矢野吉峰ソロライヴ(パセオフラメンコライヴVol.007)

「エル・グイートのファルーカが原点にあります」

矢野吉峰さんは、息を切らせながら、そして満面の笑顔で終演後に語った。
ライヴが終わり、1時間近く経つだろうか、すでに着替えて来ているのに、したたる汗が止まらない。
このライヴで思いを遂げるために、どれだけのものを掛けて来たか、その重みがぐっと伝わってくる。

静かな気迫。フラメンコの格式高い様式美の存在感に圧倒される。

男性ならではの力強いサパテアードは、決して力任せなどではない繊細さに満ちている。細やかなパソを鋭いキレで打ち鳴らす時、その上半身は微動だにしない。正確な音の連なりは、ギターの音色と見事に融合した音楽を創りながら、ソロの華を鮮やかに醸す。

瞬発的にパッと開かれる手のひらから希望が放射される。
フラメンコの静と動のコントラストの意味に気付かされた瞬間だった。

シャープで鮮やかな所作、そのための筋肉を踊りのみによって培う、そんな純粋な迫力を感じ、胸を打たれる。それはフラメンコを踊ることに全身を捧げるということに他ならないからだ。

無駄なものをすべて排した、研ぎ澄まされたフォルム。アントニオ・ガデスのファルーカが脳裏に蘇る。ストイックな色気が滲む。身体の姿勢、顔や腕の角度に至るまで、フラメンコの様式美に敬意を払いながら、矢野さんはそれをどれほど研究し尽くし、身体に叩き込んできたのだろうか。想像を絶する鍛錬なのだろう。

気品あるファルーカを見ながら、私は心の中のシャッターを何度も押し続けていた。それはどれをとっても、フラメンコに溢れた絵になっているはすだ。

ブレリア、カンティーニャス、マルティネーテ、ソレア。ファルーカを含め、5曲。それぞれのフラメンコの源流を鮮やかに浮かび上がらせながら70分で踊り切った。

「同じ振付を、年齢を重ねながら深めていきたい、そしてそれを熟成させながら、ともにその過程も楽しめたら嬉しい」
そんな言葉がプログラムに書かれていた。

ブラームスはバッハを敬愛し焦がれながら、晩年、交響曲第4番第4楽章のパッサカリアを生んだ(第4番はガデスも愛した曲だという)。

フラメンコの原点という種は、矢野吉峰さんの身体にすでに宿っている。ここからは何が生み出されていくだろうか。

この日に刻まれた感動の刹那が花開いていく過程を、この先何十年もともに辿っていける歓びに、胸が打ち震えている。


パセオフラメンコライヴ Vol.007
8月13日(木) 20時開演
高円寺エスペランサ
矢野吉峰(バイレ)
マヌエル・デ・ラ・マレーナ(カンテ)
斎藤誠(ギター)
塩谷経(ギター)
末木三四郎パルマ