yukino77の昇竜日記〜萌えとか野球とか競馬とかいろいろ〜 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2004-08-28 JR飯田線 完全乗車

[] 飯田線全線乗り通し紀行(出発まで)

青春18きっぷの残り1枚を使って、

日帰りで久しぶりにJR飯田線に乗ってきました。

台風が接近しているという話もあったので、

どうしようか迷いましたけど、

「思い切って行っちゃえ」という感じで(笑)

結果、今日はほとんど雨にも降られず、良かったですね。

JR中央線中央西線)は、中津川で乗り換える

木曽谷方面行きの本数が少なく、

必然的にスケジュールは決まってしまいます。

家を6時前に出る、ちょっとハードなスケジュールはしんどいな〜と

思っていたところ、休日は臨時列車「ナイスホリデー木曽路号」が

運転されており、これを捕まえれば、

中央西線の終点・塩尻まで乗り換えせずに行ける事が判明しました。

予定の飯田線にも問題なく乗れるし、

この列車に乗ることにしました。1時間半くらい短縮できますからね〜。

お陰で朝は、普段会社に行く時よりものんびり出来たって感じです。

これだけ遅いのも私的には珍しいカナ?

[] 金山―名古屋―塩尻(木曽谷)

最寄のJR金山駅から、一駅戻って名古屋駅へ。

座るためには始発から乗りたいですからね。

もう既にウォーキングに向かうらしいおばちゃん達が沢山並んでおり、

名古屋駅まで戻ったのは正解でした。

今日の列車は311系です。嘗てのJR東海の最新鋭の車両も、

現在は新快速の運用からは退いて、

内装とか少しくたびれているって感じですけど、

転換クロスですからそれなりに快適ですね。

しかし、前日の夜遅かったこともあって、

中津川あたりまではずっと寝ていました(^^;)

中津川からは木曽谷に入り、山間を行きます。

馬籠・妻籠の最寄り駅・南木曽や、

上松の付近では、名勝・寝覚ノ床を眺めることが出来たりします。

やっぱ飽きないですね〜、もう何度も乗っている区間ですが、

この区間では、本を読むよりも景色を見たいって感じです。

しかし、途中まではすっかり快晴の良い天気でしたが、

次第に曇ってきました。

途中の木曽平沢の駅では、駅のホームに出たら、半袖では寒い位でした。

気温を見たら、なんと21度!こんなに涼しいのは久しぶりです。

さすがは山の中だよな〜とか思ったりしました。

[] 塩尻―岡谷―天竜峡(伊那谷)

塩尻では乗り換え待ち時間があったので、駅の外に出てみました。

長野県の名物は、栗かの子と塩羊羹のようですね。

もちろん、「長野県限定」のプリッツとかもありましたけど。

折角ここまで来たので、塩羊羹をお土産に買っていくことにしました。

値段も手ごろでしたしね。塩尻から岡谷までは2駅なのですぐです。

しかし列車は満員で座れなかったり‥

岡谷で、いよいよ今日のメイン・飯田線に乗ります。

終点の豊橋まで6時間以上かかるので、

トイレも済ませて用意万端って感じですね。

しかし、6時間あれば、鈍行でも東京から名古屋まで行けますから、

我ながら物好きなことと思います。

岡谷から天竜峡までは、どこにでもある普通の田舎の風景って感じですね。

まぁ、中央高速も通っている位ですから、ど田舎って訳でもないので(笑)

但し、駅間が短く、ちょっと走ったと思ったらすぐ止まってしまいます。

こんなところは、飯田線に乗っているんだな〜というのを実感しますね。

しかし、伊那谷は1時間に1本以上列車があり、私の乗った列車も3両編成で

車掌も乗車しており、廃止とかそ〜ゆ〜のとは縁遠い感じがしました。

飯田で後ろ一両を切り離したこともあり、むしろここから混み始めました。

[] 天竜峡―豊橋―金山(天竜川沿い)

天竜峡以降が、飯田線の本領発揮って感じです。天竜川沿いに走り、

周りには人家がほとんど無くなっていきます。千代駅・金野駅と、

駅の傍を見る限りでは、誰もこの駅を利用する人はいないのでは

ないかな〜って感じですね。為栗(←「してぐり」が一発変換で出るとは)

中井侍・小和田の各駅も見応えありました。

これらの駅は廃駅にしても良いんじゃないカナ〜と思ったり。

そもそも駅に来る手段すら無さそうな感じだし(笑)

向かい側に座っていた鉄ヲタ風二人組みは、田本駅で降りていきました。

この駅も、天竜川の断崖絶壁の上にそびえ立っているって感じで、

こんな駅で降りてもどうしようもないような‥

撮影の名所か何かなのでしょうか?

大嵐(←同じく「おおぞれ」が)は、日本最小の村として有名な、

愛知県富山村の玄関口のためか、立派な駅舎が出来ていました。

まぁ、ほとんどが地方交付税の賜物なのでしょうけど。

もっとも、この駅があるのは、静岡県水窪町なのですが。

佐久間の近くでは雨が降り出してきました。祭りの準備をしている様子が

見えたので、ちと気の毒な感じもしますね。佐久間ダムも見えました。

佐久間からは、天竜川と分かれて、宇連川に沿います。

しかし、進行方向左側なので、逆なんですよね〜ちっと残念。

ひなびた温泉地として有名な、湯谷温泉温泉街も見えました。

ここまで来ると、あと少しで終点の豊橋です。

いや〜6時間の列車の旅は長かったですね〜

やっぱかなり疲れました(^^;)

豊橋から名古屋までは、快速列車で1時間かからないので楽ですね。

2004-08-14 日帰りで金沢へ

[] お盆の旅行は大混雑

しかし今はお盆中なんですよね〜、今日は各列車とも混雑していました。

お陰で各列車とも、席を確保するのに一苦労でした。

まぁ、昔はお盆は家でじっとしているもので、

こうやって旅行に出歩いていることなど

どんでもない、って風潮だったそうですけど。

まぁ、昨日仏壇の開帳に貢献していますから、良しとしましょうか(苦笑)

ただ、今日は朝が早かったこともあり、少々寝不足気味なので、

金沢までの道中は居眠りすることが多かったですね。

持参した宮城谷昌光の「香乱記・上巻」は読み終えましたけど。

こちらは、秦末に活躍した、斉国の末裔・田横が主人公のようです。

この時期は、始皇帝に李斯、趙高に蒙括など、特徴的な人物が登場するので、

読んでいても面白いですね。陳勝・呉広も反乱軍で出てきます。

[] 北陸との境目は天候がガラリと変わります

敦賀を過ぎ、北陸トンネルを抜けると、なんと雨が降っていました。

確かに天気予報では北陸地方は雨だと言っていましたけど、

これほどスパッと天気が変わるとは‥ちょっとびっくりしました。

冬になると、きっと雪に変わるんでしょうね。

しかし幸い、雨はそれほど長くは降らず、旅行中は傘は差さずにすみました。

(もちろん傘は持参済みでしたけど)

[] 乗り継ぎで福井途中下車

福井では40分位待ち時間があるので、駅前に出てみました。

福井市の中心部ですから、豪雨の影響は感じられませんでしたが、

JR越美北線が運休・バス代行運転になっていましたね。

駅前をちょこっと歩いてみたりしました。今日は幸いそれほど暑くは無いので、

こうやって町歩きが楽しめますね。暑いと、

駅の待合室に逃げ込むところですけど(^^;)

でも行ったのはアニメイトでしたけど(笑)

福井からは1時間ほどで金沢に着きます。

しかしもう午後の1時なんですよね〜。

午前中を移動に費やしてしまったので、少し勿体無い感じです。

金沢に来るのはもう10年ぶり位ですね〜、

しかし、前回来たときは2泊したのですが、

能登半島の観光がメインで、市内はほとんど歩いていないです。

ほんと久しぶりになりますね。まずは駅前からバス兼六園に向かいました。

[] 兼六園・成巽閣(金沢

兼六園はさすがに観光客が多かったです。今日は無料開放されていて、

入場料300円が要らなかったのも有難いですね(笑)

しかし、改めて広いな〜と思いました。手入れとかきっと大変なんだろうな、と。

前回来たときは冬でしたから、緑もあまり無かったものと思われます。

雪が積もっていた、という記憶は無いのですが。

もう15年近く前ですから、ほとんど覚えていないですね。

逆にそうだからこそ、新鮮な気分で観光が楽しめました。

年季の入った、枝振りの面白い松とかありましたけど、

結構枯死したものも多いんですね。

まぁ、松は色々害虫とかには弱いので、仕方ないのかもしれません。

あとは、日本武尊の銅像とかも立っていました。

兼六園の中にあるのが、殿様の御母堂の隠居所の「成巽閣」です。

こちらは無料にはならず、入場料600円が必要でした‥高いな〜(苦笑)

地方公共団体の管理なら、もうちょっと安くして欲しいものですね。

謁見の間が豪華な造りだったり、2Fの「群青の間」は、

その名の通り壁が群青色に塗られていて、

少し異様な雰囲気を醸し出していました。

[] 寺町・武家屋敷(金沢

兼六園を後にして、次は寺町へ向かいました。

犀川沿いの「室生犀星文学碑」を見たあと、

犀川を渡りました。しかし、碑は所詮石の塊(笑)

見ていて面白いものではないですね。

あと、加賀百万石の地元なので、当然寺は浄土真宗ばかりかと

思っていましたけど、日蓮宗が多かったのは意外でした‥

逆に浄土真宗はほとんど見かけませんでしたね。

ちょっと意外な寺町でした。

寺町の後は、中心部の香林坊を経て、武家屋敷跡を見ました。

香林坊は金沢の繁華街なのですが、その香林坊のすぐ傍に、

昔の雰囲気を残した武家屋敷跡があるというのは、

ちょっと不思議な感じですね。

私はこのシチュエーションが大好きだったりします。

ただ、観光客が多くて、のんびりと歴史に浸るわけにはいきませんでしたけど。

ここでは、公開武家屋敷の「野村家」に入りました。

ここの庭園は、外人の投票によると、日本庭園の第3位だそうです。

(ちなみに1位は足立美術館、2位は桂離宮)それほど評価の高い公園だとは

知らなかったです。大学時代に一度来ていますけど、

そんな認識は全然無かったな、と。

いざその庭園を改めてみましたが、う〜ん、確かに素晴らしいですね。

敷地自体は狭いのですが、その狭い中に、

ダイナミックに庭園が形成されています。

池あり橋あり燈籠あり、そして緑も豊富で良いですね〜。

歩き回って疲れていたこともあって(苦笑)、

庭先でのんびり腰を下ろして眺めていました。

このあとは、香林坊からバス金沢駅に戻り、駅ビルでお土産を買って、

再び5時間以上かけて家まで帰りました(^^;)

はぅ〜さすがに疲れを覚えますね。

列車の中では、半分くらい寝ていました。

新書マンガを1冊ずつ読みましたけど。

2004-08-08 今日は「まるはちの日」とか

[]金山〜大垣〜米原〜姫路(東海道山陽線

米原では、今日は終点の姫路まで乗るので、
確実に席を確保する必要があります。
幸い米原始発の電車なので、無事に席にありつくことが出来ました。
新快速を終点まで乗るのは珍しいですね、いつもは京都や三ノ宮
下車してしまいますから。

*[鉄道・旅行]姫路城(その1)

姫路城に行くのは久しぶりですね、これまた大学生以来になります。
2年前の小豆島旅行の帰りに、小豆島から姫路に船で移動し、
その時港から駅までバスに乗りましたけど、
通り過ぎただけですからね〜。
姫路城は駅から北へ一本道なので分かりやすいですね。
お城が見えてくると、その光景には見覚えがあります。
一気に時間がフラッシュバックしますね。

私は当時よりは年をとっていますけど、
姫路城は当時と変わらない姿を見せてくれます。
ちとはかないかな〜とも思ったりして。

*[鉄道・旅行]姫路城(その2)

姫路城は国宝だけあって、昔の姿をとどめています。
天守閣への登城路とか、「暴れん坊将軍」あたりに
出てきそうな感じですね(笑)
あと、天守閣ではなく、西の丸にも入れるのは面白かったですね。
数奇な運命をたどった秀頼の妻・千姫の部屋もあったりしました。
天守閣内部は他の城と同じく博物館になっていましたね。

姫路城を治めたのは本多氏かと思っていましたけど、
酒井氏の治世が長かったんですね。
まぁ西国を睨む重要な拠点として、
譜代大名の管理下に置かれていたのは変わりないですけど。
あと、天守閣に吹き付ける風がとても涼しかったです。
国宝なので、近代化設備とかは最小限なのですが、
天守閣にも警備員とかいましたけど、
これだけ涼しい風が入ってくるなら、
クーラーなんて無くても大丈夫かな、と。

*[鉄道・旅行]姫路〜上郡〜智頭(山陽本線智頭急行

お城を見たあとは、ローカル線乗り潰しに出ます。
智頭からの智頭急行は、今は夏休みの「一日乗車券」が発売されており、
普通に切符を買うよりも、260円得しちゃいました(笑)
しかし、鳥取への短絡線として賑わう智頭急行も、
兵庫・岡山・鳥取の県境を走るので、
ローカル列車の乗客は少ないですね。
もともと一両でしたけど、途中からは、
なんと乗客は私一人でした。優雅な気分にゅ(笑)

2004-07-31 中国地方紀行、最終日。

[]旅行最終日 米子〜備中神代(伯備線)

ここに来て台風中国地方に進路を変えてきたとの情報があり、

今日は天候次第では早めに切り上げる予定にしていました。

お祭りの準備で華やかな市内の通りを歩いて米子駅まで歩き、

伯備線の電車に乗りました。名山・大山が車窓から見えますが、

頂上は曇って見えなかったですね。伯備線は山陽・山陰の連絡線なので、

進んでいくに従って山が深くなります。人里離れて行くって感じですね。

陽陰連絡特急・「やくも」が走っているので、幹線扱いですが、

こうして各停に乗っていると、ローカル線と変わりないですね。

[]備中神代〜備後落合(芸備線)

陽陰のほぼ中間となる備中神代で芸備線に乗り換えです。

新見〜備中神代間が未乗になってしまいますが、今回はこういったスケジュール

しか組み得ませんでした。芸備線はJR西日本区間ではおなじみの、

キハ120系単行です。

途中駅乗車ですが、数少ないBOXシートを確保出来たのでよかったです。

この区間も列車本数が少なく、スケジュールには腐心したところですね。

岡山・広島県境を行くので、列車の本数も乗客も少ないです。

途中の東城駅では、停車時間が長いので駅の外に出てみました。

バスの待合所にもなっている「なんでも屋」の店の作りも古くて、

町中ローカルムードに溢れているって感じですね。

東城といえば、「いちご100%」のヒロイン・東城綾を思い出したり。

名勝・帝釈峡の近くでもありますが、

観光ムードは全くといって良いほど無かったですね。

ほとんど車なのでしょうか。

[]備後落合〜三次(芸備線)

木次線との接続駅・備後落合で乗り換えです。木次線は4年前に乗りましたが、

スイッチバックとかあって、面白かった路線ですね。

こちらは備後落合側は1日3往復しかなく、乗るのも大変ですね。

広島が近くなってきたため、乗客もぼちぼち増えてきました。

「田園文化発信都市(笑)」の庄原前後が一番乗客が多かったですね。

三次では福塩線の乗り換えに、1時間近くの待ち時間がありました。

何か食べたいな〜と思い、駅を出てふらふらと歩いていたら、

ショッピングセンターがあり、そこの中に入りました。

ミスタードーナツがあったりして、ジャスコあたりと変わらないですね。

そこでお菓子や飲み物を買いました。

[]三次〜府中〜福山(福塩線)

いよいよ中国地方最後の大物・福塩線に乗ります。

福山までは2時間半かかりますね。

しかし、事故なのか、両腕の無い人が乗ってきて、ちょっと不気味な感じでした。

足の指で操作したりしていましたけど‥両方とも無いと大変でしょうねぇ‥

府中までは先ほどからおなじみのキハ120系でした。

なんでも線路を長持ちさせるため、スピードを出さないようになっているらしく、

制限速度15キロ、なんてところもあって、最高にのろかったですね。

府中からは普通の通勤型の車両でした。

しかし、ここまでひたすらローカル線ばかりに乗ってきたので、

新幹線も乗り入れている福山市が大都会に見えました。

[]福山(鞆の浦)

ローカル線のり歩きはここまで、ここからは観光に切り替えです。

福山は通り過ぎることは何度かありましたけど、観光したことは無かったので、

この機会に取り入れてみました。近くの尾道もこんな感じですね。

バスで、海岸沿いの鞆の浦まで行きました。

江戸時代の朝鮮からの使節を迎えた「対潮楼」が有名らしいですけど、

台風の影響で結構強い風が吹いていて、残念ながら今日は拝観中止でした。

まぁ古い建物だから仕方ないな〜と思いつつも、わざわざ来ただけに残念ですね。

海岸沿いなので荒れている海が眺められますし、

おまけに雨も降ってきたので、台風電車が止まったら大変だ、

と思い、早めに帰ることにしました。

[]福山〜岡山〜網干〜米原〜大垣〜金山(山陽・東海道線)

福山からは、ひたすら帰るだけです。福山駅には予定より早く戻ってきましたけど、

時刻表を調べると、岡山から予定よりも1本早い電車に乗れることがわかったので、

それで帰ることにしました。台風も接近中だし。

福山駅の土産物店でも冷やかそうかな、と思っていたんですけど。

まぁ、広島県なので、ちらっと見た限りでは、もみじ饅頭が幅を利かせていました。

網干で乗り継ぐ際に、駅前のコンビニでビールとおつまみを手に入れました(笑)

網干からの新快速はほろ酔い気分ですね(^^;)

舞子や須磨の海岸、明石海峡大橋を眺められるので悪くは無い車窓でしたね。

米原からの大垣行きは乗車率高かったですけど、乗り継ぎの豊橋行きは

大垣発車時には空いていました‥「ながら」に乗り継ぐ人が多かったのかな。

2004-07-30 中国地方紀行 2日目

[]下関〜厚狭〜仙崎(山陽線・美祢線)

夜行列車を下関で降り、山陽線を引き返して厚狭に向かいました。

夜行列車を厚狭で降りても良かったのですが、

それだと時間が余ってしまうので。

下関では、映画「チルソクの夏」の舞台になった場所(関門トンネルとか)

を見てみたかったのですが、その余裕は無かったのが残念です。

厚狭からは美祢線に。レールバスの単行運転ですが、

昔は石灰岩輸送で賑わっていたそうで、

美祢線は今でも幹線扱いになっています。

秋芳洞が近くにありますけど、美祢線は残念ながら観光とは無縁って感じですね。

[]仙崎〜長門市(山陰線)

まず最初の目標は、未乗の長門市〜仙崎間です。

通学輸送が主体になっているローカル線は、昼間はあまり運転されないので、

朝夕が勝負って感じですね。

朝に長門市に現れるには、夜行列車が有効だったこともあり、

この日程になりました。

しかし、昨夜は割とよく眠れましたけど、

やっぱ夜行列車はつらい年頃になりましたね(^^;

ただ、仙崎まで乗ったのは、私の他には鉄ヲタ2人だけ。

折り返しの列車に乗り込んだのも2人の外には無く、

もう既に通勤通学輸送からも見放されているって感じの仙崎支線でした。

これは先は長くないかなぁ、と思います。

[]長門市〜東萩(山陰線)、萩市内観光

長門市に戻り、山陰線を東に行きます。この列車は東萩止まりなので、

期せずして萩の観光が出来ることになりました。

しかし次の列車までは1時間しかなく、またこの列車に乗らないと

後のスケジュール的にまずいので、急いで観光することになりました。

しかし、暑いこともあってあまり早くは歩けず、

結局萩城跡までは行けず、高杉晋作と木戸孝允の旧宅を

ちょこっと見ただけで引き返さざるを得ませんでした。

これなら、近くの松下村塾の跡でもゆっくり見たほうが良かったかな、と。

しかし、旧宅の他には焼き物の土産屋位しかなく、

それほど未練は無かったですね。

過去に一度ざっと観光済み、というのもあるかと思いますけど。

個人的には昔の印象通り、わざわざ来るほどのものではないな、という感じです。

[]東萩〜益田〜津和野(山陰線・山口線)

東萩からの益田行きのレールバスでは、

無賃乗車の高校生が運転手に捕まっていました。

結局友達からお金を借りて降りていきましたけど、

ワルな高校生共はどうしようもないですな。

気づかれなければ、そのまま知らぬ顔で無賃乗車していたと思います。

制服姿の高校生だと「定期持っているだろ」という感じで、

フリーパスなケースも多いですからね。

山陰線は海岸線を走るので、日本海の青い海がキレイでしたね。

[]津和野観光

津和野に寄ったのは、山口線の益田〜津和野間が未乗のためでしたが、

これで無事完乗です。折り返しの列車に時間があるので、

津和野観光に行きました。

津和野も萩と同じく、もう10年以上前に観光したことがあります。

鯉が泳いでいる水路など、昔のままって感じでしたね。

なんか、時間が以前来たときのまま止まっているような、そんな感じを受けました。

[]森鴎外旧居ほか

津和野では、森鴎外の旧居などを散策しました。

いつの間にか立派な記念館なんぞも出来ていますね。

前来た時は無かった筈です。

小京都、というよりは田舎の山村、って感じでしたけど、

それがまた落ち着いていて良いですね。街中を歩いていたら、

女子中学生の集団から「こんにちは〜」と挨拶されたりしました。

知らない人にも挨拶するという習慣がまだ残っているんですね。

こういうのってなんか良い感じです。

このあとは、太鼓谷稲荷神社へ。日本五大稲荷のひとつだそうです。

山の上にあるので、暑い中上るのは大変でしたけど(^^;)

あとで飲んだアクエリアスの美味しかったこと〜。

けど「葛飾北斎美術館」はちょっと期待はずれって感じでしたね。

浮世絵は少なく、下書きばかりで。

[]SL「やまぐち号」

津和野駅に戻ると、SL復活運転のさきがけとなった

「やまぐち号」が停まっていました。

乗ってみたいな〜と思いますけど、今は完乗がメインなので

泣く泣く諦めました。その代わり写真は撮っておきました。

今日はSL重連運転のようですね、

走っている姿はさぞ見応えがあるものと思います。

客車も、レトロ風にリニューアルされており、雰囲気は出ていましたね。

まだまだSLは子供たちには大人気のようです。

ゲームが全盛の時代にも、子供は鉄道には憧れを持つものなのですね。

まぁ、あれだけ煙を出すことを考えると、環境には悪影響でしょうけど(^^;)

[]津和野〜益田〜松江(山口線・山陰線)

[]松江〜米子〜境港〜米子(山陰線・境港線)

SLに別れを告げて益田に戻り、

益田からは「アクアライナー」で一気に松江まで行きます。

益田は島根県なのですが、県庁所在地の松江までは快速でも3時間、

島根県は結構広いですね。人口は少なそうですけど(^^;)

日本海が見たくて、進行方向左側の席を確保しましたが、

西日がキツかったです。愛惜のお客には迷惑をかけたかな〜と。

でも景色は見たかったので‥

松江で途中下車して食事を済ませ、その後は米子から境港線の往復です。

外は真っ暗なので初乗り勘定はしたくないのですが、ここまで来たのなら折角、

という感じですね。駅間は短いのですが駅数は多いんですねぇ、境線って。

2004-07-29 中国地方紀行 1日目

[]金山〜大垣〜米原〜姫路(東海道山陽線

昨日休日出勤をしなかったので、

今日は予定通り旅行に出かけることにしました。

金山から米原行きの快速に乗りますが、今日は平日なので、

名古屋で無事座ることが出来ました。休日だと、18きっぷのシーズンは、

京都方面への観光客が多く、

下手すると米原まで座れないこともありますからね。

米原では、今日は終点の姫路まで乗るので、

確実に席を確保する必要があります。

幸い米原始発の電車なので、無事に席にありつくことが出来ました。

新快速を終点まで乗るのは珍しいですね、いつもは京都や三ノ宮

下車してしまいますから。

[]姫路城(その1)

姫路城に行くのは久しぶりですね、これまた大学生以来になります。

2年前の小豆島旅行の帰りに、小豆島から姫路に船で移動し、

その時港から駅までバスに乗りましたけど、通り過ぎただけですからね〜。

姫路城は駅から北へ一本道なので分かりやすいですね。

お城が見えてくると、その光景には見覚えがあります。

一気に時間がフラッシュバックしますね。私は当時よりは年をとっていますけど、

姫路城は当時と変わらない姿を見せてくれます。

ちとはかないかな〜とも思ったりして。

[]姫路城(その2)

姫路城は国宝だけあって、昔の姿をとどめています。天守閣への登城路とか、

暴れん坊将軍」あたりに出てきそうな感じですね(笑)

あと、天守閣ではなく、西の丸にも入れるのは面白かったですね。

数奇な運命をたどった秀頼の妻・千姫の部屋もあったりしました。

天守閣内部は他の城と同じく博物館になっていましたね。

姫路城を治めたのは本多氏かと思っていましたけど、

酒井氏の治世が長かったんですね。

まぁ西国を睨む重要な拠点として、譜代大名の管理下に置かれていたのは

変わりないですけど。あと、天守閣に吹き付ける風がとても涼しかったです。

国宝なので、近代化設備とかは最小限なのですが、

天守閣にも警備員とかいましたけど、これだけ涼しい風が入ってくるなら、

クーラーなんて無くても大丈夫かな、と。

[]姫路〜上郡〜智頭(山陽本線智頭急行

お城を見たあとは、ローカル線乗り潰しに出ます。智頭からの智頭急行は、

今は夏休みの「一日乗車券」が発売されており、普通に切符を買うよりも、

260円得しちゃいました(笑)しかし、鳥取への短絡線として賑わう智頭急行も、

兵庫・岡山・鳥取の県境を走るので、ローカル列車の乗客は少ないですね。

もともと一両でしたけど、途中からは、なんと乗客は私一人でした。

優雅な気分にゅ(笑)

[]>智頭〜津山(因美線

ここ智頭から岡山までが、未乗区間になります。

先ほど乗った智頭急行の開業によって、

鳥取と大阪岡山方面を結ぶには遠回り&遅いこの因美線津山線ルート

すっかり省みられなくなってしまいました。

智頭から津山までは、鳥取・岡山県境を走るため、乗客も多くなかったです。

とはいえ、先ほどの智頭急行みたいに、一人もいない、

ということは無かったのですが。

でも、ローカルムードたっぷりで良かったですね。木造の年代モノの駅舎とか。

もっとも、列車の本数も少なくて、

スケジュールには苦労した区間ではありますけど。

[]津山〜岡山〜相生〜三ノ宮津山線山陽線

津山からは接続よく岡山行きに乗り継げました。しかし接続が良すぎて、

席はあらかた埋まっており、進行方向逆側の通路側しか確保できませんでした。

夕方という時刻柄、ビジネスマンが多く、

ビジネスマン岡山まで乗り通すだろうな」と睨んで、

普通の女の人と同じボックスに座ったのですが、

実際は途中駅で下車する人はほとんどおらず、私と同じボックスの女の人も、

岡山の一駅手前の法界院までげしゃしなかったですから‥

岡山でも接続よく乗り継げたのですが、これまた良すぎて、

今度はもう席が無く、立つ羽目になりました。

今度は、荷物の少なそうな家族連れに目をつけ、その傍に立っていたのですが、

これがなかなか降りません‥そうこうしているうちに、他のボックスが空いて

そこに座りました。夕方はやっぱり混みますねぇ‥

[]三ノ宮〜下関(夜行列車ムーンライト九州」)

三ノ宮では遅い夕食をとりました。しかし、9時を過ぎると、

大都市神戸でも、センター街とかほとんどのお店が閉まってしまうんですね。

意外と食べられる店を探すのに手間取ったりしました。

今日は、夜行列車ムーンライト九州」を宿代わりにします(^^;)

この列車は京都始発なので、途中駅の三ノ宮で乗り継いだら、

既に前の席の奴がイスを思いっきり後ろに倒してました(t_t)

とはいえ、私も寝るときには席を倒すので、

「倒すな」とも言えないしな〜うむむ。

けど有難かったのは、隣の席がずっと空いたままだったことですね。

お陰で、横になって眠ることが出来ました。

18きっぷのこの時期は、この「ムーンライト九州」は

常に満員御礼のはずなのですが、指定券は510円なので、

指定券を買っても払い戻しをしない人も多いんでしょうね。

払い戻しをしても手数料300円取られますし。