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ホワイトノイズヘッドホン

2011-08-15

九歩目 少女はヘッドホンで耳を塞いで、世界の声を聴いている。(前篇)


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さっき、ヘッドホンが壊れた。
Rolandの8000円するもので、かれこれ一年間お世話になった。今回のが三台目だった。
どういうわけかヘッドホンというのは、経験上一年くらい経つとだいたいコードが断線して使い物にならなくなる。だいたい期限が切れていて修理も効かない。普段、通学でも家でも、ヘッドホンをつけて音楽を聴いている。忙しくない時以外は滅多に外さないから扱いも段々乱暴になる。身体といっしょだ。無意識に使えるものほど、扱いが荒くなる。だから壊れやすい。

「こんなところにホクロあったっけ?」

母親から言われて始めて気づいたのだけれど、僕の両耳には左右対称に、一つ大きなホクロがある。昔からあったかと言われると覚えが無いので、もしかしたらヘッドホンをかぶって生活していたせいで、ぷっくりとできたのかもしれない。音楽が自分を変えたか?という問いに関しては、少なくとも耳にホクロを作るくらいには変えたと言えるかもしれない。

いつからヘッドホンにこんなに惹かれるようになったのか?
考えると、Panasonicのヘッドホン RP-HTX7-Cに出会ってからだと思う。
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この丸っこいフォルムに包みこむような密着感とガンガン低音が響いてくる感じが好きで、壊れるまでずっと愛用していた。これを首に下げて、街を歩く時は、ちょっとだけ得意になったのを覚えている。(ただ、大学で「あのヘッドホンをいつもつけている人」で周りの人達に覚えられたらしく、それはそれで何とも恥ずかしかったのだけど。)

萌えるヘッドホン読本」というガイドブックがある。
中身はヘッドホンをつけた女の子の可愛らしいイラストと、そのイラストとマッチしないほどにヘッドホンの素材、機能、聞き心地などを詳細に書き付けた解説で構成されている本で、例えば、先ほどのRP-HTX7-Cについては「音ヌケやメリハリはつくのだが、ヴォーカルが細身となるのでもう少し中域成分が欲しいところ。その点、ロック・ポップスでは水を得た魚の如くタイトで迫力ある低域と、抜ける青空のような澄み渡る広域が格別に気持ちいい。」といった具合。
f:id:yuriikaramo:20110815081018j:image:left全くヘッドホンについての知識がなくとも、その熱さに気圧されて、(またはその横にある可愛らしいイラストに惹かれて)思わず欲しいと思ってしまうのだから、おそろしい。音楽傾向別に評価して、ヘッドホンによって聞きやすい音楽のジャンルが、表のかたちでわかりやすく載せられているので、それを参考にしながら選ぶこともできる。

この本が発表されたのが、2007年夏で、前年度にiPod約2,106.6台を出荷している。2007年時点で、日本では五割、アメリカでは8割のシェアを占めていたらしい。携帯音楽端末の弱点は、平板化して聞こえる音質の悪さにあった。それを補完し、本来の意味での音を引き立てるものとして、ヘッドホンが注目されたと考えることができる。次第にヘッドホンの流行は、デザインや音域の広さなど、差異をだしていくことで、多様化していった。現在、「ヘッドホン」関係の本は「萌える〜」だけでなく多く出版されている。「ヘッドホン少女画報」などが好例で、pixivなどの大型イラスト掲示サイトにも「ヘッドホン」で検索すれば、多くのイラストを観ることができるだろう。

しかし、どうして少女なのだろう?
ヘッドホンと少女。その一見あまり関係があるように思えない二つが組み合わさって生み出される奇妙な感情。例えば、通学中、電車からいそいそとヘッドホンを取り出して周りを遮断して音楽に聞き入る女子高生の姿に、思わず見入ってしまうときがある。彼女とヘッドホンのアンバランスさや、無機的で重量感に満ちたものが、繊細な
髪の毛を強引に引き締めている姿に何かしらの、萌えを感じるというのもある。だけど、それだけではない。その姿には何かしらのメッセージ性、物語性をこちらに喚起してくるものがある。一体、それはなんだろう。次回、その物語をある一冊の小説から導いていこうと思う。(なんと、つづく)

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