『遠山啓著作集別巻1/日記抄+総索引』(1983)


いったい遠山先生は何カ国語に通じていたのだろう。
英語・ドイツ語・フランス語・ロシア語の本を買い込んで
自在に読んでいる様子なのだ。
『遠山啓著作集別巻1/日記抄+総索引』(1983)を読む。


遠山啓著作集 別巻 1 日記抄+総索引

遠山啓著作集 別巻 1 日記抄+総索引


遠山先生は僕が敬愛する数学者である。
先生の『無限と連続』『数学入門(上・下)』を
高校時代、岩波新書で読んで知的興奮を覚えた。
先生と矢野健太郎先生編集「数学セミナー」は
なかなか理解は追い付かなかったが憧れの月刊誌だった。


無限と連続―現代数学の展望 (岩波新書 青版 96)

無限と連続―現代数学の展望 (岩波新書 青版 96)

数学入門〈上〉 (岩波新書)

数学入門〈上〉 (岩波新書)


本書は数学論シリーズ全8巻、数学教育論シリーズ全14巻、
教育論シリーズ全5巻の計27巻の遠山啓著作集の2冊の別巻の1冊。
簡潔な日記の記述に先生が考えたこと、行動がうかがえる。
「年譜」のある箇所に目が止まった。


  1929年(昭和4年、20歳)、東京帝国大学・数学科に進学したが、
  2年ほど通学して退学。浪人生活。
  哲学書・文学書を濫読し、数学から遠のく。
  その後、ワイルの『群論量子力学』を読み、衝撃を受ける。


  1935年(昭和10年、26歳)、東北帝国大学・数学科に再入学。
  二・二六事件、日中事変がおきる。
  暗い時代、将棋をさしていた。
  (p.271)


22歳から26歳までの先生の浪人生活が
その後の数学教育論、教育論につながっていったのかなぁ
と想像してみる。


英語学者・斎藤秀三郎の著作との出会いも興味を惹かれた。


  47.3.28<火>(62歳)
  (引用者注:最初の数字は昭和年号。以下同)
  (略)
  語学は好きだった。知的興味。
  会話への興味はなく、チャンスもなかった。
  中学時代、文法への興味(斎藤秀三郎の文法書)。
  (p.52)


  54.4.7<土>(69歳)
  (略)
  新宿紀伊国屋の地下で夕食。
  斎藤秀三郎の英和中辞典
  DudleyのElementary number theoryを買う。
  (p.215)


英和中辞典―熟語本位 (1955年)

英和中辞典―熟語本位 (1955年)


  (先生が購入したのはもっと新しい版だったろう)


  54.4.12<木>(69歳)
  (略)
  紀伊国屋で斎藤「和英辞典」(9800円)を買う。
  (p.216)


先生は1979年(昭和54年)9月11日逝去。
享年70歳。
亡くなる5ヶ月前にも斎藤秀三郎の辞書2冊を買い、
勉強を続け、教材を準備していた。


wikipedia: 遠山啓


(文中一部敬称略)