良照と鈴音書き直し SURVIVOR 魂の殺害 第五話 怯えた子ども

「あぁ……。良く寝たぁ」
寝起きと共に声が出るくらい、良照は久々に心地よい目覚めを迎えていた。
しかし意識はまだ半分眠っているようで頭が重い感じがする。
起きろ!起きろ!
そう命令し、良照は無理矢理立ち上がった。
枕代わりにしていた痺れた腕に力を入れ、電灯の紐を引っ張ると、真っ白い光がほの暗い夜闇をより鮮明に映した。
テーブルの上方に壁掛けされている時計を見ると、八時を過ぎている。
カーテンを引いてガラス戸をスライドさせると、春の宵の風が室内にフゥッと吹き抜け、漆のような黒のショートヘアがなびく。
「鈴音さん。何か食べた方がいいですよ」
良照が眩しそうに八の字を寄せていた鈴音の身体を揺らすと
「んん、んん……」
と、呻くような声が漏れる。
「鈴音さん、起きました?」
良照が鈴音の顔を覗き込む
「ん、良照さん。つい寝ちゃいました」
上目遣いで口許を綻ばせた甘い表情をして 控えめに抑えた声で鈴音は言った。
「自分も起きたばかりですから気にしないで下さい。お腹すいてます?」
問いに鈴音はくしゃみでもしたときのように、大きく首を縦に振った。
「待ってて下さい。すぐ作るので」
そういうと良照は、物音を立てないように摺り足でレジ袋の置いてある机へと歩いた。
うどんは長時間常温で放置していたせいか、生ぬるくなっている。
外袋を見ると1Lの水を沸騰させ、2分茹でるらしい。
ガスコンロの下の引出しの菜箸に割り箸、ラーメン丼にザル、計量カップと底の焦げている取っ手の付いた鍋を取り出し、流し台に置いていると、鈴音はクーラーボックスからめんつゆを良照に渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
鍋には250gの水をを四回、きっちり1Lの水を注ぐ。
つまみを押してひねるとチッチッチッチッ、ボッと音が立って、幾つものつくしの先っぽのような形の青い炎が、円を描くように芽を出している。
後は勝手に煮沸(しゃふつ)するだろう。
良照は布団へと歩み寄りながら聞いた。
「鈴音さん、大丈夫ですか。怖い夢は見てないですか?」
「ええ。今日は見ませんでした」
「良かったです。自分は昨日、赤く血走った大きな一つ目が上空から自分を見下ろし、追いかけてくる夢を……」
「一つ目が見下ろして追いかけて……」
「一つ目は夕焼け空に浮いているんです」
「夕焼け空に浮いて……」
真剣な眼差しを向けて、復唱しながら、鈴音は良照の言葉を聴いていた。
が、良照は鍋に気を取られ、どうにも集中できなかった。
ぽこぽこ湯が沸いた音がすると、良照はすいませんと謝って小走りした。
「さっきの話の続きしましょう」
鍋を片手に持ち布団に戻る。
しかし幾度となく振り返って時計をチラチラ見遣り、心ここにあらずといった様子だった。
ぴったり2分経つと流しに行き、菜箸で一回二回めんをかき混ぜ、鍋を傾けザルで湯切りする。
シンクの台所に湯を捨てると、ボンッと破裂するような鈍い音が響いた。
どんぶりにつゆと水を1:2の割合で混ぜ、そこに冷水でしめたうどんを入れた。
「できましたよ」
こぼさないように、忍び足でテーブルに置く。
「いただきます」
鈴音が椅子を引いて座ると、仏像でも拝むように目をつむって手を合わせた。
ズズ、ズズ……とすぼめた口が勢いよくうどんを吸い込んでいく。
つゆが手の甲に跳ねるとアッと情けない声を発し、箸を落とす。
それを眺めていた良照は一瞬うつろな目をし、幼い口調でぶつぶつと喋り出した。
「……やめて、痛いのやだよぅ」
振り返ると、良照は頭を抱え、ダンゴムシみたいに身体を丸まらせている。
「良照さん、どうしたんですか?!」
丸まった背中を鈴音は良照を落ち着かせようと、汗がにじんだ青シャツを撫でるように触った。
すると、背中がビクッと反応する。
良照は何かに怯えるように全身を震わせていた。
「怖いよぅ、怖いよぅ……」