Hatena::ブログ(Diary)

yuhka-unoの日記 Twitter

2016-07-01

「オシャレ=チャラ男&キラキラ女子=バカ」という偏見、あるいはオタクとファッションについて

22:50 |

「オシャレ=チャラ男&キラキラ女子=バカ」という偏見は、一般人のオタクに対する偏見と同じ

自分で言う、勉強熱心な方だから興味があればやってた。しかし、

ファッション誌を見ることもかっこ悪いし、

チャラいやつと会話するのもかっこ悪いし、

服とワックスとノリの良さキラキラ女子はバカっぽく見えるし、

…と、完全にバカにしてた。


「そんなの、偏見だ」

と言われるかもしれない。

だが、人間は往々にして「かっこいいと思ってるもの」「他を圧倒する何かしらのカリスマの意見」しか自分の中に響かないようにできている。


だが、僕の中で「僕よりもオタクで、僕よりもオシャレでモテて、好感が持てる人」が現れたのは、つい最近のこと。

それまでは、10年ほど「何がすごいかわからないし、そもそもバカだからああいうことでしか楽しめないんでしょ?」ぐらいには斜に構えていた。

オシャレに無関心な男に、母親や彼女が服を買い与えても無意味!!

あー、こういう偏見あるよねぇ… でも、ファッションもたいがい趣味でオタクな世界なので、「オシャレ=チャラ男&キラキラ女子=バカ」という偏見は、一般人のオタクに対する偏見や、年長者の若者フォビアと同じなんだよなぁ…

これ読んで、たぶん、オタクについてよくわからない一般人も、たまにテレビで見かける典型的なオタク像とかを見て、 「何がすごいかわからないし、そもそもバカだからああいうことでしか楽しめないんでしょ?」ぐらいに思ってるんだろうなぁ…と思った。人って、自分にとって理解できないことに夢中になっている人を「バカ」と決めつけたくなりがち、ということなんだよね。

「オシャレ=チャラ男&キラキラ女子」だと思うのは、「音楽=最近のCD売上上位のJ-POP」だと思うようなもの。音楽もファッションも、それこそ無限にジャンルがある。そういうことがわかってない人ほど、「結局、女のオシャレって、男にモテるためなんでしょ?」とか「日本人には黒髪が一番!わざわざ茶色に染めるなんて、西洋人に笑われるぞ」とか言うよね。西洋人だって染めてるんだけど。

ちなみに、「結局、女のオシャレって、男にモテるためなんでしょ?」って思ってる人のことを、「クジャク系男子」と言うらしいですよ。

「男心わかってないな〜w」なクジャク系男子が苦手 - 引きこもり女子の上京ブログ


初心者は「ギターの弾き方」みたいな本を買おう

とはいえ、良い服だけ持ってても無意味というのはわかる。いい楽器持ってても演奏できないのと同じ。よく、「ファッション初心者はファッション誌を読んでも、どうしたら良いのかわからない」と言うけれど、音楽情報誌を読んでも楽器を演奏できるようになれないのと同じなんだよね。初心者は「ギターの弾き方」みたいな本買いましょ。

今現在、男性向け「ギターの弾き方」本といえば、MB氏の『最速でおしゃれに見せる方法』が有名だけど、1冊、私が個人的に良いんじゃないかと思っているファッション指南書を挙げるとすれば、こちら。

年齢層的には、アラサー以上か、あるいは、私みたいに、20歳の頃から父と一緒にいると「奥さんですか?」と言われていたくらい大人顔な人向けかな。とはいえ、全世代に共通するファッションの「基本のキ」「守破離の守」が書かれているので、若い世代にとっても十分参考になると思う。どうせ若者も数年経ったらアラサーだしね。

この本で提示されているスタイルは、人によっては物足りなさや地味な印象を受けるかもしれないけど、まぁ、何をやるにしても、基本・土台といったものは地味なもんだと思う。「チャラい格好はしたくないけど、オシャレに見られたい」という人にはオススメ。

尚、この本に書かれている内容の一部は、こちらのサイトから読めるようです。

できれば服にお金と時間を使いたくないひとのための一生使える服選びの法則


男性服の基本はスーツだと思う

多くのおしゃれオンチな人にとっては、「おしゃれな男性=チャラ男」というイメージなのかもしれないけど、思春期にジェレミー・ブレット演じるシャーロック・ホームズを、その後にフレッド・アステアを見てしまった私にとっては、「おしゃれな男性=スーツ系の服を格好よく着れる人」というイメージだった。

それから、弟が就職活動でスーツが必要になった時、うちは母子家庭で、父親もスーツを着る職業ではなかったため、誰一人としてスーツの着方がわからないという事態になり、私がスーツについて色々調べてみたという出来事があった。その時、ジャケットの一番下のボタンは外しておくとか、ビジネススタイルの時に履く革靴とカジュアルスタイルの時に履く革靴の違いとか、ワイシャツはもともと下着で、ジャケットを汚さないように、襟や袖をジャケットから1cm〜1.5cm出しておくとか、スネ毛が見えない長さの靴下を履くとか、ネクタイの結び目の下には窪み(ディンプル)を作っておくとか、そういうスーツのルールを初めて知った。

また、スーツのジャケットには、背中に一つ切り込みが入っているもの(センターベント)と、両サイドに二つ入っているもの(サイドベンツ)とがあるけど、これは、昔の西洋の紳士たちが、馬に乗ったり腰に剣を吊ったりしていた時代の名残だとわかって、「ああ、スーツも、着物と同じで、西洋の衣服の歴史の延長線上にあるものなんだなぁ」と思ったりして、面白かった。


で、こういうスーツの着方って、実は案外知らない人多いよね。バンクーバー五輪の時、国母選手の腰パンが問題になったけど、彼を叩いていた人のうち、一体どれだけの人が、ちゃんとしたスーツの着方を知ってるんだろうな、と思った。私の観測範囲だと、おしゃれな人ほど、こういったスーツのルールをわかっているんだよね。一方、「近頃の若者はこんな格好しやがって!けしからん!」みたいな人ほど、サイズの合ってないダボダボのスーツを着ていたり、足首から上はビジネススーツなのに、履いている靴はギョーザ靴とか、おかしな着方になってたりするよ。こういう人が言いがちな「茶髪禁止」は、普通に人種差別だからね。学校の校則とドレスコードは別物だから。


洋服の場合、男性服のおしゃれって、ファッション誌に載ってるチャラ男よりも、スーツを格好よく着るのが基本って気がするんだけど、どうなんでしょうね? スーツを着るとおかしなことになるチャラ男はけっこういるけど、スーツを格好良く着れる人で私服がダサい人は、あんまりいないと思う。よく「お父さんの休日の私服がダサい」って言うけど、そういうお父さんは、大抵スーツ姿もイマイチなんじゃないかな。私はモテについてはよくわからないけど、モテを目的にするにしても、チャラ男が嫌だという女性はよくいるけど、スーツ姿が格好いい男性が嫌だという女性の声は、あまり聞いたことがない。

あと、「スーツ=制服・堅苦しい」みたいなイメージ持ってる人は、「ツイードラン」「サプール」あたりで検索してみてね。スーツもかなり幅の広いジャンルだから。


創作系オタクに必要な、資料・考察としてのファッション

オタクにオシャレ知識は必要ないのかって言うと、そうでもないと思う。特に、イラストや漫画を自分で描くタイプのオタクの場合は。

id:whkr エロ漫画家の田中ユタカも、「漫画家の隠れ必修科目は、ファッションと建築だ」と言っていた。

はてなブックマーク - 男性漫画家の描く

これは本当にそうだと思う。建築は背景描くのに必要だし、ファッションは人物描くのに必要。例えば、昔読んだ漫画で、「某国からお忍びで来たお姫様」という設定なのに、着ている服が庶民レベルで安っぽいので、全然高貴な感じがしないぞ…と思ったことがあった。

赤松健氏も、『ラブひな』の頃は、女性キャラのファッションがイマイチだったけど、『ネギま!』になった時に、女生徒たちの私服描写が格段に向上したので、「おおっ!」と思った。ちゃんと、その時代の女の子が着ていそうな服になっていた。そのキャラがどういう系統のファッションが好きなのか、あるいは、どの程度ファッションに興味を持っているのかは、キャラクターを掘り下げる上でも重要だと思う。

こういう場合、ファッションについて調べるのは、ニューヨークの町並みを描こうと思ったら、ニューヨークの町並みを調べたり、江戸時代が舞台のものを描こうと思ったら、江戸時代の風俗を調べたりするのと、同じなんだよね。


それにしても、ネットが普及した現代は、資料が探しやすくなったよね。私が中高生の頃は、ネット環境なんてなかったし、資料も高くてなかなか買えなかったから、図書館で借りてきた本のコピーを取ったり、新聞の折り込みチラシについてくる家具の広告を背景の参考にしたり、タダで手に入る通販のカタログ誌を資料にしたりしながら、漫画描いてたよ…


服飾史の視点から見たファッション

この地球上の人類の服装が、どのように変化しどのように今の形になったのか、という視点からファッションを捉えてみるのも、これはこれでとても面白い。

例えば、日本と朝鮮半島の民族衣装の変遷を見てみると、古墳時代頃まで遡れば、上流階級の女性たちの格好がとてもよく似ていることがわかる。そして、その後の服装の変化を辿ってみると、まるでひとつの生物が枝分かれして進化していくように、一方はチョゴリ、もう一方はキモノになっていく様子を見ることができる。

Twitterにある「民族衣装bot」とか、見てると面白いよ。

民族衣装bot

で、こういう視点からファッションを捉えてみると、一番最初に述べた「オシャレ=チャラ男&キラキラ女子=バカ」「結局、女のオシャレって、男にモテるためなんでしょ?」などといった認識が、実に狭い世界のものだということがわかると思う。地球上には、それ自体で学問のジャンルとして成り立つくらい、本当に多様な服飾文化があるんだからね。


明治初期〜2010年代前半までの日本のファッションの変遷についての本。イラストを眺めているだけでも楽しい。プラス、この手の本の良いところは、流行を客観的に眺める視点が持てることでもある。


ファションは所詮趣味(ただし例外あり)

服屋のそれもセレクトショップの店員なんてものは本当におしゃれが好きで、ファッションが好きな人だ

そういう人は他の人のファッションを馬鹿にしたりなんかしない


「おしゃれは自己満足」ということがわかっているからだ


自分のファッションが優れていることを示すために他のファッションを馬鹿にするような奴は勘違いファッションオタクか、勘違いおしゃれ気取り大学生くらいのものだ

おしゃれな服屋に入りずらいって人へ - 今日はヒトデ祭りだぞ!

これは本当。私の考えでは、「身だしなみ」は社会性やマナーの範疇だけど、「オシャレ」「ファッション」は趣味の問題。音楽や漫画と同じで、興味がなければやらなくても良いし、興味が沸いたら何歳からやっても良い。

ただし、二つほど例外があると思う。一つは、ファッションが仕事の人。これは言うまでもない。もう一つは、経営者、個人事業主、芸能人、婚活中の人など、他人に自分を売り込む必要がある人。こういう人にとっては、ファッションは商品のパッケージデザインと同程度には重要だと思う。

まぁ、確かにファッションマウンティングする人って多いけど、そこは、オタクの中にもオタク知識でマウンティングする人がいるのと同じなので、結局、こういう人はどこにでもいるってことなのかな。


おまけ

映画『コンチネンタル(The Gay Divorcee)』より『A Needle In a Haystack』。

フレッド・アステアが着替えながら踊ってみた。

D


【関連記事】

おしゃれ、したかったよね。―服が捨てられなかった私の話―

こんな記事を書いている私だけど、ほんの数年前まではこうだったのさ…

2016-04-01

自分の命を人質にして相手を脅迫する人たち

20:13 |

能町氏、雨宮氏、抗議を行う - Togetterまとめ

能町みね子・雨宮まみによる北条かやへの抗議 - Togetterまとめ

北条かや氏の、取材・調査上の倫理違反や、著作者としての不誠実さ・責任感のなさについて、能町みね子氏や雨宮まみ氏など、複数の人たちが、何が悪かったのか懇切丁寧に抗議しているにもかかわらず、北条かや氏から出て来る言葉は、「嫌われて悲しい」「悔しい」「死んでお詫び」といった言葉ばかり。これを読んで、私は、小保方晴子の件と、「自虐おわび」という言葉と、かつて自分が遭遇した、自分の命を人質にして相手を脅迫する人のことを思い出した。私は、その一件以来、この手の人に対しては、「ああ、こいつの要求を叶えてやる必要なんてないわ」と思ってしまうようになった。


自分の命を人質に相手を脅迫するタイプの人は、虐待DVストーカー等の、対人依存傾向が強い人たちに多い。「別れるって言うのなら、死んでやるぞ!」「あなたが構ってくれないと、死ぬしかない」「お母さんが全部悪いんでしょ!お母さんが死ねばいいんでしょ!」という類のものだ。

一般的な自殺願望の人は、「死ぬ」ことが目的になっているけれど、こういう、自分の命を人質に相手を脅迫するタイプの人は、「死ぬ」ことではなく「相手を自分の思い通りにさせること」が目的になってる。「死ぬ」と言ったり、実際に死のうとしてみせたりするのは、その手段でしかない。こちらの罪悪感を刺激してコントロールしようとしているわけだ。

ただし、大抵の場合、本人にその自覚はないと思う。本人の中では、あくまでも、「あまりのことに、死ぬほど精神が追い詰められているワタシ」という自己認識になっており、自分には相手を脅迫する意図なんてない、ということになっている。なので、「脅迫するのはやめろ」と言っても「脅迫なんてしてない」という言葉が返ってくる。


私もかつて、この手の「あなたが私の要求を叶えてくれないと、死ぬしかない」みたいな人に遭遇したことがあった。私は、ある程度相手距離が保てる環境にあったことや、この手の人に対する知識が少しなりともあったことから、「もし私がここで言う通りにしたら、これに味をしめて、今後、何度も同じ手口で脅迫してくるだろうし、私以外の人にも、同じことをするだろうな」と思って、頑として応じなかった。相手は暗にこちらの罪悪感を刺激してコントロールしようとしてきたわけだけれど(本人はそれを絶対に認めないだろうけど)、「もし本当にこの人が死んでも、一切私のせいではない」と思うことにした。「相手を自分の思い通りにさせること」を目的として「死ぬ」と言ってくる人に対しては、「あなたが死のうと死ぬまいと、それはあなたがあなたの責任と判断において行うことであり、私には一切関わりのないことです」ということだ。


私が遭遇した人もそうだったけれど、こういうことをしてくるタイプの人は、「自分の責任」という感覚が希薄な傾向があると思う。まぁ、「自分の責任」という感覚が希薄だからこそ、「私が死んだらあなたの責任だ」と(直接的に、または、暗にほのめかして)脅迫してくるわけだけど、そこは、こちらに投げられた「責任」を、「あなたが死のうと死ぬまいと、それはあなたの責任です」と、あちらに投げ返すだけである。

そして、相手が何を抗議しているのかを考えて、内省して、以後それをしないようにするという「成長」ができない人だとも思う。だから、謝り方も、ただその場を収めるために、ひたすら「ごめんなさいごめんなさい」と言うだけで、相手のためでなく、完全に自分のための「お詫び」であり、極めて不誠実だった。こちらの望むこと(こちらの話を聞いて、何が悪かったのかを理解して、以後しないように気をつけること)は一切せず、逆に、「お詫び」をしながら、私に対して色々なことを要求してきた。今後何をどう改善していったら良いのか、本人はわかっていないしわかろうともしないので、また同じことを繰り返すだろうということが、容易に想像できた。年齢の割には発言内容が幼く、「ああ、この人は、ずっと精神的な成長をしないまま、ここまで来てしまったんだろうな」と思ってしまった。


この手の人に対して、「なんとかしてあげなければ…」「自分がこの人を変えてみせる」「この人の問題を代わりに解決してあげたい」と思っても、これは素人が素人判断でできることではないので、プロに任せるしかない。対人依存症の人にとって、依存対象と見なした人は、アルコール依存性者にとっての酒、薬物依存症者にとっての麻薬なので、むしろ、こういう態度は、本人にとってはかえって毒だろう。

依存症の世界では、「イネーブラー」と言って、依存症者の世話を焼いたり尻拭いをしてあげたりして、結果的に依存症者が依存症者のままでいることを助長させてしまう人が、本人の周辺にいることが多い。自分が「イネーブラー」になってしまわないように気をつけたほうが、自分にとっても本人にとっても良いのだと思う。

また、アルコール依存症の形成を助長するものとして、アルコール依存症になる人の周囲には、酒代になりうる小遣いを提供したり、過度の飲酒で生じる社会的な数々の不始末(他人に迷惑をかける、物品を壊す、等)に対して本人になり代わり謝罪したり、飲酒している本人の尻ぬぐいをする家族など、イネーブラー(enabler)が存在することが多い。イネーブラーは飲酒している当人の反省を必要とさせず、延々と過度に飲酒することを可能にしてしまうとされる。逆に、一切のイネーブラーがいなくなったり、医師から死を宣告されたりしたことをきっかけに、本人が「底つき体験」(「どん底体験」ともターニング・ポイントとも呼んだりする。“このままでは大変なことになる”という意識の発生)をし、それをきっかけにアルコール依存症から立ち直ることがある。

アルコール依存症 - Wikipedia


尚、自殺しそうな人がいた時に警察を呼ぶのは、たとえ本人が通報を拒んでいたとしても、ごく当たり前の行為なので、今回の件でも、親切な方は、警察に通報して差し上げても良いんじゃないでしょうか(鼻ホジ)。もし実際に自殺っぽいことを試みたら、まぁ、救急車くらいは呼んであげても良いと思う。それ以上のことは何もしないし、する必要もないと思うけど。


「自虐おわび」について。

それは、「私が悪かった。私が、私が……」

と、必要以上に自分を責めるおわびで。

最近、そういう人がとても多いように思う。

「自虐おわび」と言ったら言いすぎだろうか?

そういう人は、おわびと称して、

自分探し」をしているような節がある。

(中略)

おわびの時間は、自分のためではなく、

利他。 迷惑をかけた相手のために費やすものだ。

ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

自己保身に走ろうと、自虐おわびに走ろうと、結局、根は同じ、「私がいいか、いけないか」が最大の関心事になってしまっている。関心が内向きであることに変わりはない。「自虐おわび」は、自分が悪い、自分はダメだ、といいながら、その実、相手に「そうではない」と打ち消してほしい、「いやあなたはできるから」と認めてほしい、わかってほしい、許してほしいと、無自覚に人からパワーをもらおうとするから始末が悪い。

―新人諸君、半年黙って仕事せよ (山田ズーニー・著)―


余談。

北条かや氏の言う「リスクを取る」の中身が、戦場ジャーナリスト的なそれではなく、ウケる画が撮れるなら人権侵害も構わんみたいな、取材対象者を見世物にしてしまうマスゴミ的なそれだった。冒頭での飛田新地での「調査」とやらの方法もマスゴミのそれだし、そこを抗議されてるんだけどな。

多くのコミュニティでは、調査者というのは上から降りて来てかれらから奪って行く人たちだと感じられています。奪われるのは、情報、時間であり、そして調査の主体ではなく客体であるという感覚から、尊厳も奪われると感じられています。コミュニティを尊重し、学術的生産物(論文など)における回答者たちの位置づけを尊重することは、社会調査を行う者同士のお互いのためにもなることです。ここで「位置づけ」というのは、つまり回答者こそが学術的生産物の「中心」にいるのだ、ということです。

翻訳『調査対象者、回答者、参加者の保護について』:卒論を書いている大学生や、独自調査をしようとしている団体は、ぜひ一度読んでください | 包帯のような嘘

調査において、取材対象者を中心に考えることができないところ、おわびの場面で、おわびする相手を中心に考えることができないところ、雨宮まみ氏から「こじらせ女子」という言葉を奪っているところ、全部共通していると思う。


【追記】

ブコメから。

id:sasoridan 「じゃあ死ねば」これが平気で言える心の強さが要求されるな

「じゃあ死ねば」と言うのではなく、こちらは「死ね」とも「死ぬな」とも言わずに、徹底して「それはあなたが決めることですね」という態度を取るということです。

「死ねば」とか、相手の生き死にに関与するような言葉をこちらが言ってしまうと、相手に「だって、あなたがそう言ったじゃないか!」と言われて、そこをつけ込まれるので、その隙を与えないようにする戦略を取るということ。

「死ぬな」と言うと、「私に死んで欲しくないって言ったでしょ。だから言うことを聞いて」とくるし、「死ね」といえば、「じゃあ死にます。(だって、あなたがそう言ったから)」と言って、手首を切ったり道路に飛び出したりするし、「○○さんに死ねって言われたから〜」とか言い出すので。

id:hilda_i 皆北条かやに後ろ指させるくらいパーフェクトな若者時代を送って来たのね。すごいわ。

彼女、今年で30歳だそうです。もう「未熟」で通用する年でもないと思う。もっとも、若者がやってもダメなものはダメだし、やられた人たちは怒って良いけどね。

2016-03-23

「残したらもったいないから」―他人の胃袋をゴミ箱にする人たち

00:05 |

外食で、最初に注文する時に頼みすぎる、あるいは、料理を作る時に作りすぎてしまって、後で「残したらもったいないから」と言って、無理矢理食べてしまう人。本人だけが食べるのなら、どうぞご勝手にだけれど、同席している他人にまで食べることを強要して、一緒に行った人に多大な苦痛を与えてしまう人がいる。私だって、残すのはもったいないと思うし、食べ物を無駄にするのは嫌いだけれど、こういう人たちは、食べ物を無駄にしているとしか思えない。


そもそも、なぜ食事をするのかというと、健康に生きるためだ。だから、食べ過ぎて健康を害していたのでは、食べる目的としては本末転倒なはずである。食べ物を食べ物として活かすことができるのは、胃袋の許容範囲内に止めているところまでだ。それまでなら、食べ物は美味しく、楽しみをもたらし、栄養になる。しかし、許容量を超えた食べ物は、苦しく、十分に栄養として吸収されないまま、下痢や吐瀉物となって排出され、体調不良を招き、生活習慣病を招き、体にとって害でしかなくなる。食べ物を害にしてしまうということは、結局、食べ物を無駄にしているということだ。

「残したらもったいない」という義務感で食べる料理は、本当においしくないし楽しくないし、苦しいだけなんだよね。食べ物とお金と料理人の手間を無駄にしているとしか思えない。食べ残しを、ゴミ箱に捨てるか、人の腹に捨てるかの違いでしかないと思う。


たぶん、こういう人たちは、「自分が頼みすぎて・作りすぎて、食べ物を無駄にしてしまったのだ」という現実に直面するのを避けるために、他人に食べさせたがるのだと思う。とりあえず食べたという事実を作り出してしまえば、残して廃棄されてしまう食べ残しを直視しないで済む。そのためには、他人に多大な苦痛を与えようとも、知ったことではない、ということだ。「食べ物を無駄にしてしまった」という現実を無視するために、「自分のせいで、相手に苦痛を与えている」という現実も無視するのが、こういう人たちである。

この人たちのやっている行為をはっきり書くと、「相手の胃袋をゴミ箱にして、自分が発生させた食べ残しを捨てる」だ。そして、現実を直視することから逃げ続けているから、また同じ行為を繰り返してしまう。


依存症治療の世界には「イネーブリング」という言葉がある。

ネガティブ文脈では、個人のある種の問題の解決を手助けすることで、実際には当人の問題行動を継続させ悪化させるという、問題行動を指している 。第三者の責任感、義務感によって、結果的に当人の問題行動を維持させている。イネーブリングはアディクションの環境要因の中心である。

典型的パターンは、アルコール依存症患者とその共依存配偶者のペアである。イネーブラーアルコール依存者の問題行動を「尻拭い」するような行動をとってしまう。例えば職場に病欠連絡を代わって行う、散乱した酒瓶を隠す、患者の言い訳作りに協力したりする。イネーブリングはアルコール患者の心理的成長を妨害し、また共依存者の陰性感情を増大させる。こういった共依存者は、アルコール依存患者の被害者ではあるが、同時に加害者ともみなしえる。

イネーブリング - Wikipedia

つまりは、「相手の問題行動を継続させ、後押ししてしまう行為」のことである。


こういう人に付き合って、無理に食べてしまうのは、この「イネーブリング」に当たる行為だと思う。なぜ付き合って食べてしまうのかというと、相手のほうが立場的・権力的に強くて断れないという、パワハラ的な要素が原因になっているケースの他に、食べさせられるほうも「残したらもったいない」と思っているから、というケースが、けっこう多いと思う。

だが、私は思う。自分の許容量以上の料理は、摂取しないほうが良い。こういう人相手には、断れるのなら断ったほうが良い、と。確かに、その時には、多くの食べ物が無駄になるだろう。だが、「自分のせいで、食べ物を無駄にしてしまった」という現実を直視してもらわないことには、この手の人たちは、同じ行為を繰り返して、被害者を増やし、食べ物を無駄にし続けることになる。この人たちの「尻拭い」をしてあげる必要はない。むしろ、一度、しっかり現実を直視してもらったほうが良い。


私の父は、過去記事『甘やかされているようで全然甘えられていない子供たち』『「もったいないお化け」の世代間連鎖』で書いたように、他人とシェアする前提の料理を注文し過ぎて、家族にしんどい思いをさせていた。父は、私たちの胃袋をゴミ箱にして、自分が発生させた食べ残しを捨てていたんだな、と思って、ああ、これってイネーブラーだと気がついた。私たちは、いつも父の悪癖の尻拭いをさせられていたのだ。父のせいで、私は外食恐怖症になった。

父は、口では「多かったら残してもええで」と言うのだが、内心ではそうは思っていないということが、ひしひしと伝わってきたので、私たちは残すことができなかった。父自身が、多かったら残すということを実行していないと、一緒に食事をしている子どもたちも、心からそうは思えないのだ。これは私にも言える話で、私自身が残すということを自分に許していなかったら、それは、口で言っていることと思っていることとが違うということになるだろう。


相手の許容量を超えて酒を飲ませることが「アルハラ」なら、相手の許容量を超えて料理を食べさせることも、ハラスメントになるだろう。「フード・ハラスメント」とでも言うのだろうか。食物アレルギーを持っている人にアレルゲンとなる食品を摂取させようとするのも、「フード・ハラスメント」に当たると思う。

「ご飯は残さず食べましょう」「食べ物を無駄にしてはいけません」は、いついかなる時も正しいわけではないのだ。


口癖は「良いビジネスマンとは、よく食う奴だ」。一緒に食事に行くと、ずっと「食え、食え。もっと食え」などと言われるのだという。B男さんは、期待に応えようと、昼間のステーキから、深夜のラーメンまで残さず食べ続けた。その結果、1年で8キロも体重が増えてしまった。お腹を壊して、体調のすぐれない日も多い。

「食え。食え。もっと食え」体育会系上司による「大食い」強要・・・パワハラになる?|弁護士ドットコムニュース

健康被害が出ているんだから、立派にパワハラだと思う。

比べるのは嫌だけれど、私の祖母も私の話を聞かない。

一緒に料理店に行くと、いくら私が要らない、食べられないと泣きそうになりながら断っても、自分が子供時代のひもじい思いをした辛さから良かれとどんどん料理を注文し、挙句自分が食べられなかった分を私に「食べれるでしょう」と差し出す。

今はもう必死に粘ることを覚えたが、中学生のころはガチ泣きをしながらご飯を食べたことも、何度かある。祖母は私が泣いていても、見えていないのか全く悪気が無く「食べれるって」と言う。

手芸屋さんで洗脳されそうになった話。

はっきり言う。これは暴力で、虐待だ。本人にその自覚はないだろうけれど。相手の話を聞かない・意思を尊重しないのは、ハラスメント加害者の特徴。

ごはんはちゃんと残しましょう。 - COPYWRITERSBLOG

yuriなまえyuriなまえ 2016/03/26 19:59 なんでも度過ぎれば引っかかりが出てきますね人間社会は。
じゃあどれぐらいがいいのかって言われても人それぞれ。
難しい。

後藤後藤 2016/04/06 00:08 気が弱いって大変だね。本人に向かって、「頼みすぎですよ」とひとこと言うより、ブログで長文を書いて「パワハラだ!」って毒づく方を選ぶんだから。どちらが実際に効力を持つかは明白なのにね。

私の胃袋をもうゴミ箱にさせない私の胃袋をもうゴミ箱にさせない 2016/05/21 00:18 激しく同意します。
たとえ美味しいものであったとしても、満腹を超えてなお食べなければならない・残せない状況は本当に本当にきついです。

上下関係かつ、世代の違いによる感覚の違い、、、
それは変えられないので、食事に行く機会そのものを減らしました。と言いますか、自己防衛反応なのか自然に減りました。

「食」は根本。衣食住のひとつであり、三大欲求のひとつ。
頼み過ぎという概念自体がない・理解できない人とは、そもそも根本が相容れないのだと悟りました。

芥子芥子 2016/05/27 02:02 こうして勧めてくるような人には断っても「いいえ」を選べないRPGの無限ループ生産機になるんですよね。例え泣いて訴えても本質を理解しない。
人間関係もろとも切って捨てるぐらいしか対処法が思いつきませんし、そうできる図太い性格ならさぞかし楽しい人生を送れるんだろうと思えます。

w 2016/05/28 21:34 どうせ言っても理解しないんでしょ、言わないでも理解してよ!

ものすごい図太い

coruvnik2015coruvnik2015 2016/06/16 23:05 できない気遣いならば、
何もしないほうが余程に良い気遣いになる。

真紀真紀 2016/09/27 10:47 小さい子の育児をしてる母親もこれに該当するな〜子供のトラウマにならないように気をつけないと駄目ですね。

2016-02-24

おしゃれ、したかったよね。―服が捨てられなかった私の話―

18:42 |

過去記事『「もったいないお化け」の世代間連鎖』で、物を捨てることについて書いたけれど、私にはどうにも捨てられない物があった。それは服だ。数年前、自室の大掃除をして、要らないものをあらかた処分して、その時に不要な服も選別したのだけれど、他の物は捨てられても、服だけはどうにも捨てられずに、長いこと部屋の隅の大きな袋の中に入れたままでいた。穴が空いたりボロくなったりした服は捨てられるけど、物としてまだ十分着れるけれど要らなくなったものが捨てられない。リサイクルショップに持っていけば良いのだけれど、私は車を持っていない上に出不精なので、結局持って行けずに、部屋の隅を占領されたままだった。


そんな時、娘を育てるシングルファザーの人が、授業参観に行った時、他の女の子はおしゃれな格好をしているのに、自分の娘の格好が地味だったことに気づいて、服を買ってあげたエピソードについていた、このコメントを見た。

4. 楽しいことないかなぁ...の名無しさん 2013年11月26日 15:51

女の子が着飾ることを覚えて楽しんで何が悪いの?

生活脅かすほど散財するならそれは叱られないといけないけど。

自分はデブであんまり洋服も買ってもらえず、母親もいるのに

なぜかパッツンのおかっぱでおしゃれさせてもらえない子だった

(訴えたら、ブスだから似合わないよpgrという反応)

そんなだから、自分が稼いで洋服を買えるようになるまで

スカート2枚と夏のTシャツ2枚、冬のセーター・トレーナー2枚

みたいな状態で、大人になっておしゃれしようにも、どういう服を

着たらよいのか、今の流行から外れてないか、それが自分に似合うのか、

ほんとうにまったくわからなくて苦労した。

試行錯誤してる間に友人から笑われたことも何度もある。

女の子は(男の子もだけど)子供の頃からある程度は流行りに

あわせたおしゃれはさせて慣れさせるべき。

大人になってからの10数年を試行錯誤ですごすとか、時間の無駄使い


楽しいことないかな : 事故で妻と両親が死亡。男手一つで娘を育ててきたが、授業参観で『やばい』と思った。


「わかる」と思った。本人がおしゃれに興味がないのなら、別にしなくても構わないけれど、本人に興味があってしたいのに、全くさせないというのは、酷いよね。それはおしゃれ以外のことだって何だってそうだけど。

私は、長らく自分のことを、「おしゃれに興味の薄い、流行に疎い子」だと思って生きてきた。特に学生時代はそうだった。でも本当は、10代の頃の私も、それなりにおしゃれがしたかったんじゃないかと思う。だが、母親がブラジャーすらまともに買ってくれないほどケチだったし、子供がおしゃれするなんて考えてくれない人だったから、最初から諦めていた。おしゃれに興味がない子のふりをしていたのだ。

「いい子」と一緒だ。母親の望む「面倒見の良いお姉ちゃん」を内面化して、本当の私は抑圧されていたのと同じ。本当の私は、おしゃれに全然興味がなかったわけじゃない。それなりにしたかった。私の「おしゃれに興味のない、流行に疎い子」というのは、当時、母親が望んだ私の姿だったのかもしれない。


おしゃれ、したかったよね。


考えてみれば、小さい頃は、将来ファッションデザイナーになりたい、なんて言っていた時期もあった。着せ替え人形で遊ぶのが好きで、人形の服を自分で手作りしたり、雑誌のキャラクターの服を考える企画に投稿したり、自分で考えた服を描いた紙束をテープで綴じてまとめた本みたいなものを作ったりしていた。そんな私が、おしゃれに興味がないわけがなかったのに。


母は、私の胸が膨らみかけた頃、その時期の女の子がするようなスポーツブラタイプのブラジャーは、三枚ほど買ってくれたと思う。しかし、もっと胸が成長して、大人用のブラジャーが必要になった時、母にそれを言うと、母は、自分のお下がりのおばちゃんベージュブラを一枚よこしただけだった。当然、圧倒的に枚数が足りなかったので、追加でもう一枚くらいもらったような気もするが、10代後半の女の子がするような、きれいでかわいいブラジャーは、とうとう全く買ってもらえなかった(そのことを話した友達に、お古のブラジャーを貰ったりはした)。

肌着も、男の子が着ているような白のタンクトップを与えられ、それも縁が穴だらけでレースみたいになっていた。当然美容院にも行ったことがなかった。

当時は、不思議と「こんなおばちゃんが着るようなブラジャーで恥ずかしい」とも「かわいいブラジャーが欲しい」とも思わなかった。「とにかくブラとしての機能を果たすものが欲しい」と思っていた。飢えていると、「おいしいものが食べたい」と思うよりも、「とにかく腹を満たせるものが欲しい」と思うようなものだろうか。


眼鏡も、小学生の頃に初めて買ったものを、ずっと買い換えてもらえずに、高校生になってもそのまま使っていた。ダサいというのもあったが、それ以前に、買った時より視力の低下が進んでいたので、ものがよく見えなくて困った。席替えの時は、いつも前の席にしてもらっていた。

当時、「宇野さんは、なんでいつも前の席にしてもらっているの?」と訪ねてきたクラスメイトがいた。私は、事実そのまま「視力が悪いから」と答えていた。今から思えば、あのクラスメイトたちにとっては、親に眼鏡が合わないと言えば買い換えてもらえるのは、空気が存在するように当たり前のことで、なぜ買い換えないのかと問うていたのだろう。

一方で、私自身は、ブラジャーのことを含め、生まれた時からそういう環境で育ってきたので、特に自分の母親がおかしいとは思っておらず、むしろ、うちは少し厳しいだけで、他の子は甘やかされている、うちは良い教育をしていると思っていた(後に、これは典型的な虐待家庭の子供の感覚だと知った)。

結局、私の二代目眼鏡は、高校三年生になってから、私自身が自分のお年玉で購入した。


とにかく、おしゃれ以前の問題だった。母親の無意識の「あまり変わった職業に就かず、安定した普通の人生を歩んで欲しい」「面倒見の良いしっかり者のお姉ちゃんでいて欲しい」「おしゃれに興味のない子でいて欲しい(金がかかるから)」という願望を内面化していた、そんな高校時代だった。


まぁ、うちの経済状況は、決して良いとは言えなかったことは確かだ(とはいえ、必要な分の下着や眼鏡が買えないほど困窮していたとは思えないが)。でも、「おしゃれしたいけど、うち貧乏だから仕方ないね」と思っているのと、「おしゃれに興味のない子」を内面化させられるのは、やっぱり違うと思う。前者の場合は、お金がないならないで、自分なりに妥協するなり納得するなりするし、自分で稼げるようになったら、自分の願望を叶える行動が取れるけど、後者の場合は、それが実行可能な状況になっても、心理的に親の支配を受け続けるからだ。

「欲しい」と思うこと自体は、別に悪いことではない。「欲しいけど、お金ないからしょうがないね」と思っていればいいだけのことだし、それはごく当たり前のことだから。大多数の人は、自分の願望をほどほどに満たしつつ、適当なところで妥協しているものだ。問題は、「欲しい」と思う気持ち自体が抑圧されていることだった。「欲しい」と思う気持ち自体が抑圧されるということは、自分は何が好きなのか、何をしたいのか…つまり、「自分が何者なのか」ということが、わからないようにさせられることだから。

子供は、金がないことそのものでは、あまり親を恨まないが、自分の気持ちを尊重してもらえなかったことでは、親を恨むものだと思う。


田房栄子著『呪詛抜きダイエット』は、「親からいじめられていた」ということを認めたくなくて、無意識のうちに、あえて太るような行動をして、みじめな自分になるという親の「呪い」についての話があったけれど、片付けられない、物が捨てられないというのも、けっこう親の「呪い」が影響している部分があるんじゃないかと、自分自身を振り返ってみても思う。

私の、他の物は捨てられても服がなかなか捨てられない、穴が開いたとかそういう服は捨てられるけれど、まだ十分に着れてそこそこオシャレでもあって、でも自分は着ないなぁ…という服が処分できなかったのは、親から「おしゃれしたい」という気持ちが抑圧されていたからだと思う。

たぶん、その捨てられない服は、私の執着みたいなものの表れだったんだろう。自分のことを「おしゃれに興味の薄い、流行に疎い子」だと思い込まされていた私にとっては、心の奥底では、おしゃれな服というのは、憧れだったし、ずっと欲しいものだったんだろうね。私が服を処分するためには、自分の中の「おしゃれしたい」という欲求を満たしてあげる必要があるんだろう、と思った。


当時流行っていたコギャルな格好がしたかったとは、別に今でも思わないけれど、17歳の自分に、それぐらいの年齢の子が着るような、きれいなブラジャーと肌着を買ってあげて、小学生の頃に初めて買った時のままの眼鏡を買い替えてあげて、美容院に連れて行ってあげたいな。

ねいのーねいのー 2016/02/29 02:45 初めまして、支配者は…の記事から参りました。
不幸自慢になりますがうちの母親は中学生になり多少胸が成長してきた私にブラジャーの一つも買わなかった。
娘はいつまでも子供のまま、女になっていくことを許さない糞親でした。
80過ぎて初期の認知症を発症していますが、早く死ね!としか思えない。
離れて暮らしているのが今は不幸中の幸いです。

失礼します、愚痴を申し訳ないです失礼します、愚痴を申し訳ないです 2016/08/10 12:35 驚きました、
誰にも言えなかった、ブラジャーなど下着に長年不自由した思春期を過ごしたこと、それが自分だけではないこと。
早熟で9歳の初めに初潮が来てしまい、胸もそこら辺の人より大きいのに、高1までブラジャーがなかったんです、一枚も。
小遣いはありません、お年玉もありません。
健康診断の時だけ、母のものをパンツもブラジャーも無断で持ち出し、母のLLサイズのパンツの余りまくった布の両端をリボンみたいに結んで無理矢理履き、家に帰ると母の下着を持ち出した事への謝罪をしムチによる暴力に耐え、でも健康診断の日が来るとそれでも持ち出すしかない、無断でないと持ち出せない、
それが異常な事だと気付いたのも大人になってからでした。
高校の時にブラジャーを一枚だけ買ってもらいました、しかし成長と共にサイズが合わなくなるのは当たり前なのに、サイズが合わないから新しいのが欲しい、というと贅沢だと頭ごなしに叱られ、それをすんなり受け入れて罪悪感を常に持っていた自分。
子供を産みたくありません。育てられる気がしません。なので子供が嫌いとは言わないまでも苦手と思って、普通の女の子が無邪気にヨソの子供を可愛いがるようなことができません。目に入る子供全て、育てる時のことを想像してしまって、避けてしまいます。
私が生まれる前からの事を母に常に愚痴として聞かされ、親が恥をかかないための努力も惜しまず、何も成さないまま良い子との評判だけ得てこんな歳になりました。
いつも隠れて男性とお付き合いしてきました、しかし結婚しようとすると交際がバレてしまう、恐ろしい、死んでしまう殺されてしまう、もう身動きができません。
なのに長男である兄は出来婚で受け入れられており、もうワケがわかりません。
うちでは婚外の性関係は死罪です、自分の意思でなく暴力によって初めてそれを犯してしまった時、その暴漢と結婚しなければならないものと信じ、そのどうしようもない男に振り回され、多額の借金もしてしまい、返済のために自分を安売りして、、、
あとブサイクと母に言われ続け、機会さえあれば周りにいる同年代の子を片っ端から容姿を褒めちぎり私はけなし、美人の自分(母)に似ずブサイクな祖母に似ていると常に言い、実はそれほどブサイクじゃなかったようですがもうコンプレックスの大塊が砕けず、外に出るのに5時間かけて準備しないといけなかったり、自分の写真は一枚も撮らせなかったり、痩せを追い求め30kgを切ったり、
。。。疲れた、全部自分の意思でしたのだろうけど、もう生きられる気がしません。もう30が近いですがムリです。
自分のことばかり書いて申し訳ないです。失礼しました

2015-10-29

「女が男を部屋へ招いたらセックスOK」って、世の中には異性愛者しかいない前提の考えだよね。

19:03 |

「女が男を部屋へ招いたらセックスOK」という考えは女にとって恐怖でしかない - 外資系OLのぐだぐだ


まぁタイトルの通りなんだけど。同性の友人知人を家に招いてセックスなしで過ごすのは、普通によくあることで、というか、同性だったら家に招いてもセックスとか考えるわけないだろっていうのが、なんとなく世の中の常識になっていて、一方で異性の場合だと、「家に招くのはセックスOKの合図。だからセックスする気がないのなら家に入れるな」なんて、私はおかしいと思うんだよね。

世界的には、同性婚できるところが増えていて、日本でも渋谷区で同性パートナーシップ条例ができて、世の中の流れとしては、確実に「同性愛者は存在する」ということを前提とした社会を構築する流れになっている。こうなると、セックスしていいかどうかは、「異性・同性にかかわらず、家に招いたらセックスOK」となるか、「家に招くことは、セックスOKの合図ではない。相手が言葉ではっきり意思表示をした場合のみセックスOK」となるかのどちらかになるだろう。そして、世の中がどうなっていくかというと、私は後者になっていくと思う。現に、同性婚ができる国では、そういう方向に行っているみたいだし。


そういえば、以前、仕事で付き合いのある60代か70代の男性から食事に誘われた40代女性の話を読んだことがあった。元記事を探したが見つからなかったので、リンクは貼れないけれど、確か、食事が終わってから、男性のほうが「こうして二人で食事をしたということは、そういう関係だと考えて良いということだね」と言い出しだので、全くその気がなかった女性のほうは慌ててしまい、否定すると、男性にどういうつもりで来たんだと聞かれ、「おいしい料理が食べられるな〜と思ったから」と答えた。男性のほうは「男女が一緒に食事をしたということは、そういう関係になると了承したこと」「女性とそういう機会を持つことが、男として現役の証」という認識を示したのに対して、40代女性が「私たちの世代では、男女関係はもっとフラットで、そんな仲じゃなくても食事くらいする」と説明したという内容だった。

以前見たワイドショー番組でも、「最近は熱愛発覚というのが難しくなってきた」「昔は、二人っきりで食事をしたら、もうそういう関係だと見なされていたけれど、今の若い人たちは、食事くらい普通に行きますからね」というようなことを言っていた。


今や、男女が一緒に食事をしたからといって、そういう関係だと捉えるのは古くなっている。ということは、「女が男を部屋へ招いたらセックスOK」も、これからは古い考えになっていくんじゃないかな。あと何十年かすれば、若い世代の人に対して「女が男を部屋へ招いたらセックスOK」という認識を示したら、「は?古っ」「いつの時代の話だよ」「ほら、あのくらいの年齢の人って、男女関係をやたら特別視してた世代だからさぁ」などと思われるようになるかもしれない。

異性愛同性愛もあるんだし、友人同士で普通にするようなことを異性としたからって、セックスOKとは限らないよ。二人で食事をするのも家に招くのも、友人だったら普通にすることなんだから。なので、異性同性問わず、セックスする時は、「あなたとセックスしたいんですけど」「はい、いいですよ」という意思確認をきちんと行ってから、ってことにしたほうが良いよ。それが一番間違いがなく、シンプル。実際、レイプ犯って、本気で「合意だった」と思い込んでいるケースが多いそうだから。


こんな事件もあった。

大阪府の男性職員が先月、路上に止めた車の中で20代の女性にわいせつな行為をしたとして逮捕されました。

2人はお見合いパーティーで知り合い、その日が初めてのデートだったということです。

(中略)

警察によりますと、福原容疑者と女性は6月末にお見合いパーティーで知り合い、当日が初めてのデートだったということです。女性は「いきなり襲われた」と話していて、抵抗して車から逃げ出し、その日のうちに警察に被害届を出しました。


―2012年8月16日 『20代女性にわいせつ 大阪府職員“初デート”で逮捕|MBSニュース-MBS毎日放送の動画ニュースサイト-』の記事より―

典型的なデートレイプ。「デートOK=セックスOK」じゃない。「二人で食事=恋人同士」じゃない。「家に招く=セックスOK」じゃないんだよ。


セックスをする上で、同意を得るという行為はとても大事なことである。いや、むしろ同意は絶対に必要だ。ロマンティックなデートの終わりに、顔と顔が段々と近づいてきた頃。「ねぇ、キスしてもいい?」と聞いて、同意を得てからキスをする。セックスの最中に、「どう?」「気持ちいい?」「痛くない?」と相手を気にかける。相手がダメと言ったり、嫌がった場合はすぐに止める。これはもうベーシック中のベーシックである。

しかし、悲しいことにそんな簡単なことを理解していない人が多すぎる。相手が何も言わなければ、何をやってもいいと思っている人。相手にたくさんお酒を飲ませて、酔った勢いならやってもいいと思っている人。自分の恋人だからって、いつでも自分がやりたい時にやれると思っている人。相手に嘘をついて、コンドームなしで挿入してもいいと思っている人。相手が嫌だと言ったら、「僕のこと愛してないの?」「私が嫌いになったの?」と感情的な言葉を使って相手の同意を得てもいいと思っている人。そんなのは決して同意ではない。それでセックスをしたところで、それはセックスではなくレイプである。

キャシー|第9回 同意のないセックスはセックスじゃない|LGBTのためのコミュニティサイト「2CHOPO」

リンク先の記事は、セックスする流れになったけど、相手がコンドームをつけずに挿入しようとしたので、拒絶したという内容。状況によっては、途中から「NO」になることだって、十分ありえるよね。

斉藤健二斉藤健二 2015/11/02 04:42 >「ねぇ、キスしてもいい?」と聞いて、同意を得てからキスをする。セックスの最中に、「どう?」「気持ちいい?」「痛くない?」と相手を気にかける。相手がダメと言ったり、嫌がった場合はすぐに止める。これはもうベーシック中のベーシックである。

この人がどれくらい恋愛したことあるのか、どれくらいの数の人間の恋愛話を聞いたのか、疑問に思った。逆にそんなこと質問されたくない、という意見を割と聞いてきたからだ。それなのに“ベーシック”と断じている。自分の意見にとって都合の良い“ベーシック”を創作する人間など信用できない。そうなって欲しいというただの個人的な願望だろう。先の文章は引用するに値しないのではないか。

すべてが理性的に回れば世の中の理解は楽だろう。すべての人間にとっての理想郷も夢ではない。しかし現実はそうではない。理性と本能は複雑に混じりあい、そこに個体差(個性)が混じり合う。常々思うことなのだが、「世の中はこう変わるべきだ」と自分の正義を本気で信じている人間は怖い。あくまでそれが「自分にとっての理想」であることを自覚していない人間だ。絶対的な正義なんてない、なんて陳腐な議論であるが、しかし真実でもある。レイプが犯罪であるというのは真実だが、レイプが悪だというのは真実ではなく感想だ。自分の正義を信じるならば、世の中の常識が変わるのを待つ必要はない。何が言いたいのかというと、「常識だ」というのは正しさの根拠にはならないということだ。その点において、文中に引用されている“60代か70代の男性”とキャシー氏は同じ間違いを起こしている。

とここまで書いて分かったのだが、キャシー氏は日本人ではないのか・・・。国が違えば常識も違うわな。せっかく書いた文章を消すのもなんなので投稿しまーす。

痣暗煮梅痣暗煮梅 2015/11/15 18:07 人の同意を無しに勝手に一方的な感情で
お互いの同意が必要な事とか
相手の事を勝手にやるキチガイが増えましたよね。

ninitanninitan 2015/11/16 19:28 レイプは悪だよ、一番上の人頭大丈夫?

はやかはやか 2015/11/16 19:33 男ってほんとクズばっかだな。死ねばいいのに

t.kt.k 2015/11/18 11:45 言いたいことはわかるし正論なんだけど、正論過ぎて情緒に欠けるなという感想(´・ω・`)
普通(って言ったら語弊があるけど)セックスまで行くような関係性の場合、開始の合図は言葉によらない場合が多いし言葉にすることで白けるってこともあるからね。
言葉による拒絶を受けたら素直に従うべきとは思うけど。

t.kt.k 2015/11/18 11:45 言いたいことはわかるし正論なんだけど、正論過ぎて情緒に欠けるなという感想(´・ω・`)
普通(って言ったら語弊があるけど)セックスまで行くような関係性の場合、開始の合図は言葉によらない場合が多いし言葉にすることで白けるってこともあるからね。
言葉による拒絶を受けたら素直に従うべきとは思うけど。

sadasadsadasad 2016/01/18 11:21 この人の恋愛臭そう。ガキみたいだな。

sadasadsadasad 2016/01/18 11:21 この人の恋愛臭そう。ガキみたいだな。

エアエア 2016/03/07 16:23 招き入れる方も
そうなってもおかしくない状況に陥るかもしれないと認知しておく必要はあると思う。
それが嫌なら自分がOKだと思えないなら安易に部屋に入れないのが一番だと思う。
手を出さないのが失礼だと思い混んでる男の人もいるしね。

恋愛関係で殺人事件やらが多い昨今は安易に部屋なんか招き入れない方が身のためだと思います。

後藤後藤 2016/03/09 17:22 お前らなんで二回言うねん!

後藤後藤 2016/03/09 17:22 お前らなんで二回言うねん!