしろ)ともいい、神さんが寄り来る時もあるんで日頃より祀っておく場所だ。規模の大小は関係なく、いわば公園のベンチのようなもの、神さんがちょっと休憩で座っちゃうみたいな場所としての”神社”。


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賞田廃寺跡の大きな敷地が示す通り、7世紀の飛鳥時代頃は龍ノ口山の麓からその前面に広がる平野こそが、岡山の中心地だった。

それから数世紀を経た後、宇喜多直家が岡山城を造って旭川の西側に街を起こして中心地がやっと移動したという次第だから…、龍ノ口山界隈に神社が多くあっても不思議はないけど、それにしても尋常でない数。

祇園の素盞鳴神社や八幡東町の敷地の広い八幡宮まで含めると、20社を超える…。

かつてラフカディオ・ハーンが著述した通りの、「神国」日本の姿が浮き上がる。


ま〜、せっかく調べたんだ…、画面上でなく、幾つかの実物を探訪してみた。

車でブラリ。

自宅から2〜3Km先という短距離ながら、出向いたこともない神社の方が多いや。

宮司さんもいなく、既に拝殿は失われて本殿のみが鎮座というのが多い。

見るからに廃れた感触のものもある。


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四御神(しのごぜ)という地域の大神神社の拝殿部。門に随身像があるようだけどガラス窓に遮られて中がうまく見えない。残念。この神社は秋祭りとかでは結構な賑わいになる。


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大神神社と同じ区画内の宗像神社。お水が赤く濁ってる理由は不明。

大神神社の一部でお飾り的なモノと思ってはいけない。これって別個独立の神さんの休憩ポイントなり…。福岡の宗像神社と同じ神さんが祀られ、そこは海上交通の要衝を意味するから、この四御神のも周りを水にしちゃてる…、んだと思う。


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大神神社拝殿のすぐ隣りにある松尾御前神社。この場合の御前(ゴゼン)はたぶん接尾語で、「かかる折節には松尾の神様オンマエにこそかしづき申すなり〜」という感じかな。京都が平安京だった頃に松尾大社というのが出来てるから、なんか関係があるんだろ、きっと…。


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大神神社横手でひっそりしてる4つの狛犬。これは、若宮社、木之山神社、柿本神社の3つの内の2社に付随のものだろう…。

明治となっての神社合祀で集合させられたと思われる、その名残り的な配置。

狛犬にとってはチョット不本意だろうね。これじゃまるで野犬の集会だ。

ま〜、だからかつて昔はその3社は別場所にあったと考えてよい。というか、大神神社の場所に、松尾御前神社も宗像神社も他の神社たちもが寄せて上げてブラさがりな格好にされたんだろね、明治の初期に。


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左が木之宮。右が御霊社と天満宮を合祀した社。


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梨本神社。家屋より土台が小さいのは何故だろね〜。ひょっとして、この土台になっている石にホントは何かの謂われがあるのかも知れない。


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賞田(地域名)の日吉神社。樹木が繁ってトンネルのようになったやや急峻な坂を登った山中にある。案内の看板もなく、ここを訪ねるヒトはほぼいないだろうけど、緑に囲まれ良い感じ。

本殿は補強材が左右に突き出ていてチョット妙な形。今でこそ緑に囲まれきっているけど建立時にはそこから平野の眺望が見えたと推測する。


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日吉神社すぐそばの遺跡。左右ともに折れた門柱。写真では判別しにくいだろうけど、険しい坂の上にあって、かつては別の神社があったことが判る。もはやマップにも記されないが大仙神社とある。仙の字から…、かつて修験道の山伏が開いたかしら? 勝手に想像する。

はるか昔日の龍ノ口山では天狗も飛んでたかしらん…、面白がる。

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休憩。

古民家改造のカフェ「アマンディア」でランチ。大きな肉が2つ入って辛口、ごはんも適量。

「あっ、久しぶりのビーフカレーじゃん」

ポークに馴染みきった舌が束の間の浮気を喜び〜フッ。

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軒先の水盆には何種かのメダカが群泳で、これはオーナー女史のお父さんの趣味とか。背筋が綺麗でよく育ってる。10匹単位で譲るわよと申されたけど、ウチの庭池にゃ金魚がいる。たぶん食われてしまうだろうから、断念。

コーヒーもいただき、そのまま車を停めさせてもらい、さらに近場を探訪。


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アマンディアから徒歩10分で高島神社。看板も何もないけど、大正時代に増築されたらしきの石門が樹木の合間から顔を覗かせている。そこをくぐって樹木のトンネル、いささか急峻で草茂り放題な山道を数分登れば、平地にでる。

灯籠や拝殿があったと思われる礎石跡も見られ、往時はかなり豪奢な神社であったろうと想像できる。少なくとも大正時代までは大事にされていたようだ。境内に大正時代のエライ軍人さんが同神社を讃えて建立の大きな碑もある。

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高島神社本殿。

誰も観光に来ないし、人気スポットでもない。知ってはいるが参詣したことはないとカフェの女史。ま〜、そんなもんだ。けど、とある日、ひっそり神さんが来臨して、束の間の休憩をし、誰もいないから着物を脱いで日向ぼっこして、またどっかに行っちゃうようなコトは、空想できて面白い。

廃れている方が、かえって面白い。

その日向ぼっこ的空気感となれば、やはり山の南面がイチバンだろう。試しに龍ノ口山の北側を調べてみると、大野原神社というのが1つあるきりだ。風水思想を持ち出す以前に、日差しがよくあたる方角が好まれたというワケか。


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湯迫温泉の真後ろに位置する浄土寺脇の、日吉神社(賞田のとは別ね)。意外や立派。日吉神社という同名なのが2つあるのがややこしい…。ヒヨシと読むのかニチヨシと読むのかは不明だけど、のどかな日差しを浴びる感触だけは一緒。


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日吉神社裏手の若宮神社。社殿はもう失われて久しく、ただ石碑のみだけど、これはマップにも記載がある。


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実際に歩いて眺めてみるに、マップに掲載のない社も、ある。

たとえば日吉神社(湯迫)の真裏には、小さな祠が連なり、よ〜く観察するに三連荒神と古い字体で書いてある。神社じゃなく仏教の世界には三宝荒神というのがあるけど…、さて?

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しかし、この三連荒神は2つしかない。おそらくは台風だかで倒木があって壊れちゃったんだろう。それがそのままになってるという図かしら?


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その横手に、とっても小さいのが1つ…、鎮座してる。

古稲荷神社だそうな。

本来の社は名前すらとっくの昔に失せて石だけになってるのを、申し訳程度にあり合わせの木材で造ったんだろう…。

で、こんな光景は全国に見られもするだろう。水木しげる御大はこういうのにインスピレーションを受けたと思えるね。

そう、妖怪ポスト。


半日かけて以上をめぐる。

遠くに行かずとも、あんがい身近な所で面白いのを見いだせるね〜。神さんの休憩ポイントだらけ。

でも、5月で既に草に覆われつつあるお社が多く、いずれも山の麓というかチョット中に入って坂を登るという場所ゆえ…、梅雨時や夏の盛りは出向けないなぁ。ほぼヒトが入って来ないから、きっとニョロニョロしたのが大きな顔をしているからね。

見学は冬からこの5月までが、いいな。

2018-05-08

西大寺観音院

お寺でゴ〜ン♫ 思いたってGO。

西大寺観音院に行く。


はるか大昔は犀戴寺といった。

新寺を造ろうと紀伊の安隆上人がやって来て資材を集めてたら、サイのツノを持った龍神が現れて、そのツノで地面を固めて本殿を建立せ〜、と告げられた。それでサイから頂戴したというコトでサイダイジという。

寺からチョンボリ離れて隣接の公園に、サイを顕彰する像がある。名のインパクトにのみ注視すれば、犀戴寺の方が何やら迫力があるような気がしないでもない。

何でサイなのかは判らない。


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※ 本堂横手の吉井川の支水路。

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※ 水路の橋を渡って公園にいたる。


近年は、亜公園がらみの調べ物やらやらの関係で神社に接することが多く、気分の置き場としてはお寺さんより神社の方がポイントが高い。

うちは神道ではないし、阿弥陀さんのお仏壇があって年数回は坊さまもやって来る次第ながら…、空間としてどっちを好むと迫られたら、巫女もいるから神ジャ〜、エールをおくってしまう。

でもま〜、神仏習合な国なんだからヨロシイじゃ〜ござんせんか、どちらでも…。そのあたりは一向に気にしない。じっさい、西大寺観音院にも稲荷社が同居しているし。


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西大寺観音院は稲荷もあるけど、基本は真言宗のお寺さん。

安隆という人物が紀伊から来たというのは、高野山を指す。空海の真言宗だね。

だけど、2月の裸祭(会陽)があまりに有名過ぎて、逆説的に、それがお寺本来の魅力を減じているような気がしないではない。1241年も前からある寺という感じが…、薄い。

会陽の裸祭は室町時代がスタートらしいから、西大寺そのものの歴史として最初からあったものでない。むろんそれで、同寺は奇祭の寺として名だたる場所になっているけど、その得と引き換えに何かを失ったような感触がなくはない。


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※ 会陽で使われる水垢離、禊ぎの場(中央に観音像があって、その足元からシャワーみたいに水が出る)から、パチリ。


禊ぎした裸の男達を受け入れ、宝木(しんぎ)の争奪を見せるための特設の席が本堂に向けて常駐しているからスタジアムっぽく、古刹に似合うべきな落ち着きが欠けている。

出向いたこの日は本堂屋根を修繕中で、余計、何やら落ち着かない。

要は古さを感ぜすで、会陽のたびにここはリセット更新されてるんじゃなかろうか…、新陳代謝の息吹の方を濃く感じてしまうのだった。


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※ このブルーのプラスチックな椅子席はま〜必需なものかもしれないけど、会陽以外で何かに使うのかしら。と云いつつ…、ここで弁当をひろげてもイイカとも思ったけど。


でも、その辺りの感覚的諸事情は当のお寺さんが十分に認知されてはいるようだ。裸祭りだけの寺じゃないよと奮闘されているようだ。

じっさい、今、西大寺観音院はインターネットのファンディングを利用して寄進を呼びかけていらっしゃる。

古い絵図(それもまた裸祭がらみのものじゃあるけど)の修復がために、費用を集めていらっしゃる。古きを今後に伝えるべく、その最善を模索されているようだから、それは悪くない。


古い絵図なんぞを本格的に修復保存しようとすれば、かなりの費用がかかる。けども修復でもって曖昧だった過去の一部は浮き出てくるハズだ。

こういうのは、声援をおくりたい。

詳細はコチラ

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過去というのは常に曖昧になる。

例えば今、亜公園つながりで明治岡山駅前のコトを調べてるけど、同じ事物を記述していても資料となる書籍で皆…、違う。

なので迂闊に1冊の本のみで「史実」と思い決めて考察するとエライ目に遭う。たかが明治の昔でそ〜なんだから、1241年も前に建立されたらしき寺の過去はもっと激しく曖昧でしょう。

紀伊の安隆上人とあるけど、高徳をつんだ僧としての上人(ショウニン)か、あるいは普及ボランティアとして全国を行脚した高野聖の、しかし気高き人としての(ジョウニン)だったのか…、判らない。さらにその当時は、上人と書いてウエビトというのもあって、これは天皇のいる殿上に昇殿を許された人を指しもする。

当時はその方々を知ってるから上人と書いとけば意味するコトは判ってたろうけど…、後年になるともう記憶が薄れちゃって、その2文字だけじゃ〜人物の素性が出てこない。

だから今、それら不明を探るのは、例え経費がかかろうとヤルべきな大事だろう。


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西大寺観音院のHPより。


けど、いささか残念に感じたのは、同寺のホームページでの熱意ある取り組みと、同寺に訪ね寄ってみる限りでの印象がズイブンに違うことだな。見落とした可能性もあるけど、寺の文化財保護の寄進を求めてる旨が寺の中のどこにもなく、チグハグな感触をおぼえさせられた。

集金に関しての寺という立ち位置による税の問題とも思うけど、寺を預かる方々の世代間の感覚差があるのかもしれない…。


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初々しい感じいいカップルがお賽銭を100円にするか500円にするか悩んでた。


ちなみに会陽の開始を告げる「会陽太鼓」は全員が女性だそうな。彼女たちも例の観音像シャワーのところで白装束で禊ぎし、それから太鼓を叩く衣装に着替えてガンバル。これがいつからそ〜なのか知らないけど、男たちを鼓舞する女たちのドンドドドンッ、役割分担で男女とも参画しているわけで、どこかの相撲協会の硬直を思うと、”まわし”具合がダンゼンよろしいなぁ。

2018-04-28

食の光景2つ


1–––––––––––––––

かつて天正元年(445年前です)。信長は畿内で大きな勢力誇示の三好家を攻めた。

そこに坪内某という包丁人がいて、合戦のさなか、信長の家臣・菅谷某に捕まってしまった。

三好家の包丁上手だということを聞いた信長は、試しにと彼に料理を造らせたが、ひどく水っぽく、薄味で、まったく口にあわなかった。

それで信長はこの料理人は不要、処分を命じたが、家臣の市原某が、もう1度チャンスをあたえ、それでも口にあわないようなら切腹させましょうと、なだめた。

翌日にまた料理させてみると、今度の膳はすごく信長をよろこばせた。

大いに破顔した。

味を誉め、一命を助けたばかりか、俸禄(ほうろく)をあたえ、織田家の料理人の1人として召し抱えた。


信長没後、後年になって包丁人は『続老人物語』で、こう回顧した…。

「前日の塩梅(あんばい)は三好家の風なり。翌日の塩梅は第三番のものなり。三好家は長慶(ながよし)より五代、公方家の事をとり仕切り、政りをとり計らいぬれば、何事もいやしみ給う事、ことわりなり。翌日の風味は、野鄙(やひ)なる田舎風にて候えば、信長公の御心に入りたるなり」


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要約したが、以上は森末義彰・菊池勇次郎共著の『食物史』に載っているエピソード

この本は昭和25年頃に初版が出ていらい40年代前半まで版を重ねたり図版多数を入れた改訂版が出たりと賑やかだったけど、その後は文庫化もされずな残念なことになっている。

なので古書を求めるしかないけど値が崩れない所をみると、いまだ一定の需要アリと思える。事実、岡山大学図書館もこれを処分せずながく蔵書としている。

下の図でのお膳立では、初めてこれを見たザビエルが、

「各人個々に、はなはだ清潔なる小さな机を幾つも用いて…」

と「耶蘇会日本通信」に驚嘆した旨を記すとか、他書では見られない記述が豊富。

大テーブルに一同座ってムシャムシャでない、武士の佇まいの精錬と様式にザビエルがビックリした様子もうかがい知れる。


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※ 室町時代の武家の膳立て。

右側の平(ひら)は、煮物用の平らな蓋付き器。坪は、煮物用の深めの蓋付き椀。

猪口(ちょく)は酢の物や和え物を盛る。台引は、羊羹や伊達巻など甘いもの用。


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※ 同時代に描かれた包丁刀と真魚箸(まなばし)を使って鯉をさばく庖丁人の図。調理の腕前を披露する解体ショーはこの時期にはじまっているようだ。


ともあれ、天下人となった信長の舌を、この坪内某コック氏は侮蔑を巧妙に混ぜて語って、オモシロイ。

信長は揚々炯々活き活きと生きた人だったろうが、坪内さんもなかなかのもんだ。

けども、その味覚指向の部分では、

「確かに!」

と、ボクは納得はしない。

京都的薄味はんなりを最上と思ったことはない。信長同様にモノ足りない。

季節のそれとは了解するけど、

「やはりお魚はハモよのぅ〜」

とはチッとも思わない。

が、だからといって、鯖こそイチバンとも広言はしない。

しないけど、田舎者の舌であるのを恥たりもしない。


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『食物史』を読んで感じいったのは、今でこそ平たくなっちまったけど、かつては地域チイキでの味覚、時代の流れの中での味覚、が活き活きとしていた…、という事実だろうか。

物流システムはあんがい早くから整いつつだけど、保冷車があるワケでなく鮮度高きのまま運べないんだから当然だし、それが地域性を濃く反映した必然な食をもたらした。

宣教師が頻繁にやって来て各地の大名が洗礼名を名のった頃はその地域においては牛肉もケッコウ消費されだして、食文化も変革されつつあった…。

それが徳川政権のキリシタン弾圧で一転、火が消されるように廃れてった。ちょうど今の子供がクジラ肉に興味を示さないのと同様に、牛肉の味わいは忘れられてった…。


信長の基点となる岐阜界隈の食生活を知らないけど、我がコトとしては県北の山間地・津山での食と、引っ越してきたこの県南とじゃ、少なくとも昭和40年代頃はえらく違ってた。

シャコというのを初めて知り、それがバケツいっぱい買っても数百円の廉価にも驚いたし、不気味な形におののいて、当初は食べられもしなかった…。


たぶん、もっともハイライト、スポットを浴びるべく違いは、お正月の雑煮だろう。

個々人に尋ねると、きまって、

「ウチは普通です」

そういう答えが返ってくる。

が、実態を聴くや、

アッと驚くタメゴロウ

何じゃソレ? な雑煮が多い。

地域、お家…、などな諸事情がそこに見事に反映しているんだぞ。

このことを示唆してくれたのは某BARのママちゃまだ。

彼女はいっとき、けっこう丹念にその情報を収集していたもんだモンダのモンドセレクション。

『お雑煮 その多彩な味覚風土』

とか、

岡山の雑煮 味覚風土記』

てなタイトルで1冊の本に出来るはず…。

今は雑煮を扱う本も複数あるようだけど、でも、レシピ集ではつまらならないんだ。


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※ 子供時代のボクが津山で食べていたお雑煮はクジラ本皮が入って、濃厚な脂っぽさでありました。(父方の実家からの伝来で母はこれをホントは嫌ってた… ようだけど)


お雑煮とは、幼少時から毎年繰り返し味わうその家特有なものゆえ、

「旨そうだからウチでもやっか」

とは、ならないモノなのだぞ。

ま〜、そこが問題。ネが深い。

皆さん、ネが深いとは思ってなかろ〜けど、容易に変えられるもんじゃない、元旦イチバン最初の食事というのは。

雑煮お椀の背景に隠し味としての固有のヒストリーがあるんだね。またその味に親しんだがゆえの人間形成という大きな影響パワーもある。

我がマザ〜がイヤイヤ造ってた脂こってりな雑煮も、子はそんなこた〜関係なく大いに親しんで…、これぞ雑煮!と思い決めたように。(県北からこちらに越してきたさい、この風習は絶えちゃったけど)


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※ 長興寺所蔵の掛け軸(部分)


信長の舌を侮蔑したコックさんは、しかし彼に仕えた間は、信長の舌に沿って調理味付けをしたワケで…、ま〜、いわば彼は自身の生い立ち的嗜好を殺して振る舞っていたというコトになるけど、それをチャンとやってたというコトは彼はプロフェッショナルな一流コックであったとはいえる。

また、そこを見抜いてコックに起用した信長の先見も一流だ。

もしも信長が長期政権を維持して影響力を発揮したなら、京都の公家たちも右にならえ…、京風の味覚は転換を余儀なくされたはず。信長好みの濃味へと、新たな京風が醸されたかもしれない。いや、きっとそうだろう。信長の気風気性とその強圧を思えば、頑固な京都人をして忖度してった…、はず。

そうとなれば今頃の京都の料理番組なんぞじゃ、

「この濃ゆさ! う〜ん、さすが京都ゥ、日本文化はやれ恐ゥト〜」

てなコトになってたろう。


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※ 室町時代の絵巻に描かれた一人で食事する武士之図。ここでは省いたけど彼の前には3人の女性が控え給仕世話をしてる。ザビエルが驚嘆した小さな机(お膳)は、今もボクらには普通なもんだけど、少なくとも当時の西洋人にはビックリなオシャレでクールなものだったろう。その一点で彼はタジタジしちゃったに違いない。


2–––––––––––––––

近頃ここ半年ほど、夕飯時には、iPadでAmazon Primeをひらき、松重豊の『孤独のグルメ』を流し観つつ食事するのを常套とする。

ポークカレーにパイナップルをのっけたのををいただきつつ、五郎ちゃんが中華鉄板焼きなんぞをいただくのを、眺めつつ。

既に第1シーズンから第6までほぼ全話を観ているけど、毎夜ランダムに1話か2話をリピートする。


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何を見てるかといえば、五郎ちゃんが食事している背景で食べている方々。

たぶんこの方々は、ロケ地界隈で徴収されたエキストラ、地方演劇とかの方々であろう。時にセリフのある方も。

「ごちそうさま」

とか、

「幾らですか」

とか…。

で、この方々が食事するのを見るに、正直…、ずいぶんムラがある。

うまく演じてる人と、演技がモロに判る人が、ほぼ毎回数名はいる。

そこを見さだめ、

「あ、こいつ…、ヘタな芝居してやんのっ」

見つけては悪態つくのが、愉しいのだっちゃ。

1口食べるごとに首を頷かせるヤカラとか、鍋に何度もハシをいれちゃ〜相方と話し込んでるベタな芝居で、けっきょく1度もオマエさん口に運んでないじゃんかな…、若いネ〜サンとか。

逆に、時に、まったくモクモクと喰ってるのもいて、それはゼッタイ的に主役の松重演じる五郎ちゃんを邪魔しない。背景に溶け込んで実に自然だ。だから…、これは妙なことだけど観てるこっちは彼(彼女)を意識しない。

そういう、意識せず眺められる人物を見つけると、がぜん、こちらの食事も美味しくなる。


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我がコトとして考えてごらんよ、ヒトハシごとに美味いと首ふったり頷いたりするかい? 摘んだゴハンをまた茶碗に戻すかい?

ま〜、そこのウマヘタを見極めるのが、いま…、愉しいのだね、我が夕飯は。

むろん、その悪態は侮蔑ではござんせんよ。もっと精進して良い役者にね〜、っとエールをおくってるワケだ。

カメラを前に食事し続けるのはアンガイ難しいというか、かなり難易度が高い。その1点で松重豊は旨いね、まったく。

でもマチガイなく、その背後でゴハン食べてる役者さんはその技量が問われるの。

五郎ちゃんの音を同時録音しているワケだから、お味噌汁すすりあげる音を拾うには背景に音がないのが望ましい。なので、時に声を出さずに、でも喋ってるように見せるクチパクもある…。それはメッポウ難しいハズ。

だからある意味、主役以上の演技力が望まれる…。


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ご存知、名作の誉れ高きな『ショーシャンクの空に』は刑務所内の話で、頻繁に受刑者の食事シーンが描かれてるけど、主役背後の受刑者は皆さん、実に上手。けっして目立たず、けどもキッチリ場に溶けて食事していらっしゃる。役者の層が圧倒的に厚いな〜とつくづく実感させられる。

というワケなんで、毎夜マイヨ〜、画面注視しつつ晩ゴハン食べてるワタクシ的コドクなグルメ〜。

ご・ち・そ・う・さ・ま・で・し・た


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※ テレビ東京はこんなフィギュア売ってたのね…。ワックスまたなべ製か、フム。マックスわたなべが正しいか…。

※ フンっ。ま〜いいや。うちではジョブスのフィギュアがリンゴを手にしてら。ちなみにグルメというコトバは…、まったく好きでない。

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余談:え〜、ポークカレーの辛口を作ったバヤイ、パイナップルを後乗せすると、ずいぶんに美味しくなりますし、さらにほんの少しお醤油をたらしますと、も〜ねッ、ここはパリじゃないと実感シミジミのミシュランもんで、それにお味噌汁を添えると、卵スープやオニオンスープがカッタルクなります。

ま〜、この食事、味覚を修羅物として思えば、『味修羅吽』と書いた方がいいかもですが。


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2018-04-23

ポーク・ダンス


過日–––––––––––。

近所のスーパー店頭にヤマザキの販促スタッフがたち、ロイヤルブレッドを売っている。

「ツナポテチトースト」というレシピを勧めてる。

通常は無視だけど、むしのお知らせというか、ウマイような予感がわいて反射的に、ロイヤルブレッドにツナ缶にポテトチップをば買う。


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パン1切れにツナ1缶。マヨネーズは缶と同量という。

そう勧められたものの、同量はナンボナンデモ多すぎる。

ツナ100対マヨネーズ42.5…、くらいで混ぜる。

マーガリンもバターも不要。のせてくだけ。お飾りにパセリ少量。お勧めではパン1枚だけど、量的に2枚はいけるので分配。

焼く。


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食べる。

予想以上、めちゃ旨め〜でがんの。

ウハウハ云いつつ、発泡酒にコーヒー。カルビー効いて、やめられない止まらない。ツナ1缶まるごとと少量チップのカリッとが手をつないでらっ。

ヤマザキめ、いい提案するジャンか。


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しかし、高カロリー。

摂取分が熱エネルギーに変換で太陽の子みたいに体温があがる。

途端に眠ッ気襲来。

揚々嬉々としてベッドに横たわり、我が映画ベスト10は何じゃろな…、ふだん考えもしないのを念頭に浮かせるまま甘やかにトロリンコ。

チョ〜お手軽の気さく。数日経ってまたトライ。


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過日–––––––––––。

筐体ごとMac pro の総入れ替え。

ビア樽みたいなあの不評なのではなく、チョイ前のをC君に見繕ってもらう。

新旧の筐体の色合いが経年を物語り、さすがの彼も、「タバコ‥」ボソリつぶやく。


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SSDやらメモリー増強、グラフィック・ボードはツインに。次いでにスキャナーもエプソンからキャノンに買い換えで、環境アップグレード。

ただし、初代のApple Cinema Displayは、これはそのまま活用したい。

使いだして何と今年で16年め。当然ながら輝度も照度も劣化してるだろうが、印刷精度確認のモニタリング不要、日常作業に支障なし。

それよりも、馴染みきった卓上のツーフェイスという部分での個人的日常の生活環境としてのビジュアルが、カナメ。


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C君、およそ2年前の修復作業同様、一夜をかけて黙々と作業

あ・り・が・た・や。

Appleのダメなところは‥、受信メールなんぞの移行作業がとても手間という点。複数のアカウントがあれば余計に時間がかかる…。自社都合だけでどんどん仕様を変え最新先鋭を謳い、なるほどデバイス間データのやり取りなど便利になった一面、肝心なMacそのものはユーザー配慮が希薄。C君をして難儀するんだから困ったもんだ、と、ブ〜たれる。


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過日–––––––––––。

食通Hamazaki氏主催の食事会。

テーマはポーク。「天空の豚🐷くれない篇」。

前回の「鴨ッモ〜ン★ネギしょってコロベ〜篇」に都合つかずで参加できず、こたびを逃しちゃオトコが酸化する。

え? いやなに、錆びちゃうという意味で…。

休日の某BAR借り切って好色な男女じゃないワ、食通な好事家方々うちそろい(当方は食通に遠い)、ポ〜クポクポク-ドン- ドドン♪、陣太鼓の音と共にハジマリはじまり。


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※ 秋田の八幡平ポークの3枚バラなど…、を明宝のトマトケチャップで味わってビールが進む。


近年はギュ〜よりブ〜を好むワタクシの舌。

数年前より自宅カレーもポーク1色。

ショウガ焼きなら毎日でも食べちゃえる。

パイナップルのっけたポークチャップはご馳走トップ独走中といって、恥じたりしない。

とはいえ、極上などというシロモノは銀河の彼方の夢の向こうのお品。

それをばアチャラこちゃらから取り寄せ、眼の前一同にして順次に味わう…。

せと姫、四万十ポーク、八幡平ポーク、薩摩黒豚、琉球アグー、イベリコ豚ベジョータなどなど…、おぼえられない数と名、豊潤の非日常、贅沢ザンマイ。

嬉しくって足までヨタヨタ踊ったね、ポーク・ダンスだ。


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※ 八幡平ポークをハンガリー風味(?)パブリカで味付けたもの。


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※ 肉の旨味もさることながら、初めて食べた緑が濃いスイスチャードが美味しく、久々、色彩を味わう…、って〜な感もチラリ。


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※ 2004年に国宝指定されたハンガリーのマンガリッツァは、全身が毛に覆われた希少種という。冬場はヒツジみたいなムックリ姿。

上にのっけてるのはカシスマスタード。


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この豚は1991年頃にはわずか191頭に激減で絶滅が危惧され、そこで国をあげてガンバレの大声援。幸いかな昨年には5万頭くらいに回復したとかで、それで岡山の我が口にも…。

うまかったよぅ!


毎回ながら、

「上には上があるもんだ…」

この感想が明滅しっ放しの会。

場所の提供と事前仕込みでまったく休日になってないBARオーナーのKちゃまへの感謝を含め、

あ・り・が・た・や・あ・り・が・た・や


ポーク食べ過ぎでしばしコトバを失ったボクちゃんは、H嬢の車にお土産の豚シャブを忘れちまっただよぅ。

2018-04-11

午前ビール

月曜早朝の地震は余震も頻繁継続で気味悪かったなぁ。

岡山は概ね深度3だけど、なぜか中区だけは2の表示。

マチガイでしょ? 4弱くらいに揺れたと思うけどね〜、不安が増すなぁ緩い地盤。

しかし、この体感も、わずか数日で話題にもならない過去ニュースとなるんだから、たぶんボクらは随分と急峻な河の中にいるんだろう…。


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2週間ほど前までは葉のないガリガリポッキ〜状態だったのに、山椒が、も〜しっかり緑に覆われた。

逞しいというか、旺盛というか、春の目覚めというか…。

(一説では地震で揺さぶられると土地は若干ながら活性化するらしい。バイブレーション効果で血行が促されるのかな。地震が秋前にあった年は松茸の成長が良いとも聞く。でも地震おことわり断固)


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山椒のトゲはメチャに硬くて鋭くとても恐いけど、葉の香りは最高。当然、買わずと済むのでダブル最高。

けど問題は剪定時。枝葉をカットしたさいゴミ袋にまとめようとする時だよ。気難しいヒトとおしゃべりする以上に気を使う大小のトゲ。

ゴミ回収の方が迂闊に触れるとビニール袋の中からトゲが…、というようなコトも考慮しなくちゃいけないんで、育てるに大変ざんしょなサンショ。


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冬に種まき小さなビニールハウスにして見守っていた春菊も、今や旬。

(ホントは遅い。あまりに寒くて発芽時期が遅れちゃっての今が旬)

親子丼に春菊たっぷり…。当然に溶き卵は硬くならなくまだ白身がトロッとして生っぽい頃合いでな。といって全面的にナマっぽじゃイカン。しかし、親子丼の影の功労者はタマネギだろうね。

春菊を収穫しきったら、さぁ〜次はと…、春の庭先は夢がハリスの風前ガムみたいにふくらむ。


地面にユトリがあるならスイカを作りたい。

けど、横へ横へと広がり場所を取るから、うちじゃムリ。口惜しいが、ま〜、しかたない。

縁側に坐ってスイカにかぶりつき、種を庭先に向けてプップップッ…、今やそういうコトを経験したコトのないヒトの方が多かろう。惜しいこっちゃ、この日本的夏場の光景が消えゆくのは。

幼少時は父方の実家でイトコたちと、それを大いに楽しんだもんだ。

ガンバレば3mくらいは飛ばせるよ、たぶん今だってボクは…、とそんな郷愁的ドリーミ〜が常に春には脳裏に浮いては、結局、沈む。あれからも〜何10年も経ってるだから想い出は甘いかスィ〜カって彼方だよ。


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1冊の新刊本を買うためにバスに乗って出かけたというに、3軒ハシゴして手に入らない…。

最近この徒労が多い。求める本が書店にない。

けどま〜、せっかく出かけたんだからと、梅蘭でビールにランチ。

まだ午前11時半だったけど、旨いやビール。ご馳走さんと悦んでいいのか、未入手ガックリなのか…、よく判らない。

いっそアマゾンに発注した方がラクだ〜、概ね送料も不要だ〜、とも考えるけど、アマゾンのみが栄え、そうでなくとも斜陽な町の本屋から活気を奪うというのもナンだしな〜。悩ましい。


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部屋にたれこめ灯りをおとし、プロジェクターの電源をいれ、缶ビール、2枚入りのクッキーに6Pはさんで映画の友。

けど、続けて2本駄作に遭遇。

『300(スリーハンドレッド)』

『リンカーン/秘密の書』

2本とも、途中で観賞やめる。

前者は戦闘シーンを超スローモーションで見せる連続にゲッソリ。後者は史実のリンカーンにヴァンパイアを重ねる発想は面白いものの、ただそれだけ。あまりに退屈。どちらもCGに依存過ぎ。

景観を楽しもうと乗った列車がトンネルだらけ、ってなガッカリ。


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未だ買えていないフジヤ製品。イオンモールになく近所のスーパーにもない。

しかし意表を突かれた感たっぷり。パンに塗るミルキ〜。

舐めてみたくてしかたないけど、手に入らない。

悩ましい。

しかし、ペコちゃんは昭和25年生まれというから、町内的にいえば老人会婦人部に入っての活躍だね。


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ちょっと調べ物。保立道久の本を数冊めくる。この先生は視点が素晴らしい。

時代ははるかに違えど、ペコちゃん同様に、中世の女性も逞しい。

小金を貯めて、やがてそこいらの男どもに金貸して、利子で男どもをギュ〜ギュ〜締め付け、カッカッと高笑いしてた逞しいカカ〜が幾らでもいた。中には夫に貸して利子とってたのもいた。

平安から鎌倉の時代には荘園を持って管理し、多数の男どもを従えた女性もいた。

笠岡の沖にある真鍋島には、お千という女庄屋がいて、島を平穏に束ねていたりもした。(お千さんは江戸時代初期の人)

中世イコール暗ぁ〜い時代のイメージがあるけど、部分部分では今より幸多く心底笑えるようなコトもあったかとも、思える…。


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江戸時代に土地の所有や相続は男のみとし、女は3歩さがって歩け…、みたいな家父長制が徹底して平等の均等が崩れ、崩れを引きずったまま今に至るけど、土俵に女性をあげるあげないで…、いまだグラグラしている現在の男社会のていたらくはナメクジのヌメリみたいで気色わるい。土俵にいくら塩をまいたって…、内なる本性は浄められない。

相撲をとる・とらないに関わらず『血穢』ゆえ土俵は女人禁制という幻想に、なんで今しがみついているのか、あるいは取り憑かれているのか…、"伝統"という隠れ蓑を着けてるつもりの裸の王様っぽくて、笑止。

女性規制の動きは、昭和11年に『歴史公論』という本の中で女相撲に関して猥褻見世物とのきめつけ論評があって、これが1人歩きをはじめてさらに勝手な解釈が加わっているだけ。土俵に入っちゃいけない不文律も極まり手も、ない。


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毎年5月になるとNHKやらがニュースで流す鏡野町の上斎原神社での女性の相撲。実に健全でノビノビ明るい。相撲の王道はむしろ、こんな地域の中の娯楽にこそ根付いて葉を拡げているよう思える。

※ 写真は全日本写真連名・フォトMOMO支部HPより転載


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国技館の売店で買ったお気に入り。図柄がチャ〜ミング。ほぼ毎日使う。

用途多岐ながら、もっぱらビールのツキダシに。

2018-03-28

散歩がてら


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庭先。白昼に灯りがともったような満開。

花の下では、もう今年の緑が色をつける。

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このユスラウメの下で昼食を…、というホドにガーデン・スペースがないのが残念。


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いっせいに、花も咲く。

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あれ

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これ

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それっと…、イチゴにも。


眺めるに、若いバンドが初々しい羞じらいを浮かべつつも、見てよ聴いてよ…、さえずってってるような感じもアリ〜ナ席。


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自宅そばの用水路でも、妙な場所に定着しちまった連中が花を揺する。


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用水路脇を数10歩ばかり徒歩すると「竜之口スポーツ広場」。


とても近いというか、すぐおそば。

用水路(祗園用水の末路)はスポーツ広場内の別水路と合流。

(水路のスタート地点は一緒だよ。数キロを分離してまた合流という次第)

流れをはさんで広い側のグラウンドは、これは東岡山工業高校の野球部とか近隣の少年野球チームとかが利用し、もう1つのグラウンドは老人会だかがゲートボールに興じたりする。


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ゲートボールの方は冬場でも夏場でも、時に夜明けと同時に方々が参集でゲームをはじめていたりもする。

あいにく写真はないけど、けっこう、賑やか。

といって老人会は嬌声あげたり歓声あげたりはしない。あんがい静か。でも盛況という意味で賑やか。

ま〜、こういう賑やかは良いこっちゃ。

その傍らを犬を散歩させる人も通る。ゲートボール組がいない場合は時に犬のクサリを外してやって、広いグラウンドを駆けさせたりもする。

夕刻になるとランニング・スタイルの方が何人か、広い外周をクルクル駆けて周回する。方々皆なサングラス。


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40年ほど前だったか、市はここに大掛かりな下水処理場を設けようと土地を確保したのだったけど、どんどん宅地化が進んで近隣周辺住民こぞって「処理場反対!」の大合唱。第九ならぬ大苦の声高におされ計画頓挫。

久しく放置され…、結局は市が管理するグラウンドになって今にいたる。

トイレなども整備されてるけど売店なんぞはない地域密着スタイル。

その40年前までは水田あるのみだったけど、次第に無計画にポコポコ家が建って住宅街そのものになった地域だけに、この広い公共的空間はありがたい。

雨の日の早朝とかにカサさしてここに出向くと、誰ぁ〜れもいないダダっぴろい広場にポツンとただ1人佇むことが出来て、これはなかなか快感。

煙った茶色の地面に落ちる雨音の数々と戯れるのも、おつなもんだ。


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ところで、グラウンドが正しいのか? それともグランドか?

どっちでもイイけど、どっちだろな…。

先日は両腕かかげてシャドー・ボクシングしながら駆けてる元気者がいたけど、同じ島国ながら、アイスランドではボクシングは禁止らしい。(1956年から今にいたる)

競技もないし、TVで中継なんて〜のもなく、国の方針として「暴力的要素が高い」とのことで禁止だそうだ。

(でもボクシングを主題にした映画も禁止、とかではないようだ。あくまでも、顔が腫れるような競技はスポーツとは言い難し…、という見解での方針のよう)

おもしろいね。

何にでも飛びついて流行りものに出来やしないか虎視眈々などこかとは違うのね。

でも柔道やテコンドーは盛んのよう。


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ハナシ脱線ついでにいえば、アイスランドの映画館ではどんな映画でも、途中で休憩が15分ほど入るんだって。

昭和40年代頃まではハリウッド製でも和製でも2時間越えの映画では、INTERMISSION - 休憩 がチャ〜ンと最初からあったけど、今やそれってないね。3時間半を越えるのだって休憩なし。

オシッコの都合を考えるとですな〜、アイスランド方式って、なかなか良いじゃござんせんかね〜。

ただ、1時間とチョイといった映画にも休憩があるというのは、どうかしらね。

でも、アイスランドではそれが普通であたりまえのようで、休憩になると皆さん席をたつ。結果として売店の飲み物がよく売れるそうな。

これは…、日本でもマネてもいいんでないの? 全部そうしなくてもイイから、3時間くらいの映画なら、午後5時の回だけは「休憩つき」とかさ。館も売り上げアップだし観る方も同行者と映画前半を語りあったり出来るし、頻尿ぎみなボクはとくに大歓迎。


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※ 同国の映画館ビオ・パラディス


さらに余談というか、むしろこっちが本題になったかも知れないけど…、TVは日本のような多チャンネルでないけど、アイスランドの人はTV視聴より、本をよく読むらしい。

図書館の数も日本の比でない。

日本の文部科学省の2003年度調査によれば、10万人あたりの図書館数は日本では2.16舘。

だけど、アイスランドは55.56舘。

比較にならん数。

そも、アイスランド国立大学図書館が観光名所の1つ、という具合だから自ずと本読みの国というか、国民性的歴史まで想起できちゃう。

その国立大学図書館などではコーヒー・マシンが設置され無料で飲めるそうだけど、税金が高いのは、こういうサービスに費やされているんだろうか…、住まったことがないので実によく判らん。

たぶん、そんな一面も、前回書いた「幸せのランキング」には出てるんだろう。その小さな一面がありとあらゆるトコロにあって、それが相乗して多面に構成されての幸せ、って〜なもんだろう。

しかし何だか…、あまりに違い過ぎ。歩ける範疇のご町内に2〜3舘くらい図書館があるという実体に眼がクランクランする。

なるほど税負担は大きいけれども、それはしっかり自分たちの生活に潤いもたらすお金というコトがちゃんと機能してるんだろう。友達の学校造りに税負担をこっそり操作するような国ではないようだ。


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※ アイスランドの街角。海外旅住NAVIより転載。


図書館とはいえスペースは限られる。

キャパシティを越えると本が溢れる。

日本の県立図書館の場合、全県平均で1舘あたり、年間21841冊の本が買われる。

対して廃棄されるのは1館あたり、6667冊。(上記文部科学省の調査による)


そう…、本とて捨てられるワケなんだ。それも毎年、かなりのボリュームが…。

幸せの国ランキング4位のアイスランドでは、そのあたり、どうなってんでしょね?

県費や市費をつかって毎年必ず県議や市議が視察名目でパリやベルギーに「観光」に出向いてるけど、こういうのを調査に出向いてくれる議員さんがいればな〜、とナイものねだり。


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※ 明治岡山に初登場の図書館。岡山県立戦捷記念図書館。その模型。

開館の翌年には早くも蔵書に溢れて書庫(3階建てのでっかい蔵)を建て増し、それが結果として当時最大規模だった日比谷図書館の書数を超えて日本イチバンになり…、でもって"教育県おかやま"というヘンテコなプライドが生じてしまった元凶だよっ。このオシャレな建物は空襲で焼失、今はござんせんので模型をば。


で、ナイものねだりだけど…、ゲートボールくらいしか今のところ使われていないダダっ広い「竜之口スポーツ広場」の半分っこですが…、ここに4階建てくらいな図書館作って、屋上はフラットにしてゲートボールも出来る空間…、って〜のを夢想しますがね。

あれば近くで嬉しいな〜、出来たら木造が良いな〜、もうコンクリートの無機質はヤダな〜〜ぁ、と身勝手に空想しつつ散歩。

映画『コンタクト』でのジョディ・フォスターの名セリフではないけど、

「SPACEがもったいないよ」

とも思ったり。また一方、そういう感じ方が不幸せの度数を高めてるようでもあり…。

2018-03-23

幸せ在庫

某日。奉還町某所。

某教育関連プロジェクト・チームの年度末会合と打ち上げ。

会議後、馴染んだ顔ぶれでの乾杯。

「最近セイジ乱れちょるね〜」

笑みつつ苦々しいのをガジガジ噛む。


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※ 乾杯前にもう干しちゃってる方もありますが。


その会合前に駅前ビッグカメラでDVD1マイを購入。

近頃どうも、「在庫」としての映画がないと落ち着かない。

それで10本前後の、いわば未封切りなDVDを常駐させているワケながら、1本観ると当然に未封切りが1本減るから…、補充しておくという…、何だか手間なことになっちゃってる。

DVDはすでにあるけどBlu-ray版も買い増すという場合もあるんで、それの観賞は後に廻されるであろうから、え〜っと、ここはもう1マイ買っとくか…、というアンバイもあって、かなりバカっぽい。

Amazon プライムで無料で映画も観るけど、奇妙に落ち着かない。

映画が配信されるという今時のカタチに心が馴染まないというか、集中して観賞できない。

それは旧世代に属した感性なんだろうけど、映像という実体のないカタチがゆえ、せめてフィルムを想起するもの、すなわちVTR TAPEだのDVDだのの"固形物"がないと、雲をはむようでイカンのですわ。


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つい先日に発表の国連2018年版世界幸福度ランキング

公開された書類はPDFで172ページというボリューム。レポートの23ページめにランク一覧がある。書類はココ


1位  フィンランド

2位  ノルウェー

3位  デンマーク

4位  アイスランド

5位  スイス

6位  オランダ

7位  カナダ 

8位  ニュージランド

9位  スウェーデン

10位  オーストラリア


ドイツ15位。

英国19位。

フランス23位。

台湾26位。

などなど…。


今回の踏査では移民の幸福度も対象で、列挙した10位あたりまではいずれも好成績。フィンランドはそこでもトップでアイスランドやデンマークなども地元生まれのヒトと移民のヒトの幸せ感覚はほぼ一致する。

米国はトランプ政権になって順位をカクンと下げて18位。


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我が国はどうかしら?

かなり下に位置してる。

54位。

59位のロシアに近く、移民に関してはランク圏外。

中国を含めさらに下はあるけど…、先進国を気取りたいなら、54位の幸せでしかないコトをかなり真剣に考察しなきゃ〜いけない。


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たまさか椎名誠の『アイスランド 絶景と幸福の国へ』を読んで気づいたけど、幸福は物資量では計れません。

ま〜、だから、DVDの在庫が10本ばかりナイと落ち着かんというのは、たぶん物資に振り回されているニンゲンの証しでもあるんだろう。例えそれが趣味的情景でろうと、根っこには物質依存の病巣っぽいのがあるんだろう。

いかん。

けど…、如何ともしがたい。…などと語呂合わせってる場合でないけど、アイスランドは日本同様の火山大国。

といっても、火山の性質が違う。かたや岩盤硬きな大陸の端っこのいわば地底のガス抜き場としての比較的安定した噴火地帯、かたや地震頻繁で超絶に不安定の火山帯…。

平たく火山地帯だからペケというワケでもなさそうで、どう暮らしと向き合っているかがきっと大事なポイントなんだろう。

国連ランキングで眺めるに、2013年度の調査では日本は43位で、アイスランドは9位だった。

かたやランクが落ち、かたやアップなのである。


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TABIZINEのHPより転載。レイキャビック市街。模型ディオラマではなく実写。


椎名誠はこう記述する。

我々の国に住んでいる人は、おそらくいまの自分が幸せなのか不幸なのか本気で考えていないような気がする。考える尺度がわからないからだろう。

強いていえば「どっちだっていい、と思っている」ような気がする。だからその無知に乗じて政治家は好きなようなことができる。

アイスランドに出向き2ヶ月を過ごしてアイスランドを書こうとした椎名誠は…、同書のかなりのページで日本に触れる。

2ヶ月の日々で見えたのは哀しいまでの日本との差、だったんだろう。

そこはま〜、同書を買って読んでいただくのがベストと思える。


同国の警官は銃を持っていないそうだ。NATO加盟国ながら軍隊もない。

ソビエトに近いというワケで米国が大掛かりな基地を設けてたけど2005年に出てってもらった。当然に米国は戦略的云々で反撥したらしきだけど、そこを意志が貫いた。

さらには他国の流儀押しつけに左右されず、商業捕鯨をおこなって毅然としている。

原子力発電所もない。豊富な火山を逆手にとっての地熱発電(だから温泉も多数)で電力をまかなう。


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Discovery-icelandのHPより転載。露天温泉ブルーラグーンと水蒸気モクモクな隣接のスヴァルスエインギ地熱発電所。


税は高いが医療費無料。町にケッタイな広告看板はなく、家電回収業者の軽トラックのボリュームでっかいアナウンスもない。

この本を読むと…、24時間あいてる店なんか1軒もなく、珍しいモノを食べられるワケでもないけど、ささやかな生活の中で2本の足でスックと立って自身で躍れるアイスランドの人達がみえる。


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TABIZINEのHPより転載。レイキャビック市街。


そこでボクも…、DVD在庫10本前後アリやナシやの物質的度合いとは別に、自分で躍れるか、それともアレコレに刺激されて躍らされるか…、まずはそこを踏まえなきゃ〜、などと自問する。

国民愚弄の茶番な政治がまかり通るのは何故? やはりホントに愚衆ゆえにかとも。当然自分もそこにいる…、などとも。


前記したランクの11位は、意外やイガイや、イスラエル。

前回調査(2016)でも、その順位。

紛争の先端国といっていい。非難の矢面に立たされることも多。

それが何故に幸福度11位なのか?


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※ kurashi-no.jpより転載。テルアビブ市内。


同国では日曜〜木曜がワーキングデーで、金曜土曜はシャパネット(安息日)。

平日の仕事は概ね4時までで、その後は家族と過ごすのを常とする。

安息の2日間は鉄道もバスも動かない。(1部タクシーは別)

当然この2日間は家族の時間となる。

ユダヤ教徒が国民の75%を占め、安息日は車は運転しない。電気製品のスイッチを入れるというコトなども休止する…。

生活慣習とその優先順位がここではまったく違い、家族がイチバンのライフスタイルが定着している。

アイスランドとうって変わり、ここでは軍兵士が街中いたる所にいたり、ガザ地区への爆撃などなど…、批判的感触もなくはないにしろ外からのそのイメージと違い、住まっての日々として、そこイスラエルのヒトは充足してらっしゃる。当然にそれが数字として出てきて幸福度を押し上げている。

※ イスラエルの兵役は男子3年。女子1年半。パレスチナ解放地区への扱いに反対して兵役拒否をするヒトも一定の割合であるようで、その場合は禁固10日くらいの処罰といい、2年めも拒否すると禁固日も倍増らしい。


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※ kurashi-no.jpより転載。エルサレム市内。女子兵士は髪を切れ…、なんて〜拘束はないからご覧の通り。


仕事疲れで自殺…、というようなハナシはアイスランドのヒトもイスラエルのヒトにも、

「何それっ?」

でしかないようなのだ。椎名誠もそのことを書いている。

ましてや、

働けど働けど我が暮らしラクにならず…

と、我が国じゃ〜かなり前から自嘲するけど、ランキング上位の国々の方々には、やはり、

「何で?」

逆に訝しまれるようなアンバイで、

「自嘲する前に、楽にならない暮らしのその根本理由を考えないの? 是正しないの?」

そんな視線が、このランキングの順位には透けてるような気がしてしかたない。

2月に恵方巻食べちゃえば幸せが来る…、わけはない。


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※ 丸2日の雨天のさなか、今年のユスラウメが開花。

陽が照れば、1週間としないうちに満開となるだろな。この開花を毎年愉しみにしている…、これはごく個人的小さな幸せ。

2018-03-18

相似ましては ~シャーロックから2001~

英語の幼児語ではママのことをマミー(mommy)というけど、同じ発音ながら1文字違えばマミー(mummy-ミイラ)になるのは、可笑しい。

そのマミー、マイ・マザーの94回目のバースデーを、弟夫妻に弟の子ら複数と祝う。

これがファイナルになるかもしれないし、あと数回ミニなパーティができるか…、そこが判らないのが人生の綾 - 怪 - 危やなれど、長男たる当方としては、一種の覚悟は徐々に成形させている"つもり"じゃ〜あるけど…、あやかしい。


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※ 宇宙から来た謎の光体をみいるマミーじゃなく…、ケーキのロウソクです。


孫との応対が彼女の最大の歓びらしきだから、パーティの主体は母と孫の団欒におき、当方どもは隣室で歓談す。

この夜はOH君のライブと重なって、これで都合3回連続、ヘルプに出向けていないが、ま〜しかたない。

倉敷のギャラリー「十露」で短期週末のみ開催のアート展に、年来の知友PUGLAND君が出品しているが、こちらも観賞に出向けず。

ま〜しかたない。身は1つ。

不義理は夜霧に似てモヤ〜、白々しく生じて前見えずなり。残念むねんでマミー優先の今週末。おまけにお彼岸で坊さんもやって来るんでお布施を用意だヤ〜ヤ〜やりくりテ〜ヘンだ。


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※ 実際はこんなもの。暗所撮影でのiPhoneはロウソクの火をタイマツに変える名人なり。


さてと。

ちょいと前にKちゃんからプレゼントされて、ここで紹介した写真集『読む時間』に印象的な写真があって、しばし、デジャビュっぽい感覚に捕らわれて、

「何だったろ?」

浅く深く朦朧と思いだそうとしてたら入浴時にハタッと、ある映画が浮き上がったんでバスルームから出るや、あられもないカッコ〜でDVDを1枚取りだして眺めてみれば、

「あったあった」

喜んだのが数日前。


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写真集の中の1枚。スペインの図書館の2階か3階部分。スペインの図書司書さんは服装自由なんだろうけど、日本だとこ〜はイカナイ。妙にカッコ良くってくすぐられた。(創元社刊・『読む時間』より)


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映画『シャーロックホームズの素敵な挑戦』の1シーン。場所はウィーン。人物のサイズからこっちの方が天井が高いのが判る。この写真では判らないけど、これは2階部分。

ヨーロッパの古い図書館はこのように似た構造なのかしら? 書棚の相似がすなわち既視感だったわけだ。


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この映画は80年代にTV放映されたさいはじめて観て、なかなか感心した一作。かなり前にDVDが販売されたけど高額ゆえ買えずじまい、去年だかにやや廉価になって再販されて、ホッ。奇妙味ともいうべき味わいあって、マル。

しか〜し、『シャーロックホームズの素敵な挑戦』という邦題は、いかん。ひどい。

原作も映画もタイトルは、『The Seven-Per-Cent Solution』。

直訳すれば「7パーセント溶液」と、ホームズが注射するコカイン濃度を示してるワケで…、どこをまさぐったって、

"素敵な挑戦"

なんかでない。

邦題はけっこうな比率でひどいのがあるけど、これはその最たるもの。

罵倒に価いする愚挙愚題。


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この作品のホームズはコカイン依存の中毒が進行し、妄想と現実がゴッタ煮のひどい状態。

無実の老モリアーティ教授につきまとうという大変な症状を呈して、なのでワトソンが困り果て、かの『夢判断』のフロイト博士に相談してホームズをいわば当時の精神医療の最先端に送り込むという映画。

だから舞台はフロイトの住まうウィーンで、先に紹介の図書館のシーンはその市内でのひとこま。


ホームズにニコール・ウィリアムソン。

ワトソンはロバート・デュヴァル。

フロイトはアラン・アーキン。

モリアーティにローレンス・オリヴィエ。

ヒロインとしてヴァネッサ・レッドグレィヴ。

もうこれだけでご馳走5皿盛りだけど、壊れきったホームズがフロイドに反抗しつつもそれでも正常な自分に戻ろうと葛藤する物語展開がさらに好もしさを増加させてくれてる。ホームズもフロイド博士も名声とは裏腹にある意味で煙たがられた小数派。そのマイノリティ同士のせめぎあいと歯車のやがての合致が見事で、どこを掘じくったって"素敵"は出てこないが、名品。


何といっても脚本がグッド♡。

原作と脚本のニコラス・メイヤーは、元よりホームズのパスティーシュ小説を何冊も出してる人で、映画の脚本では、『タイム・アフター・タイム』、『スタートレック2 カーンの逆襲』など、壊れた男を描くのがずいぶんにうまいヒト。しかも、壊れていながら冷然とした品格をなくさないといった感じをキャラクターに盛ってくれるので、どの映画をみても不快がないの。


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※ ワトソンとフロイド。


ホームズは自ら治癒にガンバルという態度を示さない。

ワトソンとフロイドにある意味騙され、翻弄され、その過程でいみじくも無自覚にも健全方向に是正されていくというアンバイで、偏屈頑強な男の心のヒダの微かな隙間に真水が注入されていくような、そこが見所にして美味しい部分。

ホームズはメイン・ディッシュの肉ながら、焼き方・味付けとしてのフロイトとワトソンが要め。香辛料たっぷりで濃味な役者に脚本の苦みソースがからみあっての極上テースト。


このストーリー運びとスペインの図書館の本棚は結びつきはないけど、けども写真集の図書館ショットと映画のシーンとが2艘の船になって、イメージがさらに別の船1艘を引き寄せてくれた。


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『2001年宇宙の旅』の高名なシーン。

HAL-9000のロジックボードをボーマン船長がジワジワ引っこ抜いていくシーン。


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見ようによってはこの透明なボードは本のよう。またそれがズラ〜ッと並んだ配置は書棚のよう。

HAL-9000の頭脳と知識置き場としての本と棚は、相似るといってもイイのではなかろうか?

たいした意味はないけど、印象が結ばれ固まってしまった。


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2018年現代のマナコで見ると、HAL-9000の頭脳部は収納スペースが大きくって、今のコンピュータのような縮小化がミクロ・レベルにまで進んだコンパクトなものでないから、

「キューブリック監督の未来予測としてのコンピュータの姿はハズレ〜〜」

という見解を口にする方もあるようだけど、ノンノンノン…、透明な多数のボードを本にみたてれば、寓話的象徴という点でその姿は、ライブラリー(図書館=知識)そのもの、

「キューブリックの意図、大正解!」

と、いえなくはないと思うがどうだろ。


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そのようなメダマで眺めると、後半での、かのスターゲートのシーンにもその片鱗があるように見える。

乱舞し流れ過ぎていく光景の狭間、数瞬、イメージとしてのHAL-9000のそれのような、あるいは書棚のようなパターンが過ぎていく。

解釈の受け入れ度量が深いのが『2001年宇宙の旅』の最大ポイントだ、ね。

この映画に色褪せをおぼえたボクだけど…、いやいやどうして…、思わぬコトから、いまだまだまだ底が見えてないのを確認もした次第。


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以下、近況として…。

また寒さはチョイと復帰した感じながら、数日前の陽気は別格でしたな。

毎シーズン、12月から4月初旬頃まで、庭池は放ったらかし、水換えしない。

金魚たちが冬眠中ゆえ、ソ〜ッと放置するのを常とした。

けども急峻な陽気。5月の気温とニュースも云い、事実、誘われて金魚も冬眠から醒めてしまった。

ま〜、それだけならイイけど同時に水温が上昇。一気に水が劣化し澱んでしまってる。目覚めた金魚たちも、

「いやだな〜」

って感じで尻尾をプリクラリ。


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しゃ〜ない。ちょいと躊躇したものの、およそヒトツキ早い水換えをば実施。

徹底した水換えは変化が大き過ぎて体力が衰えてる金魚には辛いんで、あくまでも軽度に。

しかし3月半ばというに、Tシャツ1枚で作業して汗ばんだというのは、やはりおかしいというべきか。


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けど、冬眠のメカニズムって不思議だね。

その期間中は水に変化を与えないのが肝心だ。氷が張ろうと放っておくのが逆に金魚に負担をかけないんだから自然の摂理は、不思議。

12月頃から食事せず、徐々に体温をさげ、呼吸もとてもゆっくりしたものに変えて、池底で数ヶ月をまどろむワケだ。

電気羊は夢をみたらしいが、金魚はどうだろう? 赤いベべが黒のベルベットに変わる悪夢にうなされはしなかったか?


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などと水換えしつつ、しょ〜もないコトを思ったのが一昨日だ。

A・C・クラークの『2001年…』のノベライズでは、ディカバリー号内で"冬眠"している3人の科学者は夢を見ない…、てなことが書かれてたよう思うが、どうだっただろう? 今は再読する気がないんで、それはうっちゃっておこう。

2018-03-12

童話時代のうす明かりの中に ~J・エドガー~

もう7年も経っているの?…、と訝しむ。

3.11は、つい数日前のことのようにしか思えない。

揺れも波もなかった地域に住んでいるボクは当日の夕刻にTVニュースを眺め、夜は本行寺(蕃山町)という寺でのKazahaya君演出の芝居を観に出かけた。

しかしTV映像が頭に刻まれ、かつ続々にニュースが入ってくるさなか、眼の前の芝居に耳も眼も、ノレはしない。

役者たちの熱演もKazahaya君卓越の演出もが虚しく、遠い丘の向こうの手旗信号よりも意味が失せた。

いや…、より深刻だったのは演じている側の皆さんだったし、だからの熱演でもあったろう。

虚構が現実に追いつかないコトの衝撃に、打ちのめされた夜だった。


きっと皆んな何らかのカタチでそうだと思うけど、あの日3.11を、今も引きずっている。

ある部分において時計が止まっている。

ボクの場合はたぶん、芝居とか映画とかの"物語"の虚構、その強さの消失だろう。

トラウマになった。

それで、その止まってる、強いはずの脈動を確認に、しきりに映画をみる。時に芝居をみ、本を眺め、芥川の一節に耳をたて、その謎な深みに感電もしたい…、と繰り返し、気づくともう7年未来にいる…。


童話時代のうす明りの中に、一人の老人と一頭の兎とは、舌切雀のかすかな羽音を聞きながら、しづかに老人の妻の死をなげいてゐる。とおくにものうい響を立ててゐるのは、鬼ヶ島へ通う夢の海の、永久にくづれる事のない波であらう。

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童話時代の明け方に、獣性の獣性を亡ぼす争ひに、歓喜する人間を象徴しようとするのであらう、日輪は、さうして、その下にさく象嵌(ぞうがん)のやうな桜の花は。


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クリント・イーストウッド監督の『J・エドガー』をこの前やっと観る。

ブルーレイ仕様版だけど、照明がヘンテコで、一瞬はフィルム・ノアール的犯罪暗黒っぽい味をめざしたかと思ったけど、どうもそうでない。

明暗がチグハグで落ち着かず、総じて画がみすぼらしい。

チッともブルーレイのありがたみがなかったのは、たぶん、レオナルド・ディカブリオもナオミ・ワッツもジュディ・デンチも、登場者ほぼ全員が老人の特殊メークだから、そのアラを隠すべくワザと照明を落とすなりポイントをずらすなり、顔への視線をそらしたということなんだろうが、良くなかった。


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※ 老けメーキャップのディカブリオ

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※ 老けメーキャップのワッツ


こたびのアカデミー賞でチャーチル首相に変身のメーキャップで賞が贈られたりで、その辺りの技術は『J・エドガー』の頃から僅か7〜8年で格段に進歩したとおぼしきなれど、ま〜、その欠点はおき、フーバーというFBI長官が第29代のクーリッジ大統領から37代のニクソン大統領まで、ルーズベルト、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンなどなど歴代大統領のプライベート情報を秘密裡非合法で集めに集めて、いわば彼フーバーにさからえない身に落とし込んで、それで長々と権力の中枢を担っていたという描写は、なかなか考えさせられはした。

総じてインパクトに欠けて強く刺さっては来なかったけど、権力を握るというコトの甘味さと、諸刃たる危うい苦みが伝わってはきた。


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この映画ではフーバーの同性愛的身体&精神事情も描かれてるけど、そこはどうでもよく、立ち上がりは正義のヒトであれ、いざや権力を握ってしまうと、ヒトはその持ち味たる信念がいつのまにやらヒン曲がってしまったコトにも気づかぬという、その流体的おぞましさは感じとれた。ナオミ・ワッツ扮する最側近でながくフーバーに仕えた女性秘書がフーバー辞職直後に徹底的に証拠隠滅をはかり、以後彼女は没するまで秘密を口外せずというのも含め…。


今の日本の首相とその取り巻きはまさにそんな状況にあって、たぶん、自身のふるまいを正当化するごとにいよいよ自分すらも失ってるようなトコロで呼吸をしているんだろう。

断固自分は正しいとの盲信がゆえ、ひどく大袈裟に云えば、自身が国家壊滅のテロリストそのものということに気づいていないというような。

フーバーはいわば国家権力の中枢近くに生じたガン細胞みたいな存在だったかも知れないけど、かたやこの国の場合は中枢そのものが肉腫みたいな…、より危ないコトになってるんじゃないかと危惧して胸がズキズキ痛い今日この頃。


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フーバーのスタートが、国会図書館での本と書類の整理、すなわち情報を如何にすばやく的確に得られるかの書籍検索システムの構築であったというのは、しかしオモシロかった。最初のチョイスは機関銃でなく本だったわけで。

それら図書検索カードと大掛かりな収納家具の一式すべてが、今も同図書館にはミュージアム的に保存されているというのも興味深い。

フーバーがそのシステムを自ら開発したのは1920年代だそうだから、彼は情報化時代を先取るパイオニアでもあったわけだ。スゴイのは、彼がその情報の波にFBI長官という自身を乗せあげ、ラヂオやスタートしたTV放送の上でヒーローであると仕掛けていった所だろう。いわば彼は、今風にいえば、ビッグデータを束ねて活用できる祭司となったわけだ。日本でも人気だったTV番組『FBI』もその流れの中にあったものかもしれない…。

でもやがて、彼自身の好むところの、彼自身の安泰がための情報収集と操作に堕し、『アンタッチャブル』な、おぞましい権力強化へと進んでいくんだから、う〜む。


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というわけで、清廉でありたい…、ということじゃないけどちょっと眼の周辺をワイプして、スッキリ。

眼元を拭うと気持ち良いですな。つかのまですけど。


閑話休題で、ハナシ次いでの安否情報じゃないけど…、某夜某BARにて敬愛のマ〜ちゃんに会えて、何やらとっても嬉しかったなり。1年半っぷりくらいかしら。飄々な話しっぷりを久々味わえた。


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で右側ボーイッシュの、繊細を隠し大雑把にみせる天才の正面フェースはこんな感じ。映画『プリデスティネーション』よりスチールをば借用で。

本中毒の彼女は今夜は何を読んでるんだろ?


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※ 『プリデスティネーション』出演のこの方はサラ・スヌークといい、オーストラリアの女優なり。以前記した記事はココ