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フォントの知的財産性について

フォント(タイプフェイス)は著作権法でいう著作物にはあたらないというのが判例、通説だというのは知財人にはそれなりに有名な話なのですが、だからといってフォントを知的財産として保護しなくて良いわけではない。フォントについての話題を最近ちらちらとウェブでみかけていて、フォントの知的財産性についてそのうちちゃんと考えてみようと思っていて、さっき考えてみたので考えた範囲でまとめておくことにします。

結論をいっておくと、フォントをズバリ保護するのはいまんとこ不正競争防止法でしか無理ってことのようです。

なぜ問題になってるのか?

フォントの知財性について調べていると、「フォント」と「タイプフェイス」という言葉がでてきます。知財人にとってこのジャンルで有名な「モリサワタイプフェイス事件」というのがあります。この言葉を始めて聞いたときには、「フォント」ではなくて「タイプフェイス」であるところに漠然と古めかしさを感じたものですが、そもそも文字のデザインのことはタイプフェイスというそうです。で、それをコンピュータ処理のときに扱う文字セットのことをフォントというようで、「フォント」という言葉自体がコンピュータが広まってきてからでてきた(広まった)概念のようです。だから、「モリサワタイプフェイス事件」が、「モリサワフォント事件」ではないという時点で、「モリサワタイプフェイス事件」が一昔前の判決であることが想像できます。時代は変わっていますが、知財法はまだ「モリサワタイプフェイス事件」以降に目立った革新はなく、時代に適応する立法はまだありません。というかまあ技術的にもフォントという概念自体がどうなるかって固定されたわけではないような気がしますから、立法しろっつっても無理な話なんじゃないかという気もします。

それでは、知財各分野におけるフォントの扱いを考察してみます。

著作権法

フォントを著作物として保護するのは困難である、ということでこれは現時点ではほぼファイナル・アンサー。エライ書家が筆とかで書いた文字が(美術の)著作物であることに文句がある人はあまりいないと思いますが、パソコンとかで使うような印刷用書体を著作物として保護しちゃうとけっこう面倒なんじゃないの、という気持ちはなんとなくわかります。エライ書家の書は何が書いてあるだか実は読めてなくてもなんとなくカッコイイみたいに感じてそれはそれでアリだったりしますけど、印刷用書体というのは、思想や感情を伝達するという文字の機能を発揮していないと意味ないし、印刷用書体ってのはそもそもそういう文字の機能を果たすためにあるもんだと考えるのはけっこう自然なんじゃないかと思います。だから、印刷用書体自体に思想感情を認めて著作物として保護するというのはちょっと違和感あるというか、そういう思想感情を表現するツールとしての印刷用書体を著作物として保護してしまうのは、絵を描くための絵の具に著作物性を認めてしまうようなもので、思想感情が文字として表現される度にフォントの著作権が付着することになり、そういう権利関係はちょっと事実上処理しきれないと言われれば、そうかもねって思いました。

意匠法

意匠法というのは「デザインの保護」を目的としているとか言われるので誤解している人もいるようですけれど、意匠法が保護の対象としているのは基本的に三次元な物品のデザインのみで、物品を離れたイラストや模様や抽象的なモチーフのように、物品性がないデザインは保護されません。というわけで、フォントの実体は01(ゼロイチ)で表現された情報であって物品ではないですから、フォントが意匠法における意匠に当たると解釈するのは無理でしょう。ちなみに意匠法の世界には「カップヌードル事件」という判決例があって、これはカップヌードルの包装用容器の意匠権を持っている人が、容器にかいてあるあのデザイン化された「CUP NOODLE」の文字を意匠の構成要素(模様)として主張した事件。で、これは結局、デザイン化された「CUP NOODLE」の文字は言語の伝達手段としての文字本来の機能を失っていないから、意匠の構成要素(模様)として捉えることはできませんということになった*1。まあこれはなんつーか、どういう事情かよくわかりませんけど商標でやんなよって気がします。

不正競争防止法

困ったときの不正競争防止法、というわけでフォントの知財性は、不正競争防止法によってしか法理論上保護しにくいというのが現状のようです。ちなみに不正競争防止法というのは、知財に関する国際的なコンセンサスであるパリ条約に加盟するために、日本にあった各知財法では対応できていなかった部分を穴埋めするためにできた法律です。だから、明文化された知財法で保護できないけど知財として保護したいというものについて、不正競争防止法でなんとかするというのは正しい態度です。で、一昔まえの「タイポス新書体事件」という時には、フォントは有体物ではなく、流通する「商品」にあたらないので保護できませんとされましたが、時代は進み、後の「モリサワタイプフェイス事件」では、フォント自体は有体物じゃないけどフロッピーとかにいれて流通するから商品として認めますとなった。現代ではフロッピーどころかネットワークを介してフォントはバンバン流通しますから、フォントは、不正競争防止法における「商品」として保護されますってことで良いんじゃないでしょうか。ということでたぶん法理論上はオッケーですが、無理矢理な感じはするので本当はそれなりに立法したりするのが望ましいってことにはなるでしょう。

特許法

コンピュータ処理あるところに特許あり、ということで、フォントを表示させる際の技術的な特徴に着目すれば、実質的にフォント自体を特許法で保護することも可能でしょう。さらっとですが調べてみたら、それっぽいものはありますねやっぱり。明細書ちゃんと読んでないんですけど、例えば、「特許第3899421号」の「文字及び文字列生成表示装置」は、多分こういう文字

を、こういう崩し字

にして表示する技術の特許。この崩し字を生成する他のエレガントな方法がなく、かつ静的な情報のフォントとしてこういう崩し字を記憶しておくことができないと仮定すると、この特許は、実質的にはこのような崩し字のフォント自体の特許ということになるでしょう。

参考文献(URL):
IPDL(特許電子図書館)
公有フォントの利用と制作のための参考情報
タイポグラフィの知的財産権について(日本タイポグラフィ協会)
タイプフェイスの法的保護に関する意見
タイプフェイス事件
フォント・タイプフェイスの保護
『著作権法』中山信弘
逐条解説 不正競争防止法〈平成18年改正版〉
著作権判例百選
商標・意匠・不正競争判例百選

inspired by:
嘘じゃない、フォントの話
知的財産についてまとめてみた

*1:ちなみに、現在の審査基準では、以下のようになっています。
〜以下、引用〜
なお、物品に表された文字、標識は以下のように取り扱う。
(i)物品に表された文字、標識は、(ii)に掲げるものを除き意匠を構成するものとして扱う。
(ii)物品に表された文字、標識のうち専ら情報伝達のためだけに使用されているものは、模様と認められず意匠を構成しない。ただし、図形中に表されていても削除を要しない。
例としては以下のとおり。
イ 新聞、書籍の文章部分
ロ 成分表示、使用説明などを普通の態様で表した文字
〜以上、引用〜
というわけなので、現在の審査基準を素直に読めば、CUP NOODLEの装飾文字は意匠を構成すると考えるのが自然です。これは解釈が変わったとも捉えられますし、司法と行政とで意見が割れたとも捉えられると思います