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2011-12-10

[][]北朝鮮ベルヌ条約事件最高裁判決はおかしい:ダブルスタンダードになるので 10:33 北朝鮮ベルヌ条約事件最高裁判決はおかしい:ダブルスタンダードになるのでを含むブックマーク

産経新聞より*1http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/111208/trl11120819490021-n1.htm

北朝鮮の作品に著作権保護義務なし 最高裁判決*2

 北朝鮮の映画を無断でニュース番組で使用され、著作権を侵害されたとして、北朝鮮の行政機関と日本の配給会社が日本テレビフジテレビに、放送差し止めと損害賠償を求めた訴訟上告審判決で、最高裁第1小法廷(桜井龍子裁判長)は8日、「日本は北朝鮮の著作物を保護する義務を負わない」とする判断を示した。配給会社に対して計24万円の賠償を支払うようテレビ局に命じた2審知財高裁判決を破棄、請求を全て退けた。テレビ局側の勝訴が確定した。

 日本と北朝鮮は、著作権保護に関する国際条約(ベルヌ条約)に加盟。同条約は「同盟国の国民の著作権が保護される」と規定しており、原告側は「日本でも北朝鮮作品の著作権は守られべきだ」と主張。テレビ局側は「日本は北朝鮮を国家として承認しておらず権利義務関係はない」と訴えていた。

 訴訟では、未承認国との間で国際条約上の義務が発生するかが争点となり、同小法廷は、「国際条約に未承認国が加入しても、直ちにその国と権利義務関係が生じるとはいえず、わが国は権利義務関係を発生させるか否かを選択できる」との初判断を示した。

 1審東京地裁と2審知財高裁はいずれも著作権侵害を否定したが、2審は「無断放送で配給会社の利益を侵害した」と不法行為に基づく賠償請求のみを認めた。同小法廷は、2審判決が賠償を命じた点についても、「保護対象ではない著作物の利用は特段の事情がない限り不法行為にならない」と退けた。

最高裁判決を自分みたいな素人が批判しても何にもならないのだが、おかしいと思うので批判してみる。本件は日テレとフジテレビが北朝鮮映画を無断でニュースに使い北朝鮮に著作権侵害で訴えられた事件。「知財国際法」の事件だ。TPPの知財問題も「知財+国際法」であり、最近興味をもっている分野。といっても国際法については教科書を1冊読んだ程度で素人なのだが、その程度の知識でもおかしいと言えると考える。


最初に結論を書いておく。なぜ本判決はおかしいのか。ここでしたいのは「北朝鮮で日本の著作権が侵害される」とか「北朝鮮のサーバに違法著作物をアップロードしたらやり放題」とかいう話ではない。より一般的な問題として、この判決の理屈でいくと日本が北朝鮮に「慣習国際法上の義務を守れ」と言えなくなるからだ。「守れ」と言ってもいいが、言うとダブルスタンダードになるからだ。なぜなら条約と慣習国際法で違う基準を適用しているからだ。「条約と慣習国際法は別のものだから違う基準でいいじゃないか」という議論があるだろうが、両者は密接な関係にある。なぜ条約と慣習国際法は違う基準でいいのか本判決は示していない。


1.最高裁判決

まず判決の内容を紹介する。

我が国は,我が国が国家として承認していない国(以下「未承認国」という。)である北朝鮮の国民の著作物につき,ベルヌ条約3条(1)(a)に基づき,これを保護する義務を負うものではないから,本件各映画は,著作権法6条3号の「条約によりわが国が保護の義務を負う著作物」とはいえず,1審原告らの主位的請求は,その前提を欠き,理由がない。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111208164938.pdf (判決文)

一般に,我が国について既に効力が生じている多数国間条約に未承認国が事後に加入した場合,当該条約に基づき締約国が負担する義務が普遍的価値を有する一般国際法上の義務であるときなどは格別,未承認国の加入により未承認国との間に当該条約上の権利義務関係が直ちに生ずると解することはできず,我が国は,当該未承認国との間における当該条約に基づく権利義務関係を発生させるか否かを選択することができるものと解するのが相当である。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111208164938.pdf (判決文)


2.条約と慣習法

次に国際法の主な内容である条約と慣習国際法について説明する。

国際法の種類(法源という)は主に条約慣習国際法だ。条約は例えばTPP。慣習国際法は条約のように条文はない(不文法という)が国際法として認められるものだ。というか、伝統的にも慣習国際法が国際法の主役だ。世界政府がない現状では世界には互いに対等な主権国家が並存している。よって、強制的にすべての国家に同じ法を守らせることはできないのだ。よって国家が自分の意思で守ると言った条約か、慣習として国家が守ってきた慣習法が国際法の主な内容になっている。慣習法は伝統的なだけあって公海の自由や外交使節などの重要な内容を定めている。またすべての国家が守らなければならない一般国際法として主張されることもある。

ということで慣習国際法は今も昔も重要だ。よって北朝鮮が「うちは慣習国際法を守らないから」なんてことになったら大変なので、日本は「慣習国際法は守れ」と言わざるを得ないだろう。ただし、本判決は「普遍的価値を有する義務は別」という例外をもうけているので「普遍的価値を有さない慣習国際法は北朝鮮も守らなくていい」と言うのだろうか?普遍的価値というのは、例えば人権や人道だ。これだけではどう考えても足りないと思うが。


そして、この慣習国際法と条約は密接な関係にあるといえる。なぜなら、第一に慣習法を明文化して条約にするなどが行われてきた(法典化とよぶ)ため、慣習法が条約になることが多い。第二に国家間の交渉で条約を作成し、条約が広まっていくことでその内容が慣習法となることも多い。よって両者の内容は同じであることが多い。

本件のベルヌ条約については、北朝鮮ですら加盟しているほどの大きな条約(164カ国)*3であり歴史的にも古く(1886年)、この条約と慣習法は何が違うんだろうか。ちなみに慣習法の条件は(a)国家がその慣習に従って長いこと行動していること(一般慣行という)と(b)国家がその慣習を「法だ」と考えていること(法的確信という)である。


3.ダブルスタンダード

以上のような状況で、未承認国家だからといって北朝鮮に「条約を守るかどうかは日本で決めるけど、国際慣習法は必ず守れよ」なんて言うことは許されるんだろうか。「それってダブルスタンダードなんじゃないの?」ということだ。

もしダブルスタンダードであることを認めるなら、これを正当化するのは無理だろう。条約と慣習国際法は全然別のものでダブルスタンダードではないというのであれば、それを主張して本判決の理屈を正当化してもらいたいものだ。本判決中にはそのような説明はない。更には「ダブルスタンダードであっても正当化する必要なんてない」という立場もあるだろう。「義務を発生させるかは国家主権の範囲内だから政府は好きにしていいんだ」と。本判決はこの立場かもしれない。ただ「それはおかしい」ということを今まで書いてきた訳で、話が堂々巡りになりそうだ。

なお、ダブルスタンダードについてはレコード会社・テレビ局・新聞社などを本ブログでよく批判している。


4.その他

三つの点にふれておきたい。第一は「著作権は人権などとは違って普遍的価値なんてない」ということを最高裁が言ってくれていること。

同条約は,同盟国という国家の枠組みを前提として著作権の保護を図るものであり,普遍的価値を有する一般国際法上の義務を締約国に負担させるものではない

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111208164938.pdf (判決文)

このような普遍的価値について定める条約はどの国にも守る義務がある(一般国際法とよぶ)という考え方を述べたもの。


一方、著作権はこれとは異なる。例えば、山田奨治氏が主張しているように著作権は経済的な権利に過ぎないからだ。経済的権利は大事だけど・・・。歴史的にもイギリスではハッキリと経済的権利だったのに、フランス人格権とか言い出すから変なことになって、現在でも「文化」だなんだと言って権利者の経済的な利害の隠れ蓑として使われてしまっている。これもダブルスタンダードだ。


第二は記事にもある「不法行為に基づく損害賠償」という話。これは「著作権侵害にならなくても民法の不法行為として賠償責任がある」ということを認めた判決が過去に結構あるので、それに基づく北朝鮮側の主張。有名な判決としては木目化粧紙事件。本件では高裁が認めていたようだ。しかしこの手の主張は、裁判所が「法の保護のすき間に落ち込んでしまったけど保護してあげたい」と思った場合に認めた主張という気がしている。木目化粧紙事件はまさにそういう事例だった*4。よって、法の整備ですき間を埋めて対応すべきであり、この手の主張はあまり認めるべきではないと考える。よって最高裁がこの主張を否定したのは賛成。

著作物に該当しない著作物の利用行為は,同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20111208164938.pdf (判決文)


第三は判決が「未承認国が事後に加入」という条件をつけていること。これが気になる。


【参照文献】

まずは国際法の教科書。自分が「とりあえずアルマ」と呼んでいるシリーズ。新しい分野を開拓しようとした時に、このシリーズの教科書をまず見てみると捗ることが多いので、とりあえず読むのに重宝する。

国際法 第2版 (有斐閣アルマ)

国際法 第2版 (有斐閣アルマ)

もう一つ、次の判決の原告の主張を参考にした。この事件は特許出願人である原告が北朝鮮人のしたPCT出願(北朝鮮はPCT加盟国)の特許を受ける権利を譲受けたけど、日本で国家承認していないことを理由に出願却下になったのを不服として特許庁と争った事件。出願人が敗訴している。本判決とそっくりの理屈。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110926084733.pdf (裁判所)


【追記】

『国際法判例百選』(2011)の本判決の解説で濱本正太郎氏(京都大)が以下のように書いている。個人的には本エントリと同趣旨だと都合よく解釈してしまう。

第3に、本判決は、日本の国家実行とも一致しない。日本政府は、北朝鮮に国家承認を与えていないことを明言しつつ、北朝鮮との関係において、領域法・海洋法・空法・国家責任法・戦後補償など、様々な分野で慣習国際法上の権利義務関係が生じることを繰り返し国会答弁において認め、宣言的効果説に整合的な立場を採り続けている。慣習国際法上の義務が生じるのに、多数国間条約上の義務が生じないのはなぜなのか。本判決からは、これを知ることもまた、できない。

なお、宣言的効果説というのは国家承認の効果についての説の一つで「国家は成立要件を具備すれば国際法上の法主体になるのであって、国家承認はそれを確認する効果しかない」という説。確認的効果説とも。

国際法判例百選 第2版 (別冊ジュリスト204)

国際法判例百選 第2版 (別冊ジュリスト204)

*1:朝日http://www.asahi.com/culture/update/1208/TKY201112080593.htmlhttp://www.asahi.com/showbiz/movie/TKY201112080593.html読売http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111208-OYT1T00992.htmも同様の記事。

*2:この事件は北朝鮮映画事件、北朝鮮映画無許諾放送事件など色々な名前で呼ばれているようだ。自分としては北朝鮮とベルヌ条約がキーワードなのでそれを単純にくっつけた。

*3WIPOより。http://www.wipo.int/treaties/en/statistics/StatsResults.jsp?treaty_id=15

*4:原告の販売する木目化粧紙がデッドコピーされたが、大量生産品なので著作権法で保護されないうえ、当時はまだデッドコピーを禁止する不正競争防止法の規定もなかった。この事件の後でできた。