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yuhka-unoの日記 Twitter

2011-07-20

頭が良い人になるには、「頭が良い人だと思われたい」という願望を捨てること

19:05 |

「頭が良い人だと思われたい」という願望を強固に持った人ほど、頭の良さから遠ざかってしまうのではないかと思う。「良い親だと思われたい」という願望を強固に持った親ほど、良い親から遠ざかってしまうように。

なぜなら、こういう人は「論理的=格好良い・感情的=格好悪い」という価値観に取り付かれやすく、自分の感情的な面を認められなくなるからだ。「良い親だと思われたい」人ほど、自分の悪い面を認められなくなるように。

「頭が良い人だと思われたい」という願望は、れっきとした感情なのだ。しかし、「論理的=格好良い・感情的=格好悪い」という価値観に取り付かれた人は、この感情を自覚できなくなる。自分の感情的な面はなかったことになり、理屈の下にある自分の感情を掘り起こすより、辻褄を合わせるために正当化の屁理屈ばかりが上手くなってしまう。

 

「論理的=格好良い・感情的=格好悪い」という価値観に取り付かれた人は、自分の感情的な部分を無くし、論理的で理性的な部分だけで生きようとする。だが、生きている以上は、どうあっても感情は無くなるものではないので、ただ単に自分の感情を認識できなくなるだけだ。「自分は論理的で理性的であり、感情的な自分などいない!」と言い張っているだけの人になる。

このような自己イメージを持つ人は、相手と向き合った時、相手の感情は見えるが、自分の感情は見えないという状態になるので、あくまでも自分は理性的で論理的であり、相手が感情的なのだと認識する。だが相手からは自分の感情が丸見えだ。つまり裸の王様なのである。

真に理性的で論理的な人は、自分の感情の存在をしっかり認識している。自分の感情を見つめて向き合っている。自分の感情も相手の感情も見える人が、本当に頭が良い人だ。

 

子供が幸せに生き生きと自分の人生を歩むことと、「良い親」という自己イメージを保っておくことと、どちらかを天秤にかけた場合、良い親は前者を取り、悪い親は後者を取る。悪い親は、子の幸せよりも、「良い親」という自己イメージを保っておくことを優先するが、自分では誰よりも子の幸せを願っているつもりでいる。自分のことを「良い親」として扱わない子供に不機嫌になり、理想像ばかりを見て現実を見ない。だから親として成長しなくなる。

「頭が良い人だと思われたい」人もこれと同じで、ひたすら「頭が良い人」という自己イメージを保っておくことばかりに固執してしまい、思考力が成長することがない。他人から「頭が良い人」として扱われないと不機嫌になり、理想像ばかりを見て現実を見ない。

こういう人は、全てにおいて「自分が頭が良い人だと思われるかどうか」で考え、行動してしまうようになる。そのため、何か問題に取り組む時も、「自分が頭が良い人だと思われる」ことが最優先であり、問題の解決は二の次になる。目的や優先順位を間違えるのだ。

 

妻が発狂しました : 家族・友人・人間関係 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE読売新聞

http://b.hatena.ne.jp/entry/komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/0705/423417.htm

この夫も、「自分が頭が良い人だと思われる」ことが最優先であり、妻が精神的に落ち着き、子供にとって良い環境になることは二の次である。

この夫がやったことは、現場の状況を知ろうともせずに「あれをしろ、こうすべき」とだけ言って仕事をした気になっているダメ上司と同じだ。まず現場の状況を把握して、それに基づいた現実的な対処法を考えるということをしていない。現場の状況に基づかない正論は所詮空論であり、現場を追い詰めるだけで何の役にも立たない。

このケースでは、妻のほうがはるかに現状に即した現実的な対処をしている。むしろ夫のほうが虐待親のメンタリティに近い。

「頭が良い人だと思われたい」願望が強い人ほど、なぜか「自分は実際の現場の状況を知らない立場なのだ」という自覚がない。そしてこういう人ほど、「女は感情的だから、冷静で論理的な男(俺)のアドバイスなんて聞かないんだよ」などと思っている。

 

また、こういう人は現状維持派になることが多い。現状を変えようとする者に対して「お前たちは現実を知らないんだよ。現実を知ってる賢い俺が、現実を知らない愚かなお前に、現実を教えてやろう」と言うことで、頭が良い人になったような気分を味わえるからだ。

自分で問題を掘り下げて考えた結果としてたどり着いた結論ではなく、「どちらの側に付けば頭が良い人だと思われるか」で考えた結果なので、実は「現実を知らないお前」より現実を知らない場合が多い。しかし、本人はそのことに無自覚である。やはり、「自分は実際の現場の状況を知らない立場なのだ」という自覚がないのだ。

自分はそれほど現実を知らず、自分の意見が感情から来ているものだと自覚しないで的外れな意見を言う者よりは、自覚した上で的外れな意見を言う者のほうが、その点でずっと賢い。

つまり、こういう人にとっては、冷静であるかどうかより、冷静に見えるかどうかが重要なのである。なので、何かしようと一生懸命になっている状態を「ムキになっている」と認識し、何もせず何も考えないことを「冷静」と認識する。

@NATSU2007 ナツ

いじめっ子が「ちょっとからかっただけだろ、何ムキになってるんだよ」とヘラヘラすること→「理性的」、その「上から目線」に敏感に反応するいじめられっ子→「感情的」。「女のくせに」と絡んでくる男の言う所の「理性的・感情的」とは、常にこのレベルの話に終始しているから笑える。

http://twitter.com/#!/NATSU2007/status/43745371565981697

「頭が良い人だと思われたい」という願望が強くなればなるほど、表面上のことしか認識できなくなる。

 

また、こういう人が陥りがちなのが、「自分は〜だから頭が良い」という考えだ。よくあるのが「男は論理的で女は感情的。だから男の俺は論理的」「自分のほうが学歴が高いから、自分のほうが正しい」という思考である。しかし、意見の正否を、意見の内容ではなく、意見を言った人の性別や属性で判断すること自体が、既に非論理的だ。

こういう考え方は、自分で努力して思考力を磨かなくても、属性だけで頭が良い人になったような気分になれるので楽だ。自分自身を磨かずにブランド品を身に纏うことで、自分が何か凄い存在になったような気になるのと同じだ。当然ながら、努力しないのだから思考力の成長は止まっているのだが。

 

おそらくは、真に頭が良い人ほど、「頭が良い人だと思われたい」という願望の優先順位を低くすることができるので、その結果、本質を認識することができるのだろう。逆に「頭が良い人だと思われたい」という願望を強固に持てば持つほど、その願望に囚われ、本質を認識できなくなるのだろう。

 

 

【関連記事】

自立とは、自分の心の赤ちゃんのお守りを自分ですること

ネムリネムリ 2011/07/21 08:37 >「論理的=格好良い・感情的=格好悪い」
感情的=みっともない
かもしれない。
同じことか。

さら。さら。 2011/07/21 10:06 はじめまして。興味深く拝見しました。
私の印象では共感半分、決めつけだなと思うこと半分、という印象です。

例えば小町のトピも拝見したのですが私は奥さんの言ってること、旦那さんの言っていること、両方に共感しました。
育児を「仕事」として捉えてみると奥さんの対処は正しいのですが最悪の事態は逃れた程度の正しさ、という感じに見えます。
これが奥さんがご実家にお子さんを預けるという時点で「いや駄目だ。もっと考えろ!」と言っているのであればまさにダメ上司かと思いますが、
全てが終わった後に話し合うということは
子どもにとっていい環境を与えることがゴールであればそういう緊急避難に逃れる前に起こせるべき行動があったのではないか、そう考えるのは当然で所謂PDCAサイクルで言うCに当たると思います。
それを「現場を知らないから好き勝手言えるのだ。理想論を述べるより最悪の事態を逃れたことを評価して欲しい」というのは甘えだと思います。
一番の問題は奥さんは部下ではなく、育児は奥さんのみの仕事ではない、という部分で
旦那さんが何一つ今回のことで責任を果たしていない点かと思いますが、
それは旦那さんが「頭のいい人と思われたいから」ではなく、
今回の件で自分が出来るべきことを見つけられなかった点、自己反省にまで考えが及んでいないという思慮の浅さが原因なのではないかと思います。
つまり一家の代表たる自覚の問題のように思えるのですが、いかがでしょうか。

skyshkskyshk 2011/07/21 11:40 記事の主張は、「頭のいい人に思われたい」という願望を持った人と、「自分は頭のいい人だ」と妄信している人とを混同している、もしくは読み手に混同させる印象があります。

自分のかつての経験では、「家族、クラスメイトに頭のいい人に思われたい」という気持ちがあったからこそ、分からない問題を分かるようになるまで取り組んだように思います。

大学生の今では「頭のいい人」と思ってもらいたい身近な人間がいないので、以前ほどわからない事柄に執着しなくなったかな〜、と思います。その反面、教授などが個人的に見てくれるような演習などの授業では、人一倍頑張っている自覚もあります。

「頭がいい人と思われたい」→だから勉強する→結果的に実力がつく
という構図は確実にあると思うのですが、どうでしょうか。

もちろん「頭の良さ」にもいろいろありまして、私の思うような「問題を処理できること」と、記事で主張されている「本質を認識できること」とは必ずしも一致しないとは思いますが。

z1121z1121 2011/07/21 19:42 ためになる記事ですね。
頭の良さを求めることも完璧さを求めることと同じなのでしょうね。
自分も頭の良さを求めていると強く思いました。

にじますにじます 2011/07/21 23:20 感情的な男はどうしよう

ブログに文章載せた時点で思考停止ですね、わかりません

目 2011/07/21 23:39 頭のよさとか見せちゃって頭がいいと思われると頭がいいと思われたいと思っている人からねたまれてめんどくさいので頭がいいとか思われなくていいと思うんだけどそうしたらしたで頭がいいと思われやすくなって頭がいいと思われたいと思っている人からねたまるわけですか。

目 2011/07/21 23:43 あ 最後ねたまるって書きましたw

86HG2Z86HG2Z 2011/07/22 01:06 頭の良くない人は、頭の良い人について正しく分析することができないという例証がまた一つ生まれましたね。

いわないわな 2011/07/22 01:32 頭の良くない人は、頭の良い人についての分析を正しく分析できないという例証がまた一つ生まれましたね。(以下ループ

DJsDJs 2011/07/22 04:13 こんな面白くともなんともないエントリーがなぜホッテントリ入り?
よくわからない

unun 2011/07/22 04:25 うーん。結局、言いたいことはひとつと思う、女<「アタシの言うことを聞いて、黙って働いて給料もってこい。ツベコベ言うな。アタシの言うことだけ聞いてればいいんだ。アタシが一番エラいんだから」
男というのは、基本、誰かのために自分を犠牲にしたりすることが出来る。だが女はそれが出来ない自分が一番大事だから。つまり男ってのは偉い人(=いわゆるここでは頭のいいひと。)のいうことをハイハイいうこときくことが出来るけど、女には出来ないって話しさ。だから「実はこの男は本当は馬鹿だからいうこと聞く必要ないんだー」っていう風に問題をすり替えようとしてる。「言うことを聞きたくない」っていうのが本音であって、頭がいいだの悪いだのってのは後付の理屈でしか過ぎないんだよ。

unun 2011/07/22 04:34 >この夫も、「自分が頭が良い人だと思われる」ことが最優先であり、妻が精神的に落ち着き、子供にとって良い環境になることは二の次である。

ここの部分だけで十分と思うんだよな。そんで「妻が精神的に落ち着くためには夫が妻の尻にしかれてる状態が一番である」って言えばそれで済むことだろ。ただ・・まぁ・・あれなんだよな。こんなデタラメを言ってまで男の言うことを聞くのが嫌なんだなぁっていうのは伝わってくるけど。

aa 2011/07/22 09:16 感情がある事は良い事です。が、この日本人は感情を抑えて論理的に考える必要のある状況ですら、感情論を振り回す女性型思考人間ばかりである為、日本国は順調に崩壊に向かって躍進しております。

tabascotabasco 2011/07/22 09:58 この文章・・・、もうちょい短く出来ない?

tabascotabasco 2011/07/22 10:09 感情的に振舞うのがそんなに愚かなのか?
結果論で捉えても愚かなこととは思えない

まぁ〜、見た目は幼く愚かに見えるが、そちらのほうが人間らしい
波を立てずに生きるのがそんなにカッコいいのかね?

単に楽してかっこ良く生きていきたいのが見え見えだ。

下手な現状維持より、一旦破綻して再びやり直すのも有りなのでは?
それで駄目ならそこまでの運命でしかなかったということだ!

うーんうーん 2011/07/22 10:16 言ってることが男性批判に偏ってるのに加えて、頭が良いと思われたい人の理屈と同じ、「お前のこういうところがダメなんだよ」の連呼になってる。
タイトル、「自分は頭がいいと思い込んでいる男は後付け批判ぶっ叩いてドヤ顔するのをやめろ」にしたら?

tabascotabasco 2011/07/22 10:22 端正な顔立ちの「ブサイク」を演じるのも悪くはない
一種の道化をやっているようなものだから・・・

私は2ちゃんが好きだ!ブサイクな発言で溢れているが
言ってることの真偽はあれど、自分の気持に嘘がない。

3838 2011/07/22 10:41 『頭が良い』というまとめ方ってすごく難しいと思います。
※欄のskyshkさんが書いていますように、『問題が処理できる人=頭が良い人』と考える方もいますし、手際や要領がいい人、会話能力が高い人、場の雰囲気が読める人も『頭が良い人』となり得ますよね。
当然、記事の『理性的で論理的な人=本質が見える人』も頭が良い人と言える訳で。

それと小町の一件で私自身が感じたもの、奥さんは旦那さんに解決方法を求めていた訳じゃないのでは?
でも記事主さんは、「夫は現場の状況を把握して、それに基づいた現実的な対処法を考える必要があったのだ」という認識なんですよね?
その大前提の時点で既に私と記事主さんの間で意見が相違してしまう以上、これ以降の文面は私の頭にはすんなりと入ってきませんでした。

正直少し決め付けすぎてるような気がします。
こう感情的に反論してる以上、私も『頭の悪い人』であることは重々承知してますが。

失礼します失礼します 2011/07/22 11:55 フェミニストは男への呪詛ばかり書き連ねているから、それらを読んだ男は自分に向けて書かれていると思ってしまう。でも、そうではありません。

フェミニストはフェミニスト仲間に向けて書いているのです。

フェミニストは男から理解されることはとっくに諦めています。「男から愛される私」なるアイデンティティは持ちあわせていません。
自分と同種の人へ向けてのみ、メッセージを発しているのです。

男性諸君は、フェミニストのことは安心して無視していい。フェミニストも男性のことは見ていません。

男 2011/07/22 15:40 skyshkさん

yuhka-unoさんは、願望と盲信の違いは捨象した上で、本質を認識し問題を処理できたか否か、という結果に焦点を合わせているのではないでしょうか。

「頭がいい人と思われたい」→だから勉強する→結果的に実力がつく→本質を認識し処理できる(願望) or 本質を認識できずに空理空論を弄ぶ(願望&盲信)
という構図で考えているように、私は受け止めました。

skyshkさんが例に上げる「頭のいい人に思われたい」という願望を持った人が取り組んでいる問題は、取り組むべき問題や方法がはっきりしており、問題の本質を認識する必要性のない問題。そのようなものを上手く処理できたところで、本質を認識する必要のある問題を処理することができるとは限らない。と、読めるかと思われます。

大手小町を例に上げると、トピ主は、問題を処理する方法を提示したつもりのようですが、そもそも認識している問題が適切ではないわけです。(他所の家庭と比較して、劣っている点は全て改めるべきという考えは、正論かもしれませんが、暴論でもあります。)
最初から完璧な親などそうはいないのですから、子どもと一緒に成長していけば良いと互いに認識した上で、一つひとつ(認識した)問題を解決することを提示する者が「頭の良い人」と言ったところでしょうか。

ただ、この事例で気になったのは、結果までフォローしなければ、何をもって
問題を処理できた=(問題の)本質を認識できる=頭の良い人
であるのか判断できない点です。それをせず、トピ主に対し一方的に「自分が頭が良い人だと思われる」ことを最優先にしている、と指摘することは、少々問題があるように感じます。


この記事に少なからず批判が集まっている原因は、「頭が良い人になるには」というタイトルにもかかわらず、具体的に頭が良い人の例を提示せず、問題事例をあげつらい、必要条件の記述に終始しているからだと考えられます。また、結果ではなく見込みに対して、頭が良いか否かの判断をしていることも問題でしょう。

それでも私は楽しめました。この記事を参考に、頭が良くなりたいです。

通りすがり通りすがり 2011/07/22 16:08 おもしろい記事だと思います。
私の考えとしては、頭のいい人間悪い人間は確かにいます。確かにここで示されるように理論的であろうとするから感情を考えられなくなるという考えは特殊な状況で成り立つ可能性は多々ありますが、一人の人間が全てのことについてこのように考えることは少ないと思います。例としては仕事相手に対する態度と親しい友人に対する態度でしょうか。
また、他のコメントに見られるように「頭がいい」の定義が曖昧です。自分は頭がいいと思いこんで迷惑をかける人もいますが、頭がいいと自信をもち実際に頭のいい人も多くいるように思えます。
筆者が言っていることは私のように「屁理屈をいう」タイプの人を実際には頭が良くないと言っているだけで、それがわかっていない人が多いという話で、決めつけている要素が多いように感じます。繰り返しの多さはその部分を強調したいが為のミスリードのようにうつります。簡潔に纏められるものは簡潔にした方がいいと思います。

kei4444kei4444 2011/07/22 23:34 世間一般でいう頭のいい人というのが、感情表現で不器用、という面もあるのかもせん。
これは過食症の人に、ジグゾーパズルの得意な人が多いというのと同じレベルで、生理学的なことです。

skyshkskyshk 2011/07/23 02:25 男さん
>yuhka-unoさんは、願望と盲信の違いは捨象した上で
そうですね。私もそう思いまして、捨象されたその「違い」、願望が頭の良さに与える影響の大きさを改めて強調しておきたかったのです。

そしてまた同時に、この記事では軽んじられているように思われる「問題を処理できる頭の良さ」ももっと評価されても良いのでは、という主張もしたかったのです。

いろいろ批判も見えますが、この記事は読んだ人に考えさせる良い題材を扱っていると思います。
管理人さんは、これだけの方が記事の内容について議論したがっているのですから、反応なさればいいのになぁと思います。

つかつか 2011/07/23 05:12 頭が悪いから、頭が悪いと思われてるから、頭がいいと思われたいのですよ。
頭がいいと思われてる人が頭がいいと思われたいと思うわけがないのですよ。

SNTSNT 2011/07/28 23:34 このエントリの真意は「自分が頭がいいということに固執している人ほど
頭が悪いということを露呈しやすい」ということなんじゃないかな?

願望を捨てれば頭が良くなるではなく自分の願望に対して周囲の評価が逆で
ある場合、まずは願望を捨てる(抑える)ことで客観的な判断が可能になるという
何かを捨てればプラスになるではなくマイナスを解消するために捨てるべきものを
捨てようということかと

自分の願望を優先するあまり周囲に迷惑をかけ、それが自業自得となって
返ってきているにも関わらずそれが認識できないという人が自分の周りにも
いるので、結構共感できるエントリですね

はなうたはなうた 2012/11/12 17:06 こんにちは、最近になってこちらのブログを拝見するようになりました。
いつも読み始めるとググッと引き込まれて、自分の中にある大切な部分を生き返らせてくれる存在です。勝手にお世話になっております。ありがとうございます。

私も(yuhka様ほど壮絶ではないのでしょうが)母親の抑圧の下で生きてきた時間が長いです。残念ながら今も内在化した母の価値観で生きている面が強い人間なので、yuhkaさんのエントリーはどれでも強い共感と関心を持って拝見していますが、たまたまこのエントリーが、最近の鬱屈を解くきっかけになったのでコメントとお礼をここで申し上げたいと思いました。

私の場合、テーマは「頭がいいと思われたい」ではないのですが、人にこう思われたい、思われなきゃいかん、という外見を取り繕うことに必死になって、自分の感情を自覚できなくなっている状態に陥っていることを、このエントリーで再確認できました。
カウンセリングの勉強をしたり、ACの自助会に出たこともあって、自分流の勉強で勝手にアダルトチルドレンは卒業したつもりでしたが、問題は根深く無意識を侵食しているものですね。

今は無職で、次の一歩をどう踏み出そうか悩んでいるのですが、yuhkaさんの他のエントリーを併せて読んで、迷いながら進んでいいんだと、結論を急がないで行こうと、そして「人生エロエロ」に生きて行きたいと、真剣に思い改めるきっかけをいただきました。繰り返しになりますがありがとうございます。今後も更新を楽しみにしています。

はなうたはなうた 2012/11/12 17:07 書き忘れました…追加で、さきほどツイッターのアカウントをフォローさせていただきました。
以上です。

HARU**HARU** 2013/01/15 15:24  とりあえず、「頭がいいひと=成績のいい人」っていう間違った考え方を持ってる人が多すぎると思います。
 成績がいい人っていうのはそれだけ努力した人であって、脳の構造的、容量的に''頭''=''頭脳''の性質がいい人ではない。それは偉人といわれてるひともしかり。ニュートンだってアインシュタインだって、それだけ努力した人であって、別に頭がいいってわけじゃないって思うっていうのが僕の考えです。
 この意見を否定する人は多いけど、それはしょうがないことだと思います。なぜなら、それは成績がもともと悪く、それから努力して勉強した人しか気づかないことだから。
 成績がずっといい人は自分が頭がいいのだと勘違いしたまま大人になってしまう。成績がずっとそこまでよくなかった人は、成績がいい人は頭がいい(=頭脳の性質)がいいと、勘違いしたまま大人になってしまう。(自分の努力がたりないだけなのに。)
 成績が悪かったけど、そのあとトップまで上り詰めた人は気づくんじゃないかな?
前の自分と今の自分は何が違うか。それは頭のよさじゃなく、どれだけ努力したかの差だって。
 そうなると、もうなにが頭のよさなのか分からないです。
頭のいいひとになりたいとは、どういう人になりたいということなのでしょうか?
 一様言っておくと、僕はyuhkaさんの言ってることは正しく、まったくその通りだと思います。とてもおもしろかったです。
 
 補足
知ってるひとであれば気づいたかもしれませんが、アインシュタインは脳に少し障害があったせいで、それを補うために、別の脳が発達したという説があります。
 たしかに、人間の中には記憶力が飛びぬけてる人など、''脳''の性質がいいもいます。そういう人が世の中にいるのも事実ですが、そういう人はなにかしら他の脳に障害がある場合が多いのが事実であり、一般的に考えられてるほど多くなく、ほんの数人です。
 健康に生まれることができたのだから、その数人に対して劣等感をいだく必要はないと思います。

thorthor 2013/01/15 19:28 > HARU** さん
「努力は必ず報われる」と信じる人が多いのですが、むしろ頭の構造は一人一人違っているものです。
全ての人が同じ勉強方法で同じ努力をした場合、脳の構造、つまり才能の影響はかなり大きい。
ところが、これは日本において、性格の優劣の問題、自己責任、甘えと言われて切り捨てられているのが実情です。

勉強の才能に問題がない人は勉強が嫌いではないので真面目・優等生という評価になりますが、それは日本の教育に適合していたから勉強を続けられるのです。
普通に才能のある人が10の努力をして10を覚えられるとしても、才能がない人は10同じ努力をしても1〜2のことしか覚えられなかったり、あるいは20〜30の努力をして全く身につかないこともあります。
周りの人が「何かおかしい」と思っても、その正体が掴めなければ「甘えるな、もっと勉強しろ」と説教することしかできない。
そうやって自分に合わない勉強を義務教育で9年以上も押しつけられ、更に周りから説教され、とにかくずっと否定されて育った子どもは、不登校や引きこもり、不良になる可能性が非常に高い。

たいていは「本人の性格が悪い」ということにされてしまいますが。

言うまでもなくアインシュタインは言語能力に欠陥がありましたし、エジソンは小学校を退学しています。

あと、『そういう』性質の人間が「ほんの数人」というのがそもそも見当違いです。
100人にひとり以上、1億人なら日本には100万人以上は、『そういう』人がいます。
そして僕もその一人です。

これらは、教育や虐待についての本や、心理学、自立の問題、引きこもりやニートに関する本などを読んでいけば、あちこちに書いてあることです。

日本の引きこもり、ニートの数は、単純計算で100万人と言われています。
その全てが同じ原因だとは思いませんが、この数字の一致は暗示的なものを感じます。
異質でありながら何とか適応できている例外と、異質でなくとも適応できない例外を差し引きして、100万人という数を維持しているんじゃないかと、僕はそう考えています。

ただ、最初の話に戻しますと、「成績のいい人=日本の教育に適している人」であり、「成績のいい人=頭のいい人」ではないと、僕も思います。

日本の掲げる「みんな平等」は、「みんなと同じにできない人を差別し、排除する」ということと同義です。
その一つの根拠が「努力すれば報われる・成長する」という神話です。
それは、「成長しなければ努力不足であり、自己責任だ」という裏の意味があるからです。

通りすがり通りすがり 2015/01/17 10:18 この記事を書かれた方も、小町記事での「現場」なんて知らないんじゃないの?と思いました。「現場」を知らないまま、旦那さんを批判していると思います。おっしゃりたいことを私が分かっているとすればそれは共感できると感じたのでそこが残念かな、と思いました。

それから、こうやってコメントしてる私も、記事を書いている方も、やっぱりそれなりに「俺、私は気づいてるぜ、頭がいいぜ」って思って書いているんじゃないかと思います。

そうなると結局、「まあ、自分だって同じなんですけどね」って話になってきて、人間ってものはそんなもんだ、ということになってくるのかもしれないなぁ、と思います。