早稲田大学雄弁会

2017-02-28 嫉妬

「嫉妬」 商学部一年 堀川友良

総会の時期には東京大学京都大学入試合格発表があるだろう。そして、東北大学一橋大学などの国公立大学の結果も出ているだろう。私の母校埼玉県立浦和高校は浪人が多いことで有名である。それゆえ高校時代の多くの同級生が今年も受験に臨むだろう。冒頭の大学を受験する友人も多い。ツイッターなどで友人が東京大学に受かったなどとつぶやいているのをみたら、この一年間を頑張ってきたものがこの一文に込められているのだなあと感慨深い気持ちになるであろう。そしてそれと同時に嫉妬というか後悔にも等しい感情があるはずである。去年もそうであった。正確には羨望であろうか。浪人してでも行こうと思える大学に一年努力して受かったということも加わって羨ましさはさらに高まっているだろう。

さて、半分以上の早大生は早稲田大学一般入試を通ってきているだろう。その中には国立大学や他の私立大学に落ちてきた人も多いだろう。かく言う我が雄弁会の同期には国立大学落ちが多い。私は東京学芸大学に合格し、熟考の末早稲田大学選択したがそれでも東大を受けていたら、一年頑張って勉強していたら、と考えることは多い。受験で大学側から拒まれたならばなおさらそのような思いもあるだろう。来年度新歓期にやってくる一年生にもそのような人は多いであろうなあと想像する。雄弁会の出身者は冒頭の大学に勝るとも劣らないOBが多く、厳しい中にも自らの成長を自覚できる場だからである。それは嫉妬から生まれる力である。嫉妬の力は自らもこうなりたい、ああなりたいというビジョンが明確である限り、努力できるのである。

ただ、ここでしっかり述べておきたいのはただその嫉妬とは受験だけに限らない。我々の周囲には多くの長所を持つ人がいる。それが露骨に表れるのが学問的知識である。学問的知識とはすなわち受験で問われる資質である。つまり大学や高校の偏差値で測ることができるのである。もしすべての人の頭の上に体力量が出ていれば体力量がそれの代わりになりうるだろう。数値にできなくても比較できる部分が我々には存在しているのである。もし、我々がそれから逃れようとするなら軸を作らなければならない。相対化して考えるからそのような感情が生まれるのである。すなわち自らを誰かと比べなければよいのである。自らは生きているだけで素晴らしいのである。ただ、それは容易なことではない。自らの軸は作りがたいからである。それができれば全く苦労しない。

そのために自らの軸を作れる場所こそが雄弁会なのである。軸を与えてくれるサークルは多くある。しかし、自らだけの軸を雄弁会では作れるのである。本来的には自らの軸は自らの中にしかない。他のコラムに世界が混とんとしており寄る辺がないと述べる会員がいたが、寄る辺を自分に求めればよいのである。

とにかく、ここで述べたいのは以下である。

「皆、雄弁会に入ってくれ」

2017-02-26 不合理だらけの世の中で

「不合理だらけの世の中で」 文学部二年 杉田純

 2020年東京オリンピックに向け、屋内喫煙が全面禁止されそうな見込みだ。居酒屋でさえもその例外ではなく、喫煙可能なスペースに比例して喫煙者人権は次々に縮小させられている。

 もっとも、煙草は緩やかな殺人兵器であると言われてしまえばその通りなので喫煙者である私としてはぐうの音も出ないのだが。

 煙草に限らず、世の中には不合理なものが数多く存在する。酒、ギャンブルなどもそうであろう。今回はそんな、人間が持つ不合理性の話をしよう。

 酒も煙草ギャンブルも、それを排そうとする人の声はかしましい。そんなものは害悪でしかない、そんなものを楽しむなどまともな人間ではない。もはや一種ファシズムではないかと思えるくらいである。

 彼等の言うことは間違っていない。むしろ正論なのだろう。私とて酒はともかく煙草ギャンブルを論理的に肯定しきることはできない。それらの人間に及ぼす影響と、わずかながらのメリット(それもごく一部の人間にとっての)を勘案するとそれらが不合理な存在であることはどうしても否定し得ない。

 だが、酒も煙草ギャンブルも、その他人間に害悪である一面を有するものを否定する人はその先に何を見ているのだろうか、と私は気になってならない。換言すれば、不合理なものを完全に排することに成功した世界はどんな世界なのだろうか、ということである。

 クリーンなことこの上ない、素晴らしい世界だと思っているのかもしれない。しかし、このような世界は私には「気持ち悪い」存在であるように思えてならない。なぜなら、完全に不合理を排した人間は人間じゃないし、完全に不合理を排した世界は人間の世界ではないと思うからである。

 少々話が横に逸れるが、私は昔から言うなればスマートなエリートタイプのキャラクターが嫌いであった。例えて言うなら『ドラえもん』に登場する出木杉くんのような、非の打ち所がない、完璧なキャラクターにどうも何となく嫌悪感を覚えていた。今度は具体例が小説になって恐縮だが、金田一耕助のようなキャラクターがむしろ好きであった。ずばぬけた推理力がある名探偵だが、その見た目はみずぼらしいことこの上なく、仮に現実に存在すれば忌避する人が出てくるであろう。だが、そのようにどこか欠点と言おうか、不合理な面があるキャラクターの方がスマートエリートよりも人間臭く思えて好感が持てたのである。

 不合理性というある種の不完全さがあるからこそ、人間は人間らしい存在でいられるのではないであろうか。無論、完全な状態というものは目指すべきものではあると思う。それを目指してきたからこそ、人間は幾多の発展を遂げることができた。だが、本当に不合理なものがなくなった時、そこにあるのは人間ではなく単なる機械なのではないか。

 安楽死尊厳死は是か非か?

 出生前診断による「産み分け」は是か非か?

 人工知能の発展が人間にもたらすものは何なのか?

 私と同じように、不合理性が人間らしさだと思う人は世の中に少なくないと思う。でなければ、上に列挙したような議論は世の中に巻き起こったりしない。合理性のみを追求すれば答えは出しやすい。にもかかわらず、それに待ったをかける意見が出ること、その是非が社会全体で問われることがあるのはやはり合理性のみを追求することに人間が抵抗を覚えるからこそであろう。

 私は人間や世界の不合理性を全面肯定はしない(別に煙草ギャンブルに一切制約が課されるべきではないなどとは決して考えていない)し、その不合理性に打ち克ち、常に完全な人間や社会を目指す営み自体は素晴らしいものだと思っている。しかしながら、合理性というものを追求するときに、不合理性があることによる人間らしさがあるということを決して無視してはならないと言いたい。そして、合理性を追求しようとする時、その果てにある世界はどのようなものなのかを人は一度考えるべきである。

2017-01-29 恋愛ついての一考察

「恋愛ついての一考察」 教育学部三年 山中雅人

さて、今回のコラムは私の中の恋愛についての考察である。とは言ってもかつて私に彼女は居たことはない。前回のコラムでも書いた通り、戦っては負ける圧倒的恋愛弱者である! 恋愛工学において、対象は往々にして既に恋愛を実現している人々である。考えてみれば当然で、恋愛を経験していないものに「良き恋愛」を教授しても馬の耳に念仏である。海を見ていないものに幾ら説明して海の形は分からない。恋愛工学が伝えようとしている人々とは、彼氏彼女がいるが、なぜかしっくりこない。どこか空虚な気持ちが拭えない。そんな人に愛のより良いあり方を伝え、導くのが恋愛工学である。ゆえに、恋愛未経験者の私が恋愛を考察するなど無謀極まりないが、長年悩んでいたものの一つの考えとして見て下されば幸いである。

さて、恋愛を語るに当たり、まず定義するべきは、愛とはなんぞやということだろう。これを定義せずに議論を進めるのはサッカーボールを使うかバスケットボールを使うかを決めずにゲームを始めるようなものである。

「愛とは何か」この問は何百年も何千年も何万回も繰り返されてきたものである。禅学者鈴木大拙は「愛とは相手に全てを捧げたいと思うと同時に相手の全てを所有しようとする点で矛盾している。」と言う。この矛盾はどう説明すればいいのだろう?文学者遠藤周作は情熱を愛を区別して、情熱とは感情的なものであり、その時の勢いがあれば何も労力はいらないが、愛は継続性と忍耐が求められる、と言っている。相手を所有したいと思う感情が情熱であり、全てを捧げたいと思う自己献身が愛であろうか。しかし、愛とは継続性と忍耐というのはあまりに無味乾燥であろう。言い換えれば、愛とは継続する意志と忍耐を払うに値するXであるといえる。

また、愛とは元々日本語には無く、LOVEの訳語として定着したことがよく言われる。LOVEが最もよく出て来るのは聖書であり、イエス・キリストの自己犠牲が最高の愛であると言われる。愛とは犠牲を払うこと、犠牲を払える状態が自分が相手を愛しているのだと言って間違いは無いだろう。つまり、愛が成立するためには、意志と忍耐持ち、犠牲を払うことを許容しうるほどに相手を必要としていなければならない。

しかしここで疑問が出て来る。なぜ、我々は人を愛したとき、他人を犠牲を払えるほどに必要とすることができるのか。人間がただのモノとして相手を必要としているならば、取り替えればいいのである。異性が与えてくれる安心感が重要なら、別の安心できるモノに取り替えればよい。異性が与える快楽が重要ならば、別な快楽を与えてくれるモノに取り替えればいい。人間が純粋に利己的ならば、その選択合理的となる。しかし、我々は相手を愛していれば、なぜか犠牲を払える。この疑問が私を悩ませてきた。犠牲を払うなど、合理的選択ではないのだから。

逆に考えてみよう。なぜ、我々は愛を失ったときにこれほど辛いのか。恋人、家族、友人、人が何かを失うときは限りなく悲しい。激しい喪失感に苛まれ、なにか、心に空白が生まれたような気持ちになる。では、なぜだろうか?

それは我々がその存在と自分の過去を共有していたからだ。人は経験なくして人たりえない。過去があって、今の自分がいる。その過去を共有していた人間は自分の存在と分かちがたく結びついている。つまり、愛する人を失うとは自分自身を失うことなのだ。人は自分だけではあまりに存在として貧弱である。ゆえに、人を愛し、自分を豊かにする。最初は小さな存在が自分の中で大きくなっていき、そして最後には自分の存在以上に、愛する人が自分そのものになっていく。愛する人を守ることは自分を守ることだ。たとえ自己を失っても、それは本当の意味で自分は死んではいない。だから、人は愛のために死ねるのである。

恋愛とは、その一過程にはめ込まれるものであろう。最初は、相手を所有したいという利己心から始まるが、過去を共有する内に、他人であった異性は他人でなくなっていく。その名の通り「身内」である。あたかも身体の内側にいるように、相手は自分そのものなのだ。自己愛だけでは自分を愛せず、他人の存在によって自己を十全に満たすことができる。人間はこのようなパラドクスを抱えているがゆえに、いつの時代も恋に悩むのでいるのだろう。

私がこのテーマを考えた理由は昨今の恋愛をコストと見なす風潮になんとなく違和感があったからである。恋愛しているときは金がかかり、時間を取られ自由でなくなる。自分の時間が無くなるコストの高い恋愛はやりたくないと。しかし、人を愛するのは悪いことではない。人生は豊かになり、自分以外の大切なものができる感覚は喜びである。考え方を変えればいい。愛への投資は自分への投資だ。いくら時間も金も費やしても結局は自分へのリターンであるのだ。相手を自分の延長と考えれば、相手の幸せを祈れるようになるだろう。恋愛に疎い雄弁会並びに弁論部、そして世の草食系の若人たちよ。もっと外に出て人を好きになりましょう!そして皆さんが恋愛をもっとポジティブに考えるようになり、現実に成功してくれれば、これも私の社会変革の成果である。

2017-01-08 他人に誠実であるということ

「他人に誠実であるということ」 政治経済学部一年 原康熙

“D'où Venons Nous Que Sommes Nous Où Allons Nous”

これは、かの有名なポスト印象派の巨匠、ポール=ゴーギャンの有名なある絵画の題名である。日本語では「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」と訳される。彼はタヒチ自殺を決意する中、この絵を描き上げた。絵画の右から左へと描かれている3つの人物群像がこの作品の題名を表しており、順に人生の始まり、成年期、そして死期を表していると言われている。

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―“コレクション・データベース:『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』” ボストン美術館

「私はどこから来たのか」

実際に私がそう問われたならば、きっと私は答えに戸惑う。これまでで一番長くの時間を過ごした場所がそうだというならば、それはそうかもしれない。私がここ、東京に引っ越す直前も確かにそこにいた。両親も現在そこに住んでいる。しかし、私はそこで生まれたわけではないし、実際にそこにいた時間も、生まれてから今日までの約20年のうち、そのたったの半分ほどである。

「私は何者か」

では、この問いには答えられるのだろうか。この問いにも明確な答えはでない。とはいっても、それは誰にとっても同じことであろう。むしろ、何の躊躇いもなく理路整然と答えを並べられてしまってはそのほうが怖い。そうであるならば、そのとき人はどうするのか。それは、きっと他人を通じて自分を認識しようとするのである。他人を観察し、他人と比べ、自らが他人よりも優れているところ、劣っているところを探す。特に人は苦しい時ほど自分が他人よりも劣っている点を見つけてしまう。

「なぜ、こんなこともできないのか。」「なぜ、他人にはできて自分にはできないのか。」

自分を責める。無力な自分を嘆く。自己嫌悪に陥る。そして言い訳を考える。これが最悪の形であらわれるのが、排外主義である。イタリア小説家、ウンベルト=エーコは言った。

愛国主義は卑怯者の最後の隠れ家だと誰かが言いました。道義心のない人ほどたいてい旗印を身にまとい、混血児はきまって自分の血統は純粋だと主張します。貧しい人々に残された最後のよりどころが国民意識なのです。そして国民の一人であるという意識は、憎しみの上に、つまり自分と同じでない人間に対する憎しみの上に成り立ちます。

―ウンベルト=エーコ『小説の森散策』

自分と違うもの、異質なもの、理解できないもの……。つらくて、つらくて、自分ではどうしようもなくなったとき、人は自分の未だ理解できていない何かに理由を求めてしまうのである。嫌なことを全部そちらに押し付けて、自分を正当化しようとするのである。

「人間とはなんと醜い生き物なのか。」「なんというエゴイストだ。」

 そう人は嘆くだろう。しかし、私はあえてそんな人間を肯定したい。何よりもまず、自分を優先したい。他人は二の次、三の次……。それで何がいけないのか。自分をおいて何よりも世のため、人のために行動しようなどという主張こそ、偽善もいいところである。欺瞞で、傲慢な、独りよがりなただの戯言である。

 私たち雄弁会員は社会変革を志すものである。確固たる問題意識を持ち、少しでも自分の理想とする社会に近づけようとする。そのために弁論大会や街頭演練、あるいは研究を通じて自らの考える政策を訴える。

「こんなに苦しんでいる人がいるのだから、何とかしてあげよう。」

そういった趣旨の話を、弁論界に入ってからよく聞くようになった。このような話を聞くとき、私は決まって思うのである。それがどうしたのか、と。どこかに苦しんでいる人がいるのは認めよう。だが、その苦しんでいる人と、それを訴えるあなたは別人だろう、と。どうして自分のことのようにその苦しみを語れるのか、と。他人を哀れみ、手を差し伸べようとする自分に酔っているのではないか、と。

何かを語るとき、残念ながら私はこれらの可能性を完全に否定することはできない。いつもどこかで「もしかしたら……」と、そう考えてしまう。しかし、問題はそこではない。どこかに苦しんでいる人がいる。では、その人が苦しんでいることが、なぜ自分は許せないのか。何がそんなに自分を駆り立てるのか。そこを考えなくては意味がない。

ここで、最初の問いに戻ろう。

「私は何者か」

やはり、先ほどと同様に答えはでない。しかし、その答えは自分自身の内にこそ見出され得るものなのである。他人を通して見た自分は、所詮、鏡に映る虚像でしかない。だからこそ、ありのままの自分を、実像を見つめ、自分が何に情熱を感じるのかというその問いに答えるのである。そうして初めて、他人に誠実に向き合えるのではないだろうか。一見して独りよがりに思えるそんなものこそ、真に自分の言葉となり、そして他人を動かすことができるのではないだろうか。

「私はどこへ行くのか」

最後に、この問いに移ろう。

知ったことではない。これに尽きる。絵画の解釈通りならばそこに待つのは「死」のみなのだろうが、それではあまりにも希望がない。もうすぐ、雄弁会に入会して一年が経とうとしている。そうした中、いろいろなものに触れその度に先は見えなくなっていく気がする。それでも、これまでの活動で得た、他人に対して誠実であろうとするこの態度だけは貫いていきたい。そうすれば、きっとそこに何かを見つけることができるのではないだろうか。

2016-12-31 劣等

「劣等」 商学部一年 堀川友良

雄弁会で活動することとなって半年以上になる。光陰矢の如しとはよく言ったもので、ここまでの雄弁会生活はまさにあっという間であった。あと数か月で一年を迎えると思うと感慨深いものがある。

振り返れば楽しい合宿や研究の面白さ、そして充実した弁論作成のことが昨日のように思い出される。酷寒の冬が終わり、雪が解け並木道に葉が茂るころには新入会員が入ってくることを考えると、これらの魅力について述べるべきなのかもしれない。

しかし、ここはコラムである。コラムでは読者が知りたいことではなく、私が述べたいことを述べても良いはずである。ただ、欲を言えば私の述べたいことが読者諸兄に寄与するものであってほしいとは願ってやまない。

雄弁会に入ってすぐ、私は今まで考えてこなかったことが多くあったことに気が付いた。自分にとっての重要な概念や理想とする事柄に対して。そして自らがそれらを人に伝える努力を怠っていたこと、伝える術を手に入れる努力を怠っていたことに。

恥ずかしながら自分が井の中の蛙であったことに気付いたのである。諸先輩方との論理力や知見の差はもちろん、同期に対しても多くの点で劣等感を強く抱いた。全く同じ人生ではないにしても生きてきた年数にそれほどの違いはないはずだ。それなのに自分は何故こんなにもできないんだろう。と。

私は多くの面で他の雄弁会員に劣っていると感じたのである。自らが劣っていると認識することはすぐにできた。それは彼我の活動の差を考えれば自分にとっては明らかに感じられたのだ。しかし、この感情を受けいれることはできなかった。雄弁会活動は充実した活動であるが同時に常に苦しかったし、つらかった。

雄弁会入会前の私は、自分の「話す」技術に自信があった。父も兄も母も話すのが上手く、その家族の一員である自分も当然話すことがうまいと信じていたからだ。だから弁論に関しては絶対の自信があった。実際、私は弁論の才能がないわけではなかった。自らの感情を演台で表現することに長けていた。大会で結果を残すこともできた。もちろん弁論を行ったのは自分がなんとか解決したい事象があったからだ。どうしようもないと嘆く人々の一助になれればと考えたからだ。しかし、その結果に満足感を覚えていたことは否定できない。前期の弁論大会が終わったその日、私は強い満足感、達成感を抱いていた。

しかし、それらの満足感や達成感は私の劣等感を埋めてはくれなかった。

雄弁会に入会を少しでも考えている諸兄に私が個人的に伝えたいことはこうである。

雄弁会の会員は優秀である。しかし、雄弁会で得ることが期待できるのは敗北の記憶ばかりである。挫折する経験ばかりである。苦しい経験ばかりである。つらい経験ばかりである。ただし、それらは全て分かたれたものなのだ。それぞれは別のことなのだ。私が覚えた満足感や達成感は私の心にある劣等感を解消してくれなかった。だが、それは当然のことである。満足したら、苦しんでいる事柄が消えるわけではない。苦しんだ過去が消えるわけでもない。成功体験によって失敗体験を新たな形に塗り替えられると論ずる弁士は多い。一面的には確かにそうなのかもしれない。だが、私は必ずしもそうであるとは思わない。それらは分かたれており、それぞれに価値を、意味を持っているからだ。それを決めるのは自分である。

アドラー曰く「劣等コンプレックス」と「劣等感」は区別すべきであると言う。「劣等コンプレックス」は自己と自己の理想との乖離の中で生まれるものであり、「劣等感」は他者との比較の中で生まれるものであるからだそうだ。また、「劣等コンプレックス」は後ろ向きだが「劣等感」は自らを前進させるための起爆剤であるという。自らがこうありたい、こうなりたいと願い行動することが自らの成長につながるのだ、と。しかし、私はその根幹は同じであると思う。雄弁会員に対する私の劣等感はアドラーの説くところの「劣等コンプレックス」であると同時に「劣等感」でもあるのだ。私は他の雄弁会員に嫉妬した。だからこそ前に進めるのだ。

「こいつのようになりたい」「俺もこれができるようになりたい」

この気持ちは私の劣等感の出発点だ。

「なんで俺にこれができないんだ」「あいつはあんなに簡単にできているのに」

これらの気持ちを同時に抱えるから辛くなるのである。苦しいのである。

しかし、だからこそもがくのである。私は懸命にもがいて、もがいて、もがきぬくことで前に進んでいるのだ。私はまだまだ未熟だが前に進むことは放棄していない。諦めていないのである。

これは私の苦しみである。度々、私の劣等感は私を雄弁会活動から遠ざけようとした。自分が傷つかないように、さまざまな理由で着飾って雄弁会活動から距離を取ろうとしたこともある。だからこそ知ってほしいのである。それに屈すれば前進はない。しかし、立ち上がればそれにさらに苦しめられる。屈して横たわっていた方が楽なのかもしれない。そこには多くの葛藤があるだろう。そこには十人いれば十人の答えがあるだろう。その中の一つである、私の答えは「それでも立ち上がり、駆け出さないといけない」である。ありきたりな答えだと思うかもしれない。だが、葛藤の中にあるものは誰かに理解してほしいと思っているのではないだろうか。これを実行したものが実際に一人でもいると思えれば私だったら気が楽になったと思えたのではないだろうか。そのように考えればこそここに記すのである。私の答えを誰彼構わず押し付けたいなどとは思っていない。しかし、「私の答えがこうだった」と伝えたかった。この苦しみを抱えた人に少なくとも私はこうだったのだと伝えたかったのである。ありふれた答えなのだろうがここに自分の思いを刻んでおきたかったのである。

徒然に筆を走らせこのようにキーボードをはじいてしまっているが、無自覚に新入生のためのコラムになっているのかもしれない。冒頭に新入生のためのコラムではないと記したが訂正させていただこう。私にとって、いや、新入会員だった私にとって最も大きな壁がそれだったのである。新入会員の中でもそれに苦悩するものは少なくないと思う。だからこそ新入会員がどんな選択をとるにせよ、同じ壁に相対した者として力になりたいと思うし、後悔してほしくないと願うのである。

しかし、それも新入会員が入ってこなければ発生しない事象である。このコラムの後に続くコラムでも新入会員に触れることがあるかもしれないが、一足先に伝えたいのが少しでも迷ったらとりあえず新歓コンパには来てほしいということである。

2016-12-25 墓標

「墓標」 政治経済学部一年 早川和紀

 年の瀬も押し迫る中、イルミネーションが煌々と街角を照らし、派手な広告がまばゆいばかりの輝きと共に目に飛び込んでくるようになった。美しい・・・光景だ。人々はそれらにいざなわれるかのように、財布を握りしめてバーゲンの中に消えてゆく。中に入ると不気味なほど笑顔の店員とたくさんの品物が迎えてくれる。一瞬ここにゆけば何か幸せな生活が待っているかもしれないと思う。

 けれど所詮みんな作り物だ。どれほどカゴの中身を一杯にしてもそんなものは手に入らない。店員からいい顔をしてもらえる程度だ。店を出るとき、客にお辞儀をして背を向けた後の店員の顔を見てみるとよい。そこにはさっきまでの笑顔が作り物である証拠がはっきりと浮かび上がっている。そこに美しさはもはやない。虚空だけがそこにある。

美——古来より人類は美しいものを愛で、様々な美を見出そうとしてきた。花鳥風月雪月花、山紫水明……、美しさを愛でる言葉は日本にも数多くある。生きることにおけるそれは純粋、だと僕は思う。純粋さ——例えば幼稚園で習ったような道徳。当たり前のことだがやるのは難しいこと。近年でも人々の心のどこかにはあるようだ。男気、などという言葉がはやったのも記憶に新しい。やはり筋の通ったことは美しく見えるようだ。

だが、美しいものは往々にして踏みにじられる。それも、美にとって切っても切り離せないものによって。純白の花は雨によってすぐにくすんだ色へと変わるように。若さは時間と共にいつまでも続かないように。純粋も同じだ。この世に生きる限り、何時とはなしに失われてゆくものだ。この世で純粋に生きることは難しい。それを阻むものは、人間の宿痾である醜さと、襲い来る運命である。

 それでも美を求め続けようとした人もいた。醜さと運命に抗い、自分の生き方を以て社会に示し、さらには社会を変革しようとした人もいた。けれどこの社会では、自分の自由意志などどこにもなく、肯定することが求められる構造という正解がそこにはある。正解を逸脱してしまえばその世界から降りなければならない。それを変えるのに僕たちの人生はあまりに短く、あまりに無力だ。

 これまで人類が歩いてきた道のりを紐解けば、そんな先人が死屍累々と折り重なり、所狭しと並んでいる。慟哭と怨念と、悔恨の念が風塵の中に巻き上がる。どれほどの血と涙が流されてきたのだろうか……。その輪廻の中で多くは逃れられぬ運命と闘い続けてきた。その多くは名もなき人々で、いつどこで生きていたのかもわからない者ばかりだ。誰にも知られず、何も残せずに死んでゆく。今もそれは変わらない。

 かつては命を賭してまでこの思いと向き合った若者もいた。たとえ自分が正解・・たりえなくなっても、途中で力尽き、それが何の意味もなかったとしても。しかし、今の世の中で、夜半の桜となって散ると言ってみたところで、この世ではこう嘲笑われる事だろう。何を馬鹿なことを言っているんだ、と。美しい理想を声高らかに訴えてみたところで、御託を並べるなと言って聞き流されてゆく。今や美の探求は、現実との狭間の中で嘲笑の対象となってしまった。当然と言えば当然である。この世を支配しているのは、欲望という美と相容れないものを基底にした合理化、という論理である。それからすれば美の探求など無駄でしかない。合理化という錦の御旗がはためくこのシニカルな世の中で、僕らは何を語ればいいのか。何を見つめて生きればよいのか?

 もし一人で美を求め続けたとしても、社会では孤立してしまう。人間は社会なしでは生きられない。己の信ずるところを貫こうとして、孤高を愛し、孤独をどれほど好もうとも、それで生きてゆけるほど人は強くない。すぐに気づいてしまうだろう。自分が信念を貫こうとしても一人では何もできないんだ、と。羞恥と無力感、そして孤独に苛まれ、社会に背を向けた落伍者でしかない自分が見えてしまう。純粋を愛する者は、自分の愛したものが見せる世界の終末に耐えきれなくなってゆく。一方、純粋への愛を捨てて己の信念を曲げたとしても、進んだ先に待っているものは、虚構の成功と、純粋の死でしかない。それならば心を殺すことはできない。美を失うことはできない。これではもはや生きる事は美たりえないとしか言えなくなる。美を求め続ける限り、この世にいることはできなくなる。ひっそりと、誰にも知られず、消えてゆけばいい。美を永遠にするにはそれしかない、それしか……。日本ではかつて桜花のように散る、とでも言ったことだろう。そうすれば肉体はなくなれども、精神は守られるのだ、と。

 かつて純粋を求め続けた者はその多くが自らの生を自らの手で断ち切ってその思いに別れを告げた。ただ、一つ思うことがある。純粋の向こうに、永遠の美を見たとしても、それが単なる幻だったとしたら……、虚構を否定しながら幻影を追いかけているだけだったのだとしたら……。そうして精神を守ったとしても、何事もなかったかのように地球は回り続けるだろう。自分が生き死にすることなど世界にとっては何の意味もないことなのだ。美を愛し、純粋に生きようとする思いと、今にも訣別せんとする自分が見える。僕が筆を執ったのは、そんな思いを少しでも書き留めておこうと思ったためだ。この世にあって、美というものに人生をかけようとしたバカがいたんだと、そう思ってくれれば本懐だ。

美を語るには人間という存在は卑小すぎる。生まれてしまった以上、僕らは美を愛してはならないのかもしれない。僕らがどんなに永遠を求めても、無情にも時は移ろう。そこにどんな意味があったとしても、どんなに綺麗で、どれほど成功を収めても、めぐる季節の中で、すべてのものは滅びへと向かってゆく。美しく着飾って街を歩く人々も四半世紀という時を経ればそうではなくなってしまう。栄誉栄華を極めたとしても、長くは続かない。人々が去った後に残るのは、数多の墓標ばかりだ。僕らは、実は墓標の立ち方に純粋を見出しているだけなのだろうか?

純粋が葬り去られた世界に何があるのだろう?忙しい毎日の中で、探し求め、考え続けることをやめてしまった言葉。分からないはずのことを、分かったような顔をして語る者達。そしてその言葉を、ただ記号として消費するだけの人々。

 目のやり場を失って、道端に視線を落とすと、虚ろな面持ちをした人々の姿が目に飛び込んでくる。震える手でたばこに火をともす人、安酒を片手にしゃがみこんでいる人……。彼らは何を思い、何をこの虚空の中に見ているのだろうか?きっと彼らは紫煙の中や、宵の酒に、ひと頃の輝きを幻と見ているのだろう。

 僕は救いを求めてその場から立ち去ろうとする。何かから逃れるかの如く街に流れる音楽に耳を傾ける。この思いを誰か歌ってはしまいか、と。けれど聞こえるのは空疎な言葉の羅列ばかりである。どこか遠い世界の出来事のようだ。

道端に広告が打ち捨てられていた。そこに写っているモデルの、微笑みの中の刹那きらめき。もう二度と戻らない時と共にセピア色に変わってゆく。僕だっていつまでも青臭くて・・・・バカバカ・・・・しい・・ことばかり言っていられないだろう。僕の青春も今や遠く色褪せようとしている。月影の中に消えゆく街並みを見ながら、無情にも、無常の風が吹き渡るこの街で、今日も一人佇んでいる。

2016-11-27 いかだを降ろすということ

「いかだを降ろすということ」 教育学部三年 山中雅人

 私がこのコラムを書こうと思った訳は、雄弁会という組織において宗教が全く馴染まないという感触を感じたことにある。雄弁会の人間は議論が好きである。いや、偏愛しているかもしれない。議論しない人間は雄弁会員にあらずとも思っているかもしれないほどだ! 政治はもちろん大好物である。経済もパンケーキのように好きだ。哲学の話題が出ても目を輝かせる。しかし、宗教の話題が出ると、途端にトーンダウンする。二言三言は話しても、それ以上は話したがらない。私がキリスト教徒だからというものもあるが、もっと話しても良いと思うのだ。

 確かに、社会変革を目指すと言うリアリズムの世界に生きている人間が、宗教のような「より良い生き方」を語るのは違和感があるというのも分からなくはない。しかし、社会の理想の形を語るだけが人間ではあるまい。私の経験からではあるが、人間が醜く、弱く、未熟であることを今から語ってみようと思う。大衆に向かって雄弁に語り、社会を変えるのも人間の一面なら、過ちに苦悩し、欲望に溺れ、弱さに自己を砕かれるのもまた、人間の一面なのだから。

 私がキリスト教の門を叩いた理由とは、自分の中の人間不信にある。というのはただ単に人に裏切られたというだけではなく、私が人を裏切ったことに由来する。まず、私の最初の人間関係のつまずきは、浪人時代に好きだった子に振られたことに始まる。私は高校を中退しているので、浪人と呼ぶのが適切かは分からないが、ともかく浪人時代と仮定しよう。

 高校中退浪人という後のない崖っぷちの状況。通っていた塾の閉じ込められた空間と緊迫感は、当時一緒に勉強していた女の子に対して運命共同体の一員のような仲間意識を持たせた。その子の社交性の高さと蠱惑的な美しさも相まって、私は完全に参り、その子のことを考えるだけで勉強も手に付かない程になった。なんとか受験が終わるまで波風を立てないように気を付けた私は、受験が終わると同時に思いを伝えた。案の定というべきか、答えはNOであり私の1年に渡る恋は終わりを迎えた。

 しかし、私を本気で追い詰めたのは振られたことではなく、関係を最悪のタイミングで断たれたことであった。受験に失敗してからさらに一年浪人した私は、無事早稲田に合格し、商学部教育学部文学部に受かった。自分のような落ちこぼれの学生を育てるべく教師になるべきか。それとも堅実に民間企業に行くべきか。社会を変えることを志し、政治家になるべきか。迷いに迷った私は、その振られた子に話を聞いてみたのだ。なぜ友人や親ではないのか不思議に思うかもしれないが、当時の私は恋することは信頼することにあると考えていた。「自分がこれほど恋心を抱いている人なら、気まずいかもしれなくても、きっと適切なアドバイスをくれる。」と楽観的に考えていたのである。

 答えはそれ以降の連絡の途絶である。相手にしたくなかったのか、面倒だったのかは分からないが、ともかくも連絡は一切来なくなった。私は嫌われていても、優しいあの子なら困っている人がいれば助けてくれるだろうと漠然と考えていたのだが、現実は厳しいものであった。「相手を嫌いになったら自分の中でシャッターが降りる。」彼女は常々そういっていたが、私は自分に対してシャッターが降りていることに気付いていなかったのである。

 それから私は、今まで何度も振られ続けた。何度も何度も。美しい人もいたし、あまりかわいくない人もいた。誠実な人もいた。浮気性な人もいた。ユーモアのある人もいたし、周りの信頼の厚い人もいた。その全ての人から、シャッターを下ろされ続けた。全員から、連絡の途絶の憂き目にあった。当時の私は、正直言って、とても女性を憎んだ。その次に、自分を憐れむようになった。あまりに惨めな敗北を続けると、相手を嫌う意志まで砕けてしまうのである。しかし、そこで転機が訪れた。自分をキリスト教の道に進ませた一人の女性との出会いである。

 彼女は高校卒業後すぐ、アパレル系の会社に務めていた。とても気弱で、スマホで連絡するときは多弁であるくせに、電話するといつももごもごとした喋りをしていた。会社の同僚に虐められるとよく泣いて電話してきて、私が味方だというと言うまで電話を切らなかった。彼女は家でも虐待を受けており、母親から殴られた跡を写真で送るのを習慣にしていた。おそらく、同情してくれるなら誰でも良かったのだと思う。しかし、今まで女性からゴミ袋のようにしか扱われてこなかった私からすれば、利用してくれるだけで幸せだった。

 しかし、雲行きは段々と怪しくなっていった。母親からの暴力は激しさを増していき、私に送られる写真は目を覆いたくなるようなものが増えていった。それと共に、彼女からの連絡は日に日に増していき、電話をせがまれるのも増えた。輪を掛けて酷くなったのは、彼女がリストカットを始めたことである。日に何枚も、血だらけの手首の画像と「痛い、痛い」というコメントが並んだ。

 その時私は、大学に行けなくなったために大学の留年が決まり、自分の将来に絶望していた時期であった。彼女の度重なるリストカットの画像に耐えかねた私は、彼女を激しく非難し、連絡を絶つように迫った。彼女は嫌だ嫌だと最後まで肯定することはなかったが、私は連絡を拒否し彼女との連絡を絶った。しばらくすると彼女は連絡先を消して、私の前から消えた。

 私は、ふと気付いた。ああ、私も自分をゴミ袋のように扱った女性達と、何も変わらないと。いや、追い詰められている人を切り捨てた分、自分の方がよほど残酷なことをしていると。あの時の私の状況を考えれば、彼女を背負うのは無理であったと今でも思う。しかし、それでも友人としてサポートすることは可能であったし、あんな残酷な切り捨て方をする必要はなかった。

 人は他人に、自分を支えてくれと思うものだ。しかし、人間の背中は狭い。背負える重さには限界がある。背負えないものを担おうとしても、自分も相手も不幸にする。それでも、私は自分を頼ってくれた一人の女性さえ背負えぬ自分の弱さと、自分が受けた傷をそっくりそのまま他人に付ける自分の酷薄さに絶望したのである。

 この意識が、自分の内省をよくさせたのだろう。自分の選択肢は二つあった。一つは仏教であり、もう一つはキリスト教であった。私は昔から仏教によく慣れ親しんでいた。高校を辞めたあとは福岡禅宗の寺で何ヶ月も住み込み座禅もしたし、頭も剃って寺の小僧のようになって修行したりもした。しかし、どこかに完全に仏教帰依できない自分が居た。その理由はブッダの教えにどこか懐疑があったからであろう。

 ブッダはこう言う。「ある者が川を渡るときに、いかだを使って渡った。川を渡れた大事ないかだであるからと言って、その後も目的地までいかだを担いでいくのはおかしい。川を渡ったら、いかだを捨てるのだ。」と。これは何かを盲目的に信じるのではなく、自らが主体となって、批判的に真理を見極めよと言う意味である。もっともである。しかし、独立した、合理性を持った自己だけにできる、極めて困難な要求でもある。ブッダは強くなれ、正しい努力をせよという。ブッダは孤独を求める。最古の仏教書『スッタニパータ』にはこのフレーズが繰り返し出て来る。「サイの角のように一人歩め」。人は繋がりによって苦しむから一人で歩むのだと。しかし、私が苦しむのは自分の人生すら生きられぬ弱さと、人を背負えぬ貧弱さにあるのだ。孤独を求められても、繋がりすら満足に持てぬ自分には遠い世界のことにしか聞こえなかった。

 だから、孤独に苦しんだが故に、キリスト教に惹かれたのだろう。マザー・テレサは望まれず、求められず、愛されない人のために祈るのだといった。私が疲れ切った表情で教会に行ったときに、見ず知らずの教会の人間から祈られたことがあった。促されるままに、私も見ず知らずの隣の人の為に祈った。ゴミ袋のような自分であっても、人から祈ってもらい、人のために祈ることができていいのかと安心した覚えがある。

 聖書にはつねに貧しい人間が出て来る。目の見えないもの、ハンセン病の患者、売春婦、徴税人など、人から煙たがられ、嫌われる人々にキリストは囲まれている。昔聖書を読んでもつまらぬ情報の羅列に過ぎなかったが、今読んでみれば聖書に出て来る貧しい人とは自分そのものであったのだ。誰もが自分で自分を救えず、助けを求めてキリストに手を伸ばしていた。

 私は思う。人を背負うには、人間の背中は狭すぎると。だから荷物キリストに背負って貰おうと。キリストは私の杖であり、私の背中であり、私の道しるべなのだと思う。私はいかだを降ろした。そして代わりに十字架を背負っていく。川があっても、崖があっても、山があっても、私は十字架をもう降ろさない。どんなに重荷になっても、どんなに愚かに思われても。

 長々と話したが、私が言いたいことは一つである。信仰はバカにはできないということだ。自分が持ってみて思うから間違いない。キング牧師然り、ガンジー然り、確固とした信仰を持つ人は自分の命より他の何かを重んじられる人である。社会を変えようしたときに、最大の資源とは命をかけられる意志なのだから、そのような人々がいなくては社会は変わらなかっただろう。「より良い生き方」をもっと語ろうではないか。「より良い生き方」も「より良い社会」も、同じく語る価値のあるものなのだから。

2016-11-16 ヒカリアレ

ヒカリアレ」 政治経済学部二年 南井暉史

天皇陛下生前退位(これはメディア造語であって正しくは譲位である)がここ最近話題になっている。これに関連して今後の皇室の在り方や天皇陛下の公務の在り方に関する議論も活発になり、今年は天皇という存在そのものに注目が集まった年ともいえる。

そもそも天皇とは、天照大御神の末裔であり、初代の神武天皇から現代に至るまで125代に渡って基本的に男系男子(過去には男系の女帝もいた)で継承されてきた存在である。8世紀初頭に成立した「古事記」には、神代から第33代の推古天皇までの歴史が書かれている。神代は日本の神話であって、歴史的な事実ではないうえ、十数代までの天皇は実在が疑問視されている。

ではなぜこのような歴史が作られたのか。その理由の一つに、天皇による統治の正統性を示すことが考えられる。世界各国の王や皇帝が支配の正統性を示す必要があったのと同じように、日本でもそれが求められたのではないだろうか。古代の日本はアニミズムであり、樹木や岩などに神が宿っていると考えられていた。そんな中でも、お天道様などと呼ばれる太陽の神は別格であった。だから日本では、天皇太陽神である天照大御神の末裔と位置付けることで、その支配の正統性を説明しようとしたのである。

太陽を特別視し、信仰するのは日本だけではない。ギリシャエジプト神話には必ず太陽神が出てくるし、世界中様々なところに太陽への信仰は見られる。私たち個人にも、初日の出や山頂からのご来光など、太陽をありがたがる習慣がある。

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初日の出、筆者撮影)

 太陽はなぜこれほどの信仰を集めるのだろうか。それはその光でくまなく大地を照らしてくれるからである。旧約聖書の一節にこのような言葉がある。

神は言われた。「光あれ。」すると光があった。

――創成記1章3節

 これは、神が世界を作る場面において放った言葉である。それ以前の世界は暗い闇が大地を覆っていたのだが、神のこの一言によって地は光に照らされ、明るくなったのである。

ところで、私は最近あるアニメのオープニング曲にハマっている。その一節を以下に示そう。

光あれ 行け 影と歩幅合わせ

己と戦う日々に幸あれ

歪曲(まが)らず屈折(くっ)せず 理想を追い続ける

その覚悟を「光」と呼ぼう

――「ヒカリアレBURNOUT SYNDROMES

私がこの曲にハマったのは、光あれ、というフレーズのもと、アップテンポで熱くなれるところが気に入ったのが理由である。しかし、それ以上にこの曲は私に訴えかけてくるものがあった。

我々雄弁会員は皆、社会変革を志している。そうでない人でも、何かをしたい、変えたいという思いはあるのではないだろうか。この社会変革とは、当たり前だがそう簡単なことではない。社会を変えるといっても、まず自分に勝たなければならない。

人間は、常に欲望に晒されている。そして人間は、楽なほうへ流れたいと思う。現代はゲームや飲み会、様々なイベントのように楽しいことは山程ある。翻って、社会変革とは一般的に針の穴に糸を通すよりも困難な事業であり、多くは苦労を伴うものである。楽なものを志向する自分と戦うというのは、非常に難しいことである。上の歌詞にある理想を追い続ける覚悟とは、自分に打ち勝った先にあるのではないだろうか。

 もし自分に勝てたとしても、社会変革には大きな壁が待ち構えている。それは社会という非常に大きな集団である。何億何万といる知らない人にひたすら働きかけ、社会を変える。これは膨大な手間と時間、そして苦労を伴うだろう。おそらく自分一人ではどうにもできないと感じるかもしれない。

人間は一人では何もできないちっぽけな存在だとよく言われる。殊に日本では同調圧力、空気を読むなどの文化があり、異端者は村八分にされ、嫌われる。「出る杭は打たれる」という諺は、日本社会を的確に表しているといえるだろう。一人目立つのは良くない。一人では何もできない。これは本当だろうか。答えは否である。

 歴史上、異端者は確かに嫌われてきた。しかし、多くの偉業を成し遂げたのもまた、その異端者なのである。アインシュタイン然りキング牧師然り。そもそも異端者という言い方自体が、多くの無関心な人間による嫉妬にまみれたレッテルである。

たった一人の個人の、とても小さな光であっても、その光で周囲を照らし、最終的にそれによって全体を明るく照らすことは、可能である。これは聖書に載っている、神にしかできない奇跡ではない。なぜなら、これまで社会を変革してきた偉人たちは、たった一人から始めて社会を変革しているからだ。

光に広大な地を覆う闇を晴らす力があったように、理想を追い続ける覚悟という名の光には、大きな社会というものを変革していくだけの力がある。そして人間は、その偉業をなすことが可能である。

人間は、楽なほうへ流れたいと思う。しかしその人間は、楽なものを捨てて、苦しみや困難に立ち向かうことができる。それはなぜか。それは、苦しみを超えたその先に、幸せが待っていると信じているからに他ならない。

このコラムの終わりに先程の歌のサビを記しておこう。

光あれ

行け 闇を滑走路にして

己の道を敬虔に駆けろ

光あれ

一寸先の絶望へ

二寸先の栄光を信じて

――「ヒカリアレBURNOUT SYNDROMES

社会変革。その前には絶望が待っているかもしれない。しかし、我々はその目標を達成するという栄光のために今日も奮闘する。全ての社会変革者に対し、最後にこう言おう。光あれ、と。

2016-10-24

「矛盾」 社会科学部三年 王威

私は「矛盾」という言葉が大好きだが、同時に大嫌いでもある。

その語源は『韓非子』の、「どんな盾も突き通す矛」と「どんな矛も防ぐ盾」を売っていた商人が、客から「その矛でその盾を突いたらどうなるのか」と問われ、返答できなかったという故事から来たもの。まさに矛盾である。

物事が複雑多様になるにつれ、そこには必ず矛盾が生じる。万物の長であるヒトもその例外ではなく矛盾の集合体である。ヒトの集合体である社会も矛盾だらけの存在であろう。そして、一つの小さな社会である雄弁会でも当然、矛盾を避けられないだろう。

弁論活動を見学しに行った時、アジテーションに感心していたら、途端に激しい野次が飛び交いはじめた。「礼儀を重視する日本人が、何故このような失礼なことをするのだろうか」と驚愕した。雄弁会で気づいた最初の矛盾であった。

雄弁会は百年以上の歴史を持っており、伝統を重んじている面がある。自分は留学生として、当然日本の文化と慣習を尊重するつもりであるが、自分の素直な性格と不勉強のせいで、度々失言や粗相をしてしまう。しかし、心優しい先輩方はいつも、『私にはいいんだけど、他の先輩たちには注意してね』と言ってくださった。私は先輩全員にそう言われた。『では、誰にも注意しなくでもいいのでは?』と困惑した。これもまた矛盾である。

公式行事を行う度、必ず礼儀作法に関するお知らせが来る。そこには先輩に対しての細かい言葉遣いや、座り方、乾杯のしかた、お酌する際のラベルの位置まで細かく記されていた。果たして、平等を重んじ、他人と違うことを恥として感じる日本人は、何故これほど上下関係を重視しているのだろうか、という疑問が浮かび上がた。矛盾である。

自分も当然それらのルールに従うつもりだが、先輩方はそれらに執着する様子がなく、むしろお酌して頂いたこともあった。さぞかし、先輩方もこのような厳しいルールに、面倒くささを感じていたのだろう。では、このような厳しいルールを守り続ける意味はどこにあるか。矛盾である。

社会変革者を志すならば、まず社会のルールを学ばなければならない。しかし、その変革したい現実社会のルールに、いつまでも従順な人が、果たして社会変革者になれるだろうか。矛盾である。

先日のコンパでは、一人の会員を多人数で囲み、その人をひたすら蹴る活動があった。意味がよくわからなかった。当然怪我人を出すほどのものではなく、蹴るというのも形式的なものだった、しかし、知性を根幹とする団体には少々暴力的だった。会員の中で、いじめや暴力を問題意識にする会員も少なくないにも関わらずその活動に、私も含めて参加した。矛盾である!

このような不条理について、同期に文句を言った事がある。そこで返ってきた答えは『伝統だから、仕方がないや』であった。そこから、一つの疑問が浮かび上がった、伝統を破壊しないで、社会変革が可能なのであろうか。矛盾である。

 弁論に矛盾は致命的である。弁論を作る作業とは、論理の中の矛盾を解消する作業でもある。しかしながら、弁論を作る雄弁会という組織には多くの矛盾が存在している。矛盾である。

 雄弁会員である私達も、矛盾に満ちた存在ばかりである。大阪人と言う誇りを持ちながら、東京都の住民票を手に入れ、都知事選挙に参加し、東京に魂を売った会員もいる。日本古来の伝統と文化を守りたいと称しながら、議論中に外来語を連発する会員もいる。資本主義を信じていると言いながら、共産主義にも賛同して、理念が混乱している会員もいる。矛盾である。

雄弁会員である私は「矛盾」と言う言葉が大好きだ。なぜなら、その複雑なロジックを吟味する事ができるからである。私は「矛盾」と言う言葉が大嫌いだ。なぜなら、矛盾が存在すると他人を説得することが困難になるからである。これもまた矛盾である。

 このような、矛盾に満ちた雄弁会も私は大好きである。だから居続けられる。このような雄弁会が大嫌いでもある。だから変革したくなる。

私達は社会変革を志す者である。それは、唯一不変な真理とは変化だからである。これもまた矛盾である。

2016-10-03 自炊のすゝめ

自炊のすゝめ」 社会科学部二年 宇治舞夏

 私たちが明るく希望を持って生きていくためには、自己肯定感を得ることが必要である。自己肯定感を得るためのプロセスとしては、他者から承認され自己を承認することで、自己肯定感を得る、というものがほとんどだろう。しかし私は、この一つ目のプロセスに疑問を覚える。何より、私はこの一つ目のプロセスをうまく行うことができないからである。きっとそういう人は私以外にも多くいると考える。

 なぜ、他者から承認されても自己を承認できないのだろうか。様々な原因が考えられるが、このコラムでは私の経験に基づいた個人的見解を述べさせて頂きたい。

 一番大きな原因として考えられるのは、他者から承認された自己の一部分に関して、自分自身が承認できないから、というものである。そのため、他者の承認を信用できないのである。「なんでこの人はそんな思ってもいないことを言うのだろう」と不信に思ってしまう。「可愛い」と言われれば「なんでそんな嘘をつくのだろうか」、「良い子だね」と言われれば「それって褒めるところ何もない人に使う常套句だよな……」とこういった具合である。自分でも損な性格だなとは感じている。しかし小さい頃からこういう性格であり、きっと私以外にも多くの人が同じことを考えたことがあると思う。

自己を肯定するためには、他者から承認される必要がある。ただし、その他人が承認した一部分に対して自分自身も承認している必要がある。それが私の見解である。

 そんな卑屈な私が最近自己肯定感を得られるようになった。そのきっかけが自炊である。上京してから一年半全く料理をしてこなかった私が、後期が始まってから自炊生活を始めた。「後期からは家事に対して意識を高く生きてみよう」という軽い気持ちで始め、自分自身でも三日坊主になるだろうと思っていた。しかし、いざ始めてみると節約になり健康にもよいなど、メリットがたくさんあった。そして最大のメリットとしては、自己肯定感を得られるようになったことである。自己肯定感を得られるようになり、毎日精神的にも健康に生活することができている。

 ではなぜ自己肯定感を得られるようになったのか。それは、自分の作った料理が美味しいからである。「そんな単純なことで!?」と思われるかもしれないが、これには他の承認とは重要な違いがある。自分が行った「料理」という行動に対して、「美味しい」と感じることにより、自分自身で自信を持てる。そして自己肯定感につながる。これが他とどう違うのか? 例えば、容姿や性格について他者から何か肯定的な意見を言われても、「本当にそう思っているのだろうか」と疑ってしまう。これに対して自分自身で肯定することは難しい。容姿や性格は、他者と関わる中で重要な要素になるからである。その判断基準は自分だけでなく他者のなかにもある。しかし、料理であれば自分自身の身で肯定することができる。自分が「美味しい」と感じれば「美味しい」のである。もちろん、料理を誰かに食べさせるのであれば話は別だが、自炊をして自分で食べるだけであるのでその判断は変わらない。疑いなく、自分の料理を承認できるのである。さらに加えれば、自分で作った料理を写真に撮りSNSにあげ、他者から肯定されることでさらに自己肯定感を得ることができる。「可愛い!」というコメントを信用することはできないが、「美味しそう!」というコメントは信用することができる。なぜならそれは本当に美味しいからである。私自身がそれを実感しているからである。

 まず自分が料理を食べ「美味しい」と感じる。自分の「料理」という行動に対して承認することができる。そしてそれをSNSにあげることで他者から「美味しそう!」という承認を得る。その承認を得た「料理」という行動に対しては自分も承認をしているため、その承認を素直に受け止めることができる。そして自己肯定感を得られる。

 しょうもないことを言っていると思われるかもしれない。しかし、これはここ数年自己肯定感を得られず思い悩んでいた私が得た一つの解決策なのである。私と同じように思い悩む人はきっといる。その人たちにこの方法を伝えたい。また、必ずしも料理でなければいけないというわけではない。ただ、自分で行い、自分で評価するという、なるべく自己完結できるようなものが良いと思う。この発見が、私と同じように思い悩む誰かを少しでも救う一助になれば嬉しい。

 長々と書いたが、実は自炊を始めてからまだ一週間しか経っていない。しかし、自炊によるメリットを本当に実感しているので、きちんと習慣化していきたいと思う。自己肯定感を得るための努力を続け、いつか他者が食べても本当に承認し喜んでくれるような料理を作れるように、そして末永く私を肯定してくれる他者に出会えるためにも、続けていきたいと思う。