yukihiko yoshida’s dance writing:tokyo dance diary

2017-09-30 シティ・バレエ・サロンVol.6

東京シティ・バレエ団「シティ・バレエ・サロン Vol.6」

 今回の本企画では女性振付家が活躍をみせていた。会場となった豊洲シビックセンターホールは演出によってはパネルを外すことで劇場の中からレインボーブリッジを遠望できる演出を楽しむことが出来る会場でダンス公演が増えてきている。渡邉優のシンフォニックバレエ「Blue & White」はゴージャスな夜景の光と舞台照明、白と青の衣裳の踊り手たち(中森理恵、飯塚絵莉、加瀬裕梨、吉留諒、吉岡真輝人、杉浦恭太)を楽しむことが出来る良作だ。草間華奈「孤独の先に…」は少女(松本佳織)の歩みを綴った詩編に基づきながら、主人公と紫色のキャラクターたちが音や身体の表情の変化を通じて描きだしていく丁寧な作品だ。二作品とも色調を上手に用いた演出といえる。

 中弥智博「numero5」は、オールド・ファンには舞台の上で食べるのは良くないとされることもあるとはいえ、野菜を食べる場面を可愛らしくわざとコミックに入れてみたり、円を描き手拍子と共に弾けるなど、一般的なバレエ・ダンスの構成にみられない場面を多く取り入れた力作である。男女の世界を描いた石黒善大「夜、」と共に現代美術を用いた演出、接点を模索していくと広がりがでてくると考えられる。浅井永希「Nostalgia」はよりシンプルに象徴的な物語に絞っていくと多義でありながら明快になるともいえるが、ダンサーたちの演技は素晴らしかった。

 5作品いずれも日本のバレエ界の現代のスタンダードな作風と比較してみると、それぞれの個性と発想の萌芽がある。それが大きく育つ日が楽しみだ。

(9月30日、豊洲シビックセンターホール)

2017-09-29 選抜新人舞踊公演・初日

現代舞踊協会・選抜新人舞踊公演・初日

 ソロは伊藤有美の「きらきら星変奏曲」(モーツァルト)の面白さを捉えユーモラスに演じた『戯れ』と白い花園と空間を象徴的な演出を通じて活かした小室眞由子『儚き香り』が白眉だ。ドラマと構成が映える片山葉子『偽りの影』と山之口理香子『記憶のカケラ』も優れている。群舞では川村真奈の新鋭振付家としての振付とクールな感覚が反映された『電気羊を数えておやすみ』は新世代の舞踊表現といえる。

 池田美佳・山口華子らと並ぶ新時代の才能の川村真奈、小室・片山・矢之口ら若手の感性は10年前と大きく異なる。しっかりとした構成と繊細な感覚を兼ね持つ一方で、厳しい時代の中での舞踊活動を重ねているだけあり一味違うものを感じるのも事実だ。コンテンポラリーという既存の枠組みでなく、新しい枠組みからこれらの作品を読んでいくことが重要だ。

(9月29日、新国立劇場・小劇場)

2017-09-23 Leeres Lachen Theater起動!

田中奈美「彼方-beyond」

病室に赤毛の女が寝ている。映像が流れ珍しい症例として目覚めない女であることが医者と"美少年"(月読彦)のやりとりから告げられる。眠れる美女の脳内イメージの世界が広がる。病室とダンスという近代の寓話とさせるテーマでもある。音楽のホムルンクスは白衣でパフォ。ドラマトゥルグは滝野原南生。Leeres Lachen Theaterの旗揚げ公演である。

(9月23日、七針)

2017-08-27 マクミラン没後25周年

小林紀子バレエシアター「マクミラン没後25周年記念公演」

注目をされたマクミラン春の祭典」(日本初演)は黒い衣裳の踊り手たちが舞台いっぱいに広がる。シンプルで意外だが素晴らしいダンス表現であり、しっくりくる内容だ。マクミランの興味深い横顔と振付家としてのスケール感を感じさせる。黒という混乱の時代を想わせる色調を用いたファシズム台頭前の世界、1920年代30年代良さを想わせる「LA FIN DU JOUR」(日の終わり:日本初演)では島添亮子・高橋怜子の演技が冴える。ピアノオーケストラを通じて紹介し時代に迫った。アシュトンバレエの情景」は稽古などのシーンも入る軽快な演目といえる。指揮はポール・ストバート、演奏は東京ニューフィルハーモニック管弦楽団。前者2作品は現代社会を意識した内容と考えることもできる。

(8月27日、新国立劇場オペラパレス)

2017-08-22 及川廣信「カフカのサーカス」

サーカススペクタクル性、現代社会を穿ってみる視点に注目が集まりリバイバルな昨今だ。作家カフカの世界には「サーカス」が登場する。及川廣信はそこに着目した新作を発表した。一座の進行役はカフカの生涯や作品に登場する場面を寓意アレゴリー)のように描写していく。生前は無名だった作家(蒼浩人)の表情を織り交ぜながら情景は展開する。作家の作品も次第に入り時混じっていく。舞踏の相良ゆみはアトラクションの場面で久世龍五郎、坂上健と共にバレエシーンも披露し客席を沸かせた。NYCから帰国中の貝々石奈美のコンテンポラリーバレエが繰り出す尖鋭なムーヴメントや小劇場系でパフォーマンスで名を馳せるスピロ平太の笑いを誘う捨て身の芸もサーカスの民衆娯楽の味わいが加味され味わい深い。

及川のメソッドに注目した前回の大野慶人との共同作品に続く本作は、作中の表現や構成にそれが応用されており、ジェストを中心に身体技法が見事だ。蒼や演劇でも活躍する清水穂奈美が継承するアルトーメソッドを自然に作中に盛り込み作品を成功に導いた。及川の近年の公演ではメソッドの特色や独創性そのものをテーマにしてしまう事で、独自な世界観を理解できるか/できないかという一線が作品にあったが、この作品では寓意サーカスの持つ独特な親しみやすさと結びつくことで優れた表現を導いた。フラヌ―ルとして戦後を生きてきた巨匠の歩みが送りだした最晩年の名作と言っても過言でもないかもしれない。本作に及川は声で出演。さらなる活動についてもメッセージでアピールした。

及川のグループは土方巽大野一雄らの舞踏に対抗するように、パフォーマンス・フェスティバル・IN・ヒノエマタやShu Uemuraとの活動を通じて、浅田彰と情報社会論で並んで注目されていた粉川哲夫や現代の演劇評論の大家たちと独自の場を構築してきた。及川の系譜が80年代に八戸で実現させたイベントにカフカ・コロックがある。これは後に「カフカサーカス」(三原弟平、1991)などの著作につながる企画だった。自身の活動から生みだしてきたコンテクストの中から、カフカサーカスという2つのキーワードに焦点をあてることで良作を送りだした。

(8月22日、D倉庫、ソワレ