まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

Hard Facts

Hard Facts, Dangerous Half-Truths, and Total Nonsense: Profiting from Evidence-based Management

Hard Facts, Dangerous Half-Truths, and Total Nonsense: Profiting from Evidence-based Management

という本を読んだ。

生物学や哲学とは何の関係もないが、とてもおもしろかったので紹介。

これは、経営や政策について頻繁に立てられ何となく信じ込んでしまっている主張が、ほんとうは一面だけの真理(half-truth)でしかないことを明らかにし、そうした思いこみではなくきちんとした証拠に基づいた経営を行うことを説く本。本書で批判されている俗説には以下のようなものがある。

  • リーダーは組織の盛衰を決める一番の要因である。
  • リーダーは、成功するためには自分の組織を完全に把握していなくてはいけない。
  • 組織の成功にとって有能なメンバーを集めるのは非常に大切。一流の人材をあつめると、一流の組織ができあがる
  • 企業にとって、どういう戦略をとるかはきわめて重要である。たとえばインテルの成功はつねに最適の戦略をとっていたためである。
  • 給料によるインセンティブは生産性を上げるために非常に効果的である。
  • 組織の文化を変えるには十年単位の長い時間がかかる。
  • 競争に勝つためには企業はつねに自らを変革していかなくてはならない。
  • 仕事と生活はまったく別のものである。仕事に家庭を持ち込むのはよくない。

著者はこうした俗説はまったく間違っているわけではないが、全面的に正しいわけではなく、せいぜい一面の真理でしかないという。こうした説が正しい場合もあるが、いつも正しいわけではなく、状況が違えばこうした俗説に従うことで無惨な失敗に導かれることも多いのである。

これを示すために著者がとる方法は単純である。俗説に反する証拠を与えることである。そしてそうした俗説に惑わされないために、証拠に基づいた判断を下すことが推奨される。


例えばリーダーを論じた第八章をとろう。

一般的なリーダー像では、リーダーは組織の盛衰を決める一番の要因であるとされる。しかし著者はリーダーが組織に与えられる影響は一般に思われているよりもずっと限定的なものでしかないと論じる。リーダーを変えたかどうかは、会社間の売り上げや利益の違いを説明する最大の要因ではない。会社や産業の違いのほうが大きいのだ。

また、こうしたリーダー像は心理的なバイアスの産物である可能性もある。あるシステムをその外から見ると、実際にはそうでなくてもシステム内にいるエージェントがシステムの結果を大きく左右しているように見えることが知られているからである。

加えて、こうしたリーダー第一主義の見方では、最良の組織は最良の個人にまさるということが見えなくなる。もっとわるいことに、エンロンのように暴走するリーダーが出てきた場合にそれをチェックすることができなくなってしまう(すぐれたリーダーを得るかよりもひどいリーダーを速やかに排除する方が組織にとって大切)。さらに、リーダー第一主義が組織に蔓延すると、「組織の成功=リーダーの能力」とみなされ、部下の組織への貢献が正当に評価されなくなり、彼らが充実した生活をおくれなくなる。


著者はこうした知見をふまえて、リーダーがどのように振る舞えばよいか示唆する。一言で言うと、上で述べたようなリーダーの影響力に対するバイアスを利用して、組織をコントロールしているふりをすることで、本当に組織を掌握するのである。

そのためには、リーダーと組織との間のコミュニケーションが重要になる。具体的には、まずなにが組織の目標か(何をしなくてはいけないか)、そしてそれが実現可能であることを、組織内につたえる。その上でいま現在もっとも重要な事柄に集中し、そうした事柄に絞って繰り返しコミュニケーションを行う。また、「われわれ」という言葉をメッセージの中で頻繁につかうことで、組織の成功に対する他の人の貢献を認めることも大切であるという。リーダーの貢献は多くの人にとって自明なのだから、他の人の貢献を強調すべき、ということだろう。

関連する論点として、失敗を率直にみとめることも重要である。組織の失敗の責任をリーダーがみとめることで、かえってリーダーは有能で力があるとみなされ、リーダーの好感度があがる。会社の場合、失敗を認めることで、そうでない場合と比べて翌年の株価が上がっているという調査もある。成功だけでなく失敗も認めることで、リーダーシップを高めることができるのである。*1 さらに、将来について語り、「今犠牲を払うことで将来見返りが返ってくる」というメッセージを伝えるのも重要な戦略である。

こうした点は、政治的リーダーにも当てはまるだろうから、床屋政談をするときにも役に立つ。たとえば、we-talkというのはまさにオバマ流(そして麻生さんができていないこと)である。将来について語るというのものオバマに特徴的だ。また、<事柄を絞ってそれについて繰り返しコミュニケーションを行う>とか<将来について語り、今犠牲を払うことで将来見返りが返ってくると述べる>というのは小泉さんを思い起こさせる。失敗を認めないと、組織がうまくいかなくなるというのは・・・まあすぐにたくさんの人のことを思い浮かべられますが。


こういう目を開かせるような議論が、上で述べたさまざまな俗論に対してされている。そんな本がおもしろくならない道理がない。翻訳も

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

あるので、大変おすすめです。*2

*1:これは「失敗を認められるくらい、自分の能力や組織の状態に余裕がある」というシグナリング効果だろうか。

*2:なおこの本を知ったのはid:arn:20090329でこの本の翻訳が紹介されていたためです。おもしろい本を教えてもらってありがとうございます。またarnさんの上のエントリには本書一章・二章の要約メモがありますので、参照してください。