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こころなきみにも

3000-01-10

当ブログの題名の由来

| 09:28

「心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)たつ沢の秋の夕暮れ」

(私訳:もはやこの世には何の用もないと思い定めた私なのに、秋の夕暮れ、鴫が水辺から飛びたつのを見ていると、今更ながらこの世のはかなさが身に沁みる)。

3000-01-09

このブログを始めた理由

| 21:59

 なぜこのブログを始めたのか。その理由についてはすでに2013年10月2日の記事で説明している。しかし、今では他の記事に埋もれて読みにくくなっているので、それを複写し、ブログの最初の部分に掲げておこう。最近は日記帳や忘備録みたいになっているこのブログだが、最初は目的があって書いていたのだ。

匿名について


 私がこんな風にブログを書き始めることになったのは、ドストエフスキーについて意見を交換している、ある掲示板を読んだからだ。それまで私はインターネットの掲示板というものにあまり関心がなかった。インターネットを使うのは、メールを書いたり、研究のための資料調べをするためだった。

 しかし、あるとき、ドストエフスキー研究者の木下豊房から、そのドストエフスキーの掲示板で亀山郁夫のドストエフスキーをめぐる仕事に関して信じがたいことが書かれているというメールをもらった。そこでその掲示板を読んでみると、たしかにそこでは亀山の『カラマーゾフの兄弟』の翻訳やドストエフスキー論を激賞する投稿が並んでいた。しかし、私は、亀山の本を出している出版関係者か亀山と利害を一にする人々の投稿だろうと思って、うち捨てておいた。

 ところが、あるとき、亀山批判を展開している木下豊房のハングル名は「朴」だろうという投稿があった。木と下をくっつけると、朴になる。つまり、木下というのは通名で、本名は朴だという投稿なのである。要するに、木下は在日なのだから亀山を批判するようなバカなのだ、という風な論理をその投稿者は展開していた。私は驚き、すぐさま実名でその掲示板に投稿し、その投稿者に質問をした。木下が在日であるというのは事実なのか。また、それが事実であるとしても、それと木下の亀山批判が間違っているという貴女の主張とどのような関係があるのか、と。

 すると、その掲示板の管理者があわてて、その「木下=朴」説を唱えた投稿を削除した。その女性も投稿しなくなった。いや、それが女性であったのかどうかさえ分からない。その女性言葉を使う投稿者は匿名であったからだ。

 私は一件落着と思い、その掲示板でしばらく亀山批判を展開したのち退場しようと思った。ところが、ある投稿者が私に、実名で投稿するのは困る、匿名で投稿してほしい、と提案した。他の投稿者たちも全員賛成のようであった。なぜなら、私以外は全員、匿名での投稿であったからだ。私はその提案を断った。仮面舞踏会みたいなことは私にはできない、それは無責任だ、と言った。すると、その掲示板の管理者が、実名でも無責任なことを言う人はいる、と言った。これは話にならないと思ったが、とくに反論はせず、そのまま実名でその掲示板にしばらくのあいだ書き込み、そして退場した。

 これから以降、私は匿名掲示板というものに興味をもち、ときどき読むようになった。何に興味をもったのか。それは匿名で書く人々の心理に興味をもったのである。亀山のドストエフスキーをめぐる仕事に関しても、インターネット上で、匿名でさまざまなことが論じられていた。ホームページやブログでも同様だった。匿名記事の中には正確な亀山批判もあったが、大半が無責任な亀山賛美だった。その余りの無責任さにあきれ、私は実名で亀山を批判するため、このブログを始めたのだ。

 それは必ず実名でなければならなかった。実名で言ってはならないことは、匿名でも言ってはいけないのだ。だから、匿名で発言する理由は何もない。匿名でないと発言できないという人は、ふだん仮面をかぶって生きているのだ。その仮面の下には、「すべてが許されている」という、ドストエフスキーのいう「死産児」が隠されている。その「死産児」を明らかにしたくないため、彼らは匿名でしか発言できないのだ。

 こう言うのが言い過ぎであることを私は認識している。匿名で発言する人の中にも、実名で発言するときと変わらない人がいることも私は知っている。また、実名で発言することによって、自分や自分の周囲の者が不利益をこうむるため、匿名で発言している人がいることも知っている。彼らが死産児であるかどうかは私には分からない。

 しかし、私の見るところでは、匿名の発言者の大半はドストエフスキーのいう「死産児」なのである。彼らは自分のことは棚に上げて、他者をくそみそにやっつける。とくに、先の「木下=朴」説を唱えた投稿者のように、社会的弱者を徹底的に攻撃する。私はそのような匿名の発言者を認めることができない。それは、彼らの暴力を認めることになるからだ。

 ところで、最近、そのような暴力にあふれた匿名掲示板のひとつ「2ちゃんねる」に書き込んでいる者の実名がインターネット上に流出し、大騒ぎになった。政治家マスコミ関係者、出版社関係者、大学の研究者などの名前も流出したという。私はひどい発言をした者の名前とその発言内容をすべて公表してほしいと思う。これによって、ドストエフスキーのいう「死産児」がどれほど現在の日本にあふれているのかということが明らかになるだろう。また、彼らに反省を迫ることも可能になるだろう。

(その流出騒動について述べているブログがこちら。残念なことに、このブログもまた匿名の人物によって書かれている。)

初心忘るべからず

| 11:47

 「初心忘るべからず」という言葉があるが、私にとって「初心」とは、離人症(私の場合は離人神経症)から回復したときの感覚だ。離人症に30歳すぎになった。自尊心の病の果てになった病だった。その数年後に見た離人症から回復したときの風景については何度も書いたことがある。その風景を見たときの感覚を一言で言えば、「生きている感覚を味わうだけで十分である」ということだ。離人症のときは、生きている感覚を味わうことができず、自分の目の前で言い争ったり仲良くしたりしている人を見ても、動物園のお猿を見ているような感じしか受けなかった。それが、離人症が治ったとき、同じ人間の振るまいとして感じるようになったのだ。また、それまで疎遠であった景色も、実感をともなって感じることができるようになった。要するに、私はゼロから無限大の存在になったのだ。ゼロから見ると、限りなくゼロに近い0,0000000...1でさえ無限大なのである。このほんの一歩が私にとっての「初心」だ。だから、嫉妬したり、言い争ったりしている人を見ると、ずいぶんぜいたくなことをしていると思ってしまう。そういう人を見ると、私は「初心」にかえって、もっと大事なことに自分の一歩を使いたいと思う。もっと大事なこととは人を愛するということだ。

3000-01-05

I-siteなんば「ドストエフスキーを読む」受講生の方に

| 20:27

 質問用紙のやりとりだけでは受講生の疑問を掬いきれないおそれがあります。そこで、Facebookに「ドストエフスキーを読む」という名称で、秘密のグループを作ることにしました。秘密のグループですので、質問などはグループの外には洩れません。

 受講生でFacebookユーザーの方は、このグループに入って質問をして下さい。

 そのために次の手続きをして下さい。

1)Facebookユーザーになること(受講者名は私には分かっていますので、プライバシーを守りたい方は、名前だけ書いて、自分の素性を書く必要はありません。写真も不要です。また、授業だけで良いという方はFacebookユーザーになる必要はありません)。

2)私のFacebook(https://www.facebook.com/yumetiyo.shunji)に入り、私の「友達」になって下さい。

3)私が受講生からのリクエストを承認します。

4)私のFacebookに「「ドストエフスキーを読む」グループに入りたい」と書いて下さい。

5)「ドストエフスキーを読む」のグループに入っていただきます。このさい、本人確認の通信をFacebook上で行うかもしれません。

----------------

捕捉です。フェイスブックに登録する方法をもう少し詳しく書きます。

1) ブラウザを起動する。

2) アドレスバーに「http://www.facebook.com」と入力します。

3) Facebookのトップページが表示されます。

4) 《姓》《名》を入力します。

5) 《メールアドレス》《メールを再入力》を入力します。

6) 《パスワード》を入力します。パスワードは●で表示されます。

7) 《性別》を選択します。

8) 同様に《誕生日》《年》《月》《日》を入力します。

9) 《アカウント登録》をクリックします。

10) プロフィール写真を登録するのはあとでいいです。登録しなくてもいいです。

11) プロフィール情報の登録をします。登録してもいい情報だけ登録します。

12) 《ステップ4 友達を検索》は「スキップ」します。

13) こうしてアカウントを登録すると、登録したメールアドレスにFacebookからメールが届きます。

14) そのメールの指示に従って操作すると、登録が完了します。

15) Facebookにログインし、上のバーの「検索ボックス」で「萩原俊治」と書き込んで下さい。

16) 「萩原俊治と友達になる」というリクエストを送って下さい。

17) これからの作業は私がします。

以上です。

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 高齢のためなど、さまざまな理由のためFacebookを利用できない方もおられます。このため、不公平にならないよう、Facebookでの質問で共有した方が良いものは、授業で口頭あるいは配布物で答えるつもりです。共有する必要のない質問については直接Facebookで答えます。

(2014年3月1日修正)

2017-12-11

呆然

| 11:53

 神戸には、昔、亡命ロシア人が多かった。私の恩師の奥さんも亡命ロシア人で、かつては「ミス・ハルビン」と言われるほど美しい人だった(らしい)。私はその恩師の葬式のとき、神戸のハリストス教会で奥さんに会っただけだ。そのときも彼女は十分美しかった。ロシア人女性によくあるように肥るということもなく、ほっそりとしていた。

 奥さんは葬式のとき、恩師の遺体の前で、一時間近く夫を誉めたたえた。あなたのおかげで私はこうして生きていることができる、ほんとにありがとう、あなた。あなたは立派な人でした、ありがとう・・・というような、演説で、ロシア人たちは涙ぐんでいた。もっとも、ロシア語が分からない大半の日本人列席者は、その演説のあまりの長さに呆然としていた。

 この私の恩師はハルビン学院でロシア語を教えていた人で(当時、日本の今でいうNHKラジオ放送でもロシア語講座をもっていたらしい)、あるとき、理由は不明ながら、特高に逮捕され、厳しい拷問を受けた。しかし、結局、ソ連のスパイではないことが明らかになったので、無罪放免となった。この拷問のすえ瀕死の状態で下宿に帰ってきた恩師を寝ずに看病したのが、そのミス・ハルビン、すなわち、恩師が下宿していた白系ロシア人の家のお嬢さんであった。そして、恩師は一命をとりとめたのである。

 時は移り、満州にソ連の赤軍が入ってきたので、そのミス・ハルビンはハルビンを離れ、戦後、私の恩師を頼って日本にやってきた。どこにも行くあてがなかったからだろう。詳しいいきさつは分からないが、結局、恩師は、かつての恩義に報いるため、そのミス・ハルビンと結婚した。

 というようなことを、私は大阪は十三の飲み屋で、ハルビン学院の学生であった工藤精一郎氏から繰り返し繰り返し聞かされた。工藤氏は涙ぐんでいるようにも見えた。ちなみに、それ以外の工藤氏自身のハルビン時代の懺悔話も繰り返し繰り返し聞かされたが、もう忘れた。

 その恩師の奥さんがある日、何があったのか、神戸は北野町の家から出ていってしまった。律儀な恩師は大学には来たものの、いつもどおり授業の十分前にはかならず教壇には立つものの、立つだけで、呆然と窓の外をながめるだけだった。何も言わず、何もしない。そして授業がおわる。それが一ヶ月続いた。学生はわけが分からず、呆然とするだけだった。一ヶ月後、奥さんが帰ってきた。恩師はまたロシア語の授業を始めた。学生はわけが分からず、呆然と授業を受けた。事実が分かったのは、その一年後だった。というような話を先輩から聞いたのだが、どこまで正確な話なのか、責任は持てない。

2017-12-09

【訂正】

| 11:09

「解答と回答(14)」

・p.2、10行目:【誤】基礎もつものの→【正】基礎をもつものの

・p.4、下から4行目:【誤】ロシアのように封建的ではない→【正】(ロシアのように封建的ではない)

・p.7、本文の下から13行目:【誤】ドストエフスキーにおいて→【正】ドストエフスキー論において

・p.23、本文の下から3行目:【誤】当時、100以上の農奴→【正】当時、100人以上の農奴

・p.26、本文の下から17行目:【誤】西欧の基準から見れば後進国に住んでいる私たち→【正】(西欧の基準から見れば)後進国に住んでいる私たち

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