Hatena::ブログ(Diary)

月のひつじ

2018-08-21

空中庭園〜後楽園〜

すぐそばに住んでいるのに、案外と多くの人が気づいていないか、意識していないコトって…、あるよ。

たとえば、岡山後楽園だ。旭川中洲というカタチになっている。

園内の巨大な池と縦横にめぐらされた水路は、訪ねるたび、眼が和む。

けど、それらの水が旭川の水面より4mほど高いところにある…、というコトには眼が向かない。

そう、後楽園は広義な意味での「空中庭園」なんだ。


だのに、後楽園のオフィシャル・ホームページとかじゃそのコトに触れてない。

「歴史・概要」のページでも庭の造りやら家屋のコトだけで、水がどうやって運営されてきたかのヒストリーが、まったく出てこない。

バビロンのそれと同じく、後楽園は実に偉大な工夫が凝らされた『水があっての』庭園なのに…。


今はポンプで毎分6トンもの水を組み上げている。

それが園内の池となり水路の流れとなっている。当然に電気代が半端でない。

夜はモーターを止める。

なので、閉園後の後楽園内の水路は流れていないんだ。

これも知られていない。

しかし、それが結局は淀みを生じさせ、園内水路に敷かれた小石にアオミドロなんぞの緑藻を発生させる原因になっている。

何度か後楽園ホタルを放す試みがあったけど、水が流れないではホタルは育まない。

実は不自然の極み、なのだ。


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※ 後楽園内の沢の池にある島茶屋。

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※ 園の南端、水が淀みがちな花交(かこう)の池。昨年秋に撮影。近年は改善されつつあるが…。


けども、昭和40年代前半(1965年頃)までは、はるかお江戸の時代よりズ〜〜っと、後楽園内の水は昼夜問わず流れてた。ごく自然に流れてた。

どこから水をひいていたかといえば、園からおよそ6Km離れた龍ノ口山のふもと、そこに旭川からの水を分岐させる取水口を設けて、水路で結んだ。

これは1687年(貞享四年)の後楽園着工時から14年かけての基礎の基礎としての工事だった…。

当初は取水口は5ケ所あったけど、昭和9年の大水害で現在の中区祇園の場所1ヶ所のみに再設定した。

その6Kmのゆるやかな勾配の流れは後楽園の左側、現在の蓬莱橋のやや下手に設けられた「木箱管」に入って、なんと旭川の流れの下をくぐって、サイホンの原理でもって後楽園内に噴出する。

これが旭川より4mも高いところに池を出現させ、かつ園内の水の流れの演出となっていたワケだ。

昼夜問わず、それも電気代ゼロ円で水が循環すれば、後楽園の環境は今よりはるかに天然で、当然にそれに応じた植物なんぞも育っていたことだろう。

素晴らしい。

およそ50年ほど前までは、そうだったんだヨ。


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※ サイフォンの原理


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※ 上空からみた龍ノ口山麓中区祇園)の取水口


6Km弱離れた龍ノ口山のふもと、旭川の取水口は今も整備され、なかなか良い環境に置かれてる。

そこで分岐された水は旭川荘(岡山県立支援学校)の裏手を今も綺麗に流れている。これは祇園用水といい、シーズンになるとホタルが舞う。

この水路は少し進むと分岐され、その内の1本が後楽園にまっすぐに向かう。それが後楽園用水だ。

が、それを辿っていくと、アレレレ…、就実女子大学の横から岡山プラザホテル横あたりでは宅地化で邪魔者扱いされ、土中に埋設された土管みたいな扱いになった末、後楽園のところで…、旭川へと結ばれるカタチになって、今、水はまた旭川へ返されてるんだ。

というか、捨てられている。


なんでそんなバカなことになってるかといえば、昭和30年代の後半に龍ノ口山のふもとに、旭川荘関連の養豚場が出来、その汚水が流れて後楽園にやってくるかも…、という懸念が生じてのこと。

それで後楽園のそばに機械施設を設け、ポンプに切り替えた。

後楽園すぐそばの旭川から直に取水することになった。

そうこうする内に後楽園と龍ノ口を結ぶ水路界隈も宅地化がドドンと進み、「どうせ使わないんでしょ」ってな感覚で水路はちぎられたり地下排水口みたいなアンバイにされ、今にいたるというワケだ。


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※ 赤いラインが後楽園用水。プラザホテルの真横を通るが、埋設されているから判らない。


しかし、それから50年が過ぎ、旭川荘も綺麗に整備されてもはや汚水は生じないのだから、モーターポンプなんかやめて、水路利用の本来に戻すべきとは思うんだけどね〜。

ポンプの電源を落とせば水が止まっちゃう今の後楽園は、過去の叡智と努力を活かしていないんだ…。

後楽園のオフィシャル・ホームページは、ホントはこの6Km弱の長大な水路があっての「空中庭園」としての後楽園であったというコトをチャンと記すべきと思うんだがなぁ。

ま〜、「幻想庭園」というのも悪くはないですけど、集客がための催事イベントと後楽園造園の根本原理は違うハナシ。

なが〜い眼で後楽園という存在を見直し、100年先200年先の「岡山が誇れる文化遺産」として、やはり、ポンプじゃなくって龍ノ口山のふもととを結ぶ水路の復活に向けて努力すべきと思うんですがなぁ〜。

さらに云えば、その水路もまた観光資源に値いするものなんだ。

旭川・そこから人工で造られた独自の水路・人工の浮き島後楽園。この3つを同列で再考察すべきと、思う。


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総社備中国分寺五重塔が倒壊したさい県の文化課にいて復興に尽力した臼井洋輔も、『岡山文化財』(吉備人出版)で、

「水こそが後楽園の生命である」

と、高低差を巧みに利用した江戸時代の叡智に感嘆している。

臼井によれば、旭川本流は龍ノ口山付近から後楽園までの間で9m落下しているのに対して、後楽園用水は同じ距離ながら5mしか下がっていないために、この人工的に作った4mという差が、旭川より4m上空へ水を運ぶ…、と記し、現在捨てられているその水量は、ポンプ汲み上げの倍という。

「この量こそが後楽園を最も美しく仕上げる設計時の水量であったはず」

現状を愁いている。

同感だ。

2018-08-11

足攣りバス

帰宅中にバスの中で、左足のふくらはぎが攣った。

ま〜、痛いのナンの。

バスは慣習として同じ席に座るけど、宇野バスの場合、その席がやや広いのとやや狭いの2種があって、たまたまその時は狭い方だ。

膝が手前の席にあたって居心地がとても悪い上に、足攣りだ…。

身をよじらせ、シューズを脱いで片足をあげたりさげたり、片足のみアグラをかくような按配で他方の足にのっけ、足首を伸ばしたり縮めたりして緩和に務めるも、不自由な姿勢、狭いシート…、よろしくない。


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※ これは広い方。狭い方はエコノミークラス症候群を招きそうなホド不自由。


なので、いつもなら退屈の30分の乗車時間が、1人ジタバタしてる内、あっという間に過ぎちゃった。

下車。

自宅門前まで3分のところを脂汗浮かせつつ、トホトホ5分ほどかけ、ウチに転がり込むよう入って、居間でストレッチ。

短時間での過度のアルコール摂取と運動不足と水分補給怠りの3要素が見事にからんでの足攣りだったんだろうけど、あんまり経験したか〜ナイね。


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大事なご友人が、ピーター・オトゥールの『チップス先生さようなら』を観たいというので買い、同時次いでと、オトゥール主演のDVD『ロード・ジム』も買う。

『闇の奥』のコンラッドが原作だし、前々から観たいとも思っていたので、良い機会。

例によって速攻で観られないけど、手元にあればいつでも…、という次第。

はじめて彼の映画をみたのは、『アラビアのロレンス』じゃなくって、1966年作の『天地創造』での天使役だったかな…、中学校の時だ。体育館に生徒全員が着座して見せられた。

で、あの青い眼の透明さにはずいぶんビックリしたもんだ。それが天使という役(ソドムの町の頽廃を検分にくる)にピッタリで、いっそ畏怖めいた戦慄すらおぼえ、ちょっと人間に見えなかった。ま〜、天使だからな…。

文部省指定の優良作というコトで体育館鑑賞だったんかな? オトゥールの青い眼以外、印象がない。


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そういう天使が足攣りバスに乗り合わせていて、ちょいと足に触ってくれてスィ〜〜ッと痛みが引いていく…、なんて〜目にはあわないね、残念。

ヴィム・ヴェンダース監督の『ベルリン・天使の詩』では、なるほど天使はヒトに寄り添ってはいるけれど何も関与は出来ず、ただヒトの痛みに共感するばかりで、結果、天使自身が勝手に疲弊してるって構図で、ヒトと天使の物理法則的な乖離をおぼえたもんだけど、しかしバスの窓から外を眺めるに、たとえば岡山駅前とかの歩道を天使のような少女やお姉さんやおばさんが歩いていたりもして、眼はどうしてもそれを追うね〜。


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疲弊で思うけど…、翁長雄志沖縄県知事はとても残念だった。

地方自治とは何か。民主主義とは何か。その事を一身に背負い、その矢面に立っての奮闘が彼を疲れさせてもいたろう。

闘病しつつ最後まで職務についた知事の廻りには多数の天使らが寄り添い、共鳴した無念を抱えて悶々とし、何も出来ないままにただただ肩を落とし、うなだれたはずと思いたい。

一神教の神さんの使徒だから、天使もまた選民主義…、そこに知事も選ばれたであろうという前提で。

チップス先生が惜しまれつつ退場したように、知事もまた…。


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で、お盆。しっかり仏教…。

天使じゃなく、坊さんが間もなくやって来るんで、華宵庵の本店で和菓子を数個。

あとは、悪癖じゃ〜ないけど、習癖として、お布施なんぞを包んで…、南無阿弥陀ぁ〜ぶつぶつぶつ。

2018-07-26

甚九郎稲荷 今年も


極端な雨に次ぎ、極端な暑さ、しかも無風で湿度も高い…。

庭に出ただけで汗ダ〜ラ。

きっと皆さんもグッタリでしょ。

4日降り続いた時には庭は水田状態で根腐れをあんじる程だったのに、一転、カ〜ラカラ。

葉も萎れ、毎日確実にお水をあたえないと芯枯れちゃう。


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急転はなはだしい。

なので、ドシャ降りの雨中、ホースで庭木に水やるシュールなおじさんの姿なんぞを想像してつかの間の涼味を想う。

むろん水害でえらい目に遭ってまだ仮設住宅もあてがってもらえない方々多数なワケで、冗談やめてよなハナシじゃあるけど, この暑さの次はまた台風か…。


この数年、ウチの庭はセミの住処になっちまい、厚かましい暑さの中、夜明け早朝よりミンミンミンというかグヮンワンワンの大音声。

金木犀を住まいにして20匹くらい。

これが一斉に鳴くんでご町内最大ボリューム、野外ライブハウスになりにけり。


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でも不快じゃないね、夏の声だから。それどころか住処にしてくれているのを悦ぶ。

求愛の声。一夏限りの命と性。

とはいえ…、なぜ一斉に鳴くのだろう。しかも一斉に中止したりもする。

大コーラスじゃ、個々が目立たない。

それでは本来の目的の、パートナーを見つけにくいのではないか。

しかし抜け駆ける者がいない。1人ソロをとる者がいない。目立とうとしない。

徹底した横並びの平等主義

悪くいえば、個人より共同が重んじられる全体主義

比喩として、いささか今の日本のようでもあると云いたいところだけど、ま〜、セミ社会はそんな薄っぺらじゃあるまい。

きっとセミ女子は、大コーラスの中の1つの声のみウットリ聞き分ける感度のいい耳を持ってるんだろう。

鳴き声をよく聞くに、最初のミはグ〜ッと伸ばすの。ミ〜〜〜ンって。

それからミンミンミンミンをしばし続け、最後はミミ〜ッ、で閉じるんだ。ちょっと尻下がりに終える。

「届いてるぅ? 君の耳ぃ〜ッ」

ってな感じの閉じ方で、最後の所に小さく、”ッ”を置いてるから、今度聞いてミミ。


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日はめぐって、またやって来た祭。

明治の後半から今に至る、甚九郎稲荷の夏祭。

この稲荷のそばに住んでるわけもなく、ましてや氏子でもなく、あくまでもビジターとして本年もまた詣でる。賑わいを眺め、クジを引き、巫女舞いに眼を細める。

祭は去年と同じ、一昨年と同じ、その前と同じと、曜日に関係なく毎年7月の24日と25日に決まってる、というその絹目のような整然なパターンがとてもいい。

1年の真ん中あたりで1つ必ず打つ句読点、ともいえる。

ここで行を換えるとかいう大袈裟な次第はないけど、要は、毎年参加の恒例が高齢のボクに何か不可思議のワンポイントを付与してくれるわけだ。

災害多きな風土ながら、日本に住まい生きてることを、わけてもこの岡山という1地域に生息しているのを、シミシミ沁み染みと、感じさせてくれるワンポイントなのだ。

世界視野では神社神道というのは実にマイノリティながら、そんなシェア的なことはど〜でもよく、その神道的なものと仏教的なものとが明治以前には実に仲良く合体していたというようなコトもチラリンコと考えつつ、過去あって今があり、そこに立ってる自分をチョイっと意識する。

といって昨今台頭ぎみなヤスクニ的愛国戦隊に加担するというワケはない。


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という次第で手を合わせたり手をうったり一礼したりと、神妙顔で稲荷の拝殿に立つ。鈴は鳴らさない。

神社の神さんは呼ぶもんじゃない、あくまで依ってくるものと思い決めてるんで鈴には触れない。


ぁあ、それにしても暑かったねぇ、暑いというか蒸すんだね〜、境内が狭いから余計に汗がダ〜ラダラ。今回は、某L新聞の編集長女子たちと稲荷で合流。

巫女舞が終わり、しばし稲荷関係の方々と歓談。

誰が蚊にイチバンさされたか…、と笑う。


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そのあと、近場で冷っこいのをグ〜ッと。


ちなみに、え〜っと、今年の福引はこんなのが当たり。

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2018-07-10

幸災明暗錯綜之国


メチャな災害となった数日前の大雨…。家を失ったり水浸しでまだ茫然とされている方も多かろうし、亡くなった方の口惜しさは計りようもない。

台風のそれなら、中心の接近と離脱が概ねで承知されるからまだしも、こたびのはかなりの難儀もんだった。


東京在で来年に銀座のどっかで個展をやるMOMOちゃんより、「大雨ダイジョウブかぁ?」との問いあって、「だいじょ〜ぶ〜」っぽい返信を送ったりしていたのは前半の頃…。

昼夜4日降り止まない雨というのは、ボクもおぼえがない。気づけば道路が冠水。ジワジワ水位があがるじゃないか。


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※ 我が宅門柱の向こうは一気に水路と化す


昨年の豪雨で若干の対処法を学んだから、宅の敷地内でイチバン脆弱な、すなわち道路とつながった門の部分に、横長プランターを複数置いて水の侵入をある程度防ぐというようなコトをやった。

けども、4WD系の座高の高いクルマが強硬に冠水道を通るたび、波がおき、土をいれたプランターはいともたやすく1メートルほど流されちまうのだ。

波のチカラというのは凄い…。

それでさらにブロックやら石をプランター背後におき、プランターの上に水を入れたバケツをおくなどして、固定に務めた…、のはいいけど、さてそのようにすると今度は外に出られない。

ま〜、もとより道路も側溝も水没しているんだから外に出る必然はないし危ないし、結果その後まる一昼夜ほどは籠城状態、軟禁状態となって雨が止むのを待ちぼうけなのだった。


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※ 道路向かいの民家は車の水没を危惧し、強硬に玄関横に車を移動…。


4日めとなった土曜の昼前、小雨になって水が引きはじめ、車高の低い我がミニでも何とか駆けられるという頃合いで近所のスーパーへ出向けば、あじゃ〜〜、どえらい客数。車を止めるに待ちぼうけ、店内も人でいっぱい、レジは長蛇の列。正月前の光景より繁華。

皆さん、身動きがつかなかったゆえ、この時とばかりに押し寄せたんだろうが、食パンなど含めて棚の多くがカラッポだ。

被害の大きい真備や総社に食品企業が集中し、製品供給が止まってるわけだ。

表町界隈で音楽イベントのプロデュースをやってるF氏も同じ地域の住人で、彼も買い物列にくわわってた。いわく、

「もう2時間ほど強雨が続いたら、ウチは床上までやられてた」

苦笑する。

苦笑ですまない災にあった方々は本当に気の毒でしかたない。着の身着のままに避難し、家も、そこにある思い出ある品々も失ってる人に、どう声かけたらいい?


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※ スーパーの空っぽの棚


今回は10数年に1度の大災害とか報道されているけど…、はたしてそうか?

災害のニュースは毎年繰り返し見聞する。ほぼ毎日どこかで地震もあるし、毎年の台風もある…。だから10年に1回ってなアンバイじゃなく、

「またもや」

と報じた方がいいような、災害が常駐し日常化してるのがホントだろう。

実態としては不安定極まりない国土ゆえ、といった方がいい。そういう地理的条件と気象的条件の上にボクらは住んでることを自覚するためにも。


逆にいえば、その不安定がゆえ世界屈指のメリハリある四季があるわけだ。

自然そのものが安定しようと務めるがゆえの、四季だ。

で、そこにボクらは情緒を見いだして久しい。

四季を愛して久しいし、ありがたがる気分も高い。

だけど、自然そのものは情緒は持ち合わせない。

風が吹くのは大気が自身のバランスを保つためのもの。それゆえ、自然自体の安定がために時に強風になり時に大雨になる。都合良い微風ばかりじゃない。

その頻度が実に高いのが、この国だ。しっぺ返しみたいに情緒を粉砕されて痛いメに遭う。失くすものが大きい。一喜あっても一憂もまたでかい。


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※ ネット版朝日新聞のスクリーンショット


でも結局、ここにしがみついてなくちゃ〜いけない。

ひどく熱しやすく醒めやすい心情のうつろいは、この風土が根っこにあるのかもしれない。

前にも書いたけど、自然の中に神々を見いだす神道という他国にはちょっと了解出来ない精神世界も、この風土あってのものだろう。

それで…、

倭(やまと)は国のまほろば たたなづく 青垣山ごもれる 倭しうるはし

「まほろ」、のような住みよさを表す古語もあれば、

ねぬる夜の夢をはかなめ まどろめば いや はかなにも なりまさるかな

「はかな」、のように無情を謳いあげる心情語も発明されて同居する。

諸々考えさせられる我らが国土と人。揺れる大地に住まって、文字通りに浮いた感もアリアリ。

浮世処世術、なんて江戸時代に出て来たベタベタなコトバも、ある意味、適語とも思う今日この頃だけど、災害に呑まれた方々の折れた心を思うと、コトバはさほど役立たない。

言霊(ことだま)という脅迫観念に裏付けられた平安や鎌倉時代の方がコトバは有益でパワーがあったと思えるけど、

「気の毒でした」

の一語に、今は科学の知見がボクらを赤裸にしちゃって魂を吹き込むことが出来ないから、いささか、もどかしや…。

2018-07-05

サバ缶が売れている


最近ちかごろ、缶詰業界に異変があるとのコト。

サバ缶が売れているらしい。

じっさい、この数ヶ月、立ち寄るスーパーの缶コーナーでサバ缶が妙に品薄とは感じてた。

このブログでくどく書いてたせいで、あろ〜ワケはない。


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※ 売れちゃってガランとしたサバ缶コーナー。近所のスーパーにて。


しかし、サバ缶が売れていると判って、ボクが喜ぶかというと、実はそ〜〜でない。

むしろ、訝しみと嫌疑を混ぜつつ、

「話題になって欲しくはね〜なぁ」

かねてよりサバ缶の地味に舌鼓をうってた特権階級的ヒッソリな孤高が、これで打ち砕かれるようで、不穏な気分を募らせているのだった。


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この数週で、見たこともない缶がスーパーに並ぶようにもなった。

新製品が出てるワケだ。

…むろん、買いますわな。

けど、けど…、なんか腑に落ちない。

誰が、何のために買ってんだ?

いやさ、そりゃ食っちゃうためにだけど…、ブーム的動向がどうも気にいらない。

かねて当方としては、サバ缶はサバ缶のままに、封をあけそのまま喰うを原則としてきた。

ぬくめない。何かと混ぜたりしない。そのまんまを味わう、これを守って数十年の身の上だ。

いわば純血主義…。

その上さらに、500円を越える缶は缶として認めね〜、ゼッタイ買わね〜…、と、マイノリティーなその価値観の保持にこそ昂悦していたワケなのだ。

なのに、多くがサバ缶を求めるようでは、まるで自分がお水で薄められたコーヒー薄味みたいな感じになって、まこと感じ悪い。

が、そこを強く云い立てると、まるでアルカイダ的偏屈な原理主義が自分の中に台頭するようで、ちっと嫌な気分も出てくる。

聖戦の戦士をきどる程におろかなことはない。ましてや生鮮でない缶詰加工のサバを愛しちゃってるだけの貧しい舌の持ち主たるを愛おしく、いわばその自己愛に耽溺してるだけの者がボクちゃんだ…。


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なのでこの先、右肩あがりにサバ缶が売れてくのか、あるいは一過性なブームで収束するのか…、ま〜、そこが気がかりだけど、あんがいと楽観する気分もないではないのだ。

スーパーの棚を観察するに、小気味よく売れてるのは味噌煮のものであって、水煮はやや低調のようなのだ。

フフフ。

なので、仮りにブームであるなら、ヘヘヘッ、ちょろいもんだ。直にあきられブームは終わる。

と、ま〜、そう密かには期待してるワケ。

サバ缶のスーパースターは水煮だよ、諸君。

水煮特有のいいささかの生臭さを極めて初めて、サバ缶の持つ宇宙的地味の深淵が悟られるんだ…。


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けれど、しかしだ…。

も少し真顔になって考察を加えるなら、ABE政権の長期化に伴って貧富の差がジワジワ浸透し、いわゆる庶民は、いわゆる庶民感覚でもって…、食事に関する費用算段にシクハックしているのが本当で、それゆえ廉価なサバ缶でもって時に夕飯の調理材料費の削減を”強いられて”いるのかもしれないのだ。

いわゆる庶民というのは、数10円の差に翻弄される存在であることは明白で、それが数100万の単位になるや普段的でないその額面に朦朧としちゃってよく判んなくなる性質を持つ。

シーチキン缶よりサバ缶が売れている真相は、その10円に庶民がいよいよ追い詰められていると、いえなくもない…。

この辺りの見解をABEに問うてみたいとも思うが、ま〜、この男は…、たぶんサバ缶食ったこともないだろうから、その口から出るコトバもつまらんだろうけど。

生活保護受給者や介護サービス受給者が加速度的に膨れ上がってる、世界指折りの老人国になりつつあるというに、だからこその10円の差の杞憂なのに、この男のアタマは富国強兵の幻想でイッパイなんだから、ね。


なので、サバ缶好調の理由は2つのうちのどっちかだろう。

1. 多くの方がサバ缶にめざめちゃった

2. 多くの方がビンボ〜になっている

しばし、サバ缶の売れ行きを注視していよう。


と、それにしても今日はよく降ってるなぁ。大雨の様子。

皆さん、足元にお気をつけを。

2018-07-01

CAFE & SWEETS AOYAMA


先夜、唐揚げの店に並んでる夢をみた。

だいたい、並んでモノを買ったりするのは大嫌いというか、並ぶことを由とはしない方なので、なんで夢の中で並んでんのか…。腹立たしい。

しかも猛暑。さらにすごい湿気。不快。

唐揚げのカラッとした上がり具合とは対比的。

こりゃやってらんない…、行列から離れようとすると後ろのカップルが、

「逃げるんですか?」

妙な文句をいう。

ワケ判らんな〜と腹立たしくって反論しようとすると、店の看板がなんかマクドナルドだ。

あれ〜?

唐揚げじゃないの〜?

居心地の悪さにジタバタして眼がさめたら、Tシャツの首筋グッショリ。

室温高くって、寝汗にまみれてた。


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高屋クリニックの院長が急逝して、もう何年になるかしら?

たしかボクとは同い年だったよう覚えるけど、いっときは主治医的に診てもらってたもんだ。

マイ・マザーの通院都合があって自分の検診もマザーと同じ医院に変えて高屋クリニックから遠のいてしまったけど、お久しぶりに近場に寄ってみると、病院のお隣にCAFE & SWEETS AOYAMAなる店が出来てら〜。

あらまぁ、いつのまに出来たのかしら?

イーツはどうでもよろしいが、ランチがあるので入店してみると、店内はゆったり広く、コップ利用の照明具など演出がオシャレなれど、

あっちゃ〜!

女子率がめっぽう高い。


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というか、女子だらけの満席状態。左隣が若い女子2人、右隣はちょっと中年女子2人、後ろは小さいお子を連れた女子3人、さらにその向こうも女子、こっちもあっちも女子、スタッフもオール女子。

どのテーブルのどの女子もよくおしゃべりし、あちゃらこちゃらで笑い声がたえない。

その喧騒が良い意味でこの店の特徴となってると咄嗟に判っちゃう。店は客が創る…、の好例かしら。

サービスランチのパスタは悪くはないし、サラダは自由に幾らでも選べるし、コーヒー・ポッドには3杯分くらいが入ってそれで1人前らしきだし、食後に抹茶のムースも1切れ出てきて、これで1280円ほどだからプライスもよろしいが、けど、男子孤軍にして一身に視線浴び、居心地いささか…。

入口サイドの待合に、ジョブス・フィギュアの椅子と同じもの(断定は出来ないけど)が2脚あり、ムロンこちらは実物として、お席が空くのを待ってる女子がお座りになってたのが印象良し。


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2018-06-22

ひしお

過日。雨の日。どこか胃がどんよりとして食欲ゼロ。

風邪みたいな症状もあって熱っぽくもある。

どうかした弾み、吐き気すら兆し、こりゃ〜ヤバイな…、でも何か食べなきゃな、夕飯時だもんな、どうせ食べられやしないけどと…、お粥を作って「ひしお」をのっけてモグモグモグ。

ところが、これが意外やうまくってペロリたいらげ、もうイッパイ食べちゃえる感じ。

お粥って…、めったと食べないから舌がおひさしぶりを喜んだんだろう。


およそ十年程前、Kosakaちゃんの車でお仲間と四国に出向いたさい、どこかの道の駅で手作りの「ひしお」に遭遇。買って旨味をおぼえたけど、なかなか入手難が続いたもんだった。でも近頃は近所のスーパーで容易に買える。ありがたい。

「ひしお」、「もろみ」、「金山寺味噌」…、色々あるけど我が舌は「ひしお」を歓迎する。

とはいえ、それらの区別をボクはよく判っちゃ〜いない。

総じていえば「醤(ヒシオ)」だろ? 

では商品名の「ひしお」はどういう位置づけか?

下写真の”ひしお”と”もろみ”の上下関係は、ど〜なってんだ?

もろみ科目の中のひしおか? ひしおという名のもろみか?


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ま〜、詳細はこのさいド〜でもいい。

似通うものが縄文時代後期の遺跡から発見されているらしいから、随分とレキシある発酵食品という事に拍手をおくろう。

数千年経ってもまだボクらはそれを食ってると思うと、太古と今が一つの円の線上にあるようで、なにやらウレシイ。


過日。やや曇り。奉還町の某所にて会合。

大阪在住者が一人いて、新幹線で来岡。

「阪神淡路とあわせ二度もでっかい地震でしょ。も〜ヤダよっ」

浮かない気分をビールで呑み込んでらっしゃる。

しかし彼でなくとも、皆、地震は苦手。怖いもののナンバーワン。

だから間違いなく、縄文時代を生きた方々も大いに怖れたはず。

というか、そのメカニズムも知らないだろうから、恐怖はボクらの数倍上だったと思う。

家族総出、集落総出で、怯えきり竦みきって肩寄せ合い、しばし数週は風のそよぎにさえ過剰反応しちゃってビクビクするのを懸命に鼓舞しつつ…、小さなカメに造り溜めてた「ひしお」をちょっと舐めたりして、生存の幸をジンワリ味わったような。

ま〜、基本的にそのあたり、現代も変わらんと思うなぁ。

克服に遠く、むしろ、降伏に近い感アリの揺れる国。なのでキリストさんやマホメッドさんのリーダー的存在を求めた一神教的なものより、自然信仰の神道が萌芽して今も続くのは、ま〜、当然だ。


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古い商店を改修し6/12にオープンしたばかりのブリューパブ・アルマジロで、二次会。

1階が醸造所で、螺旋階段をあがって2階が店。

雰囲気は良いけど、オリジナルのビールはボクの舌には今ひとつ…。

でも安いね、グラスいっぱい300円。

ピザはうまかった。


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2018-06-16

塗るストッキング

岡山シティミュージアムで児島界隈の繊維産業の企画展があったさいの同時進行的な講義で、明治岡山での絹(シルク)事情を話したことがありますね。

現在の県立図書館のすぐ近く、明治の一時期、そこに岡山製糸という会社があったこと、蚕(かいこ)から糸を手繰る手法などをハナシの核に、第2次大戦時の欧米のシルク事情も拡散的に話した次第。


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※ 岡山製糸の工場模型。写真資料がなく想像復元ですので苦労しましたなぁ。

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※ 現在のマップで見る。ピンク色の部分→繰糸工葉や寮があった場所。旭川とお堀に接しているのは大量の水(沸かして使う)を必要とする作業だから。下は県庁。左の大きなのが県立図書館。


ご承知の通り、明治の開国で、絹糸の製造は外貨収入の大半を担う日本の基幹産業、数少ないMade in Japanとして誇れるものでもあったから、当時国をあげてガンバッた。

品質の維持とさらなる向上は、絹糸の細さと滑らかさをいっそう際立たせ、同様な絹糸を算出する清とか英国の追従を許さないレベルのものだった。

繭(まゆ)の選別が際立ち、クズ繭を使わない。クズ繭は紬(つむぎ)に使うが江戸時代では二流品に分別され、それで屑だった。そこが明治に活きた。要は切れ切れの糸しか取り出せない繭は屑扱いで使わなかった。そこが他国のものとは違った。撚り合わせはするものの、やや大袈裟にいえば、糸と糸をつなぎ合わせることをしなかった。

明治25年には輸出総量は540万斤に達し、内訳としては米国に61%、フランスに35%が出荷されている。(絹糸の1斤はおよそ600g)


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※ 繭。ちょっと驚くくらい白く軽い。1斤を得るには何千個もの繭が必要。


云うまでもなく、その品質の高さは…、多数の女子工員の隷属的労働が支えたものだった。高い技術力(お湯に浸けた蚕繭から糸を切らないよう取り出す)を持った女工員さんたちは高いノルマもかせられ、働きに働いて、苦痛を日常のものとして甘受させられつつも、寮生活でゴハンがたべられるし理容室も工場内にあるというアンバイで、実態として彼女達の労働こそが日本の収入を支えてるというコトはチョイと判らんような軟禁的搾取な男社会をば造っていた。

岡山製紙も、ま〜、その流れの中にある。60人の若い女工さんが住み込みで働いてた。(明治岡山には岡山紡績というのもあるが、それとは別なので注意のこと。岡山のレキシ本で時にこれをゴッチャにしてるのもあるので…、要注意)

住み込みで働くのは…、1つにはバスも列車もないんで通勤出来ないというのがあるけど、電灯がまだ導入されていない事もあって、夜明けから日暮れるまでの明るい時間帯およそ十二時間くらいに大いに仕事してもらって効率をあげるというのが理由だった。下の写真では、窓を外して少しでも明るくしようとしているのが判ると思う…。ぁあ女工哀史…。


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彼女たちが紡いだ糸は米国に渡り、今度はそこで編まれてMade in USAとして製品になり、『スカーフ』や『絹の靴下』や『絹のストッキング』となって売り出された。

こういうのは素材が均一でないといけない。JAPANの絹糸はもってこいの素材だ。

わけても、『シルクのストッキング』は超がつくほどのヒット、大人気。

コットンのそれとは大違い。極薄で滑らか、それを身に着けることで、女性たちは過去に類例のない高みにまで登った自分自身を感じとった。2本脚がシルクのストッキングでもって、自分でもウットリなくらいに変身。すなわちそれが男性をひきつける魔力をもった小道具であるコトを知覚した。それに…、いささか高額なところもプライドを刺激した。

遠い東洋の端っこの島国でおびただしい人数の未成年者を含んだ女子工員たちが寮生活しつつ紡いだ糸…、というようなコトはどうでもよく、需要と供給はマッチしてクルクルクル回転し続けるハズだった。


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※ 未成年者らしき幼っぽい顔の女工さん達


元より刺繍文化のフランスでは日本の絹糸を用いて豪奢なハンカチを造り出し、それを今度は日本が買ってとってもありがたがるというようなコトも起きた。明治半ば頃の日本では輸入ハンカチと西洋傘はステータスな舶来物として、ほしいモノの筆頭にあった。

米国では鉄道網の発展に伴い、カタログ通販の「シアーズ・ローバック」が急成長。田舎町へもシルク・ストッキングを送りとどけ、また量産化でプライスダウンにも成功しつつあった。


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※ シアーズの通販カタログ。部分。


けども、亀裂した。

国家同士の軋轢が嵩み、米国は日本製品の国内進出を阻みにかかる。

日本が政治的態度を改めない限り、絹糸は買わないし米国内に入れない…。石油も販売しない…。

そうやってるウチ、一線超えちゃった日本のハワイ攻撃で大破局。

米国は当然に反撃を開始する。

ナチス・ドイツとファシスト・イタリアに次いでジャパンも加えてのワースト3つ揃えとして敵対し、富裕な米国も戦時体制となる。


たちまちに不足したのが、絹だった。

ストッキングのみに需要があったワケじゃない。実は戦争にも絹は用いられる。その最大需要は落下傘。ヨーロッパの戦線においては空挺部隊の活躍がめざましい。落下傘で大量の兵隊や物資を敵陣背後に投下する。

その落下傘の布地が絹なんだ。綿や麻じゃ引き裂ける。唯一、シルクのみが一人の男を高所から無事に落下させる素材なんだから、これが大量に要るわけだ。当時は空力学とかがそう解明されていないから、ヒト一人を空から無事に下ろすには大きな面積の、およそ今の学校の体育館の床面積ほどの布を必要とした。それが何万枚も必要だ。しかも使い捨て…。

映画『史上最大の作戦』で空挺隊の一人が協会の鐘楼にひっかかって、下に敵兵がいて難儀するという有名なシーンがあるけど、その時にジワジワ裂けていく落下傘の音が、まさに”絹を裂く”、それだ…。

その最大にして最良の絹を提供していた日本と敵対したんだから、当然に絹はなくなる。

それで米国内デパートなどでは、破けたストッキングや靴下でもいいから回収に協力してよ…、回収箱が設置され国をあげて再利用の努力をした。


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※ 米軍の宣伝告知

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※ 米国のデパート内の回収箱


さて、ここで問題がでた。

既に絹のテーストを堪能している女子一同にとって、シルク・ストッキングの入手難は致命的だ。恋人や夫が戦地に出向いてはいても、日常の自身の足をくるむストッキングがないというのは決定的にダメなことなんだ。欲しがりません勝つまでは…、の全体国家の日本と違い、戦時体制であれ米国や英国はストッキングを履く自由まで奪われない。


そこで登場したのが、”塗るストッキング”だ。

疑似かつ代用ではあるけど、そういうのが売りにでた。愚かしいといえば事実その通りだけど、一度ストッキングを味わってしまった足は…、ストッキングなしでは不安で仕方ないという心理がこのケミカル製品を製品たらしめた。

ここで紹介する写真は講義のさいに用いたものだけど、聴講くださった皆さん一様にこれを知らなかった。


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※ 1940年の米国婦人雑誌の広告

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※ 下の3枚は当時の雑誌『LIFE』の写真ページ。

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知る手がかりを得たいなら、数年前にNHKで放映された英国TVドラマ『刑事フォイル』を観ると、よい。

DVDも出てる。

第2時世界大戦中の英国の田舎町での刑事ドラマで、意外や、とても秀逸。当時の事物風俗をよく再現している。

街を歩く人々がいずれも段ボール製みたいなボックスタイプのショルダーバッグを肩から下げているのが、すぐに判ると思うが、それが何だか、今のたいがいの日本のヒトは判らないと思う。


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小さな親切で回答しておくが、これは政府が支給した毒ガス防御のためのマスクが入ってるんだ。

翻訳吹き替えにチカラを入れたらしきNHKだけど、でも説明を一切しないからチョット駄目。当時の英国やらの生活文化の事情にまでは眼が向いてないんだろう。


その第1シーズンでの1エピソード「エース・パイロット」に、”塗るストッキング”がチャ〜ンと出て来る。休暇で帰ってくるパイロットの彼氏とのデートのために、それを足に”着けて”るというシーンがある。米国だけでなく英国もそうだったんだね。


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※ 『刑事フォイル』の1シーン。足に塗るストッキングの描写。女優さんの眉の濃さとカタチ、口紅の色合いなども…、時代をうまく描写してる。


戦争中の歴史を学ぶという意味では、こういう銃後の姿カタチを学ぶべきと…、ボクは思う。国民服にモンペで統一した全体主義国家とのレベル差も、これで知れる。

NHKはそういった風俗事情を説明しないから、テレビを観た多くの人には謎であったろうと、残念に思う。

意外やこの番組はアンガイと公平に当時を顧みていて、たとえば、イタリアがナチス・ドイツに加担したと報じられた途端、英国の町中、昨日までは友達のように馴染んでいたイタリア出身の家族経営の喫茶店が同じ町の英国人から迫害され店に火を放たれるというような描写もある。


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しかし塗るストッキングはあくまでイミテーション、代用だ。

なにしろ、雨が降って濡れたりすると…、溶けちゃうし、”脱ぐ”ことも出来ずで、洗いおとすだけのミテクレ優先な代物だ。

なので、不満がくすぶり出す。政府に対して、絹を何とかしろ〜〜、クレームが寄せられだす。こういう庶民的内圧がイチバンに政府としては怖い。

そこで米国政府は、絹に変わる素材の開発に力を入れた。むろん、女性のストッキング需要だけにではなく、落下傘素材のためにだが…。

その開発に成功したのがデュポン社だ。ナイロンというケミカルな新素材を生み出した。落下傘という仕掛けでは絹より効率が高い。それに廉価で量産できる。


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※ 開発されたナイロン・ストッキングの大宣伝

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こうして、落下傘の素材が変更になり、同時に国内(英国を含め)での女性の不満を解消すべくな、ガス抜き効果としてのナイロン・ストッキングが大々的に売りに出される。


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※ 発売初日の米国デパートの様子。最前列の左にオジサンもいるのは…、恐妻家ではなく、多めに買って転売しようと思ってるヤカラに違いね〜。ちなみにこれはまだ戦争中のヒトコマです。


戦時下の1943年にデビューしたかのスーパーマンの衣装は、今から顧みれば、それはナイロンそのものをアピールしたものだった。

大のオトナの男が身体にピッタリなタイツを履いてる滑稽は、けれど新素材誕生のブラボ〜!な凱旋的賛歌でもあった。

今どきの『アイアンマン』なんぞがロボティックな3次元曲線の金属素材で身をかためるのと同じで、時代が要請した装束なのだった。

その登場によって結局、JAPANの絹糸に依存しなくてもヘッチャラな国へステップアップしたわけだ、米国やらは。

2018-06-06

ミルキーソフト

さぁさぁ、やっと手に入れたんだから、報告だ。

不二家の塗るミルキー、『ミルキー ソフト』だよ。

この製品のことを知って2ヶ月。

でも、出歩くたび、スーパーの棚なんぞを探したけど、まったく遭遇しない。

もちろん、ペコちゃん求めて3千里…の旅、なんかしない。店頭にあれば買ってみよう程度なもんだ。

だけど、2ヶ月は長いじゃないか…。よほど品薄な少量生産か、販売にチカラを入れてないのか…。

それで、近所のディリー・ヤマザキに「発注」してみた。ご存知、ヤマザキと不二家は資本関係がある。不二家の親会社が山崎製パンだ。

だから、仕入れというか流通も多少は融通がきくだろう…、との目論見だ。

ビンゴ!

なんと、3ケ、入荷したという。

3ダースでないところがコジンマリして、いい。

とはいえ、3ケも買うわけにいかない。

まずは味見なんだから、1ケでよろしい。

けどもそうして手にした喜びったら、3ケを超えて4ケ分に価いするぞ。

ありがとう〜、ディリー・ヤマザキ。


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さぁ、味わうぞ。

ぜったいにうまいはずと、早朝に、日清のチキンラーメンと一緒にパン一枚で味わってみたのだっちゃ。

たっぷり塗りたくる。というかノッける。

むろん、敬意を表して食パンはヤマザキの。

ああ、ちなみに岡山駅2階の中央改札前のいつも大賑わいのパン屋さん”VIE DI FRANCE”も実はヤマザキだ。

ヤマザキのホームページから辿れば、オシャレな英語ホームページを見られるぞ。

ま〜、そんなことはどうでもいい。


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チキンラーメンとミルキー味な食パンのコラボレーション。

いや、これはも〜、高貴な方々にも是非にオススメだよ。

チキンラーメンのややソルティ〜な濃さと善い意味でのモッサリな穀物感と、ペコちゃんミルキーの文字とおりなミルキ〜ウェイっぽさが、かつてザ・タイガースが歌ってた、「銀河ぁ〜に浮かべた〜、しろい〜〜小舟ぇ〜〜」ってな郷愁ぶくみの甘美な出会いとなって、お口の中で会合を喜びあうんだ。

そも、飴をペイント仕様にしちゃった点でコペルニクスもニッコリだけど、この滋味が焼いたパンに浸透してるんだからネ。甘味と穀味のコク味な出会い系銀河路線。これはノッたものでしか味わえない感無量な法悦って〜ヤツだ。


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いま、この国は、嘘の上に嘘を塗りたくって平然な厚顔がまかり通る劣悪で、未曽有な危機状況にまで荒廃が侵食していると思うけど、ミルキーソフトは塗りたくっても嘘でないね。いいね。

その上、豪奢に生タマゴだよ。

このトロケ黄身ぃ〜とトロケミルキ〜の相乗効果が、華の大輪。

ホントだよ。嘘と思うなら試してみんちゃい。


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2018-06-01

おりかえし

6月。

1年のおりかえし地点。

6月の花々は日差しより雨模様が似合う。


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だけど〜、コチラは、おりかえせない感ありアリの蟻地獄。

とある作業がすすまない。

すすんでないワケじゃないが蟻の歩み。講義室でチャプチャプしゃべる方が楽だなぁ…、とアタマを掻く。いずれはマトメなきゃいけないコトになってたワケで、それが本年という次第ながら…。

要はおしゃべりと違い、行と行の間をおちゃらけ出来ないのがしんどい。


で、また、こういう時に限ってトラブル発生で、対処に時間が奪われる。

自社ホームページがなんだか変なアンバイで、トップページがDavid Bowie関連の案内みたいなコトになっちゃって、いわゆる「サイト改ざん」に遭遇したぞ、弱ったぞ〜、慌てるやら塞ぐやらで、不法な書き込みモジュールの捜索で全ページのチェックやらやら…。

けど、わからない。

ぁ〜、おてあげだぁ〜、嘆き節を喉元で揺すらせ、専門業者にお願いするっきゃ〜ないか…、諦め気味な溜息ついた途端、フッと気づいた。

「.com」の期限切れ。

要は数年ごとにやらなきゃいけないドメイン更新手続きを忘れてたんだな、これが。

急転で一件落着。

数日ドタバタしたあげくの、ていたらく。あらためて溜息1つ2つ3つ。


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しかし、庭先の実際の蟻の動きをば眺めるに、実はアリさん、まことに早く動いてる。チョコマカちょこまか素早い。歩いてるというより小走りに近い。眼で追うと、わずか数秒で1メートルを超えて移動してる。だから蟻の歩みとヒトを比較するのは良くない…。

しかも、雨の中でもチョコマカ駆けてる。カッパも着ずに。


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6月の花たち

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ところで米国では、日本の軽自動車は公道を走れない。

これってアンガイ知られていない。

嘘と思うなら、映画『ダイハード4.0』を観たらいい。

テロリストどもに襲撃された電気会社の施設内で、ナンバープレートがない”カートカー”として置かれているのを眼にするだろう。

ま〜、顧みて米国映画を思えば、軽自動車が出てくるシーンはないよね。だから逆に『ダイハード4.0』での、存在に気づかされるワケだ。

要は、米国の安全基準に満たず、ゴルフ場内のコース移動みたいな使い方は出来るが、外に出て道を走ってはいけないというコトなんだ。

たしか1000CCだか1200C以下の排気量では車として認められないという”安全基準”だったと思う。

逆説的にガラパゴスな基準とも感じるけど…、他国のコトゆえ、だからいや、別に構わんけどね。


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我が1300CCのMINIは、ただいま車検中。

なワケでまたぞろ軽自動車を代車として使ってる。

しかも新車だ。

装備は至れりつくせりで…、すごいね、このガラパゴス進化は。

しかし外装のゴテゴテなデザインは…、はたしてデザインに値いするのか? ただの過剰だ。

ま〜、代車に文句をいってもシャ〜ないけどね。


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愛知の小笠原製粉の「キリンラーメン」が、”おとなの事情”で名称を変更するとのハナシ…。

たびたびでもないけど、何度か食べた。独特な実にあっぱれな庶民感覚のパッケージ。他にこのようなのがないから印象深い。

でも、キリンビールの「キリン」が穀物加工品なんぞに”キリン”を使う商標登録をしちゃって、小笠原製粉の首ネッコを締めたんだろうね〜。

小笠原製粉は1965年だかの販売開始から、ずっと、キリンラーメンの名を商標登録していなかったようだ。

裁判沙汰になって、法的には「キリン」の言い分が認められ、小笠原製粉は負けてるようだ。

法というのは、必ずしも正義の味方じゃないね。ABE問題での官僚らが

不起訴になったのも同じ…。

いずれたぶん、「キリン」は傘化企業のキリン共和フーズあたりから、『キリンラーメン』を売りだしたいんだろうね〜。

どうも、おとなの事情っぽくない。

巨人ガリバーが蟻を粉砕するようで、感じワル。

もっとおおらかであって欲しいけど、近頃の自動車の顔つき同様…、眼が吊り上がったオレがオレがの気配蔓延中。

2018-05-13

近所にいっぱいあるアル…

自宅から半径2Kmで円を描くと、コンビニエンス・ストアが8軒も入る。犬もあるけば何とかじゃないけど、多いね。

全県では5万5千軒あるそうで、さらに増加中。

しかし、それより多いものがある。

神社だよ…。

「神社本庁」によれば、祠みたいな小さいのも含めて15万社を超えるという。草木に埋もれちゃって調査出来ていないものまで入れちゃうと、正確な数はワカランというトンデモないことになっている。


そこで試しに、作業の手を休め、自宅近くのお馴染みさんの龍ノ口山界隈はどうだろ? チョイと調べてみる。

今やってる作業は資料を紐といちゃ〜部分を抜き取り、他資料と照合させてオッケ〜そうなら考察加えて新たなテキストに起こすという面倒なもんだから、肩はコルわ、眼はヒョチョヒョチョするわ、でも継続集中でなきゃ〜見逃してしまうポイント多々で…、もとより1点集中が苦手なんでイジイジが募る。

なので息抜き。

グーグルアースをば眺める。

龍ノ口山は最大高が257mという程度なもんじゃあるけれど、衝立のような景観効果があって悪くない。その南側の麓界隈に点在の寺社をば、チョイと調べてみたわけだ。


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※ 龍ノ口山全景。


さて、結果だ…。

旭川の方向から東への順、山裾の概ね直線で3Kmの範疇で、以下に列挙。


寺–––––––––

安養寺。最明院。浄土寺。この3寺。それにくわえ、今はもう機能していないけど、8世紀に建立されて礎石のみが残って公園になってる賞田廃寺跡。

4つだ。


神社–––––––

総社宮。高島神社。日吉神社(賞田)。日吉神社(湯迫)。稲荷八幡宮(土田)。若宮社。柿本神社。松尾御前神社。大神神社。梨本神社。宇像神社。木之山神社。八幡宮(四御神)。

さらには龍ノ口山からわずか200mほどの所にコンモリとした丘があって、そこにも、木野山神社、天津神社というのがある。

くわえて龍ノ口山の頂きに鎮座した龍之口八幡宮。

なんと16社。

旭川から祇園用水への取水路へと分岐する場所にポツンと置かれた水神宮っぽいのを入れると、17社。

ぁあ〜、なるほど、こりゃローソンもファミリーマートもヤマザキもセブンイレブンも負けるワイ。

いささかビックリもんだ。


以上は、本社、摂社、末社という格付けを平たくしての社(やしろ)の数。ほぼ同一の場所にあって、とっても小さいのも含む。

神さんが仏像というカタチで常駐のお寺と違い、ふだん神社に神さんは居ない。

社は屋代といい依代(よりしろ)ともいい、神さんが寄り来る時もあるんで日頃より祀っておく場所だ。規模の大小は関係なく、いわば公園のベンチのようなもの、神さんがちょっと休憩で座っちゃうみたいな場所としての”神社”。


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賞田廃寺跡の大きな敷地が示す通り、7世紀の飛鳥時代頃は龍ノ口山の麓からその前面に広がる平野こそが、岡山の中心地だった。

それから数世紀を経た後、宇喜多直家が岡山城を造って旭川の西側に街を起こして中心地がやっと移動したという次第だから…、龍ノ口山界隈に神社が多くあっても不思議はないけど、それにしても尋常でない数。

祇園の素盞鳴神社や八幡東町の敷地の広い八幡宮まで含めると、20社を超える…。

かつてラフカディオ・ハーンが著述した通りの、「神国」日本の姿が浮き上がる。


ま〜、せっかく調べたんだ…、画面上でなく、幾つかの実物を探訪してみた。

車でブラリ。

自宅から2〜3Km先という短距離ながら、出向いたこともない神社の方が多いや。

宮司さんもいなく、既に拝殿は失われて本殿のみが鎮座というのが多い。

見るからに廃れた感触のものもある。


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四御神(しのごぜ)という地域の大神神社の拝殿部。門に随身像があるようだけどガラス窓に遮られて中がうまく見えない。残念。この神社は秋祭りとかでは結構な賑わいになる。


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大神神社と同じ区画内の宗像神社。お水が赤く濁ってる理由は不明。

大神神社の一部でお飾り的なモノと思ってはいけない。これって別個独立の神さんの休憩ポイントなり…。福岡の宗像神社と同じ神さんが祀られ、そこは海上交通の要衝を意味するから、この四御神のも周りを水にしちゃてる…、んだと思う。


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大神神社拝殿のすぐ隣りにある松尾御前神社。この場合の御前(ゴゼン)はたぶん接尾語で、「かかる折節には松尾の神様オンマエにこそかしづき申すなり〜」という感じかな。京都が平安京だった頃に松尾大社というのが出来てるから、なんか関係があるんだろ、きっと…。


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大神神社横手でひっそりしてる4つの狛犬。これは、若宮社、木之山神社、柿本神社の3つの内の2社に付随のものだろう…。

明治となっての神社合祀で集合させられたと思われる、その名残り的な配置。

狛犬にとってはチョット不本意だろうね。これじゃまるで野犬の集会だ。

ま〜、だからかつて昔はその3社は別場所にあったと考えてよい。というか、大神神社の場所に、松尾御前神社も宗像神社も他の神社たちもが寄せて上げてブラさがりな格好にされたんだろね、明治の初期に。


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左が木之宮。右が御霊社と天満宮を合祀した社。


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梨本神社。家屋より土台が小さいのは何故だろね〜。ひょっとして、この土台になっている石にホントは何かの謂われがあるのかも知れない。


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賞田(地域名)の日吉神社。樹木が繁ってトンネルのようになったやや急峻な坂を登った山中にある。案内の看板もなく、ここを訪ねるヒトはほぼいないだろうけど、緑に囲まれ良い感じ。

本殿は補強材が左右に突き出ていてチョット妙な形。今でこそ緑に囲まれきっているけど建立時にはそこから平野の眺望が見えたと推測する。


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日吉神社すぐそばの遺跡。左右ともに折れた門柱。写真では判別しにくいだろうけど、険しい坂の上にあって、かつては別の神社があったことが判る。もはやマップにも記されないが大仙神社とある。仙の字から…、かつて修験道の山伏が開いたかしら? 勝手に想像する。

はるか昔日の龍ノ口山では天狗も飛んでたかしらん…、面白がる。

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休憩。

古民家改造のカフェ「アマンディア」でランチ。大きな肉が2つ入って辛口、ごはんも適量。

「あっ、久しぶりのビーフカレーじゃん」

ポークに馴染みきった舌が束の間の浮気を喜び〜フッ。

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軒先の水盆には何種かのメダカが群泳で、これはオーナー女史のお父さんの趣味とか。背筋が綺麗でよく育ってる。10匹単位で譲るわよと申されたけど、ウチの庭池にゃ金魚がいる。たぶん食われてしまうだろうから、断念。

コーヒーもいただき、そのまま車を停めさせてもらい、さらに近場を探訪。


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アマンディアから徒歩10分で高島神社。看板も何もないけど、大正時代に増築されたらしきの石門が樹木の合間から顔を覗かせている。そこをくぐって樹木のトンネル、いささか急峻で草茂り放題な山道を数分登れば、平地にでる。

灯籠や拝殿があったと思われる礎石跡も見られ、往時はかなり豪奢な神社であったろうと想像できる。少なくとも大正時代までは大事にされていたようだ。境内に大正時代のエライ軍人さんが同神社を讃えて建立の大きな碑もある。

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高島神社本殿。

誰も観光に来ないし、人気スポットでもない。知ってはいるが参詣したことはないとカフェの女史。ま〜、そんなもんだ。けど、とある日、ひっそり神さんが来臨して、束の間の休憩をし、誰もいないから着物を脱いで日向ぼっこして、またどっかに行っちゃうようなコトは、空想できて面白い。

廃れている方が、かえって面白い。

その日向ぼっこ的空気感となれば、やはり山の南面がイチバンだろう。試しに龍ノ口山の北側を調べてみると、大野原神社というのが1つあるきりだ。風水思想を持ち出す以前に、日差しがよくあたる方角が好まれたというワケか。


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湯迫温泉の真後ろに位置する浄土寺脇の、日吉神社(賞田のとは別ね)。意外や立派。日吉神社という同名なのが2つあるのがややこしい…。ヒヨシと読むのかニチヨシと読むのかは不明だけど、のどかな日差しを浴びる感触だけは一緒。


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日吉神社裏手の若宮神社。社殿はもう失われて久しく、ただ石碑のみだけど、これはマップにも記載がある。


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実際に歩いて眺めてみるに、マップに掲載のない社も、ある。

たとえば日吉神社(湯迫)の真裏には、小さな祠が連なり、よ〜く観察するに三連荒神と古い字体で書いてある。神社じゃなく仏教の世界には三宝荒神というのがあるけど…、さて?

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しかし、この三連荒神は2つしかない。おそらくは台風だかで倒木があって壊れちゃったんだろう。それがそのままになってるという図かしら?


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その横手に、とっても小さいのが1つ…、鎮座してる。

古稲荷神社だそうな。

本来の社は名前すらとっくの昔に失せて石だけになってるのを、申し訳程度にあり合わせの木材で造ったんだろう…。

で、こんな光景は全国に見られもするだろう。水木しげる御大はこういうのにインスピレーションを受けたと思えるね。

そう、妖怪ポスト。


半日かけて以上をめぐる。

遠くに行かずとも、あんがい身近な所で面白いのを見いだせるね〜。神さんの休憩ポイントだらけ。

でも、5月で既に草に覆われつつあるお社が多く、いずれも山の麓というかチョット中に入って坂を登るという場所ゆえ…、梅雨時や夏の盛りは出向けないなぁ。ほぼヒトが入って来ないから、きっとニョロニョロしたのが大きな顔をしているからね。

見学は冬からこの5月までが、いいな。

2018-05-08

西大寺観音院

お寺でゴ〜ン♫ 思いたってGO。

西大寺観音院に行く。


はるか大昔は犀戴寺といった。

新寺を造ろうと紀伊の安隆上人がやって来て資材を集めてたら、サイのツノを持った龍神が現れて、そのツノで地面を固めて本殿を建立せ〜、と告げられた。それでサイから頂戴したというコトでサイダイジという。

寺からチョンボリ離れて隣接の公園に、サイを顕彰する像がある。名のインパクトにのみ注視すれば、犀戴寺の方が何やら迫力があるような気がしないでもない。

何でサイなのかは判らない。


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※ 本堂横手の吉井川の支水路。

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※ 水路の橋を渡って公園にいたる。


近年は、亜公園がらみの調べ物やらやらの関係で神社に接することが多く、気分の置き場としてはお寺さんより神社の方がポイントが高い。

うちは神道ではないし、阿弥陀さんのお仏壇があって年数回は坊さまもやって来る次第ながら…、空間としてどっちを好むと迫られたら、巫女もいるから神ジャ〜、エールをおくってしまう。

でもま〜、神仏習合な国なんだからヨロシイじゃ〜ござんせんか、どちらでも…。そのあたりは一向に気にしない。じっさい、西大寺観音院にも稲荷社が同居しているし。


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西大寺観音院は稲荷もあるけど、基本は真言宗のお寺さん。

安隆という人物が紀伊から来たというのは、高野山を指す。空海の真言宗だね。

だけど、2月の裸祭(会陽)があまりに有名過ぎて、逆説的に、それがお寺本来の魅力を減じているような気がしないではない。1241年も前からある寺という感じが…、薄い。

会陽の裸祭は室町時代がスタートらしいから、西大寺そのものの歴史として最初からあったものでない。むろんそれで、同寺は奇祭の寺として名だたる場所になっているけど、その得と引き換えに何かを失ったような感触がなくはない。


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※ 会陽で使われる水垢離、禊ぎの場(中央に観音像があって、その足元からシャワーみたいに水が出る)から、パチリ。


禊ぎした裸の男達を受け入れ、宝木(しんぎ)の争奪を見せるための特設の席が本堂に向けて常駐しているからスタジアムっぽく、古刹に似合うべきな落ち着きが欠けている。

出向いたこの日は本堂屋根を修繕中で、余計、何やら落ち着かない。

要は古さを感ぜすで、会陽のたびにここはリセット更新されてるんじゃなかろうか…、新陳代謝の息吹の方を濃く感じてしまうのだった。


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※ このブルーのプラスチックな椅子席はま〜必需なものかもしれないけど、会陽以外で何かに使うのかしら。と云いつつ…、ここで弁当をひろげてもイイカとも思ったけど。


でも、その辺りの感覚的諸事情は当のお寺さんが十分に認知されてはいるようだ。裸祭りだけの寺じゃないよと奮闘されているようだ。

じっさい、今、西大寺観音院はインターネットのファンディングを利用して寄進を呼びかけていらっしゃる。

古い絵図(それもまた裸祭がらみのものじゃあるけど)の修復がために、費用を集めていらっしゃる。古きを今後に伝えるべく、その最善を模索されているようだから、それは悪くない。


古い絵図なんぞを本格的に修復保存しようとすれば、かなりの費用がかかる。けども修復でもって曖昧だった過去の一部は浮き出てくるハズだ。

こういうのは、声援をおくりたい。

詳細はコチラ

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過去というのは常に曖昧になる。

例えば今、亜公園つながりで明治の岡山駅前のコトを調べてるけど、同じ事物を記述していても資料となる書籍で皆…、違う。

なので迂闊に1冊の本のみで「史実」と思い決めて考察するとエライ目に遭う。たかが明治の昔でそ〜なんだから、1241年も前に建立されたらしき寺の過去はもっと激しく曖昧でしょう。

紀伊の安隆上人とあるけど、高徳をつんだ僧としての上人(ショウニン)か、あるいは普及ボランティアとして全国を行脚した高野聖の、しかし気高き人としての(ジョウニン)だったのか…、判らない。さらにその当時は、上人と書いてウエビトというのもあって、これは天皇のいる殿上に昇殿を許された人を指しもする。

当時はその方々を知ってるから上人と書いとけば意味するコトは判ってたろうけど…、後年になるともう記憶が薄れちゃって、その2文字だけじゃ〜人物の素性が出てこない。

だから今、それら不明を探るのは、例え経費がかかろうとヤルべきな大事だろう。


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西大寺観音院のHPより。


けど、いささか残念に感じたのは、同寺のホームページでの熱意ある取り組みと、同寺に訪ね寄ってみる限りでの印象がズイブンに違うことだな。見落とした可能性もあるけど、寺の文化財保護の寄進を求めてる旨が寺の中のどこにもなく、チグハグな感触をおぼえさせられた。

集金に関しての寺という立ち位置による税の問題とも思うけど、寺を預かる方々の世代間の感覚差があるのかもしれない…。


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初々しい感じいいカップルがお賽銭を100円にするか500円にするか悩んでた。


ちなみに会陽の開始を告げる「会陽太鼓」は全員が女性だそうな。彼女たちも例の観音像シャワーのところで白装束で禊ぎし、それから太鼓を叩く衣装に着替えてガンバル。これがいつからそ〜なのか知らないけど、男たちを鼓舞する女たちのドンドドドンッ、役割分担で男女とも参画しているわけで、どこかの相撲協会の硬直を思うと、”まわし”具合がダンゼンよろしいなぁ。