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ちょっと立ち読んだだけですが…なにかひとこと書きたくなったのでここへ…。
各所で良書良書言われてますが…私、店先で読んでて嫌になってきたのですが…。
Cとの互換性を維持したままなんでもありの言語を作るって方向とか、Stroustrupさんの考え方や、書いてある事は全面的に素晴らしく同意なのですが…それでも嫌になってきたのは…。
C言語のだめだめさ加減をどうにかするために色々たして、それでも互換性は捨てられないから不要に複雑になるだけで結局だめだめさが増していっているのが見て取れて悲しいというか…。"->"でポインタの宣言案とかもう涙無しに読めません。
そのようなわけで、私も、本そのものは強く良書と思うのですが、全部読んでしまうと自分のC系言語嫌いに拍車がかかりそうでしたので、購入は見送りです。
なんかC++使いの方々に思いっきり怒られそうなこと書いちゃってますが…。
こんなのも見つけた。
http://www.sigada.org/conf/sigada2004/SIGAda2004-CDROM/SIGAda2004-Proceedings/Ada2005Panel.pdf
"putting it all together"
思いっきりC++と同じ方向性ですよね。
でも、こちらは読んでてワクワク全開。この差はなんだろう。早く来い来いgcc4.0。
まあ、C/C++は、少しでも言語設計したことのある人からすれば、見るに耐えない言語でしょうけど、かと言って、それに代わるような言語はと言えば趣味で使うならともかく仕事で使うならC/C++の他に選択肢がないということも少なくないので。
ちょっと愚痴ってみただけです、てか仕事の話のつもりは全くなかったです。
それはともかく、私見ですけど、たとえば、「慰安婦問題について深く勉強すると日本人である自分は、自己嫌悪におちいるので歴史の本は読みたくない」という理屈で歴史を勉強しない学生って、まず居ないと思うんですよね。ytqwertyさんの論理って、ときどきそれに近いものを見受けるんですよ。それもある程度本気で言ってる節がある。そこらかしこに良くも悪くも強烈な個性を感じます。できれば、それらをたんなる愚痴で終わらせて欲しくない、というのはありますネ。
それと、プログラム言語の歴史と現実の歴史は一緒くたにしてもしょうがないかと…。
たとえば、前のパラグラフは、私の文では「それら」と複数形で書いてあるから、今回のC/C++の話に限定してなくて。ytqwertyさんの思考パターンについての言及。
後ろのパラグラフにしても、私は同じ論理構造だと言っているのであって、これは「プログラム言語の歴史と現実の歴史は一緒くた」にしていることにはならない。
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それとは別に、ytqwertyさんの文章を読んでいたり、あるいはこうして話していると、ときどきすごくもどかしさを感じるんですよネ。私は滅多にそういうこと感じることはないんですけど、たぶん、持っている哲学とか宗教とか(そんな大げさなものでなくとも、プログラムの文化圏とか)が違うのかなと思いながら、興味深く読ませてもらってます。
ええと、過程を説明しますと、その日に書いた内容を越えたコメントが来た時点で、私に、「1.返事をしない(失礼ですので論外)」、「2.適当にお茶を濁す」、「3.丁寧に返事をする(何書いてもコメント欄が長く伸びていきそうだなあ)」という選択肢が発生したわけです。
2.を選んじゃいましたゴメンナサイ。
友人曰く、仕事と趣味で噛み合っていないとのことで、私もそう思いますです。