多和田葉子『百年の散歩』(2017、新潮社)/ブックレビュー


10の物語を読み進むうち、
ベルリンの10の通り、広場、リングで
過去、現在、未来を僕は何度も迷子になっていた。
多和田葉子『百年の散歩』(2017、新潮社)を読む。



(地図作成:村橋貴博)


僕が2006年から09年まで旅したベルリンと
どこか同じで、どこか違う。
10番目の物語のラストを引用する。


   気がつくと森の入り口に立っていた。
   ふりかえるとマヤコフスキーリングが
   まだすぐ近くに見えている。
   戻ろうと思えばまだ戻れる。
   森と町を隔てる道路が
   光の帯のように不気味に浮かび上がって見える。


   あれほど町にしがみついていた自分が、
   町の外に出ることができるなんて考えてみたこともなかった。
   意外に簡単に輪の外に出てしまった。
   町の外は何もない、寂しい場所だろうと
   何の根拠もなく思い込んでいたけれど、
   どうやら思い違いをしていたようだ。


   太陽に蒸された干し草のにおいを
   蜂の羽音が濃密に縫い上げていく。
   土が甘く、風が髪の毛に四本の指を差し入れて戯れて通る度に、
   頬に快感が走る。
   肌を撫でてくれているのはどんな季節なのか。
   気持ちがいい。
   別れというのはこんなに快い、春のようなものだったのか。
   (p.246)



多和田は2006年からベルリン在住。
僕が初めてベルリンを訪れたのは2006年9月、
ベルリンスクール・オブ・クリエーティブ・リーダーシップ
開講のときだった。


百年の散歩

百年の散歩

wikipedia:多和田葉子
wikipedia:de: Yoko Tawada
(文中敬称略)