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yuhka-unoの日記 Twitter

2011-10-07

あなたは私よりも「大人」かもしれませんが、虐待については私よりも無知な立場です。

18:32 |

相手のための気遣いと、自分が嫌われないための気遣い

自分が嫌われないために気を遣う人は、身内を潰す。

群がる「親」という名の感謝乞食たち

自分が嫌われたくない人の気遣いは、「いじめ防衛的気遣い」

困った親の言う「私を理解して」は、「私を良い親だと思って」

 

一連のエントリを書いてきた中で、色々なことを言われたが、その過程で思ったのは、なぜ、私と似たような家庭に育ったわけでもなく、私の家庭のようなことについて詳しいわけでもないのに、私に対してアドバイスなり説教なりができると思うのか、ということだ。

これは、いじめられている子供に対して、何も知らない大人が、「ニコニコして、自分から話しかけて、仲間に入れてもらいなさい」「皆がやってることに興味を持って、皆の輪の中に入れてもらいなさい」などと、的外れなアドバイスをするのに似ているのかもしれない。

いじめられた経験がなく、いじめについて勉強したこともない大人と、いじめられた経験がある子供とでは、前者のほうがいじめについて無知な立場だが、自分が大人で相手が子供だと、自分のほうが知恵者だと思ってしまいがちだ。

私のことについても、相手が若者で、自分のほうが大人で、しかも自分が「親」だと、自分のほうが知恵者だと思ってしまうのだろう。自分のほうが、私みたいな家庭について無知な立場なのに、「迷える未熟な若者を見守る大人」みたいな目線で見られても、微妙な気分になるだけだ。

 

あるいは、「ひねくれていた子供が親の愛を実感して立ち直る」系のドラマの見すぎで、自分がそのような子供を諭し、親の愛を気付かせ、子供に反省させる役どころにでもなって、「良い人」の気分に浸りたい願望でもあるんだろうか。ならば、ドラマはテレビで見ていろと思う。現実は、親がどうしようもないので子供がひねくれるケースが多い。

「親は子を思うもの」「子は我侭で、親の気持ちをわかっていない」を前提にして、「親が酷いとはっきりわかる具体的な事例を語れ。さもなくば単なる親不孝な子供とみなす」、というのは、実際の虐待被害者を傷つけることになる。なぜなら、その具体的な事例は、虐待被害者にとっては心の傷の深い部分に関わることで、そうそう簡単に他人に言えるようなことではないからだ。そして、こういう人は大抵話してもわかろうとしないので、わざわざそれ以上は話さないということになる。

 

これは例えば、若者だって、自分の話を聴いてくれそうな年長者にしか、自分の思っていることを言わないわけで、「最近の若者は、何も考えていないな」などという年長者に対して、わざわざ話をしに行こうとする若者など滅多にいないのと同じだ。こういうことを言っている年長者は、この先もずっと若者を抑圧し、若者の考えを聞く機会を自ら潰し、「やっぱり、最近の若者は何も考えていないな」という思い込みを強化し、大切な何かに気付かないまま終わる。老害は他人事ではない。

もちろん、若者が年長者に自分の考えを言わないのは、「最近の若者は、何も考えていないな」などと言っている年長者が沢山いるからであり、虐待被害者が自らの被害を語ろうとしないのも、「親が酷いとはっきりわかる具体的な事例を語れ。さもなくば単なる親不孝な子供とみなす」などと言う人が沢山いるからだ。

 

群がる「親」という名の感謝乞食たち』でも触れたが、子供を追い詰める親というのは「過剰」なのだ。普通の家庭で育った子供が、親に対して感じていた煩わしさや鬱陶しさ。普通の親がつい抱いてしまった、子供に対する欲望、やってしまった干渉。これらのことが「過剰」なのが「困った親」だ。

だから、何も知らない、想像力に乏しい人が、機能不全家庭に育った子供の話を聞くと、「そんなこと、どこの家庭だってあることだし」「そんなことくらいで、親を恨みすぎなんじゃないの」と思ってしまう。そして、「親の気持ちを理解しようとしない、未熟で我侭な若者」という偏見でもって、相手を追い詰める。それは親切心ではなく、単なる無知と偏見だ。

 

まず「子は我侭で、親の気持ちをわかっていない」という偏見があるから、その偏見に基づいて勝手に想像を働かせることになるのだろう。もっと言うと、「未熟で我侭な若者」に説教するのは気持ちが良いのだろう。

そもそも、私のことを「親の気持ちを理解しようとしない、未熟で我侭な若者」だと思いたい欲望が根底にあると思う。「最近の若者は、何も考えていないな」などと言っている年長者が、そもそも最初から若者のことをそう思っていたい欲望があるように。

「他人の家庭のことはわからない」「家庭状況は様々で、複雑なもの」ということを前提にするべきだ。そもそも、わからないのなら「わからない」で済ませておくことだ。

 

それから、やはり「切っても切れない親子の縁」を信じていたい人がいるものなのだな、と思った。

私は、「切っても切れない親子の縁」などというものは、安全神話だと思っている。親子が完全に縁切り状態になるという、「起こりうる最悪の事態」という現実から目を逸らし、「親子の縁は、切っても切れないものだ」という安全神話にしがみつくあまり、実際に親子の縁を持続させるための努力に手を抜いてしまう。その結果、「最悪の事態」を自ら招いてしまう。

親子であろうが夫婦であろうが、人の縁というものは、思っているより簡単に切れてしまうものだ。だからこそ、切れて欲しくない縁ならば、大切にしないといけない。一度できてしまった「縁」に安住し、メンテナンスに手を抜くと、やがて「縁」は壊れてしまう。

だから私は、「夫婦別姓にすると、家族の絆が壊れてしまう」という言説を信じていない。そういうのは安全神話だから。人と人との絆は、結局のところ、「相手を大切にし続ける」という、シンプルな、しかし手抜きができないことによってしか守られない。

 

@marmo3 まー

被害経験を少し話した時に、何か助言したり励まそうとする人がいる。そこにあるのは善意だと思う。でも、私は助言を求めている訳じゃない。その問題を知ったばかりで限られた情報しか持っていない人に、的確な助言をしろなんて無理難題だ。その難題をしようとしても、成功する確率は低い。

 

私は難題を与えて、それをこなせと言っている訳じゃない。なのに相手は、まだほんの少ししか情報を持っていない状態で、難題を解決する気でいる。違うんだ。私はそれを求めていない事を、まず知って。それは勘違いだから。助けたいと思ってくれているなら、まずは私の話を聞いて。

 

…と、伝える前に助言や激励をしてくれて、それが結果的外れな感じになって…。的外れな上に傷を抉る事をしていたとしても、相手は気付かず善意。善い事をしたと思い込まれる。困る。善意は有難い、有難いけどその行動は困るんだ…。

 

助けたいと思ってくれるなら、まず情報を集めてください。まずはただ知ってください。それはそんなに難しい事じゃないから。

Togetter - 伊達直人の善意をよい方向に定着させるには?

なるなる 2011/10/08 23:55 いつも読んですっきりします。すばらしいですね。いろんな人に紹介したくなります。
「切っても切れない縁」は、確かにあるかも知れない。
しかし、それは場合によっては、恐ろしい呪いや遺伝病のような「縁」かもしれませんよね……
私は親に愛されていると思いますが、その「愛」はいろいろと間違っていました。
今でも許せませんし、私の人生を不利にした部分は大いにあると思います。
しかし、幸運にして、それでも私は親を愛しています。間違っていても愛だったのでしょう。
にもかかわらず、私は結婚も出産もしないと思う。
自分の両親、特に母の御影で、私は正常な感情表現ができません。
それは人間関係に影響しているし、おそらく自分は子供のしつけはできない。
自分で自分の人生を生きる事も、やっとできるようになったばかり。
自分で稼ぎ始めて何年も経ってからです。
愛されたし愛されていると確信でき、又親を愛している私でさえ、親の精神の歪みから取り返しのつかないダメージを受けています。
そうでない人はいかばかりでしょうか。
できれば間違っていない愛がほしかったけれど、間違った愛でもどんなにありがたかったか、と、今になって思います。
そして、それがない子供達が、どんなに痛ましいか、想像できていないのでしょうが、想像できないほどのダメージを受けているのだろうということだけはわかっているつもりです。

名前は未定名前は未定 2011/10/09 18:34 >「切っても切れない親子の縁」などというものは、安全神話だと思っている。

身内であろうがなかろうが、誰かとの関係を繋ぎ続けるのは「絆」であり、こればっかりは勝手に出来上がるものではないですしね。
私も政治の話で衝突するまではそれなりに親の事をマシな方だと信じていたんですが、身内の自分よりテレビのコメンテーターの台詞を信じた親を見て、一気に気持ちが冷めてしまいました。
(勉強嫌いでしぶしぶ底辺校に通っていた為、問題児やモンスターペアレントを沢山見て来た、テレビなどで取り扱うような極端な事例に登場する人物などに比べたら断然マシ!という意味で)

「夫婦別姓が家族の絆を壊す」というのは、子供がいる場合の話かと。
最近見かける「嫁(もしくは旦那)はいらんが、子供は欲しい」という意見もそうですが、自分の事しか考えてないのかと溜息が出ます。うちの父も片親で苦労したみたいなので、このような事を軽々しく云うような輩には子供を作ってほしくないですね。

これほど判りやすく綺麗にまとまっている文章なのに、結論ありきの人には理解出来ないようで。そういう人は相手するのも疲れるので、避けられているという事にすら気付いてないんでしょう。
今まで付き合って来た人の多くが、大切にしていたい縁ではなかったと気付いて、ばっさばっさと切り捨てまくって、ようやく肩の荷が下りた気持ちでいたら、そういう人に限ってしつこく連絡してくるのは勘弁してほしいところです。
切れない縁はないけれど、一度繋がると厄介なものもあるのですよ…。

通りすがりのカエル通りすがりのカエル 2011/10/09 23:41 本当によく判ります。
何故、子は、親を理解する事が、当たり前なのか?と常々思います。
今子育てをしています。私も虐待に近い行いを、3歳の息子にしていました。
泣きわめく子に、それでもご飯を強制的に食べさせる、という行為です。
美味しいわけないのに、どうしてそんな事を毎日するんだろう、と自問自答しながらの
生活でした。
私の実母の前でも同じように振舞った所、母は止めなかったのです。
そしてポツリと、「私の子育ては失敗だったかもねえ」と言いました。
強制的にご飯をたべさせるような育児を、母は、私に対して、多分、ずっと行なってきたのです。
そして、孫に同じ行いを繰り返す私を見て、初めて、自分の行いを、見なおしたようでした。
目が覚める思いでした。
息子に対する姿勢を、もっと自分の思うようなものにするために、
まず、母と精神的に離れる作業が必要でした。
まだその続きですが、だいぶ、母の支配から離れてきたと思います。
寂しいものです。自らの承認欲求が満たされていない事を自覚しながら
子供たちを無条件に愛していこうとする事は、
ややもすると、子供たちに依存してはいないかと、いつもいつも恐れながらの子育てです。
私を実母から開放してくれたのは子供たちでした。

(~_~;)(~_~;) 2011/10/10 23:59 現親なヒトも以前は子だったわけで。子への愛情と過干渉は紙一重。親の愚かさも客観できる日が来るかも。それ全部否定して「老害」、、、言葉が過ぎる気がする。

ヒヤマヒヤマ 2011/10/11 18:51 親の愚かさを十二分に承知してるからこそひねくれるんだと思うけど
客観視できるからこそああもうどうしようもねえ、って気分になってぐれるんだと思うよ
体験談に過ぎないけど

あやむあやむ 2012/01/28 19:53 私も数年前までは、自分の抱えきれない親への恨みつらみを赤の他人にも共有して欲しいと願い、そして何人もの友人の信頼を失ったものでした。
経験していない人には99.9999%理解出来ないこの感情、今でも仲が良くなったり酒が入ると衝動的に喋ってしまいたくなりますが、自制しています。
人はどこまで行っても孤独です。でも、それなりに快適に生きていく工夫はできます。親の洗脳に気づき、恨み、そして上記のことに気付くまでに4年掛かりました。
言い換えれば私は諦めることで社会に紛れ(溶け込むのでは無い)、楽になったのです。だからこそ貴方のような賢く論理的で体力のある人は本当に凄いなと思うのです。

なみなみ 2012/07/07 16:47 記事をいくつか読ませていただきました。記事にしてくださりありがとうございます。こんなに表現し辛い、誰かに理解してもらうことが困難な問題を。同じような母に育てられました。母とは思っていません。世話をしてくれた人、と思っています。私の気持ち個性完全無視で育てられました。今も実家に行くと母と二人になると息がしづらくなります。

ありがとうございます。こんなに複雑な内容…。言葉にしてくださったことで救われてます。

マナマナ 2013/02/14 19:41 今回初めて拝見させていただきました。家庭のことで悩んでいるので、とても心が楽になりました。ありがとうございます。

壊れた家庭出身でない人に相談すると、間違いなく「親不幸者」「そんなのよくあることだ」と言われます。このような言葉が出てくるというのは、普通の家庭で育った証なので幸せなことだと思うのですが、やはりそういった価値観を押し付けられるとつらいなぁと感じます。

分かりやすく目に見えないだけで、家庭の事情は様々ですよね。なのに、若者の意見は間違い(単なる甘えだ、我が儘だ)で、年長者の意見は正しい、なぜなら年長者は人生経験があるから、という理論は常々おかしいと感じています。なぜなら、人生の経験はあっても、壊れた家庭とはどんなものか知らないのですから。無知であるのに自分の意見が正しく、それを当事者に強要することは、傲慢であると同時に恐ろしいと感じます。

でも、私が幸せな家庭を想像できないように、普通の人も機能不全家庭がどのようなものか想像できないんですよね。誰にも分かってもらえず、ずっと自分が悪いのではないかと疑ってきた矢先、こちらの記事に出会えたことを幸福に感じます。記事にして下さり、ありがとうございます。

みほみほ 2014/12/25 20:15 いい文章ですね。とても見やすく共感できます。
私も壊れた家庭で育ったんでしょう。
母の歪みは上の姉が体現してしまいました。違和感を感じるのが自分だけですが言葉にできません。
現状を客観的に考えられて助かります。

名無し名無し 2017/03/30 17:39 この文章を書いて頂きありがとうございます。
心が救われて、涙が止まらなくなっています。
この問題(その他の問題でも言えるかも知れないが)については体験した人にしかわからないので伝えようとすると反感をかってしまい難しいですね。
それでも形に下さって嬉しい限りです。
私もまだ20にも満たない物ですが、この事について発信していけたらと思います。ブログ主さんの勇気に救われました。