2012-01-15
マイノリティとしての若者
日本はオジサン社会なんだわ〜新世代が解く!ニッポンのジレンマ〜 | クリエイティブビジネス論!〜焼け跡に光を灯そう〜
番組の中ですごく印象的だったのが、猪子氏が何度も「我々はマイノリティだから・・・」と言ってたことだ。それを見ていたぼくの姉(1957年生まれ)が「あ、そうなの?そういう認識は言われんとわからんねえ。年取ったもんはみんなわからんちゃない?」と言った。
年配層は、若者がマイノリティだという発想がない、と言いたかったようだ。実際、そうなんだろう。若者の人口が少ない、という状況は想像だにしてないだろう。
なるほど。いち若者としては、こちらは人口が少ないし、年長者世代は人口が多いしで、自分たちはマイノリティだなぁと、常日頃から感じているけれど、年長者世代にはその感覚がわからないということか。それは確かにそうだろうと思った。
おそらく、年長者世代は、若者の人口が少なくて、自分たちの人口のほうが多いということは、知識としては知っているのだろう。でも、上の世代の人口が多く、自分たちの世代の人口が少ないということが、どういうことを意味するのか、どういう感覚になるのかということについては、考えたこともないのだろう。そりゃわからないはずだ。
私は過去に『いち若者の立場から、若者が何も主張しない理由を主張してみる』『若者は何も言わず、ただ去るのみ』という一連の記事の中で、若者が不満を表明しないのは、不満がないからではなく、まるで、最早夫に何か言うことを諦めきった離婚寸前の妻のように、抑圧されすぎて不満すら言わない状態になっているからだと言った。単純に数が多いということは、それだけ抑圧の力が強いということでもある。
若い世代の声の受皿って、意外になかった〜「新世代が解く!ニッポンのジレンマ」を観て〜 | クリエイティブビジネス論!〜焼け跡に光を灯そう〜
それからもうひとつ、彼女の涙を見て、気づいたことがある。
こういう番組はなかった、ってこと。若い人のオピニオンをまとめあげるような番組はなかった。たぶん雑誌はあったのかも。でも、”マスメディア”としては初めてだったんじゃないかな。そこはたぶん、かなり重要なことだと思う。
若い人の声をまとめあげる受皿がなかったんだ。意外に盲点でもあるんじゃないかな。なぜなかったのかな。わかんないけど。
この理由こそが、年長者がマジョリティで若者がマイノリティだから、だと思う。どの世界でも、マジョリティはいつも、無自覚に自分にとって有利なようにことを運び、無自覚にマイノリティの居場所を奪い、無自覚にマイノリティの意見を圧殺するものだ。
「若者=マイノリティ」と捉えると、色々なものが見えてくる。年長者世代からすると、若者がネットで繋がってコミュニティを形成するのは、ネットという新しいものに若者が順応しやすいからだと思うだろう。確かにそれもあるが、それだけではないような気がしてきた。
ネットという場所は、マイノリティが可視化されやすい場所でもある。実社会で隅に追いやられ、意見を圧殺され、実質的に発言権を奪われている人たちが、ネット上で繋がり、コミュニティを形成し、発言するということはよくある。若者というマイノリティも、それと同じことが起こっているだけなのかもしれない。
オジサン世代の人がいる場所に若者を入れて、若者の意見を聞くような番組は、これまでにもあった。しかし、マジョリティの中で、マイノリティに発言する場を「与えてあげる」みたいな場所では、マイノリティは言いたいこと言いにくい。どうしても、マジョリティのご機嫌を損ねないような、「穏便な」意見を言うことになる。マジョリティが許容する範囲内でしか、マイノリティは動くことができない。
「マスメディア」などの表立った場では、若者というマイノリティが主体になって、マジョリティに縛られずに自由に発言できる場が、今までなかったということだろう。そう考えると、番組は見ていないけれど、彼女の涙の理由もわかる気がする。
そういえば、以前読んだ『日本の若者はなぜ立ち上がらないのか 内田樹×城繁幸×原田泰×山田昌弘 :日本経済新聞』という記事は、私に、なぜ黒人が差別されてしまうのかについて、白人たちが、「黒人の問題点」について論じていた時代を連想させた。この記事の人たちは「若者の動向に詳しい4人の識者」と言われていたが、実際のところは「若者の本質を理解した識者」ではなく、「若者について、年長者に納得させるのがうまい識者」が殆どだと思う。
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> もはや国家や企業に頼っていても仕方ないのだと、社会的にも生活面でも認識しないといけない。
尾崎豊の記事が正論だと言ったのは、国家や企業を当てにしないことが反骨精神だと思うからです。
沈みゆく国家や企業をかなぐり捨て、若者は若者なりの生き方を見いだせば、それでいい。
「従順すぎる」のは確かに問題だし、その先に未来は無いと思います。
だけど、そうした意見は「尾崎豊の社説」を言うような人たちが求める答えではない。
もっと逆らえ、もっと頑張れと言っている人たちは、いざ反逆して自分たちの意図に沿わないことをすれば、「幸福な若者を見限ろう」と反論する。
過激な意見になるけれど、僕は今の日本の社会は滅びてもいいと思うんですよ。
この社会が滅びることは、そのまま日本人が全滅することとイコールにはならない。
社会が危機を迎えているからこそ、「この社会を救わなくては」という意識が過剰に働いているのだと思います。
ですが、救おうとする社会そのものが、滅びの道を歩んできたわけです。
壊死した肉体の一部を「失いたくない」と必死に守り続けて、体中が腐っていくようなものですかね。
滅び行くものなら、切除しないと助からないわけです。
ただ、自然に腐り落ちるのを待つだけでは、他の場所が壊死したときにもまた「切除する勇気」を持つことができず、根本的な解決にはならない。
自分の意志で切除することを決断する勇気が必要。だから、「今の社会を積極的に革命する反骨精神」は、何より若者自身の未来のために必要なことなのでしょう。
だけど、それは「若者に自分たちの尻ぬぐいをしてほしい」人たちの思い通りにはならない。
そのことを若者に説教する人たちが本当に理解しているかどうかは怪しい。
こんな言葉がありますね。
「日本の常識は、世界の非常識」
世界の認識では、日本は「欧米の文化に影響されないマイノリティな文化」だからこそ保護されてきた面があります。
日本にやってくる観光客も「珍しいから価値がある」と思っているでしょう。
ところがその「世界のマイノリティの国の人たち」が「自分たちはマジョリティ」と思い込んで「マイノリティはマジョリティに合わせるべき」と信じて疑わない。
マイノリティに否定されるマイノリティは、世界規模で見ればマジョリティだったりします。
世界は「国も民族も文化も違っていて当たり前。同じであるはずがない」のですから。
日本のマジョリティは世界のマイノリティであるはずです。
その矛盾を客観的に認識できないことが、日本の社会が抱える問題の根本なのではないでしょうか。