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こころなきみにも

2011-09-12

西部邁とドストエフスキー

| 17:33

 私が西部邁を尊敬するようになったのには二つ理由がある。

 ひとつは西部が『大衆の病理』(NHKブックス、1987)や『白昼への意思――現代民主政治論』(中央公論社、1990)などで述べている大衆批判やメディア批判に深く共感したからだ。ここで批判している大衆(あるいは民衆)から西部は自分を除外しているのではない。西部自身も大衆であるとして自己批判しながら他者をも批判している。このような大衆批判はドストエフスキーやジラールの大衆批判にそのまま重なる。

 西部を尊敬するようになったもうひとつの理由は、西部がドストエフスキーやジラールなどと同様、回心体験を経ているということだ。たとえば、ドストエフスキーはベリンスキーをお手本とする左翼思想からシベリア流刑を経て、キリスト教的な「土壌主義」(ロシアのキリスト教に根ざした思想を奉ずる立場)を自らの思想であるという立場を取るようになる。簡単に言えば、彼は自分の自尊心の病に気づき、回心したのだ。言うまでもないことだが、ドストエフスキーの「土壌主義」というのは、排外主義的な愛国思想(「右翼思想」)とは異質のものだ。それはいわば「愛郷思想」、いや、思想とも言えない、生きる姿勢とも言うべきものだ。

 ちなみに、40年ぐらい前読んだので今ではすっかり記憶が薄れているが、鶴見俊輔がたしか戦後まもなく書いた論文に、「愛国」はだめだ、「愛郷」こそ大事だ、というようなことを述べたものがあった。ドストエフスキーのいう「土壌主義」も、その鶴見のいう「愛郷」に近い。要するに、自分の生まれ育った場所(家族や共同体など)に根をもつ思想を大事にしながら生きることを、ドストエフスキーは「土壌主義」と名づけている。これはシモーヌ・ヴェイユの「根をもつこと」という思想と同じだ。西部もドストエフスキーやヴェイユと同じ立場だと思う。西部によれば、西部もドストエフスキーと同じような宗教的回心、それはキリスト教的なものではないにしても、宗教的と言ってもいい回心を経ている。

 以上二つの理由のため、ドストエフスキー研究者である私はこれまで西部の書くものを敬意をこめて読んできた。私は西部の書くものをいわばドストエフスキーを理解するための参考文献として読んできたのである。

 とは言っても、ドストエフスキーは初めてポリフォニー小説を書いた芸術家であり、西部邁は元経済学者の評論家だ。西部はドストエフスキーのようにポリフォニックに書くことはできない。そんなことをしていれば、何が言いたいのか、という読者からの叱責を受けていただろう。それにも拘わらず、西部の書くものも当初は、かなりドストエフスキー的だった。つまり、ポリフォニック(多声的、あるいは複眼的)だった。しかし、残念ながら、近年、年齢とともにしだいにモノローグ的(単声的、あるいはイデオロギー的)になってきているように感じる。

 このため、たとえば、西部邁は先月秋山駿たちと行った座談(「戦災を想い起こし震災を乗り超えよ西部ゼミ2011年8月20日放送」「戦災を想い起こし震災を乗り超えよ西部ゼミ 2011年8月27日放送」)で、菅直人をたんなる「市民運動家出身のバカ」であるかのように切り捨てている。これでは酒場によくいる右翼のおじいさんにすぎないではないか。ドストエフスキーならば、(失礼な比喩ながら)菅直人を、『悪霊』の無神論者のヴィルギンスキーのように、肯定否定の一方に偏ることなく、複眼的に描いただろう。西部ファンである私からすれば、西部邁の精神の衰弱を見るようでつらい。

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(注)鶴見俊輔が「愛郷」という言葉を使ったかどうか自信がない。私の記憶違いかもしれない。いまそのとき図書館から借りて読んだ『鶴見俊輔著作集』が手元にないので何とも言えない。しかし、鶴見がその論文で国家への愛ではなく郷土への愛から思索を始めなければならないと述べていたのは確かだ。(9/13)

横板に雨垂れ横板に雨垂れ 2011/09/26 10:46 萩原様
西部邁氏についての記事を拝見し、思うところを拙ブログに書いてみました。
異見、異論などおありかと思います。その節は、ぜひまたお書きくださいませ。

yumetiyoyumetiyo 2011/09/26 12:35 横板様に:
 コメント有り難うございました。貴ブログも読ませて頂きました。当然の疑問で、私も貴ブログでの西部批判に対して異論はありません。私も西部氏に対して横板様と同様の批判を抱いています。しかし、批判と同時に、私が若い頃から抱いていた西部氏への敬意は今も持続しています。
 かなり前から私は西部氏がかなり無理をして「右翼ぶっている」という感じを抱いています。それでも『友情――ある半チョッパリとの四十五年』(2005、新潮社刊、現在はちくま文庫所収)などには、深く感動しました。
 回心の件ですが、西部邁が執筆活動を開始した初期の頃の本は、手元不如意でもあり、そのほとんどが図書館から借りて読んだものでした。従って、今その大半が手元にありませんので、西部氏の回心の件(英国留学中の話でしたか)も確かめるすべがありません。ただ私はその本を読んだときの驚きを今でも覚えています。私も若い頃、同様の経験をしたので、それだけ余計に強く西部氏の回心体験に感応したのかもしれませんが。西部邁はかなりドストエフスキーを読んでいると思います。
 今私はドストエフスキーにのめりこんでいて、書ける状態ではありませんが、いつか西部邁論を書く日が来ると思います。そのときまでお待ち下さい。

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