おしゃれ、したかったよね。―服が捨てられなかった私の話―

過去記事『「もったいないお化け」の世代間連鎖』で、物を捨てることについて書いたけれど、私にはどうにも捨てられない物があった。それは服だ。数年前、自室の大掃除をして、要らないものをあらかた処分して、その時に不要な服も選別したのだけれど、他の物は捨てられても、服だけはどうにも捨てられずに、長いこと部屋の隅の大きな袋の中に入れたままでいた。穴が空いたりボロくなったりした服は捨てられるけど、物としてまだ十分着れるけれど要らなくなったものが捨てられない。リサイクルショップに持っていけば良いのだけれど、私は車を持っていない上に出不精なので、結局持って行けずに、部屋の隅を占領されたままだった。


そんな時、娘を育てるシングルファザーの人が、授業参観に行った時、他の女の子はおしゃれな格好をしているのに、自分の娘の格好が地味だったことに気づいて、服を買ってあげたエピソードについていた、このコメントを見た。

4. 楽しいことないかなぁ...の名無しさん 2013年11月26日 15:51

女の子が着飾ることを覚えて楽しんで何が悪いの?

生活脅かすほど散財するならそれは叱られないといけないけど。

自分はデブであんまり洋服も買ってもらえず、母親もいるのに

なぜかパッツンのおかっぱでおしゃれさせてもらえない子だった

(訴えたら、ブスだから似合わないよpgrという反応)

そんなだから、自分が稼いで洋服を買えるようになるまで

スカート2枚と夏のTシャツ2枚、冬のセーター・トレーナー2枚

みたいな状態で、大人になっておしゃれしようにも、どういう服を

着たらよいのか、今の流行から外れてないか、それが自分に似合うのか、

ほんとうにまったくわからなくて苦労した。

試行錯誤してる間に友人から笑われたことも何度もある。

女の子は(男の子もだけど)子供の頃からある程度は流行りに

あわせたおしゃれはさせて慣れさせるべき。

大人になってからの10数年を試行錯誤ですごすとか、時間の無駄使い


楽しいことないかな : 事故で妻と両親が死亡。男手一つで娘を育ててきたが、授業参観で『やばい』と思った。


「わかる」と思った。本人がおしゃれに興味がないのなら、別にしなくても構わないけれど、本人に興味があってしたいのに、全くさせないというのは、酷いよね。それはおしゃれ以外のことだって何だってそうだけど。

私は、長らく自分のことを、「おしゃれに興味の薄い、流行に疎い子」だと思って生きてきた。特に学生時代はそうだった。でも本当は、10代の頃の私も、それなりにおしゃれがしたかったんじゃないかと思う。だが、母親がブラジャーすらまともに買ってくれないほどケチだったし、子供がおしゃれするなんて考えてくれない人だったから、最初から諦めていた。おしゃれに興味がない子のふりをしていたのだ。

「いい子」と一緒だ。母親の望む「面倒見の良いお姉ちゃん」を内面化して、本当の私は抑圧されていたのと同じ。本当の私は、おしゃれに全然興味がなかったわけじゃない。それなりにしたかった。私の「おしゃれに興味のない、流行に疎い子」というのは、当時、母親が望んだ私の姿だったのかもしれない。


おしゃれ、したかったよね。


考えてみれば、小さい頃は、将来ファッションデザイナーになりたい、なんて言っていた時期もあった。着せ替え人形で遊ぶのが好きで、人形の服を自分で手作りしたり、雑誌のキャラクターの服を考える企画に投稿したり、自分で考えた服を描いた紙束をテープで綴じてまとめた本みたいなものを作ったりしていた。そんな私が、おしゃれに興味がないわけがなかったのに。


母は、私の胸が膨らみかけた頃、その時期の女の子がするようなスポーツブラタイプのブラジャーは、三枚ほど買ってくれたと思う。しかし、もっと胸が成長して、大人用のブラジャーが必要になった時、母にそれを言うと、母は、自分のお下がりのおばちゃんベージュブラを一枚よこしただけだった。当然、圧倒的に枚数が足りなかったので、追加でもう一枚くらいもらったような気もするが、10代後半の女の子がするような、きれいでかわいいブラジャーは、とうとう全く買ってもらえなかった(そのことを話した友達に、お古のブラジャーを貰ったりはした)。

肌着も、男の子が着ているような白のタンクトップを与えられ、それも縁が穴だらけでレースみたいになっていた。当然美容院にも行ったことがなかった。

当時は、不思議と「こんなおばちゃんが着るようなブラジャーで恥ずかしい」とも「かわいいブラジャーが欲しい」とも思わなかった。「とにかくブラとしての機能を果たすものが欲しい」と思っていた。飢えていると、「おいしいものが食べたい」と思うよりも、「とにかく腹を満たせるものが欲しい」と思うようなものだろうか。


眼鏡も、小学生の頃に初めて買ったものを、ずっと買い換えてもらえずに、高校生になってもそのまま使っていた。ダサいというのもあったが、それ以前に、買った時より視力の低下が進んでいたので、ものがよく見えなくて困った。席替えの時は、いつも前の席にしてもらっていた。

当時、「宇野さんは、なんでいつも前の席にしてもらっているの?」と訪ねてきたクラスメイトがいた。私は、事実そのまま「視力が悪いから」と答えていた。今から思えば、あのクラスメイトたちにとっては、親に眼鏡が合わないと言えば買い換えてもらえるのは、空気が存在するように当たり前のことで、なぜ買い換えないのかと問うていたのだろう。

一方で、私自身は、ブラジャーのことを含め、生まれた時からそういう環境で育ってきたので、特に自分の母親がおかしいとは思っておらず、むしろ、うちは少し厳しいだけで、他の子は甘やかされている、うちは良い教育をしていると思っていた(後に、これは典型的な虐待家庭の子供の感覚だと知った)。

結局、私の二代目眼鏡は、高校三年生になってから、私自身が自分のお年玉で購入した。


とにかく、おしゃれ以前の問題だった。母親の無意識の「あまり変わった職業に就かず、安定した普通の人生を歩んで欲しい」「面倒見の良いしっかり者のお姉ちゃんでいて欲しい」「おしゃれに興味のない子でいて欲しい(金がかかるから)」という願望を内面化していた、そんな高校時代だった。


まぁ、うちの経済状況は、決して良いとは言えなかったことは確かだ(とはいえ、必要な分の下着や眼鏡が買えないほど困窮していたとは思えないが)。でも、「おしゃれしたいけど、うち貧乏だから仕方ないね」と思っているのと、「おしゃれに興味のない子」を内面化させられるのは、やっぱり違うと思う。前者の場合は、お金がないならないで、自分なりに妥協するなり納得するなりするし、自分で稼げるようになったら、自分の願望を叶える行動が取れるけど、後者の場合は、それが実行可能な状況になっても、心理的に親の支配を受け続けるからだ。

「欲しい」と思うこと自体は、別に悪いことではない。「欲しいけど、お金ないからしょうがないね」と思っていればいいだけのことだし、それはごく当たり前のことだから。大多数の人は、自分の願望をほどほどに満たしつつ、適当なところで妥協しているものだ。問題は、「欲しい」と思う気持ち自体が抑圧されていることだった。「欲しい」と思う気持ち自体が抑圧されるということは、自分は何が好きなのか、何をしたいのか…つまり、「自分が何者なのか」ということが、わからないようにさせられることだから。

子供は、金がないことそのものでは、あまり親を恨まないが、自分の気持ちを尊重してもらえなかったことでは、親を恨むものだと思う。


田房栄子著『呪詛抜きダイエット』は、「親からいじめられていた」ということを認めたくなくて、無意識のうちに、あえて太るような行動をして、みじめな自分になるという親の「呪い」についての話があったけれど、片付けられない、物が捨てられないというのも、けっこう親の「呪い」が影響している部分があるんじゃないかと、自分自身を振り返ってみても思う。

私の、他の物は捨てられても服がなかなか捨てられない、穴が開いたとかそういう服は捨てられるけれど、まだ十分に着れてそこそこオシャレでもあって、でも自分は着ないなぁ…という服が処分できなかったのは、親から「おしゃれしたい」という気持ちが抑圧されていたからだと思う。

たぶん、その捨てられない服は、私の執着みたいなものの表れだったんだろう。自分のことを「おしゃれに興味の薄い、流行に疎い子」だと思い込まされていた私にとっては、心の奥底では、おしゃれな服というのは、憧れだったし、ずっと欲しいものだったんだろうね。私が服を処分するためには、自分の中の「おしゃれしたい」という欲求を満たしてあげる必要があるんだろう、と思った。


当時流行っていたコギャルな格好がしたかったとは、別に今でも思わないけれど、17歳の自分に、それぐらいの年齢の子が着るような、きれいなブラジャーと肌着を買ってあげて、小学生の頃に初めて買った時のままの眼鏡を買い替えてあげて、美容院に連れて行ってあげたいな。

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