2010-07-19
仕事ができない「過真面目」な人について
向上心がないやつはほんとにどうしようもない
読んでて、これなんて私(´;ω;`)ってなった…
世の中には、たまにこういった「過真面目」な人がいる。そして、「過真面目」な人は、仕事ができない上に普通の指導法も通用しないのだね。
あまりにも共感したので、私なりの考えとそうなった原因について書くことにする。
まず、増田でいわれている「真面目になる」「不真面目になる」という言葉を「緊張度」という表現で説明してみる。
緊張度をグラフで表すと、緊張度0の状態がグダグダ・怠惰・自堕落の状態であり、緊張度100の状態がキャパ超え・パニック・鬱の状態で、0と100、どちらになっても仕事はできない。
で、仕事で求められるの緊張度が50くらいだとすると、大多数の人のノーマルな緊張度は20〜30くらいなので、仕事をする時は緊張度を上げる必要がある。当然、仕事のマニュアルは大多数の人に合わせて作られるので、「人の話を聞け」「人の反応に注意しろ」というふうに、注意を促して緊張度を上げる指導法になる。
ところが、世の中にはノーマルの状態で緊張度60〜70くらいの人がいる。こういう人に対して、大多数の人向けの緊張度を上げる指導法で仕事を教えると、緊張度が100に近くなりミスが増える。ミスが増えるのでますます注意を促し緊張度を高めるように指導すると、緊張度が限界を超えてパニックを起こし、仕事ができない状態になる。
真面目な人ほど鬱になりやすいというのは、こういうこともあると思う。
では、ノーマルの状態で緊張度が高い人の場合はどのようにすれば良いかというと…
ある時、もう、真面目になるのを諦めて、「不真面目になろう」、「人の話を逆に全く聞かないようにしよう」と思った。一旦、全部の注意をまっさらにして、自分が他人だったときに論理的に考えてやられると困るミスから潰していくようにした。
この増田の言うように、緊張度を下げてリラックスしてテキトーになることだ。
こういうタイプの人間のやっかいなところは、自分が他人よりノーマル状態の緊張度が高いという自覚がないということである。それどころか、自分は他人よりズボラだと思っていたりする。なぜなら、他人は明らかに自分より仕事ができるから、他人は自分よりずっと頑張っていて、自分はそこまで頑張れないズボラでダメな人間だと思い込んでいるのだ。
ところが、実際は他人より自分のほうがずっと頑張っている。ただ頑張る方向が間違っているので、まるでハムスターが滑車の中を回るが如く、延々と前に進まないところで必死に走って空回りしているだけなのだ。そういう状態は続かないのでいつか仕事を辞めることになるわけだが、頑張るのをやめた時には疲れ切ってしまって、立ち上がる気力も残っていない。また、肉体的には回復しても、再び仕事をするということは、またあの滑車を延々と全速力で走るような拷問を体験するということであり、その恐怖心からも立ち上がる気力がなくなる。もしかしたら、ひきこもりにはこういうタイプがけっこういるのではないだろうか。
こういう性格の原因について、元記事の増田のほうでは、アスペルガー症候群などの発達障害を疑うレスやブコメが多々見られるが、私の場合はアスペルガー症候群ではない。以前、母が私のことをアスペルガー症候群なのではないかと疑って、実際に病院でテストをしてもらったことがあり、アスペルガー症候群ではないという結果が出ているから、これは確かである。
私がこういう性格になった原因としては、家庭環境、特に母親の育て方に原因がある。母親は私以上にノーマル状態の緊張度が高い人であり、慎重で心配性で臆病な人だ。他人に対して必要以上に気を使う人であり、本人はやはりそれが普通でそうしなければならないものだと思い込んでいるので、私にもそのように振舞うことを求めた。母の感覚では、そうすることが正しい「躾」だったのだ。
母はある意味とても優秀な人であり、私は母が求めるほどには他人に気を使うことができなかったため、母は私のことを「聞き分けのない子」「気がきかない子」と評価した。子供というものは、親がそのように言えばそうなんだと思うもので、こうしたことが、私の「自分はズボラな人間だ」という思い込みに拍車をかけ、「私は母のようにできないダメな人間」という劣等感を植え付けることになった。今から考えれば、母のようにする必要などもともとなかったのだが。
このような母が私のことをアスペルガー症候群だと疑ったのは当然と言えば当然だ。母は「空気を読みすぎる人間」であり、本人はそんな自分を普通だと思っていて、母から見れば私は「空気が読めない人間」であり、仕事も碌にできなかったのだから。
人は普通、特に仕事をするにあたっては「緊張度を上げなければいけない」と思うものであり、「緊張度を下げなければいけない」という発想はなかなかできない。いわば「グータラになれ」「テキトーにしろ」というようなもので、「過真面目」な人は、頭ではそうしたほうがいいのだろうということは理解できても、その真面目さゆえに「そんなことをしてもいいのだろうか」と、ある種の罪悪感を感じてしまう。
しかし、一旦標準並みの緊張度を身に付けることができたら、元来真面目で責任感も強い性格なので、一転仕事ができる人になる可能性は大いにある…と思う。
- 4 http://ezsch.ezweb.ne.jp/search/?query=夏の恋は+感想&start-index=7&adpage=3&ct=2097152&sr=0101&t=20100720182611
- 2 http://www.hatena.ne.jp/yuhka-uno/
- 1 http://a.hatena.ne.jp/miyakichi/
- 1 http://b.hatena.ne.jp/Mukke/
- 1 http://b.hatena.ne.jp/NATSU2007/20100529
- 1 http://clipping.g.hatena.ne.jp/narukami/?of=10
- 1 http://d.hatena.ne.jp/keyword/マニュアル
- 1 http://d.hatena.ne.jp/keyword/増田
- 1 http://d.hatena.ne.jp/keyword/皮肉
- 1 http://h.hatena.ne.jp/AmanoJack/following

過緊張って言葉もあるらしく、悩んでる人たちは多いのかもしれません。
私も仕事に行く前は眠れなかったり、仕事中も変に空回りしてる気がします。
ミスをすればとことん凹み、自分を追い詰めてしまいます。
ミスをして反省する事はもちろん必要なのですが、それをいつまでも引きずってしまっていては、精神的にもたないですよね。
ある程度の「不真面目さ」は、やっぱり必要だと思います。
私はどんなに頑張ってもできなくて、難しいことを言われたわけではないのに何故かできなくていろいろ陰で言われたことがあります。自分は精神的な病なのでは?と思いましたが、病院に行く勇気もなく、ネットで調べていたら、このサイトにたどり着きました。
今まで悩んできたことがやっと解決し、かなり楽になりました。これからの人生に活かし、自信もって前向きに過ごして生きたいと思います。
ありがとうございます。
> 世の中にはノーマルの状態で緊張度60〜70くらいの人がいる。こういう人に対して、大多数の人向けの緊張度を上げる指導法で仕事を教えると、緊張度が100に近くなりミスが増える。
まさにこれです。
私たちは何事も、「真面目に・きちんと・丁寧に・気をつけて」やれと指示されますが、その逆を教えてくれる人は誰もいないですね。
私はパニック障害なので肩の力を抜く重要性に気づくことができましたが、何かしらのきっかけや知識がない限り、緊張度を下げるという発想はなかなか出てこない気がします。
不真面目でいく・・・学校の先生や上司などの指導者は、こうしたことこそ教えていくべきだと思いました。
そういえば、普段がんばってもダメダメで卑屈なのに
「もういいわ!」と投げやりになれたときだけ成功するパターンでした。
「こういう人間もいるんだよ」って知ってほしくて話すだけで
怒る人いっぱいいますね。
努力しないで成功するみたいに感じるらしいです。
時にそんな自分を責めていて、でも、どうしていいかわからず、毎回同じこと繰り返して…それがとても辛くて。。私、ここに辿り着けてよかったです。真面目すぎる自分、過度に緊張してしまう自分のことを認めてこれからどうしていけばいいのか、理解できました。とても悩んでいることなので、これからの人生に活かして、もっと自信を持てるように前向きになりたいと思います。
ありがとうございます。
自分もおそらく過真面目な人間かもしれません。失敗しないように気をつければ気をつけるほど、妙な失敗をしてしまいます。人の話もちゃんと聞いて、それについて色々と考えようとしても、何故かパニック状態になったり…。
あまり他人の言う事を気にしないタイプの人からすれば「どうしてそんなミスするの?何で話が聞けないの?」とか「プライド高いんじゃない?」ってことになるんでしょうが…。そういう意見も含めて、あまり人の言う事を気にしすぎるのは良くないと思いました。落ち着いて、気楽に、自分の思考を巡らせられるようにしていきたいです。
このような事を、きちんと文章にされているのは珍しいと思います。これまでは、仕事が出来ない人を否定するものや病気扱いする記事ばかりを目にしてきたので…。本当にありがとうございます。
泣きました。
私がしんどい理由は「真面目」「がんばりすぎ」だと、仲間からよく言われてましたが、当の本人は簡単なことすら人と同じように出来ないんです。だから一生懸命ミスらないように頑張ってました。そして頑張った結果、致命的なミスをおこしてしまいます。
普段の緊張が60〜70だから緊張を下げるために「不真面目」になることは、けして「不=マイナス」ではないんですね。
大好きな仕事で倒れてしまい、また正社員として働くことに「またあの階段をのぼるのか」と渋る自分がいます。これもよくわかりました。
不真面目と真面目のバランスを見つけたいと思いました。
けれど、ずっと憧れていてなりたかった職業で、念願かなって採用してくださり先月から働いております。
しかし、慣れない環境で、かなり緊張しており、言われたことを一度で覚えられないし、見て判断したり、臨機応変に対応出来ず、いつも注意されてばかりの日々です。職場の人間関係も段々怪しくなってきました。最初は大目に見てくれていたようですが、2週間目、3週間目、一ヶ月目…現在7週間目ですが、どんどんきつくなってきています。
「何度も注意しても直らなかったらみんな無視するようになるよ」、「言いわけ多すぎ」、「真剣にやって」、「今まで学校で何、勉強してきたの?」、「本気でやって」、「意識の問題」…etc
色々言われてきました。そして、段々私だけ仲間はずれのようになってきてしまっています。
私はいつも真剣に本気に集中してやっているのです。けれど、私の発言に対して「言いわけ多すぎる」と職場の人たちに言われ、理解してもらえませんでした。(例えば、私がなかなか出来ないことに対して、他の人(以下◆)「本気でやって」と言われ、私「本気でやっています」、◆「なんで言われたことが出来ないの?もっと注意してやって!」、私「私も気をつけています。けれど、私の性格で抜けている部分があるので集中しているのですが、なかなか結果が上手くいきません。」→◆「ネガティブにならないで」、私「特にネガティブになっているわけではありませんが、今出来ない現状です。でも頑張ります。」→◆「言いわけ多すぎ」、私「言いわけのつもりは無いのですが…」→◆「たとえ思っていても口にしない」、私「すみません。」
…のようなやりとりです。
私が口下手で、発信力や表現力といった人に上手く伝える力が欠けていること、不器用なことで相手を誤解させてしまったり、色々損してる気がします。
一生懸命でも空回りで、「頑張るべきところがズレている」というべきか、他人からみると、「気を使うべきところに気を使えず、気を使わなくていいところに無駄に気を使う」と思われていそうです。常に気張っているというか、無駄に力んでしまいます。
切羽詰まるような緊張感がない場面やマイペースに、心にゆとりがあるときはいつもの自分でいられますし、心の余裕で落ち着いて行動できるのですが、馴れない環境や時間に追われる場面ではミスも連発で、一度ミスするとドミノ倒しのように他の事までつられて色んなミスにつながり、負のスパイラルに陥ってしまいます。一度のミスから不安になり、心が動揺してしまうようです。
器用貧乏というべきか分かりませんが、緊張を強いられる、馴れない…etcの場面や環境では実力が発揮できない自分がもどかしいです。
なぜ普段はできるようなこんな簡単な事が出来ないのかと自分を責めてしまいます。
けれど、私の表情や態度で表現力がないばかりに、私が謝っても周囲には「本当に反省してる?本当にそう思ってるの?口でただそういえば良いと思ってない?」と結構きつい言葉を言われ、自分の言葉を受け入れてもらえない事がかなりのショックです。
けれど、これから長く働いていきたいので、今は理解してもらえなくても、この状況に耐えて頑張っていくしか私には道がありません。
社会とは厳しいものだと言われていますが、たとえ、立場で上下関係があったとしても、発言権位与えてほしいものです。私の意見を全て「言いわけ」と、はねのけられたようなそんな気持ちです。
私はまじめで堅い人間なのかもしれませんが、馬鹿正直は悲しいことに本当に損してしまうなぁと実感しています。
要領よく、世渡り上手な人が羨ましいです。
上手くまとまらない文章で申し訳ございません。
けれど、こちらの記事を見つけて、自分とかなり当てはまるので大変共感致しました。
同じように悩む方がいて自分ひとりじゃなかったと少し勇気づけられました。
めげずに頑張っていこうと想います。
とても共感したのでコメントさせて頂きます。
緊張度の例え、とってもわかりやすいです。
私も通常60〜70、大事な場面では100を振り切ってしまう人間なので、よくわかります。
失敗するたびに、「なんて自分は駄目なな人間なんだろう」と思い、周りの人と比べては卑屈になっていました。
最近は、「自分はなんでいつもこんなに張り詰めているんだ?」と気づき、少しくらい不躾でもいいんだ、怠けてもいいんだ、と思えるようになってきましたが。
もっと気楽に生きていきたいものです。