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yuhka-unoの日記 Twitter

2011-08-25

相手のための気遣いと、自分が嫌われないための気遣い

23:48 |

毎日放送関西ローカルのお昼の時間帯に、「ちちんぷいぷい」という情報番組がある。良い意味でのゆるい雰囲気が持ち味で、私はけっこうこの番組が好きで見ている。

その「ちちんぷいぷい」の中に、大吉洋平という若手アナウンサーが、京都の様々な老舗で、一週間(五日間)修行をするというコーナーがある。前回が旅館で、前々回が和菓子屋だった。

 

和菓子屋での修行の回、従業員たちが新しい和菓子の案を出す時に、大吉アナは、「故郷を離れて働く子供が、親元を離れて初めて親のありがたみがわかって、親に感謝して贈るための和菓子」を提案したところ、和菓子屋の女将さんに、「悪いけど、お利口さん」と評されてしまう。一方、他の従業員は「焼肉を模した和菓子で、名前が『叙々苑』」を提案する。女将さん曰く、こっちのほうが面白い、と。その後、大吉アナは、ポッキーを木の枝に見立てた和菓子を作り、自分の殻を破ることができた。

次に行った旅館のご主人は、特に厳しく、自分が良く見られようとしたり、形だけ取り繕おうとすることを許さない。真にお客さんのことを考えて行動することを求める。これはつまり、大吉アナに対して、上司である自分のご機嫌を取ることを許していないのだろう。

 

和菓子屋と旅館、両方に共通していたのは、「自分が良く見られたい」という心を徹底的に排除しているということだった。和菓子屋なら、良い和菓子を作るのが目的であって、その和菓子を作っている自分が良く見られることではない。旅館なら、お客さんにとって良いことをするのが目的であって、自分が良い従業員だと褒められるためにするのではない、ということなのだろう。

これはなかなか、簡単なことではないだろうな、と思った。部下にとっても簡単なことではないが、上司にとっても簡単なことではないだろう。なぜなら、上司は自分のご機嫌を取ろうとする部下を可愛がってはいけない、ということなのだから。

部下は、上司に気に入られようと、形だけ良く見せるほうが楽だ。上司も、自分のご機嫌を取ってくれる部下は気持ちが良い。油断すると楽な方へ行ってしまうが、たぶん、この楽さは最初だけの一時的なもので、長期的には、やがて自分たちの首を絞めてしまうものなのだろう。従業員が「顧客より上司の顔色を伺っているほうが、この会社内で生き残っていける」と思ってしまった会社は、集団内においては、「ムラ社会」的な居心地の悪さを作り出し、会社としては、徐々に衰退していく道だから。

 

私はこの番組を見ながら、母のことを考えていた。私の母は、他人に対して気を遣い、善良に振舞う人だったが、それは他人から悪く思われたくないからであり、他人への思いやりからのことではなかった。母は、他人を受け入れていたわけではない。むしろ、他人を拒絶していたと言ってもいいだろう。母の気遣いや善良さは、他人から自分を守る「鎧」だった。母は「鎧」を着て他人に接していた。

母は私に対しても、親戚が集まる場やご近所さんのいる所では、他人への気遣いを求めた。母はそれが躾だと思っていたのだが、実際のところは「あんたがそんな態度だと、私が悪く思われてしまう!」という恐怖感だったように思う。母の、他人から悪く思われないための努力に付き合わされるのは、今だからはっきりと言えるけれど、迷惑だった。

母は、意識上では他人に対する親切心のつもりでいたが、実際は自分が悪く思われないための行動だったので、私が相手にとって良いだろうと思ってしたことが、母にとって良くなかったということがよくあった。私がまだ、母の気遣いは他人のためではなく母自身のためだと気付いていなかった頃、私は混乱し、気力を消耗した。もし母が本当に他人に対する思いやりから行動する人だったなら、私は母に怒られても納得することができただろう。言ってることとやってることが違う人に付き合うのは疲れるのだ。

 

表面上は同じように細やかな気遣いをしているようでも、相手のための気遣いと、自分が嫌われないための気遣いとは、本質が全然違うよなぁ、と、番組を見ながら思った。

 

[追記]

予想外にブックマークがついたので、番組のコラムページにリンク。

8/5ただいま修業中 大吉京平への道 老松 北野店和菓子屋の回)

8/19ただいま修業中 大吉京平への道 美山荘 (旅館の回)

 

 

[更に追記]

続きを書きました。

自分が嫌われないために気を遣う人は、身内を潰す。

 

 

【関連記事】

他人に対して気を遣って丁寧に接する母と、それができない私の話

HideHide 2011/08/26 19:06 文章上手。すんなり読めます。

nsoderlandnsoderland 2011/08/27 01:20 自分で納得して他人に思いやるか、常識にそって思考するか。利己主義と批判される覚悟はあるか。

nsoderlandnsoderland 2011/08/27 01:20 自分で納得して他人に思いやるか、常識にそって思考するか。利己主義と批判される覚悟はあるか。

@@ 2011/08/27 14:05 同感です。気遣いと太鼓持ちは違うということですね。

thorthor 2011/08/28 21:00 はじめまして。
共感できる記事が多く、最近楽しく読ませてもらっております。

この和菓子屋や旅館のようなことを実践している会社というのは、かなり希有なケースだと思います。
(日本の)企業にとって何よりも優先すべきことはブランドのイメージであり、つまり、「会社がよく見られたい」ということではないかと思います。
企業戦略も、ブランドのイメージに沿った形で進んで行きます。
上司がすべきことは、上下関係をハッキリさせて部下をしっかり管理したうえで、会社が善良な企業だと客にアピールすることであり、部下に対しても、内心でどう思っているかではなく、善良な自分というものを上司や客にアピールする部下が、やる気のある部下であると考えているような感じです。
それらは全て、会社のブランドイメージを高めるために必要な技術だからです。
上司が部下に褒められたいかどうかが問題なのではなく、企業の統率のためには部下は上司や客を褒めて上下関係を明確にするのが正しい在り方であり、そして「思いやり」だと、よく勉強している上司ほどそう信じているような気がします。
これは、客としての普通の人々が、ブランドイメージに流されやすい体質であることも、無関係ではないと思います。
人々は本当に良い商品ではなく、イメージが良くてお得な商品ばかり求めるようになった、という感じがしています。本当に品質の良いものはそう簡単に価格破壊などできないはずであり、そういうものはサービスが悪いと言って淘汰されます。
本当に良いものは、ほとんどの人が求めていないのではないでしょうか。
これは、『世間の人たちはけっこう適当に生きている』ということと、根っこは同じのような気がします。
真実というものは、多くの人は求めていません。

だけど、上記のような意識は、チキンレースなのではないかと思っています。
いつか破滅が来ることがわかっていても、上辺を取り繕うことで誰がもっとも他人によく見られるかということを競っているように思います。
有名人や有名な企業がときどき信じられないような闇をさらけ出してしまうのは、焦って先に崖まで走りきって転落しただけなのではないか。そう思います。

相手のための気遣いという発想は、日本では根付きにくいものなのではないかと思います。
それはきっとボランティア精神が育たない理由の一つでもあるでしょう。
本当に自分に見返りがない「思いやり」は、誰もやりたがらないのです。

僕には、「がんばろう日本」に便乗する人の多くが打算からの行動に見えています。

oooqureeoooquree 2011/09/17 21:23 はじめまして。
検索でこの後の記事にたどり着きました。
書き込み方がよくわからないので、すみませんが、テスト的に一度書き込みさせていただきます。

yonosukeyonosuke 2011/09/28 11:22 自我をコントロールすることが修養の第一歩だと普段思っていました。これは非常に理解し易く書かれており、素晴らしい文章ですね。

まるこまるこ 2013/02/15 16:46 あなたのお母さんがまさにわたしです。
自分の行動が、他人に対する心からの思いやりではなく、自分をよく見せたいための行動だということを認識はしています。
そしてそれが嫌でしょうがないけれど、一体どうすればよいのかわからない。
他人に対して優しく、身内に対しては冷たい。これも自覚があります。でも直せない。
でも、これをやられている人がどんな気持ちなのかを理解することができれば、少しはわたしも変われるかなと思います。

springspring 2014/05/05 19:55 納得です!「相手に気を遣うこと」ことと「自分が嫌われないようにすること」は似て非なるものだなと思いました。
抽象的な概念を易しい文章にしてくださっていたので、私でもスッキリ腹落ちしました!

TakahashiMasakiTakahashiMasaki 2015/06/19 14:14 どっちもブラック企業にしかみえないが(あと,このブログ主はよほどひどい親に育てられたのか

HylianHylian 2015/10/09 20:34 たまたまこのブログを見つけましたが、本当に主さんの母親は私の母親とそっくりで驚きました。まさに仰る通りで、近所の人から店員さんまで、とにかく礼儀、常識、という言葉を多用して彼女なりの基準で気を遣いまくります。常に人と話すときに気を遣い、幼いころから私の発言、行動の一つ一つを、母によって評価されていました。母には本音で付き合えるような友達はいません。
しかし、私もまだその評価基準から完全には抜けきれずにいます。気づかないうちに母のようになっているのではないかと考えると恐ろしくて地の底に落ちていくような気分になります。
幸い私は恋愛によって母の支配下から逃れることができましたが、いまだに彼女の支配下のようなものいいをされるたびにすごくすごくすごく嫌な気分になります。しかし、それを伝えても彼女は自分が正しくない限り認めようとはしません。私ももう21なので親に変わってもらえるように期待はしていませんが、私は万一母が病気などになっても、母の介護ができる気がしません。

ゼロゼロ 2016/01/06 03:05 凄く納得。

ただ親兄弟、夫婦でも最終的には自分が一番です。

ゼロゼロ 2016/01/06 03:05 凄く納得。

ただ親兄弟、夫婦でも最終的には自分が一番です。

まるまる 2016/04/29 20:56 すごく共感というか、自分が書いてるような錯覚を覚えるほど母と私の関係とそっくりです。

ある人から言われたことがあります。
それは私はかたずけがとても苦手なのですが、それは小さい時母からだらしがない、恥ずかしいとずっと言われ続けていたせいもあると・・。
そうするとできない子という回路ができてしまう聞きました。

ちなみに私も母よりも話しやすいとか親しみやすと言われますし、ダメな自分も結構外で出しまくってますが、それでもやっぱり育った環境のせいか人目を気にしたり、人に気を使ってしまう時もあります。
反面、良い年をして未だに母が信じられなくて、母の言うことを全く聞けない人間になってしまいました。
筆者様はそれはありませんか?
どうしたらいいのか・・・仲良く話せないのが今の悩みです。

まるまる 2016/04/29 20:56 すごく共感というか、自分が書いてるような錯覚を覚えるほど母と私の関係とそっくりです。

ある人から言われたことがあります。
それは私はかたずけがとても苦手なのですが、それは小さい時母からだらしがない、恥ずかしいとずっと言われ続けていたせいもあると・・。
そうするとできない子という回路ができてしまう聞きました。

ちなみに私も母よりも話しやすいとか親しみやすと言われますし、ダメな自分も結構外で出しまくってますが、それでもやっぱり育った環境のせいか人目を気にしたり、人に気を使ってしまう時もあります。
反面、良い年をして未だに母が信じられなくて、母の言うことを全く聞けない人間になってしまいました。
筆者様はそれはありませんか?
どうしたらいいのか・・・仲良く話せないのが今の悩みです。

goku2956goku2956 2016/08/12 10:34 相手のために気遣っているか、自分のために気遣っているかは、その人行動を見ればすぐ分かります。分かりやすいのは【自分より下(立場の弱い)の人に気遣えるかどうか】だと思います。上には気遣い、下には気を遣っているようで遣ってない人は、明らかに自分のための気遣いの人です。

あと相手のための気遣いが出来る人は【万遍なく公平】ですね。そうでない人は自分のための気遣いでしょう。