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2016-05-22

傾聴的(よくきく)コミュニケーションの可能性

カウンセリングの基本技法である傾聴(けいちょう)を学んで、その元祖ともいえる米国の心理学者カール・ロジャーズ(1902〜1987)の論文に触れるうち、彼が追求した方法と提案が、私自身が十年ほど考えていたテーマと深く関連していることがわかりました。

○「傾聴サポーター」になりました
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20160320/p1

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◎「ジャッジしない」コミュニケーションとしての傾聴

ロジャーズがいう「傾聴(listening)」とは、ざっくりいえば、「評価・ジャッジをしない」「相手を理解し、その理解を相手と共有する」という方法です。
カウンセリングの現場では、相手の感情や意味づけに「良い・悪い」「賛成・反対」の評価をくださず、あたかもその人自身になったかのように相手の立場から気持ちを理解し、その理解を共有します。そうして、相手がみずからの力で望ましい方向に変化していく手助けをするのです。
これは「クライアント中心療法」とよばれ著しい成果をおさめました。今ではカウンセリングの基礎技術になっています。

ロジャーズはさらに、この方法がカウンセリングの現場にとどまらず、人間集団のコミュニケーション改善や、さらには国家間の緊張緩和にも役立つと考えました。
1951年に米国ノースウェスタン大学で行われた講演を参考にしながら(『人間関係と集団間の関係におけるコミュニケーションの危機への対応』)、ロジャーズが提案した方法を「傾聴的コミュニケーション」あるいは「よく聞くコミュニケーション」と捉え、現代社会に有効なスキルとして紹介したいと思います。

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カール・ロジャーズ(画像出典:wikipedia


◎コミュニケーションの妨げになるもの(「ジャッジしたい」衝動)

私たちはいつも「他人を判定・評価したい」「賛成や反対を表明したい」と思っています。ところがロジャーズは、このごく自然な傾向こそがコミュニケーションを台無しにする大きな要因だと考えます。

たとえばある講演会からの帰り道、一緒に歩いている人から「○○氏の話は気に入らなかった」と言われたとします。そのときあなたは賛成または反対のどちらかを伝えたくなるはずです。「そうそう。あの意見は本当にひどかったですね」とか「そうですか? 私は良かったと思いましたけど」とか。
この反応自体が必ずしも悪いわけではありません。しかし「ジャッジする」というやり方しか知らない人は、問題がその人にとって切実なものになればなるほど、柔軟に対応することができなくなります。

政治的なテーマも、そのひとつです。たとえば誰かが「最近の自民党はしっかりやっている。それに対して野党は頼りないね」と言ったとします。あなたが政治に強い関心をもっていれば、その意見に「賛成したい/反対したい」という気持ちがわいてくることでしょう。
その関心が強いほどほど、あなたは感情的に反応しやすくなり、対立する人・グループとは意志の疎通が難しくなるはずです。

さらによくある例として、「対立する相手をナチスやヒットラーにたとえる」ことが挙げられます。彼らはいわば「悪の象徴」です。あなたの対立者がホロコーストの実行犯でもないかぎり、この種のレッテル貼りには必ず誇張や歪曲が含まれます。
これは少しでも相手の気持ちになって考えてみればわかるはずです。自分がヒトラーに喩えられたとして「なるほど」と素直に納得する人がいるでしょうか。私は一例も知りません。
あなたが対立する相手をヒットラーに喩えた時点で、あなたは相手とコミュニケートする可能性を自ら放棄しているのです。


○議論を台なしにする いちばん簡単な方法
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20141213/p1

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ヒットラーの例は極端であるにしても、相手の意見をまずジャッジしてしまう癖がついていると、相手は相手の枠組み、こちらはこちらの枠組みを前提に意見を押し付けるばかりで、いつまでたっても議論が噛み合なくなりがちです。
ロジャーズは、そのような「ジャッジしたい」という心理的な傾向を、コミュニケーションを阻害する主要な原因と考えたのです。


◎ロジャーズのユニークな提案

ロジャーズは日常の議論についてユニークな提案をしています。

家族や友人と議論になったときには、少しの間、議論をやめて、以下のルールにしたがってみること。

(ルール)
先に話した相手の考えや気持ちをまず正確にくり返してみる。その理解について相手に満足してもらった後、はじめて自分が話すことができる。


つまり、自分の考えを提示する前に、相手の考え方の枠組みに近づき、考えや感情を要約できるぐらいまで、よく理解することが必要だということです。

この傾聴的なアプローチがカウンセリングの現場や小さなグループを越えて、大きな分野に広がっていくとどうなるか。経営者と労働者との話し合いにおいて。さらには対立する国と国との指導者間においても有効なはずだという仮説をロジャーズは提示します。

論争している集団において、自分たちは理解されており、自分たちが状況をどのように受けとめているかを誰かが知っていると認識している場合には、主張が誇張されることもなく、防衛的でもなくなり、もはや「私は百パーセント正しくて、あなたは百パーセント間違っている」といった態度を保ち続ける必要がなくなる。

(『ロジャーズが語る 自己実現の道』C. R. ロジャーズ著/諸富祥彦他訳・岩崎学術出版社 p297)



◎論理的側面からの裏づけ

この傾聴的コミュニケーションの方法は、ロジャーズにおいては心理的側面からのアプローチだといえます。一方、このアプローチは論理的な側面からも有効だと考えられます。

たとえば、論理的な議論を行うときは以下の2点に留意する必要があります。

(1)相手の意見を誇張・歪曲しない。
(2)相手の意見を、できるだけ筋が通ったものとして解釈する。


(1)についていえば、相手の意見を歪曲したり誇張してから攻撃するやり方は「わら人形論法」と呼ばれ、論理的誤謬の代表的なものとされています。
また(2)は「寛容の原則」とよばれ、日常言語をもちいてロジカルな議論を行うときの基本的態度になります。

○“世界最弱”のヒーロー「ストローマン」(わら人形論法)
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20120427/p1
○議論の半分は組み立て作業だ(寛容の原則)
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20120503/p2
○ディベートにおける「聴くこと」の重要性
http://d.hatena.ne.jp/yosikazuf/20150929


◎傾聴的コミュニケーションのスキルを選択肢として持つ

インターネットやSNSの普及にともない日常の情報量は加速度的に増大し、誰もが「いい・わるい」「好き・嫌い」「賛成・反対」を表明できるようになりました。1万人いるのうちの1%が否定的な意見を表明すれば、それが「100件の否定的なコメント」として影響力を持つことになります。

このような時代においてこし、「評価・ジャッジせず、まず相手を理解し、その理解を相手と共有する」という傾聴的コミュニケーションは、万能ではないにしても、有用なスキルになると私は考えます。

みなさん。「ジャッジする」という方法しか持たないよりも、「ジャッジせず、まず理解を共有する」というスキルを持ち、状況において使い分ける方が、建設的なコミュニケーションを実現できると思いませんか。
傾聴的コミュニケーションの具体的なスキルについては、私自身も学びながら、紹介していきたいと考えています。

2016-05-07

JTさんに質問:パッケージ警告文の内容に同意していますか?

タバコの箱にはいろんな警告文が載っていますね。でもこの文面を発売元のJTさん自身は認めているのでしょうか?
「え…もちろん認めているんでしょ」…私が聞いた人はみんなそう答えました。でもちょっと違うんです。JTお客様センターに問い合わせた結果をご報告します。

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きっかけは「多様性の尊重」というCMでした。

D

世の中にはさまざまな人がいる。
それぞれの思いがある。
たばこについても同じだと思う。
吸う人、吸わない人、好きな人、きらいな人。
さまざまであるということの大切さ、
真剣に考えていきたい私たちです。
JT


いかがですか。素晴らしいCMですね。だけど私はなんだか違和感を覚えました。

たとえば中学校で何か問題が生じているとします。だけど担任の先生は問題の中身や原因にはいっさい触れることなくホームルームで「みんな仲良くしましょう」と呼びかけている…。たとえるなら、そんな違和感でした。

そこでJTお客様センターに質問してみることにしました。実際には保留時間も含め20分ほどの会話になりましたが、ここではメモと記憶に頼って要点だけを紹介します。

質問は大きく3つあります。


◎Q1:JTはパッケージ警告文の文面を認めているかどうか?

私:「質問学」というブログを運営しているフジモトといいます。

JT:はい。

私:「多様性の尊重」というCMを拝見しました。すばらしいCMですね。

JT:ありがとうございます。

私:でもちょっと疑問に思ったことがあるんです。

JT:なんでしょう。

私:タバコの煙をめぐっては「実はからだに悪い」とか「いや悪くない」とか、いろんな意見がありますね。でもJTさん自身がどんな見解なのかがよくわからなかったので、確認したいと思ったんです。

JT:そうですか。

私:たとえばタバコの箱の警告文「たばこの煙は、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします。喫煙の際には、周りの人の迷惑にならないように注意しましょう」…JTさんはこれらの警告文の内容に同意されていらっしゃるんでしょうか?

JT:これはいわゆる注意文言(ちゅういもんごん)といって法律で決まっていて、記載しないと国内で販売ができないんです。

私:内容については同意しているんですか?

JT:記載するという行為に関しては納得していますが、ひとつひとつの文言に対しては答える立場にはありません。

私:つまり注意文言の内容については、必ずしも認めているわけではないということですね。

JT:そうですね。判断する立場にないので、データの信憑性ですとか、文言についてのお問い合わせは厚生労働省にお願いします。


◎Q2:JTとフィリップモリス社の見解が異なることについてどう考えているか?

私:つぎは競合他社さんのフィリップモリス社さんの話になるんですが…

JT:はい。

私:フィリップモリスさんのホームページでは、タバコの煙が周りの人にさまざまな健康被害を与えるという内容が載っていますね。公衆衛生機関の結論に、みんなが従うべきであると。これについてはご存知でしたか。

JT:そういったお話があるということは認識しております。

私:一方で、JTさんはタバコの煙が周りの人の健康に悪影響を及ぼすことを認めていないように見えます。この違いについてはどうお考えですか?

JT:わかりづらい場所にあると思うんですが、私どものホームページはご覧になりましたか。

私:はい。「環境中たばこ煙」というページに細かい字で書いてありますね。「環境中たばこ煙は非喫煙者の疾病の原因であるという主張については、説得力のある形では示されていません」と。一応読んでみましたけど、私たち素人には小難しくて何がどうだかよくわからないんですけど。

JT:たとえばタバコの害ですとかそういった内容については、すべてホームページに書いてあるとおりです。

私:WHO、IARC(国際がん研究機関)、日本では国立がん研究センターなどのあらゆる専門機関、またフィリップモリスさんも含めた関係者とくらべて、JTさんだけが違うことを仰っているように思えるんですが。

JT:私どもの会社といたしましては、ホームページに記載されている内容を主張しています。他社さんの主張に対してどうこうということはありません。


◎Q3:タバコの煙の影響について、JTでは誰がどんな基準で判断しているのか?

私:そうすると、JTさんの社内では、喫煙が周りの人の健康に与える影響についてどなたが判断されているんですか? 専門部署があるんでしょうか?

JT:いえ、そのような部署はありません。分煙について対応させていただいている部署ならありますが。

私:分煙というのは、要するに解決策ですよね。それ以前の問題として、タバコの煙がどの程度人体に影響を与えるかという事実認識についてどなたが判断しているのかお伺いしたいんですが…

JT:専門の部署はありませんが、さまざまな文献ですとか情報を収集いたしまして見解を出しております。

私:ということは、JTさんが独自判断しているということでしょうか。

JT:さまざまな文献を読んだうえで独自判断…会社としての見解を出しているということです。

私:なるほど…たとえば国立がん研究センターのホームページを見ると、受動喫煙と肺がんの関連性について「ほぼ確実」と載っていて、一方、JTさんは違う見解を出しています。だけどその理由がはっきりしないんです。たとえ見解が違うとしても、その理由が誰が見ても明快になっていればいいんですけどね。

JT:「どなたが見てもご納得いただけるような文面があるといい」というご意見については関係部署に申し伝えたいと思います。


◎まとめ

JTさんの対応、いかがでしたでしょうか。
私なりにざっくりまとめると、次のようになります。

  • Q1:パッケージ警告文を載せることには同意しているが、内容には必ずしも同意していない。
  • Q2:タバコの煙が他者に与える影響について専門機関や他のタバコ会社(フィリップモリス)と見解が異なっているが、それについてはホームページの記述以外に答えられることはない。
  • Q3:誰がどんな基準で文献を判断しているのかは、はっきりしない。

JTのCMキャンペーンや分煙キャンペーンには、何十億、何百億円の予算が使われていることと思います。
一方、「たばこの煙は、あなたの周りの人、特に乳幼児、子供、お年寄りなどの健康に悪影響を及ぼします」という警告文の内容を認めていない理由については、今のところ誰にでもわかる明快な説明はありません。
電話での質問を終えてみて、CMキャンペーンのせめて100分の1でもいいので労力をかけて、わたしたち一般の人にもわかりやすい説明をしてもらいたいなあと思いました。

JTさん、よろしくお願いしますね。

2016-04-16

命を削る

友人の写真展にいってきました。
かれの写真にはテーマがあって、その分野でメディアに登場することもあります。
今回は念願の商業出版が実現し、個展を開いたというわけです。

平日の昼間。ほかに来客はいません。
ぼくの顔を見てすぐ、かれはこんなふうに言いました。
「はじまったばかりで人はまだ来ないんですよ。週末には来るはずですけど」
…静かな会場で、ぼくはかれの話を聞くことができました。

今回の出版はゼロからのスタートでした。
出版社のメールフォームに企画書を送るところからはじまりました。
幸運にも企画は採用されました。
でも諸事情あって、これまで撮りためた作品を
そのまま写真集に載せることはできません。
ほとんどの作品は新しく撮りなおすことになりました。

2か月間、日本各地を移動しながら撮りつづけました。
移動距離は10,000キロにもなりました。
体力的にハードなうえに、2か月の撮影旅行とその後1か月の執筆期間は収入ゼロ。
機材費なども含めると、そうとうな出費になりました。
「出版は実現したけれど、これでは大赤字じゃ...?」
ぼくは思いました。

「大げさかもしれないけど、命を削って撮影した、というところもあるかもね」
陳腐な表現を使ってしまったかなあと思いつつ、そんな風に聞いてみました。
かれはとくに否定するでもなく答えました。
「いや〜、命削ってますよ。寿命何年か縮まったかも…」

本当に寿命が縮まったかどうかは別として、
これは彼の実感そのものだったのだなあと感じました。

静かな会場をはなれて、
ぼくは自分にこう問いかけました。

「自分はいま命を削って何かにとりくんでいるだろうか?」と。


命を削ってでもやり遂げる価値があることがあるとしたら、
あなたにとってのそれは何ですか?

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2016-03-20

「傾聴サポーター」になりました

一般社団法人 日本傾聴能力開発協会(JKDA)の「傾聴サポーター」という資格を取得しました。これは心理カウンセラーの岩松正史さんが主宰する傾聴の学校のようなもので、規定のカリキュラムを修了したということです。

「傾聴」という言葉は「相手の話をよく聞くこと」という広い意味で使われることも多いですが、私が教わった傾聴は心理面に特化したスキルになります。

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◎傾聴とは?

傾聴とはなにか。傾聴という概念の創始者カール・ロジャース(1902-1987)の翻訳者でもある諸富祥彦・明治大学教授の本から引用してみます。

 「プロのおこなうカウンセリング」であれ、「一般の人がおこなうカウンセリング的かかわり」であれ、「気持ちと気持ちのつながり(リレーション)」のある「援助的人間関係」がその基本となります。
 ではその「援助的人間関係」の確立には何が重要なのかというと、それはやはり「傾聴」です。相手の話にていねいに耳を傾けて、こころのひだまで「聴いていく」姿勢。
 「傾聴」があらゆるカウンセリングで最も重要なものです。

『新しい カウンセリングの技法』(諸富祥彦著/誠信書房)p17 太字は引用者


いかがでしょう。これを踏まえて私なりに再定義すると、こんなふうになります。

傾聴とは、相手の話にていねいに耳を傾けて、その主訴(要するに伝えたい気持ち)を理解し共有する技術である。


◎主訴(しゅそ)とは何か?

ここで私は「主訴(要するに伝えたい気持ち)」と書きました。これはどういうことでしょう。

たとえば、こんな例で考えてみます。目の前にいる相手が「先月、生まれて初めてハワイに行ってきました」という話を始めたとします。この人は、どんな気持ちでこの話題を出したのでしょうか。「楽しい気持ち」でしょうか?

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これは、いろんな可能性が考えられます。

もちろん、「楽しかった気持ち」を伝えたかったこともありえるでしょう。でもそうではなく、「ハワイに行った。だけど、一緒に旅行した友達と喧嘩してしまった。それ以来、関係がギクシャクして困っている」という悩みの話かもしれません。

あるいは、表向きは「楽しかった」という話なのだけれど、その人の気持ちとしては「リア充をアピールしたい」なのかもしれません。

「今まで日本を出たことがなかったけど初めて海外にいけてよかった。コンプレックスが解消できてホッとした」という気持ちだったり、「初めて海外にいけてよかったけれど、日本と変わらないと感じた。がっかりした」ということかもしれません。
「ハワイの禁煙状況を調べに行って先進的な例がわかった。それに比べて日本は遅れていて、イライラしちゃう」という気持ちかもしれません。

このように同じような話でも気持ちは様々です。話す本人が自分の気持ちに気づいていないこともあります。

なのにその気持ちを無視して、「ああ、ハワイね。俺は3回行ったことあるんだけど、やっぱり一番のオススメは○○だよね」と話しはじめては、相手に「理解してもらっている」とは思ってもらえないでしょう。
だからこそ、「主訴(要するに伝えたい気持ち)」を丁寧に理解しようとする傾聴のスキルが役立つのです。

「上司がいかにひどいか」を話し続ける人の「要するに伝えたい気持ち」は、必ずしも上司の問題ではなく、「だれも自分を認めてくれない。自分を認めてほしい」という気持ちかもしれません。そのような主訴をどうくみとるかが課題となります。


◎自分と自分の関係

JKDA岩松さんの講座では「自分と自分の関係」を傾聴の基本におきます。簡単にいえば、自分自身の良き理解者になることで、相手の話も聴けるようになります。

(1)自分⇔自分
まず、傾聴する人自身が、自分の心の状態(楽しい、悲しい、イライラしている…)を自分で見つめ、そのまま受け入れられるようにします。

(2)自分⇔相手
傾聴するときには、相手の気持ちの部分にフォーカスすると同時に、そのときおこる自分自身の気持ちの変化にもフォーカスしながら、相手の気持ちをていねいに確認します。

(3)相手⇔相手
傾聴によって「気持ちがわかってもらえた」という経験を重ねることで、その相手も自分の気持ちを見つめ、自らの存在を肯定的に受容できるようになります。

このあたりの説明は人によっても異なりますが、私の場合は、岩松さんの話を基本にしながら、諸富氏の著書で確認するように心がけています。


◎いっしょに踊る(スキルの例)

傾聴にはいろんなスキルがありますが、私が面白いと思ったものを1つ紹介します。

相手の話をよく聴くためには、自分のテンションは高い方がいいのでしょうか。それとも、いつもどっしり落ち着いている方がいいのでしょうか?

その答えは「いっしょに踊る」です。

相手が楽しい話をしていてテンションが高いときには同じように盛り上がって聴く。相手が悲しい話をしているときには同じように静かな態度で聴く、というように、気持ちの抑揚とリズムを相手に合わせます。
そうすることで相手との信頼感が増し、傾聴の基礎技術である「うなずき」「あいづち」「要約」などもやりやすくなります。

「いっしょに踊る」という技法は日常生活でも効果があるので、よかったら試してみてください。


◎今後について

今回、「傾聴サポーター」の認定資格を取得したとはいえ、スキルを使えるためには、今後も経験を重ねていく必要があります。傾聴の理論や技術について、あるいはお茶でも飲みながら話を聴いてほしいという方がいらっしゃったら、気軽に声をかけてください。

2016-03-07

身近な人と外の人と


世界平和のためにできることですか? 家に帰って家族を愛してあげてください。

マザー・テレサ

What can you do to promote world peace? Go home and love your family.

Mother Teresa

この言葉は深いと、わたしは思います。

以前、お笑い禁煙本を出版したときは、「身近な人(少)」と「世間の人(多)」を比較して、後者に働きかける方が効果的だと考えていました。

だけど、その両者を対立的にとらえることじたいが非効率的なのではないかと、最近は思えてきました。

家族や友人その他、毎日の生活でであう人たち。その人たちをどう理解し、発見を共有するか。質問の方法がどんな風に使えるか。それを日々試してみること。

そこで役に立った方法は、そのまま外の人にとっても役立つのではないかと思います。人はすべて個人であり、それぞれの人にとって身近な関係こそが問題なのですから。