yukihiko yoshida’s dance writing:tokyo dance diary

2007-03-05 今月のダンサー:07年3月 キミホ・ハルバートさん

(C) Yusuke Masuda

初めてキミホ・ハルバートさん http://www.kimiho.com/top.html さんの作品とであったのは、昨年上演された「White as Snow, As Red as an Applehttp://www.dance-square.jp/ygkw2.html だった。詩的で若者に向けた人生の寓意のようなこの作品を、普段接している現代舞踊の中堅で近いタッチを感じさせる作家、例えば飯塚真穂や矢作聡子、と比較しながら新鮮でとても興味深く感じながら見たことを覚えている。

今年の横浜Solo × Duo Comp'etitionでは一変し正統派の“Inbetween Realities”は手ごたえのある作品だった。今月の中場の公演には関係者の期待が集まっている。そこでインタビューを申し込んでみたところ、多忙にも関わらず引き受けてくださった。ここに心から感謝したい。

Q1.今年は1月に横浜Solo × Duo Comp'etitionに作品“Inbetween Realities”で出場されましたがいかがでしたか?アジアの作家の作品も例年より多かったと思いますが、コンペ全体に対する感想などあれば伺ってみたいです。

今回振付のコンクールに出場をするのは初めての事でしたので、いろいろと良い勉強になりました。本来、踊りや振付というものは点数をつけられるものではないと思うので、難しい事なのですが。いつも見て下さっているお客様でない方に見ていただき、次の道につながればと思い、出場しました。

確かに昨年に比べて、アジアの作家の作品が多くなったと感じました。でもそれはコンクールのレベルのためにも良い事だと思うので、その中でやらせていただけた事はありがたい事でした。しかし、やってみても、今の踊りの世界で何を求められているのか、まだまだわからない部分もありますね。ダンスコンクールのはずなのに、踊ってはいけないと言う意見が多かったり。いろいろなタイプの振付家がいていいのだと私は思うのですが。どうなのでしょう?ただ、このコンクールは本当にスタッフさんたちがすごく協力して下さって、たくさんの方が見にきて下さって、ああいう場所がある事は振付家にとっては嬉しい事ですね。

Q2.昨年春には“White as Snow, As red as an apples”という詩的で若者の人生に対する寓意のような作品を上演されていたと思います。横浜で上演された作品では大きな変化を感じたのですが、今回の公演、“Garden of Visions”では作家としてどのような展開を狙っていらっしゃいますか?

そうですね。"White as Snow, As Red as an Apple"の作り方と"Inbetween Realities"は違いますね。環境や客層によって、作り方も変えています。今回の"Garden of Visions"では、何年も作り続けて来た中で、自分の変化だったりする姿を見て欲しいを思い、今までの主な作品を選び、最後に新作を一つやります。まあキミホ作品の歴史と言ったら少し大げさですが。少しずつ変化して行く作品を見て、この先どうなって行くのだろう?と興味もっていただければ幸せです。

Q3.今度の公演では島田衣子さんや森田真希さん( http://d.hatena.ne.jp/yukihikoyoshida/20061101 )といったバレエダンサーから今津雅晴さんのようなコンテンポラリーダンスの作家まで幅の広い面々が集まっていますが、ダンサーを選ぶ上で何か意図されたことはありますか?

この公演のためにお願いしたダンサーはみんなそれぞれのバックグラウンドから来ているのはたしかですね。私が選んでるというとちょっとえらそうですが、多くのダンサーは今までユニットで一緒にやり続けてきてくれた人です。この人たちなしではこの公演は実現しなかったと思います。そして新しいダンサーはつねに探し続けてます。その中で、今回は今津さんや柳本さんに加わっていただき、新たな味を出せたらと思います。バレエダンサーであろうとコンテンポラリーダンサーであろうと、みんな自分の体で表現をしたいというのは一緒です。ジャンルで選ぶと言うより、その人その人の魅力に私が惹かれて頼む事にしました。

Q4.私は日本のバレエ界からいい若手振付家が出てくればと思うのですが、コンクールに出ている若手作家たちに何かメッセージなどはありますか? ハルバートさん自身、国内外のコンクールに作品を提供されていらっしゃいますが、若い才能たちにとって大切だと思うことなどあればお話いただけると嬉しいです。

コンクールのために振付をする事はまた少し違う事だと思うのです。自分の作品を発表するために作品を作るのではなく、コンクールに出ている若いダンサーの良さをどれだけ出せるかが一番重要だと思っています。だいたいのコンクールは照明とかセットとか何も手を入れる事は出来ません。踊り一つで、2分の中で、どれだけそのダンサーのクラシックとは違っている面を出せるかですね。


Q5.お父様のアンソニー・ハルバートさん(1944年生、20世紀バレエ団、NDTなどで踊り1969年から振付家として活動をしている)もバレエ振付家だったと伺っているのですが、どのような方だったのでしょうか?ハルバートサンの中にご両親からの影響はありますか?

私が生まれた時には母はまだ踊っていて、父も振付をしていました。父が家で音を聞きながら作品の事を考えていると私が横で歌ったりしてた事など覚えています。

私は両親から踊る事や振付をする事を進められた訳ではないのですが、やはり小さい時からその世界にいた事は事実ですね。5歳の時にバレエを始めた時も母のまねごとみたいなものだったので、まさかダンサーになるとは母は思っていなかったと思います。小さい時から人に振付をする事も遊びの中で自然にありましたが、実際に振付をするとは18歳くらいまで思わなかったですね。私が今こうして、踊りながら、振付をやってこれているのは間違えなく二人のお陰です。

Q6.ベルギーアメリカでダンスを学んだり活動をしていた時期があるとのことですが、今からその当時を振り返ってみていかがでしょうか?グローバリゼーションともいうべきこの時代なので若者も海外に行く機会が多いです。何か若手作家にとってヒントになる体験などあれば伺ってみたいです。

そうですね。海外にはたくさんの学校やカンパニーがあります。日本とは違う面もたくさんあります。一度は出てみて、いろんな人の作品を見る事はとっても重要だと思います。その中で、自分が向かって行きたい方向性みたいなものが見つかる時もありますし。良い作品もそうでないものもたくさんあります。でも何を見ても学べる事はあるので。

私が体験をしたというか振付をするきっかけになったのもベルギーに留学中の事でした。バレエしか知らずに学校に入った私は、クラスメイトの一人に彼女の作る作品に出てくれないかと誘ってもらったんです。コンテンポラリーダンスに興味を持ったきっかけになりましたね。そして学校にいる時は何か公演があるとみんなで見に行ける様に学校がセッティングをしてくれました。パリまでバスに乗って、みんなで舞台を見て、お互い意見の交換をしたりしました。

もう一つ振付家になるきっかけだったのは学校が主催する"Self Made"という公演でした。これはすべて、生徒だけでやる公演。踊り、振付、ダンサー選び、演目選び、照明、宣伝、などすべてです。その公演の中で、「キミホ、コンテンポラリー作品が多いから、なにかクラシックの作品作って!」って言われたのが私の振付家としての始まりです。

Q7.帰国後、新国立劇場バレエ団などで活動をされ今にいたりますが(現在も登録ダンサーですが)、90年代のシーンと現代を比較してみて何か感じされることがありますか?その時代は私はまだ批評活動を開始していなく学生でした。

なかなか踊りの世界は変わらないというのが私の意見ですね。ダンサーの状況を少しでも良くしようとみんなが努力していますが、やっぱりダンサーは踊る事だけでは生活が出来ない現実はかわらないですね。ただ変わってきていると思うのはクラシックコンテンポラリーの間にあった壁みたいなものだと思います。今の世界では何でも踊れるダンサーが求められている気がします。私が学生の時にコンテンポラリーの作品を踊ったときにはみんなびっくりしていた感じでしたが、今の若いダンサーたちはそれも必要だという意識をちゃんと持っていると思います。

まだまだジャンル付けをされる世の中ですが、これからジャンルではなく一人のアーティストとして、活動が出来る様になれれば良いなあと思います。

Q8.近い将来にやってみたいことがあればお話いただけると嬉しいです。

3月17日18:00、18日14:00&18:00パブリックシアターにて、初自主公演。

ユニット・キミホ 『Garden of Visions』

5月6日 同じくパブリックシアター クリックフリーステージにて、世田谷バレエ連盟のダンサーとして、父が母に振付をした『美女と野獣』という作品をやります。

9月1日メルパルクホール 「岸辺バレエスタジオ発表会」にてクラシックコンテンポラリーの両方をやります。

プロフィール:

キミホ・ハルバート Kimiho Hulbert

ベルギー生まれのイギリス人。5歳より岸辺光代のもとでバレエを始め、ベルギーアントワープバレエ学校を経て、1994年アメリコロラドバレエ団入団。クラシックバレエの他、93〜00年青山バレエフェスティバルにて、島崎徹、金森穣、北村明子、武元賀寿子、鈴木稔等の作品に参加。97年帰国後は、新国立劇場バレエ団(現在、登録ダンサー)をはじめ、日本バレエ協会公演、都民フェスティバル等にソリストとして活躍する一方、振付家としての活動を開始。01年自身で振付・演出を手がけ、ダンサーとしても参加するユニット・キミホ結成。グループでの活動の他、日本バレエ協会、NBAバレエ団、新国立劇場バレエ研修所、青山劇場公演等で作品を上演。堤幸彦監督映画「溺れる魚」、劇団昴「夏の夜の夢」等、舞台以外でも振付活動を行う。また、若いダンサーの育成にも力を入れ、岸辺バレエスタジオをはじめ、様々なスタジオにてコンテンポラリークラスを担当。コンテンポラリー部門に注目が集まるローザンヌ国際バレエコンクールのファイナリストコンテンポラリー作品振付を手掛けている。

主な振付作品 (初演):

1996「Obirgado」(世田谷パブリックシアターフリーステージ)

1998「Nutella」(岸辺バレエスタジオ)

1999「One More Experience」(岸辺バレエスタジオ)

2000「La la Land」(大阪バレエフェスティバル, XXXXXX)「The Second Obrigado」(岸辺バレエスタジオ)

2001「Eve’s Silma」(岸辺バレエスタジオ)「T.C.B.Y.」(Dance Noel, 青山劇場)

2002「Listen and Hear」(岸辺バレエスタジオ)

2003「Vision of Energy」(岸辺バレエスタジオ)

2004「White as Snow, As Red as an Apple」(岸辺バレエスタジオ)、「Appels op Drie」(NBAバレエアトリエ公演)

2005「Branches of Sorrow and Love」(岸辺バレエスタジオ)

2006「INBETWEEN REALITIES」(East Dragon, 青山円形劇場)、「Skin to Skin」(日韓ダンスコンタクト, ソウル・アルコ劇場)、「Beneath the Moon」(岸辺バレエスタジオ)、「White as Snow, As Red as an Apple」(日本バレエ協会ヤングバレエフェスティバル)

バリエーション振付作品:Rage Iyon, William Tell, Blanche, Manuka, Jane, Falling Angel, Wheel of Truth, forrest of memories The Inner Layer, Amaryllis, A Fairy’s Breath, , Nina, Piece of Land, Nothing But Now, Missing Voice 等。

作家HP:http://www.kimiho.com/top.html

写真:増田雄介

Connection: close