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yuhka-unoの日記 Twitter

2016-04-01

自分の命を人質にして相手を脅迫する人たち

20:13 |

能町氏、雨宮氏、抗議を行う - Togetterまとめ

能町みね子・雨宮まみによる北条かやへの抗議 - Togetterまとめ

北条かや氏の、取材・調査上の倫理違反や、著作者としての不誠実さ・責任感のなさについて、能町みね子氏や雨宮まみ氏など、複数の人たちが、何が悪かったのか懇切丁寧に抗議しているにもかかわらず、北条かや氏から出て来る言葉は、「嫌われて悲しい」「悔しい」「死んでお詫び」といった言葉ばかり。これを読んで、私は、小保方晴子の件と、「自虐おわび」という言葉と、かつて自分が遭遇した、自分の命を人質にして相手を脅迫する人のことを思い出した。私は、その一件以来、この手の人に対しては、「ああ、こいつの要求を叶えてやる必要なんてないわ」と思ってしまうようになった。


自分の命を人質に相手を脅迫するタイプの人は、虐待DVストーカー等の、対人依存傾向が強い人たちに多い。「別れるって言うのなら、死んでやるぞ!」「あなたが構ってくれないと、死ぬしかない」「お母さんが全部悪いんでしょ!お母さんが死ねばいいんでしょ!」という類のものだ。

一般的な自殺願望の人は、「死ぬ」ことが目的になっているけれど、こういう、自分の命を人質に相手を脅迫するタイプの人は、「死ぬ」ことではなく「相手を自分の思い通りにさせること」が目的になってる。「死ぬ」と言ったり、実際に死のうとしてみせたりするのは、その手段でしかない。こちらの罪悪感を刺激してコントロールしようとしているわけだ。

ただし、大抵の場合、本人にその自覚はないと思う。本人の中では、あくまでも、「あまりのことに、死ぬほど精神が追い詰められているワタシ」という自己認識になっており、自分には相手を脅迫する意図なんてない、ということになっている。なので、「脅迫するのはやめろ」と言っても「脅迫なんてしてない」という言葉が返ってくる。


私もかつて、この手の「あなたが私の要求を叶えてくれないと、死ぬしかない」みたいな人に遭遇したことがあった。私は、ある程度相手と距離が保てる環境にあったことや、この手の人に対する知識が少しなりともあったことから、「もし私がここで言う通りにしたら、これに味をしめて、今後、何度も同じ手口で脅迫してくるだろうし、私以外の人にも、同じことをするだろうな」と思って、頑として応じなかった。相手は暗にこちらの罪悪感を刺激してコントロールしようとしてきたわけだけれど(本人はそれを絶対に認めないだろうけど)、「もし本当にこの人が死んでも、一切私のせいではない」と思うことにした。「相手を自分の思い通りにさせること」を目的として「死ぬ」と言ってくる人に対しては、「あなたが死のうと死ぬまいと、それはあなたがあなたの責任と判断において行うことであり、私には一切関わりのないことです」ということだ。


私が遭遇した人もそうだったけれど、こういうことをしてくるタイプの人は、「自分の責任」という感覚が希薄な傾向があると思う。まぁ、「自分の責任」という感覚が希薄だからこそ、「私が死んだらあなたの責任だ」と(直接的に、または、暗にほのめかして)脅迫してくるわけだけど、そこは、こちらに投げられた「責任」を、「あなたが死のうと死ぬまいと、それはあなたの責任です」と、あちらに投げ返すだけである。

そして、相手が何を抗議しているのかを考えて、内省して、以後それをしないようにするという「成長」ができない人だとも思う。だから、謝り方も、ただその場を収めるために、ひたすら「ごめんなさいごめんなさい」と言うだけで、相手のためでなく、完全に自分のための「お詫び」であり、極めて不誠実だった。こちらの望むこと(こちらの話を聞いて、何が悪かったのかを理解して、以後しないように気をつけること)は一切せず、逆に、「お詫び」をしながら、私に対して色々なことを要求してきた。今後何をどう改善していったら良いのか、本人はわかっていないしわかろうともしないので、また同じことを繰り返すだろうということが、容易に想像できた。年齢の割には発言内容が幼く、「ああ、この人は、ずっと精神的な成長をしないまま、ここまで来てしまったんだろうな」と思ってしまった。


この手の人に対して、「なんとかしてあげなければ…」「自分がこの人を変えてみせる」「この人の問題を代わりに解決してあげたい」と思っても、これは素人が素人判断でできることではないので、プロに任せるしかない。対人依存症の人にとって、依存対象と見なした人は、アルコール依存性者にとっての酒、薬物依存症者にとっての麻薬なので、むしろ、こういう態度は、本人にとってはかえって毒だろう。

依存症の世界では、「イネーブラー」と言って、依存症者の世話を焼いたり尻拭いをしてあげたりして、結果的に依存症者が依存症者のままでいることを助長させてしまう人が、本人の周辺にいることが多い。自分が「イネーブラー」になってしまわないように気をつけたほうが、自分にとっても本人にとっても良いのだと思う。

また、アルコール依存症の形成を助長するものとして、アルコール依存症になる人の周囲には、酒代になりうる小遣いを提供したり、過度の飲酒で生じる社会的な数々の不始末(他人に迷惑をかける、物品を壊す、等)に対して本人になり代わり謝罪したり、飲酒している本人の尻ぬぐいをする家族など、イネーブラー(enabler)が存在することが多い。イネーブラーは飲酒している当人の反省を必要とさせず、延々と過度に飲酒することを可能にしてしまうとされる。逆に、一切のイネーブラーがいなくなったり、医師から死を宣告されたりしたことをきっかけに、本人が「底つき体験」(「どん底体験」ともターニング・ポイントとも呼んだりする。“このままでは大変なことになる”という意識の発生)をし、それをきっかけにアルコール依存症から立ち直ることがある。

アルコール依存症 - Wikipedia


尚、自殺しそうな人がいた時に警察を呼ぶのは、たとえ本人が通報を拒んでいたとしても、ごく当たり前の行為なので、今回の件でも、親切な方は、警察に通報して差し上げても良いんじゃないでしょうか(鼻ホジ)。もし実際に自殺っぽいことを試みたら、まぁ、救急車くらいは呼んであげても良いと思う。それ以上のことは何もしないし、する必要もないと思うけど。


「自虐おわび」について。

それは、「私が悪かった。私が、私が……」

と、必要以上に自分を責めるおわびで。

最近、そういう人がとても多いように思う。

「自虐おわび」と言ったら言いすぎだろうか?

そういう人は、おわびと称して、

自分探し」をしているような節がある。

(中略)

おわびの時間は、自分のためではなく、

利他。 迷惑をかけた相手のために費やすものだ。

ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

自己保身に走ろうと、自虐おわびに走ろうと、結局、根は同じ、「私がいいか、いけないか」が最大の関心事になってしまっている。関心が内向きであることに変わりはない。「自虐おわび」は、自分が悪い、自分はダメだ、といいながら、その実、相手に「そうではない」と打ち消してほしい、「いやあなたはできるから」と認めてほしい、わかってほしい、許してほしいと、無自覚に人からパワーをもらおうとするから始末が悪い。

―新人諸君、半年黙って仕事せよ (山田ズーニー・著)―


余談。

北条かや氏の言う「リスクを取る」の中身が、戦場ジャーナリスト的なそれではなく、ウケる画が撮れるなら人権侵害も構わんみたいな、取材対象者を見世物にしてしまうマスゴミ的なそれだった。冒頭での飛田新地での「調査」とやらの方法もマスゴミのそれだし、そこを抗議されてるんだけどな。

多くのコミュニティでは、調査者というのは上から降りて来てかれらから奪って行く人たちだと感じられています。奪われるのは、情報、時間であり、そして調査の主体ではなく客体であるという感覚から、尊厳も奪われると感じられています。コミュニティを尊重し、学術的生産物(論文など)における回答者たちの位置づけを尊重することは、社会調査を行う者同士のお互いのためにもなることです。ここで「位置づけ」というのは、つまり回答者こそが学術的生産物の「中心」にいるのだ、ということです。

翻訳『調査対象者、回答者、参加者の保護について』:卒論を書いている大学生や、独自調査をしようとしている団体は、ぜひ一度読んでください | 包帯のような嘘

調査において、取材対象者を中心に考えることができないところ、おわびの場面で、おわびする相手を中心に考えることができないところ、雨宮まみ氏から「こじらせ女子」という言葉を奪っているところ、全部共通していると思う。


【追記】

ブコメから。

id:sasoridan 「じゃあ死ねば」これが平気で言える心の強さが要求されるな

「じゃあ死ねば」と言うのではなく、こちらは「死ね」とも「死ぬな」とも言わずに、徹底して「それはあなたが決めることですね」という態度を取るということです。

「死ねば」とか、相手の生き死にに関与するような言葉をこちらが言ってしまうと、相手に「だって、あなたがそう言ったじゃないか!」と言われて、そこをつけ込まれるので、その隙を与えないようにする戦略を取るということ。

「死ぬな」と言うと、「私に死んで欲しくないって言ったでしょ。だから言うことを聞いて」とくるし、「死ね」といえば、「じゃあ死にます。(だって、あなたがそう言ったから)」と言って、手首を切ったり道路に飛び出したりするし、「○○さんに死ねって言われたから〜」とか言い出すので。

id:hilda_i 皆北条かやに後ろ指させるくらいパーフェクトな若者時代を送って来たのね。すごいわ。

彼女、今年で30歳だそうです。もう「未熟」で通用する年でもないと思う。もっとも、若者がやってもダメなものはダメだし、やられた人たちは怒って良いけどね。

名無し名無し 2016/12/27 07:53 全否定ってのは激しく嫌うことではなくて無関心なんだよなあ結局
鬱陶しいから消えろという本音は心の中でだけにしよう

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