yyzz2;虫撮記【虫画像・他】

昨年までは虫撮りの記録および虫の話題です。

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09-09-12(土)

[]ムラサキシャチホコ(Uropyia meticulodina)の学名について ムラサキシャチホコ(Uropyia meticulodina)の学名についてを含むブックマーク ムラサキシャチホコ(Uropyia meticulodina)の学名についてのブックマークコメント

 仕方ないので記事書きの準備。ムラサキシャチホコの学名。これがやたら面倒くさい。

 Uropyia属のタイプ種は Uropyia meticulodina 。この蛾について命名者のStaudingerは次の様に記述している。拙訳。

(幼虫について)

最後の節には2本の尾状の突起が出ており,それは Harpyia属や Uropus属に類似しているが,前者よりも幾分短く,後者よりは幾分長い。(Mémoires sur les lépidoptères,vol.6,p.345)

 どうやら“Uropyia”とは“Uropus”と“Harpyia”との合成であるようだ。

 Harpyia属についてはHP「蛾の学名−シャチホコガ科 Harpyia属」参照。

 Uropus(=尾の脚)属は,現在は Dicranura(=刺又状の尾)属に戻されている。日本には分布していない。

 せっかく成虫が見事な擬態を示しているのに,人々は幼虫の尻にしか目が行かないようだ。

 種小名も厄介。

 種小名 meticulodina について,命名者 Oberthür は,南米の蛾である Meticulodes spongiata との類似から名付けたことを明らかにしている(Etudes d'Entomologie,vol.10,p.16)。

 Meticulodes spongiata は現在は Pero属に組み込まれている。実はこれはエダシャクである。画像は見つからなかった。Pero属についてなら「Pero Ennominae」とか検索をかけると出てくる。前翅中央に帯の入った普通のエダシャクばかりである。


 “meticulodina”が“Meticulodes”に由来することが分かったが,まだ話は終わらない。語尾の“-odes”は「〜の姿をした,〜に似ている」という意味であって,さらにオリジナルが存在していることを示す。

 Meticulodes の命名者はオリジナルを明らかにしていないので推測すれば,おそらく Phlogophora meticulosa ではないだろうか。リンネの命名であって確実に先行している。

 今度はヨトウガ。日本のキグチヨトウ(Phlogophora beatrix)に似た蛾である。中央の褐色帯が,Pero属に似ていないこともない。


 というわけで,「シャチホコガ」←「エダシャク」←「ヨトウガ」と,名前の由来はたらい回し。


 それじゃあ根本に戻って,“meticulodina”をどう日本語化するかというと,“-inus”が“-odes”同様に類似を表す接尾辞だから,えーーーと…。真面目に解きほぐせば入れ子になる。

 「meticulosa(=臆病な)種に似たものに似たもの」?


 ムラサキシャチホコは翅ばかりではなく,種小名からして何か別の存在であろうとしているようである。


 それにしてもムラサキシャチホコネタでこんな記事を書いているのは,虫ブログ界ではわたしだけだろうな。だいたい現物はまだ未見だし。

ケイケイ 2009/09/13 05:10 こういうすごく大きい蛾って子どものころはよく見たような気がするんです。
でも山の中じゃないと今はもうみかけませんね。本当にびっくりしました。
まだまだ蛾像をためこんでいるので、送りますね!

シュービン『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒトっておもしろそう!
難しそうですが・・

yyzz2yyzz2 2009/09/13 06:30 おはようございます。いつもありがとうございます。
>大きい蛾って
どうなんでしょう。子供には見えている虫たちが大人には見えていない,ということもありそうです。ヤママユほどでなくても大きな蛾は…って,そういえばケイさんからまだスズメガの仲間は送ってもらっていないですね。今度の夏にはきっと出会うことでしょう。
蛾像はそちらの負担にならない範囲でぜひ。
>『ヒトの…』
あちらの科学読み物は概しておもしろいです。
面倒なところはどんどん飛ばしてしまいますので難しくても平気です。厄介な所は必要になったときに腰をすえて読めばいいと思っています。その時が来なかったら,それはそういう縁なのでしょう。