2018/9/24 読了本

☆5

amazon引用

読解力が世界を支配

藤井聡太羽生善治を破った朝日杯。やっぱり将棋は人間対人間がおもしろい。いくら強くても、コンピュータでは味気ない。

『AIvs.教科書が読めない子どもたち』は、AI(人工知能)と人間の現状と未来についての本である。著者は国立情報学研究所教授で数学者。東大合格を目指すAI「東ロボくん」の育ての親だ。この本には、同プロジェクトから見えてきたAIの可能性と限界、そして人間との関係が書かれている。

良いニュースと悪いニュースがひとつずつ。まず、良いニュースから。AIが人間を超える、いわゆるシンギュラリティが到来することはない、と著者は断言する。なぜなら、AIはコンピュータであり、コンピュータは四則計算をする機械でしかないから。どんなに高度になっても、その本質は変わらない。

たとえば東ロボくんの偏差値は57・1。東大は無理だけど、MARCHなら入れそうだ。ただし国語や英語は苦手だ。なぜなら、AIは意味を理解しないから。読解力がないのである。

しかし、これで人類の未来は明るいぞなんて安心してはいられない。AIでもできる仕事は、この先どんどん奪われていくのだ。これが悪いニュース。

ならばAIにできない仕事をやればいい、と思うだろう。ところがこれもお先真っ暗だ。全国読解力調査によると、教科書の文章を正しく理解できない中高生が多いというのである。なんと3人に1人が簡単な文章すら読めない。これからの世界は、読解力がある一握りのエリートに支配されてしまうのか。

評者:永江朗

(週刊朝日 掲載)
内容紹介
東ロボくんは東大には入れなかった。AIの限界ーー。しかし、”彼”はMARCHクラスには楽勝で合格していた! これが意味することとはなにか? AIは何を得意とし、何を苦手とするのか? AI楽観論者は、人間とAIが補完し合い共存するシナリオを描く。しかし、東ロボくんの実験と同時に行なわれた全国2万5000人を対象にした読解力調査では恐るべき実態が判明する。AIの限界が示される一方で、これからの危機はむしろ人間側の教育にあることが示され、その行く着く先は最悪の恐慌だという。では、最悪のシナリオを避けるのはどうしたらいいのか? 最終章では教育に関する専門家でもある新井先生の提言が語られる。

【主な内容】
はじめに

第1章  MARCHに合格――AIはライバル
 AIとシンギュラリティ
 偏差値57.1
 AI進化の歴史
 YOLOの衝撃――画像認識の最先端
 ワトソンの活躍
 東ロボくんの戦略
 AIが仕事を奪う
  
第2章 桜散る――シンギュラリティはSF

 読解力と常識の壁――詰め込み教育の失敗
 意味が理解しないAI
 Siri(シリ)は賢者か?
 奇妙なピアノ曲
 機械翻訳
 シンギュラリティは到来しない

第3章 教科書が読めない――全国読解力調査

 人間は「AIにできない仕事」ができるか?――大学生数学基本調査
 数学ができないのか、問題文を理解していないのか?
 全国2万5000人の基礎的読解力を調査
 3人に1人が、簡単な文章が読めない
 偏差値と読解力
 
第4章 最悪のシナリオ

 AIに分断されるホワイトカラー
 企業が消えていく
 そして、AI世界恐慌がやってくる

おわりに

内容(「BOOK」データベースより)
大規模な調査の結果わかった驚愕の実態―日本の中高校生の多くは、中学校の教科書の文章を正確に理解できない。多くの仕事がAIに代替される将来、読解力のない人間は失業するしかない…。気鋭の数学者が導き出した最悪のシナリオと教育への提言。
著者について
新井 紀子(アライ ノリコ) 国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。 一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。 東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科単位取得退学(ABD)。東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。主著に『ハッピーになれる算数』『生き抜くための数学入門』(イースト・プレス)、『数学は言葉』(東京図書)、『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)などがある。

 ■「東ロボくん」の挑戦と限界

 世の中にはAIに関する発言が溢(あふ)れ、素人にはなんだかよく分からないことになっている。そんな中でこの本は、快刀乱麻を断つがごとく、いやあ、歯に衣(きぬ)着せぬとはこの本のことである。そしておそらく、ものすごい企画力と行動力をもっているんだろうなあ。著者は、東大合格をめざすロボット「東ロボくん」の開発者であり、また「全国読解力調査」を立ち上げ、子どもたちの読解力がどれほど危機的なものかを知らしめた人である。

 東ロボくんは偏差値で60近いところまで来ている。60ぐらいまではいけるだろう。しかし新井さんはそのあたり止まりと見ている。AIは数学の言葉で動く。だから、数学の言葉で捉えられることなら、AIは人間より強くなれる。だけど、それは与えられた枠組みの中での計算で、枠組みそのものを問い直すことなんかできないし、文章を入力してあたかも意味が分かっているかのような反応はできても、意味が分かってるわけじゃない。

 逆に言えば、枠組みを問い直す力、意味を読みとる力こそ、AIにない人間の力なのだ。じゃあ、私たちはそういう力をもっているか。子どもたちはどうか。そして、子どもたちの読解力を調べ始めた。結果は、こんな文さえ読めないのかと、慄然(りつぜん)とするものだった。「人間の未来にもっと危機感を持て!」と新井さんは喝破し、「でも道はある!」と励ましてくれる。

 私としてはなるほどと納得し、そうだよなあと共感するばかりなのだが、ちょっと待てよ。AIは数学の言葉で動くというのは、現在の技術の延長で考えればそうなのだろう。しかし、もしその前提が崩れれば、AIの可能性はさらに拡大するのではないか。分かってないと怒られそうだが、思考の前提を疑うのは哲学者のお家芸なのである。あ、そうそう。AIにはできない職業のリストに哲学者が入ってなかったのが、私には不満でした。

 評・野矢茂樹立正大学教授・哲学)