池上彰『知の越境法 —「質問力」を磨く』(光文社新書、2018)


金曜日に務めを終えると、
月に一度か二度、紀伊國屋書店新宿本店に行く。
平積みの本、本棚の本、書店員のPOPなどを眺めながら
店内を何周かそぞろ歩きをし、
小遣いで買える範囲の本(主に文庫、新書)を何冊か仕入れる。
Amazon、公立図書館では見つからない本に出会うことがある。


池上彰」「越境」「すべては"左遷"から始まった」。
三つの言葉に気持ちが引かれ、購入し、読んでみた。
池上彰『知の越境法 —「質問力」を磨く』(光文社新書、2018)。


知の越境法 「質問力」を磨く (光文社新書)

知の越境法 「質問力」を磨く (光文社新書)


池上が現在の池上にどうやって「越境」していったか、
そのきっかけとなった「事件」を率直に書いている。


   私はNHK入社後、松江、呉での勤務を経て、
   東京の社会部で10年勤務しました。
   その後、キャスターとして「首都圏ニュース」を5年、
   「週刊こどもニュース」のお父さん役を11年担当。
   その間、早くキャスターを辞めて、
   解説委員になりたい、と思っていました。


   NHKでは、毎年、人事考課表に
   今後の異動希望先を書く欄があります。
   私はそこに毎年「解説委員希望」と書いて出していました。
   すると、あるとき廊下で解説委員長に呼び止められたのです。


   「君は解説委員になりたいという希望を出しているけど、
   それは無理だな。解説委員には何か一つ専門分野がなければ。
   君には、専門分野がないだろう」
   NHKでの人生設計が潰(つい)えた瞬間でした。
                       (pp.16-17)


淡々と書いてはいるけれど、
上から目線のエリート気取り(事実、エリートなんでしょうけど)の
解説委員長の姿が目に浮かびます。


一読者としては、むしろ幸運な事件でした。
池上が解説委員にならなかったお陰で、
その後やむなく「越境」することになり、
僕たちに身近な池上彰が誕生したのですから。



本書にはすぐに実行できる、
具体的な助言も随所にあります。


   それと、人の話を聞くときは、
   必ず相手と斜め45度になるように座ります。
   これはとても大事なことです。
   正対するとまるで経営側と労働側の
   労使交渉になってしまいます。
   インタビューは
   別に喧嘩をしに行っているわけではないので、
   話しやすい環境を作ることが大事です。
   (略)


   もう少し関係を深めたいと思ったら、
   お互いが斜めに座る。
   これが相手の本音を引き出す角度です。
   正面になると、人間はやはり鎧をまとってしまうのです。
                       (p.214)


以前から僕もなんとなく実行していましたが、
プロフェッショナルのインタビュアーもそうなんだな
と確信を持ちました。


池上チームが「越境」というキーワードを発見した過程は
「おわりに」にあります。


   人生では、さまざまな場面で
   高い壁に行く手を阻まれることがあります。
   そんなとき、真正面の壁を越えるのではなく、
   真横に移動することで、壁のない道が見つかることがあります。
   これを私は「越境」と名付けました。


   人生の越境ばかりでなく、
   「知の越境」というのもあるはずです。
   専門分野に閉じこもることなく、
   さまざまなジャンルに飛び込んでいく。
   いわゆる「専門家」ではない視点から、
   新しい発見も生まれるはずです。
   (略)


   古川さん(引用者注:光文社編集担当)、
   木村さん(同:取材・構成)と
   何度も話し合っているうちに、
   「越境」というキーワードが誕生しました。
                     (p.256)


「越境」は将棋で言えば、
香車ではなく桂馬のような動きを連想しますね。
このキーワードの発見が本書を俄然魅力的にしました。



(大王「僕は越境なんかしないで、閉じこもりたい派です」)


編集担当: 古川遊也(光文社)
取材・構成: 木村隆司