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コバヤシユウスケの教養帳

2009-08-27

「新しい労働社会」濱口桂一郎

数々の書評が個人ブログで書かれており、うちの近所の文教堂ですら平積みでドーン!(岩波の営業さん、気合い入っているのかな?)どうやらとっても売れているんじゃないか?と、ちょっと喜んでしまいそうですが、まあそんな話は置いておいて...

新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書)

新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書)


僕がhamachanこと濱口桂一郎氏のブログを知ったのは、2007年。僕が前いた会社で、給与体系が大きく変わり、中高年社員、それも子供が成長して最もお金のかかるような人たちの多くが、月で10万近くも給与が減らされてしまう、という悲劇を目撃してしまい、にわかに労働問題への関心が高まっていた時期でした。日本の一般的な賃金体系は国際的に見てどう特殊なのか?それが歴史的にどのように形成されてきたものなのか?さらにはアメリカ流の成果主義というようなものが輸入されてきているけれど、これが本当にアメリカ流なのか?などなど、疑問は噴出するが、明確な答えを与えてくれそうな書籍(それも新書レベルで、ある程度全体が網羅されつつ、バランスよく整理されているもの)がなかなか見当たらず、とりあえずいろいろとググっていたら...たどり着いたのが「EU労働法政策雑記帳」というブログでした。

その当時「参考になるブログを発見した!」と喜んで、RSSリーダーに登録したのを覚えています。でもやはりブログという形式上、日本の雇用とか労働について、基本的なことを広く学びたいという僕の欲求にぴったりフィット、というわけにはいきません。またhamachan氏は「hamachanの労働法政策研究室」というHPに、自著の論文等を掲載していて、これがまたまた参考になるのだけれども、いかんせんどこにどんな論文があるのかがわかりにくく、さらには、それぞれの論文のページを開くと、これがまた見づらい。cssでもかまして、読みやすい体裁にでもしてあればいいんですけれどねえ(僕はテキストエディタにコピペして、読みやすい体裁にしてから読みました)。

ってなわけで、ようやくです。こんな新書、待ってました。


内容は、非常によくまとまっています。特に重要なのが序章。

著者は、日本型雇用システムの本質を雇用契約の性質に求めます。

日本型雇用システムの最も重要な特徴として通常挙げられるのは、長期雇用制度(終身雇用制度)、年功賃金制度(年功序列制度)および企業別組合の三つで、三種の神器とも呼ばれます。これらはそれぞれ、雇用管理、報酬管理および労使関係という労務管理の三大分野における日本の特徴を示すものですが、日本型雇用システムの本質はむしろその前提となる雇用契約の性質にあります。(p1-p2)

では、日本の雇用契約の性質はどのように特徴的なのか?世界的に通常な雇用契約は、ある程度具体的な職務内容(例えば旋盤を操作するとか、会計帳簿をつけるとか、自動車を販売するといったこと)が決められた契約内容で雇用されます。一方日本の場合は、具体的な職務はあいまいなまま(逆に言えば、会社の命令によって、どんな職務でもやらなくてはいけない)、採用されます。

 もちろん、実際には労働者が従事するのは個別の職務です。しかし、それは雇用契約で特定されているわけではありません。あるときにどの職務に従事するかは、基本的には使用者の命令によって決まります。雇用契約それ自体の中には具体的な職務は定められておらず、いわばそのつど職務が書き込まれるべき空白の石版であるという点が、日本型雇用システムの最も重要な本質なのです。こういう雇用契約の法的性格は、一種の地位設定契約あるいはメンバーシップ契約と考えることができます。日本型雇用システムにおける雇用とは、職務ではなくてメンバーシップなのです。

 日本型雇用システムの特徴とされる長期雇用制度、年功賃金制度および企業別組合は、すべてこの職務のない雇用契約という本質からそのコロラリー(論理的帰結)として導き出されます。(p3-p4)

日本型雇用システムの本質は、メンバーシップ契約にこそあるとし、このあと日本的雇用システムの特徴を、この「メンバーシップ契約」という本質からの論理的帰結として、見事に説明されます。ここは是非、本を手にとって読んでいただきたいところ。序章だけならわずか22ページ。本屋で立ち読みできるくらいのボリュームです。かのfinalvent氏も「序章だけでもネットで公開されれば、多くの人の益になるかと思った。」と、ブログで書かれているくらいです。


さて僕の感想ですが、この「メンバーシップ契約」という言葉が、とてもとても気に入りました。

日本的雇用における、雇用者と被雇用者の関係って、左っ側の人たちとか進歩的?知識人の人たちに語らせると、「前近代的」だとか「伝統的エートス」だとか「封建的」だとか「儒教的」などというふうに「なんだか古臭いものがなかなか克服されずにいまだに残っている」というような感覚の言葉が使われます。アメリカかぶれの新自由主義系の人たちにかかれば、「社会主義的」だとか「既得権益」みたいな言葉で語られてしまう。保守系の人たちなら、逆に好意的に「家族主義」とか「血の通った」なんて言い回しでしょうかね。

でも、「メンバーシップ契約」と言ってしまえば、それこそ「契約」というある種ドライな言葉によって、さまざまな価値観からも中立的な感じがします。しかも、伝統だのエートスだの文化だのイデオロギーだのといった抽象的なアプローチではなく、より実体をつかんだ「契約」という側面で捉えるということは、社会学的にもより本質に近づけるように思えます。実際、日本的雇用なんていうものは、それこそ高度経済成長からバブル期までの間につくられてきた比較的新しいものであって、「伝統」なんていう言葉で一面的に語れるものではないことは、ちょっとよく知っている人からすれば常識です。

また制度経済学からみても、「メンバーシップ契約」という考え方は、実に意味深いように思えます。僕は以前、フランスのレギュラシオン学派の「フォーディズム」という考え方を、なにかの本で読んだことがあります。この「フォーディズム」というのは、アメリカの戦後20年の経済安定期を支えた賃労働関係を表現する言葉で、労働者側からすれば、テーラー主義的な労働の再編や管理・効率化を受け入れるという妥協、経営者側からすれば、生産性上昇に伴う賃金上昇を受け入れるという妥協により、アメリカは四半世紀にわたる安定した成長をなしえたという考え方です(逆に、その後70年代は「フォーディズム」が足枷となって、アメリカの経済が停滞した、と考えます)。で、僕はこの話を読んで、じゃあ日本はどうなんだろう?と、まあ当然考えたわけです。「テーラー主義」というのは日本には当てはまらないよなぁ...高い賃金っていうのもねぇ...むしろ労働者の生活や家族、人生をまるっと抱え込むようなかたちで労働の再編が行われてきたような気がするようなぁ...と。そういう意味でも「メンバーシップ契約」という言葉は実にしっくりきます。


とにかく、この「メンバーシップ契約」という言葉だけで、僕の脳内ではあっちこっちへと思考が広がってしまったわけなんですけど、まあそんな話はこのくらいにして、内容に戻ることにします。

ということで、ここで目次を

序章 問題の根源はどこにあるか―日本型雇用システムを考える

 日本型雇用システムの本質―雇用契約の性質

 日本の労務管理の特徴

 日本型雇用システムの外側と周辺領域

第1章 働きすぎの正社員にワークライフバランスを

 「名ばかり管理職」はなぜいけないのか?

 ホワイトカラーエグゼンプションの虚構と真実

 いのちと健康を守る労働時間規制へ

 生活と両立できる労働時間を

 解雇規制は何のためにあるのか?

第2章 非正規労働者の本当の問題は何か?

 偽装請負は本当にいけないのか?

 労働力需給システムの再構成

 日本の派遣労働法制の問題点

 偽装有期労働にこそ問題がある

 均衡処遇がつくる本当の多様就業社会

第3章 賃金と社会保障のベストミックス―働くことが得になる社会へ

 ワーキングプアの「発見」

 生活給制度のメリットとデメリット

 年齢に基づく雇用システム

 職業教育訓練システムの再構築

 教育費や住宅費を社会的に支える仕組み

 雇用保険と生活保護のはざま

第4章 職場からの産業民主主義の再構築

 集団的合意形成の重要性

 就業規則法制をめぐるねじれ

 職場の労働者代表組織をどう再構築するか

 新たな労使協議制に向けて

 ステークホルダー民主主義の確立

この本を読み終わって、なんだろう?この読後感は、と思ったんですけれど、そのポイントはこの章だてにあるのだなぁ...と気づきました。

序章は、上で述べたとおり「なるほど、メンバーシップ契約かぁ。わかりやすい!」という感想になって、さあいよいよ具体的な諸問題に切り込んでいくぞ!と、ちょっとわくわくしながら第1章に読み進みます。で、第1章、第2章あたりまでは、「なるほどなるほど。そうかそうか。」と読んでいけるんですが、章が進むにつれて徐々に「うーむ。これは厄介だ。」となり、「むむむむ。どうだろう。厳しいな。」となって、最後には何故か「ふうぅぅ...」と深い溜息をついてしまいます。どういうことかというと、問題の解決のための対策・提案が比較的シンプルで実現も容易そうな話から、逆に問題は複雑でその対策・提案も多岐にわたり実現が困難そうな話へ、という順番になっているのです。まあ、それだけ幅広くこの新書一冊に詰め込んだということでもあり、後半は内容を理解する上でもちょっと難解だな、とは思ったんですが、でもここまでの話をこの新書に詰め込んできた著者の意欲はとても評価できると思います。


第1章、第2章は、世間一般、特にマスコミ等で議論されている問題の設定のしかた自体がズレており、本来対策はこうあるべきだ!という内容となっているので、これは是非ともメディアの方々含めて読んでいただきたいところです。労働時間規制というのはもっと議論になっていいと思いますし、登録型派遣事業と常用型派遣事業を分けて考えるというのも、他ではあまり聞いたことのない重要な指摘だと思います。

一方、第3章、第4章。これはまさに日本型雇用システムを軸にした「社会構造」の問題であって、必要なのは、その「構造」の改革ということになってきます。ちなみに「構造改革」と言うと、なんでも壊してしまえ!市場に任せてしまえ!的な、実質「構造破壊」な言説を思い出してしまいますが、社会構造を改革するというのはそんな単純な話ではありません。ここでは、教育政策、住宅政策、社会保障政策と連携しながら、とりあえず手を付けられそうな部分から漸次改革していく、より現実的な方策が提案されます。そうはいっても、社会的な合意がつくられていくためには、相当な根気が必要な話ばかりです。特に第4章は、問題の解決を、現場の労働者と使用者との交渉によって行えるような環境・制度づくりの話であって、それこそ労働者の主体性が問われてきます。

じつはこのあたり、著者の思想、「人間」というものに対するある種楽観的な「信頼」が感じられます。社会に幻滅して「なんとかしないとこのままでは日本がダメになる」という悲壮感たっぷりな言説が目につく今の時代にあって、この著者の立ち位置には非常に好感が持てます。


まあ、長々と書きなぐってしまいました。

とにもかくにも、是非読んでみてください。日本の労働・雇用問題について基本的・全般的な知識を身につけたい、という人に「とりあえずこれ1冊読んでみな。大概の事は書いてあるから」とお勧めできる本です。

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